② サオリ国
シルフェニアと国境を接するペーンウォール王国を越えてさらに南。
見知った他国では無く、より交流の少ない他国と表現するべきその国の名前を、サオリ国と言う。
南方諸国家を構成する一国であり、シルフェニアと比すれば遥かに小国と呼べる規模の国である。
シルフェニアに伝わっている情報が確かならば、領土的には都市を三つ程。国内で所有する飛空船も中型のものであれば数隻程度という状況と聞く。
「飛空艦に関してはその中型のものの内たった一隻がそれだと聞いている……が、警戒を怠るなよ。そもそも空戦なんぞになった時点で我々の負けだからな」
ブラックテイルⅡのメインブリッジにて、船員に指示を飛ばすディンスレイ。
現在、ブラックテイルⅡはペーンウォール王国のさらに向こうの国、サオリ国と呼ばれる国の、その国境線沿いを飛行中である。
シルフェニアとは国境を接していないとは言え、まったく情報が入って来ない国というわけでも無い。その国境線や周辺の地形についてはある程度ディンスレイ達にも分かって居るのだ。
(ただし、入って来ている情報が正しければの話だがな)
ちらりと、メインブリッジの端にある地図を見つめた。
以前は未踏領域を進む上で、空白の多い地図を配置していた場所に、今では大きな画面が一つあった。
オルグの技術を再現したものの一つだ。ガラス板に、絵を映すと表現出来るそれ……なのであるが、その絵を変化させたりする技術はまだだし、ガラス板を小さくする事もまだまだ先実現出来ていない技術でもあるため、そこには南方諸国家の、シルフェニアが知り得る事が出来る限りの情報が描かれた絵が一枚、映っているのみであった。
前回の未踏領域の冒険程に白紙では無いが、それでも地図としては抜けが多いし、南に行くに従ってそれは増えて行く。
(もっとも、今の地点であればまだ、判明している部分は多い方だ)
例えばサオリ国の文化。ある種、シルフェニアから見るだけで無く、周辺国からしても異質と言える思想を持っているのだそう。
外交として接するとなれば、その思想への理解が礼儀となるため、事前知識が無ければ接触するのも危険な相手となるわけだが、今回に限っては、シルフェニアはその知識を持っており、またマニュアルの様なものも存在しているため、むしろ比較的安全に相手という事になるだろうか。
「ま、会議で決まったんだから、誰も文句は言わないんでしょうけど。ただサオリ国と接触するにしても、こうやって悠長に国境線を越えない航路で進むっていうのも焦れったいわよね?」
今のところ、メインブリッジにおいては一番忙しいはずのミニセルがそんな事を言って来る。
彼女にしてみれば、飛空艦の操舵など息をする程度の忙しさなのかもしれないが。
「そもそもワープに寄る南方諸国家の探索は、外交関係で足止めを食らわない様にするための作戦だからな。下手に領土に侵入して揉め事を起こす事が本意では無い。向こうから接触してくるのを待つほか無いさ」
このまま接触無く、再度のワープが可能となれば、それこそそちらを優先する。
あくまでワープとワープの間にある時間をどう有効活用するか。それを幹部会議で決定したのであり、その決定とは、ワープ先近くにある国と積極的に接触と情報収集を行っていくという方針であるに過ぎない。
「それに、景色を眺めているだけでも飽きないもんですよ。ほら、見てください。ここからでも見えるあの山脈。シルフェニア国内であんな地形あります?」
テリアン主任観測士に言われて視線を向ければ、確かに独特な山が連なっている。円形と言えば良いのか。大別すればドーム状と表現出来るが、それにしては縦に長い。
「確かに不思議ですっ。なんだか、絵を描き始めた子どもがそのまま描いた山みたいな形ですよねぇ」
テリアンに続きララリートもそんな感想を漏らす。彼女だって、ほんの最近までは子どもと表現出来る年齢だったろうに。今や大人目線の言い回しになっており、そちらの方がどこかおかしく感じてしまうディンスレイ。
(いや、年齢の話なら君は実際にまだ子どもだぞ、うん)
世話をしている子どもが徐々に成長していく事への寂しさを紛らわしつつ、ディンスレイはこの後の事について考える。
自分で考えた通り、このまま何も接触が無ければ、次の地点へのワープを行う事になるだろうが……。
「サオリ国は小さな国ですので、景色だけでは無く、いずれすぐ飛空船がやってくると思いますよ。安心してください」
「確かにな、副長。ブラックテイルⅡの存在に気が付かないとする方が、むしろ油断した考えかもしれん」
テグロアン副長の言葉に頷きと肯定の言葉で返す。
サオリ国を接触国として選んだのも彼の選択であった。
外交的な接触をするなら、まずこの国から行うのがもっとも良いだろうとの事である。
(ふぅむ。私が聞き及ぶ限りにおいて、このサオリ国というのは―――
「っと、本当ですね。艦長、恐らくサオリ国の飛空船が近づいて来てるのを発見しました。あれは……多分……飛空艦だと思うんですけど……」
テリアンの報告を聞いて、ディンスレイは国境の向こうを見る。
無論、メインブリッジの窓の向こうを見るのであるが、そこで面白い現象が起きた。
メインブリッジの窓から見える景色が、一部、歪んだのである。
丁度、ディンスレイが見た部分の窓だ。
「ええっと、これで、みなさんにも良く見えますか?」
「ああ、良く見えるよララリート補佐観測士。機能としてはこれでなかなか、上等らしい」
窓から見える景色の歪みは、丁度虫眼鏡でそこを覗いたかの様な歪みであり、肉眼で見られる景色より、さらに遠くのそれを見る事が出来る様になっていたのだ。
ブラックテイルⅡに搭載された機能の一つ。なんでもブリッジの窓は二層になっているらしく、その層の間に特殊な液体が注入され、観測士が操作する事により、その液体の濃度の変化が発生する形で、見える景色を調整する事が出来るらしいのだ。
より広域に、より遠くを見る事が出来るオルグの技術の一つ。これにしたところで、他の飛空船を超える性能と言えるが、今重要なのは、そこに映るものであった。
「うむ。あれはサオリ国の飛空艦だよ。間違いない。私も教本に図として載っていたものでしか見た事は無いが……副長はどうか?」
「私も以前、サオリ国に来た折、見た記憶があります。あれはその時と変わっていませんね」
事前に得られる知識としては上等だった。少なくとも、接近する相手艦の所属が分かる。謎の敵艦としか相手を表現出来ない状況より、それはもう随分マシである。
「何が起きるか分からんから、何時でも戦闘態勢にしておく様に。ただし、私の指示が出るまで開始は絶対にするな。恐らく、飛空戦にはならんだろう」
「サオリ国は外交的に侵入者を警戒しますが、攻撃的なそれではありませんからね」
以前はいったいどういう任務に就いていたか非常に気になるが、今はテグロアン副長の知識をアテにさせて貰う。
「接触方法はどうだ? 恐らく、こちらが攻撃さえしなければ、手荒い歓迎にはならんのだろう?」
「でしょうね。この後、誘導があるはずです。飛空艦に乗る者同士、直接会話は出来ませんが、サオリ国のそれはなかなか独特かつユーモアがありますよ。御覧になりますか?」
「そりゃあ無視するわけにはいかんだろうが……ああ、確かに、ユーモアがあるな」
接近し、暫くブラックテイルⅡを伺う様に周囲を旋回していたサオリ国の飛空艦であるが、その艦の船体には穴が幾つかあり、その穴のうち一つが光ったのだ。
そちらの方へ行け。そういう風に指示する様に。
「光信号による指示か。こちらも同じ様な事は出来るだろうが、あちらのは分かりやすいな」
「でしょう? 無用な警戒と擦れ違いを防ぐ事が出来る。手本にすべき部分かと」
「そうかしらねぇ……」
テグロアン副長の言葉に、否定的な言葉をぶつけるミニセル。この件に関しては、ディンスレイもミニセルと同意見だった。
見習うにしても、方法は考えたいものである。
「ええっと、このままサオリ国の飛空艦に誘導されるというのは分かりましたけど……あれって、本当に飛空艦と呼ぶべきなんですか?」
ララリートの素朴な疑問。
その疑問の意味が分からぬ者はここには居ないだろう。あの飛空艦を直接見れば誰でも思う。テグロアン副長を除いて。
「確かに船体の意匠に人の顔面を模しているというのは飛空艦と呼べるかどうか議論があるだろうが、相応に武装と装甲が確認出来れば飛空艦だ。どれほど不気味な外見だろうとな」
そんな顔の、目にあたる部分が光るサオリ国の飛空艦を眺めながら、その指示に従っていくブラックテイルⅡ。
こういう不気味さもまた、他国の文化を味わうという事だろうと、ディンスレイは納得する事にしていた。
恐らく、サオリ国にとっての前線基地……と呼べる程に立派には見えなかったが、それでも空港とそこから見える街並が広がるそこに、着陸する事になったブラックテイルⅡ。
着陸と共に、すぐさま艦内にサオリ国の兵隊が入って来た事には少しばかり驚いたが、彼らなりに必死なのだろうとディンスレイは思う事にした。
(その兵隊の数が、ブラックテイルⅡの船員より数が少ないとなれば、猶更、こちらの心を大きくするべきなのだろうさ)
願うならば場所はサオリ国内のどこかの食事処が良かったが、残念ながらブラックテイルⅡ内部の会議室で、ディンスレイは今の状況について考えを巡らせていく。
(一応、これは監禁されているのだろうか? いや、大きな心で考えるなら、監視中だな)
会議室の入り口には、ブラックテイルⅡの船員一名と、サオリ国の兵隊らしき人員が二名、会議室内を監視していた。
この監視用の人員を除き、会議室に居るのはディンスレイとやはりブラックテイルⅡの船員一名。そうして、サオリ国の代表者が一人である。
「あなたが我々の言葉を話せるというのは幸運でしたな艦長。国境を侵犯していなかったとは言え、シルフェニアの何らかの挑発行為だと受け取るところでした」
サオリ国の代表、名をペグデュラティ・ロルソーンという男がディンスレイに話し掛けて来る。
一応、ブラックテイルⅡの会議室は、現在、まさにその機能を発揮しているところだった。
つまり、サオリ国との外交会議がここで行われているわけだ。
「失礼をした様子で、謝罪しますペグデュラティ殿……一応、こちらからも艦長と呼ぶべきですかな?」
ペグデュラティはブラックテイルⅡを誘導したサオリ国飛空艦の艦長であるらしい。
出会ってすぐにこういう会議を開く事になったという状況を思えば、もっとも上等な相手が来てくれたと言えるだろう。
「お互い、艦長同士では紛らわしいでしょう。私からはディンスレイ殿と」
「ではこちらも同じく……それと再度申して置きたいのですが、こちらは貴国の顔に泥を塗るつもりも無ければ、勿論、侵略を目的としたものでもありません」
「まあ、艦の動きを見れば分かります。こちらと接触はしたいが、敵対はしたくない。その様な動きをしていた」
ペグデュラティは艦長という職であるからか、ブラックテイルⅡの動きだけで、こちらの意図を幾らか汲み取ってくれたらしい。
実際、今も会議室内部で監視はされているものの、警戒の度合いは予想よりも高く無かった。
(暫くすれば、この会議室に詰められている状況も解消出来るだろうな……)
ワープを繰り返し、南方諸国家を進み、尚且つその幾つもの国家と交流を持つという目的は、その最初の国の時点である程度上手く行きそうだった。
「話が無用に拗れる前に、こちらの目的を伝えさせて貰いたい。目的は二つ。一つはこの国を通り、さらに向こうの国境線へと向かわせて貰いたい」
「ほほう。返答については……とりあえず二つ目を聞いてからで良いですか?」
「ええ。二つ目に関しては、妙な話を聞く形になるかもしれませんが……最近、貴国に不法で侵入する飛空艦はありませんでしたか?」
「……あなた方の話では無く?」
ペグデュラティのその返答を聞いて、ディンスレイは思うところが生まれた。
(これは確かに外交の一歩目だ。話をはぐらかした。何か知っているな?)
それはサオリ国こそ、敵国であるのか?
まだ分からないが、少なくとも、先ほどのディンスレイの話に対して、単純に疑問符を浮かべたわけでは無さそうだ。
「我々の艦とは違う、また別の艦です。心当たりは?」
「そうですね。当方はこの国唯一の飛空艦の艦長ですので、もし、その様な艦があれば私自身で見ているはずです。ですが……」
「心当たりは無いと?」
「ええ。その様な返答になります。さらに一つ目の目的に関しても、すぐに答える事は不可能です。理由はお分かりでしょうか?」
「あなたに、その権限が無いと、そういう返答があるだろう事は予想出来ていましたよ」
「分かっていただければ結構。大人しくしていただけるのであれば、これから、我が国の高官と会議の場を設けられる様に、私も努力させて貰います。そこで方針を決定していただければと」
「……」
恐らく、時間にして一週間は掛かるとディンスレイは見た。
時間を稼がれているというわけでも無く、通常、飛空艦が一国の内部を通るという決定を許可して貰うには、それくらい掛かるものだ。
(さて、ではそれを大人しく待つか? それはしなくても良い。どうせワープ出来る様になれば、こちらは無許可で国を越えられる。問題はだ……)
だからと言って待ちを選ぶのでは無く、攻めの姿勢でありたい。そう思う。
せっかく、今回の様な権限だって与えられて旅をしているのだ。より踏み込んだ外交とやらをして見せるべきだろう。
「分かりました。一つ目の目的について、今回は諦めましょう」
「は? いや、そうですか? もしそうであれば手間は無いのですが……そちらはそれでよろしいと?」
「いきなり尋ねて、いきなりこちらの目的を通して欲しい。これはあからさまに無茶な話ですからな。ただ、代わりに、ここ、この街……確か名前は……」
「タギギ……と言いますが」
「そう。そのタギギ。そこを見学させていただきたいのです。長居するつもりもありません。明日明後日それくらいの期間で良いので……それくらいの権限は……やはり無いのでしょうか?」
「ふーむ……」
ディンスレイが尋ねると、ペグデュラティは考える様な仕草を始めた。
恐らく、何らかの譲歩が得られる。少なくともそれを考えさせる程度にやり取りが出来たと考える。
(ま、数日の間で出来る事と言えばこちらもそれくらいだからな。だが、本来は高官との交流をしたいんだぞという姿勢を見せていれば、交渉している風を装える)
そうして、あっさり交渉から引く事で、相手の混乱だって引き起こせるというわけだ。
暴力的では無い、言葉を交わす交渉の神髄とはこういうものだろうとディンスレイは思う。
「どうですか? それも無理だと言うのなら、早々にこの国を立ち去ります。今回は互いに縁が無かったという事で」
「……いえ、見学がこの街に限るというのならば、数名。下船を許可しましょう。さすがにこの艦の全員というわけには……」
「それで結構です。その数名については、こちらに選ばせて貰っても?」
「勿論。こちらが選べるという事も無いでしょうから。ただし、監視用の人員を二名。付けさせて貰います。今、この部屋の出入口に居る者が同行する事になりますが……それでよろしいですね?」
(まあ、この一度の会議で引き出せる譲歩というのはこれくらいだろう。こちらとしては、監視付きとは言え、この国の状況を探れて万々歳と言える。彼らにとっては……)
そもそもディンスレイ達の目的は何なのか。それを探る目的で、滞在許可とその間の監視を行うと言ったところか。
向こうの考えは何となくわかる。ここであっさりディンスレイ達が引くという事は、何かあるのだ。それを聞いても簡単に教えてはくれないから、それを探る目的で、暫くこの国に置くのも悪くない。
(そんな風に考えているならば、やはりそれも上等だな?)
探られて痛い腹など無い。何せブラックテイルⅡはワープさえ使えれば、サオリ国を無視して次の場所へ進めるのだから。
そんな内心を隠しながら、ディンスレイは愛想の良い笑みを浮かべる。
「お互い、望みが叶いそうな結果になりそうだ。感謝しますよ、ペグデュラティ殿」
「こちらこそ。ディンスレイ殿。それにしても……本当に我々の言葉が上手だ」
「一応、この様に他国へ赴く立場として、近隣国の言語は憶えていますから」
シルフェニアからそう遠くない国、サオリ国の言語ならば艦長である自分が話せる。それこそ、サオリ国と接触するという方針を幹部会議で決めた要因の一つでもあった。
もっと遠くに位置する国相手だと、それも難しくなるだろうが……。
「外交関係において、互いの言葉が分かるというのは安心に繋がります。その点、我々の方も幸運だったと思うべきかな、ディンスレイ殿。ただ、何もかもをここで決めるという事も出来ないから、一旦、席を外させて貰います。街の見学許可はその後という事で。その点については、そう時間は掛からないかと」
「ですな。こっちも、今、ここで交わした話について、船内の幹部に伝えておきたいところです。お互い、一旦はそれぞれの艦の中で話をまとめましょうか」
そう言い合って、ペグデュラティの方は監視の人員と共に会議室を去っていく。
勿論、ブラックテイルⅡの会議室に居る以上、ディンスレイはただそこに座ったまま、ペグデュラティが去るのを待った。
その後、出入口から彼の姿が見えなくなるタイミングで、口を開く。
ディンスレイでは無く、隣に座っていたララリートが。
「はー……なんともこー、お互い、とても裏のありそうな話をするのが外交なんですねぇ」
今まで息を止めていた風な様子でララリートはディンスレイに話し掛けて来る。
まだまだ人生経験の浅い彼女にとって、その場に居るというだけでもハードな状況だったらしい。
「普通、補佐観測士という立場がこの様な会議に出るという事も無いが、これも経験だと思って欲しいな、ララリート君。何より、必要な行程だった」
メインブリッジに居る時よりは砕けた様子で話しかけるディンスレイ。彼女の緊張を解してやるつもりなのと、普段は互いに、こんな風に話す相手でもあった。
「そのー……わたし、もしかして、結構大事な役目を担ってます? 今回?」
自惚れでは無かろうかと、おずおず尋ねてくるララリートに対して、ディンスレイは愛想では無い笑みを向ける。
「喜ぶと良いぞ。その通りなんだからな。君のスペシャルトーカーとしての才能。そこが、今回の旅路で重要になると、前回の幹部会議で決まった」
「やっぱり……だからこの会議に、ただ座っているだけで良いから参加する様にって指示されたんですかー」
スペシャルトーカー。短時間で、自身が知らないはずの他言語を憶え、発話出来る能力。それがララリートには備わっている。
前回の未踏領域では他言語を話す相手に、それほど多く接触する事は無かったため、活躍の機会もそれなりだったが、今回は多くの国と関わっている旅になる。その場合、彼女の存在は貴重かつ重要なものとなるだろう。
恐らく、今回の会議を聞いているだけで、彼女はサオリ国の言葉を話せる様になっているはずだ。それくらいに埒外の才能なのだ。スペシャルトーカーというのは。
「私がこうやって相手と直接話が出来る間に、君自身には、こういう場での経験を積んで欲しい。何時かの時点で、君がこの手の会話をする側になるだろうから」
特に、通訳として活躍して貰う事になるだろう。そんな彼女が居るから、船内幹部会議で他国と積極的に接触していくという方針が決まったとも言える。
「なんだかとても大変で荷が重いですけど、艦長さんが決めた以上、それでも私なら出来るって思ってくれてるんですよね? なのでそこは分かりました! でも……」
ララリートは他に尋ねたい事があると言った様子でディンスレイを見つめて来る。
彼女がこういう表情をする時は、私的な会話をしたい時であろう。
言外でそれが分かる関係性が彼女とはある。
「でも……私が、君に何がしかの贔屓をしていると、そこに不安がある……かな?」
「相変わらず、心を読むのが上手いですね、艦長さんっ」
「ははは。当たって居た様で幸いだよ。だが、これは贔屓じゃなくて期待だよ、ララリート君。君の夢にとって、今回の様な会議に参加する経験は役に立つ。是非、学ぶ事だ」
「はいっ。そうですねっ。夢のために、頑張りますっ」
彼女の夢。一年以上前に彼女からその夢について聞いた事をディンスレイは鮮明に記憶している。
彼女自身が諦めない限り、ディンスレイもまた、それを応援しようと考えた、その瞬間の事も。
「ところで……」
「まだ、話があるだろうか? ララリート君」
「いえ、とっても素朴な感想なのですけど……言葉や仕草はとても丁寧なサオリ国の方々なのに……とっても、髭と髪が……その……もじゃもじゃしてましたねっ」
「ああ、驚きだろう? ただし、彼らのそれは向こうにとっての礼儀だ。向こうだって内心はこう思っていたはずだ。なんだこいつらは。髭も生やさず、髪だって短く切り揃えて……とな」
お互い、それを臆面にも出さなかった点で、一筋縄では行かないと評価する事が出来るだろう。
もっとも、ディンスレイは別の感想を述べる事にする。
「今回もまた、なかなか驚きの多い旅になりそうだ。楽しむと良いララリート君。私だって楽しむ」
それこそ、ブラックテイルという名が付いた飛空艦の乗組員としての在り方だと、ディンスレイは思う事にしていた。




