表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と未知なる世界
8/164

⑧ 暗い穴の底で

 未知の構造物。その飛空船発着場へとブラックテイル号がやってから二日程が経過した。

 探検活動も何度か行えており、本来の利用者とは違う者が施設内を探索しているせいで、怪我人が出る事もあったが、大怪我とは行かない程度であるため、今のところ、探索は順調に行っていると言えるかもしれない。

「進捗があるかどうかについては、まだ何とも言えないのがもどかしいがね」

「ミニセル様は、この要塞……もはや遺構と言うべきですかな? それへの考察に役立ちそうな文物を持ち帰ってくれていると思いますが」

 今は大地に根を降ろしたブラックテイル号のメインブリッジ。飛び立たぬからこそ変わらぬ光景が見えるそこで、ディンスレイは副長のコトーと会議未満の会話を続けて居た。

「ミニセル君は艦を動かしていない間も暇なしだな。むしろ冒険者としての本領を発揮していると見るべきか。彼女の頑張りとて、認めているのだが……」

「やはり、現地住民が見つからない。そこに引っ掛かりを覚えますか」

 その通りだ。順調に探検が続いているというのも、他に争いになる様な相手が居ないからこそなのだ。

「まず分かって来た事を整理しよう。既に最初に探検した建屋以外の、巨大な穴を囲っている、副長の言を借りて遺構と表現するが、遺構への探索も行った上で、ここを作った種族の姿というのも見えて来た」

 絵画が見つかったのである。その種族を描いたものだとは確実に言えぬが、それでも八割方、彼らを描いたものだろう。

 外観はディンスレイの予想以上に、ディンスレイ達人間に近い姿だった。

 はっきり言って、お互いがお互いの集団に混ざり合えば、どこからどこまでがどの種族なのか分からなくなるだろうくらいに似ていた。

 一方で特徴的な部分もある。船医のアンスィが予想している通り、見つかる絵画や像などを見るに、彼らは背が低く、変わりに横幅が太い。だが脂肪が付いているというよりは、骨太な印象を受けた。

 さらにどれも髭が豊富に蓄えられており、そういう髭を伸ばす文化があったのだと考えられる。

「出会えれば、なかなかに愛嬌を感じられた姿でしたでしょうな」

「まったくだ。だからこそ、出会えないのが惜しい。しかも彼らの技術は相当な物だ。シルフェニアよりも多くの部分において上回っていたのでは無いかな? 建屋にしてもそんな印象があったが、他の施設部分の話を聞く限り、尋常では無い程の頑丈さで作られているとか」

 例えば石作りの建物を想像して欲しい。流体の石を固めたタイプの建物でも構わない。それは見るだけで頑丈だろうが、それ以上を想像するならどうなるだろうか?

 ここにはその答えの一つがあった。巨大な。ひたすら巨大な岩盤があったとして、それを上手くくり抜けば、他に隙間一つ無い空間が完成する。その空間を廊下の形に、部屋の形に、ホールの形に、テーブルにベッド、トイレらしき物まで、その形に型抜く事が出来たら? 相当に頑丈な、地震なんかがあったとしても大して被害も出ないそんな構造が出来上がるはずだ。

 少なくとも、ディンスレイ達が今居る場所はそういう場所だった。

「出会えなくて良かったかもしれませんぞ。何か一つ、争いにでもなれば、我々に勝ち目は無かったでしょう」

「別に争うために来たわけでは無いよ副長。その様な危険だって飲み込んで、未踏領域へとやってきている。だからこそ、会えなくて惜しいと考え続けている」

 個人的に、出会いを拒絶するのなら冒険なんぞするべきでは無いとすら考えている。未知の物との接触をこそ、望むものなのだから。

「何にせよ、出会える物、発見出来るものを選り好み出来る立場では無いでしょう? いたし方無しと考えて、次のミニセル様の帰還を待ちましょう」

「彼女には苦労させているな。次に帰還した時には十分に休息を取らせて、他の者で探検班の班長が出来る者を選ばせてみる事にするか」

「その方がよろしいでしょうな。ああ、そうだ。他の者と言えば……」

 まだ話は終わっていないらしい。次の話題に関して言えば、ディンスレイとて言われる前に分かってしまう。

「ララリート君の事か?」

「ええまあ。そちらも新たな懸念なのでしょう?」

 どうにも副長はディンスレイの悩みを幾らか解決してやろうという親切を目的に会話をしているらしい。

 実際、こうやって会話をするだけでも、自分だけで考えるより思考は進んでいた。

 そうだ。ララリートについても考えなければならない。

「最初は可能性でしか無かったが……今、彼女の様子は?」

「建屋から持ち出した本については、既に一割は解読してしまったそうですよ。今はむしろ、言語学の知識を学ぶ事に苦戦している様ですな」

「それも我々が考えるより早く修了する事だろう。彼女にとってみれば、自分の考え方に専門の単語を当て嵌めるだけなのだからな」

「……スペシャルトーカーですか」

 ディンスレイは頷いた。

 スペシャルトーカー。未知の言語を解読する事への驚異的な適正。シルフェニアにおいてはそれをそう呼んでいる。

 国内の人口が大きく増えて久しいシルフェニアという国においても、そういう人物は十年に一人生まれるかどうかという存在だ。

 学者の説に寄れば、広大な世界にバラバラに存在する言語を扱う種族達が出会った時、相手の言語をより早く理解出来た方が生き残って来た結果として、そういう特性を種族が獲得したのだという。

 文字の並び、言葉らしき物の発声方法、文章そのものの形や書きぶり。それらから他人の誰よりも情報を汲み取り、解釈して、言語を凄まじい速度で解読していく。それがスペシャルトーカーという技能……いや、才能だ。

「あれだな。これも浪漫と言うべきかな? 古の英雄の中には、脇にスペシャルトーカーが居たという話もある。そうして多くの種族と争い、屈服させ、国家の規模を広げて来た」

「艦長はそういう英雄になる事をお望みですかな?」

「私がどう思うかなどというのは、ここでは関係無いな。結局、その技能も才能も、利益が帰するのはそれを持つ当人。ララリート君がどの様な将来を望むかだ。今はそういう時代だろう?」

 極論、彼女が稀有な才能であるスペシャルトーカーという能力とはまったく関係無い将来を目指したいというのなら、それを応援する義務がディンスレイには、大人にはあるのだ。

「当人としては、漸く役に立てる事が見つかって、相当に入れ込んでいる様子ですがね。これ、今のところの、例の本の翻訳内容です」

 と、コトーは中々に荒い文字が書かれた用紙を何枚か渡してくる。恐らく、ララリートの直筆だろう。彼女なりの言葉で、例の本の内容が分かる範囲で書かれてあった。

「……あれだな。現状、彼女の才能と仕事が素晴らしいものであったとしても、私の方でこの意味を再翻訳しなければならないわけだから、彼女には正しい言葉遣いというのを学んで行って貰いたいところだ」

 例え、未知の言語を正しく翻訳出来たとしても、その翻訳者の言葉が拙いものだったら拙く表現されてしまう。ディンスレイの手元の用紙はそういう類のもので、ララリートの才能に関しての限界とも言える。

「何を学び、何を目指すかは彼女自身の望みという話ではありませんでしたかな?」

「基本的な知識や礼儀は学んでおくべきだ。それはどんな時でも損では無いし、周囲からだって良く見られるのだからな……ふん?」

 用紙の内容を見つめながら、ディンスレイもまた頭を働かせていく。この用紙を作るのが今のララリートの仕事なのだとしたら、そこから価値のある何かを掬い上げるのが艦長の仕事だろう。

 そうして、【この日はずっと退屈だったみたいです】【お尻が痒い日が続いてるって言ってます。なんでしょう。そんなに痒かったのかな】みたいなララリートなりの感想混じりの翻訳内容の中から、それを見つけた。

「副長。これは既に見たかね?」

「いいえ。なかなか独特な文体で書かれていましたので、じっくりと見ていないのですよ」

「なら、私に仕事を放り投げるつもりだったな? だとしたら損をしたぞ。おかげでララリート君の次に、この大切な情報を私が知る事が出来たわけだ」

「ほう? それはいったい?」

「彼らだ。名前も知らない、姿を消した、この場所を作り出した彼らの種族名をララリート君は本の中から見つけ出したらしい」

 ララリートのやや纏まりの無い文字が並ぶ用紙の一点をディンスレイは指差した。

 【ダァルフ】。彼らは自分達の種族をそんな風に読んでいたらしい。

「ここはダァルフが作った施設……我々にとってはダァルフの遺跡と言える場所なのかもしれん」

「なるほど。それは確かに、先んじて知っておきたかった話です」

 名前を知ったところで状況は変わらないかもしれないが、取り組む意欲が違う。何かも分からない謎の場所を探す行為と、ダァルフという種族が残した遺跡を調査するという行為は、やっている事が同じであったとしても、何かゴールがそこにある様な気さえしてくるのだ。

「次に探索班が帰って来れば、そこらの情報をまとめて、船員達に通達するのも良いかもしれんな。そろそろ、船員達も何時までこの遺跡を探索し続けるのかと思い始めている頃合いだろうし」

「事実、このままダァルフという種族に出会えないままならば、どれくらいの期間、ここにいるつもりなのですかな?」

 コトーが尋ねて来ている事は、確かに決めなければならない事項であった。

 ディンスレイ達は未踏領域探検の旅の最中なのである。今、ダァルフの遺跡を調べているのもその一環であるが、その全容を解き明かすという役目までは担ってはいないのだ。

 この地域のどこに、こういう特徴的な物がある。そういう情報を書き込んだ地図を作るというのがディンスレイ達の目的と表現しても良いだろう。

 ここからさらに地図へ細かく情報を書き込んでいく役は、また別の、ディンスレイ達が作った地図を見て旅立つ者がする事になるのだ。

「そうだな。あとせいぜい二日と言ったところかな。その日数がリミットだ。それでこの遺跡ともおさらばする事になるだろう。

「でしたら、二日目が大変になるわけですな?」

 尋ねてくるコトーに片眉を上げるディンスレイ。彼の言葉の意味が分からなかったわけでは無いのだ。

 むしろ、良く分かったなと言いたかった。その言葉ですら、コトーは言葉にせずとも察して来たわけであるが。

「あの大穴が何であるか。最後にそれを調べてみるつもりなのでしょう?」

「調べない理由も無いだろう? 後世、この遺跡を調べるためにやってきて、我々が作り出した地図を見た者にこう言われてしまう。これ程に大きい穴を、ブラックテイル号の船員達は見逃したのか? などとな」

 調べもしていない場所を地図に乗せるわけにも行かない。だからこそ、ブラックテイル号が先陣を切って、あの穴を調べる必要があるのだ。

 このダァルフの遺跡すら、きっとあの穴のために用意された物なのだろうから。




「まずは諸君への通達だ。我々が今まで調べて居たこのダァルフの遺跡。それが一体なんのために作り出されたものなのか。諸君らの尽力により、大凡、分かって来たと思われる」

 ディンスレイはブラックテイル号のメインブリッジ、その艦長席に座りながら、艦内全体への通信を行っていた。

 船員全員に告げなければならない重要事項があったからだ。

「もう既に聞いている者もいるだろうが、このダァルフの遺跡は恐らく、要塞では無く鉱山とその周辺施設であると考えられる。要塞に見える部分は鉱山街だな。彼らは鉱物の採掘に優れた技術を持っており、穿った大地に露出した岩盤をそのまま建築資材にする程に、鉱山開発とその生活が切っても切れない文化を作り上げていた事だろう」

 彼らの遺跡を観察し、恐らく使用していたであろう鉱山開発用らしき機材の多さと、幾つか発見された、ハンマーやつるはしの様なものを表現していると思しき様式から、ディンスレイはそう判断した。

 ここで専門家などが居れば、それは違うという意見も出るのだろうが、残念ながら今は遠く離れた地にしか居ないため、地図上にはそういう場所であるという事を記載する事にする。

 つまりこの場所の地図には、ダァルフの遺跡の輪郭らしき物と、ダァルフの鉱山跡という文字が記される事になるのだ。

 だが、文章の末尾はまだ決まって居なかった。

「やはり船員の諸君は分かって居るだろうが、ある疑問がまだ残されている。その疑問とは、つまり、彼らが鉱山開発を生業にしていたとして、ではここのどこに鉱山があるのかという事だ。ざっと見た通り、山は無いな。」

 だが、そんな疑問とて簡単に解ける。山が無くとも、山みたいな形をした街と、穴ならあるからだ。

「ああそうだ。穴ならある。あの巨大な穴こそ、彼らが作り出した穴だ。いや、山そのものを掘り尽くし、代わりに街を作り出し、さらにその先の地面すらも穿った、彼らの鉱山件鉱山街だ。その規模たるや、あの穴の周辺すべてに、彼らの街は広がっていて、さらには地下深くまで続いているはずだ。さて、一つの疑問が解けたところで、また一つ疑問が増えた事を諸君は気が付いた事だろう。そんな街から、どうして彼らは居なくなったかだ」

 結局のところ、今回の探索でダァルフには出会えなかった。その痕跡は幾らでも残されていたのに、肝心の彼らが居ないのだ。

 それには必ず理由があるはずだ。その疑問が解けない限り、この場所を去るには心残りがある。

 だからこそ、今、ディンスレイは船員全員に告げていた。

「答えはあの、穴にあると私は考えている。あの大穴は広い。このブラックテイル号で下降したところで、まだ余裕のある広さだ。そうして、遅々とした陸上での探検と違い、ブラックテイル号を使っての探索は、我々の得手だ。違うだろうか?」

 このディンスレイの問いかけに、馬鹿な事を考えるなと慌てる船員は居るだろうか? だが、多数の船員は、なるほどと思ってくれる事だろう。

 ディンスレイは、そういうメンバーを集めたつもりがある。

「諸君。通常の探索は終わりだ。そもそもここらが潮時だと考えていた。なのでこれからはその締めに入る。ブラックテイル号で、あの大穴を降りるだけ降りるのだ。目を凝らせ、腕を働かせ、足を動かすタイミングだ。諸君。準備は良いか?」

 そのディンスレイの問い掛けに喝采は聞こえない。同意の叫びだって無しだ。メインブリッジのメンバーが頷きを返し、それぞれがそれぞれの仕事を始める。きっと艦の他の場所もその様であるはずだった。

 ブラックテイル号を発着場から飛び上がらせ、ダァルフが大地に開けた穴へと飛び込んでいくのだ。

「ブラックテイル号、発進! 進むのは空では無く、深い穴の底だがな!」

 優れた飛空船とそれを動かす船員達は艦長の手足の如く艦が動いてくれる。

 故に今回の動きはゆっくりとしたものとなった。穴は大きく広く深かったとしても、空に比べれば点に等しい。

 その点を降下し続ける以上、自由に飛び回るというわけには行かないのだ。

 穴は当たり前に下降し続ければ光源が無くなって行き暗くもなる。

 距離感を見誤って穴の壁面にでも見つかれば事であろう。だからこそ、慎重に、目を凝らしながら、ブラックテイル号は穴を降りて行った。

 あくまで安全な速度を保ちながら、浮遊石の浮力を調整しながらの下降だと言うのに、落下している気分になって来るのは、この穴の大きさのせいだろう。

 壁までの距離は測っているものの、上下の距離については難があった。故に、落下している速度というのが測り切れないで居た。

「突然、穴の底にぶつかって旅の終わり。などと言う事にならんように、壁以外にも注意を向けておいてくれ、諸君」

 それはメインブリッジのメンバーだけで無く、自分に向けたものもであった。

 それもまたこの穴のせいだ。ひたすらに下降していくだけでも、どうにも心に重圧を掛けて来る様な、そんな感覚がしてくるのである。

 穴そのものに何か、特別な力があるのだろうか。いや、違う。

「想像より深いわね……ここ」

 操舵士のミニセルの声が聞こえて来た。声量から言って独り言に近いのだろうが、それでも何時の間にか静まり返ったメインブリッジ内に響いてくる。

(そうだ。この穴は深い。しかも広さを保ったままだ)

 穴である以上、下に向かって塞がって行くのが常では無いだろうか?

 だが、この穴はまるで地面を貫く柱だ。穴であるというのに、柱がそこにあって、その只中を進んでいる。そんな気さえしてくる。これでは確かに重苦しさを感じてしまうはずである。

 空間そのものに押し潰されそうな、そんな感覚にだって襲われるだろう。

「大分潜ったはずですが、視界は思ったよりも開けたままですな?」

 そんな副長からの問い掛けは、ディンスレイの感じる息苦しさを緩和してくれた。恐らく狙ってのものだ。

 そういう艦長への心意気というのをコトーは分かって居る。

 だから艦長であるディンスレイもそれに答えなければならない。

「穴の広さ以外に、恐らく壁面側に光源があるのだろう。これは魔力光だな。壁面側は今なお、ダァルフの街だと考えられる。彼らの街を照らしていたはずの魔力光が薄っすらと残り、穴を微かに照らしてくれている。この点にはダァルフに感謝と、その文明に脅威を覚えておこうか」

 壁一面が彼らの街。そう思うと、この鉱山街はどれ程の大きさとなり、どれだけの人々が暮らして来たのか。

 想像するだけで心に好奇心が湧いてくる。

「せっかく、彼らの街の只中にあるのだから、彼らの文明について思いを馳せようか」

 それは別にディンスレイの趣味から来る言葉では無かった。

 むしろ今、ディンスレイが感じた好奇心をメインブリッジメンバーに感染させるためだ。

 この穴の重苦しさに押し潰されてはならない。むしろ、望むところだという思いを抱かせるのが艦長の仕事。

 さっきの副長の言葉には、それを思い出させる効果もあったのだ。

「彼らの技術力には驚くべき事ばかりだ。だがその方向性は、ひたすらに、建造物の頑丈性と鉱山開発に寄っている様に見える。恐らく……飛空船技術に関しては、我々と同程度かそれ以下くらいだったのでは無いかな? 我々が空を目指したのに対して、彼らが目指したのは大地だ。船の発着場の大きさとこの穴の大きさを比べればそう思えてしまう」

 彼らの興味は何時だって鉱山や、そうして地下深くにあったと言える。地下深く、広く深く、どこまでも奥へ。

 そんな彼らは、いったいこの先の何をゴール地点にしていたというのか。

 シルフェニアにとって、空とはかつては領土を広げるための道であり、今は未知なる世界へと連れて行ってくれるための航路であった。

 それと同じ感覚をダァルフはこの穴に持っていたのだろうか。なら、この先にあるのはダァルフにとっての希望か。

 彼らが目指す先にある物……。

「地下深く……彼らの望みが何らかの鉱物である場合、穴は本来、蟻の巣穴の様になっているべきだ。鉱物が出る層は地中にまだらの様にバラけている事が多いからな。普通はそれを目指す坑道と、それを掘り尽くした穴が複数残る事になる。彼らの鉱山開発技術が高ければ高い程、そうなる。適切に鉱物の位置を把握できるわけだからな」

 なら、やはりこの大穴は何なのか。穴の深さと同じ様に謎も深まって行く気がする。

 それはディンスレイの好奇心を刺激していく。

「悪いものじゃなければ良いけどね。あら、何かしら、これ。みんな、手すりか何かに掴まって!」

 ミニセルの言葉と共に、ブラックテイル号の傾きが下降のそれから旋回のそれに変わる。

 何故そうしたとは声に出さない。見れば分かる。ただひたすらに深く、同じ幅が続いていた穴が広くなったのだ。

「下方がむしろ広くなるのか? デタラメな構造だなこれは。ダァルフなりの様式美という奴か?」

 艦長席から中腰に立ち上がって、ディンスレイも外の景色を注視する。

 穴の幅が広がったせいか、視界はむしろ悪くなっていた。

「それだけじゃないみたい。ほら、奥の方を見て」

 艦がやや傾き、おかげで穴の下方が見やすくなった。そうしてディンスレイも気が付いた。

 暗くなっていくその底に、確かに何かが見えたのだ。

「ここが、穴の底か?」

 だが、それは岩盤をくり抜いた様な穴の底としては、あまりにも平らだった。

 こういう穴の底というのは、まだ掘り進められていない地点であり、むしろ剥き出しの岩肌があるのでは無いのか?

「ダァルフという種族がわざわざ岩肌を整地した……という事でしょうか。ここでこの穴は完成だと言った風に」

 副長の言葉は可能性の一つだろう。この大穴は彼らにとってのオブジェの様な物であり、形そのものがここで出来上がりという事だってある。文明とは時々、無意味に巨大な構造を作り出し、その技術力と文化力をアピールするものだ。

(だが、この穴がそれか? 安易に否定も出来ないだろうが……)

 何か違う。何かが引っ掛かる。

 いったいこれは何だ。単なる錯覚か。いいや違う。ディンスレイにとってこういう感覚はには必ず意味があるのだ。勘が鋭いわけでは無い。何か、脳の内側で記憶が意識を持って揺さぶりを掛けている感覚と言えば良いのか。

 自分の中にあって揃った情報に、自分だけが気が付いていない。そう思うのだ。

「ああ、そうだな。これは……気が付くべきだった」

 言葉を漏らした。この言葉だけは、あえて声にしたのでは無く無意識からのもの。

 だと言うのに、メインブリッジのメンバー全員が、しっかりその言葉を聞いたらしかった。

「ちょっと、何よ。言う事があるなら早く言いなさいよ。嫌な予感しかして来ないわよ」

 しかもミニセルにとっては不吉な言葉に聞こえたらしい。そんな風に思われるくらいに、ディンスレイはこの様な発言をしていただろうか。その度に厄介な事が起こって来たという記憶は薄いのだが……。

「言い合うよりも、まずさっき見えた底があるだろう。あれに見覚えが無いか?」

「こんな場所、他に無いから初見に決まってるでしょう? だいたい、暗くってそんなじっくり観察する暇が無いし……」

「そうだろうか? むしろ一見した時の印象で分かるはずだ。必ず、見覚えだってあるはずだぞ? 私と君だけで無く、皆があれを見た事があるはずだ」

 子どもになぞなぞを伝える親の様な口調でディンスレイは話す。そろそろ、記憶力の良いものは気が付き始める事だ。

 実際、コトーが顔を上げる仕草をした。

「あの巨大な木の切り株。そうか、この穴の底はそれに似ていますな」

「そうだ副長。私としては、これは似ているどころか、同じ断面だと考えている」

 未踏領域にやってきて、既に幾つも不可思議な現象に出会って来たが、その幾つかがこれで繋がる気がして来た。これだ。これこそが冒険の醍醐味だ。深い霧の中を歩いている最中、そこに輝く様な日差しが降り注いで来る様な、そんな気分。

 この気分は、何事にも代えがたい。

「ちょっとちょっと、勝手に納得してないで、説明してってば! 何々!? 前のあの、こっちに来てすぐに発見した、巨大木のあれの事よね? あれと同じ物がここにあるって?」

 この手の感動は自分で気付く事が、一番気分が良いのだが、操舵士に何時までも疑問符を浮かばせたまま、ミスでも起こされれば事だ。

 聞かれた以上はさっさと答えておく事にしよう。

「同じ物では無く、断面を挟んでそれぞれの箇所だよミニセル君。あの幹は、つまり上の部分がどこかに運び去られたという事だろう? 幹がああも残っている以上、その場に置かれていれば上の木の部分もその場に目立つ形で残るだろうからね」

「そりゃあ、わざわざ切ったんだから、資材として使うわよね? 巨大な木を運んで、それを……えっと……これにした?」

「そうだ。穴の底にした。いや、違うな。こう言うべきだろう。穴の蓋にしたんだ」

 穴自体は、恐らくもっと深い。そうして、その底に向かって、巨大な木の先端が突き刺さっている様な形だ。巨大木の断面部分をこちら側に向けて、底の様にしているが、やはり幹の方の断面を見た事があるディンスレイにとっては、両者はそれぞれ切り分けられたものだと判断する事が出来た。

 質感というか、全体的な印象がそっくりであった。

「しかし、事実、その予想が当たっていたとして、それが何を意味するかという謎がまた一つ増えましたな。ダァルフと言えども、こんな構造を作り出すのは大事業だったはず」

「確かに、副長の言う通りだが、蓋をした以上、それは無論、奥にあるものを封じるため……ではないかな? ほら、底の方が広くなっているという事は、この木の蓋がすっぽ抜けぬために、わざわざここより上層の部分を狭くしたのだと思う」

「それで、奥にあるものって何よ?」

「ミニセル君。それが分かれば私だって苦労は―――

『艦長! それと操舵士の嬢ちゃん! ちょっと良いかい!』

 話が盛り上がって来たところで、水を差す様に整備班長のガニの声が聞こえて来た。

 機関室から直通で繋げられた彼の声には、不吉な事に焦りの感情が混じっていた。

「こちら艦長席。私は大丈夫だぞ。ミニセル君の方は……嬢ちゃんという呼び方以外はオーケーとの事だ!」

『じゃあ俺に直接言いやがれ! って、口論してる場合じゃないですぜ、艦長。まーた浮遊石の調子が変だ』

「なんだ? また浮力が減衰してるのかな?」

 前回は外部に原因があったとは言え、なかなかに問題が多い艦だなとブラックテイル号について思ってしまう。

『今度は逆だ、艦長! むしろ出力が時々上がって、抑制するのにこっちは大慌てなんだよ! そっちの嬢ちゃんがまた無茶な操舵してるんじゃないだろうな!』

「またって何よまたって! あんた今、身体傾いてる? 傾いてないわよねぇ!? 今はむしろ安全操舵を心掛けてますー!」

「やれやれ、どうにも双方とも、直接話し合うと精神が子どもに戻りがちだが、浮遊石の調子がおかしいという話だけは捨ておけん」

「船員内での不仲や無理解も捨て置いて欲しいわけじゃないけど、機関部の調子が変っていうのは、私だって見過ごせないわよ」

 だが、実際にミニセルは無茶な動きをさせているわけでは無かった。

「また、外部からの影響だろうな、これは。今後、機関部にそういう事が起こらない様に改造案を考えなければならんが……」

『艦長。今はそういう事を考えてる場合じゃねえでしょう?』

「機関部の不調について、原因なら恐らく、一つ原因が頭に浮かんである。すぐに検証してくれ」

『は、はぁ!? そりゃあ何で?』

 驚いている様子のガニであるが、彼だって冷静になり、今のブラックテイル号がどこに居るかを考えれば分かって来るはずだ。

「ここはな、大きく深い穴を降りて行った先だ。相当に大地を抉った、その奥底だ。そこには何があるか。分かるだろう?」

 ダァルフがいったい、この穴を何のために穿ったのか、ガニからの報告でディンスレイには予想が付き始めていた。

『ここは……もしかして浮遊石の採掘場ですかい?』

「そうだ。彼らにも飛空船の技術があった事は判明している。飛空船は浮遊石ありきの技術であり、その浮遊石はより地下深い方が量と質が上がる。彼らの採掘能力であれば、そこそ、これ程の大穴を作る事が出来るだろうさ」

 彼らの文化がまだすべて分かったわけでは無いが、利益が絡めば、どれほどの大事業だって挑めるという生物としての欲求はディンスレイ達と共通していると思われる。

 だとしたら、どれほどの驚異的な構造物が発見されても、それが有り得ないという事は無いだろう。

 ディンスレイ達とて、未知で危険が待ち受けている様な場所に、自分達の利益があると信じて挑んでいる立場なのだから。

「ここでどれ程良質な浮遊石が採掘出来るかについては、今のブラックテイル号の状態で分かるだろう。周囲に残存する浮遊石の粒子がブラックテイル号の機関部に影響を与える程だ。幾らか手に入れられれば、艦の性能向上に繋がるかもしれんぞ」

「その話が真実だとして、さらに疑問が増えた形になりますな。何故、その様な重要な採掘場に彼らは蓋をしたのか」

 副長の言葉にディンスレイは頷く。

「そこだ。この場所がどういう場所なのかが判明した以上、それを封じる意味というのも自ずと分かって―――

『か、艦長ぉ! た、大変かもしれません……!』

「なんだまたか! 今度は船医殿がいったい何の報告だ」

 医務室からの通信に聞かないという選択肢も無いため、ディンスレイ側の会話を中断する。

『ま、またかと言われるぉ……も、申し訳ないんですけどぉ……』

「ああいや、言い過ぎた。報告を続けてくれ。むしろ早い方が嬉しい」

 この期に及べば、その内容は必ず面倒な報告に決まっているのだ。情報が遅れる方が怖い。

『で、でしたら……あの、以前に遭遇した空飛ぶ虫の事は……お、憶えていますかぁ?』

「交戦までしたからな。忘れるはずも無いだろう。あれに関する新発見でもあったのかね?」

『そ、そのまま、死体を回収……出来なかったのでぇ、こ、こちらに来てから、ふ、艦の外装についていた細胞片を……か、解析していたところぉ……』

 こういう時、アンスィの言葉が遅い事に焦りを感じてしまう。この内容、絶対にロクでも無い内容である事は確かなのだ。

「あの怪物が……何だったのかな?」

『い、一般的な……浮き虫と……そ、そう変わらない個体である事が……わ、分かりましたぁ。つ、つまりですねぇ……あ、あれ、普通に、大きな浮き虫だったんです』

「なるほど。なるほど? なら、生態だって同じで、何を食べているかも同じだと?」

『そ、そうですねぇ……餌というか……は、はい。浮遊石の力なんですけどぉ……わ、私達にとって一般的な浮遊石なら、た、足りないかもしれませんねぇ……』

 それは足りないだろう。精霊と呼ばれる種とは言え、外界から何らかのエネルギーを摂取しなければ生きて行けないのは普通の動物と同様だ。

 扱う身体や力が大きければ大きいほど、摂取すべきエネルギーは大きくなる。それがこの広大な世界を纏めているルールの一つだ。

 だから巨大な浮き虫が存在する以上、その巨大な浮き虫が摂取している浮遊石の力が存在しているのだ。

 シルフェニア国内にある鉱山よりもっと上質で、広大で、量もある、そんな物が……。

「目の前にあるじゃないか」

 答えがごく自然に出てしまった。副長のコトーも、操舵士のミニセルもまた、ディンスレイの様子を伺い始めたが、それを気にする余裕がディンスレイには無かった。

『あ、あの……艦長?』

「悪いが通信は一旦中止だ。あと、安定した場所に身体を固定して、支えて居てくれ。整備班長もだぞ! ただし機関の調整は怠らない様に!」

『嫌な予感しかしない指示だが、了解だ! 無茶してくれんなよ!』

 ガニのその言葉に肯定は返さない。無茶はしなければならないのだ。これから起こる事が、ディンスレイの予想通りならば。

「メインブリッジ各位。この穴の底を皆で注視しろ! 暗くたって努力してくれ!」

「ちょっとちょっとちょっとちょっと! 話を先に進めないで、説明しなさいってば!」

「時間が無さそうなのでな! まずは指示からだ! この穴の底のどこかに、罅か穴があるかもしれん。それを探してくれ!」

「罅か穴ですか? それはまた……小さいものであれば困難極まりますが……」

 最近老眼が入って来ていると言うコトーには酷な話かもしれないが、それでも探して貰う。恐らく、そこまで難しい話にはならないはずだ。

「穴にしても罅にしても、それは大きいはずだ。ぐるりとこの底を見て回れば、必然的に―――

「見つけた! ちょっと、あれ、そうじゃあないの!?」

 ミニセルの声に、ディンスレイもメインブリッジの外を窓から注視する。

 そこには、平らな底に不釣り合いな亀裂が存在していた。罅というより、大皿がほぼ割れているという様な印象を持つ亀裂があり、蓋にしてあるはずの巨大木の向こう側が見えていた。

 もっとも、その先には真の暗闇が広がっていて、ブラックテイル号からではその先が判別できない。

「やはり……あったか」

「あれが何か、分かっていらっしゃるのですかな?」

 副長が頼る様に尋ねて来るも、ディンスレイは首を横に振った。

 あの亀裂がいったいどうして存在しているのか、それはディンスレイにも分からない。ダァルフがここに巨大木を設置した際のミスか、長年の経年劣化に寄るものか。

 可能性は幾らでもあるが、何かしらの、蓋の向こう側が存在している事は予想出来ていたのだ。

「あの穴だ。あの穴の向こうには、ダァルフが採掘していた豊富で質の良い浮遊石の鉱脈が存在するはずだ。そうして、それを餌にする―――

「艦長! 罅から何かが……あれは……!」

 メインブリッジメンバーの一人が声を上げ、その声が驚愕に止まる。

 ディンスレイも、それ以上の言葉を促さない。何故ならディンスレイの目でも確認出来たからだ。

 穴の底の蓋。その亀裂から、それは這い出して来ていた。

 一度戦い、討伐したはずの巨大な浮き虫。恐らくその別個体が蓋の亀裂から、這い出て来たのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ