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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と手を伸ばす森
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① やるべき事はあるけれど

 無事、ガウマ国からワープした先にあったのは、シルフェニアの空。

 と行かないのが今のブラックテイルⅡの現状である。

 現状のブラックテイルⅡは、ワープで向かう事が出来る最低限の距離を移動し、ガウマ国の空から逃げ出したに過ぎなかったからだ。

 当たり前の話として、未だ問題は山積みだった。いや、増えたとも表現出来るかもしれない。

「だからね? 俺は言ったんですよ! もうちょっと艦の修繕に時間が欲しいって。で、艦長はどういう態度を取りましたか?」

「無論、そんな時間は無かったと、今だって返すさ」

 とりあえずの危機を脱したはずのブラックテイルⅡ。その会議室にて、漸く、落ち着いての船内幹部会議が開かれていた。

 その様相はどちらかと言えば、艦長であるディンスレイの吊し上げ大会になっているものの。

「主任観測士としても、今回ばっかりは整備班長に賛成ですね。というより、ここ最近は慌ただし過ぎたんじゃないですか? オヌ帝国から脱出してからこっち。いや、オヌ帝国に到着してからかもしれませんけど」

「そうは言うがな、どれも必要な経緯と判断だったと私は思うぞ。やるべき事はやったはずだ」

 急ぎの会議では無いため、ディンスレイの方も言い訳がましい発言が増えてしまう。

 さすがに弛緩し過ぎかとも思えたが、整備班長あたりはこれからも忙しいから、会議の最中くらいは、言いたい事を言わせてやろうと思えた。

 他の面々に関しては手加減して欲しいが。

「で、やるべき事をやった上での成果はどうなってるのかしら。オヌ帝国の彼、もう意識は戻ってるんでしょう?」

「ミニセル君の手に掛かると、レドという男も彼という表現になってしまうか……。いや、まだ本格的には話していない。とりあえず、こっちの意見をまとめておくべきかと思ってな。そのための幹部会議なんだ。さすがに今回、船医殿は居ないが」

 今回の議題は、レド・オーという男と、今後、どう向き合っていくか。というものだ。

 シルフェニアと戦争中のオヌ帝国。それを収められる鍵が彼だとディンスレイは考えており、それこそ、テリアン主任観測士が言うこれまでの慌ただしさの原因だった。

 今もまた、船医のアンスィが付きっ切りで看病を続けて居る。アンスィの場合は、患者としての彼を治療していくという向き合い方が既に決まっているのかもしれない。

「レド・オーの処遇について、とりあえずここで決めるというのは賛成ですが、議題はもう一つあるでしょう? そちらについても決めておきませんか」

「ですね。副長に賛成です」

「今回は賛成ばかりするなぁ、テリアン君」

「まあ、否定してばかりでも始まりませんので」

 前向きで大変よろしい。

 確かにもう一つ、議題に出しておかなければならない事があった。

「では、そっちについても話し合っておくか」

「でもねぇ、艦長? 問題ではあるけど、話し合って解決出来るものなのかしら? あたし達が今、どこにいるか分からないっていのは」

 それを言われると、会議は進まなくなってしまう。

 話し合える部分があるのなら、話し合っておくべきだとディンスレイは思うのであるが、ミニセルの言う通り、話し合っての解決は難しそうだった。

 ブラックテイルⅡが現在、どこか不明の場所にワープしてしまった事などは。




「やるべき事も、解決すべき問題も、山積みどころか登頂不可能に思えて来るところなんだが、じゃあもう頭を抱えて横になるか……などは選べない立場でね。悪いんだが、真っ先に消化できそうな課題から挑ませて貰う事にした。そっちにとって失礼は無いかな?」

「話の内容に寄るが……その様な会話の導入は、そちらにとっても失礼ではないのか?」

 船内の医務室。そのベッドをここ最近はずっと占拠している男、レド・オー。

 そんな彼の横に、椅子を用意して座りつつ、ディンスレイは視線を合わせながら話をしていた。

 主治医であるところのアンスィからは、患者の体力に気を配って話をしてくれと厳命されているが、彼の様子を見れば、十分に話を続けられる余力はありそうだ。

「同じ艦に乗っている者同士、切羽詰まった状況という理解は共有しておきたくてね。一応、こういうずけずけと本音を語り合うというのは、君らにとっては無礼になるのだろうが……」

「いや、良い。ここがお前達の船だというなら、お前達の流儀に合わせる必要があるのは俺の方だ。だからやはり、こちらにとっては無礼な事である事を自覚しながら尋ねたい。現状、シルフェニアとオヌ帝国の状況は?」

「まだろくに何も出来ていない。というより、レド・オー。君の治療を何より優先していて、まずそれが解決した状況だよ、今は」

「そう……か」

 レドは目を瞑った。キツい現実を受け入れるためだろう。刻まれる額の皺が、頭から生える角と合わさってか、彼の苦悩をより深く表現していた。

 そこに、ディンスレイへの失望だって混じっているはずだ。

「私に、何を期待していた? レド」

「そう見えたのなら忘れろ。礼を失した仕草だった」

「いいや、忘れん。どういう事を私にするべきだと考えているか。話さなければ私は分からん。恐らく、シルフェニアの人間は、オヌ帝国の人間より勘が鈍いんだ。いや、君らの方が鋭いと言えるのだろうな」

 ごく自然に、情報を秘匿し、秘匿された事を前提に会話をする種族というのは、言外での情報のやり取りに敏感になって然るべきだ。

 それがきっと、多くの国との関係性で、主導権を握る力にもなっているとディンスレイは考える。

「ならば言うが、お前なら、もっと出来ると思っていた。オヌ帝国とシルフェニアの戦争を、それこそ奇跡の様に止められるとな。だが、馬鹿な話だ。そんな奇跡を期待するべきではない。その様な事が出来るのは……」

「それが出来る存在が、今回の戦争を引き起こした。そう考えているのか?」

 ディンスレイの言葉に、レドが目を見開いて来た。どうやら正解を答えられたらしい。そうして、さっきまでの失望の表情もまた消えた。

「いったい、何を掴んだ?」

「何も掴んでいない。君の治療を優先したと言っただろう。代わりに、考える時間があった。どうして君が、オヌ帝国を裏切る様な真似までして、ブラックテイルⅡに助力してくれたのか……とな。勿論、戦争を止めろという願いだけは既に聞いていた。だからひたすら、どういう状況であれば、そんな考えに至るのかを考え続けたわけだ」

 以前、レドに尋問を受けた時、レドはオヌ帝国側の正当性を語っていた。シルフェニアとの戦争に関してもだ。

 聞く限りにおいて、彼らの立場に立てばであるが、戦争をするだけの理由になっているのだろうとは思った。

 問題は、レドがその後、どうして考えが変わったかだ。

「毒を盛られた様子だったが、あくまでそれだけなら、オヌ帝国内だけの争いだ。シルフェニアに対する考えが変わるとは思えない。もし、それがあるとしたら……そもそも、シルフェニアに対する敵意自体、謀られていた場合だ」

 短い時間でしか話していないレドという男であるが、自国に対する愛国心がある男だとは分かった。

 そんな男が戦争を止めようとするのは、戦争の続行が、オヌ帝国にとっての損失になると考えるからだろう。

「シルフェニアへの評価、感情、もしかしたらその戦力も、間違ったものであったら? 君はそれを肌で感じたから、その様な不透明な戦争は止めるべきだと感じた。そうして、何故、その様な状況になっているか……君が毒を盛られた以上、意図してそれをした連中がオヌ帝国側にいる。私の推測はそういうものだったが、配点すると幾つになるかな?」

「シルフェニアの人間は勘が鈍いと言ったな? 何の冗談だ?」

 どうやら、及第点は貰えたらしい。

「視野に関しては、良く空を飛んでいるから広いのかもしれんな。まあ、何にせよ、私にしたところでそこまでだ。それ以上については分からんし、推測をさらに進めるというのなら妄想になって―――

「兄だ」

「ううん?」

「アイ・オーという。今は……いや、俺がオヌ帝国を裏切った以上、かつてはになるが……上司だった男でもある。シルフェニアの言葉で外交情勢処理部と表現出来るが、その部署の部長で……組織としては掃き溜めだったその部署を一人で立て直した男でもある」

 語るレドの感情を察するならば、尊敬と軽蔑、そうして畏怖の三種類がそこにあるだろう。

 兄だと言ったが、向ける感情がどれか一つなら兎も角、三種混じるというのは、身内に向ける様な種類のそれでは無い様に思える。

「その男、君の兄のアイ・オーが、今回の戦争を根本だと君は考えるのか?」

「今にして思えば……だ。兄、アイは、評価し難い男だった。俺自身、物心つく頃には、なんというか……ある種の……こういう表現は笑われてしまうのだろうが……お化けに見えた」

「お化け」

 レドはシルフェニアの言葉を喋れるとは言え、単語の選択に間違いがあったか? そういう考えが頭を過ぎったものの、レドの表情は真剣そのものだった。

「もしや、怪物という類の意味か? それは?」

「そっちではそう言うのが正しいのか? まあ、掴みどころが無く、それで居て恐ろしい。そういう表現がぴったりな存在だ。そうして、他人より少し……ズレていた」

「それは……どの様に?」

「説明が難しいが、事、お前に限っては表現し易いものがある」

「幸運な話だ……が、むしろ嫌な予感がするな?」

「お前に似た男だと言ったら、その予感は当たった事になるのか?」

 自分は他国との戦争を扇動したりなどしないぞ。

 そう言い返したいところであったが、考えるところは生まれてしまった。

 自分なら、そんな事が出来るか?

「その、君の兄、アイという男が指揮をしていた外交情勢処理部というのは、そこまで出来る権限があるのか? 戦争の決定なぞ、一部門が出来る選択にも思えないが……」

「あくまで、外交関係で重要となる情報を集め、評価し、その後、報告書としてまとめるという部署だ。典型的な裏方になるわけだが……兄が所属してから、性質が変わった……と聞いている」

「体感したわけではないのか?」

「その時、俺の方は戦闘員だった。前にも言っただろう? お前と戦った事もある」

 飛空艦で空戦を行う立場。恐らく、彼の言からして艦長職でもしていたのではないか?

 つまり、兄弟揃ってそれなりの立場だったのだろう。一方で、裏方と表現されたのは兄の、アイ・オーの方。つまり、花形であったのは弟の方だったという事か。

(ふん? 他人の家族関係に口を出すのは不躾なのだろうが、複雑な家庭環境にあったという事か?)

 そんな想像が、今後、いったい何の役に立つかは分からないが、存外、こういう深読みが何かに繋がったりするものだ。

 今、こうやってレドと会話を続けているのも、ディンスレイが言葉の意味を深読みし続けた結果でもある。

「アイ・オーという男……もしや、仕事上で作った報告書に手を入れていたか」

「分かるのか?」

「恐らく、報告内容に嘘は入れてはずだ。君らの文化として、情報を報告するという部分は、かなり下に見られる行為のはずだな?」

「そもそも仕事上の役割として得た知見は、秘匿せずに積極的に共有するべきだと俺は思うが、そうは思わない年配の者もいる。大概、そういう輩は地位も上の場合が多くてな……」

「社会の世代問題云々はこの際、無視して置こう。あくまでオヌ帝国単独の問題だしな。重要な事は、比較的、舐められた立場だったという事だ。君の兄と、君の兄がもたらした情報はな」

「兄の能力に不足があると?」

「そこは関係ない。いや、関係あるか。むしろ、その様な立場に能力を持つ人間が就くというのは非常に危険だ」

 国の情勢にまったく関係の無い部署では無いはずだ。むしろ、意思決定に幾らか影響を及ぼせる程度の位置にはあったのではないか? 

 だが、それまで重視はされていなかった。そこをアイ・オーという男は利用したのだ。

「他人を舐めるという行為は、注意しないという事だ。比較的自由に動けるし、少し対応や内容を工夫すれば、その行動を左右出来る」

「自分の思い通りに動かせるというのか」

「他人は他人さ。操作なんて出来るものじゃあない。だが、選択肢がある状況下で、こういう選択をすると良い結果になりますよと、後押しする事は出来るはずだ」

 例えばシルフェニアという国に関する報告。

 シルフェニアという国は、昨今、技術発展に貪欲になっている。また、その国の文化を検討してみると、オヌ帝国とは相容れない部分が多くある。これまでは拡大主義を取って居なかったが、そういえば最近、外界に興味を持った様な事業を多く始めている。

 また、国の規模としては大きく、オヌ帝国と比較した場合、比肩するか、分野に寄れば上回る部分があるだろう。

 とでも報告書でまとめ、最初に報告する対象に、武力の行使に躊躇が無さそうな人間を選ぶわけだ。

 別にだからこうしろとは言わない。ただ、幾つかの状況と材料が揃えば、シルフェニアに対して、武力行使という選択を取るだろうという状況を整え続ける。

 無論、それ単独で国の方針は左右されない。だから繰り返す。報告者の意図は気付かせない様に。あくまで舐められた仕事を行う。ただの使い走り。そんな立場を演じながら、少しずつ、少しずつ、自分の狙いを、多くの、選択肢を握っている者達に浸透させていく。

 ただの報告書。たかが紙の束。それがまるで国全体を蝕む毒の様に。

「出来る……のか? いや……」

 自分なら、出来る。かもしれない。

 一瞬。ほんの一瞬。ただの傲慢さから来る錯覚だろうが、ディンスレイはそう思えた。やりたくない。やるべきではない。そういう考えは勿論、その後に生まれたが、出来るか出来ないかの判断だけなら、出来るかもしれないという発想へと至ってしまったのだ。

「やはり、お前が鍵かもしれんな、ディンスレイ・オルド・クラレイス」

「そこに関しては考え過ぎだ、レド・オー。私はそれほど、大それてはいない。ただ、君の兄、アイ・オーに関しては……その男は、毒を使ったな? 君に」

「……ああ。だからこそ、今、こうしている。現実の展開としても、精神的な部分でもだ」

 レドにとっては兄の裏切り。その裏切りを知ったからこそ、レドもまた、兄に騙されているかもしれないオヌ帝国を裏切ったのだろう。

 ディンスレイにとっては? アイ・オーという男を知らない以上、言える事は少ない。そんな数少ない言える事のうちの一つを、ディンスレイは心に刻み込んだ。

 アイ・オーという男は毒を使う。その行動に。

「シルフェニアに帰還すれば、注意しよう。いや、積極的に、一個人の判断が、国全体を巻き込む戦争を引き起こしていると、上層部に喧伝させてみせる。結果、戦争を止められるかどうかは評価が難しいだろうが……」

 シルフェニアにとっては現状、防衛戦争だ。もし、攻めて来る側の動機を是正出来るのであれば、助力を得られる可能性はあるだろう。

「実際、勝手ながら、お前にはそういう事も期待している。が、もっとも期待しているところは別だ」

「それは……何になる?」

「兄に一度、会って貰いたい。兄は現在、最前線で、これまでと同様の仕事を続けている。つまり、シルフェニアで情報を集めているんだ」

「……なるほど。となると、ますますシルフェニアへの帰還を急ぐ必要があるらしいな。君が回復した以上、他に優先すべき事も無い」

 ブラックテイルⅡの次の目的が確定したと言っても良いだろう。波乱に溢れた旅路であったが、漸く帰還への道を選ぶ事になったわけだ。

「お前達の決定については……俺に口を挟める立場でも無いが……何故、浮かない顔を?」

 無論、問題が山積みであるからだが、表情に出ているという事は、今、一番の問題についてが、思ったよりディンスレイを悩ましているからかもしれない。

「そうだな。この際、君にも共に悩んでもらうとするか」

「何?」

 戸惑い始めたレドを無視して、ディンスレイはずっと会話を見守っていたらしい船医のアンスィに顔を向けた。

「なぁ、船医殿。君からも知見を貰いたい。一緒に話し合わないか」

「わ、私もですかぁ!?」

「今回は医者としてでは無く、学者としての知恵を借りたい。レド、君からは、オヌ帝国側の意見だな」

 再びレドの方に向き直り、さらに話を続けようとするディンスレイ。

「本国を直接害そうとする様な考えで無い限り、知恵くらい貸すが……この船の、船賃代わりにもなりそうだしな」

 確かに、一方的に貸し借りが出来るのは健全な関係性ではあるまい。ブラックテイルⅡに乗っている以上、敵国の居候と言えども、共に働いて貰うとしよう。

「とりあえず、この医務室に来るまで、私がどう悩んで行動していたのかを伝えたい。悩みを共有するというのは、そこがまず大事だろう?」

 そうしてディンスレイは話し始めた。船内幹部会議が終わった後、まずはブラックテイルⅡの作図室に赴いた時の話からだ。

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