⑥ ただ知っていく
幾らか、というか、心労が身体に伸し掛かる時間、尋問が続いた後、ディンスレイには漸く休憩時間がやって来ていた。
「命を失われたら話を聞けないという事で、そこは保障されているらしいな」
尋問室からところ変わって、比較的広めではあるが、調度品も何も無い、隅にトイレらしきものがある大部屋にまで連れて来られたディンスレイ。
本来は何をする部屋なのやら、窓には鉄格子が嵌められ、部屋の扉は外側から鍵が掛けられる仕組みの様子で、壁や床も厚そうなそんな場所である。
そこに放り込まれる様に移動させられたディンスレイの愚痴は、広い部屋に響き、そうして返って来る言葉もあった。
「経過はどうでしたか、艦長」
「非常に疲れている旨を、暗に伝えたつもりだったのだがな、副長」
苦笑いを浮かべながら、同じ部屋で、椅子も無いので壁を背もたれに座っている彼、テグロアン副長をディンスレイは見た。
ディンスレイの側も立ったままは癪なので、その場に座る事にする。
「言ってる場合ですかい、艦長。本当にこりゃあ……良い状況と言えるんですか?」
同じく部屋に居るのはガニ整備班長だ。そうしてさらにもう一人、テリアン主任観測士もまたそこに居た。
「一応、計画通りではある……んですよね? かなり不安になってますけど、僕」
そんなテリアンの弱音を聞きつつ、この四人が同部屋で監禁されている状況に、ディンスレイはとりあえずの安堵をする。
全員ともに命が無事であり、尚且つどうして同部屋となっているのかについて憶測も出来たからだ。
「船内幹部だけを他の船員と分けて捕えている。今の状況を見るに、想定していた状況の中では、かなり上等だと言えるだろうな。さっき、軽く尋問を受けて来たが、話が出来ない相手というわけでも無い。もう少し、彼らの文化を知る必要はあるがね」
「艦長がそう言われるのなら、事実そうなのでしょうが……」
もう少し色々と意見も聞きたいところがあるという様子だったが、副長はディンスレイが決めた方針に、今のところ賛成してくれている。
ただ、彼が賛成したところで、他の二人はどうだろうか。
「別室に居るだろう女連中や他の船員に関しては、今、どうなっているか分かったもんじゃないですぜ。その点は、艦長、どう考えます?」
「恐らくはまだ無事だ。というより、とりあえず判断が保留されていると見るべきだな。その状況でなら、大人しくしている限り、無事な状況は続くだろう」
「判断、保留されてるんですか? 僕達?」
他にする事も無い場所なので、話し合いが兎に角続く。あまり大きな声ですると、部屋の外にいる監視から注意されたり怒鳴られたりするだろうから、それぞれ四人ともに小声だ。
「男女で分けているのではあるのだろうが、船内幹部を纏めて置くなんて事が、正常な判断の中であると思うか? 恐らく、突然やってきた災難に、オヌ帝国の中で整理が出来ていない。突然、隠れ潜んでいたはずの本国上空に敵艦が現れたのだから、そうもなるだろうさ。我々シルフェニアが、謎の飛空艦の襲撃に大慌てだったのと同様にな」
ある種の意趣返しが出来た。今の状況はそういうものだろう。
そうして、ディンスレイ達の仕事も既に目的を果たしている。
「災難、確かにその通りでしょう。何より、私達側が仕事上の目的を果たしたというのですから、オヌ帝国側はむしろその現実に対して、まず対処を急ぐはずです。シルフェニアには、既にオヌ帝国本国の場所が暴露されているのですからね」
テグロアン副長の言う通り、そうして自身を尋問した男にディンスレイが宣言した通りに、ブラックテイルⅡの旅の目的は果たしたのだ。
オヌ帝国の正体を探る。それは、オヌ帝国の艦隊を誘い出し、その眼前でワープを行い、ブラックテイルⅡ側がむしろオヌ帝国の本国上空までやってきた事で果たされていた。
防衛用の飛空艦を出してしまっていた結果、すぐさまにブラックテイルⅡに対応出来なかったオヌ帝国は、ディンスレイ達に、オヌ帝国の観測と、シルフェニア本国と通信する猶予を与えてしまった。
それこそ、まさにディンスレイが狙った第一の策でもある。
「これでシルフェニア本国に与えられた任務は遂行した形になる。喜べ諸君。家に帰っても誰も文句は言わないぞ。むしろ良くぞやったと賞賛の嵐だ」
「僕自身には文句がありますけどね! っていうか、この状況でどう帰れと?」
さすがに敵国に捕らえられた状況では、艦長に抱く敬意というのも無いらしいテリアン。ディンスレイの方としては、テリアンだけで無く、船員全員から文句を言われる事は勿論、覚悟の上ではあった。
「さて、どうしたものかな。いや、そんな顔をするな。算段は一応あるんだ。でなければ幹部会議で話す事も無かったし、賛成される事も無かったろう?」
「確かに、こうなる可能性が高いってのは分かった上で、オレ達はやると決めた以上、艦長に文句を言うのは筋違いではありますがねぇ」
それでも、不安ではあるとガニ整備班長は告げる。これもきっと、ここに居ない船員達の総意ではあるのだろう。
彼らにも今後、ディンスレイ達がどうするかについては伝えてある。そうして、今、捕まった状況でどうするべきなのかについてもだ。
「まず、諸君らに確認だが、ちゃんと取り決め通り、尋問では隠し立て無く喋っているか? というか、尋問を受けたか?」
「僕と副長は受けました。整備班長は……顔が怖いから後に回されてるんでしょうね」
「口が堅そうと言えこの野郎!」
「堅かったら困るんだよ整備班長。ペラペラ、嘘偽り無く喋ってくれ。我々が我々本来の仕事を終えた以上、隠すものなど何も無いのだからな。いや、ブラックテイルⅡの各種機能については別か」
「むしろ聞かれて答えられないものでしょう。あの艦に関しては」
副長の言う通りだった。ワープ装置などはシルフェニアの切り札ではあれ、その機能に未知数な部分が多い。聞かれて簡単に答えられるくらいなら苦労は無い。
なのでやはり、無理に隠す必要も無いのだ。
「下手に嘘を吐いたり沈黙を続けたりすれば、捕虜となっている我々の命に危険が及ぶ。これが作戦である以上、その様な状況は避けなければな」
「この期に及んでもまだ、被害を最小限に……という事ですか」
「順調に事が進んでいる間は、勿論、そうなるだろう?」
ブラックテイルⅡは、例の透明な壁がある空域でオヌ帝国艦を撃沈し、オヌ帝国本国の位置が載った地図を手に入れる事が出来た。
そうして、それを使った作戦というのが、オヌ帝国本国上空へそのままワープし、オヌ帝国の位置を含む、その場で手に入れられる情報すべてを通信機器によりシルフェニア本国へ報告していた。
この一連の作戦はまた続いており、今の作戦の段階は、オヌ帝国に大人しく捕まり、彼らから尋問等を受けた場合もまた、抵抗もしないというものとなっている。
「この作戦に、結局賛成した側が言うのも何ですが、本当に上手く行きますかね、これ。確かに、成功すれば無事にシルフェニアへ帰る事が出来るとは思いますけど……」
それでも成功のハードルの高さを思えば不安は消せない。上手く行っているのか、いちいち確認したくなる。
テリアンの感情を代弁するならそういう物になるはずだ。
だが、そこは訂正して置きたい部分がある。
「成功するかしないか以前に、突拍子も無い話に思えているから、常識的に納得出来ない部分が残っている。今はそんなところじゃないか、主任観測士」
「そりゃあね、だってですよ? 僕達はこのオヌ帝国と、それこそ本国に侵攻している悪の帝国と、まともに戦える様になるため、これまでブラックテイルⅡで探し続けたわけですよね?」
「そうして、それが成ったわけだ。オヌ帝国の場所が分かれば、彼らの戦力は根本的にここから来ていると判断出来る。その後は、送られてくるその戦力を断つなり、補給網を襲撃するなりも出来る。なんなら、オヌ帝国側へ逆侵攻する事だって考慮の内に入るだろうさ」
間に南方諸国家を挟む事にはなるだろうが、今のブラックテイルⅡがそうである様に、それらを飛び越えて辿り着ける方法をシルフェニアは手にしつつある。
「それで僕達の仕事が終わりだから……さらに上を目指してみようって、今ってつまりそういう事ですよね」
「上……上だろうか? まあ、マシな部類の状況とは言えるだろうが……」
今、ディンスレイ達が幹部会議で決めて、目指している物。それをどう表現するかについては、ディンスレイ自身、やや迷っている最中だった。
一方、ガニ整備班長は端的に表現して来る。
「こういうのは、お花畑って言うんですよ、ったく。オレだって、自分自身でなんで賛成しちまったか分かったもんじゃあない。シルフェニアとオヌ帝国の戦争を止めるなんて事を……」
お花畑。確かにその通りだろう。
そう、あの日、オヌ帝国艦を撃墜し、オヌ帝国の地図を手に入れた瞬間から、ディンスレイの頭にその案が浮かんで来たのだ。
現状、オヌ帝国に直接ぶつかっているのはブラックテイルⅡ単艦のみ。そうして、オヌ帝国についてもっとも知っているのも、それを探り続けたディンスレイ達である。
それに挑める立場ではあるのだ。
「考えてみると良い。我々にとっての常識として、他種族との第一接触は話し合いから始まる。言葉だって分からないわけだが、それでも身振り手振りで、意思の疎通を図ろうとする」
「むしろそれ以外にあるんですか?」
「甘いな、テリアン君。まさに今、我々を捕えているオヌ帝国こそ、それをしない。むしろ、最初に知られるという事を避ける。そういう外交方針を取る立場だ。つまり、シルフェニアにとって本来するべき最初の外交が出来ていない。もし、それが出来るというのなら……」
状況を改善する事だって出来るのではないか?
これは、ブラックテイルⅡをオヌ帝国上空へとワープさせる事に決めた幹部会議で、ディンスレイが語った事でもある。
確かに夢見がちでお花畑な話ではある。
今後も、もしかしたら激化するかもしれない争いを、未然に防ぐ事が出来るのではないか。
真っ先にぶつかる立場になっているブラックテイルⅡの艦長が、よりにもよってそんな提案をするというのだから、鼻で笑われたって仕方ない事だとディンスレイ自身すら思ったものだ。
「事の成否については、もう始まってしまったのですから挑む他無いと思いますが、私にとっては意外だった事があります」
ディンスレイの覚悟については特に気にした風でも無いテグロアン副長。世間話でも始める様な口調であるが、彼の場合、これで重要な話をし始める事がある。その事をディンスレイは十分に承知していた。
「今に至るまで、意外な事ばっかりだった気がしますけど、副長にとっては何が一番強烈だったんです?」
副長に対しても気安さが生まれているらしいテリアンが話を進めて来る。
どうせ、次の尋問まで幾らでも暇な時間があるのだ。話を続ける事にディンスレイも異論は無い。
「そういえば、副長は幹部会議で今回の件については反対だったな」
「私が唯一、反対でした。他の幹部は言葉を尽くしてはいましたが、最終的に艦長案に賛成した。会議で決まった方針には従いますし、決まった事そのものにも、全力で協力していくつもりです。が、やはり私以外全員が賛成というのが意外でした。艦長はその手の状況を、むしろ嫌う性質ですよね?」
副長の言葉に、ディンスレイつい笑ってしまった。
確かにその通り。自分の意見に遠慮なく反対してくる船内幹部こそ、ディンスレイにとっての頭痛の種でありながら、理想のメンバーでもある。
「君以外にも一人か二人、反対者が出てもおかしくは無かった。そういう風に考えているわけだな。同感だ。普通、そうなる。いや、反対者が多数でもおかしくは無かった。だが、そうならなかったのは―――
「オレ達が、エラヴの末路を見たからでしょうな、それは」
ガニ整備班長が呟く。恐らく、普通なら反対側に回る筆頭が彼であったはずだ。実際、会議の場において最も文句が多かった。
一方、やはり彼も、ディンスレイのオヌ帝国と和解出来るかもしれないという案に乗った一人だ。その理由は、彼の言葉通りであるのだろう。
「エラヴ。艦長の前回の旅で遭遇した種族の事ですか」
「正確には、ブラックテイル号の旅だ。そうして、遭遇したのは二つ。オルグとハルエラヴ。エラヴという種族は、この二つの種族へと変容し、争い合っていた。その事の記憶が、君以外の船内幹部達の記憶に、強烈に刻み込まれているのさ」
言いながら、ディンスレイはテリアンに視線を向けた。
彼もまた、ブラックテイル号に乗っていた者だから。
「僕達の先達ですからね、エラヴは。それがどうなったかは、ちょっとしたトラウマなんですよ副長」
「報告書は読ませていただきましたが、それほどですか」
「オルグの技術により改修されたブラックテイル号に関わった側としては、やはり実感が違うのだろうなぁ。あれほどの技術を手に入れながらも、彼らは元同族と争い合っていた。その理由については、報告書から読み取れたかな?」
尋ねるディンスレイに、副長は素直に首を横に振った。
一応、ディンスレイ自身が作成した報告書には、警句の様な意味も込めては置いたが、汲み取れる人間が多いとも思えない。
なら、それを理解出来なかった副長に対して、ここで伝える事も出来るだろう。
「エラヴはな、他者を恐怖して、それを屈服させる道を選んでしまった。結果、ハルエラヴという、他種族を徹底して排除する種族へと至ってしまったんだ。オルグは、それに対する反発により生まれたに過ぎん」
根本的には、他者への恐怖がエラヴという種族を変えてしまった。それこそ、ブラックテイル号の旅で出会った、シルフェニアの先達とも言える種族の末路である。
その顛末を実感したからこそ、テグロアン副長を除く船内幹部達は、オヌ帝国との和解の道があるのならと、そちらを選んだのだと思う。
「エラヴと同じ失敗を恐れている……という事でしょうか」
「もし、ここで他者を打倒する道を選んでしまえば、向かう道は同じだという実感。もしかしかたら錯覚かもしれんが、それがあの会議に影響があったと……まあ、そう言えるのかもしれんな」
だから、幹部会議の判断がまるっきり正しいとも思わない。ディンスレイ自身、そうであって欲しいという願望が混じっていないとも言い切れないからだ。
「かなり厳しい作戦になると判断したからこそ、私は反対しましたが……狙ってみる価値はあると私も思いますよ」
「すまんな。船員諸君には苦労を掛けている」
もしや副長から慰められたのか?
そんな事を思いながら、やはりディンスレイは苦笑いを浮かべた。
「定期的に、その手の言葉をいただければ遣り甲斐にもなるんですがねぇ」
「ま、今は誰に対しても言うタイミングだからな。幾らでも言ってやろう。別の部屋で拘束されているであろう他の船内幹部や船員達も……無事であれば良いが」
自分の選択で今がある。そういう自覚があるからこそ、ディンスレイは確認出来ない船員達の無事を、ただ祈る他無かった。
ブラックテイルⅡの船医、アンスィ・アロトナにとって、この様な状況というのは不本意極まりが無いものだ。
どの様な状況がそうかと聞かれれば、小さな部屋の中、手枷をされて、強面で角まで生えている男に凄まれている状況の事を言う。しかも一対一である。
「で、ですからぁ……き、聞かれた事には、か、隠し立てとかしていませんのでぇ……」
「なるほど? つまり聞かれたくない事がまだ他にあると?」
椅子に座った状態で拘束されているアンスィの周囲を、男がゆっくり、つかつかと歩きながら質問を繰り返し行ってくる。。
どうやら、この男は虜囚の身となったブラックテイルⅡの船員達の尋問役をしているらしい。
オヌ帝国の人間だろうとは思うが、いったいどういう立場で、どういう性格なのかもいまいち掴めない相手であった。
というより、掴ませない様に努めている風にも見えた。
特に、視界に入らない位置で話しかけて来るのは効果的なので止めて欲しい。
「質問を繰り返そう。いったい、何が目的で、抵抗も無く我々に捕らえられた」
「か、隠していないわけですから、お、同じ事しか言えませんよぉ……ええっと、今、こうなるだろう事が……も、目的? みたいな?」
「そんな馬鹿な話があるか。既にお前達がシルフェニア本国に帝国の情報を渡している事は確認している。これそのものが既に我々にとっては脅威だ。他にも何か……狙っているに違いあるまい」
本音で話をしているというのに、まったく通用しないというのは、本当に何をどうすれば良いかアンスィには分からなくなる。
そもそも、こういう状況にアンスィは不慣れなのだ。
「わ、私はブラックテイルⅡの船医なんですよぉ……そ、そんな、遠大な狙いなんて……さ、さっぱり分かりません……」
「本当にそうか? まだ、話していない事があるんじゃあないか?」
視界に入らないまま、男の声が耳元で聞こえて来る。顔がすぐ近くにあるのか。それともただ声の通りが良いだけか。
それすら分からないため、アンスィは怯える他無い。そもそも、直属の上司から別に何かを隠す必要は無いと言われているから、容易く口だって開く。
「わ、私は船医もしていますが、が、学者でもありましてぇ……と、特に、土中の生物層について、きょ、興味を持っています。こ、今回の任務に就いたのも、な、南方諸国家に広がっている土中の蛇虫の分類をしたかったと申しますか……や、やっぱり国内だけで無く、他国の土地も調べればより多くの事が分かると考えまして、その……」
「学者としての話など胡乱過ぎて聞きたくもない!」
なら何を話せば良いと言うのか。
相手の大声に肩をびくりとさせながら、アンスィは心の中で愚痴を零した。眼鏡だってズレ落ちそうだったが、そこはズレるだけで済んで幸いだ。手枷がされているので、ズレを直す事が出来ないものの。
「私が聞きたいのは、本当に、我々を嵌める狙いがあるのかどうかだ。どうだ? お前自身に心当たりが無くても、何かあるはずだろう。無ければ……今後の無事も保障出来ん」
「そ、それは困りますぅ……け、けどけど、あっ、そうだ。こ、これは聞きましたか? ここで、こうやって、は、話をし続ける事そのものが……目的でもあるって、う、うちの艦長は言っていました」
「他の船員も、その手の話をしていた覚えがあるが……」
既にオヌ帝国に捕らえられて一週間は経過していた。その間、この男は何人もの船員を、今のアンスィと同じ様に尋問し続けているのだろう。
むしろ、男の方の体力に驚きであるが、今は自分自身の無事が優先だとアンスィは考える。
「た、対話をすれば……あ、相手への理解が進む。あ、あなた方にとっては……そ、そういうのは敵対行為なんでしょうが……し、シルフェニアにとっては友好の手段でしてぇ……」
「オヌ帝国の事を知ったところでどうなる。そもそも、私は同じ人間を何度も尋問はしていない。どれだけそれぞれが私の事を知ろうとも、何人かに分けて捕えている以上、知識も共有出来んはずだ」
なるほど。その手の共有を防ぐために、アンスィなどはミニセルと、他に女性船員一人という構成で拘留されていたのか。
今はアンスィ一人が、尋問部屋に連れて来られている状況だが……。
「わ、私達については……そうですが……」
「お前達以外に、いったい誰が知るというんだ」
「あ、あなた達は……し、シルフェニアについて、どんどん知っている……最中でしょう?」
「……」
男が再び歩き出し、漸くアンスィの視界にも入って来た。
意外な事に、その表情は怒りとか睨みとか、そういう表情では無く、何か、動揺している様な顔に見えた。
もっとも、アンスィはその手の他者の表情について、そこまで察しが良いわけでも無いのだが。
「繰り返すが……私達が、お前達の事を知って、何がどうなる。オヌ帝国の潜入員はシルフェニアにも潜んでいる。私がシルフェニアの言葉を話せるというのがその証左だ。ここに来て、新たな発見がある事など―――
「あるんだと、う、うちの艦長は……か、考えているみたい……です。オヌ帝国側がシルフェニアに来ているとして……シルフェニアが……お、オヌ帝国側に来る事に、い、意味はあるんだと……」
無茶苦茶な事を言っているとアンスィ自身思う。だが、他に言える事も無かった。ずっと聞かれた事は答えているし、何かを隠そうともしていない。
それでも伝えていない事を伝えろと言われたら、もはや自分でも理解出来ない事をそのまま話すしか無いではないか。
「艦長……あの男か。ディンスレイ・オルド・クラレイス」
男がアンスィの話で無く、出した言葉に反応した。
恐らく、艦長もこの男に尋問をされたのであろう。そうして、何かあった。それをアンスィは察する。
何せ男の表情は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていたから。
「う、うちの艦長が……な、何か粗相を……?」
「奴はなんだ。いったい何を考え、何を目的に行動している」
「え、ええっと……私への質問……では無さそうですねぇ?」
聞かれても困るが、どうやら男は自問自答している様子だ。アンスィ自身も時々思うが、うちの艦長は他人を悩ます事が定期的にある。
いったい何を考えて? みたいな事を指示してきたり頼んで来たりする。
そうして不思議な事に、その手の指示が良い結果に繋がるのだ。
(つまり、今、こういう状況で、この人がこんな顔をしているのは、艦長の狙い通りって事になるのかな……)
ぼんやりと考えつつ、次に自分はどうすれば良いかをアンスィは考える。
もっとも、それが思い付かないから、ただ聞かれた事を答えているだけなのだが……。
「あのぉ……わ、私、アンスィ・アロトナと言います。と、とりあえず、か、艦長の事はお互い、良く分からないと思いますので、お、お互い、自己紹介から入るのはどうでしょう? そ、そちらのお名前は……?」
もうどうして良いか分からず、お互いの事を知る事が狙いという艦長の指示に従う事にしたアンスィ。
そんな考え無しの発言だと言うのに、何故か、やはり男は表情を変えて来た。
「き、貴様! どういうつもりだ!?」
「え、ええ!?」
それは怒りに近い表情だった。というか実際に怒鳴られたわけだが、アンスィは委縮するより先に疑問符を浮かべる事になった。
「ええっとぉ……? な、何か不味い事でも言ってしまいました……か?」
「くそっ。今回はここまでだ。いったいなんなんだお前達は。艦長も艦長なら部下も部下だ!」
言いつつ、男の方はこの尋問部屋から出て行った。
その背中を見てアンスィは首を傾げる。
男の顔に、何かの気恥ずかしさが見えたのは、アンスィの気のせいだろうか。




