③ 街の散策と少女の決意
「それにしても、意外と言えば意外よね?」
ブラックテイルⅡから空港に続くタラップを降りた先で、ミニセルの呟きをディンスレイは耳にした。
独り言だったのかもしれないが、隣で立っているのだからそれでも聞こえて来る。
それに絶対これは独り言ではあるまい。
「今の、どの状況に対して、意外だと思ったのかな?」
「そうね。言いたい事はいろいろあるけど、街を見学する人員が、この三人だっていうのが意外」
ミニセルはそう言って、自分の両隣を見た。
一方には勿論、ディンスレイが立っていて、もう一方には彼女、ララリート・イシイの姿がった。
「そう意外な人選とも言えんだろう。なあ、ララリート君」
「ううーん。わたしと艦長は、サオリ国の言葉が分かるから……ですよね?」
「その通り。ほら、ミニセル君、見たまえ。彼女の方が余程状況把握に優れているぞ」
「自慢に思う気持ちは分かるから少しは隠しなさい」
ミニセルにすらそう言われて、少しばかりララリートに対する姿勢に弛緩が発生していたかと自覚する。
なるほど。こういうのを親バカというのかもしれない。
「なら、あたしに関してはどうなのよ。そりゃあサオリ国なんてこれまで一度も来た事無いから、選ばれたのは嬉しい話だけれど、この国の言葉喋れないわよ? あたし?」
確かに、ミニセルには申し訳ないものの、サオリ国見学の人選に関して、彼女は第一候補と言えない人員ではあった。
彼女は旅慣れていて、未知の場所においても適応性を見せるという能力を評価した上で、実は他に適切な候補者が居たのである。
「テグロアン副長の代わりが君だ。不服かもしれんがね」
「それ聞いて、さらに意外に思ったわよ。彼だってこの国の言葉を喋られるし、何より来た事があるんでしょう? 一番の適任じゃないの」
勿論、ディンスレイとてそう思った。何なら彼に見学を任せてディンスレイは待機という状況まで考えていた。しかしそうはならないから、今の三人となっている
「仕方ないだろう。当人が辞退してきたんだ」
「そりゃまたなんでよ」
「顔がバレてるかもしれないからだとさ」
「顔……?」
素直に首を傾げるララリートと、嫌な予感がしているらしいミニセル。
彼女のその表情は当たりだ。
「奴め。前回この国に来た時は、諜報員として来ていたんだそうだ。好印象を与えるような事はして来なかったらしい」
「……思った事言って良い?」
「どうぞ」
「何者なのよあの副長」
そんなのはディンスレイだって知らない。ディンスレイだって聞きたい。
「あのあの、わたし、それ聞いても良かったのでしょうか……」
「ま、聞いて後悔する程度の話を聞かされるくらいに、大人になったんだと思いなさい。ララリートちゃん」
慰める様に、ミニセルはララリートの髪を荒っぽく撫でた。
それを嫌がらないくらいに、ララリートの方もミニセルを慕っている。
「ううー、大人が早く大人になりたいって言わない理由が分かった気がします……」
「それは真理だ。人生を豊かに出来る知識の一つなので、忘れずに居る様に。それと……そろそろ、雑談の時間は終わりとしようか」
ディンスレイの目に、こちらへとやってくるサオリ国の兵隊の姿が映った。
ペグデュラティ艦長が言っていた、監視用の人員だろう。
「あの二人、あの姿で兵隊って思うと、圧がすごいわよね」
「サオリ国の人間は紳士的で有名なんだぞ。そんな事を言うものじゃあない」
髭を豊富に蓄え、髪を多く伸ばす文化があったとしても、それはそれだ。その姿がそのまま性格に繋がるわけでも無い。何が常識かという部分から変わって来るのが他国というものなのだろう。
「お待たせしました。本日は私、リグレブと、こちらのアルガンが街を案内させていただきます。監視役を仰せつかって居ますが、皆さまはお客人でもある。案内役として良く良く使っていただければ幸いです」
と、会話が出来る距離まで近づいて来た二人は、挨拶にしては深めの辞儀をしてきた。
そんなサオリ国の兵隊である二人は名を、リグレブとアルガンと言うらしい。
(文化が違うとは言え、この手の外見の男二人に恭しくされるというのは謎のプレッシャーを感じてしまうな……)
だが、この光景を受け入れる事からサオリ国での旅はスタートするのだ。こっちではこれが普通。そう思いながら、ディンスレイも辞儀をした。
「いや、こちらこそ、君らに手間を取らせる様な頼みをするつもりは無い。どうか顔を上げて」
「そこは嘘を吐かれていますね?」
すっと、リグレブは下げていた顔を上げて、ディンスレイにそんな言葉を向けて来た。
「……嘘?」
「手間を取らせるつもりなのでしょう? 我々に。どうぞお構い無く。こちらはそれにも対応しますので」
丁寧な物腰のまま、まるでこちらの心を見抜いて来たかの様な言葉を発してくるリグレブ。
気圧されたわけでは無いが、ちらりとミニセルやララリートの方を見てしまう。
「なるほどね。言葉は分かんないけど、なかなか一筋縄では行かない相手なのは分かっちゃった」
そんなミニセルの言葉は、的を射たものになるだろう。
ディンスレイもまた、このサオリ国の人間に、警戒心が湧いて来たところだったから。
「あちらの区画は食事処です。幾つか屋台と店が並んでいますが、勿論種類も豊富ですよ。もしかしたら皆さんのお口に合うものもあるかもしれない。どうです? 寄ってみますか?」
「興味のそそられる提案だが、もう少し時間が経ってからにしたいな。腹の具合としては、あと暫く歩いてからの方が楽しめそうだ」
サオリ国の兵隊、リグレブの案内を聞きながら、タギギの街並を見て回るディンスレイ達。
とりあえず現時点までの印象として、タギギの街は他国の街でありながら、やはりそれは人間の街であるというものがあった。
とりあえず、シルフェニア国内のそれぞれの街でもそうなのだが、その地域の環境に最適となる様な街の構造となっている。
建物の構造材は木材が多いが、そこにこの土地の土も混ぜて家としているのだろう。どこか地面と建物の境界が薄い様に見えた。
一見すれば土が盛り上がり、その盛り上がりの内側に住んでいる様な、そんな印象を受ける。
それでもそこに文明を感じるのは、その建物がヤドリギの様な植物で飾り立てられているからだ。
(あれは家の補強の意味合いもあるのだろうが、やはり飾りでもあるのだろう。植物をそれ専用に育て、建築材としているというわけで……まあ相応に技術と美的センスが無ければ無理だ)
結果として、タギギの街は土と木々で出来た人の街という矛盾した様な光景をそこに作り出していた。
さらに言えば。環境に適応しつつ、それでも独自の街並を構築している。それは即ち、シルフェニアと同じ様な考え方が、この街にもあるのだ。
両者が特別なのでは無い。人とはこの無限の大地で、似た様な考え方で街を作り上げる。そういうものなのだろう。
「いやはや、見ているだけでも考えられる部分が多い風景だが、他の街もこの様な光景なのだろうか?」
「この様な……とは?」
「ほら、街特有の景色というものがあるだろう? それぞれの街に、違う部分がある」
「同じ国である以上、そこにある街もまた、似た様なものになるとは思いますが……シルフェニアは違うのですか?」
尋ねるディンスレイに、リグレブが逆に疑問符を浮かべてくる。国と国が違うのは分かるが、その内部でも違っているというのはいまいちピンと来ていない様子だ。
(この点は、シルフェニアの方が特異なのかもしれん。ここは小さい国だろうし、土地そのものの環境が大きく違っているという事も無い……か?)
だからこそ、小国であり続けている可能性もある。環境の違いをそのまま受け入れて適応したシルフェニアに対して、自分達に合った場所のみを領域としたサオリ国。
そこが単純に、それぞれの国の範囲を決めてしまった……のかも。
「どちらの国が上等か、などというのは無為な話だが、違いは確かにあるというのは、実際に自分の目で見なければ分からんものだな。そちらも、機会があればシルフェニアに来ると良い。驚かせる事は出来ないかもしれないが、ああ、ここは違うのだなという感慨がある事だけは保証するよ」
「それはそれは。期待するとしましょうか。ええ、確かに、他の国を回る……それも修行か……」
「修行……?」
あまり世間話では聞き慣れない言葉が出て来た事に首を傾げる。いや、サオリ国の言葉である以上、もしかしたらもっと語彙に富む表現だったのかもしれないが。
「おっとすみません。趣味、みたいなものですよ。この国ではそういう風な表現があるわけです」
リグレブはただそれだけを返した。在り来たりな言葉であったが、そこに何故か、ディンスレイは引っ掛かった。
(何かを誤魔化したか?)
そんな気がした。向こうの誤魔化しが上手かったせいで確信は持てないが、説明し辛い部分がそこにあるのかもしれない。
(何が問題かと言えば、その部分こそ我々が求める敵国に関する物なのか、それとも、単にこの国にとってセンシティブな部分でしか無いのか、分からないという点だな)
後者であった場合、ただ反感だけを買って無為に終わるという形になってしまう。
故に今は、ただ相手を探るという事しか出来なかった。
「とりあえず、食事はまだだが、人が集まり、雑談等している場所なんかに案内してくれれば有難いな。休憩所や集会所と言った場所だ。あの手の場所は、居るだけでもその街の雰囲気というのが分かるものだろう?」
今が見学をする時間というのなら、とことんしてやろうとも思った。まだ何かを確信出来ないタイミングなら、とことん、出来る事をしてやるのが建設的である。
「休憩所や……集会所……ですか」
だが、リグレブは言い淀んだ。困った様な表情を浮かべ、考える仕草も始める。
何か裏があるというより、何を言うべきか悩んでいる。そんな表情。
「それらは……余所の国の人間が入る事は出来ない場所だったりするのかな? その様な礼儀があるのなら、勿論、言ってくれれば従うが」
「いえ、単純に無いのですよ」
「何?」
「文化の違いという奴がありましたね。この街……いえ、この国に、頻繁に人が集まる様な場所はあまり無いのです。申し訳ありませんが、別の場所で行きたい場所はありますか?」
リグレブのその返答は、やはり予想外だった。
人間、一定数居ればどこかへ集まりたがるものだろうし、そのための場所、例えば大層なもので無くても、喫茶店やカフェなどはあるはずだ。
いや……。
(さっき、食事処を案内された時、そういうものはあったか?)
個室が用意されている様な店。そもそもが少人数相手の屋台などは並んでいたが、軽く集まるという場所は目に入らなかった気がする。
疑念を覚えたディンスレイは、今、自分が居る街の周囲と、さっきまで通って来た街の記憶を呼び起こし、何か違和感が無かったかと思い出そうとしていた。
「艦長、良い? 今、私、あの人達に聞きたい事があるけど言葉が通じないのって感じであなたに話し掛けるけれど」
そのミニセルの言葉は都合が良かった。さっきまで、適宜ララリートにリグレブの言葉を翻訳して貰いながら聞いていた彼女もまた、何かを感じた様子で、ディンスレイに話し掛けて来た。
言葉は勿論シルフェニア国のもの。監視されながらも、相手に秘密の会話が出来るというわけだ。
「ミニセル君。恐らく……お互いに同じ事を思っているだろうが……」
「ええ、この街、静かよね? 話し声があまり聞こえないっていうか」
「ああ。活気が無いというわけでも無いだろう。人は居る。だが、話をしている人間が少ない」
「えっ……?」
「うん?」
ミニセルとの会話に対して、何故かララリートが意外そうな表情を浮かべて来た。
こういう予想していなかったところから意見が飛んでくるというのは、大概、重要な事であるから、聞き捨てる事は出来なかった。
「ララリート君。君、もしかして何か、私達の会話の中で、変な部分に気が付いたのかな?」
「え、ええっと、変というか、あのぉ―――
「何か、困った事でもありましたか?」
ララリートの答えを聞く前に、リグレブが会話に入って来た。
彼にしてみれば、ディンスレイ達がシルフェニアの言葉で喋り始めたので、何かを訝しんでいるのだろう。
ディンスレイ達は何かを企む側……そういう認識は最初からあるのだろうし。
「おっと、申し訳ない。少し口論になり掛けていてね」
「口論ですか?」
「さっき、私は昼食には早いと言ったろう? ところが彼女、どうしても今食べたい。腹が減ったと五月蠅くて」
「ちょっと、何言ってるか分かんないけど、失礼な事言ってるのは分かるわよ。何て言ったの。説明しなさい」
「ほらな? こんな感じなんだ。なかなか狂暴なのだよ彼女」
「は、はぁ。では、さっきの食事処まで戻りましょうか?」
「そうしてくれると嬉しい。あと、おススメの料理などあれば教えて欲しいね」
などとリグレブを誤魔化しつつ、次の行動について思案する。
(一度、三人で意見を交換しておきたいな。どうにも街に対する見解の相違が生まれ始めて居る)
その違いこそ、サオリ国の現状を知るに役立つかもしれない。そんな風に思い始めていた。
「ちょっと聞いてる? だからあたし、どういう事言ってるって説明したのよ。ララリートちゃんも聞いてたでしょう? 絶対この男、他人様の事を狂暴だとかなんとか言ったわよね、今?」
それと、ミニセルへの言い訳もしておく必要があるだろう。
「ふぅん。じゃあ、ララリートちゃんはこの街は騒がしく感じたって言うの?」
街の中にある高台。下側の建築物をそのまま地下と表現出来る程につなぎ合わせ、その上に作られた広場で、屋台で購入した串焼きを食べながら、ディンスレイ達は話を進めていた。
会話する際の言葉はシルフェニアのそれ。リグレブ達に聞かれたくないタイプの会話であった。
幸運な事に、食事中、むしろリグレブ達はディンスレイ達三人からある程度距離を取ってくれた。
どうにも、これもまた彼らなりのマナーであるらしい。
「この街……騒がしいとまでは言いませんけど、普通に話し声が聞こえた様な気がするんですよね。言われてから、確かに対面で話している人は少ないなって気が付いたくらいで。うえっ、これ苦い……」
ララリートより街と、串焼きの味の感想を聞く。
ディンスレイとミニセルが抱いたものとは違う、ララリートなりの意見。それは今、一番重要と言えるものかもしれない。
確かにこの串焼きは何かの動物の臓物を使ったもので、苦味があるものの、リグレブ達が勧めて来るくらいに独特の美味さも感じられる。
こういう苦味を味わえるというのも大人の特権と言えるかもしれないが、ララリートと比較して若くないという現実を突き付けられた様な、そんな気持ちにもさせられた。
「話はしていないけれど、それでも普通の街と同じくらいの騒がしさが聞こえて来たって事? それはそれで妙な話だけれど……ちょっと艦長、あなた、さっきから食事に集中してばっかりじゃない。話に参加しなさいよ。こういう場をあえて作ったのは艦長でしょう?」
「んん? ああ、すまない。これがなかなか嚙み切れなくてな。いや、こういう歯応えも良いものだと思うんだが……おっと、そういう目を向けて来るな。一応、ララリート君の話を聞いて、どういう事かは何となく分かった」
「ええっ!? もうなんですか!?」
「驚かなくても良いわよララリートちゃん。だいたいからして、端から持ってる知識を、勿体ぶって話すだけの奴なんだから」
「そういうものでは無いぞミニセル君。確かにこの国の知識は多少、来る前から持っていたわけだが、実際に見て聞いた上での発想は一筋違うものになる」
臓物の串焼きをなんとか噛み切りつつ、ディンスレイは自身の威厳を保つべく話を始める。
「とりあえず、私が事前に知っていたサオリ国の人間全般の印象として、察しが良いというものがあった」
「勘が鋭いって事? 気配を察したりする、達人的な?」
「どうなのだろうな? この国に実際に来るまで、その手の話なのかと私も思っていたが、さっきのララリート君の話を聞いて、別の印象を持つ様になった。考えてみれば、飛空艦同士で遭遇した時点からそうだったと言える」
「あの、すごくその、独創的な飛空艦ですか?」
「そうだ。あの飛空艦の装甲が顔の形をしているという独特なあれだ。あれはこの国の美的センスに寄るものかとも思えたが、あれに似通った意匠がこの街には無いだろう?」
「そういえば、建物が顔だらけじゃありません!」
「そんな街だったら、今頃、あたし飛空艦の自室で頭抱えて寝込んでるわよ……」
だが実際には、ミニセルは元気が良く外出をしている。
つまりあの飛空艦のデザインには、何か、意匠以外の意味があるのだ。
それはつまり、実利的な部分で。
「人の言語とは言葉で発するもの以外にもある。文字にしたところで、こうやって話す言葉を形に落とし込んだものだけで無く、文字の形そのものにも意味がある様にな」
「つまり……あの顔は何らかの意思表示だって言うの?」
「あっ……」
訝しみ続けるミニセルに対して、ララリートの方が早く察して来た。事、言語分野に限り、ララリートは他者より優れた適正を見せる。彼女のスペシャルトーカーとしての才能が、学びの部分でも優れた結果をもたらしているのだと思う。
「顔ですね、艦長さん! ミニセルさんも、深く考える必要なんて無いんです。私が今、どんな気持ちか、お二人は分かりますよね?」
「異常に喜んでいる」
「その場で跳ねまわりたくなっている?」
「ど、どっちも正解ですけど、もうちょっと慎みのある表現をしてくれると、女子としてとてもありがたいかと! って、そうじゃなくて、お二人とも、わたしの感情を、わたしが言葉にしなくても分かりましたよね? つまり、表情や身体の動きだって言語ですし、わたし、もしかしたらそれを聞いていたのかも」
ディンスレイがその結論を話すより先に、ララリートの方も気が付いたという事は、相応に信憑性のある仮説と言えるかもしれない。
つまりサオリ国には、言語以外での意思疎通をするという文化がある。勿論、ララリートが言った通り、シルフェニアにだってボディーランゲージでのやり取りくらいあるが、サオリ国の方はより一層、その方向性が強いのだろう。
ララリートのスペシャルトーカーとしての才能が、それを言葉だと判断したのだ。ディンスレイ達には静かな街に思えるタギギの街が、一般的な街と同じくらいに騒がしいと思う程に。
「それが本当だとしてよ? あたし達の言葉、あっちには通じないと思ってこうやって内緒の話しているけれど、もしかしたら聞かれていたり?」
「問題はそこだ。全てが全てというわけでも無いだろうが、幾らか、こちらが探りを入れている事はバレているかもしれん」
「そもそもが警戒されていたわけだけど、この後、より一層、大事な物を隠されるかもしれないわねぇ……」
懸念の一つではあるだろう。だが、それでも監視役の追求が無い限りは、素知らぬ顔をしておくという太々しさも大事だ。
「敵国の存在……この国でそれを探り続けるという方針は変わらないが……」
「あの……一つ、提案良いですか?」
「あら、積極的じゃないララリートちゃん」
まだまだ未熟であるはずのララリート自身の提案という事で、意外そうな声を上げるミニセル。
一方、ディンスレイはララリートを真剣な表情で見つめる。
「聞かせて貰おうか。何かこの状況を打開出来る方法があるのか?」
「ちょっと、艦長。言う前に圧を掛ける事は無いでしょうが」
ミニセルはそういうが、ディンスレイはそれを聞かなかった様に、ララリートを見つめ続けていた。
必要な事だ。今の彼女にとって、上役からの圧というものが。
「……多分、現状の打破にはなると思います。わたしのスペシャルトーカーとしての能力を使えば」
以前までの、それこそ一年前までの彼女であれば、委縮して言い淀んでいた事だろうが、ディンスレイの意思を汲んでか、ララリートは真っ直ぐに見返して来た。
そうだ。それで良い。彼女が彼女自身の夢を実現するためには、そういう肝の座り方が必要だ。
「今の状況で、スペシャルトーカーの才能がどう役立つ? 彼らの言葉が分かるのは、君以外にも私と副長が出来る」
「ディン……?」
明らかにディンスレイの様子が何時もと違うと気が付いたのだろう。ミニセルが戸惑っている。
だが、何故そうするのかの説明については後だ。今はララリートの言葉が大切である。
「サオリ国の方々がこちらの挙動から何らかの意図を探っているんだとしたら、わたしにも同じ事が出来ると思うんです。この能力が、気付かれない限り、向こうは油断して、挙動による意思疎通をしますよね?」
「ふん? なるほど。今、私達がこうやってシルフェニアの言葉で向こうに何を話しているのかを探らせない様に、サオリ国も彼ら独自の意思疎通でそれをしているかもしれない。君の能力ならば、それをこっそり聞く事は出来るだろうな」
案として、確かにそれは検討の余地があるものだった。しかし、まだ足りない物がある。それに対してディンスレイは助言も出来るが、今はあえてそれをしないつもりだった。
あくまで、ララリートの意思を聞きたい。
「実際それが出来るかどうかは問題では無い。試してみる価値は確かにあるからだ。だが、この後、再び街を散策する事になるだろうが、君は聞き耳を立てながら、それをサオリ国の人間にバレない様にしなければならない。今の君に、それが出来るか?」
感情を押し殺し、仕事に徹し、尚且つ外面にその苦労を出してはならない。これまでのララリートには無理な事だろう。
だからこそ今、見定める必要があった。今のララリートはどうなのかと。
「出来ます。やらせてください。わたし、今はブラックテイルの船員の一人なんです」
以前とてそうだったろうが、今の彼女は、ディンスレイ達の肩を並べられる存在としての船員を目指している様だ。
なら、それを受け入れてやらなくて何が艦長か。
「良いだろう。やってみせて、成果だって出してみると良い。責任なら、許可を出した以上、私が取る」
「はいっ!」
元気の良い返事も上等であったが、あまり大きな声を出すものだから、離れた場所に立つリグレブも気が付き、何事かとこっちを見つめて来たのは減点だろう。
(なかなかどうして。相変わらず、将来性は未知数である事を見せて来るな、この娘は)
ララリートの姿を、内心で微笑ましく思っていると、やはり怪訝な表情を浮かべたままのミニセルが尋ねて来る。
「で、今のやり取りってどういう事よ」
それは、意味が分からないという言葉では無いだろう。
いったい、ララリートとディンスレイの間で、何が起こっているのか。それを尋ねている目線だった。
「なぁに。彼女は、ちょっとした夢の実現に奔走しているというだけさ。私はその夢を応援している側でな」
近いうちに、ミニセルに話す機会があるかもしれない。
笑い話の類であり、そうして、近い将来の話になるかもしれない、そういう類の話を。




