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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と部下と見る景色
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③ 信頼を築くという事

「こういう厄介事が起こると……予想していたという事ですか?」

 換気口の奥へと続くダクトの中で、ひたすら前へと這いずるディンスレイの後ろから、声が聞こえて来る。

 副長のテグロアンの声だ。

 二人して縦に並び、似た様な姿勢でダクトを進んでいるのだから、それ以外の声が聞こえてくる方が怖い。

 もっとも、テグロアン副長の問い掛けだって、それなりに怖い物があった。

「こういう状況で、聞いてくる話題でも無いと思うがな」

「かもしれませんが、重要な事です。あなたの懸念は当たったし、その懸念があったのに、あなたは今、こういう状況を作り出した。矛盾しています」

 確かに、浮島の探索は必ず、何かしら厄介な事を呼び込むというのは、事前に分かって居た事だ。それも理屈では無く、直感の部分で。

 それでも、その直感を含めて、ディンスレイは浮島の調査を決めた。それは何故かとテグロアン副長は知りたいのだろう。

 単純に、この失態はあなたの責任ではないかと非難しているのかもしれない。

 どちらにしても、耳が痛い話ではあった。ただ、この期に及んで後悔はしていないのだ。それを聞けばテグロアン副長は呆れるだろうか?

「存外、今のこの厄介事は、因果の因の部分であって、果の方は良いものが待っているかもしれない。そう思っている自分が居るのだよ。今ですらな」

「楽観に過ぎませんか、それは」

「楽観だとも。なんだったら、この任務を受けた時点で楽観に過ぎる。正体の分からぬ敵国を探るため、未だ謎の多い南方諸国家群の領域を進む。しかもその方法は、シルフェニアにとって未知数極まるワープ技術に寄ると来たものだ。楽観的でなければ仕事を受けん」

「確かに、そういう部分はあります。ですが……」

「逆に聞きたいが……君の方はどうなんだ? 今回の仕事は、波乱だらけで安定から程遠い仕事だというのは、君なら分かりきっていた事だろう? それでも君はブラックテイルⅡの副長という職に就いた。それは何故だ?」

 テグロアンという男の質について、そろそろディンスレイにも分かり始めている。

 彼は現実主義者だ。常識的に物事を見ようと心掛けてもいる。それで居て優秀だ。頭が固いタイプでは無く、ある程度の柔軟性を持った上での優秀さである。

 一見矛盾する二つの性質を持つのがテグロアンという男であり、面白みでもあるとディンスレイは考えていた。

 そんな彼が、無謀で無茶な仕事に就いた理由というのには興味がある。

 そんなディンスレイの疑問とて、この期に及んでの物かもしれないが。

「可能性が高いと思いました」

「ほう?」

 何を? とは聞かない。彼ならどうせすぐに話す。

「端から無茶な状況です。相手の正体の分からぬまま戦争をするというのは。その様な状況で、もっとも勝算が高いと思えたのが……今回の任務です。あらゆる手段でもって、それこそ正常な判断すら捨てて、敵国に直接ぶつかっていくような仕事。それがこのブラックテイルⅡに与えられた任務でしょう? ですが、手段を選ばぬそれだからこそ、シルフェニアにとってもっとも勝算がある。可能性があると考えた」

 何時になく、テグロアン副長の言葉は饒舌だった。彼なりに、今は切羽詰まった状況であるらしい。

 そんな彼の言葉に、ディンスレイは笑った。

「確かに、ワープ技術に寄る作戦というのは、手段を選ばぬものとも表現出来るな」

「ワープだけではありません。あなたもです」

「……私も?」

「あなたをブラックテイルⅡという艦の艦長に選んだ。それにしたところで、手段を選んでいないと感じた。その点は私の好みでもありました」

「好みと来たか」

 危機的状況。余裕すら無い状況。ひたすらに追い詰められ、狭いダクトを進んでいる状況で、漸くテグロアン副長は彼の私的部分を明かして来た。そういう風に思えた。

 それはそれとして、ディンスレイにとっては聞き捨てならぬ事も言われた気がする。

「私は、本来選ばれない手段の一つだと?」

「ええ。それこそ、まだ途上でしかないワープ技術と同じく、危険なものです。事実、今、自ら好き好んで大きな危険を呼び込んでいる」

 だからこそ、テグロアン副長はディンスレイの本音を聞きたいのだろう。ディンスレイに幻滅するため……では無く、ディンスレイという存在に納得出来ないから、それを知るために尋ね続ける。

 何故、自分で失敗する様な未来を選んでいるのかと。お前はそういう性質の人間では無いのではないかと。

「買い被り過ぎだ……などと謙遜するのは、部下を持つ上司としては些か自信の無い返事になるな。だからこう答えようか。存外、今ですら、手段を選ばない正解の道を進んでいるのかもしれんぞ?」

「この、今の状況が、どう正解だと?」

 艦長と副長。ブラックテイルⅡのトップ二人が、ダクトの中を這って進んでいる。確かに、良い未来を期待出来る状況ではあるまい。

 だが、進む道が間違っているなどと誰が決めた。

「今、こうやって君の性格が知れて来ている。君だって私への理解が進んでいるはずだ。普段の会話だと様子を伺う様な会話ばかりだが……今はもう少し踏み込んだものとなっているだろう? 今の状況でなければそれは無理だった」

「ただの成り行きでしょうに」

「かもな。そうして、今、奴らをこうやって知れる位置に来たのも成り行きだ。少し喋るのを止めよう」

 言いつつ、ディンスレイは這うのを一旦止めて、その光景を見る。

 丁度、ダクト内から外に出るための、穴の開いた蓋がある位置に来たのだ。

 外はブラックテイルⅡの廊下に位置するが、丁度良く、そこにブラックテイルⅡに侵入したらしき連中の姿があった。

 ダクトは廊下の壁の、天井付近に位置している。そこから見下ろす形で、廊下に立っている侵入者の姿が見えるのだ。

 向こうからは、わざわざ視線を上にして、目を凝らさなければ分からない位置関係。観察するには都合の良い状況だと言える。

「᧚wg᧗ᦰᦝᦆN᧞e。yl᧎vD」

「ᦤᧈᦚᦏᦽ」

 人数は二人。いや、その二人に縄で拘束されたらしき、船員が一人。

 計三人がとりあえず見えた。

 船員は勿論、見知った顔であるし、今は状況が状況なので焦りの表情を見せていた。

 つまり、拘束されているが生きている。

 一方、喋っている侵入者二人であるが、その声はメインブリッジの扉を破ろうとしていたあの声と言語は同じに聞こえた。

 意味は分からないので、あくまで印象としての話だが……。

「副長、君も見てみろ」

「……」

 ディンスレイは侵入者に聞こえぬ程度の小声でテグロアン副長に話し掛け、自分は少し前に進んだ。今度はテグロアン副長にその光景を観察させるためだ。

 二人して数分の間だが、その光景を見た。そうして再度、ダクトを進む。

「なぁ? 存外、こういう状況ですら……いや、こういう状況でなければ分からぬ事というのもあるだろう?」

「今の光景の……どこにですか?」

「見て分かっただろうに。奴らは別に、化け物では無い」

 メインブリッジの中から、一瞬見た時は、奇形の怪物に思えたものだが、その実、ただの見間違いである事が分かった。

 目が一つしか無いと思ったのは、彼らの文化に寄るものか、目の片方を隠す髪型をしているからだ。

 だが、揺れる髪の間から、確かにもう一方の目があった。大きな足については、確かに大きかったが、あくまで片方の足がより鍛え上げられているという印象に寄るものだった。もう片方がそれに比べて細いから、どうにも怪物みたいな巨大な足だと錯覚したのだ。

「非常に、変わった文化をしている事は分かりますが」

「そう、文化だ。彼らには言葉も独自の文化も、命に価値があるという考え方だってある。船員を拘束し、しかし殺してはいない事がそれを証明している。わざわざ人員を割いて見張っているのもその証左だろうさ」

「あの光景だけがすべてでは無いでしょう」

「だが、今のところ、私にとってはあの光景がすべてだ。だからこそ、今、進んでいる場所もまた、正解だと思っているのさ」

「どこにです?」

 そう言えば、まだ伝えていなかったか。

 現在進行形でバタバタと忙しい事態なので、テグロアン副長には悪い事をしていると思う。

「私はな、一度、彼らと話してみたくなった。誰であろうと話せば分かるなどと夢見がちな事を言うつもりは無いが、彼らに関しては、話をする事で始めてみたい」

「では……向かっている先はララリート補佐観測士の元にですか?」

 話し合いから始めてみたいという事に対しては、テグロアン副長は反論して来なかった。

 彼の何かに、ディンスレイの考え方の利が伝わったのか。それとも、やはり呆れられたのか。

 何にせよ、進む先は決まった。

「出来れば、ララリート君と出会えれば良いが、彼女が艦内のどこに居るか分かったものでは無いからな。彼女自身の部屋に居る可能性が高いだろうが、他の場所で拘束されている可能性もある。だからこそ、少々危険だが、彼らと確実に話せる手段を取らせて貰う」

「それは……」

「分かるだろう? 副長? この艦には、まだ奥の手がある。それも飛び切り危険なものが」

 ディンスレイがその言葉を、どういう表情で言っているか。テグロアン副長には分かるだろうか。

 彼なりに、色々考えを巡らせているのなら、言った甲斐があるというものだった。




 ダクトの形、大きさ、長さ。それらをブラックテイルⅡの図面で知っていたディンスレイと言えども、実際に進み続ければ印象は変わる。

 どういう印象に変わったかと言えば、やはりそこは人が進むべき場所では無いという事。

「空気が籠るな、副長。思うんだが、ダクトはもう少し大きくした方が良いかもしれない」

「艦内の全域に通っているダクトをですか? それだけで、艦が不要に大きくなります」

「だが、今の我々にとっては快適となる改善点だ」

「我々の後に続いてダクトを進む人間にとってもでしょう。今後、飛空艦の設計に対する軍人からの要望聴取などがあれば、意見の一つとして答えておきます」

「そうしてくれると幸いだな」

 何か、心境の変化があったわけでは無いが、こういう不快な環境だからこそ、副長と冗談を言い合いが出来る様になっていた。

 距離が縮まったと考えるべきだろうか? それとも、テグロアン副長とて、精神的に追い詰められる事があるのだ。

 何にせよ、今のこの狭いダクトの中という状況は、そろそろ改善しそうだ。

「よし、確かここだ。侵入者が居ない事を祈るが……よっと」

 ダクトを進みながら、漸く目的の場所へと辿り着く。

 そこはダクトの狭さよりマシだが、それにしたって狭い部屋だった。ディンスレイとテグロアンが二人、ダクトから降りて来るだけでも、息苦しさを覚えてしまうそんな部屋。

 もっとも、それにしたところでダクトよりマシだ。

「まさか、わざわざあの様な場所を通って、ここに来る事があるとは、考えもしていませんでした」

「想像力が不足しているぞ、副長。私なんぞは……まあ、ダクトの中はいざとなれば通れるだろうな程度は考えた事がある。うん」

 だが、今居る場所。

 シルフェニア本国との通信室の出入口として使おうなどとは考えていなかった。

 この場所こそ、侵入者に対して選べる方法の一つである。

「しかし、ここを使うというのは、緊急時において危険な方法なのでは?」

「緊急時だからこそ、危険な方法を使うのだろう? 一応確認だが、ここで何をするかは分かって居るな?」

 部屋の中に侵入者が居ない事を確認した後、ディンスレイは内部にある機器を操作し始める。

 それは正規の使い方に寄るものもあれば、単なる通信手段として使う場合は操作禁止とされている操作盤に関してもまた、ディンスレイは動かし始めて居た。

 また、そんなディンスレイへの返答である様に、テグロアン副長も機器の操作を始める。

 この通信室はブラックテイルⅡ内部でも重要な場所であるため、その操作方法に関しては、十分に学んでいるらしかった。

「長距離通信。遥か離れたシルフェニア本国と通信を繋ぐ技術というのは、実際には言葉をそのまま伝えているわけでは無い……事くらいは十分に理解しています」

「その通り。その本質は、オルグやハルエラヴがやっていた機械に寄るテレパスだ。口から発声する言葉では無く、さりとてサオリ国の人間の様な身振り手振りによる意思疎通とも違う。シルフェニア本国においても仮説として提唱されている、心の一部を相手へ伝達できる力。そういうものがある前提で、この機械は作られているわけだな」

 増幅機と受信機を兼ねたもの……という説明を受けている。

 まだ仮説でしか語られていなかった力を実際の技術で使っているというのは驚異的と言えるが、シルフェニア側との会話を思い出せば、単なる通信機器でしか無いという印象があった。

「正規の使用ですら試験運用を兼ねたものです。これからそれとは違う想定外の現象を引き起こすつもりなのですから、私としては反対です」

「うん。私がやろうとしている事はしっかり理解してくれているみたいで幸いだ」

 テグロアン副長の言った通り、ディンスレイはこの部屋にある機器を、用途外の目的で使うつもりなのだ。

 そうして、危険だから反対だと言うテグロアン副長の言葉は正しい。

「君が正しく現状を認識しているなら、ここで尋ねる事が出来るな」

 ディンスレイはそう言ってから作業の手を止めた。

 いや、もう殆ど作業は終わったのだ。

「私に……何を聞くつもりなのですか?」

 作業を止めたのはテグロアン副長も同じだった。

 彼にしたところで、ここが最後の一線だろうと判断したのだと思う。

 だから面と向かって、ディンスレイはブラックテイルⅡの副長に尋ねる。

「今は、危険を冒さなければならない状況かどうか。重要なのはそこだ。君はどう思う?」

「……まるで選択肢が私にあるという風に言いますね」

「君と私、勿論、それぞれにあるさ。やるかやらないかだ。私はやると決めた。そうしてこれは艦長命令だ」

「……」

 ここに来て、テグロアン副長の表情は変わった。

 いや、何時もの感情の分からぬそれ。だが、今はそれが意思表示にも思えた。

 これは何かを諦めた様な表情だ。

 それが今、漸くディンスレイには分かった。ディンスレイはこのテグロアンという男の本質、その一端を掴んだ様な気がする。

 彼は恐らく、とても優秀で、相応に信念があるタイプなのだ。

 そうして、その才能も考え方も、所詮は大きな組織の中では大した存在では無いと学んだ、そういう人間。

 だからこそ、彼は組織のパーツとして生きる事を選んだのだろう。それが最適だと考えられる才覚と、最適であればそれで良いかと結論を出せるだけの考え方が出来たから。

 それはきっと、正しい選択の一つではある。組織の中で生きるというのは、それが求められる場面が多いだろうから。

 けれど今、ディンスレイ相手にもそれをしようしているなら間違いだ。

「命令だ。君だけの判断で、成否を考えてくれ。私が命じたからそれをしたら良いというのを私は求めない。今、必要なのは、私と君の考えが合致する事だ。君が私に従うのでは無く、私が君を従わせるのでも無い。今、ここに二人しかいないから、二人で決めなければならない。そういう命令だ」

 ディンスレイはそんな言葉をテグロアン副長に向けた。

 今、やろうとしているのは危険で、結果が良いものになるかどうかも分からない、そんな行動である。

 ならせめて、相談は出来るだけし尽くすべきなのだ。

「……私の判断かどうか。ですか」

 テグロアン副長の表情は変わらなかったはずだが、どうしてかディンスレイには変化したように見えた。

 この鉄面皮を幾らか傷つけてやったぞと、状況が状況なら笑いたいところであったが、今はその余裕は無い。

「答えは早くだ。というか今すぐだぞ。足音が近づいて来た。この部屋に人がいる事がバレたみたいだな」

 冷や汗が頬を伝う。本当に、もう十数秒しか時間が無い。そんな時間しか目の前の男にやれない事への申し訳無さもある。

 だが、そんな後悔だって文字通り後の祭り。

 何せ後はただ、テグロアン副長の手元にあるスイッチ一つを押すだけで、すべては終わるのだ。

 テグロアン副長が何をどう決めるか。それで今、この場での結果も決まる。

 通信室の扉が開き、ブラックテイルⅡ内部を占領しつつある侵入者の姿が見えた。

 そうしてその声が聞こえる。

「ᦏᦋᦈqまᦻLᦝ᧓ᦌᦹら! ᦑᦅで何を3ᦑ! 暴れず大人しくしろ!」

 その侵入者の声が、ディンスレイには、確かに意味を持った言葉として伝わる。

「はっ。良い決断力だな、副長」

「時間が無かったもので、私も、直感で判断させていただきました」

 こんな状況だというのに、ディンスレイは笑っていた。テグロアン副長の方は……やはり変わらない表情であったものの、ディンスレイはその表情を、何かの気が晴れたものだと、勝手に判断させて貰う事にする。

 何せ、やはり時間が無いのだから。

「お、お前達……俺達の言葉を……話せるのか?」

 そう尋ねて来る侵入者に対して、これから言葉を交わす必要がる。

 何よりまず、今はそれを優先させて貰う事にした。

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