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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と瀬戸際の空戦
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④ 今、この瞬間に

 レド・オーは今、敵艦に対して優位な立場となっている。

 自らの飛空艦のブリッジに立ち、その窓から見える景色の中で、下方へと向かったブラックテイルⅡを見下ろしているのだから、まさに文字通り立場が上というわけだ。

「今の状況、どう思うね? 副長」

 艦長席に座らず、立ったままのレドは、生真面目に副長席に座ったままの副長に話し掛ける。

 自分と違って男であり、頭に角も生えていない。つまりオヌ帝国人では無いその副長の名前を、アルガン・ドルゴと言う。

 勿論、経歴だってオヌ帝国出身では無く、それで居てオヌ帝国の指揮下で動いていたという。そういう人間もまた、オヌ帝国は採用する事があるのだ。

 アルガン自身の評価はと言えば、一癖も二癖もありながら、尚且つ後ろ暗い事だって幾つもある、そんな男であった。

 そういう人間くらいしか、アイ・オーの部下になってくれないとも言える。

 そんな厄介な部下が返す言葉は、やはりアイ・オーにとって厄介なもの。

「俺は今の状況を、敵艦を追い詰めたと考えますが、あなたはそうは思っていない。それはどういう部分でなのか……そこまでは読めません」

「複雑な事までは心を読めないだったか? 浅い部分では答え合わせが出来るんだから、厄介な部下だよ、お前は」

 アイ・オーは笑う。副長のアルガンは、オヌ帝国が他国で雇うスパイであり、尚且つオヌ帝国の飛空艦一隻を任される程の能力を示した事もある。

 その能力というのが、他人の動作や機微から、何を考えているのかある程度予想が出来るというものであるそうだ。

 勘が鋭いなどというレベルでは無く、それこそ読心でもしているのかと思える程の物だとか。

 そういう立場と能力を持った男が部下だというのだから、アイ・オーとしても中々悩ましい人事配置であった。これで副長として十分に働いてくれているのだから、より一層悩ましい。

「俺は、あの艦に一度敗れました。結果として、国のスパイとしても飛空艦の艦長としても立場が無くなった。命があっただけでも儲けものと言えるかもしれませんが、やはり生きている以上、今の立場に期待したいものです」

「上司が一筋縄で行かない人間である事がその期待か? それとも洞察に優れたのをお望みか? 洞察に関しちゃあ副長には敵わないものでね。だからオレの方は、あいつらがこっちをどう嵌めたいかを考える」

「嵌める……確かに、あの艦の動きを見ていれば、何かを誘導したいという考えがあるのが分かりますが……」

 アルガン副長は、飛空艦の考えだって読める……らしい。どこまでか説明された事は無いので、アイ・オーには分からない。

 ただ、相手艦の動きには、何らかの前兆というものが存在しているというのは、アイ・オーの見地においても矛盾するものではない。

 一方、アルガンの場合、その能力が行き過ぎた結果、そこで止まってしまうのが難点だなと考える。

「相手の動きの本質を見る……それが出来ないなら、まだまだ未熟さ」

「敵艦が幾つ先の事を考えて行動しているか、そこまでを読めと?」

「いいや? そんなのは果てが無いだろう? 結局のところ、敵艦……それを指揮する連中の本音を読み取るべきなんだ。勝ちたい負けたくないは結局、そういう本音の、浅いところでしかない」

 そうして今、アイ・オーが見るブラックテイルⅡの動きであるが、やりたい事はやはりアイ・オーの飛空艦に対する逆転であると考える。

「あっちがオレ達の艦に勝利するには、向こうの艦の性能を発揮出来る場所かつ、オレ達の艦の性能が発揮出来ない場所へと誘導する。それが一番だ。高度を限界まで下げるのは、大地という障害物を用意する事で、機動性の部分では負ける当艦に有利となるためだ」

「ですがそれは……あくまで空戦を進めるにおいて優位となるだけであって、そのまま勝利には繋がらない……ですか?」

 どうやら心を読まれたらしい。だが、疑問符が付いている以上、どこまでもとは行かない様子。

「地面スレスレまで高度を下げるという動きに目が行きがちだが、そのまま、幾らかの空戦込みで行きつく軌道を予想してみろ。近くに何がある?」

「近くには……そうか、岩場!」

 アイ・オーは頷いた。ただ高度を下げるだけで無く、そのままさらに優位な状況を作り出すつもりなのだ、ブラックテイルⅡは。

 まさに周囲に障害物が多い空戦環境。そのまま無策に乗ってしまえば、アイ・オー側が食われてしまう。

「あっちは欲望が深いだろう? その深さを測り、そうして自分もぶつける事で勝敗を決めるってわけだ」

「ならば、こちらの欲とはどういうものになります?」

「こっちのか? そうだな。そりゃあ……」

 やはりアイ・オーは、ブラックテイルⅡを見下ろしてから笑った。

「策に溺れさせたいってところだな」




 ディンスレイの最初の印象としては、相手がなかなか乗って来ないというものであった。

「不味いかもしれん」

 二つ目の印象がそれだ。

 ブラックテイルⅡにとって有利な状況へと相手を誘う動き。その動きに対して、アイ・オー艦は反応する動きを見せて来なかったのである。

「こちらの様子を伺っているか、狙いがバレた……と言ったところですか」

「それらはまだマシな状況だぞ、副長。こうなれば希望的観測をとことん捨てる必要がある」

 冷や汗が頬を伝ったりはしていないが、そういう気分にはさせられる。

 今の状況が、咄嗟に思い付いたディンスレイの策である以上、そこにつけ込まれればさらに不利な状況になるだろう。

 つまり、最悪な状況とは、この状況でアイ・オー艦がさらなる一手を打ってくる事である。

 それがブラックテイルⅡの、ディンスレイの喉元にまで届く可能性だって十分にあった。

「あの輪郭……艦長! 敵艦の輪郭で、艦から分離できそうな部分がありませんか? 後方の、丁度向こうにとっての尻尾に見えなくもない部分!」

 テリアン主任観測士からの報告にはっとする。

 彼が言いたい事はすぐ分かったし、恐らくそれは当たっているとディンスレイは感じた。

 最悪な状況だ。

(いや、違う……悪い中でもまだマシだ!)

 テリアン主任観測士に感謝しよう。敵がこちらをさらに追い詰める手段を取る前に、それに気が付いてくれた。

 まだ辛うじて、選択肢がある段階で。

(どうする? このまま状況を続行するか、ブラックテイルⅡ側の態勢を変えてみるか)

 少なくとも、その二つの選択肢はあった。どちらも禄でもない結果が待っているとしても、次に繋げるという意味ではまだそこに可能性があるのだ。

 だからディンスレイは選ぶ。

「続行だ。今のまま岩場に突っ込むぞ」

「艦長!?」

「分かってる、主任観測士。君の言いたい事は重々承知だが、まだそっちの方がマシなんだ」

「残酷な事言ってるって分かってます!?」

 分かっているとも。分かった上で、敵艦の一手が来るのを覚悟するのだ。そうしてその時が来た。

「敵艦! 小型飛空船を射出!」

 オヌ帝国艦の中でも一部の飛空艦が持つ機能。それをアイ・オー艦は持って行った。

 飛空艦に搭載出来る小型飛空船。それは中型飛空艦よりも最高速度や火力、装甲にこそ劣るものの、今、ディンスレイ達が挑もうとしていた障害物が多い中での機動性ならば、より小回りが利く小型飛空船に分がある。

 一方でアイ・オー艦はブラックテイルⅡの動きには乗って来ない。あくまで射出された小型飛空船がこちらへと向かってきている。

(完全に考えが読まれているな……!)

 このまま、より障害物が多い岩場へと飛び込めば、不利になるのはブラックテイルⅡの方である。

 そこまでは既に分かった上で、ディンスレイは岩場へとブラックテイルⅡを飛び込ませる事を選んだのだ。

「全員、分かっていると思うが……揺れるぞっ!」

「やっぱ予備の操舵士、雇うべきだったんじゃああああ!」

 今さらな主任観測士の叫びを聞きつつ、前方に現れる岩場の隙間を搔い潜り、後方から追ってくる小型飛空船からの攻性光線が、装甲を掠るのを受け入れる。

(前回遭遇したタイプより小型だ。火力も相応に低いだろう。直撃さえしなければ耐えられるだろうよ……!)

 ならばディンスレイが岩場の岩を避け続ける限りにおいて、ブラックテイルⅡの即時の撃墜は避けられるだろう。

「時間稼ぎ……になりますが」

「今の状況にならなければ、それも出来ない。残念な事にな」

 副長の指摘に、どうしようも無い現実を返す。

 小型飛空船の存在は、考えの片隅に無かったわけでも無い。ただし、そうであったとしても、アイ・オー艦と直接ぶつかる事は避ける必要があったのだ。

(やはり艦としての純粋な戦闘能力はあちらが上だ。機動性を活かすにしても、あちらの思考とそこからの行動がこちらを上回るのなら、直接ぶつかればすぐにでもブラックテイルⅡは墜ちる……!)

 だからこそ、例え相手の策に溺れる事になろうと、まだマシな選択をしたのである。

 時間稼ぎはまだ……出来るのだ。

「けど……このままじゃあ、どんどん不利が蓄積していきますよね?」

 ララリート補佐観測士の心配はもっともだった。ディンスレイだってそういう予測を立てている。なんだったらその先、時間をただ稼いだ上での撃墜だって予想出来ていた。

「すまん。こうもなれば、今は耐えてくれ……としか言えん」

 ここから先、奥の手がある。そう断言する事も出来ないから、ただ現実をディンスレイは伝えるしかなかった。

 艦長の仕事ではあれ、何とも頼りない事である。そんな艦長の、弱音にも聞こえる事も受け止め、船員達は自らの仕事へと戻っていく。

 有難い話だ。今は大した事が無いと言っても、なんとか状況を打開したい。そのためにディンスレイの思考は加速し始めていた。




「このまま放置してれば有利ってのは分かるが、不味い気もするな。どう思う? 副長?」

 やはり艦長席に座らないままで、アイ・オーは副長席に対して話し掛ける。

 そこに座ったままのアルガン副長は難しい表情を浮かべたまま、口を開いた。

「あの動きから……諦めの感情は読み取れませんが、何を仕出かすかまではさっぱり。これは俺の考えが浅い……という事ですか?」

「その点はそうも言えない。オレにも次にブラックテイルⅡが何をしてくるかは分からないからな。常道で言うなら、このままを続けるというのも手だろうが……それじゃあ安心出来ないよな?」

 尋ねる副長は頷きを返して来た。

 現在、アイ・オーの飛空艦はブラックテイルⅡの誘いに乗らず高度を上げていた。

 一方のブラックテイルⅡは岩場の影から影へと、アイ・オーの飛空艦より射出した小型飛空船から逃げ回っていた。

 岩場においては小型飛空船の動きが上。岩場から逃げるために高度を上げればアイ・オーの飛空艦が準備万端攻性光線を放つ事になる手筈。

 今の状況はアイ・オーの方が有利であるわけだが、ブラックテイルⅡはまだ動いている。まだ判断が出来るという事だ。つまりここから、何か逆転の布石を打ってくる可能性はある。

「見れば時間稼ぎをしている風ではある。確かに、有利はこちらだが、主導権は向こうにある形に今、我々は成っているな? さて、じゃあ時間稼ぎだけが目的かだが……」

「もしや……時間稼ぎそのものが」

「良いな。その発想だ、副長」

 アルガン副長は良い目を持っているのだから、さらに考える頭をそれに追随させれば、本当に他者の思考を覗けると思える程の判断力を得られるはずだ。

 今の状況ですら、その見地はアイ・オーの役に立つ。

「ご存知ですか? あのブラックテイルⅡという艦……確か艦を離れた遠方への通信機能があるとか」

「ああ。シルフェニアにずっと潜入してた側だぞ、オレは。確かその通信には双方共に特殊な機器が必要だとまでは分かってる……が、そうだな。それがもしや前線に配置されている可能性は考慮しておくべきか」

 既にブラックテイルⅡは、その手の通信を行っているのではないか?

 今日、ここに、アイ・オーの飛空艦が存在するという事を、シルフェニア国軍へと伝える事で、この空域に飛空艦隊の援護が来る事を期待している可能性は?

「……無いとは言い切れない以上、決着を早める必要があるか。いや実際、外れていたとしても、戦いを終わらせられるならそうするべきだ。ちょっとばかり拘りが過ぎていたか、オレもな?」

 アイ・オーにとっての勝利は、この場でディンスレイに勝つ事では無く逃げ切る事である。街でディンスレイへ直接会ったのも、あくまでアイ・オーの個人的な拘りが強かった。

 なら、もうその拘りだって捨てるべきだ。

「艦を下げろ。ブラックテイルⅡを挟み撃ちにする」

「挟み撃ち……ですか?」

「数の利に地の利、あとは高さの利を活かさない手は無いだろう? なーに、ちょっとばかり、過激にするだけさ」

 軽くそう言いのけてから、アイ・オーは指示を出した。

 この指示がそのまま現実に通ってしまうのであれば、ブラックテイルⅡの敗北になるわけだが……。

(そこで終わりか? ディンスレイよ?)




「ここで敵艦が進行方向に待ち受けていれば、我々の終わりだな。後方の小型飛空船に追い詰められた状態で、真っ当な中型飛空艦の攻撃を受ければ、耐えられる自信も無い」

「不安になる様な事を、いきなり呟かないでくださいよ艦長。っていうか、操舵に集中してくれません!?」

 テリアン主任観測士からの注意を受けてディンスレイは黙る。

 正直、余裕なんて無いから、頭の中に浮かんだ事を咄嗟に呟いてしまった。

 ただ、呟いた以上は重要な事であるとディンスレイは思うのだ。

「もし、そういう事態になった場合、相手は釣り合いが取れている状況で、焦れるタイプであるという予想も立てられるが」

「それが予想出来た段階で、我々のお終いという話なのでは? というより今は、操舵に集中していただければ」

 テグロアン副長からも注意を受けた。額に汗し、頭がちりつきそうな感覚の中で、無駄口すら叩くなと言うのか。

「考えてみろ? こちらは名案も浮かばずただ追い詰められていくだけの状況だ。一矢報いると言うのなら、むしろ敵艦がこの先に待ち受けている事が勝ちとは言えないだろうか?」

「おい、ディンスレイ! さっきから話を聞いているのか!?」

 遂にはレドすら怒鳴り出した。確かに、黙れ黙れと言われて黙っていない我が身だ。

 メインブリッジの空気もピリピリし始めている。もうずっとそうかもしれないが。

「話をしようじゃあないか。君らの命を艦長席からの拙い操舵で背負っていると思うとうぉっ!? これでもかなり心に来ているんだ」

 途中、やはり後方からの小型飛空船からの攻撃を受けつつ、やはり岩場での不安定な航空を維持し続ける。

 思うに、かなり上等と言えるのでは無かろうか? 誰かしら褒めてくれても良さそうなものだが、まだ皆、そんな余裕も無いらしい。

 それもこれも、艦長である自分の責任になるのだろうが……。

「あの、艦長」

「おや、どうしたかな、ララリート補佐観測士。あまり無駄口を叩いていると、男連中に叱られるぞ」

 どの口がという目線を誰かが向けて来たが無視しておく。

 話に乗って来てくれた船員がいるのだから、それを続けなければ。

「もしかして、艦長がそうやって無駄に聞こえる話をしているの……もう、やるべき事が無いからだったりします?」

「……当たりだ。良い勘しているな、ララリート補佐観測士」

 まだ何か、狙いがあるのなら、それを成功させるのに注力するわけだが、ここに至ってはそれが無い。

 どれだけ切羽詰まった状況であろうとも、話をする口と頭が暇になる。だからこそ、黙っていられる無駄な言葉が飛び出していた。

「じゃあ……このまま終わりって事ですか!? 僕たち!?」

「下手をすればそうなるだろうな。というより、そういう話をしていなかったか、私は」

 メインブリッジの温度が下がった気がした。空調が故障したわけでもあるまい。ただ、言葉は足りなかったかなとディンスレイは思う。

 それを補ってくれたのは、副長だった。

「下手をしたら……ですか?」

「上手く行ったらどうなるか、知りたいか? 副長?」

「そこは皆が知りたいのではありませんか?」

 つまり、やはり副長も聞きたいらしい。やる事をやった上での行きつく先がどうであるかを。

「そうだな。この先がどうなるかだが……残念ながら後だ!」

 操舵により集中するべきタイミングがやっていた。

 岩場の向こうから砂煙が巻き上がり、まだ距離があるブラックテイルⅡの位置までやってくる。

 そのタイミングで、既にディンスレイはブラックテイルⅡの高度を上げる事になる。

 そうしなければ間に合わないからだ。アイ・オー艦が、ブラックテイルⅡの進行方向を予想し、その場所の岩を攻性光線で砕き、障害物とする事で、進路を妨害してきたのである。

 悠長にしていればぶつかる。それは分かるから、やはりディンスレイはブラックテイルⅡの高度を上げたのであるが、それはつまり、アイ・オーの罠に嵌る事を意味する。

 上にはアイ・オー艦が居るのだ。ブラックテイルⅡが高度を上げられた以上、やはり小型飛空船も追ってくるだろう。

(挟み撃ちか!)

 上と下。ブラックテイルⅡはその位置いる敵に挟まれ、舌なめずりする様にブラックテイルⅡへ、最適な攻撃角度を取ったアイ・オー艦からの攻撃に晒され―――

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