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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と型を破る方法
71/166

① 艦から街へ

 ブラックテイルⅡの医務室は、飛空艦内にある医務室でありながら、シルフェニアという国の中では最高峰の設備が揃っている。

 その表現は半分が正解であり、もう半分は不正解である……と、その医務室の主と言える船医、アンスィ・アロトナは考えている。

「ぶ、ブラックテイルⅡが、お、オルグの技術を再現しようとしたもの……という事はですねぇ、こ、この医務室も、そ、その再現技術が良く用いられている……という事で、出来る医療に偏りがあると言いますか……ま、また、十全に再現出来ているとは言い難いところもあり……」

「色々率直に言えないであろうところ申し訳ないが、端的に言ってくれたまえ、船医殿」

 今、アンスィの目の前には、ブラックテイルⅡの艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスが立っていた。

 アンスィの方は医務室の椅子に座ったままなので、文字通り座りの悪い状況である。

 医務室そのものの雰囲気については、それほど悪いというものでは無く、むしろ清潔感のある調度品と、金属質の幾つかの機材に囲まれていて、アンスィにとっては居心地の良い場所と言えた。

 もう一つの特徴、ベッドの上で仰向きになり、それらの機材の幾つかに囲まれた、角の生えた男が居るというのが無ければであるが。

「え、ええっと……つまり……か、彼の病状については……ば、万全にとは行って……居ません」

 ブラックテイルⅡが一度オヌ帝国に捕まり、どういう仕業か、船員全員無事で脱出してから五日は経過した今日。

 ワープした先の土地で艦を着陸させ、整備班は艦内のチェックと修繕を大忙しに行っている最中。

 一方のアンスィに関しては、ベッドで横になっているオヌ帝国の男、レド・オーの治療に忙しい日々を送っていた。

 ただ、忙しさに見合った成果があるかと聞かれれば怪しいところだった。

「ま、まず、こ、この艦において、最新鋭と言える部分は……お、オルグの技術に寄る部分でして……か、彼らの医療というのは、ふ、不思議な事に……げ、外科的な部分が無いんです……」

「ふん? それはどういう?」

 艦長のディンスレイはアンスィに尋ねながら、興味深そうに医務室の機材を観察したり手で触れたりしていた。

 この艦長、いかなる状況でも好奇心を無くさないのが厄介なところだと思う。

 今、ブラックテイルⅡ全体が非常事態と言える状況だと言うのに、頻繁に医務室へやって来ている事も、その手の好奇心に寄るものなのだろう。

 だからアンスィも、その度に艦長の疑問に答える事になる。

「あ、あの……大怪我をした時は……傷口を縫ったりしますよね? しゅ、腫瘍なら切り取ったり……そういう医療行為もまた、医療という文化なわけですが……」

「オルグのそれには無いと?」

 などとまた質問をしつつ、ディンスレイ艦長はまた違う機材に視線を向けて、ダイヤルを―――

「ああっ! か、艦長っ。そ、それには触れないでくださぁい!」

 触れると医務室内の空調に支障が出る機材に触れようとしていた艦長を、慌てて止める。

 少し驚いた表情を浮かべた艦長は、そのまま薄く笑いながら、機材から手を離して話を続けて来た。

「迂闊に触れれば傷つくのは機械でも人間でもオルグでも変わらん。なのに外科手術的な技術が無いというのは不思議な話だ。転んでぱっくり傷が出来たらどうする。血を流したまま耐えていたのだろうか」

「さ、さすがにそれは無いかと。い、印象としてはですね……その……あくまで私の印象ですぉ?」

「構わんよ。その手の話はむしろ好奇心が擽られる」

 もしや艦長好みの話題に誘導されたか? そんな風に思うものの、今の本題と無関係では無いため、アンスィは答える事にした。

「お、オルグの技術は……その……外傷も内側から治していた……としか思えません。じ、自己治癒力……って言いますか……どんな怪我も病気も、と、当人の力で治せればそれが一番……ですよね?」

「確かにそれはそうかもしれんが、そんなのは無理……いや、彼らなら出来たのか。そういう理想みたいな医療が」

「は、はいぃ……お、恐らく。で、ですがシルフェニアには、そ、そこまでの再現は出来ず……そ、その、本当に内科的な技術の、簡単なものの一部を……な、なんとか再現している……程度でして」

「それが今、彼に行っている医療という事か……」

 漸く本題に返って来た。結局、今の艦長の一番の関心事というのは、毒で倒れたままのレド・オーというオヌ帝国の男が、今の医療設備とアンスィの治療行為により、回復出来るかどうかなのだ。

 それに寄り、ブラックテイルⅡの今後も決定するだろうから、ブラックテイルⅡ全体の問題とも言えた。

「た、体内の毒については、す、既に無効化出来た……のではと思います。ただ、毒の何が危険かというと、た、体内に入り……内側から肉体を傷つける……という部分なんです。で、ですから……」

「これ以上、毒により肉体は傷つかないが、既に気を失って倒れた彼の状況そのものは、回復が難しいと、そういう事か」

「よ、良く言うなら、当人の体力に期待……ですかね……」

 ただ、楽観視できない。むしろ悲観的な未来が予想出来る。そんな状況であった。

 これで艦に運び込まれるまで意識をなんとか持っていたというのが驚きだ。むしろそっちが奇跡的ではないか。

「現状のままだと、彼と話をするのすら難しい。船医殿の判断としてはそうなるのだろう? そこは断言出来るならしてくれ。私の判断材料にもなる」

「そ、そうですね……か、患者の容体は正確に……か、艦長の仰る通り、現状のままだと……げ、現状維持が精一杯……です」

 つまり、あのレド・オーを運び込んだ事の意義が無くなってしまう。残酷な話かもしれないが、そういう事になるだろう。

「……ワープ先を、ここにして正解だったな」

 ぽつりと呟いた艦長の言葉に、アンスィはびくりと肩を震わせた。

 やはりそういう事か。アンスィは艦長の判断について、ある程度予想が付いていたが、この一言で予想が確信に変わったのだ。

「た、確か……が、ガウマ国の……近くですよね……ここ」

「ああ。ところで船医殿、少し観光してみたくは無いだろうか? ここの仕事も忙しいだろうが、他の船員に任せて、異国の街を旅するというのも手じゃあないか?」

 休みなら、オヌ帝国に捕らえられている間に散々した。

 そう言いたかったが、今の艦長の表情には有無を言わせぬ圧があった。




 オヌ帝国からワープした先。そこはガウマ国と呼ばれる国の、国境線のやや外の位置だった。

 それはディンスレイが指示した通りの場所であり、それでも尚、あまり来たく無い場所だと言えるだろう。

「まずもって、ここはオヌ帝国の勢力下にある。表向きは自治されているのだろうが、貴族層の多くにオヌ帝国との繋がりがあった……というのは憶えているかな?」

「はいっ。最初に訪れた時、外交関係を結ぼうと代表者の貴族の方とわたし達は接触しましたけど、その貴族の方との会談中、怪しい部分を感じた艦長は颯爽と状況の違和感に気が付き、迫り来る追手を千切っては投げ千切っては投げをしながらブラックテイルⅡへと帰還! その後、ガウマ国を悠々と去って行きましたっ」

「いや、交渉の最中に不審な動きがあったから、素知らぬ顔で艦ごと立ち去っただけだが……というかその場に君も居ただろうララリート君」

 やや湿気を感じる空気と、緑がかった地面が続く土地を歩きながら、ディンスレイは横に並ぶララリートと話を続けていた。

「確かに、なんだかすぐに話を切り上げて、すぐに国を去る事に決めたなーって思いましたけど、その時はなんだか判断が早過ぎる気がして、きっとわたしには想像も付かない展開が裏であったのかと思い、補足してみましたっ」」

「君とのこういうやり取りも久しぶりな気がするなぁ」

 しみじみと懐かしさを感じながら、一歩進む毎に足が少しだけ沈み込む様な道を進んでいた。

「……」

 既に場所はガウマ国の領土内にある。ララリートの説明通りでは無かったものの、敵対した国へと再び足を踏み入れた形だ。ただ、足が沈むのは気持ちの問題では無く、ガウマ国の気候風土に寄るものだ。

 雨が多く、今は止んでいるが、雨季ともなれば数十日は降り続ける気候でもある……と伝え聞いている。

「この国の事は、結局まだ良く分からん。多くの情報は、この国から逃げて後の周辺国で聞いたものだ。その中で、我々と交渉した相手だけで無く、多くの権力層が、どうにも理屈ではない敵対行為や逆に急に接近したりと言った行動をするという話を聞いて、オヌ帝国との繋がりを判断したに過ぎん」

 ガウマ国に関する情報は、兎角、当事者で無い者からしか聞いていないという事だ。

 それもこれも、十分な期間滞在出来なかったのが理由である。交渉中、裏で動いていたのは副長の方だし、ディンスレイは厄介な貴族相手に話をしていただけ。

「つまり……今回は再チャレンジという事ですか?」

「そう表現する事も出来るが……チャレンジ先が、前回は交流と情報集めだったのに対して、今回は少し違うからな。どちらかと言えば新展開だ」

「ぉ……」

 なんだか虫の鳴き声みたいなのが聞こえた気がするが、良く良く湿度の高い気候なので、虫はあちこちに居るだろう。だから一旦無視して、ララリートの話を聞き続ける。

「新展開……大々的にブラックテイルⅡで訪問せず、こうやってこっそり入り込むみたいなのは、これまで無かったですね?」

「オヌ帝国相手にも正面から向かって行ったからな。ガウマ国が国境線沿いの警備にそこまで力を入れていない点もあって、無断潜入を選ばせて貰った」

 土地柄が、他人種にとって居心地が良くないというのもあって、警備しなくても領土を奪われる心配が無いのだと聞く。

 実際、歩き続けているだけでもディンスレイは気候に対する不快さを感じていた。

(前回、長居しなかったのも、こういう気候があったから……かもしれんな)

 さすがにそれは言葉にしないし、実際の行動にも現れていないだろうが、つい、思ってしまうくらいにガウマ国は住み心地が良いと言えない環境にあった。

「向かっているのは確か近くにあるはずの街なんですよね? 今回は貴族の方とは交渉せずに、一般の方を観察するという事ですか?」

「まあ、それが理由の一つではあるんだが、さっきも言ったが目的が違う。だからこそ、今回の人選というわけだ」

「あのぉ……」

「あのあの、わたしが選ばれたのは、やっぱり言葉を翻訳するためですか?」

「うむ。ガウマ国の言葉は私も喋れんし、この国の人間と話をするなら、君を頼る事になるんだ、ララリート君」

「やっぱり責任重大なんですねっ、了解です!」

 ふんと鼻息を荒くするのは、乙女らしく無いので控えめにして欲しいところであるが、実際、頼りにするし、頼もしくも思うので今回は注意しない事にする。

 今回、ガウマ国へと入った人員は、それぞれの能力が大事になる。お互いの事を思いやって行かなければ―――

「あのぉ! な、なんでさっきから、無視みたいな事を……!?」

 と、何時に無く声を張り上げる船医のアンスィ。今回、ディンスレイとララリート、そして彼女がブラックテイルⅡを降りて、ガウマ国へとやって来ていた。

 勿論、彼女の役目も重要であり、その重要さから、あえて彼女の言葉を流していた。つまり理由があるのだ。

「まともに話していると、逃げそうだったらついな」

「に、逃げませんよ……? ほ、本当ですよ……?」

「アンスィ船医……」

「ほ、本当だからね? ララリートさん……?」

 船医としての彼女は信用出来るが、この様な潜入時にどこまで彼女がやる気になってくれるかについては、こんな信用度であった。

「正直なところ、荒事になったところで頼りにはならないのが今いる三人だ。心配する程、大変な事態にはさせないさ。努力もしよう。断言は出来ん」

「うう……だ、断言して欲しかったなぁ……」

 この様な弱音を、ブラックテイルⅡを降りてすぐに聞いていたのならば、そのまま艦に戻していた可能性もある。

 もっとも、今さら引き返すというのも遅い場所であるので、ある程度無視していて正解だったと思われる。

「船医殿の役割も重要なんだ。医務室でオヌ帝国の彼の治療に専念して欲しかった……という部分もあるが、天秤に掛けるとなると、やはり今回、私への同行を優先して貰った」

 ガウマ国における交渉や情報収集役はディンスレイが、通訳はララリートが、そうしてアンスィにもまた役目がある。まさに医者としての仕事だ。

「こ、この国に来た時……た、確かに妙な話を聞きました……けど」

「やはり船医殿の耳にも入って来ていたか。そう、このガウマ国には、他国が比肩する事が出来ぬ程の、医療技術があるというやつだな」

「はいはい! わたしも聞きましたよっ。例えば切り傷に塗ればたちどころに塞がる塗り薬があるとか」

「わ、私は、飲めば下したお腹が……か、必ず治る丸薬があるとか無いとか……」

「眉唾である事は確かだが、一種類の噂だけで無い事に引っ掛かった。周辺国にも色々と伝わっていたろう?」

 ガウマ国とオヌ帝国の繋がりを探るために、暫くはガウマ国の周辺国と接触を持っていた間の話だ。

 その時は、先にオヌ帝国のある程度の位置が把握出来そうな情報が集まったので、オヌ帝国の方へ向かう事に専念したのだが、結果としてガウマ国そのものへの探求は中断となっていた。

「噂はバラバラだが、共通点として、医療に関わる部分がある」

「く、雲があるなら、向こうに空がある……という話ですか……」

「人がいるならトイレが無いはずが無いという言い回しもあるな。兎角、噂そのものは信用ならないが、噂の流れというものは一定、法則というものがある」

 どれもこれも、治らない、治り難いものを治療出来るという噂なのだ。そこに、ガウマ国の姿の一つがある様な気がする。

「つまり艦長は、あのオヌ帝国の人の病気を治したいんですね?」

「彼は病気では無いよ、ララリート君。単純に、弱っている」

「こ、高度な医療技術が……こ、この国にあったとして……治せる保障は無い……という事でもありますね……?」

「そこはその通りだ船医殿。だからな、今回は薄い望みに賭ける行動になる。この国で、死に向かっている彼をこちら側に戻し、話を出来る様にする医療技術を探すという非常に分の悪い賭けだな。やはり逃げたくなったか?」

 尋ねるディンスレイに対して、何かを悩んだ風な仕草をするアンスィ。

 だが、その返答はすでに分かった。彼女は足を止めなかったからだ。

「い、医者として……患者が健康になるなら……それが一番です。艦長も考えがあって、ここに来たわけですから……船員としても、は、反対は出来ませんねぇ……」

「さすがアンスィ船医! 船内幹部として立派な姿が見られて嬉しいですっ」

「い、何時もは見せられて無い……みたいな言い方だね、ら、ララリートさん……」

 そこは深く追求するべきでは無い。そう判断して、ディンスレイも歩みを進めながら別の話題を進める事にした。

「とりあえず、前回来た時のガウマ国をおさらいしようか。ララリート君はまだ、彼らの言語を憶えているかな?」

「はい。というよりその手の記憶って、不思議な事に忘れないんですよね、わたし。ᴄLᵯᵎtᴿᵵᵞᵳ……これ、なんと言っているか分かりますか?」

 器用に、鳴く様な言語を発するララリート。確かにそれはディンスレイにも聞き覚えがあった。

「確かこの国の言葉で……こんにちは。だったかな?」

「はい! 格式ばったタイプの挨拶なので、これから一般の方に合うならᴄLᵞᵳᴴBwᵅᵜᴩと言った方が良いかもですねっ」

「なるほど。やはり通訳は君に任せきりになりそうだ」

 正直、どちらの言葉も正確に発音出来るかすら怪しいレベルだった。迂闊に言葉にして、別の意味として伝わったら困る。

 今みたいな事態になっていなければ、挨拶くらいは憶えたいところであるが、それにしたところでまずは街へ到着してからの話だ。

「さて、今回はいきなり街中へ向かうわけだが、国境沿いという事で、他種族が居る事そのものはそこまで不自然な光景では無いだろう。ただし、衛兵なんぞに目を付けられれば、探られる懐が幾らでもある。なので出来るだけ目立たない様にな」

「了解ですっ。他に注意しておく事はありますか、艦長?」

「そうだな。話しは繋がるが、彼らの外見だな。この国の人間を一度は見ているだろうが、特徴的な外見をしていただろう? そこにも無用に驚かない様に」

「せ、背が低めで、横幅がありました……よね?」

 その特徴だけでは、以前、別の場所で出会ったダァルフという種族の特徴と同じになるだろう。

 ガウマ国の人間の場合は、どこか弛んでいる。別に怠けものというわけでも無い。身体の方が弛んでいる。良い言い方をするなら柔軟性のある見た目をしているという事だ。太っている……という表現もどこか出来そうだったが。

「ああ、それと……街並も特徴的だったな? それはもう、言わなくても思い出してくれたろう?」

 歩きづらい道を進む中で、進む足を一旦止めた。

 ディンスレイの目には漸く、ガウマ国の街並が見えて来たのだ。

 いや、それを街並と表現するのは躊躇する。確かにこの国の様式で作られた家屋が複数目に入って来たし、その数は街と表現するに相応しい多様性と数があるはずだ。

 一方、その光景に対して、もっと先に、心に浮かぶ印象あがるのだ。

 それは街では無く、湖というものだ。

「はー、こういう街並っていうのも、広い世界にはあるんですね」

 とは言え、珍しい光景だ。

 ガウマ国の街というのは、湖に浮かぶ様に存在しているのだ。


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