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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と隠れた帝国
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⑧ そうして……

 レドがアンスィ・アロトナを相手にした取り調べを終え、昼が過ぎ始めていた頃。

 単なる取り調べにしたところで、手続きが必要であるし、それだけがレドの仕事では無いため、書類仕事を昼の休憩時間を使って片付けている。

 休憩時間が終われば、また別の仕事がある。その準備も含めての書類仕事だった。

「今日はさらに追加で取り調べですか。体調は大丈夫なのですか?」

 仕事机を前に手と頭を働かせていると、秘書官が飲み物の入ったカップを持ってやってきていた。

 両手に二つ。どうやら片方はレドへの差し入れである様子。

「悪い、心配を掛けているか」

 机の脇に置かれたそのカップを見つめつつ、秘書官に謝罪する。

 ブラックテイルⅡの乗組員への取り調べは、レドが属する外交情報処理部に任されているが、それでもそろそろ横紙破りと揶揄されてもおかしく無いくらいに、レドは現在の仕事に執着している。

 それがレド自身にも分かってはいた。今朝、この秘書官を通じて他の組織に警告を流したのも、現状のままではレドが何かを成す前に、他組織からの圧で破綻すると考えたが故だ。

「心配の種類と言いますか、今は好奇心に近いものを感じています」

「俺が真面目に仕事をするのがそんなに意外か?」

「正直、向いている仕事では無いでしょう?」

「ああ、その通りだな」

 レドはやはり性根が軍人である。そうである事に向いた人種という者が居て、命の危険が常にある仕事に身を置きながら、身体も精神も研ぎ澄まそうとする人種というのは、救い難いが居る物なのだ。

 さらに言えば、頑強な組織に属し、組織内部の強い歯車の一つとして動く事が性に合っている人種もまた、存在している。

 その両者を兼ね揃えているのがレドという男……であると自らは考えているが、今、この様に、攻め入って来た敵国の人間を取り調べる立場になるというのは、自分でも向いていないのだは思っている。

「ただ、この国を守る事に繋がる仕事だという実感があるからこそ、やれている。俺の前任者とはやり方は違うだろうが……」

「確かに、課長の前任者は机仕事では無く、頻繁に他国へ足を運んでいましたね」

「そちらの方が余程仕事熱心なのだろうな。部署の名前通り、余所と関わらなければ何も始まらん仕事だ」

 故に外交上の情報を処理できる。外交そのものを行わないというのは、別にちゃんとした組織があるからだ。

 その中で発生する情報を判断し、評価していく事が、レドが属する組織の本分であり、恐らく、前任者の仕事振りを聞く限りは、その手の仕事をあえて増やすために、外交上の問題に頻繁に顔も出していたらしい。

 レドにはそれが出来ない。いや、まだ出来ない。

「こう言うと笑われてしまうかもしれないが……なんとなく、この仕事がどういうものか分かって来た気がする。捕らえたブラックテイルⅡの乗組員からの話を聞き続けていると、処理しなければならない情報。いったいそれが何を意味しているか、もしかしたら、そのまま受け止めるわけには行かない物もあるのだと、そう分かり始めて来ている」

 組織そのものが本流とは言えない、外れ者が行き着く場所だと考えていたレドだが、これはこれで必要なのではと思う様になったのだ。

 つまり……仕事に面白みを感じている。

「分かり始めているから、次はまた、あの敵艦の艦長と話すつもりだと?」

「ああ。何か、引っ掛かる部分がある。何か、思い違いをしている情報があるのではないか……その齟齬を、あの艦長と話をする事で、正せる様な、そんな気がしているんだ」

 言いつつ、秘書官が置いてくれた飲み物を口に含む。正面から話をしていると気恥ずかしくなる話題であったから。

「課長らしく無い、曖昧な表現に思えますが……」

 なかなか鋭い事を言って来る。

 確かにその通りだ。何時もの自分らしくない。むしろこういう考え方は、自身の前任者がしていた事だったのではないか?

「それだけ、この椅子と机が俺に影響を与えているのかもしれんな。しかし頭の中に関しては、まだまだ俺の方が未熟だ」

「それはどういう意味ですか? 良くやれていると……部下からの視点からでしたら思いますが……失礼な言い方でしたか?」

 心配そうにレドの表情を覗き込んで来る秘書官。

 そんな彼女に、レドは薄い笑みを返した。

「いいや、失礼ではない。むしろ笑ってくれて構わんぞ。何せ今、俺の思考の中には、シルフェニアとの戦争を回避出来るかもしれないと、そんな事すら思い浮かんでいる。これは随分と、夢見がちな子どもの言い分ではないか?」

 恐らく、ブラックテイルⅡの連中と話をし過ぎている。

 今回、艦長と会って取り調べを行った後は、結果がどうであれば、一旦はレドの手から仕事を離すべきだろう。

「それは……笑えませんね」

「冗談に近い話だ。本気で取ってくれるなよ。さすがに……俺も……それを……本気……で」

 何故か、世界が斜めに傾いていく。いや、傾いているのは自分の姿勢の方か。

 そんなに自分は疲労していたか。身体が脱力し、瞼も下がって行く。

「まったくもって笑えません。何よりもまず、あなたが、それに気付き始めるというのは、危険な兆候ですから」

「な……ん……」

 言葉が続かない。椅子からレドは崩れ落ち、床に情けなく身体をぶつけた。

 どうやら自分は毒を盛られたらしい。レドがそれに気が付いたのは、床の冷たさを、全身に感じる様になってからの事だった。




「オヌ帝国に僕達が来てから、今日でどれくらいになるんでしたっけ?」

 昼間でも薄暗い拘留部屋に、テリアンの声が響いた。

 おかげでうつらうつらとしていた意識が、現実に戻って来る。

 ディンスレイ・オルド・クラレイスの、何時も通りの意識だ。それ以外の意識なんてあるものかとディンスレイは苦笑しながら、話し掛けたつもりも無かったであろうテリアンに答える。

「だいたい一週間と三日、それと五時間……と言ったところか」

「うわっ、艦長、なんでそんな時間まで憶えているんですか。おかしいですよ。正気失ってます?」

「馬鹿を言うな。正気を失っていたら時間間隔なんてものも無くなってしまうだろうに。私は至って冷静だよ」

 もっとも、すぐに答えを返せたのは正気を失いたくなるくらいにやる事が無く、暇潰しみたいに時間を把握する作業をしているからでもある。

「あー、なんですかい。何か……飯の時間ですかい」

「と、この整備班長の様に、ボケ始めてはいない」

 テリアンとディンスレイの言葉に、眠っていたガニも目を覚ましたらしい。捕らえられて、相手の出方を待つばかりの今の状況において、時間を潰すもっとも手っ取り早い方法が眠る事であった。

 ガニは飛空艦に乗っていると整備士として働き詰めであるため、この際、寝溜めするつもりらしい。

 もっとも、それにしたところで飽きが来ている頃だろう。

「誰がボケてるってんですか。こう見えて、まだそんな年齢じゃあねえんですよ」

「とは言え、そろそろ本当にボケが来そうなくらいに、退屈を持て余して来ました」

「うわっ。副長も、喋るなら喋るって言ってくださいよ」

 テリアンがそうやって驚かなければ、ディンスレイの方が同じ反応を示していた事だろう。

 それくらいに副長の様子は脈絡が無かった。この男、やる事が無くなると、すぐ傍に居るというのに気配を無くせるらしい。

「失礼、先ほどまで私も眠っていました。どうにも怠慢になっていけない」

「今くらいは、そんな調子で良いと思うがね。肉体的にはそうでも無いが、精神的にはキツイ状況だ。眠れる時には眠って、時間をやり過ごすというのも手だ」

 拘留されたままというのは、それだけでも拷問の類かもしれない。軽い運動くらいならしているが、あまり激しくすると監視の目が厳しくなる。偶に手も出て来るから厄介だ。

「肉体的には……そういえばそこは意外です。特に艦長などは、拷問の一つや二つされるものかと思っていましたが」

「なんだ、されて欲しかったのか副長」

「いえ、そういう事でも無く……」

 副長は否定してくるも、存外、ディンスレイは拷問されるとどの様な反応をするのか見てみたい……と言った好奇心がありそうだった。この男はそういうところもある。間違いなく。

「まあ、そこは私も意外だった。どうにも我々を尋問している男は、私に遠慮している様子でな。最初は多少、痛めつけられたが、その後が無い」

 この数日、ディンスレイが尋問を受けたのは一度きりだった。

 この部屋に居る人間の中で、他は尋問を二度以上受けている事を考えるに、ディンスレイ個人が避けられているという事だろう。

「一つ諸君に尋ねるが、私を庇ったりはしていないな?」

「余計な隠し立てせず、ただ相手に聞かれた事を話せば良いって指示出したのは艦長でしょう? そんな事しませんよ」

 一言、あなたを守る意思くらいありますよと、テリアンの口から聞いてみたかったものの、そういう事は無いらしい。

 視線を移し、テグロアンとガニの方を見るも、同じくディンスレイを守っているつもりは無い様子。

(となると、やはりオヌ帝国側……いや、尋問してきたあの男の事情に寄るものかな、これは)

 どういう事情がそこにあるか。残念ながらディンスレイには分からない。相手の状況を推測するにも、ディンスレイ側に材料が無さ過ぎるのだ。

「もう少し、私に対してオヌ帝国側から積極的なアクションがあると嬉しいのだが……それこそ、拷問だってな」

「本気で言ってるから厄介なんだ、この人はよ」

 ガニ整備班長は何かにつけてディンスレイの言動に呆れてくる。これでも、仕事熱心な性質だと思うのであるが……。

「艦長が何時も通りであるのは兎も角として、正直、現状が続けば不安が勝る状況ではあります。幾ら幹部会議で決定した方針とは言え、この状況が続けば、他の船員達の士気にも関わって来るのでは? 自らは戦争中の敵国に捕まり、正真正銘捕虜になった。そういう自覚が強まれば、今後、どうなってくるか、分かったものではないかと」

「そうは言うがな、副長、だからこそ、事前に我慢する時間はこれくらいになるだろうとは伝えていただろう?」

 何らかの目標が無ければ、敵国に捕まったままで居るというのは非常に厳しい任務となってしまう。

 別にオヌ帝国と仲良く出来るなら、この身を捧げてみせようなどという安直な考えだけで、今回の行動を始めたわけでは無いのだ。

「あれ……そういえば艦長が言っていた、オヌ帝国内で耐える時間って確か……」

「だいたい十日だ。つまり、そろそろアクションがあるだろうな。だからこそ、もう少し、私自身でオヌ帝国についてを知りたかったのだが……」

 言葉が途中で止まる。外から足音が聞こえて来たのだ。尋問されている時間以外はこの部屋に押し込まれている我が身なので、この手の音には敏感になっていた。

 何時もとは違う足音。それが聞こえたら、必ず違う何かが起こる。

「ꡎꡡ꡷……ꡄUꡏ? ꡑe꡷ꡲꡮdꡨꡝ!?」

「……VsR3Nhꡃ。ꡕꡧ4N……ꡐꡫSfIꡦo」

 見張りと、やってきたであろう足音の主が何かを話していた。

 言葉の意味こそ分からなかったが、見張りと話している相手の声について、ディンスレイには聞き覚えがある。

「あれ、この声って」

 テリアンの方も気付いたらしい。ならば間違いないだろう。

 ディンスレイ達が拘留されている部屋の扉が開かれる。

 ここに居る四人ともが、先ほどまで話をしていただけあって、全員揃ってそちらへ視線を向けた。

 扉の向こうから現れるのは、二本角が目立つオヌ帝国の男。やはりと言うか、ディンスレイ達と尋問している男の姿がそこにあった。いや……。

「全員……揃っているな」

「揃っては居るが、おい、どうしたその顔は。君らの種族については良く知らんし、一度会ったきりで言うのも何だが、顔色が悪く―――

 ディンスレイの言葉がまた中断する。

 だが、今度は自分の意思では無く、やってきたオヌ帝国の男に迫られての事だ。

 そのまま、壁に叩きつけられる様に押される。男は、顔色の悪いままディンスレイにそれを近づけ、声を絞り出して来る。

「ディンスレイ・オルド・クラレイス……お前は、何故、この国へやってきた」

「今さら何を……他の船員達からも聞いているだろう。オヌ帝国の位置を探るために……」

「重要な事だ! お前は……オヌ帝国をどうしたい。何を狙って、わざわざ捕まりに来た!」

 これを尋ねられるという事は、恐らく、ディンスレイの考えが推測出来ているはずだ。

 だが、それでもディンスレイに直接尋ねようとしている。その必要があるとこの男は考えている。

 どうして、病人の様な顔をしているのか。その必死さは何なのか。ディンスレイには分からぬままであったが、返す言葉ならそこにあった。

「君らとの……戦争を止めるためだ。そっちも分かって来ているのじゃあないか? こっちだって君らを探す旅の中で、分かって来た事がある。君らとの戦争は……意味が無い」

 戦争とは、資源や領土の奪い合いだ。始める理由は大概愚かと区分される物が多いが、それにしたところで、実利があるだけその手の理由はマシになるだろうか。

 また、外交上の不一致というのもあるだろう。お前の存在を許すわけには行かない。そういう関係性に成り果ててしまった国同士もまた、戦争を始める場合がある。

 つまり、相手の事と一定知ったうえで、両者ともに近しい関係性だからこそ、起こる理由が発生するわけだ。

「シルフェニアとオヌ帝国の距離を考えろ。そうして、シルフェニアは最近までオヌ帝国の存在も、場所すら知らなかった。その状態で、戦争を始める理由は何だ」

「その理由は……シルフェニアの方にこそ……ある。ついさっきまで……俺は……そう考えていた」

「我々側に?」

 始めたのはオヌ帝国だろう。そう返そうとしたものの、男の剣幕と言葉が先んじて来た。

「毒を盛られた! 部下だと思っていた女に! 俺は……知る必要があるんだ……お前達を……お前達と……オヌ帝国に何が起こっているのかを!」

 どうやら、本当にとんでもない事が相手側で起こっているらしかった。

 だが、この会話だけでどこまで相手の意図を汲むべきなのか。やはり判断出来る材料が少ない。

 けれど、男の表情を見れば分かってしまう。今、ここが正念場らしい。ディンスレイにとっても、シルフェニアという国にとっても。

「こちらに、話しをする用意がある。あとはその場を、そちらが用意出来るかだ。どんな事情と、状況かはまったく分からんが、出来るか? 君に」

「……ついて、来い。抵抗するなよ……あまり……時間は無い」

 それはつまり、毒を盛られたという男にとって時間が無いという意味か。

 ディンスレイから男の手と身体が離れ、先導する様に前を歩き出すが……。

「おい、何を……」

「時間が無いのだろう? 身体を引きずる様な動きのままでどうする。どこに向かうか言え、その通りに従う。全員な」

 ディンスレイは男に肩を貸した。そうして、他の三人にも目配せする。

 確かに、予想通り状況は動き出した。ただ、それがどの様なものだったかについては、今の状況を見れば分かる。

 ここからは未知数だ。

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