⑤ 言葉の伝え方
『定期的な無茶振りにも慣れて来たところですがね、艦長。今回は何時も以上に嫌な予感がするのはどうしてなんでしょう』
「良い勘しているな、整備班長。通信越しにすら直感が働くというのは、誇るべき技能だ」
『単なる経験則って言うんですよ、こういうのは!』
メインブリッジから機関室へ、さっそく通信を繋げたディンスレイに対して、ガニ整備班長の気分は良いものと言えないらしかった。
こちらに関しても経験則に寄るものだが、メインブリッジを通して彼と話をする場合、だいたいが碌な状況で無いというのが原因だろう。
基本、ディンスレイは機関室という場所が好きなので、時間や状況に余裕があれば自ら足を運んでいた。
つまり、その手の余裕が、今は無い事を意味している。
「そっちも気が付いているだろうが、また艦に波乱があった。さっき、大蛇の大群に艦が襲われてな。今、漸くそれから逃げ切ったところだ」
『そいつはご愁傷様だ。ですが、うちとしては艦が傾こうが、上下逆になろうが、機関室での整備を続けるってだけでしてね。何時だってベストを尽くしてるから、それ以上を求められるってのは―――
「再度のワープについてだ」
『無理ですからね』
「次のワープを、早められるかどうかを尋ねたい」
『無理だって言ってるでしょうが! ワープが可能になるまで調整については、何よりも優先してやってるのはご存知でしょう? 無理をしてくれって話なら、今、それをしている最中だ!』
整備班長の怒鳴り声が、通信越しですら響いて来た。
通信機器に関して、今後はより繊細な音量の調整機能があって欲しいところだったが、今は贅沢を言えない。
これから、別の贅沢を言う事にもなるのだし。
「ワープ距離や目的地を指定しない場合なら、どうだ?」
『……なんですって?』
聞き返されるが、聞こえなかったわけではあるまい。
幻聴だと思いたくなる様な事をディンスレイは言った形になるのだろう。だが、その手のディンスレイの発言は、だいたいが本気である。その事もまた、経験則で学んでいるはずだ。
「単純に、その場でワープする。移動をする必要すら無い。ただワープという現象を起こすだけなら、可能までの時間を早められるか?」
『……』
沈黙が続く。しかし通信が切れたわけでは無かった。ガニ整備班長は怒鳴るのでは無く、思考をしている。
それはつまり、可能性があるという事だ。
「今はそれが必要だ。無論、稼げる時間は稼ぐところだし、その時間で通常のワープが可能となるのなら、そっちで済ませよう」
『良いですか? 艦長が仰る様な、移動しないワープだけなら、あと三時間ってところです』
「分かった。その時間で準備を進めてくれ。なんとか、最低限その時間は稼ぎ切ってみせる」
『じゃあこっちは、作業に集中しますんで、切りますよ』
ガニ整備班長の言葉と共に、通信が切れた。
そうして視界と意識を、メインブリッジの方に移す。
「で、どういう事か説明してくれるんでしょうね?」
メインブリッジにおいて視線を集めるのにも慣れて来た。真っ先に飛び込んで来るミニセルの目に対して、ディンスレイはまずどう返すべきか悩み、そうして苦笑する。
「重要な事は、何時、我々はあの森と話をしたか。という事になるだろうな」
「んんー?」
言っている意味が分からない。ミニセルの今の感情はそんなものだろうし、そういう事をまず言われるだろうというのは分かっていた。
「なんと説明をしたものか……。さっきも言ったが、この森は我々ブラックテイルⅡにコンタクトを取りたがっている。それは何故か?」
問い掛けた後、まず答えたのは補佐観測士のララリートである。
「普通、自分以外の、知能を持つ生命体を見つけた場合は、何らかの接触を図るものなんじゃないですか?」
「なら、これまでこの森がそれをして来なかったのは何故だ?」
「何故……となると……何故なんでしょうね?」
ララリートの想像力はまだ足りない部分がありそうだ。まあ、そこはディンスレイの方がおかしいかもしれないし、そもそも欠点かもしれない。
だから特に言及せず、本筋の話を続ける。
「私の考えでは、そもそも森は、これまで一度も、他者から接触があったという実感が無いんだと思う」
「それっておかしく無いですか? 実際、シルフェニアは森へ挑む事が何度もあったはずです。その度に何らかの理由で踏破出来なかったから、未踏領域になっている」
テリアン主任観測士の方も、ディンスレイの話に疑問符を浮かべて来た。確かに、シルフェニアは何度だって森に対して接触を行って来たと言える。
だが、森の方がその事に気が付かなければ、何もしていないのと同じだ。
「森が他者の知性や意識を感じ取る。そういう方法が普通では無いんじゃなかろうか。そもそもが森単体で完結してる生物という仮説通りなら、普通かどうかという価値観すら無いのかもしれない。ただ自身の判断の中で、自身の価値判断に沿った常識を持っている……という可能性も」
「艦長ー、難しい話になってる」
「おっと、悪いな、ミニセル君」
時間は貴重であるから、脱線しそうになるのを注意される。ディンスレイ自身も語りたい事を頭の中で整理して、分かりやすい例えを思いついた。
「森は、赤ん坊だ。しかも、誰からも話し掛けられないから、自分以外の動くものは単なる虫とか外敵とかになる」
「そりゃあすごい大きくてとんでもない赤ん坊だこと」
「あくまでただの仮説だがな。そうして我々にとってはそこまで重要でも無い。重要な事は、そんな赤ん坊が、どうしてか我々の事を意識している。まるで始めてあった他人である様に、拙い形で接触を図ろうとしているんだ。その意味は……我々側にある。これまでに無い接触の仕方を、ブラックテイルⅡがしたんだ。だから森の方も、これまでと違う反応を示している。それこそ……」
「なるほど、それがワープですか」
考え続けていたのか、沈黙していたテグロアン副長が口を開いて来た。
存外、彼の頭の中身は、ディンスレイに近い部分があるのかもしれない。
「ちょっとちょっと。何? どういう事? このまま分かっているだろうから、みたいな感じで話が進んだりしないでしょうね?」
恐らく、ディンスレイとは思考の方向性がまったく違うのだろうミニセルの方は、まだ良く分かっていないらしかった。
というより、これが普通の反応だろう。
「ミニセル君、我々がブラックテイルⅡで行って来たワープは、どういう原理の元で出来ているかは憶えているか?」
「あれでしょう? 要するに、結局は浮遊石の力に寄るもの。ワープ装置の大本は、あたし達を浮遊石の力で包み、同質のもので、それを制御する装置って事……だったかしら?」
「重要な部分が言えていないぞ。それはあくまで前段階の話で、ブラックテイルⅡという船体を君が言う状態にした上で、大陸の、いや、世界の下層にある浮遊石の層へとアクセスする。その行程こそ、ワープの本質だ」
世界の下層には、どの様な物質も下側に落ちようとする方向性に対して、それに逆らう力、浮遊石の層が存在する。
その層は、シルフェニアで一般的に使われている浮遊石と比較すると、けた違いに純度が高い。その純度の高い浮遊石を、本来のワープ技術の持ち主である種族の言葉を借りるなら、世界石、ディンスレイ達は光石と呼んでいる。
その光石の層は、まさに世界全体を支えるために、世界全土の下層に広がっており、ワープとはその層の広がりこそを利用するのである。
「世界全体に広がる浮遊石の層に、ワープ装置を用い、アクセスする。すると、ワープをした側はある種、その層と合一化するんだ。世界のすべての場所に存在している様な形だな。そうして、やはりワープ装置はその状態から元の状態へと船体を戻す事で、世界の中の任意の場所へと戻せる様になる……というのが、ワープの仕組みなわけだ」
勿論、これからは幾分、都合の良い考え方でしか無く、ワープに用いる浮遊石の純度や、ワープ装置の機能の上限、観測技術に寄って、ワープ出来る距離や精度は変わって来る。世界のどこにでも、などという技術を、シルフェニアは手にしているわけでは無いのである。
ただし、ワープの仕組みそのものは、本来のワープ技術も、シルフェニアが再現したものも変わりは無い。
「ワープがどういうものかは、以前にも何度か聞きましたけど……今回はワープの原理が重要なんですよね? となると……そっか。どんなワープだろうと、世界の下層に、ある種のエネルギーになって向かうっていう行程があるから……森は、それに反応している?」
「うん。私の予想ではそうだ、ララリート君。森というのは、見ての通り広いが、一個の生命だと考える場合、どこで繋がっているものだろうか? それは土地だ。土中ですべてが繋がっているのだとしたら……」
同じく、世界の下層へとアクセスするワープ機能は、森の本体と言える場所に、直接接触する方法だとは言えないだろうか。
そんな仮定を展開するディンスレイに対して、慌てた様子のテリアンが口を開いて来た。
「待ってくださいよ。艦長が仰る通りの可能性は確かにありますよ? けど、何か確証がある話なんですか、それ?」
単なる想定にしても、見込みが甘い部分があるのではないか。テリアンはそう言いたいらしい。いざとなると慎重さが出るのが、テリアンが持つ性格の方向性だ。
「確証か……一つあるぞ」
「それって?」
「森が誘導しているのは、シルフェニアがある方向だ。あそこに我々が帰りたいという事を、何時かの時点で知ったわけだ。それはつまり……」
「ワープのタイミングで。ならば次にワープをすれば、我々側が森の行動により迷惑しているという心中を伝える事が出来るという事ですね」
最後にテグロアン副長が話を締めてくれた。彼がこの様な言動をしてくるところ見るに、副長に関してはディンスレイの考えに賛同してくれているのだと思う。
実際、ディンスレイが口を開くより早く、副長は言葉を続ける。
「どうでしょうか皆さん。今の状況において、試してみる価値があると、私は思います。が、艦長が仰る通りに仮説ではあるでしょう」
恐らくそれは、ディンスレイが言うよりも説得力のある響きがあった。
それは、彼がディンスレイより信頼されているというよりは、印象が違う二人の人間が、同じ結論を出しているから。
(ああ、こういうのが副長の仕事という奴なのだろうな。ここまで来れば、この手のやり取りがメインブリッジで出来る様にもなるか)
南方諸国家群を巡り、オヌ帝国を探す旅も、ここに至っては良い旅であったと言えるのかもしれない。ただし、今回もまた、無事に生き残る事が出来たらであるが。
「ま、他に出来そうな事も無いんだし、そういう話なら、納得はしておくわ。それにしたって、あと三時間……よね?」
「そこだな、ミニセル君。そう、ワープをするという選択肢を選ぶにしても、あと三時間だ」
その三時間までは、打つ手が無い。
森はその三時間を、じっと待っていてくれるだろうか? 一度目の接触は夜の森を輝かせる事。二度目は大蛇を複数出現させての誘導。その二つの出来事の間には、確かに十分な時間があったが……。
(次もそうであるかの確証に関しては……無い)
だからじっと、様子を伺う。今はやはり、それしか出来なかった。
集中力をひたすらに消耗する、その時間。
こういう時に限って、時間が流れるのが遅く感じる。
「そういえば、食堂で出される食事の内容、最近は豪華になってません?」
「ああ、あれ、やっぱり帰還の最中ってのもあって、在庫を良く使う様になってるみたいだね」
途中、観測士同士の雑談が耳に入って来るも、それを注意する事は無い。こういう雑談をしなければ耐えられない。そんな時間になって来ていたからだ。
(たかが数時間。されど数時間か。ところで今、どれくらい時間が経った?)
恐らく、一時間は流れたはずだ。これで十数分の経過だったというのは御免被る。
「副長、今の時点で、出来る事はすべてやっておきたいが……」
「艦長、あなたであれば、既にやっているでしょう?」
「まったくだ。参ったな、思ったより私自身、消耗しているのかもしれん」
他のメインブリッジメンバーには聞こえないくらいの声量で話し合う。こういう事をするために、艦長席と副長席は近い場所に配置されている。
「焦れた気分になっているというのなら、私達も雑談をしますか?」
「良い考えだ。だが、何から話そうか……・」
「確か、艦長はオヌ帝国から攫って来た男と話を既にしているのですよね?」
「攫って来ては居ないが、ああ、したな」
当人の意思に反した事はしていないはずだ。いや、レドの方は別に自分を助けて欲しかったわけでは無さそうなので、無理強いはした事になるのか?
「話をしたうえで、艦長はどういう事を考えましたか?」
「印象の話……か?」
「いえ、艦長の今後の狙いがどうなったかです」
「狙いと来たか……」
つまり、シルフェニアに帰ったところで、それで終わりにするつもりも無い人間だと、ディンスレイは見られているらしい。
まったくの正解だ。
「今後についての展望は二つある。一つ目は、レドから聞いたんだが……この戦争、黒幕がいる可能性がある」
「ほう。となると、その黒幕を?」
「ああ、見つける。出来れば打破したいところだが……問題は政治が関わるからな。諜報活動とて専門とするところでは無いから、出来る事と言えばそういう動きへの助力だろうなぁ……」
何がどこまで出来るものなのか。それはシルフェニアに着いてから考える事になるだろう。状況はまだ不透明な部分が多い。
「一つ目については理解しました。私も幾らか、考える事にしてみます」
「おっと、そういえば副長はむしろその専門だったか?」
「最近、私自身忘れがちですが、実はそうです。ふん? なるほど。やれる事は、確かにありそうですね」
この何を考えているか分からなくなる表情にも慣れて来ていたが、なかなかどうして、その恐ろしさは初対面の頃から変わっていない可能性がある。
その時と違うのは、それもなかなか面白いと思えて来ている事くらいか。
「それで、二つ目は何をするつもりなんです?」
「こっちはもっと不透明だが……一つ目の動きに、シルフェニアが注力出来る様に国を促してみるつもりだ」
「はい?」
「こっちは分からんか、副長? つまりだな、今のところ、オヌ帝国側の情勢について、知るのは我々だけだ。シルフェニア側はどうしたって、我々の報告を聞かざるを得ない。そこでの報告を……嘘を吐くわけじゃあないぞ? ただ、ある程度、戦争を止める方向に持って行けると思うんだ。少なくとも、誰か個人に誘導されている様な戦争への警戒心を植え付ける事くらいは……どうした?」
ただ説明を続けているだけだというのに、テグロアン副長の表情は、分かり難い表情から、露骨にこちらを訝しむものになっていく。
「艦長、その言い方であれば、まるで艦長自身が黒幕になりたい様に聞こえますが」
「何? いや、そんなつもりは……私自身の狙いがあって、それを……」
ただの言葉だけで操るつもりなのか? 自分が? それが本当に出来るのか?
今の時点なら、出来そうという考えが強く……。
「少し、こちらに関しても考えるか」
「その方がよろしいかと」
自分の行動予定に、躊躇が生まれてしまう。副長に助言されたから……ではない。
レドと医務室で話した内容を思い出したのだ。
ディンスレイはレドの兄に似ている。アイ・オーという、この戦争の黒幕と目される男に。
そんな話を、今、この瞬間に思い出していた。
「……」
不吉な符丁だった。今後、出会うかもしれない存在に対して、他者とは違う、良く分からない感情が自分の中に湧いて来る。
(ただの時間潰しのはずが、自分自身についてを考える時間になってしまった。うん? 時間?)
副長との会話の後、暫し考え事を続けた結果、そういえばこの考える時間は、どれくらい経過していたか?
そもそも、時間を潰そうと考えた理由は……。
「艦長!」
テリアン主任観測士の声が耳へと届いて来る。
その声が意味しているものを、ディンスレイは察した。いや、目にした。
森の中から再び、大蛇が現れたのである




