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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と型を破る方法
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⑥ 畑泥棒が交渉へ

 今回の任務が上手く行ったかどうか。

 そこを評価するなら、あまり良い結果とは言えないとディンスレイは考える。

 薬草を取る事は出来た。その際、追手の飛空船から逃げ切る事も出来た。

 シルバーフィッシュと名付けた小型飛空船は、突貫で作られたその船体を無事に維持し、ブラックテイルⅡへと帰還する事も出来たのである。

 だが、だとしても、十分な結果とは言えなかった。

 それは当たり前の話なのだ。何せ必死に収穫した薬草が、それでも量として不足していたのだから。

「……」

 ウーフ師の診療所。そこへ約束通り、盗んできた薬草を持ってきたディンスレイであったが、あまり良い表情で出迎えはされなかった。

 そもそもが犯罪行為に加担させているのだからそうもなるが、その結果が芳しく無いとなれば、さらに良い感情は持たれないだろう。

「ናቻዅጳ፡ኌ、Pቤ፞ግስ፜ቄጭቫጇሐዘጲ፭፞ዷስ……ዟጳጘ፳ፆሳፁራፒዸ」

「その……役には立つだろうが、この量では、危険を侵した結果としては十分とは言えないと」

 ララリートの翻訳を通したうえでも、良い返事は貰えないらしい。

「実際、どれくらい不足がある? 我々が収穫した量で、一人も救えないという事も無いのだろう?」

 ディンスレイがそう尋ねると、ウーフ師は少し考えた上でまた言葉を返して来る。

「ያኌዅuሶ、፲cቼሇጀሿዤፎደ቙ኪና……ፎጣDቨሄ」

「一定量の薬は作れるけど、それでも一週間保つかどうか……らしいです」

「一週間か……確かにそれだと、良い結果とは言えんか。それでも、やるだけの事はやった。それにしたところで、危険だったのは我々だ」

「けど艦長、頑張りましただけでは、ウーフさんがそれを受け入れてくれない可能性がありますよ?」

 ララリートに言われて、ウーフ師の表情を見た。

 険しいままのそれからは、犯罪に加担するくらいなら薬を受け取るのを断る可能性が見て取れる。

(事前に、幾らか協力関係を結んで共犯になっておくべきだったか? いや、それだとフェアな取引にはなるまい。一応、こっちは一国の名を背負っている立場なわけで……)

 後悔したところで仕方は無い。重要なのはここからどう、ウーフ師から譲歩を引き出すかだ。

「あ、あの……か、艦長。ひ、一つ提案……があるのですが……」

「船医殿。珍しいな、この手の会話に入って来るとは」

 ウーフ師の診療所には、当初訪れたのと同じ三人でやってきていた。そちらの方がウーフ師の警戒を薄れさせるからだ。

 もっとも、当初からの理由と同じく、ガウマ国の医者と交渉するなら、このメンバーしかないのであるが。

「わ、私の方で……や、薬草以外で……さ、差し出せるものが……あると思うんです」

「それは?」

「わ、私の、い、医者としての知見です」

「ふん?」

 それにどれだけの価値があるのか。医者ならぬディンスレイには分からない。

 だが、アンスィは冗談を言っていたり混乱したりしている風では無かった。

「一応、理由を聞かせて貰っても良いだろうか」

「は、はい……あ、あの……やっぱり、こ、この国と、私が知る医療には……ある種、別の部分があるんですよね……」

 内科的な技術と外科的な技術。大きく方向性が違う医療技術がガウマ国にあり、ディンスレイ達はそれを求めているわけであるが、あえてここでむしろ、シルフェニア側が引き渡すというのか。

「わ、私達に知らない技術があるのと同様に、む、向こうにもある……のでは無いでしょうか……? な、なら、教えられる物があるのでは……と」

「薬草に加えて、医療技術も提供すれば、交渉も上手く行くかもしれない……と?」

「は、はい……」

 頷くアンスィ。確かにそれは、考慮すべき話に思えた。

 このままでは埒が明かないから、さらに渡せるものを上乗せする。真っ当な交渉手段と言えるだろう。

 ただ、交渉役はディンスレイなのだから、真っ当では無い形で、提案を活かさせて貰う事にした。

「ララリート君、ウーフ師に伝えてくれ。この薬は渡す。そうして、ウーフ師自身はこの国の医療技術を教えてくれるだけで良いと」

「艦長?」

 その意図が掴めないらしいララリートは、言葉を伝える前にディンスレイに向けて首を傾げて来た。

「つまりだな、ララリート君。勿体ぶって、こう言って欲しいのさ。この薬の代価としては、患者の治療では無く、技術交流と行こうじゃないか……とな」

 違法に入手した薬に負い目があるのなら、ある種の、真っ当なやり取りもそこへ追加する。単純に、シルフェニアの医療技術を提供するというより、もっと複雑な意義をそこに足すのだ。勿論、その複雑さは罪悪感を誤魔化すためのものであるが。

(こちらとしても、ただ渡すより得るものがある。交渉というのなら、相互共に得をしなければな?)

 ララリートがウーフ師にディンスレイの言葉を伝えている間、ディンスレイはむしろ値踏みする様な目線を隠さずにウーフ師を見た。

 その視線を受けるウーフ師は、さっきまでの険しい表情から、困惑、そうして覚悟の表情へと変わっていく。

「ጊኔጆዱg፣ፈፎጕሑረቢቖኈ、ጄNኵፚኌቁጤጥጜሾ፫?」

「えっ……あ、えっと、艦長? その……」

「ララリート君。翻訳されなくても、この言葉は分かるよ。だからこう伝えてくれ。勿論、こちらの患者の治療は、彼女、アンスィ・アロトナ船医が行う事になる。彼女はそれだけの事が出来る人間だ、とな」

 ウーフ師の言葉、それは恐らく、技術の交流を目的とするなら、患者はどうなるという医者として当たり前の問い掛け。

 それに対して、ディンスレイは真っ向から自信を持って返事をしてみせた。

 勿論、隣に立つアンスィはと言えば、今にも叫び出しそうな表情を浮かべていたが、そこは自らの役職を背負って胸を張っておいて欲しい。

 ブラックテイルⅡの船医ともなれば、それくらい出来なければ。




 恐らく、そうなる覚悟はしていたとは言え、ガウマ国への滞在はこれまでの旅路とは違い、長期に及ぶ事となった。

 時間にして、既に一週間は経過しているだろう。

 ブラックテイルⅡそのものの修復に時間が掛かっているというのもあるが、アンスィが船医として、この国の医療技術を身に付けるための時間でもあった。

 医者としての土台となる、知識や技術は既にあるだろうが、それでも他国の未知の医療。それを患者に行える様になるまでは、一定の期間を要するはずだ。

 その時間は必要な時間であるわけだが、色々と不都合な時間でもあった。

 まずオヌ帝国から脱し、シルフェニアへと帰還するまでの時間がより掛かる事になる。さらにこの国へと寄った目的でもある治療対象の患者の容体も、徐々に悪くなってきているという事。

 その二者も頭の痛い課題ではあるのだが、今は直近で、もっと悩ましい時間が存在していた。

「最近、ガウマ国で不穏な動きがある。ブラックテイルⅡはまだ何とか隠せているだろうが、我々の動きが掴まれ始めているのではと思うんだ」

 メインブリッジ。飛び立つ事が未だ出来ないブラックテイルⅡにとっては、今は無用の長物になっているかもしれないその場所。そこでディンスレイは艦長席に座りながら、やはり隣の副長席に座るテグロアン・ムイーズ副長へと話し掛けた。

「ガウマ国側からの襲撃を警戒した方が良いですか?」

 こちらの意図を察したテグロアン副長は、ディンスレイが要求する前に、聞きたかった言葉を返して来た。

 メインブリッジには現在、ディンスレイとテグロアン副長以外居ないので、この副長の鋭さが他者に伝えられないというのは些か残念だ。

「こうやって、他の船員に聞かれないタイミングで伝えている意味も分かっているな?」

「警戒はするべきですが、現状が現状ですし、余計な気負いもさせたくないからでしょう? それぞれにそれとなく、戦闘なり空戦なりが発生するかもという可能性を伝えておく。それでよろしいですか?」

「ああ、頼む。難しい仕事かもしれんし、本来なら艦長である私がやるべきなのだろうが……」

「艦長にはガウマ国の街で、医学を修学中のアンスィ船医及びその通訳をしているララリート補佐観測士と、定期的にやり取りをするという仕事がありますからね。それこそ、私が代わっても良いとは思いますが……」

「悪いがそれは出来ん。当初と違う人間が行くと、向こうの協力者のウーフ師に警戒される。それだけは避けたい状況だ。今ですら尚、怪しい連中という印象を抱かれてる」

「そう言った部分の機微については、些か不得手な部分もありますので、艦長の判断に従いますよ。艦は空を飛んでいないというのに、皆、暇なしです」

 珍しく冗談を言って来たテグロアン副長に対して、ディンスレイは苦笑を浮かべた。

 なるほど、彼も疲れが出てきている。

「世話を掛けるが、今が踏ん張り時……というのは安易かな?」

「今、この場でその言葉を留めるのなら、安易とは言えんでしょう。あとは任せてください。艦長」

 頼りになる部下を持てて幸運だ。そう思えば、今後のやる気も出て来るというものだ。今は特に、人事を尽くして天命を待つと言ったタイミングなのだし……。

「すみませーん。交代で来ました。ちょっと早かったですかね? 何か秘密会議ですか?」

 若干気の抜けた顔で、メインブリッジにテリアン主任観測士が入って来た。

「テリアン主任観測士。少し良いだろうか」

「なんですか、副長。圧迫面接は勘弁ですよ。これからやる気を出そうってタイミングなんで。あ、艦長、お疲れ様です。」

 変わらない軽口を叩くテリアンに対して、ディンスレイは軽く辞儀をしてから席を外す。

「主任観測士、君の普段の仕事態度について、二、三、質問があるがよろしいか」

 背中に、テグロアン副長の拙い気の使い方から来る言葉を聞きながら、ディンスレイは自分の仕事を始める事にする。

 さて、またあの湖の中の街へと向かわねば。




 湖の中の街に向かうとなっても、実際に真っ直ぐそこへ向かうわけでも無かった。

 今はウーフ師の診療所にこそ目的があり、その診療所の場所は街を外れだ。

 ただ、やはりディンスレイはそこへも真っ直ぐには向かわない。

(一応、街の様子自体も確認しておかなければな)

 調達していた小舟を返却せずに今なお使いながら、出来るだけ街の端。目立たない場所でその船を止める。

(どうにも船の貸し出し場に衛兵が来ているらしいからな……やはり我々の動きを察して来たか。いや、そもそも薬草泥棒の件についての可能性もあるな)

 直接尋ねてみたくはあるものの、ディンスレイは言葉が分からないし、そもそも今は、その様な行動ですら危険な状況になりつつあった。

(住民全体の動きがどうにも、最初に来た時とは違っている気がする。多分、何かしらのルールがあるんだ。緊急事態というか、有事の時の取り決めというか。そんな中で、怪しい動きをする外来人というのは、どうしたって目立つものだろう……)

 だからこそ、今は迂闊に街の中で行動する事も出来ない。なんなら、こうやって観察している事自体、誰かの目に、奇異な姿として映る可能性も……。

「あのー……」

「……っ」

 咄嗟に話し掛けられて、慌てて振り向く。

 だが、それ自体が迂闊だったかもしれない。それはシルフェニアの言葉だったし、何より、話し掛けて来たのは見知った顔だったから。

「ララリート君……どうした一人で? 君はウーフ師の診療所で翻訳役をしているところだろう?」

 振り返った先には、ララリートの姿があった。小舟に乗っているディンスレイに対して、彼女はさらに小さい、恐らく一人用だろう船に乗っている。その光景はディンスレイ自身、どうにも間抜けに見えるものである。

「艦長こそ、こっちにすぐに来なかったんですか? 今の街、ガウマ国の兵士が集まって来ているみたいで、ちょっと大変ですよ」

「なるほど、戒厳令みたいな状況か、今は」

 やはり、迂闊に街の中央へ行かなくて良かった。こうやって街の端に居る程度が限界だろう。

 一方、ララリートの方はどうだろうか。

「とりあえず、私はその手の街の状況を知りたかったからな。ララリート君は違うのか? 同じ様に街の偵察……という風には見えないな?」

 ララリートが乗る小舟の脇には、幾つか荷物が見えた。

 その荷物の内容は、恐らく食材や日用品の類だ。シルフェニアで見知ったものでは無く、国として文化も見た目も違うものだが、どことなく雰囲気は同じなのだから不思議なものである。

「ウーフさんと船医さんの話しに関しては、わたし、最初はずーっと間に入って来たんですけど、最近になって、わたしを通さずに意思疎通みたいな事が出来る様になって来ているみたいなんです。不思議ですよね、言葉はまだお互い分からないはずなのに」

「なるほどな。つまり、国と国が違っても、医者は医者だという事か」

「それ、どういう意味の言葉です?」

「単純に、同じ職種同士なら、あれやそれという言葉だけでも通じるものがあるだろう? 最初は異文化交流という事で、そこらの機微にズレがあったのだろうが、暫くお互いの仕事について知るうちに、そこが調整されたのだろう。言葉の意味はやはり分からないだろうが、相手が何を言いたいか分かる。医療に関してはそういう状況だと思うよ、その二人は」

「す、すごいですね、艦長。自分の目で見たわけでも無いのに」

「逆に、そこ以外で二人が翻訳を抜きに意思疎通するのは無理さ。ウーフ師については知らないが、船医殿に関しては知っている通り、人見知りだろう? 上手く会話するテクニックを知らん人だ」

「そういう風に言うのは悪いですよ、艦長?」

「む。そうか。確かに性格の悪い言い方だったな。少しばかり、思考が意地の悪いものになっているらしい」

 他国の街の様子を警戒して見ているとそうなるのだろう。戦争とはそういうものなのかもしれない。直接戦ったりしなくとも、関係している人間の性格を悪くしていく。いや、余裕が無くなって行くと表現するべきか。

「あんまり、わたし達が居ない方が良いんでしょうね、この国にとっては」

「まあ……な。確かに、我々が居たら、彼らを戦争に巻き込む様なものか」

 ウーフ師との取引の件もそうだが、已むに已まれぬ事情があったとは言え、あまりこの手の事はするべきではないのだろう。

 これまでもそのつもりだったが、今回はそれでもやってしまった以上、今後はより強く意識していく必要があるだろう。

 争いに他者を巻き込む様な行動を控えるという事は。

(……ただ、このガウマ国に関して言えば、我々が関わらなかったとしても、戦争には関係してしまっているのだろうな)

 裏でオヌ帝国と取引している。そうして、ディンスレイの予想が当たっているならば、医療物資だって売っている立場だ。

 それがガウマ国にどの様な結果をもたらすのか。自分が発した言葉を繰り返すのならば、戦争に何らかの形で、深入りしていく事になるのかもしれない。

「……そういう事か」

「なんです?」

「いや、街の動きだ。兵士が集まっているという話だったな、ララリート君」

「はい。それは確かです。制服みたいなのを着ている人も多いですけど、そうじゃなくても、こう、訓練を受けている風な動きをいている人も見る機会が増えてます」

 どうやらララリートは天性の翻訳技術だけでなく、人を見る目も培い始めたと見える。これは良く他人や物事を好奇心の元で見つめるという、自覚無しの努力の寄るものだろう。観測士として働かせた甲斐もあるというものだ。

「そうして、これは私から見ての街の動きだが、一応君にも確認だ。人の動きの中心が、街のあちらの方。ほら、石作りの建物が多い場所になっているのじゃあないか?」

「えっと……あ、はい。言われてみれば! わたしが言ってる兵士の人達も、そっち方面での動きが多かったと思います」

「となると、あまり時間が無いかもしれんな。そろそろ結果が出なければ、船医殿の状況がどうであれ、この国を去る必要がある」

「艦長が何に気が付いたかは、わたしにはまだ分かりませんが、ちょっと大変な事態になって来てるんですね……」

 ちょっとでは無いが、焦る状況であるのは確かだった。

 この国に来た事が無駄足になる。そうなってしまったとしても、そろそろ逃げを選ぶべきタイミングだ。

「あ、けどけど、それなら問題ないかもですよ、艦長?」

「それは、どの部分の問題がだ?」

「船医さんの事ですっ。なんでも、掴んだみたいなんですよ。新しい医療というのをっ」

 ララリートはあっけらかんと言い放つ。

 彼女の言葉がそのままの意味だというなら、それは医療の革命が一つ、この国で起こった事を意味するのであるが……。


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