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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と彼らの戦い
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① 戦いの前・それぞれの場合

 ブラックテイルⅡが空を飛んでいない。

 飛空艦である以上、空を飛ぶ事が本分なのだろうが、それでも着陸する事はあるだろう。だから、空を飛んでいないブラックテイルⅡを見るのが珍しい、という事では無い。

 だというのに、何かの感慨が浮かんで来るのはどうしてだろうか。

 シルフェニア国内の空港にて、本格的な整備を受けようとしているブラックテイルⅡを見つめるディンスレイは、そんな事を考えていた。

 オヌ帝国から行って帰って来る旅路。言葉にすればその程度の事であるのに、長い長い旅路だった。

 その旅路の中で、もう随分と無理をさせて来たブラックテイルⅡは、今より改修に使い整備作業へと入るのである。

「ああ、私があそこに乗って居ないのに、新しい事を始めようとしているから、妙な気分にもなるのか」

「ブラックテイル号と違って、あれは完全に国の所有物だぞ。自分の物みたいに言うもんじゃないだろう」

 ディンスレイの呟きに返ってくる声。親しみのある声であるが、やはりどうしてか、新鮮に聞こえる。

 恐らくそれは、通信越しではないゴーウィル・グラットン大佐の声であったからだ。

「ブラックテイル号だって、私の物ではありませんよ。それはもう、本格的に」

 二人して、空港を一瞥出来る近くの施設の中、ガラス越しに、ブラックテイルⅡが整備用のハンガーへと入る光景を眺めている。

 シルフェニアへと戻ってから、忙しい日々が続いているのであるが、今日はこの光景を見るために、わざわざ空港へ足を運んだのだ。

「ま、確かにその通りだが……さっきの言葉は訂正しよう。お前くらいは、お前の艦を自分の物だと言い張るくらいはしても良いだろうさ。それだけの経歴が出来たわけだしな」

 経歴。オヌ帝国発見への旅路を、ディンスレイは成功させた。しかも、予定よりも早いタイミングという事になっている。

 未発見の国を見つけるのに、どれだけの時間が掛かるか、予想だって出来るものでは無かったろうが、それでも、最低限これくらいは掛かるだろうという時間を上回りはしたらしい。

「経歴という話なら、そこに書く文言が中途半端なままだ。オヌ帝国との戦争の最中、敵国を発見したディンスレイ・オルド・クラレイスはシルフェニアへと帰還。そうして……今はそこで筆が止まっています」

「だな。シルフェニアにとっては、頭の痛い問題が絶賛継続中。つまり、戦争も継続中だ。オヌ帝国という呼び方も、お前達がそれを発見し、通信にて伝えてくるまで分かりもしなかった。ただ、あくまでシルフェニアにとっての問題だぞ、それは。お前に関しては、ここで終わらせても構わない。そうだろう?」

 ゴーウィル大佐の言う通り、ディンスレイは命じられた仕事に対して、十分な成果は残した。

 戦争が継続中という事は、また別の仕事に宛がわれる事もあるのだろうが、通常、これだけ長い任務の元に居た船員に関しては、暫く休暇が与えられるのが慣例だ。

 戦争中と言っても、シルフェニア空軍全軍が動かなければならない事態という程に激化もしてない。現在進行形で領空侵犯を行ってくるオヌ帝国の飛空艦の監視と対処。それが続行中であると聞く。

 つまり、羽を休められるタイミングではあるのだ。一度、旅をここで終わらせる。そういう表現も出来るだろう。

 出来るのだろうが、ディンスレイは首を横に振った。

「悪いですが、もう伝えてある通り、ここで仕事は終わりではありません。オヌ帝国発見の旅に対する報告作業が残されている。そうでしょう?」

 ブラックテイルⅡがシルフェニアへと帰還してから、時間にして一週間は経過している。

 その間、艦長として船員達の今後を指示しながら、ゴーウィル大佐の様な上役に状況説明と、旅の間にあった事柄について、概要を伝える。そういう仕事を行うだけで過ぎてしまう時間でもある。

 ディンスレイが旅の中で持ち帰った情報の本格的な精査はこれから行われわけだ。それを受けてのシルフェニアの判断が、今から漸く始まるとも言えた。

 何と言っても、帰って来たブラックテイルⅡをどう整備していくかすら、漸く決まって、その光景を見ている最中なのである。

 ディンスレイから見れば、今の状況はまったく終わりでは無い。まだまだ途上。立ち止まるべき休憩所すら見つかっては居なかった。

「お前が何を考えて、何をするつもりなのか。分からん俺では無いつもりだが、まともな考え方じゃあないぞ? 旅の報告作業だけで戦争を止めるなんて事はな」

「そりゃあ仰る通りですね」

 ゴーウィル大佐には直接伝えたつもりは無かったが、狙いは読まれていたらしい。

 そうだ。彼の言う通り、ディンスレイはオヌ帝国とシルフェニアの戦争を止めるつもりだった。

 それでも、旅が終わり、その旅の報告を行う作業の中でだ。

「言っておくが、お前がこの中央都市を、ブラックテイルⅡの着陸場所に希望した段階で、何か仕出かすつもりだと、聡い奴は気付いているからな。俺も勿論、その一人だった」

 シルフェニア国内、中央都市グアンマージ。広いシルフェニア国内において、政治的な駆け引きや決定が行われる場所であり、尚且つ行政の中心地。シルフェニア発祥の場所でもあり、戦争中のシルフェニアの方針は、この街で、この街に住む人間によって決められると言っても過言では無いだろう。

「無論、覚悟の上ですよ。だからこそ、大佐の力を借りたい。この街で、本音でやり合えるのはあなただけだ。今、この瞬間に会う約束をしたのも、それが理由です」

 これまで自分を守り、運んで来てくれたブラックテイルⅡが長い休みに入る。今、それがこの瞬間だった。

 他の船員達の力も、この報告作業に関しては借りる事が出来ない。

 そうして、ならばたった一人で今後も戦おうと思う程に、ディンスレイは厚顔でも無かった。

「代価は? なんぞ言えば、お前の失望を買うだろうな、俺は」

「やはり、戦争を止めるという理由だけでは弱いですか」

「俺以外を相手にする場合はな。ふん。確かに、上手く運べば戦争を止められるというのなら、乗ってやれない事は無い。というよりそもそも、既に片棒を担がされているだろう、俺は」

「そっちもバレていましたか」

 実を言えば、ブラックテイルⅡの帰還の際、無事の帰還のめでたさにかこつけて、幾つか彼が聞き入れるだろうお願いをしていた。

 勿論、それらのお願いも、今後に対する布石である。

「一つ目の、報告を行う際、オヌ帝国から連れて来た人間……オヌ帝国人とでも言えば良いのか? あの角が生えた人種の同行を許可したわけだが、それには何の狙いがある」

 レド・オー。オヌ帝国から、共に戦争を止めるという目的の元、シルフェニアへとやってきた彼は、これからもディンスレイと行動を共にする事になっていた。

 レド・オーという敵国の人間がそのままシルフェニアへとやってきたというのは、シルフェニア本国にとっては僥倖であるが、突然の存在過ぎて扱いに困っている最中と言った具合らしい。

 そういう状況で、ディンスレイが直々に中央都市に連れて来るというのは、かなり通り安い願いであったはずだ。

「お前、それが目的で、レド・オーという男の存在を俺にまで隠していたな? 通信でも報告がシルフェニアに来てから後の事だった」

「嘘は吐かずに、言わずに済ます。まあ、そういう手もあるという実演にはなったはずです」

「これから、お前がやる事の初手と言ったところか。まあ、頼もしさとして受け取ってやろう」

 ゴーウィル大佐はあくまで好意的だった。

 言葉は厳しい部分こそあれ、彼はディンスレイの味方なのだ。その味方で居てくれた時間は、ブラックテイルⅡの船員達以上であろう。

 だからこそ内心で感謝しつつ、言葉では甘えている。

「二つ目の願いについては、どうです? 順調ですか?」

「ああ、そっちに関しても、まあ通らないものじゃあない。というより、本来はお前だってそうなるはずだった」

「長い旅の後の休暇です。船員達には、せいぜい羽を伸ばして欲しいものですから」

 シルフェニアに戻り、今回の旅の監督役だったゴーウィル大佐に頼んだ事は、レド・オーの身柄に関する事と、船員達にまとめて休暇を与えて欲しいというものの二つだった。

 ゴーウィル大佐の様子を見れば、その二つ目の意図についても、幾らか察している様子だった。

「船を降りてから、あの連中には何をさせるつもりだ? ディン?」

「まあ、色々です。ブラックテイルⅡはこの通り、すっかりハンガー内へと入ってしまいましたが、私達の旅はまだ終わってませんよ。私が胸を張っている限りは」

「暫く合わない内に、大言に磨きが掛った様だな」

「ええ。頼もしい、部下が居ますから」

 ゴーウィル大佐の言葉に、大言ではないれっきとした事実で答える。

 そうだ。艦を降りたとしても、直接力を借りる事は出来なかったとしても、ディンスレイは一人ではない。頼れる仲間が居るのである。




「さて、艦長から残業を仰せつかった方々はご愁傷様。残念だったわね。あの性格の悪い男に目を付けられてるって事よ。今後、身振り手振りに気を付けなさいな」

 シルフェニア中央都市グアンマージに幾つもある酒場の一つ。そこへと集まったブラックテイルⅡの船員達のうち、もっとも口が五月蠅いであろう彼女、操舵士のミニセル・マニアルの声が聞こえて来た。

 彼女は片手に酒が入ったジョッキを持ち、まるで飲みの場での挨拶の如く、船員達の今後について話し始めている。

 そんな彼女の言葉を、自分、テグロアン・ムイーズもまた黙って聞いていた。

「休暇中だからお給与も無し。一応、これまで長いし疲れるし、波乱なんて幾つあったか数えるのも嫌になる旅の分は通常の給与に加えて、ボーナスも入るらしいけれど、大変なのはこれからもそう。だから今日くらいは気を緩めるておく事。分かったわねー!」

 実際、それは挨拶ではあるだろう。ミニセルの言葉により、場は盛り上がり、ブラックテイルⅡの船員それぞれが銘々、酒場の中で飲み食いを始めた。

 積もる話なら幾らでもあるだろうし、確かに今日くらいは、この騒ぎの中で気を緩める事だろう。

 テグロアン以外は。

「辛気臭い顔続行中ねぇ、副長」

 挨拶が終わり、そのままミニセルはテグロアンの目の前までやってきたらしい。酒場の隅で、目立たぬ様に座っていたつもりだったが、さすがに隠れ潜む事は出来なかった様子。

「ミニセル操舵士。もう既にお互い、艦を降りていますから、役職で呼び合うというのは不自然ではありませんか」

「かもね。けど、単なる名前で呼び合うのに慣れるには、時間が掛かるものでしょう?」

「確かに。その様な時間はありませんか」

 今日一日は気を緩めるとミニセルは言っていたが、つまり、明日から、ここに集まっている面々には仕事が待っている。

 ディンスレイ艦長から与えられた、戦争を止めるための仕事が。

「副長にこうやって真っ先に話し掛けたのは、特に時間が無さそうだからなんだけどねー」

「それはどういう?」

「酒場の端に居るって事は、早々に自分一人、抜けるつもりなんでしょう?」

「ほう」

 常々、艦長からの評価が高かったミニセル操舵士であるが、その理由の一端を一つ、ここで知れた気がする。

 だからこそ、彼女になら伝えても良いかと思い立ち、伝える事にした。

「私は艦長から、この街で、今回の戦争を策謀しているらしきオヌ帝国の男、アイ・オーを追う様に命じられています」

「この街でって、ここは文字通り、シルフェニアの中央よ? まだ表向きに接触すら出来ていない国の人間が居るわけ―――

「既にオヌ帝国はシルフェニアに入り込んでいるというのは、艦に乗っている頃から分かっていた事でしょう? それに、艦長との話で、一つの共通認識が出来上がっていますので」

「ほほう。それはどういう?」

 あまり深く話をするつもりも無かったが、相手の関心を得てしまった様子。ならばどこまで話すべきかと迷うものの、目の前の人間は数少ない味方であろうと考え、ほんの少しだけ、この場で長居する事を決めた。

「この街で、我々はオヌ帝国の情報を正式に持ち帰る事になります。その仕事を艦長はする。そのタイミングこそ、シルフェニアの今後の方針が決まる瞬間と言えます。その瞬間に、その中心地で動かない黒幕なのだとしたら、むしろ恐れる様な相手では無い。そういう認識です」

 誰かの行動なんてものは、早々に御せるものではない。もし、世界の裏側で、表の社会を動かす人間が居るのだとしたら、それはどこぞの豪邸で酒の入ったグラス片手にほくそ笑んでいるのではなく、額に汗を流しながら、重要な場所に関係し続けられる人間のはずだ。

「オヌ帝国側は、既に戦争への方針を決定している。それが今です。次にシルフェニアにその決断をさせる。そのためには、ここに、このタイミングで居る必要がある。だからこそ、私はそれを探す様に命じられました」

「……多分なんだけれど、この中で、一番危険な事頼まれたのって、副長じゃない?」

「さて」

 そういう比べ合いは不健全だ。危険な任務を命じられたから、もっとも信頼されている。そういう驕りを持つ人間で無いからこそ、この様な仕事を任された。テグロアンはそう考えている。

「ミニセル操舵士。あなたも恐らく、相応に危険な仕事をする様に言われているのでしょう?」

「あたしの場合、オヌ帝国の戦争が激化し始めてる国境沿いの状況調査をして来てくれですって。勿論、あたしが頼まれた以上、飛空船を駆ってそれをして来いって事でしょうね」

 戦争の先端がそこにある。そこの情報は今のタイミングでもっとも貴重となるだろう。そうして、同じくらいに危険だ。

 無事を祈らずには居られないが、一方で、だから彼女がもっとも信頼されているのだとも思わない。

 あの艦長は、ここに居る全員を同じくらいに信頼しているのだ。

 馬鹿げている。夢みたいな事を考える男であろう。常々、テグロアンはそう評価していたし、今でも変わらない。

 変わったのは、そういう生き方が出来る男が、一人くらいは居ても良いだろうと考える様になった、テグロアン自身。

「ミニセル操舵士。あなたがそうである様に、私に命じられた仕事も、私が適材適所だからです。危険は承知の上で、無事、やり遂げてみせるつもりですよ」

「……あたしに手伝える事って無い?」

「冗談を。お互い、大変な仕事である事を今、確認し合ったところのはずです」

「分かった。じゃあ勝手に何か考えておく」

 厄介である。こういうタイプの人間への対処方法をテグロアンは知らない。これが彼女だけで無い事もやはり厄介だった。

 ブラックテイルⅡに乗っていた船員達の大半が、勿論、その厄介さを持っていた。

 今はどうしてか分からないが、その厄介さに親しみを感じてしまう。

(つまり、私もその厄介な人間の一人というわけか)

 どうにも吹き出しそうになる感情を持ったテグロアンであったが、それが表情に出る前に抑え込む。

「相変わらず、感情の読めない変な顔する副長だけど、居なくなったら悲しむ人間が大勢いる事、あたしが保障しておいてあげる。まずはそれが手伝える事の一つ目って事で」

「それは確かに、頼りになりそうな内容ですね」

 言いつつ、テグロアンは席から立ち上がった。

 見ればミニセルと話をする間に、酒場の中でも船員それぞれに話が弾み出している様子。

 語り合う事は幾らでもあるだろう。それだけの旅を同じ艦の中でしてきたのだ。

 テグロアンも、出来ればその会話に参加したいと思ってしまう。だからこそ、今、立ち上がらなければならない。

「行ってらっしゃい、副長。軍人さん相手への挨拶って未だに分かんないんだけど、ご武運を」

「ええ、それで良いですよ、ミニセル操舵士。こちらこそ、あなたの戦いが上手く行く様に」

 辞儀をしてから、テグロアンは酒場を出た。

 副長という役職では無く、副長になる前に良くしていた仕事と同じ種類の戦いを、テグロアンは今から始めるのだ。

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