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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と未知なる世界
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⑦ 驚くべき発見

 その壁は明らかに人工物あった。遠方から見てもそう思わせて来る形をしていたが、より接近すればその思いは単なる事実確認へと変わって行く。

 その建築物には窓があった、扉があった、通風孔があった。確実に、自然物から素材を作り出し、組み合わせ、構築し、ある機能を持たせていた。

「要塞では無いな。壁という表現も少し違うか。あれは恐らく、作業場だ。大規模かつ相当に効率を重視した高度な建築物と言える」

 ブラックテイル号メインブリッジ。謎の建築物の上方を航空し、その外縁をなぞる様に進んでいるブラックテイル号の内側で、ディンスレイは単なる感想を呟いた。

 実際に単なる感想だ。結構な時間、こうやって謎の建築物を観察し続けているため、むしろ暇になって来ていた。

 そんな感想だと言うのに、返答してくる者もいる。

「いろいろ、分かって来た風に仰りますが、謎はさらに深まって居ますなぁ」

 副長のコトーの言葉は高頻度で耳が痛い。そうでなければ副長などを任せないのであるが、このやや退屈になってきた時間においては、少々毒が強いと思う。

「謎を大別すると二種類になる。そう多くは無いさ。確かに深まっているが……」

 他の船員に情けない姿を見せるわけにも行かず、何とも無しに話を続ける。最初からそれが目的だったが如く。

「二種類って、あたしなんて、何が何やら良く分からない状況よ?」

 ミニセルも会話に入ってくる。艦長と副長の会話に馴れ馴れしく入って来るメインブリッジのメンバーなんて彼女くらいなものだろう。

「二つとも、君だって感じている事だよ。まずはあの構造物の向こうにある穴だ。あれが何であるか、ここまで接近してもまだ判断が付いていない」

「大きすぎるのよねぇ。この艦でまっすぐ横切るだけでも全速で十数秒は掛かりそうじゃない?」

 操舵士の彼女が言うのだから、それくらいの直径をしているのだろう。さらに言えば、上方から奥を覗いている形になるが、底が見えない。奥に灯りが無いせいでもあるだろうが、ひたすらに広く深い穴である事は見るだけで分かった。

 この穴がいったい何なのか。物そのものは確かに存在するのに、答えはその穴の深さくらいに謎だ。

「分かりやすい謎の一つだな。あれを見た船員全員が感想を抱いてる事だろう。そうしてもう一つの方も誰しもが思ってる」

「そういう話なら、確かに分かるけど……」

「だろう? 分かりやすい謎だ。どうして、我々にあの構造物を作った者達が接触して来ない?」

 ブラックテイル号が空に浮いているからか? それにしたって警戒や観察に建物から顔を出しても良いだろう。

 敵意剥き出して攻撃してきたり、何なら拝んで来たりするかもしれない。そこに人かそれに類する知恵のある種族が居ればであるが。

「思うに……無人よねぇ。あそこ」

 とんでもなく大規模な施設だと言うのに、誰も居ない。そうとしか見えない。それこそが第二の謎だった。

「もしかしたら他種族との接触は慎重にする種族かもしれないと、こうやってずっと距離を保って航行しているが、そろそろそれも潮時だな」

 反応が一切無い事に対して不安を感じ始める頃合いだ。それがディンスレイだけならともかく、他の船員達だって同じなら、それはブラックテイル号にとっての危機にもなる。

「ミニセル君。あの壁周辺で着陸出来る場所を探してくれ。一旦、そこで着陸して、内部探索班を選出しよう」

 事を慎重に運ぶ場面は終わったとディンスレイは考える。つまり、この後からは大胆に行動していく事になる。

「だったら、丁度良い場所を見つけてあるわ。ほら、あそこ」

 ミニセルが示してくる方を見れば、やはり興味深いと思われる光景がそこにあった。

「なるほど……この建築物を建造した者達もまた、飛空船の技術を持っているらしい」

 建物の一角に、広く開けた空間があった。舗装された大地に、太く長い線が幾つも引かれ、空から見た場合の遠近感を調整してくれる。

 その構造、その機能。違う文化圏。違う種族ですらあるかもしれないが、それでも変わらない物というのはあるらしい。

 それはまさに、飛空船の発着場と呼べる場所であった。




 発着場にブラックテイル号が着陸してからも、やはり反応は無かった。ここまで来れば、この建築物が無人であるというのは嫌でも確証が持てて来る。

 となると、それはディンスレイ達にとってどういう意味を持つのか。

 端的に言うならば、探索の難度もハードルも下がるという事だ。

「つまりだ! 艦長たる私が探索班に参加しても良いという理由になる!」

 と、ブラックテイル号から降ろされたタラップの先に立ち、並ぶ人員をぐるりと見つめてディンスレイは言い放った。

 探索班総勢四名のうちの一人になったディンスレイであるが、別の一名からの視線は冷ややかな物であった。

「艦長特権の横暴だってあたし思うわよ?」

 冷ややかに見つめて来るのは操舵士のミニセル。彼女は以前からも冒険家としての仕事を続けており、こういう探索任務の際はその班長にもなれる技能を持っていた。故に彼女が選ばれる事には誰も異論が無い。

「で、出来れば、わ、私が選ばれた事も、そ、その横暴に入れて欲しい……かと」

 船医のアンスィもまた探索班に入っている。危険の多い探索中の応急手当や、生物学者としての知見が役に立つ事も多いだろう。

 そうして残り一名であるが……。

「はいはーい! わたし、わたしはとってもやる気ですよ! 選ばれて嬉しいです!」

 元気良く手を上げるララリートを見て、ディンスレイは頷く。やる気なのはディンスレイと彼女だけなのだろうか。

「あくまで一回目の探索は、目に見えて危険の無い場所のみを探る予定なのでね。君も一度参加させておくべきだと私は判断した。是非に頑張って欲しい」

「はい!」

「まあ、つまり、そういう事だからこれ以上の文句は言わないけれど……」

 ミニセルが何を言いたいかについては分かる。要するに一度目は本当に、触れる程度の様子見に過ぎないという事だ。

 素人が行って帰って来て、様子を語る程度の探索とも表現出来るだろう。文字通り素人でも出来るから、わざわざディンスレイが参加し、さらにララリートも参加させたのだ。

 ララリートの場合は、例に寄って彼女の適正を測るため。ディンスレイが参加したのは……こういう未知の場所への第一歩は自分がしたいという艦長的な我が侭のため……というのはあえて口にしない。ミニセルは察している事だろうから。

「さて、それでもさすがに先導役は私自身と言える程に身勝手では無いのでね、ミニセル君にその役目は譲ろう」

「レディーファーストって奴だけど、危険なのもあたしよね?」

「なら、私が変わっても良いが?」

「キラキラした目で言わないでよ。行くわよ。行けば良いんでしょ、付いて来なさい、三人ともね」

 と、背中を見せてくるミニセルに付いて行くディンスレイと他二名。ララリートの方は変わらず元気いっぱいだが、アンスィの足取りは遅々としているとしているというか危なっかしい。

「乗り気では無いかね? 船医殿」

「え、ええっとぉ……ほら、私ぃ、い、インドア派なものでぇ……」

「それはおかしい。むしろ君はあちこちの病院や診療所を回っていた医者だろう? 合間に生物学の実地観察などもしていたと聞いているが」

「ひ、一つのところに、居られなかっただけですよぉ……ほ、ほら、要領が悪くって、こー……要らない物扱いされていたと言いますかぁ……生き物の実地観察も、に、人間を相手に出来なかったので、な、慰みだったんです……」

「ふぅむ。君の交友関係に関しては、他人である私が言えた事では無いが、能力部分に不足は無いと思うがね。船員達からの不満だって無い」

「け、怪我人が少ないからですってぇ……か、艦長が上手くやってくれていると、お、思います」

 まあ、遅々とした慎重さは持っていないものの、危険性は最低限にする様に作戦を考えたり方針を決めたり、実際に指揮したりはしているつもりだ。

 医務室が怪我人で満員になるという事態も幸運な事に発生していない。が、それにしたところで、船医の能力が劣っているなどと評価した事は無かった。

「アンスィ先生は、ちゃんとしてます! わたし、医務室でお手伝いした事ありますけど、ちゃーんとお薬や器具が整理整頓されてて、何時だっていざという時の準備が出来ているんです!」

「ら、ララリートちゃんは、器具を持つと、こ、転びそうになる癖さえ直せれば、わ、私の助手して貰っても、い、良いんだよ?」

 ララリートの関係については上手く行っているらしい。ララリート自身にアンスィの助手をさせるのは荷が重い結果だったらしいが。

「はいはい。世間話をしながらピクニック気分も良いけど、こっからは周囲の警戒をしてちょうだい。意外な話だけどね、探索の際に危険が多いのって、自然環境の真っ只中より、こういう古い建築物の中なんだから」

 ブラックテイル号が着陸した発着場より話をしながら十数分で辿り着く建屋。そこがとりあえずの探索予定場所だった。

 他の施設よりは離れており、独立したものとなっているため、恐らくは発着場の作業員のための詰め所みたいなものでは無いかと予想している場所だ。

「探索範囲はこの建屋の中のみ。これだけでも分かる事は多いし、逆に不足の事態に陥るのは稀になると予想出来るから手頃。そうして短時間で終わらせられる。艦長が艦を離れてる時間もね?」

「ま、あまりそこに艦長が居ない時間が増えると、艦内の治安が悪化しがちなのは良くある話なのは分かって居るよ。だから艦を出る人員は最小限にしているし、副長さえいえば、基本的な航行に不足はあるまい」

「基本的には、よね? ここって未踏領域なんだから、基本的な行動だけで何とかなる場所じゃないってあたしは思うけれど……もっとも、この建屋に関しては基本的な行動で良いと思う」

 話をしつつ、扉を開けて、中をぐるりと見渡した結果として、ミニセルはそういう答えを出したらしい。

 一応探索役としてディンスレイもまた同じ様に建屋内を観察する。幾つかの窓と、何らかの機能を与えられているであろう機材、机と椅子に傍らにはベッドらしきものもあった。

 幾つかの家具も見えたが、ボロボロの紙束が押し込まれている棚を見れば、家具というよりかは書類保管用のロッカーかもしれない。

 そんな光景を見てディンスレイは呟く。

「文化的には、我々とそう大きく違いは無さそうだ。建屋内の器具を一見しただけで、それがどういう使われ方をしていたかが何となく想像できる」

「そうね。そうしてあたし達と変わらない生活をしていると仮定すると、ベッド以外の部分に生活感が感じられない。仕事場って感じね。発着場に着陸する飛空船と監視所って説、正しいかもしれないわ」

 ベッドはあくまで仮眠用だろうか。機材に関しては通信機器の可能性も高いだろう。

 そうして、こんな風に具体的な想像が出来る限りにおいて、やはりこの建屋を作った者達は思考形態がディンスレイ達に近く、予想外の危険がこういう建屋には少ないだろうという予想も出来た。

 ただ、何もかも丸っきり同じというわけでは無さそうだ。

「船医殿。ここを利用していたであろう生物の特徴については、もう幾らか仮説は出来上がって来ているかね?」

「た、建屋の扉や、い、椅子や机を見る限り、わ、私達と同じ五体を持った構造の生き物でしょうけれど、せ、背は低めかな……と」

 アンスィはすらすらと返答してくる。まだ探索は始まったばかりだと言うのに、良くすぐこの様な話が出来るものだ。

 やはり、彼女の基礎的な能力は高い。

「背が低いとなると、未知の種族は我々にとってみれば小人になるのかな?」

「ぜ、全体的に、た、高さが抑え気味ですのでぇ、そうも表現出来ますがぁ……よ、横幅はわ、私達に違和感が無いので、ずんぐりむっくりな体形……? か、かもしれません」

 外観の印象は自分達と大きく変わらないものの、背格好は低めで横にふとっちょな種族。そんなのを想像してみれば、心の中での警戒心は少しばかり親しみに変わってくれる。

 それはそれで良い事かもしれないが、一方で懸念は未だあった。

「どんな種族だろうと、あれよね。今回は会えないでしょうね。これ」

「まあ、埃が積もっているどころか、建屋そのものの劣化が酷いな」

 建屋内に入るだけで床がぐらつく。慎重に進まなければ踏み抜いてしまいそうだ。結果的に、少人数の探索で良かったとすら言えた。

「ここまでの状態は、この建屋くらいであって欲しいものだな」

「一応、大穴を囲んでいる要塞みたいな建物は、まだ頑丈に作られてそうだけれど、艦長が真っ先に突き進む場所じゃ無さそうね。分かった?」

「分かってる分かってる。今だって歩みはおっかなびっくりだよ。だからその、君ももうちょっと慎重に歩いたらどうかな、ララリート君」

「え!? わたしですか!?」

 その場でぴょんと跳ねそうな勢いのある返答であるが、実際に跳ねたりしなくて良かったと思う。そのまま、床に半身が埋まる可能性があるのだから。

「うーん。大胆なのは良いんだけど、危機感が働かないってのは冒険者としては難点ね」

 ミニセルの言を考えるなら、そっちの才能もララリートには無さそうと言ったところか。いや、まだ早々に判断を出す事も無いだろう。

 彼女には今後幾らでも時間があるのだ。今、床を踏み砕かない限り。

「ララリート君。こういう場所では、我々みたいな大人は慎重に動かなければすぐ転んでしまうのでね、君がまだ子どもで身軽なのは良い事なのだろうが、出来れば我々と歩調を合わせて欲しい」

「えっと、は、はい。なんだか、わたし、興奮しちゃってました?」

「見たところな。が、今、反省出来ているのは良い事だ」

 ディンスレイにおずおずと並んでくるララリート。さっきまでは部屋の真ん中できょろきょろしていた事を思えば、今は幾らか安心出来る姿勢になった。

「探索するにしても、この部屋くらいなんだから、あんまり慎重になる事も無いと思うけどねー」

「あ、あの。二階部分があると思い……ますけど」

「船医さんったら目敏い。けど、この床の状況だと、あんまり進みたくは無いの」

 探索班のリーダーであるミニセルの判断だ。そこは従っておくべきだろう。それに、一つの部屋だけでも、一見するだけで分かる事は結構ある。それをさっき言葉にしたばかりだ。

「とりあえず、部屋内部を慎重に歩き回りつつ、目に付く物を探って行こう。何だか盗人みたいな行動だが、もし怒り出す人間が居たとしたら、むしろそっちの方が好都合だ」

 ディンスレイが話をまとめた上で、四人で部屋の中を慎重に探って行く。

 あくまで暴れなければ床は踏み抜く事も無かった。劣化の具合を考えるに、元々は随分頑丈な建屋として作られた様子だと分かる。

 ディンスレイはまず建屋内に残った機材に手を触れる。金属のパーツで形作られたそれは、やはり通信機器を思わせるそれが見てとれるものの、操作の方法はさっぱりだった。

(分かったところで、動力も無くなって久しいだろうな。専門家……ガニ整備班長を連れて来れば何か分かるか?)

 違う文化。違う文明。赤い嵐により遮られていた新世界に住まう種族の技術を、どれほど解析できるか分かったものでは無いだろうけれど、得るものは有るはずだ。

 他の種族との出会いは軋轢も多く、時に戦争といった大問題に発展する事もあるが、それを覆して余りある利益をもたらしてくれる。だからこそ、シルフェニアという国は領土の拡張期を終えたとしても、外界に対する興味を失っていないのだ。

(そうだな。そういう観点から考えて、今、優先して探すべき物と言えば―――

「あ! 皆さん見てください見てください! これ、本じゃないですか?」

 部屋の中のロッカーの一つを指差すララリート。そこに何らかの資料が詰め込まれている事は分かって居た。

 遂さっき、それをまず調べるべきであろうという考えにディンスレイも至ったばかりであったが、ララリートの直感に先を越されたらしい。

「っと、単なる資料ではなく、本かな?」

「はい、艦長さん。紙みたいなのが一杯詰まってますけど、端の方にほら」

 背が届かなくてロッカーの上の方を指差している彼女。ディンスレイから見てもやや上に位置するそれであるが、明らかに他の紙束とは分けて、一冊の本が差し込まれていた。

 薄くも分厚くも無く、背表紙には何も書かれていない。そういう文化なのかもしれないが、それが一見して本である事が分かるくらいに、やはり似通った文化を持っていると考えるべきだ。

「ふむ。ミニセル君。これ、参考までに持ち出しても構わないだろうか?」

「文句言う人もずっと前に居なくなっているだろうし、駄目だなんて言えないけど、紙でしょ? 崩れない様にだけ注意するべきじゃない?」

「そう思ったのだが……ふむ。見てみたまえ」

 その本を、手を伸ばして取り出し、ディンスレイは開かぬままに両手で観察する。その動きは、慎重さはあまりなかった。それくらいの勢いで動かしても、崩れる気配が無かったからだ。

「なにこれ。随分頑丈に出来てるのね?」

 ミニセルが近寄って来て、ディンスレイの手元の本を覗いてくる。彼女の予想としては、手に取るだけでもボロボロと崩れて行くような物だったみたいであるが、やはりそんな気配は無い。

「我々が知る紙に似ているが、素材は違うのかもしれん。少なくとも記録媒体としてはこちらの物より優秀かもしれんな」

「実際に使ってみないとそこは分からないんじゃない? 石板だって、紙より頑丈で触れただけで崩れない」

 だが、この本は紙みたいに軽い。紙と同程度に使えて、それ以上の耐久性を示しているというのなら、やはり優れた素材加工技術を持っていた種族だと分かる。

「ま、中を見ないと、どういう類のものか分からんがね。案外、これで実は手拭いだったりする可能性も……無くなったわけだが」

 実際に本の様に開く事が出来たし、その内側には手描きの文字らしき物がずらっと並んでいた。

「さ、さすがに、言語は違うみたい……ですねぇ……」

 アンスィも寄って来て、ディンスレイが開いた本の中身を覗き込んで来る。

 文字だ。形にバラつきがあるため手描きである事も一目で分かる。だが、分かるのはそこまでだった。

 文化が似通っていると予想出来て、似た様な文明である事も何となく感じて、だが、分かるのはそこまでだとその本は伝えて来ていた。

 並ぶ文字の意味が分からなかったから。

「言語というのは厄介な物だな。少し場所が変わるだけで、その形質も簡単に変わる。知っているかね? 我々の国、シルフェニアもかつては十三の独自言語があったと。言語によりその文化も違い、それにより争いも絶えなかった時期がある。あのコマラント戦国時代もそういう背景が一因となって―――

「はいはい。講釈は良いけれど、この本については、艦長でもあんまり分からないって事ね?」

「何も分からないという事は無いさ、ミニセル君。例えば、各ページの上の端部分に、似た様な文字が並んでいるだろう? しかも他の行とは違う短文で。これは恐らく日付だ。まず日付を描いて、次に本文を書いている。つまりこれは……恐らく日記だ。日報かもしれん。ここで仕事をしていたであろう誰かのな」

「ほ、本当でしょうかぁ……? 定型句の可能性もあるのでは?」

「むぅ……」

「後は日付じゃなくてその日の天気の可能性もあるわよね」

「むむぅ……」

 さっそく二人に否定されて困ってしまう。反論しようにも、ディンスレイとて未知の言語の解読について得手と言うわけではないのだ。

 船員の中に専門の技能がある者はいるだろうか。未知の種族に接触するにしても、現地にその言語を使う当人が居る前提での準備しかブラックテイル号はしていないが……。

「いえ、艦長さんの言う通り、これって日付だと思いますよ! 月と日に当たる単語はずっと変わってませんから! だからその隣は数字だと思いますから、これで結構判別が可能な文字が増えそうです。あとあと、幾つかの単語についてはちらっと見るだけでも共通のものが……どうかしましたか?」

 本を覗いていたはずが、ディンスレイはララリートを見つめていた。ミニセルもアンスィも同様だ。

 ララリートだけはじっと、これまでに無い集中力で本を見つめた後、ふと気付いた様にディンスレイ達の視線に気が付いた。

「いや……その……続けて?」

 まだ判断が出来ない。何を考えるべきか。そんな風に思うものの、ララリートの続きの言葉を促す。

「続きと良いますけど……えっと、言葉って、えっと、本体とそれに付く、それだけじゃ言葉にならない物ってあるじゃないですか? 分かりますか? タって言葉にする時はアって言葉に、こう……やっぱり言えない……」

「母音と子音の事だろうか?」

「わぁ! そう表現するんですね! それ、この本をざっと見るだけでも、だいたいは分かると思うんです。そこからそれぞれの単語が浮かび上がって来て、きっと使い方で、意味だって分かる物があるはずかなって!」

「なるほど……なるほど。良く分かった」

「さっすが艦長さん!」

 さすがと言いたいのはこちらの方だ。それを言うと、ララリートが困惑するので言わないで置くが、一方、視線で他二人には目配せする。

 言葉で伝えなくても、言いたい事は伝わったらしく、二人は頷きで返して来た。

「この本。これが初めての調査で得るものだったと言える。暫く、この本を君に任せたいが……良いかな?」

「わたしがですか?」

「驚く事も無い。これまでだって、今だって、君には色んな挑戦をさせているだろう? 今回もその一環だと考えて欲しい」

「なるほど……適正検査って話ですね! わたし、今度こそ頑張ります!」

「その意気だよララリート君。それで一旦、記念すべき第一回目の探検を終えたいと思うが、二人も良いかな?」

「二人とも了解よ、艦長」

 ミニセル達が再び了承して来たので、ディンスレイ達は建屋を出た。

 短い探検であったが、確かに得る物はあったのだ。それはこの未知の施設を作った者達がどんな存在かを推測させる、外の世界に関する情報と表現出来るかもしれない。

 一方で、外では無く内側の情報においても得たものがある。もしかしたら、建屋内からの情報より余程大きな衝撃を与えて来る、そんな発見だ。

(ララリート・イシイ……彼女の才覚が漸く見つかったかもしれん。あくまで、当人が望む限りにおいてだが)

 そんな事を考えながら、ディンスレイは帰艦する。ちょっとした息抜き気分の探検だったが、やって良かったと思う。

 この後も、忙しくなりそうな難題が待って居るだろうから。


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