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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と彼らの戦い
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③ 戦いの始め方・テグロアンの場合

 ブラックテイルⅡ副長……では現在無いテグロアン・ムイーズは、自らに与えられた任務を行うべく、さっそく行動を始めていた。

 自分がまずするべき仕事、それを考えた場合、行くべき場所がまずあったのだ。

「良く帰ってきた……というべきかしら、大尉」

 テグロアンは質の良いソファに座らされ、対面に机を挟んで座る女に、そんな言葉を向けられる。

「その帰ってきたというのは、どこを指す言葉ですか?」

 テグロアンはただ女に言葉を返しつつ、彼女の顔を見る。

 年齢はテグロアンよりも上のはずだが、それでも奇妙な魅力を感じる彼女は、テグロアンにとって、上司と言える存在だった。

 名前をショーリス・フエル・ローティアン。やや癖の入った黒髪を長く伸ばし、礼服を着込んだ、礼儀正しさと威圧感の二つを印象として与えてくる女性であるが、軍としての階級は持たない。

 当たり前である。彼女は軍人ではないのだから。

「確かに、あなたにとっては複数の意味を持つわね。けど、その中の一つ、うちの組織にはまだ帰っては来ていないわ、テグ」

 自身の愛称なのだろう名前をショーリスは呼んでくるも、そこに親しみは感じない。

 彼女に面と向かった場合、テグロアンは別種の感情を持つ。

 ちょっとした緊張だ。

「まだ、外交官として働く事は出来ませんか、私は」

「ええ。国軍大尉という立場でまだあなたには働いて貰う。それに、せっかく軍人として成果を持って帰ってきたんですもの。すぐに外交省に戻るのも……勿体無いでしょう?」

 彼女、ショーリスはシルフェニア外交省の副長官という表現がもっとも分かりやすいものとなるだろう。

 シルフェニア外交省は文字通り、シルフェニアが外交を行う上で主担となって動く公的組織である。

 外交省の長官ともなれば、中央委員会への出席も義務付けられている重要な機関であり、その副長官は、組織トップの一歩手前と言った立場となる。

 そんな相手に、今、テグロアンは直接会っている。別にアポを取ったわけでも無い。

 ブラックテイルⅡでの旅を終えたテグロアンが、中央都市にあるこの外交省の庁舎へとやってきたところ、彼女が直接出てきて、応対を始めたのである。

 その点について、テグロアンは驚かない。テグロアンは自分の立場を十分に承知していたからだ。

「あなたが私をシルフェニア国軍へ送り込んだ。その結果としては、十分な物を持ち帰る事が出来た……と自負していますが」

「ええ、ええ。そうですとも。外交省の職員として働いてた頃から、あなたは何かを仕出かす男だと分かっていたけれど……私の目は正しかった。いえ、むしろ私だって曇っていたと言えるかもしれない。今回はそれだけ事をしてくれたわ、テグ」

 褒められているところ恐縮ではあるが、その功績を称えて外交省に身分を戻すと言った話が出てこないところを考えるに、まだテグロアンに何かをして貰う予定があるのだろう。

 シルフェニア国軍所属の軍人として。

「話を急かす様で申し訳ありません。これから、私はどの様な方針で動くべきでしょうか? オヌ帝国発見の旅、その内容をいち早く外交省へ持ち帰る事が勿論、今回の訪問の目的ではありますが、その次の指示を仰ぐためにもここに来ましたので……」

「テグ。あなたが真面目なのは好印象だけれど、もう少し、話を楽しむ余裕は身に着けた方が良いわね? 今、私はあなたを評価したい気持ちだし、それは悪い物にはならないけれど……人に寄れば、良い印象を持たれない。あなたという人間が過小評価されてしまう。そうでしょう?」

「それは……そうでしょうか」

「ええ、そう。けれど、あなたが望むのなら、仕事の話に戻りましょう。そうね、勿論、あなたには今後、やって貰わなければならない事がある。何か分かるかしら?」

 彼女、ショーリスはこの様にあやふやな言葉での問い掛けを好む性質だ。決定的な意図を相手に読ませない。外交省で出世を行うために、彼女が得た処世術なのだろう。

 彼女の部下としての立場がある以上、テグロアンはそれに付き合う必要があった。

「次にやるべき事……それは……今回の成果を利用して、国軍内部でより上の地位を目指す……と言ったところですか?」

 元外交省職員であるテグロアンであるが、今は国軍の軍人をしている。その理由は、ショーリスが外交省外部の組織に密かに繋がりを持つための糸としての役割が与えられているからである。

 彼女はそういう手段を使って、外交省外部に対しても発言力を確保しているのだ。さらに彼女が手に持っている糸はテグロアンという糸一本だけでも無い。

 彼女は国の複数の機関に対して、テグロアンと似たような形で、目を付けた外交省職員を送り込んでいる。

 一旦は外交省職員を退職している形になるため、何かしら問題が発生しても、外交省は無関係だと言い張れる。そういう状況も作り上げていた。

 これがショーリス。いや、外交省のやり口だとも言える。

 外交省は何より情報に価値を置く。今回、国軍が計画したオヌ帝国発見のための旅において、テグロアンがブラックテイルⅡの副長という地位に付けたのも、外交省からの働きかけがあったからだと思われる。

 この旅に参加した情報をテグロアンが外交省に持ち帰る事で、外交省が何より重視する他国の情報を、外交省は国軍が伝えていない事まで知る事が出来たわけだ。

(そういう意味では、彼女は外交省の仕事に真面目だとも言えるか?)

 テグロアンはショーリスへの評価をしながら、彼女の言葉を待った。

 さっき言った、国軍内部でのテグロアンの出世は、どれくらい当たっているか。そこが重要だとテグロアンは考える。

「残念ながら、及第点に一歩及ばず……かしら」

「それは確かに残念です。一応、そういう意図もあったという事ですよね?」

「ええ。あなたが国軍内部で地位を上げてくれるのなら、それはそれで私も助かるところだけれど……出来れば、の範疇よ。答えはね、あなたにはより鋭い目になって欲しいの」

「目……国軍に対して……ですか?」

 それに関しては、現在進行形でそうでは無いだろうか。

 国軍の内部状況を、テグロアンは常に見ている。今みたいに外交省に報告も行っている。

「違うわ、テグ。これから、あなたに見て欲しいのは、あなたの艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスという男」

「……ディンスレイ艦長を、ですか」

 彼女から出てきた言葉は、意外と言えば意外だった。

 ディンスレイ・オルド・クラレイス。テグロアンにとっては、現在の直属の上司である彼。

 だが、ショーリスにとっては取るに足らない軍人の一人であるはずだ。

 ディンスレイの、軍人としての階級は現在中佐である。

 これは相応に高いとは言えるが、それでもまだ国軍内部では数が居るし、国軍の意思決定を左右出来る立場でも無い。

 要するに見張った上での見返りというものが少ないのである。

 そんな価値の低い任務を指示される程、テグロアンの評価は低かったのか。そんな事をふと思う。

「やっぱり、おかしく思う?」

「そうですね。ディンスレイ艦長は確かに奇抜で見張っていなければ危なっかしい性質ではありますが、国の重要事項という立場かというと……」

 外から見れば、そうでは無いはず。

 その言葉を吐き出そうとして止まる。それは、身内から見ればそうでは無くなると、ショーリスに伝える事になるからだ。

 どうしてか、それは避けたかった。

「確かに、あなたから見れば他愛無い存在かもしれない。実際、どうだった? ディンスレイ・オルド・クラレイス。あなたは部下として彼を見ていたはずだけれど……私にとっても、評価出来る人材ではないわ。変わり者ではあっても、貴族としての立場を捨てた人間。言ってみれば中央の政治を自ら捨てたの。そういう方向性の人間が、国にとって重要になるというのも変でしょう?」

 ショーリスから見れば、そうなるのだろう。事実として、ディンスレイ艦長は政治になんて自ら関わりたくも無いと思うタイプだった。

(だが、果たして、だから重要ではないと言えるものか?)

 もし、その手の人間であろうとも、これは政治的な決着を付けさせるべきだと判断した場合、それこそ政治に執着する人間よりも、大胆な動きが出来るのでは無いか?

 少なくとも、彼の発想に付いて来られる人間が、政治の場にどれほどいるのか?

(いや、これはこれで、過大な評価だな)

 どうにも、あの艦長に対する評価が甘くなっている気がする。そんな事をテグロアンは考えていると、話の続きを待っていると思われたのか、ショーリスはさらに言葉を進めて来た。

「けれどね、考えてみなさい、テグ。彼、今回の仕事の結果として、出世する公算が高いわ。さらに中央委員会にも働きかけを行っていると言うじゃあない? 成果の水増し……とは行かなくても、より大きな見返りを得る事になるはず」

「……そうなるでしょうか」

「そうなるのよ。戦争相手が不明だったところを発見した英雄……は言い過ぎかもしれないけれど、シルフェニアはそのまま戦時下へと移行する。そういう状況って、軍人としては出世のチャンスでしょう? なら、彼はそのチャンスを活かすタイプ。国軍の中でも重要なポジションを、これを機会に狙ってくる……私はそう考えているの」

「だから、そうなる前の段階で、私に監視し続けろと?」

「そう。彼について調べると、シルフェニア国内における昨今の技術発展についても、大きく関わっている事は判明している……ディンスレイ・オルド・クラレイスという男は、世の中が混乱している状況を、自らの立場を上げる手段としている。どうかしら? 私の考えは?」

「聞く限りは……確かに、それが事実だとすれば、監視対象としては有り得る立場かもしれませんね」

 但し、それが当たっていればであるが。

 とりあえずテグロアンは、この話を聞いたうえでの評価を後回しに、ショーリスの話がどういう終わり方をするのかに興味を湧かせる事にした。

「ディンスレイ・オルド・クラレイスは、そこまでの価値がある。副長官の考えについては、そう捉えても?」

「ある種の賭けだけれどね。今後、偉くなりそうだから、今のうちからチップを乗せておく。そのチップになるあなたには不服かもしれないけれど……」

「いえ、それを理由が分かった以上、了承しました。今後も、ディンスレイ艦長の監視を続けるつもりです」

「相変わらず素直で謙虚ね、テグ。あなたにとってそれは不利な要素かもしれないけれど、私にとっては好印象よ。今後がどうであれ、あなたの立場に関しては無下には扱わないから、安心してちょうだい」

「その言葉、信じましょう」

 テグロアンはそう言葉を返してから、幾らかショーリスと話を続けた後、外交省を去った。

 無駄足では無かったが、ショーリスという女の相手は疲れる。そういう評価もついでに出しておいた。

(自身を有能だと思っている、立場が上の人間程、厄介なものは無いな……)

 この内心がバレるわけには行かないから、緊張だってしてしまう。

 それにしても、久方ぶりに、他人に対して冷たい評価をした。ここ最近は、そんな事は無かったのであるが……。




 外交省を後にして後のテグロアンは、すぐに近くの宿泊施設に部屋を借り、一夜を過ごす事を決めた。

 ブラックテイルⅡの船員達と酒場で別れ、その足で外交省に向かったので、もう良い時間だったのもあるが、当面の拠点を用意したかったのだ。

(ここを中心に動けば、私の本懐は外交省を中心にあると、他者からは思われるだろうからな……)

 夜も深くなり、ベッドに腰を下ろしながら、テグロアンは今日最後の思考を始めていた。

 深く、それこそ夜の深さくらいに深く考え事を続けると、その日は良く眠れるのだ。テグロアンのちょっとした趣味と言える。

 ただ、趣味と言えども実利が伴った方が良い。なので、テグロアンがこういう時に考えるのは、今日一日あった事の整理だった。

 まずはブラックテイルⅡの船員達と別れたのは名残惜しい。自分でも意外に思う程に、心の中に穴があった。

 その点は驚きだ。自分という人間は、少々情が薄いところがあると自覚していたからだ。

 事実として、外交省を訪れた以降は、情の薄い自分が帰ってきたと、懐かしさすら覚える事となった。

 外交省の副所長。ショーリス・フエル・ローティアンと顔を突き合せたタイミングがもっともそうだ。

 彼女の顔と言動を確認するうちに、テグロアンはこう考える様になったのだ。

(私に、まだ外交省に帰属意識があると考えていたか。そこまで鈍いタイプだったのだろうか? 彼女?)

 テグロアンが元外交省職員である事は事実であるが、その前にも元が付く経歴がある事くらいは知っているはずだ。その後、国軍に所属した後も、いろいろと便利使いされる中で、それなりの立ち位置も確保している。

 今更、積極的に外交省へ戻りたいなど、テグロアンは考えていない。

(むしろ、外交省は私の帰属場所では無い。という事を今回で確認できたか?)

 自身は複雑な人間だ。自分を理解してくれる場所に、などと高慢に考えているわけでは無いが、せめて自分という人間を十分に利用してくれなければ、勿体ないでは無いか。

(そういう意味では、ブラックテイルⅡは散々に働かせられたな。現在進行形でもだ。なら、そちらの方が随分マシかもしれない。少なくとも、下手な裏もあそこには無かった)

 下手な裏。そうだ。恐らく外交省側にはそれがある。今回の訪問でそれが得られるかもしれないと考えて、テグロアンは外交省に接触したのである。

(私にディンスレイ艦長を監視しろだと? 情を抜きにしてもおかしな話だ。ショーリス副長官から理由を説明されたが、納得出来るものでは無い)

 というより、どれほどの言葉を費やされたとしても、今のディンスレイ・オルド・クラレイスを見張る事は、常識的に考えて無意味としか思えない。

 確かに彼は今回、戦争を止めようと政治に関わろうとしているが、それを実行出来るなどという評価を、彼に近しい者以外の誰が出来るというのか。

 少なくとも、国軍内部で目立っていた方ではあれ、彼が今まで、政治的な能力を発揮した事はただの一度も無いのだ。

 彼を彼自身の立場に立たせているのは、彼自身、現場で発揮した能力と、実際に冒険をした結果である。

 端から見れば、彼は現場重視の人間なのだ。野心云々を考えるにしても、そこから考えるべきだし、そうするのが常道である。

 それをわざわざ今後の重要ポジションになりそうだから、今のうちから見張っておくなどという意見になるのは……。

(誰かに入れ知恵をされたか? だが、それは誰に?)

 少なくとも、ショーリス副長官という人間が、以前から変わらぬ思考をしているとしたら、出てこないはずの発想である。

 彼女は奇抜な行動をするタイプを装っているが、常道から離れられないタイプの人間だとテグロアンは評価している。

 彼女が至る考えで無いとしたら、それは……。

(……もっと研ぎ澄ます必要があるな。私も)

 ブラックテイルⅡに居る間、これまで経験出来なかった事を経験してきたが、今はその経験を活かす時では無く、ブラックテイルⅡに乗る前の経験が必要になって来ている気がする。

 そう考えたテグロアンは、深く深く、自分の過去にある経験値を掘り起こし始めた。

 今夜の睡眠時間は短くなりそうだが、良く眠れそうだ。そんな事も並行して考えながら。


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