④ 言葉を多く持つ者
ララリート・イシイにとって、今日、この日こそ、ブラックテイルⅡの船員となったという気がする。そんな日になっていた。
もっとも、それは想像よりは素晴らしいものとは言えなかった。
(耳を澄ます。顔では愛想良く。声に出すのは当たり障りなく)
頭の中でそんな事を考えつつ、ララリートは実行する様に努力を続けている。
このタギギの街を案内されながら巡り、そろそろ夕暮れに差し掛かる中、ララリートは人生で最大級に頭と表情を働かせていた。要するに体力を消耗し続けていたのである。
「我々の文化では、夕暮れから夜に差し掛かる頃が、もっとも素晴らしい時間。この時間に相応しい様に街も家も作られている……だそうです」
「え、ええ。そう? うん。それはとても……独特よね? 暗くなってからが本番って事になって……いえ、向こうに無理して通訳しなくても良いんだからね? ララリートちゃん」
「大丈夫です。ミニセルさん。わたし、上手くやれてる、はずです」
サオリ国の兵隊であるリグレブからの話を頭の中で翻訳し、ミニセルにシルフェニアの言葉で伝えながら、一方、出来る限り早くミニセルからの返答を、同じ要領でリグレブへも伝える。
それ自体は昼からしている事であったが、これに平行して、今はさらに耳を澄まし、別の声も頭の中に取り入れ続けている。
これが予想以上にキツい。
(狙い通り……やっぱりこの国の人たちは、言葉以外でも会話をしてる……それは分かったけど……)
その会話がどれも分かりやすく、さらに有用なものとはとても言えなかった。
当たり前の話として、身振り手振りや表情だけの言葉というのは、なかなか慣れぬものであるし、その会話にしたところで、大半は雑談の延長だ。
(明日の予定だったり、近所の人の噂だったり……そういう話ばかり……当たり前だよね……)
人間、重要かつ重大な話なんて早々するはずが無かった。さらに言えば、彼らが身振り手振りでする会話というのは単純なものが多い。
(多分、簡単な感情を伝えるみたいなのをそっちでしていて、複雑な表現が必要な場合に言葉を発する……みたいな事をしてる? と思う)
自分の才能を活かすために、士官学校では言語学を良く良く勉強していた。幾らか、モノにしたと思いたいところであり、今の、この瞬間も幾らか仮説を立てられる。
だが、そんな行為も頭を働かせる作業のため、身体を激しく動かしていないというのに息が乱れるのを感じた。
だが、それを表に出す事は出来ない。
「リグレブさん。さっきの話について、ミニセルさんが、暗い方が皆さん活発になるのかと聞いています」
「おお。そちらではそうでは無いのですか? 我々にとって夜の入り口というのはもっとも気持ちが入ると言えば良いのか……あれです。元気が出る」
リグレブの返答は、表現の問題なのか、子どもっぽい言い回しに聞こえた。時々、リグレブの言葉がこう聞こえる時があるのだ。
ララリート側の能力の問題なのか、それとも、自分のスペシャルトーカーの能力がそれをそう聞かせているのか。
(これにも、何か、意味が、あったり?)
頭の奥がちかちかしてくる感覚。実際、眩暈を感じているのだろうかこれは。
考えなければならない事が増えている。どれもが大事そうで、どれもが価値が無さそう。だが、弱音を吐かず、目の前の仕事をすべてしてなければ。自分はブラックテイルⅡの船員なのだから。
そういうプライドだけが今、ララリートを支えて―――
「取捨選択が必要だ」
「え?」
ディンスレイ艦長が、シルフェニアの言葉で、明後日の方を向きながら、そんな言葉を漏らして来た。
「情報はあればあるほど良いというものではない。自分の中で溢れ出しそうになった瞬間に、いっそ無駄だと思えるものを全て捨ててしまうと、想像とは違う、何かが残る。それが新しい見地をもたらしてくれたりするものだ」
「おや? 何か言いましたか?」
「おっと、リグレブ殿。すまない。君の言う夕方頃の街の景色というのを味わってみると、確かに感動出来るものだなと思っていたところでな」
「なるほど。シルフェニアの方にそう思っていただけたのならば幸いです」
すぐに、何事も無かったかの様に場を誤魔化し、世間話を再開するディンスレイ艦長。
それを見て、聞いて、ララリートは思う。
(わたしへの助言なんだ。溢れ出しそうな情報の中から、いらないと思うものを捨てて行く……)
ここでディンスレイ艦長が助力してくれた事への恥は、今は考えないでおく。仕事とはきっと、そういうものなのだろう。いざ、不足が生まれれば、頼れるものを頼って良い。そんな意図だってさっきの言葉にはあったかもしれない。
だからこそ、その助言に従い、さっきまで考え続けていた事を捨てて行く。
(街の人々の言葉は、やっぱりどうでも良いものが多いから、もう聞かないでおく。リグレブさんの言葉も、身振り手振りの方では単純な事しか言って無いから、深く考える必要は無い。わたしの能力だって……今はこの状態が精一杯。それ以上をすぐに望むなんて贅沢で無駄……なら、今、残るものってなぁに?)
何も残らないのでは無いか? さっきまでしていた自分の努力、仕事とて無為だ。何も得られない。新しい情報なんて得られはしない。
すべてが無駄で、無言の……無言?
(……この人、そういえば身振り手振りでも、何も話してない。そんなのってある?)
ララリートは、ふと視線を向けそうになるのを我慢した。
もし、我慢が効かなければきっと、そちらの方を見ていた事だろう。
自分達の監視役として同行しているリグレブ以外の兵隊、確かアルガンと言ったか。
街を案内する役目をリグレブにだけ任して、彼はララリート達の監視に集中しているのかとも思えたが、サオリ国の人間が言外での意思疎通を行えるという事を考えると、それはむしろ異様だった。
(監視目的で、こっちに意図を知らせないために喋らないんだったら、喋らないで出来る会話はむしろ積極的に行うんじゃないの?)
そんな疑問符が浮かんで来た。
アルガンが正しく兵隊なのだとしたら、それこそ、同僚であるリグレブと積極的に意思疎通を行うのではないか。
せっかく、ララリート達に察する事が出来ない会話方法が出来ているというのだから。
「あの……」
頭から色々な考え事を洗い流した結果、ただ一つ残った疑問に対して、ララリートの中に積極性が生まれていた。
いっそ、切羽詰まっていた状態から、余裕が出来、その余裕を無謀と勇気で埋め尽くしてしまった感じ。
具体的には、黙ったままのアルガンに対して、さっそく話し掛けたのである。
「……」
アルガンにこちらの声が聞こえなかったわけでも無いだろう。彼はララリートの方を向いてくるが、今までと同様、言葉を発しては来なかった。
「あなた、アルガンさんでしたよね? あなたも、この夜に入って行く景色って好きですか?」
ごく自然に、ずっと黙っているから気になった。という風に話し掛けた。
それは上手く演技出来たというより、素朴に言葉の一つでも聞いてみたいと思っていたので、本心からのものとなる。
そうして、ララリートが話しかけた以上、さすがにアルガンの方も言葉を返して来た。
「ああ」
それだけだった。
それだけの、ただの返事をしてきた。そのはずだった。
だが、どうしてかララリートは腰を抜かしそうになった。
咄嗟に、近くに立っていたディンスレイ艦長の腕に縋りつく。
情けない話だが、それをしなければ立っていられないくらいに、ララリートは衝撃を受けたのだ。
「ララリート君?」
勿論、ディンスレイ艦長の方はいきなり縋りついて来たララリートに困惑していた。
だからこそ伝えなければならない。ララリートはそう思った。今、起こった事を。
だがララリートがそれを言葉にするより早く、反応があった。
「どうやら、彼女は疲れた様子ですね。今日の見学はこれくらいにしては? 一応、明日も同じ様に街の見学をする……という話でしたよね?」
まるでララリートがこうなる事も予想していたかの様に、素早く、リグレブが対応してきた。
ディンスレイ艦長は彼の言葉を聞き、どうするべきか考えたみたいだが、最後にララリートの方を見て答えを出したらしい。
「ああ。我々にとって、夜は歩き難い時間だからな。今日はこれくらいで、明日のために休養を取りたいと思う。今日はありがとうリグレブ殿。明日も、お二人が我々の応対を?」
「その予定です。よろしくお願いします。ディンスレイ殿」
言葉を交わし合う二人を見つめつつ、自分は何か、失敗したのかもとララリートは怯えそうになるが、その背中を、ミニセルが叩いて来た。
「これからよ、ララリートちゃん。あなたが感じた事を、どう伝えるか。それで今後、どうするか決まる事になる。今はそういうタイミング」
「……はい」
それは励ましの言葉だったかもしれないが、ララリートにとっての本番はこれからである事を伝えて来ていた。
そう信じる事で、なんとかララリートは抜けた腰を立て直す。そうだ。これからだ。自分が発見した、ディンスレイ艦長にもミニセルにも気付けなかった事について伝える。
それがどういう結果に至るか、それはまだ分からないが……。
未知との出会いが好きな自分にとって、街を案内される側になるというのは、役得な立場だと思っていたディンスレイであるが、帰ってすぐに幹部会議の予定が入って来るのを考えると、行動し続けるというのも考え物だなと思えてしまう。
「もっとも、今は休む気がまったく起きないのだがね」
と、ブラックテイルⅡの会議室で声を発した時間は、もうすっかり夜になった時間帯であった。
ブラックテイルⅡ内部は照明もきちんとあって、夜であろうと仕事は出来るのであるが、多少、集まった船内幹部の目に疲れが見えていた。
「か、艦長が元気なのは、よろしい事だと思いますが……船員の疲労の蓄積は……わ、忘れない方が良い……かと」
「組織運営をするトップがワンマンだと、ついつい他人の能力を自分基準で考えがちだからな。だから諸君には、私の顔など伺わず、言いたい事を言ってくる立場というのを期待したいところだよ船医殿」
一番覇気の無さそうなアンスィに対して笑って答えながら、幹部会議が始まる。
こういう会話で勢いを付けなければ、疲れた表情のまま、疲れる会話が続きそうだった。
「で、現状報告って形になるとオレは思ってるんですが、この予想は外れそうですかい?」
「半分当たりだな整備班長」
「もう半分は外れたかー……」
手を頭の後ろにやって、背もたれに身体を預けだすガニ整備班長。長丁場になりそうだと既に予想を始めているらしい。
「それを話す前に整備班長に聞いて置きたいのだが、再ワープが出来るまでの時間はもう出ているか?」
「明日中、ですな。明日のどこかで、ブラックテイルⅡは再ワープ準備完了する。それも結構早い段階で」
「つまり、この国に滞在するのは明日一日が限度。それを皆も認識して欲しい」
「ワープは可能だけど、もう少し居る……って形にはならないって事ですか?」
挙手してテリアン主任観測士が発言する。
普段、メインブリッジでディンスレイの判断を見ているからか、期限を短く切って調査を行うというのは、何時もと違うと感じたらしい。
「優先順位の問題だよ主任観測士。サオリ国の調査と言っても、敵国関連についてのものだ。初日の報告をさっそくさせて貰うと、監視と思惑くらいは感じられたが、敵国の影というものは見つけられなかった。向こうの警戒にしたところで、我々を単純に恐れていると言われればそれで納得も出来るだろう」
たった一日ではそんな事しか分からない。それは当然だろうが、では何日掛れば判断出来るというのか。
そこに区切りを付けるものこそが、ワープの使用が出来るまでという事になる。
「なんともまあ、時間に追われる仕事ですね。あと一日なら、僕が街を観光する時間は無さそうだ」
「残念ながらな、主任観測士。だが、その一日で出来る事はあるかもしれない。それを今日中に判断しておきたくて、この夜中に皆を集めさせて貰った」
「確か、補佐観測士が何かを発見した……との事でしたね?」
テグロアン副長がさっそく話題に出して来たので、続いてディンスレイはミニセルに視線を向けた。
「ララリート補佐観測士の発見についてだが、非常に感覚的な話でな。それなら、ミニセル君が説明した方がより理解し易いと思うのだが」
「ここに来てあたし? うーん。どうなのかしら。わたしなりの言葉でしか言えないけれど、そうね。ララリートちゃんは……あたし達を監視していた兵隊のうちの一人の言葉に驚いたみたいなのよね、それも腰を抜かすくらいに」
「そりゃあ気の弱いこって」
「そんなタマじゃないの知ってるでしょうがおっさん。驚いたってのは文字通り、びくってしたって事よ。いきなりワッて大声で話し掛けられたら驚くでしょう?」
「サオリ国の兵隊がそんな子どもっぽい事をしたってのか?」
ミニセルの話に疑わし気な目線と言葉を向けるガニ整備班長。これは何時も通りの様子なので見守るに限る。
それに、これから茶々を入れられる様な単純な話でも無くなって来るだろう。
「それがその子どもっぽい事? したみたいなのよね。声を張り上げたわけじゃあないのよ? ただ、ほら、もう説明されてるけど、サオリ国の人達って、声での会話以外にも、身振り手振りのそれが出来るわけでしょ? なんというか、そっちの方の声が大きかった……らしいわよ?」
「身振り手振りって、こう……こーんな感じですか?」
テリアン主任観測士が両腕を大きく広げるジェスチャーをする。誰だって、それを見て腰を抜かす程に驚いたりはしない。
「そ、そんな動きで驚いていると……ひ、日頃から、び、びくびく生活しなきゃなりません……ねぇ……?」
日頃からびくびくしているアンスィに言われるとなかなか心に来る言葉である。
勿論、ララリートという少女がそんな臆病であるはずが無い事を皆知っている。だからディンスレイが直々に注釈を入れた。
「この点、重要な事はだ。あくまでララリート君は言語として感じ取れるものについて、当たり前の言語として解釈する能力に優れているというだけで、他者より過敏に反応するというわけでは無いという事だろう。つまり、それが驚く程の声に聞こえたというのは、その話者側に原因があるわけだな」
件の兵隊、アルガンという名のサオリ国人の言葉に、何かあるのだ。ララリートの反応からそれが分かった。
「けどですなぁ、艦長。身振りだけでその大声を出すってのは……その……どういうものなんです? 艦長だって見たんでしょう?」
「集中して見たわけでは無い。つまり、集中して見なければ気付けない程度の動きしかしていなかった……と思うんだが、ミニセル君の方はどうだった?」
「あたしだって同じ。変わった様な動きはしていなかったと思う」
もはやこれは、サオリ国の言葉に精通していなければ判断が付かない部分だろう。
サオリ国の言葉を一応話す事が出来るディンスレイであるが、身振りにまで意味を含ませたり読み取る事は出来ない。
「言っちゃあなんですが、うちの補佐観測士の勘違い……ってわけでは……無いですよね?」
「うちのと来たか、主任観測士」
「そりゃあ僕の部下じゃないですか。違います?」
違わない。違わないので、あまりツッコめないところが悩ましい。これはディンスレイ個人の感情なので抑え込むしか無いのも、また口惜しいところである。
なので、今回の議題に関わらせて言葉を挟ませて貰う。
「彼女のスペシャルトーカーとしての技能は保障する。言語学についても、相応に学びつつある。我々より詳しい部分もあるだろうさ。だからこそ言えるのだが……彼女にそう聞こえた以上、サオリ国の人間にもそう聞こえるはずだ」
「……」
街中で、突然に、大声を発したという事。他にその様な声を発する人間が居ないからこそ、ララリートも驚いたわけだが、そんな光景を解釈すると、やはり異様と言う他無い。
だからこそ皆、その光景を想像して沈黙したのだろう。
その沈黙を破ったのはテグロアン副長である。
「ワッパーかもしれません」
「なんだと?」
「ワッパーです。私も出会った事はありませんが、以前、サオリ国にて情報収集活動をしていた際、その言葉で表現出来る人種か時折現れる……との話を聞いた事があります。ワッパーはこの国で特別視され、ある種の……信仰対象になっている事までは掴みました」
テグロアン副長の言葉を聞いて、思うところは幾つもあった。
そもそも、自分から情報収集活動を他国でしていたとこの場で明かすのはどうかと思うが、それは一旦飲み込んでおく。
その事自体は既に聞かされていたからだ。
お前はいったいどういう存在なんだとも聞かない。それは言われずとも悟るのが艦長というものだろう。
なので聞くのは、テグロアン副長が言い出した、ワッパーという言葉についてである。
「そもそも、ワッパーというのは人の属性である事は分かるが、どういう存在なんだ? さっきまでの話と関わる事なのだろうか?」
「説明する上で、迂遠な部分から話をさせていただきますが、サオリ国の人間が言葉以外での意思疎通が出来るという事は、以前から分かっていた事です」
「彼らの察しが良いという部分だな。今回、それは身振り手振りへの受け取り方が言語体系にまでなっているという事に寄るものだと、ララリート君の能力で分かったわけだが」
「はい。彼らはサオリ国の人間同士だけで無く、その他の他者に関しても、その身体の動きで何かしらの感情を読み取る事が出来るのでしょう。こういう能力は、言ってみれば有り得る話です。そういう文化、進化がこの大地では起こり得る。さらに言えば、その能力を鍛え、伸ばすという方向も有り得ます。それこそがサオリ国という国であるわけです」
この世界は広い。それは色々な人種が居るという意味では無く、文字通り、声を発しての意思疎通だけでは届かない距離にまで世界は広がっているという事だ。
身振り手振り。それはつまり、耳で聞くのでは無く目で見える距離での意思疎通への試みだ。その部分を発展させる種族というのも、勿論、居るのだろう。
「考えてみてください。そういう発展の仕方をする種族にとって、他人の動作や自分の動作に、多くの意味を感じたり、与えたりする事は、生存に有利となります」
「つ、つまりその……せ、世代を重ねる毎に、些細な動きに、どんどん意味を与え始める……という事……でしょうか?」
「さすがアンスィ船医。理解が早くて助かります。その種族にとって、それは生存するに必須の能力となるのですから、ある時点まで、その能力は高まり続ける」
生物学者であるアンスィより余程その手の話に詳しい様に話を続けるテグロアン副長。もっとも、彼の言葉使いを考えれば、それは学者の弁というよりは。相手の存在をより知るための解説書みたいなものに思える。
(まあつまり、政治的な話なのかな? これは)
サオリ国という文化が違う相手との付き合い方。テグロアン副長はそれを探るために、シルフェニア国軍によりサオリ国へと送り込まれたのかもしれない。
そうして、その経験が今、発揮されている。
ディンスレイはそれに乗ってみる事にした。
「ある時点。君が言うそれは何となく分かる。つまり、生存に有効であったはずの能力が過剰になる時点という奴だな?」
「ええ。武器や防具となる角を手に入れた動物が居たとして、その角は世代を重ねるに従い、どんどん大きく、鋭くなる。数だって増えて……ある時点で、邪魔になる。そういう進化もあります。そうして、直に種族として適正な形へと落ち着く。サオリ国においても、そういう進化があり、そうして今の言語体系へと落ち着いたと考えられます」
言葉と身体の動きによる会話。そのバランスの良さこそ、今のサオリ国における強みなのだと思われる。
「しかしですなぁ、副長さん。そりゃあ聞いててタメになる話なんでしょうが、そこからどうワッパー? ってやつに繋がるんで?」
テグロアン副長の解説に関して、その手の話が苦手なのか、ガニ整備班長がいい加減焦れて来たらしい。
テグロアン副長もそれを察してから、核心となる話を始めた。
「先祖返りですよ」
「先祖……?」
「ええ。今のサオリ国の人間よりもっと、多くの言葉をその身の動きに秘め、他者からもそれを読み取れる人種。それをワッパーと言うそうです。言った通り、私も実際にあった事はありません。ですが、噂で聞く限りは危険だと感じました。本当に居たとしたら、私が以前、諜報活動をしていた事も、言葉にする前にバレてしまうかもと」
だからこそ、テグロアン副長は街の見学に同行しなかったのか。そのワッパーなる人種が本当に居た場合を警戒して。
「諜報だのなんだの、その手の話も、幹部会議では付き物なんです? これ?」
「ああ。付き物だ。そう思え主任観測士。そうして、それに伴う副長の警戒は当たった事になる……恐らくな」
「アルガンって男が、そのワッパーだって思うの? 艦長?」
「君はどうだミニセル君。さっきまでの副長の話の印象と、ララリート君が感じたアルガンという男の声……繋がるものが有るとは思わんか」
アルガンはララリートに返事をしたのだという。そのただの返事に、大量の情報が込められていた。だからこそ、ララリートは腰を抜かしたのだ。突然、大声を掛けられた時の様に、その量に驚く他無かった。
「ただの一言。それも大した声量じゃないっていうのに、理解出来る相手を混乱させるくらいの声を発する事が出来る。ワッパーって存在を知らないあたしにとっても、それだけで何か……伝説的よね?」
「サオリ国の人間にしても特殊なタイプだ。それだけは断言出来るだろうな。ララリート君が他にその手の人間を見ていない以上、少なくとも、多くは無い」
ワッパー。とりあえず、そういう人種であると今のところ仮定しても良いだろう。
「ふーむ。とりあえず、偉い相手と出会えたってわけですがね。オレとしては、それがどうなるのか。そこらへんが気になりますが……何かあるんですか?」
なかなか嫌味に近いガニ整備班長の言葉であったが、本質的な部分を突いているからこそ、嫌味になっているとも言える。
「確かに、珍しい存在を見つけた。これは前回のブラックテイル号の仕事であれば、なかなかの成果だと言える。が、今回に関して言えば、そこで終わるというのは無駄骨にもなるな」
敵国の影がそこにあるか? その問い掛けに関しては、今のところ、無関係だと言わざるを得ない。
「果たしてそうでしょうか? 私が以前、この国に訪れた折には、探ろうとしたところで出会えなかった人種です。それなりにサオリ国内で秘匿されている存在のはず」
テグロアン副長にとっては、今、この瞬間に思うところが生まれているらしい。そうしてそれは彼だけではあるまい。
「都合良く、今回は偶然出会えた。それは考え辛いですよね。僕達は突然の訪問者。ずけずけと国内に入り込んだシルフェニアの住民で……むしろその手のは隠す気がする」
テリアンもノリが良くなってきた。
会議の場において、慎重さより素朴な感情から来る言葉を出して来ている。
そうだ。未知が多い場においては、それが大切なのだ。
「わ、私達が来たからこそ……だったり?」
「そりゃあどういう事だい? 船医さんよ。オレ達がシルフェニアの人間だからこそ、どうなる?」
「そ、それは……ど、どうなるんでしょうねぇ……?」
素朴な感想が行き交う場であれとは思ったものの、あまりそればかりだと、今のアンスィとガニの様に、答えの無いやり取りに終始してしまうらしい。
だから、ここはディンスレイが答えを出すタイミングだろう。実際、今回の会議は煮詰まって来た。
ある答えが一つ、ディンスレイの頭の中に思い浮かんで来たのだ。
「接触しようとしている」
「艦長……?」
「サオリ国側が、正規の方法で無いやり方で、こっちと対話しようとしているのじゃあないか? これは? 聞く限り、ワッパーは通常の言葉以上にその意思を相手に伝える事が出来る。そのワッパーが、偶然そこに居たわけでは無いとすれば、勿論、向こうが狙って、そこに配置した事になる。違うか?」
現在、ブラックテイルⅡはサオリ国に突然接触してきた迷惑な来客。
そうこちらは認識しているが、サオリ国側にとっては少し違うのでは無いか? ワープという機能を使った以上、突然にやってきたシルフェニアという国の存在である事は変わらない。
だが、それは迷惑では無く……サオリ国にとって、何らかの接触を持たなければならない相手であったのでは無いか?
「些か、事態を楽天的に見ている気もしますが」
「副長。これは楽天的というよりかは、警戒すべき事象だよ。一般的では無い状況に巻き込まれているんだ。向こうは突然の客に対して、普段は秘匿すべき存在をぶつけて来ている。何か……起こっているんだ。サオリ国側で。それに我々も巻き込まれようとしている」
ワッパーの存在はその符丁だ。ディンスレイの答えとしてはそうなるだろう。
「他に、私の予想以外で上手い具合に事態を説明出来るものは無いだろうか? 対案が無ければ、会議はここで終わるぞ」
「待ちなさいって。それが答えだったところで、終わりじゃないでしょう艦長? そうだったとして、どうするかよ、あたし達」
「だろうな。一応、答えを決めたところで、決を採るべきだろう。サオリ国からの接触に、乗るかどうかを」
ディンスレイは会議に集まった面々を見て、やはり会議はここで終わりかもしれないと思った。
全員の意見は既に決まっている様に見えたからだ。
「向こうから接触して来てるってのが事実なら、オレ達の立場なら、有難く思うべきかもしれませんが……」
こういう選択の時、慎重さを選ぶガニ整備班長ですら、好都合と考えているのだ。ワッパーであろうアルガンという兵隊と、明日も接触出来るのなら、サオリ国に探りを入れるというブラックテイルⅡの目的とも合致する。
何より明日中という期限があるのなら、挑める状況というのは今、それしか無い。
「けど、接触するって言っても、アルガンって兵隊の言葉を受け止められる人間はこっちに……」
「ああ。ララリート君しかいない。明日以降もララリート君を同行させるつもりだ。相応にキツい仕事だが、当人はその気になってくれるだろうさ。そこに何か問題があるか?」
「……」
あるに決まってるでしょうが。
もし、ここが会議の場でなければ、ミニセルからそんな言葉が飛び出して来たのかもしれない。
確かに、ただ一言だけでも精神的な衝撃を与えて来る相手だ。その相手と積極的に接触するというのは、非常に消耗の激しい仕事となるだろう。
しかし、だからララリートには無茶をさせられない……などと考えるディンスレイでは無かった。
「では、明日以降は予定通りに、同じメンバーで街を探索する。以上だ」
事、ララリートに関しては手加減をしない。今のディンスレイはそんな風に考えているのである。




