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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と型を破る方法
74/165

④ 診療所から飛空船へ

「ኃኸፗሆrኝኙኍ፱ቮeR፹፾?」

 ウーフ師が顔を顰めながら、ディンスレイに対して、伝わらぬ言葉を発して来る。

 勿論、ララリートの翻訳がなければその言葉の意味は分からぬのだが、何が言いたいのかはその表情を見ただけで分かってしまった。

 何の用だという、こちらを訝しむ言葉であろう。

「すみませんウーフ師。粥、ありがとうございました。それと再び、こちらのララリートの翻訳を通してですが、少し、話をする時間をいただければと」

「ሰኑምqዥበዊቖቭ。ኼቮዸቤቋፏ፣ቮናቾX፻ዘንኁጇኂbሎፇዂ、vጉ፩፽፧ቓጓ፩፜፟ዹዂ。ጁዉኌሀቀጅዃዕቂፑፖ」

 流れる様なララリートの声が聞こえる。彼女、こうやって翻訳をしながら他言語を話す時は、本当に綺麗な言葉を話すと感じるのだが、これは親の贔屓目みたいなものだろうか。

 そんな事を考えながら、ディンスレイは頭の中を交渉用に切り替えていく。

 今回、ララリートには翻訳のみに注力して貰う。後ろで一歩下がっているアンスィについても、今はその状況で待機だ。

 この国に来て早々と言えるかは分からないが、ディンスレイは口先だけの戦いを始める事にしたのだ。

「መኩዋዜኍ፻、፜ቔምዖeኃቷቻከዯእዮጙ、ህሠ፽Eaኈ፫ዝኗ፟ቻጞPጆጤዘሾኖ」

「先程まで、こちらの医術についていろいろと尋ねられて来られて、疲れているのだが」

 言葉を出来る限り正確に、そうしてララリート自身の発言は極力無い様に。そう指示していた。

 交渉である以上、一言一句理解し、そうして伝え、ブラフも交えながら、相手にこちらの要求を通す必要があるからだ。

「すみません。その点は謝罪しますが、どうしても、伝えて置かなければならない事がありまして」

「なら、早々に話すと良い。幸運な事に、今は他の患者がいない」

 まるで、お互い翻訳を挟まず直接対話している様に。それをディンスレイは意識する。ララリートの能力は十分だ。だからそれが出来るはずと信じて、ディンスレイは話を続けた。

 出来れば、向こうもそんな錯覚をしてくれれば良いのだが。

「では、率直に話を進めさせていただいて……現状、薬の材料が足りないというのは本当でしょうか? 話というのはその件で」

「嘘を言う理由も無いからな。そちらが診て欲しいという患者を、見捨てたいと思うわけでは無いが……そもそも打つ手が文字通り無い状況だ。むしろ申し訳なく思うよ。国内の人間だって、今、大病を患えばなかなか厳しい未来が待っていえる。我が国の失策という奴だな」

 オヌ帝国との取引で、という話までは伝わっていないだろうが、貿易優先で、国内に流通するべき物資まで不足しているという認識はされているらしい。

 景気は良いのだが、福祉に関わる分野で歪さが出ているので、国の権力者達に不満を持つ者もいる。そんなところだろう。

 ウーフ師の様子を見るに、彼はその手の人間だと思われる。

 そうであるならば非常に都合が良い。

「我々としては……その薬さえあれば、非常に助かるのですが、どうにもなりませんか?」

「出来るのならとっくにしているよ。市場には何時だって薬が枯渇している。この様な国境端の街にはなかなか降りてこない。首都にでも行けばもしかしたら……」

「いえ、それはそれで難しい話で」

 時間も掛かるし、何よりその首都にはブラックテイルⅡを知っている輩がいる可能性もある。

 オヌ帝国の手が回っていないとも限らないし、前回来た時は、少々派手にこの国を去る事にもなった。

「となると、残念ながらお互いに手の打ち様が無いな。良い案があれば勿論、私とて聞きたいものだが……」

「その言葉、本当ですか?」

「うん?」

 ララリートの翻訳を通しているから、疑問符の乗った相槌など言葉として聞いていない……はずだが、確かに聞こえた気がする。

 良いぞ、今、自分はノって来ている。

「良い案があります。我々には……足があります」

「足だと? 何の事だ?」

「あなた方には行けない場所に行けるという意味です。さらには、相応の手もある。つまり人手ですね。残念ながら国の中央には行けないが、この国境沿いについてなら、相応に動ける。そういう労力と能力がこちらにはあります」

「……」

 ウーフ師は黙り込む。何を言っているのだこいつは。という疑問を抱いている頃合いだ。そうして、少しだけ、言われている事が何を意味しているか、分かり始めている頃合いでもある。

「私にここで薬を飲ませる前、まさにそこの机で、薬を作って居ましたよね? 足りないのは薬というより、その薬の材料でしょう? 恐らく、植物だ。この国の薬というのは、主に植物性のそれ。薬草やハーブと言ったものを利用している。そう見ましたが?」

「目敏いという事は分かったが、やはり何を言っているのか分からん。というより、何を言わせたい?」

「そう聞き返して来る以上は、私が何を言いたいのか、分かっていらっしゃるのでは?」

 どちらが先に貧乏くじを引くか。まるでその間合いを測っている様だ。

 お互い、決定的な言葉は出したくない。出来れば相手に言わせたい。そういう状況になってしまった。

 だが、相手がちゃんとした医者だと言うのなら、ちゃんとしていない人生を送っているディンスレイの方が交渉術は上だ。

 こういう時、こういう状況にならば、相手の警戒を崩す様に、むしろ踏み込む事だ大切だと、経験則で知っている。

「その手の薬の材料は、自然環境に自生しているか、どこぞで栽培されているものでしょう? 薬が流通していないとしても、収穫する前の材料なら、まだある可能性がある。違いますか?」

「馬鹿な。お前達の国はどういう管理体制をしているか知らないが、この国の薬物というのは―――

「分かっていますよ。その手のは国が管理している。薬というのは毒だったり、もっと酷いのだと娯楽にもなったりする。医療技術の骨になっているのなら、猶更国がその供給ラインを管理しているものだ。だから……それを教えていただけるのであれば……私が取って来ましょうかと尋ねています」

 畑泥棒をしてきましょう。

 そこまで直球には言わない。踏み込むとしても、相手に言い訳出来る余地は残す必要があるからだ。

「昨日今日この国に来た人間に、その様な事を言われて、むしろ警戒心を抱かない者がいると思うか?」

「ええ、むしろ素直に受け入れられる方か怖い。なので……そこまで私達も切羽詰まっていると考えてください。あなたに治療して貰いたい患者は、それだけ我々にとって重要な患者なんですよ」

「要求は分かったが、だから受け入れろとはならんだろうそれは。今なら、聞かなかった事にする。それが患者を助けられん医者なりの誠意だ」

 話もここで終わり。そう立ち上がろうとするウーフ師であるが、ディンスレイの方はまだ何も終わってはいなかった。

 むしろここからが本番だ。

「その誠意というのは、我々の患者だけに向けられたものですか? なら、随分と都合の良い誠意だ」

「……何が言いたい?」

 立ち上がり、去ろうとするウーフ師が止まる。

 これから、かなり卑怯な事を言う。それを自覚しながらも、ディンスレイの方は言葉を止めるつもりは無かった。

「国内で慢性的に医療物資が不足しているというのなら、そもそも困窮しているのは国内の患者だ。他の診療所というのも見た事は無いので断言出来ませんが……今、我々しか患者が来ていない。妙な状況ではありませんか? もしかして根本的に、人々が医者を信用出来ない状況まで来ているのでは?」

「確かに、病院に行ったところで碌な治療をしてくれんとはなっているが、それこそあんた達に関係のある事じゃあないだろう。この国の問題だ。余計な口は出さん方が良い」

「いいえ出します。何度も言いますが、我々だって切羽詰まっている。別にこちらも説教をするつもりも無いのですよ。お互い、出来る事と求めている事が、妙に一致していると、そういう言っているんです。人的被害は出しません。そこは保障します。出来る限り、迅速に、他への被害を抑えて、あなた方が求める薬の材料を調達する。どうですか?」

 悩む顔をするウーフ師。無論、それは悩むだろう。どれだけディンスレイが理屈を捻り出したとしても、犯罪をするという事に代わり無いのだから。

 だが、それでも悩ませる事が出来ているというのは、かなりの進展と言えるだろう。

 鼻で笑われるだろう話を、何故、ウーフ師は無視出来ないのか。

 それはやはり、彼なりに今のガウマ国の現状に、どうしようも無さを感じているからだろう。腹が空き、他に食べられるものが無ければ、不味い粥だろうと食べなければならない様に、現状においては、不法に手に入れた材料であろうとも、それで薬を作るしかないと考えている。

 物や選択の不足というのは、これまで取らなかった、それをするしかないという選択肢を候補に入れたくなるものだ。

 だからディンスレイはそれを後押しする。それが交渉というものだろう?

「その材料をあんた達がどこからか調達したとして……それでまた不足が発生する。結局のところ、誰かが損をする事になる。甘言には乗らん」

「甘言に聞こえる程度には、そちらも魅力を感じているのでは? それに……我々が調達しなかった場合であっても、その分がこの国の医療関係に卸されるという保障も無い」

「それは……どういう事だ?」

「不足している原因は、まだ継続しているという事です。儲けられる可能性がある限り、この国の権力者はそちらを優先する。でなければ今の状況にはなっていない。違いますか?」

「……」

 再びの沈黙。もう安易にはこちらの話を払い除けられないのだろう。それくらいに踏み込んだ話が出来たのだと思いたい。

(正直、今からさらに相手の心を揺さ振れる手札というのも無いしな)

 想像と推測だけでウーフ師と手を組もうとしている。とんだ詐欺師であるが、ディンスレイがそういうやり口をする人間だ。

 既に他の誰かからそういう指摘を受けているので、開き直る他無い。

 出来ればこのタイミングで、交渉成立と行きたいところであるが……。

「約束しろ。これは取引だ」

 さらに何かを求めて来るウーフ師。既に何も提示出来るものが無い以上、困ってしまう言葉ではあるだろうが、ディンスレイはウーフ師の言葉に頷いた。

 彼がそれを言葉にする前に、ディンスレイは彼が何を言って来るか、表情だけで理解出来たからだ。

「分かっています。決して、この国の人間に危害を加えません。これが医療に関する事である以上、当たり前の事ですからね」

 詐欺師なりの矜持としてそれは守ろうとも。

 ウーフ師との交渉が上手く行った事を確信したディンスレイは、自身の心にその事を刻む事にした。




「戻って来て早々に悪いが、通常の航空に問題は無いか、整備班長」

 言う通り、ガウマ国の街からブラックテイルⅡへと戻って後、ディンスレイは機関室で仕事を続けるガニ整備班長へと会いに来ていた。

 彼はオヌ帝国に手を入れられていた機関室を元に戻すのに四苦八苦している状況であり、現在進行形で非常に疲れた顔をしているわけであるが、ディンスレイは遠慮せずに新たな仕事を彼に持ってきたのである。

「はい。大丈夫ですよって言える状況に思えますかね? 艦長?」

「ワープが難しいのは分かる。通常の航空だって、まだ十分に出来ると言い難いのは承知している。その上で、それでも聞いているんだ。分かってくれ」

「理解出来ないですな。そんなにオヌ帝国の人間一人の命が大切ですかい? オレ達の命と天秤に掛けた上で」

 ガニ整備班長のその言葉は失言か? ディンスレイはそうは思わなかった。誰かがディンスレイに言うべき事でもあるのだろうから。

「天秤という話なら、我々ブラックテイルⅡと、シルフェニア本国の国民の命。という事にもなるだろう? その手の話は、無論、考えなければならんが、キリが無い」

「なら、どういう話をすればキリが良くなるってんです?」

「方法だ。啖呵を切った以上、我々にとっての足が必要なんだ。ブラックテイルⅡを動かし、この国の薬。その材料となる資源を取って来る必要がある」

「取って来るというか、聞く限り強奪するって聞こえますがね」

「事実そうだ」

「あっさり言わんでください!」

 頭の痛そうな表情を浮かべるガニ整備班長。彼の気持ちだって分かるし、同情だってしたいわけであるが、そもそも今の状況を呼び込んだのはディンスレイ自身なので、それも出来ない。

 だからこそ、頼む他無いのだ。

「私としては、誰の損害も最低限にしたいと思っている。その方法がこの艦を動かす事であれば、無茶であろうとも命じる他無いんだ、整備班長。艦の状況はどうなってる?」

「ああくそっ。じゃあ艦長が聞きたいであろう事をそのまま言いますがね、一応、飛ばす事は出来ます。ですが、おススメはやはりしません。一度飛んで、その後が重要だ」

「その余力は、緊急時に残して置きたいと、そういう事だろう? 整備班長の事だ、この艦が襲われたらどうすると考えてる」

「事実、オヌ帝国だけじゃなく現地の人間に襲われる事だってこれまであったわけでしょう? オレ達はまともな戦闘訓練を受けた奴の方が少ない。そういう立場だ。そういうオレ達が唯一武器に出来るのが、空で戦う事でしょう? それが最後の手段である以上、それが出来なくなる事態こそ避けたい」

 つまり、今、ブラックテイルⅡが持っている余力というのは、一度の空戦なら可能という状況であるという事。そうして、ブラックテイルⅡをここから無理に動かせばその一度の空戦も出来なくなる状況になるという事でもある。

 シルフェニア本国への帰還も勿論、今後もするべき重要な事項であるため、ディンスレイとて無理はしない方が良いとは考える。

「だが、どの様な行動をしたとしても、損が発生するのだとしたら、その損のどれかを受け入れる必要がある。違うか、整備班長」

「待ってください艦長。ちょっと待ってくださいよ。決断するにゃあまだ早い。損をするなら……こういう話は、正直したくも無かったんですが……艦長がそういう態度だってんなら仕方ない」

 不承不承。文字通りその様な態度で、大きく溜息だって吐いたガニ整備班長が、足を動かし始めた。

 機関室から移動するつもりらしい。

「着いて来てください、艦長。珍しい事かもしれませんが、一つ、今回に限っちゃあオレの方に案がある」

 それは確かに珍しい話であった。

 ガニ整備班長は何時だって、ディンスレイの案に文句を付ける立場であったからだ。

(となると、今回は私の方が文句を付ける側になるのか?)

 それはガニ整備班長が向かう先次第だろう。

 彼は動かした足を機関室の外へ向ける。その背中を追うディンスレイは、暫く艦内を歩いた後に、どこに向かっているのかに気が付く。

(格納庫の方か? これは?)

 ブラックテイルⅡは、注ぎ込まれた実験的技術のせいか、中型飛空船の中ではかなり大きい。内部の構造に幾らか余裕というか空白もあり、そこを格納庫というか物置に使っている。ガニ整備班長が向かっているのはその一つであるらしかった。

「あー、艦長、見せる前に説明しておきたんですが、透明な壁があった場所で戦った、オヌ帝国艦の事は憶えてますか?」

 目的地に到着する少し前に、ガニ整備班長は歩きながら頭を掻き始めた。言い辛い事でもあるのだろうか。

 ディンスレイとしては前向きにしろ後ろ向きにしろ、話題に乗る事に不都合は無い。

「記憶に新しい話題だから、忘れるはずも無い。中型飛空艦と小型飛空船がセットになって運用するというあれは、未だに私に色々新しい観点をくれている」

 何だったらシルフェニアでも導入するべき発想だとすら考えていた。

 シルフェニアの常識においては、浮遊石を搭載できる量から小型の飛空船より中型飛空艦の方がより戦闘向きという考えが前提にあり、小型飛空船は戦闘での主役にはならないという発想となっていた。

 だが、いざ戦闘が始まり、中型飛空艦から小型飛空船が射出されてみると、実際に戦う事になったディンスレイの印象は大きく変わってしまった。

 相手が小型飛空船だろうと、戦闘中に、戦うべき相手が一つ増えるというのは、それだけで厄介なのである。

 例え小型飛空船の方の性能が下となろうとも、瞬時に二対一の状況に置かれるのは恐ろしさが極まる。

 なんとか勝利出来たのも、こちらの奇策に寄るものであり、正面から勝利出来たとは言い難い結果だった。

「オレにしても、盲点でしたよ。確かに、ある程度の大きさの中型飛空艦なら、小型飛空船を乗せる容量ならあるんだ」

「問題はそれが無用の物になるかどうかだな。私個人の意見では、利用方法は幾らでもあると感じる。戦闘に限った話でも無く、小回りの利く小型飛空船があれば、冒険の時の偵察として使えるだろうし、一時別行動で複数の箇所に向かったりも出来る。そのための操縦役は必要だが、そちらも無駄になるという事はあるまい」

 主となる操舵士に対し、それを補佐したり代役をする操舵士もまた、必要だと思うからだ。

 もし、予備の操舵士という人員を用意するなら、主の操舵士が働いている間は暇になるという懸念があるわけだが、小型飛空船という物を用意するなら、そういう暇も無くなるだろう。

「艦長は色々考えてるわけですが、オレにだって考える事はありました。時間も随分あったでしょう? オヌ帝国艦と戦った後は」

「捕まって、交代で尋問なりを受けていたからな。自分の順番になっていない時は本当に暇だったよ」

 そちらに関しても鮮烈な記憶だ。そこで、あるオヌ帝国の人間と出会い、そうして、今、彼を治療しようと奔走しているのだから。

「ただ、オレは艦長みたいに、利用方法だとか運用の仕方だとかについてはそこまで考えられる程、学がありませんからね。別の事を考えていたんですよ」

「謙遜をするな、整備班長。私とは違う考え方をして、活かそうとしてくれているのは分かっているよ」

「ま、そういう事にもしておきましょうか。で、その時考えた艦長とは違う事に関してですが……実際に、ブラックテイルⅡで用意出来るんじゃないかって思ったんですよ」

「うん?」

「ブラックテイルⅡは中型飛空艦にしちゃあデカい方だ。艦内スペースに余裕はあるし、資材に関しても修理用のそれと、予備の浮遊石だってある」

「ほうほう」

「オヌ帝国から脱出した後は、ブラックテイルⅡの修繕を優先してますが、ブラックテイルⅡでは本国に帰還出来ないって状況を想定して、実は片手間に、やっておいた事があるんです。そう時間も無いから、本当に突貫で」

「あなたが、それが出来る整備士である事は、私も承知しているさ、整備班長」

 ディンスレイとガニ整備班長は立ち止まる。

 目指していた格納庫へと辿り着いたのである。

「さて、期待通りのものが待って居れば良いがな」

「まだその一つ手前くらいってところですよ。こいつはね」

 ガニ整備班長が格納庫の扉を開く。

 部屋の中には、幾つかのパーツが鎮座していた。

 言う通り、ブラックテイルⅡの補修用の装甲を元に作ったのだろう胴体と羽。予備用の浮遊石がどうとか言っていたから、出力的には申し分無いだろう。

 ただし、そのどれもがバラバラに置かれていた。

 格納庫の扉から出し入れ出来るくらいの大きさの幾つかのパーツと機材。それが格納庫の中に置かれていたのだ。

 それらを、まるでパズルでも組み立てるみたいに、ディンスレイは脳内で完成させる。

 なるほど、確かに期待一歩手前だ。

「こいつは、小型飛空船として飛べる様になるまで、どれくらい時間が掛かる?」

「半日いただければ、組み立てられます。テスト飛行はしておく必要がありますが、小型飛空船なんてのはやろうと思えばすぐに作れるもんですからね」

 そう言ってのけるのはガニ整備班長の腕があるからこそだろうが、それでも、小型飛空船というのは大雑把なものも結構ある。

 浮遊石さえしっかりしていれば、なんだかんだ飛ばせるのはこれくらいの大きさの飛空船の利点であった。

「将来的には、こいつが艦内から直接飛び立てる機構なんかも考えているんですが、今はこれを外に持ち出し、組み立て、艦長が望む足にするって事で……どうですか?」

 そんな、何時になく大胆なガニ整備班長に提案に、ディンスレイは笑って返した。

「上等だよ、整備班長。ところでこれは何人乗りかな?」

「三人乗りです。オレは引き続き艦の整備を続けますから、選ぶ人員は他にしておいてくださいよ」

「分かってる。整備班とその補助要員は全員艦に残す。だが、やはりちょっとした冒険だな、これは。さて、誰と共に行くべきか」

 顎に手を置いて考え始める。事態はまだまだ問題が山積みであったが、こういう事態にも楽しさを見出すというのは、自分の救えなさだなと、ディンスレイは思ってしまった。

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