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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と言葉の力
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① ワープをしたその先は

 そも、オルグ、その前身であるところのエラヴが発明したワープ技術とはなんぞや。

 それを解明しようとしたシルフェニアの専門家達はまず、ワープ以前の、驚愕の事実を知る事になる。

 浮遊石とは、大地の下方すべてで繋がっているという事実だ。

 ただしそれは、オルグの技術から発見したわけでは無い。そもそも、大地を浮遊石が支えているというのは、シルフェニア国内の学説においても、有力視されているものの一つだ。

 世界の構造と実際に観測出来る事象を並べ立てた場合、そう考えれば、我々が生きる世界というのは出来上がっているらしい。

 もっと正確に言うのであれば、その他の学説は、浮遊石が世界を支えているという学説より証拠も説得力も欠けていると表現するべきだろう。

 ならばオルグがもたらした知識において、その浮遊石がすべて繋がっているというのは、何がどう驚愕的だったのか。

 それはつまり、オルグの技術はそれらの学説が、実際に飛空艦の性能として発揮出来るレベルまで実用化されていた事に他ならない。

「確か彼らは、浮遊石を世界石と呼んだ。我々シルフェニアの人間の多くが、その石をただ浮く石だと考える間に、エラヴはその石を世界の根幹を支えるものであるという常識的な発想を得て、技術として反映していた。ワープとはその繋がりを利用して、離れた地点と地点を、世界を繋ぐ石を用いて移動する技術だったのだよ。その事に学者は驚いていたわけだな」

 ディンスレイ・オルド・クラレイスの言葉が、ブラックテイルⅡのメインブリッジに響く。

 今日は演説の一つでもする様な、そんな記念すべき日ではないと自身に言い聞かせながらも、それをいわずには居られなかったからだ。

 そうして、メインブリッジから見える景色を確認しながら、ディンスレイは続ける。

「我々の認識は、エラヴに比較して狭量だった。既に浮遊石で繋がっている世界に対して、離れた場所から場所への移動など無理だと、そう考えていた……が、今、この瞬間からはそうでは無くなる。今日はその一歩目だ。船員と艦にも被害は出ていない事もさっき確認した通りだ。我々は……ワープに成功した」

 結局、ディンスレイの言いたい事はそれだった。

 メインブリッジの窓の向こうにある青空を見れば、それを見る事が出来る自分の無事をすぐに確認出来る。

 ワープしてすぐに艦内の施設や人員をチェックしたが、問題は見つからない。

 一か八かの作戦に成功したのでは無く、当たり前にそれをやってのけた。それこそ、ワープ技術を手に入れたと表現出来る。そういう一歩であったのだ。

「艦長、探求士からの報告です。観測された大地の形状から、予定通り、ペーンウォール王国を越えたさらに向こうの国境線沿いに、我々は位置しています」

 ディンスレイが感慨深い言葉を吐いた返答として、テグロアン・ムイーズ副長は味気ない言葉を発して来た。

 というよりこれは、ディンスレイの言葉をただ仕事のための言葉として取ったのだろうか?

「残酷ねぇ、副長さんったら。こういう時、暫くは聞き流してあげるのが親切ってものなのに」

「ほう。さすが付き合いが長いだけありますね、ミニセル操舵士。了解しました艦長。暫く、私は黙っておきます」

「いや、黙るのはもう良い……。ここに長居すると、ペーンウォール王国から追手が来るかもしれんしな。予定通りワープ出来たんだ。やはり予定通り、一旦は領土外の空白地帯に着陸して幹部会議と、一応、整備班に艦内のチェックもさせて置こう。後から微細な損傷が見つかるとなれば事だ」

 テグロアン副長が仕事の話を始めてしまった以上、仕事を進める他無くなる。

 浮かれ過ぎてはいけないというディンスレイ自身の考えもあって、頭の中に切り替えはすぐに行えた。

「この後の幹部会議や艦内の再チェックは了解しました! けど、ペーンウォール王国からの追手……ですか?」

「質問かな? ララリート補佐観測士?」

 ララリート・イシイ補佐観測士からの言葉に、あえて素直に返さないディンスレイ。

「あっ、質問があります。艦長!」

 ディンスレイの意図にすぐに気づいたらしいララリート。

 別に雑談みたいに話を進めても良かったのだが、下の役割のものが上のものに何か意見を聞く場合、緊急時以外の勤務中は許可を貰う手順というのが、多くの場合で必要だった。

 ブラックテイルⅡならばディンスレイが艦長なので、そこまで堅苦しくするつもりも無いが、新人のララリート相手の場合、今後の事も考えて、その手順は基本、踏んで貰うつもりだった。

「では、質問を行ってくれ、ララリート補佐観測士」

「はい。今、当艦はペーンウォール王国の領空内にありませんし、ワープを行った以上、領空に入った事すらありません。なら、そもそも追手を向けられる謂れは無いと思うんですが」

「では答えよう。その場合においても、追手は必ずある。君が語っているそれらの理由は、追手にかち合ってしまった場合の、我々の言い訳部分になる。ペーンウォール王国側の視点に立ってみれば、理由は分かるぞ」

「ええっと……」

 すぐには答えが出せない様子のララリート。それに対してディンスレイは一旦待ったが、彼女の直接の上司である主任観測士、テリアン・ショウジから助け船が出た。

「つまりだね。そもそもペーンウォール王国はワープなんて技術がある事すら知らないんだから、何らかの手段で僕達が領空を突破したと考えるって事さ」

「ああ。そうですね。ワープって、考えてみればそんなのがあるなんて、想像すら出来ませんもんね」

 ララリートの発言は、ある種のギャップも感じさせてくる。

 つまりララリートにとってのワープは、既に既存の技術という印象があるのだろう。考えてみれば、ブラックテイル号での未踏領域の旅路で、彼女は多感も多感な時期にワープというものを体感し、それがある事を常識として学んだ人間なのだ。

(今後、シルフェニアでワープ技術が一般化されれば、こういう世代が増えるのかもしれんなぁ)

 そうなった時、シルフェニアはエラヴという種族に近づくのかもしれない。もしくはオルグやハルエラヴと言った種族にも。

「兎にも角にも、追手に対してワープ技術の存在や、我々ブラックテイルⅡの目的をいちいち話していると、せっかく時間を短縮しようとしているのが無駄になる。なら、話もせずに次に向かうのが優先だ。説明ならどうせ、シルフェニア本国がしてくれるだろう。なぁ、副長?」

「ペーンウォール王国に対してははい。その手筈になっています。ただ、ここからは違う予定となるでしょう」

「との事だ。幹部会議を早々に開く必要があるから、ミニセル操舵士は急いで欲しい」

「りょうかーい。ワープしたっていうのに、感慨にふけっていられる時間は短いものねぇ」

 その通り。今回の敵は時間である。長い時間とやらは敵が多いという事で、良い結果をもたらしてくれないのだ。




 今回の船内幹部会議は前回の顔合わせ目的とは違い、建設的な意見を出すべく幹部が集めたものである。

 ブラックテイルⅡもペーンウォール王国の国境から離れ、空白地帯にあった山地に身を隠す様に着陸させている状況であり、出来れば早々に次の目標を決定したいところでもあった。

 ただ、何時だってそうだが、意気込みがあっても上手く行く保証にはならないのが会議というものだ。

「次の目的って言っても、さらに次の場所にワープするわけでしょう? じゃあ再度ワープ出来る様になるまで、現在地で待機じゃ駄目なのかしら?」

 こんなミニセルの単純明快な言葉すら、渋面で受け止めなければならないのが会議というものだ。

 少なくともディンスレイの表情はそういうものになっているはず。

「何よ艦長。そんな顔されたって、会議始める前にトイレ行かなかったのはあたしのせいじゃ無いわよ」

「別にそういう理由でこんな表情を浮かべているわけじゃあない。もし、安全策で行くというのなら、君の言う通りになるから、こうやって悩んでいるんだ」

「ブラックテイルⅡのワープ機能なら、再チェックを終えた現段階でも問題は無いですぜ。十分に時間を置けば、再度のワープは可能だ。オレの予想じゃあ少なくとも二桁回はやってみせる自信がある」

 ガニ整備班長が円卓を前に腕を組みながら言ってくる。彼のお墨付きというのは今後の旅において有難い話だが、残念ながら今の会議においては何の解決にもならない。

「艦長が何を考えているか、知り合ってから短いですが、どういう類のものであるは分かりますね」

「ほう。言ってみたまえ、副長」

「ワープの後に再度、ワープを行うには、我々の技術では数日の時間が必要です。その数日の間に、出来る事があると、そういう事では?」

「ふん? 正解だ。副長」

 意外に鋭い面を見せて来るテグロアン副長。いや、彼の場合は予想通りと言うべきか。未だにそのどちらかなのか分からない男ではあった。

「ほ、本当に纏め役……やり始めてますねぇ……」

 テグロアン副長に関して、ディンスレイ以外の印象となると、この様にアンスィ・アロトナ船医が呟いたものになるだろうか。

 律儀に副長とは会議の纏め役をするものであるという前回の会議で言われた事を守っている。

「け、けれど、数日の間に出来る事……とは? 船員への……く、訓練でしょうか?」

「確かに、船医殿の口からそういう言葉が飛び出してくるくらいに、我々はブラックテイルⅡの運用に、まだ習熟しているとは言い難い。基本的な性能を発揮する事は出来るだろうが、それ以上にこの艦は未解明な技術が多く投入されているからな」

 オルグの技術を真似られるところは真似た。そういう艦であるから、本当に、これは不安材料でしか無いのだが、ディンスレイですら予想出来ない機能が搭載されている可能性を否定できない。

「お、じゃあ僕は観測士として、観測設備の試験運用なんかをしろって話になるわけですね? 正直、やってみたい事は山ほどあるんで、歓迎出来る話ですよそれは」

「主任観測士が前向きに事に挑んでくれるというのなら幸いだ。実際、艦に居残る側になる船員には、その手の事をさせるのは手だろうな」

「居残る側……ですか?」

 ディンスレイの返答は、テリアン主任観測士にとっては予想とは違っていたらしい。

 事実、ディンスレイは議題が、テリアンが言うそれとは違う事を暗に伝えていた。

「じゃあ今回の会議に関しては、いったいあたし達は外に出て何をするかって話になるのね?」

「察しが良いなミニセル君。ここからは君の好みそうな話になるか?」

「待ち時間があって、その間に艦を離れて冒険するっていうのなら、確かにあたしにとっては歓迎したい事態よね?」

「そこまで都合の良い話でも無い。というより、それが冒険になるかどうかは正直怪しい。そう表現出来なくは無いだろうが……」

 ブラックテイルⅡがワープに要するまでの数日の間、船外でするべき事をする。その部分は正しいのだ。

 だが、それは、前回の様な未踏領域の冒険とは少し違っていた。

「なるほど、分かったかもしれません。つまり……外交をするって、そういう事でしょう?」

「ああ。そうなる。南方諸国家群は多くの国が密集し、またそれ全体では広いからな。ワープした先にもまた、別の国があるわけだ」

 テリアンの勘が鋭いというわけでもあるまい。

 ここまで話をすればだいたい察しは付き始める事だろうから。

「今さら、ペーンウォール王国の方と外交するってわけでも無いでしょうから、その先の国と接触するって事ですかい? それは……」

「不安か? 整備班長。確かに、あなたの管轄外だろうからな。勿論、多くの場合において整備班は艦内に居て貰う事にはなる」

「そりゃあ一安心……とは言ってられませんや。相手が国となると、まかり間違えば争いになるでしょう? 人間と人間のだ。頻繁にすればそれに巻き込まれる」

 外交の危険性とはそういうものだろう。ガニ整備班長の懸念も分かるのだ。

 だからこそ、今、幹部会議の議題にしている。

 ブラックテイルⅡは今後、ワープを繰り返しながら、その合間にワープ先に存在する国と接触を持つべきか? その結論をここで出して置きたい。それこそが今回の議題だった。

「い、今の時点で……か、艦長はそれをしたいと……考えていらっしゃいますか?」

「船医殿は反対かな? 確かに、敵国を探るという作戦において、無用の問題を発生させかねない物とも言える」

「い、今の時点では、そ、それぞれの意見を聞いておきたい……です」

 アンスィもまたあまり外交というものに詳しくはあるまい。だからこそ、決めかねているといった様子だ。

 あえて決は採らないが、視線を向けるだけで、現段階の意見は分かる。

 まず自分自身では賛成の立場。恐らくミニセルもそうだろう。冒険とは言えないかもしれないが、日頃接触の少ない国相手と交流できるというのは、彼女の感性に合っている。

 一方、先ほどの会話から、ガニ整備班長は反対だろう。彼は年長であるからこそ、人間同士の関係は、接触が増えれば増える程に問題も増えると経験則で知っているだろうから。

 あとの副長、主任観測士、船医の三人は中立……だろうと思う。少なくとも外面には決まった意見とやらを出して来ていない。

「浪漫はありますよね。今までにない文化。街並。食べ物。そうして女性。そこだけ見ればわくわくしてくる」

 未踏領域の旅に参加しただけあって、テリアンは出会いそのものには前向きであるらしい。

「しかしなぁ。お前さん、どれだけ余所の国の言葉が喋れる?」

「あー。そうか。そうですね。どうだったか……地方の方言なら何種類かは自信があるんですよ?」

 当たり前だが、国毎に言語というものがあり、それを話すには知識が必要だ。

 多くの国と接触を持つという事は、多くの国の言葉を知る必要があるのだ。

「なーに。安心しなさい。異文化コミュニケーションは体当たりよ? 言葉より勢いとボディーランゲージが大事。それでなんとかなるわよ」

「冗談で言える事じゃあ無いんだがね、嬢ちゃんよぉ」

「なぁに? また一人前のレディの事を嬢ちゃん呼ばわりしてるのかしらおじさま?」

「はっ。何時まで経っても変わらないからだろうが」

 と、懐かしい光景が目の前に繰り広げられ始めた。

 そういえばこの二人、暫く間を置いた上で、相性は悪いままなのか。

「艦長、いっつもこの二人ってこんな感じなんですか?」

「いっつもだ。慣れる事をおススメするよ、主任観測士。船医殿を見てみろ」

「うう……慣れたくは無いんですけどねぇ……」

 ただ、必要以上にも怯えていない。また始まったと言った様子のアンスィを見て、やはり無駄な安心感が生まれてくる。

 そんな安心感にはまだ縁遠いのが主任観測士のテリアンであり、そうして、副長のテグロアンであるはず。

 君はどういう心境かな? それを尋ねよう視線を向けた時、丁度良く、テグロアン副長は口を開いた。

「一度、皆さん先の事を考えてみてはどうでしょうか?」

「あん? 先?」

 首を傾げるミニセル。副長らしい小難しい話が始まると思ったのか、嫌そうな表情も浮かべていた。

 そんなミニセルの顔を、堂々と無視出来るくらいに、テグロアン副長の面の皮も厚い。

「他国に接触せず、ワープを繰り返した場合の話です。我々は確かに、迅速に、南方諸国家群の奥へと、問題無く進めるでしょう。そうして、そこで敵国を発見出来なければ?」

「は、発見出来ない……可能性が……?」

「勿論あります、アンスィ船医。何せ、謎の国ですから。南方諸国家群の奥で堂々と存在してくれている保証はどこにもありません。そうなった時、我々はどうすれば良いでしょうか? 良い旅だったと引き返すのですか?」

 勿論、艦長であるディンスレイにとって、それは出来ない。確実に、何かを得なければ帰還など出来るはずも無い。

「結局のところ、南方諸国家群の奥で何も発見出来なければ、さらに探す他無いだろうな。それこそ、他の国に接触してでも、敵国を探る必要が出て来る」

 ディンスレイの言葉は、テグロアン副長の話をそのまま肯定した。

 そう。結局のところ、早かれ遅かれ、他国と接触する必要はあるのだ。

 何せブラックテイルⅡは探し物を見つけに南方諸国家群の只中に飛び込んだのだ。この探し物を知りませんかと現地の人間に尋ねる必要が、当たり前に存在している。

「言語の分野については、勿論、問題の一つではあるだろう。その対策案については幾つかある。とりあえず直近の、現時点で接触出来る国に対しては通用するはずだ。なので今は……これから積極的に他国の人間と接触するべきかどうか。そこに尽きる。そうしてこれも当たり前の話として、人と接触が増えれば問題も増える。その懸念は必ず当たる。人間という種全体の経験則だろうな、これは」

「……」

 暫し思案のタイミングと言ったところか。

 ディンスレイの言葉に対して、会議は沈黙した。

 次に第一声を上げるのは誰だろうか。少なくとも自分では無い。そう考えていると、意外な人物がその声を上げた。

「あ、あのぉ……」

「質問かな? 船医殿?」

 さっきまで結論は出せないと言った様子のアンスィであり、さらには周囲の様子を伺っている節もあるのだが、それでも沈黙を破って来た。

「質問というか……か、感想と言うか……ふ、副長は、や、やっぱり、纏め役を……しようという意気込みが、あるんですねぇ……」

 アンスィがしみじみと言った様子でテグロアン副長を見た。

 確かに、さっきの彼の発言は、会議の進行を纏めるという副長としての役目を担ってくれていた気がする。

 だが、そんなアンスィの評価を聞いたテグロアン副長の方は、何時もよりやや目を開き、素朴な言葉を返すのみだった。

「仕事ですので。何か、おかしかったですか?」

 誰かからクスリという笑い声がした。

 それが誰からかは分からないものの、会議の空気は良くなった気がする。

 なら、その結果として出る結論についても、前向きなものになるだろうと。きっと。

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