⑤ ブラックテイルⅡ発進!
ブラックテイルⅡのメインブリッジの印象は、ブラックテイル号がシルフェニアを旅立った時のものよりは、オルグの技術を導入された時のそれに近い。
これまでに無い技術が使われている印象があり、さらに言えば、そうなる事が自然なのだと思わせるくらいに、使い勝手も向上しているのだ。
「出来る限り持ち場からは動かないで仕事が出来る。そういう設計思想は我々にもあるが、席に座った状態での身体の捩じり方や手の動かし方まで意識した配置と機能になっている……こういうのを与えられると、自分が怠惰になるかもという謎の危機意識が湧いて来ないかな?」
そんな、メインブリッジでの軽口を発したディンスレイは、その軽口のおかげで、自分がまた艦長に戻って来たという感慨が生まれていた。
ブラックテイルⅡにて船員が集まり、艦を飛行させないままでの操作訓練が始まって数日。漸く、こういう言葉を発する事が出来る空気になったのである。
こういう空気こそ、ディンスレイ・オルド・クラレイスが艦長をする艦と言える……と、本人なりには思うのだ。
「安心しなさい、艦長。不精になる前に、色々と苦労する事になりそうよ。これまで触ってみた感触だけれど、表面だけなぞったみたいにチグハグさがあるわ、この操作盤」
自らの席に座り、あちこちを操作しているミニセルであったが、どうやら操縦桿と隣にある各種機器に指示を送る操作盤の配置に難儀しているらしい。
「ブラックテイル号の方ではあった、スイッチがガラス板に映る機能。あれがあればまだだいぶマシなのだろうが、こっちのはスイッチを無理矢理一つに纏めたという印象が確かにあるな」
と、ディンスレイ自身も艦長席の近くにもある各種操作盤を試しに触れながら呟く。
例のガラス板とは違って、ただそこにはスイッチが無数に並んでいる。それぞれ一つ一つの大きさも小さく、しっかり訓練しておかなければ、緊急時に操作を間違いそうで怖い。
「あの技術、専門家は画面という表現をする様にしたそうですが、小型化に難儀しているそうですよ。画面に絵を映すまでは出来ているとの事です。おっと、これはこれは」
テグロアン副長は、このブラックテイルⅡに関する事では積極的に動いていた立場なので、色々と事情通であるらしい。
もっとも、彼にしたところで副長席における仕事に四苦八苦している様に見えた。
(というより、副長職の経験が無いのか? 以前は何をしていたか。少々気になるところだが……)
今は船員の経歴を気にする段階では無いだろう。それよりも色々と、最低限やらなければならない事が残っている。
「センサー類も良くなってるんですが、配置が古いままですね。ここまでの性能なら、古い性能が残ってる観測機器は、あくまで補助用として脇に退けて欲しかったな……」
「主任観測士、そういうものに慣れるのも仕事の内と思って欲しい。今さら、メインブリッジの設計を見直せというのも無茶だしなぁ」
「そりゃそうなんですけどね。文句の一つも言いたくなりますよ。ほら、僕、主任観測士になったのに、部下が居ないじゃないですか。複数人体制で観測をするんですよね? もしかしてブラックテイルⅡではセンサーの性能が上がって、かつコンパクトになったから、僕一人で働けとか……?」
「いや、二人体制だよ。君が主でもう一人が君の補佐。だから君が主任観測士だ。で、そろそろ補佐役の観測士が来るはずだ。諸君、これはちょっとした私からのサプライズと思って欲しい。これでメインブリッジメンバーは全員揃う事になる」
自身用の操作盤に触れるのを一旦止め、ディンスレイはまたメインブリッジに居る全員に告げた。
「サプライズって、わざわざ一人、遅れて来る様にする理由ってある?」
「現在、士官学校の訓練生なんだ。ブラックテイルⅡでの習熟より先に、飛空艦の船員としての基礎を短期間で叩き込んで貰っていたのだよ。それが本日終わり、漸く合流する事になった」
「今のタイミングで? それってかなりギリギリよ?」
ミニセルの言う通り、既にブラックテイルⅡは、その船員達の力で何時でも飛び立てるまでに漕ぎ着けていた。
ここでさらに新人の船員が入って来るというのは、他の船員に追い付く事に苦労するだろう。
「だからこその補佐役としての任命だ。悪いが主任観測士は上司として上手く成長を促してやって欲しい」
「あーはいはい。つまり暫くは苦労しそうって事ですね、了解です。まったく、船内幹部って、成ったところであんまり良い事無いな……?」
「小声で言っても聞こえてるぞー」
もっとも、冗談として聞こえる様に言ったのかもしれない。
ディンスレイだけで無く、船員側からも軽口が返って来るのも、またらしい空気になってきた気がする。
ならば、もっとらしい空気にしてやろう。
「さて、ではさっそく新人を紹介しよう。もう入って来て良いぞ」
「あらやだ。実は待機して貰ってた? それでサプライズってどういう―――
とりあえず、ミニセルに関しては実際に驚きを引き出せたらしい。
ディンスレイは自分の言葉と共に入って来た補佐観測士を見てから、次に他のメインブリッジメンバーを見つめる。
副長の様な、元ブラックテイル号メンバーでは無い船員以外は、全員がミニセルと同じ様に、驚いた表情を浮かべている。
そりゃあそうなる。だからこそのサプライズだ。
「補佐観測士、さっそく自己紹介を始めてくれ」
「はい! ララリート・イシイ補佐観測士、本日付けでブラックテイルⅡの配属となりました! 皆さん! 未熟者ですが、よろしくお願いしますねっ」
元気の良さは新人だから、それとも生来からのものか。
かつて、他のブラックテイル号のメンバーが彼女を見ていた頃より、大分背が伸びた彼女の姿であるが、以前の様に、溌剌とした雰囲気は消えていないはずだ。
「え? 艦長。艦長艦長! どういう事よ?」
「なんだミニセル君。君には手紙で伝えたり、当人ともやり取りをしていたから知っているだろう。私が彼女の世話をしている事くらい」
「はいっ。ディンスレイさ……艦長にはもうお世話になりっぱなしで、国軍の訓練学校にも入れてくれて!」
以前ならぴょんぴょん跳ねていたであろうララリートであるが、今では多少、落ち着きの様なものが出始めている……と思う。立派なレディへ突き進んでいる最中なのだ。きっと立派な女性になる。
保護者の贔屓目などと言ってくれるな。
「失礼ながら、私は彼女について良く知らないのですが、皆さん、お知り合いで?」
「ああ、副長。彼女もまた、ブラックテイル号の元船員だ。私が後見人もしている」
と、紹介しているうちに、ララリート自身がテグロアン副長へと近付いて辞儀をした。
「ララリート・イシイ。補佐観測士を務めさせていただきます。よろしくお願いします、副長!」
「ふむ? これはこれは。よろしくお願いします」
と、ララリートとテグロアン副長はそれぞれの立場らしい挨拶をするが、メインブリッジの雰囲気は驚いたと言った空気へと変わる。
「ちゃんと挨拶出来るじゃないの、ララリートちゃん」
「あはは。挨拶をちゃんとするのは訓練学校で沢山教えられましたので……」
彼女は成長しているという事だ。ミニセルを驚かせるくらいには。
以前、ブラックテイル号で一方的に教えられる側であったララリートはもう居ないのである。少々寂しいが、親代わりとしては頼もしくもあった。
「教えが発揮されている様で、送り出した側としては幸いだ。ではララリート観測士。主任観測士の隣が君の席だ。配置に着いてくれ」
「了解です、艦長っ。頑張りますよー。どしどし指示をお願いしますねっ」
「上司は一応僕だから、僕の指示に従って欲しいな、ララリートちゃ……ララリートさん」
「ああっ。すみません主任観測士!」
この様な会話が繰り広げられるメインブリッジ。
空気がさらに軽くなった気もするが、一方で明るくもなった。これは良い兆候であるはずだ。ディンスレイはそう思う。
「前回、ブラックテイル号に搭乗していた船員であるというのならば、文句もありませんが、これは情が絡んだ人事ですか? 艦長?」
「率直に聞いてくるな、副長。勿論、絡んでいるさ。私が世話をしているんだ。ブラックテイル号を降りてからずっとな。そりゃあ新たにブラックテイルⅡという艦で旅に出る以上、彼女を呼ぶ」
「あはは。コネじゃなく、能力で選ばれたって言わせたいですねっ。はい!」
「だな、ララリート観測士。これから、期待通りだと言わせてくれる様にお願いするよ」
厳しい表現かもしれないが、それでも泣き言を言わない相手だと分かっている。
これまで、それくらいの付き合いをしてきた相手だ。
(それに、彼女の夢にとっても、今回の任務は良い経験になるはずだ。糧にしてくれるのならば有難いが……)
言葉にはしないで置きながら、ララリートの事は気にしているディンスレイ。
彼女が彼女自身の将来の夢をディンスレイに語った時から、文字通り、ララリートはディンスレイにとって家族になっていた。
そんな家族とも、また旅をする。今度の旅先は前回よりも危険が待って居そうな、そんな予想がありながらも。
(存外、罪深いな。私という人間は)
だが、それでも今の状況を選んだのは他ならぬ自分だ。後悔はしても、せめて前に進もう。
「さて、諸君。新しく来てくれた船員との挨拶はこれくらいで、訓練を再開するぞ。期日まであと三日と言ったところか。そこに至れば、もう今日の様な弱音は吐かせんからな。我々はこの艦に搭載された機能……ワープを行う。オルグからの技術供与を受けているとは言え、シルフェニアが初めて開発したワープ装置だ。我々の方が完璧に動けなければ、どういう結果になるか分かったものでは無い。心して掛かる様に」
「了解ですっ。艦長!」
ディンスレイの宣言に、そんなララリートからの元気な声が真っ先に届き、ディンスレイは頷きで返した。
今のところは、まったくの順調であった。
シルフェニアがその技術、ワープを最優先で手に入れようとしたのは、それがオルグよりもたらされた技術の中で、もっとも重要なものと思えたからだ。
自分達が生きる無限の大地。それを大きく狭める事が出来る技術。それを手に入れる事が出来れば、シルフェニアという国はさらなる飛躍を遂げる事が出来るだろう。
かつて、飛空船という技術で世界に大きく羽ばたいた時の様に。
「何にせよ、まだ羽ばたくというには自由が無いな、我々は。交渉も上手く行かなかった」
ブラックテイルⅡ内部の各施設を繋ぐ廊下を早歩きで進みながら、ディンスレイは隣で、等速度で歩いているテグロアン副長へと話し掛けた。
現在、ブラックテイルⅡは既にエイトホール号を離れ、初航空も追えている状況だった。
さらに言えば、そのまま最初の目的地へと到着しており、着陸まで終えている。
では、いったいその目的地とはどこであるかだが……。
「ペーンウォール王国との交渉。あれも駄目だな。さっそく引き延ばしに入られた。まともにすれば通行どころか、国内に入るだけでも数日稼がれるぞ」
「分かっていた事でしょう。長年、シルフェニアと国境を接していた事もあって、こちらがどの様な要求をするかなど、向こうも分かりきっています」
シルフェニア南方国境沿い。シルフェニアと国境を接している幾つかの国の一つ、ペーンウォール王国までブラックテイルⅡはやってきていた。
シルフェニアにとっては国外の観光地として候補の一つになる程度には有名な国で、シルフェニアとも比較的友好関係を築けていた。
もっとも、その国内を通って向こうの国に行くとなれば話は別で、それは頑なに妨害してくる国としても名が通っている。
(観光地としてもそうだが、南方からの文物の通り道としての利権を手放さない様にというのもあるのだろうな。絶対に通さないというよりは、通るために苦労と時間を掛けさせる方針というのが厄介だ)
そうする事で、自分達はシルフェニアにとっての玄関口なのだぞという意識を持たせ、利益を得ようとしているわけだ。
この手の国が一つや二つでは済まないくらいに存在するから、南方諸国家群はシルフェニアにとって厄介な壁となっている。
「このペーンウォール王国とて、敵国の飛空艦を通しているのだろう? 文句の一つや二つ、いや、政治的な圧力を掛けてみればどうだという話だ」
この様に、テグロアン副長に愚痴みたいな事を言うのは、彼が直近まで、シルフェニアと南方諸国家の外交に関わっていたからだ。
今回の任務で彼がブラックテイルⅡの副長となったのも、ディンスレイ達の目付け役以外に、多くの国に関わる任務である以上、専門家の同行が必須であるからだ。
そんな専門家であるところのテグロアン副長の意見は単純だった。
「なのでこれから、圧力を掛けるために我々が来たのです」
「ま、そういう事になるか。では、交渉はこれにて終了。我々は我々の予定通りに仕事をする。という事で良いな?」
「勿論、それを期待していますよ、艦長」
そう言ってから、ディンスレイとテグロアン副長は同時に立ち止まる。
メインブリッジへと入る扉の前までやってきたからだ。
扉を開き、それぞれの席まで辿り着くと、準備万端にディンスレイ達を待って居たメインブリッジクルーの視線がディンスレイへと向かってくる。
「で、どうだったかしら? 艦長?」
「どうもこうも、予定通りだ。我々はこの南方諸国家を抜けて、謎に包まれた敵国を追う。そのために、今、こうやって皆が揃っているのだろう?」
訓練を終え、最初の目的地にやってきて、そこでのまず前準備を終えた。
つまり、ここからが本番だった。
ブラックテイルⅡは国内の通行を許さぬペーンウォール王国を無視し、その国を通らないままに、国を越えて行く。ワープを行うのだ。
ディンスレイはメインブリッジの主要メンバーに視線を向けながら、口を開いて行く。
「ミニセル操舵士。ワープ前後は艦がどうしても不安定になる。君がそれを補う様に。分かったな?」
「了解。前のブラックテイル号みたいに、地面に激突は避けたいものね?」
その通り。一般的な飛空艦よりも船体フィールドの強度は高いブラックテイルⅡであるが、それでも飛行速度のままで地面にぶつかれば、不時着など出来るはずも無い。
つまり操舵士は船員皆の命を握っている。
「主任観測士。ワープの際は君が主役だ。前回の様に、オルグから与えられた超長距離の状態を探り、安全を十分に確認してからというのは出来ない。あくまでこちらが事前に把握している地形に対して、周囲に何も無い上空から上空へのワープとなる。勿論、ブラックテイルⅡに搭載されている観測器で観測可能な場所へのワープだ。君の手腕が試されると言ったところだな」
「プレッシャー掛けたって意味無いですよ、艦長。なんてったって、僕はもう主任観測士なので」
「ほう。良い自信だ。実際のところどうかな、補佐観測士」
「ええっと……はい。すごいですよ、主任観測士の能力は! 本人に似合わずという感じです!」
「ララリートさん。褒め言葉じゃないってそれ……」
二人の観測士の関係性は良い状態だ。この調子ならば、当人達にとって万全な能力を発揮してくれる事だろう。
次にディンスレイは艦内通信を繋ぐ。
ブラックテイルⅡに搭載されているそれは、オルグの技術を用いた通信技術だ。音を直接繋ぐのでは無く、音を艦内を走る信号の様なものへと変え、現場で直接音として再現するため、よりクリアに声を伝えられる。そういう装置である。
もっとも、こちらもオルグの技術そのままでは無いから、相手の顔まで見る事は出来ない。
そんな装置でもって繋いだ先は、変わらず艦内の心臓部である機関室であった。
「整備班長。そっちの調子はどうかな? と、わざわざ尋ねるのは、あなたにとっては失礼な話かもしれないが」
『艦長が現場確認を適宜したいってんなら、嫌に思っちゃそっちの方が悪いですよ。こっちも万全。むしろ、前のブラックテイル号より余程聞き分けの良い機関してますな』
「それはオルグによる改修前なのか後なのか」
『どっちもですよ。オレは素直に評価しますね、この艦を。将来的に、オルグの技術を自分の物にしてやろうって気概に溢れてる。答えてやらないと嘘ですぜ』
「頼もしい返事だ。だが問題点として、この艦に乗っているそれは光石では無い」
ブラックテイル号が手に入れ、オルグの各技術の根っ子にもなっている、超高純度の浮遊石。その採掘技術がシルフェニアには無いのだ。
だからこそ、オルグの技術の再現は現段階で片手落ちであり、ワープ技術に関してもそうなっている。
『浮遊石の力を溜める装置って表現が近いでしょうな。その再現が出来ているのが幸いなんでしょう。この機関を動かし続ければ数日に一回。そのペースでなら、この艦に搭載されてる浮遊石でもワープが可能。そこまで漕ぎつけたってんですから、やっぱ評価してやらにゃならんでしょう』
「もっともだ。おかげで、こうして今まででは出来なかった事が出来る様になったのだから。意見ありがとう整備班長。そちらは順調そうだ」
『ええ。メインブリッジの方も、順調である様に祈りますよ』
整備班長の返答を聞いてから、ディンスレイは通信を切った。何時もならこの次に医務室へと繋ぐところであるが、その手をディンスレイは止めた。
(そこまでするのは大層が過ぎるな)
まずは一歩目ではないか。
ディンスレイはそう思う事にした。たかが一度、ワープをするだけだ。それほど長距離でも無い。
以前に行ったワープなどは、一年旅をした道のりを、一気に遡る事が出来たのだ。
それに比べれば今回は、本当に一歩程度。
「そうだな、皆、手は抜かないで欲しいが、気楽には行こう。我々はこれからワープをするわけだが……当たり前にその後がある。仕事が山積みだよ。気を張り続けていれば後が続かない」
「今、それを言うの? 艦長?」
「ああ、今だから言おう。すべての準備が揃った今だからこそ、言うべきだ」
今回が成功して、大喜びという話でもあるまい。これを何度もしていくのだ。その度に記念すべき日としていれば、一年の三分の一はそんな日で埋もれてしまう。
「なあに。上手く行くさ。大したハードルでも無い。すぐそこにある場所に進むだけ。主任観測士、準備は良いかな?」
「艦長がメインブリッジに入って来るより前に、終わってますよ。確かに、大した仕事じゃあありません。ねぇ、ララリートさん」
「あはは。昨日の夜は徹夜しましたよね? 主任観測士」
「あー、いや、それはどうにも不安があったからで……」
「君が見えない場所で努力をするタイプなのは知っているよ、テリアン主任観測士。評価もしている。信頼だってしているから、任せるのさ。引き金は……すまないが操舵士に渡しているが」
「ごめんなさいねぇ。ブラックテイル号でもそうだったから、こっちでもそうなるみたい。思うんだけれど、この艦が出来るワープなら、それこそ観測士が役目を担った方が良いんじゃない? そこのところ、どう思うかしら、副長」
何時もの軽口が始まるメインブリッジにおいて、参加して来ないテグロアン副長に対して、ミニセルが気を使ったらしい。
もっとも、そういう気の使い方が必要ない男である事を、ディンスレイはそろそろ理解し始めていた。
「艦内配置についての話ならば、元となったオルグの文化が大きく関わって来ます。本来のブラックテイル号のそれを意識したのか、それとも彼ら流なのか。そこから解明する必要があるため、当時のままの役割配置にしたというのは致し方ない事でしょうね」
「ああ……そうねぇ……」
余計な話を振ってしまったため、専門的な話になりそうだ。
そんなうんざりとした声を発するミニセルであるが、それは間違いだとディンスレイは思う。
テグロアン副長が話しをするなら、それは何でも専門的になる。そういう人間なのだ。きっと。
「副長。話を中断して悪いが、今回のワープの成否についてはどう思う? 気負う必要も無いが、やはり君の意見を聞いて置きたい」
「上手く行くでしょう」
「それはどうして?」
「あなたが集めた船員が、ベストだと思うからです。そういう結論を出すのは些か尚早でしたか?」
「いいや、まったくもってそうは思わない」
むしろ、良い事だった。
準備万端だからではない。テグロアン副長の返答を聞いて、彼だって、存外、この艦に馴染めそうだと思ったからだ。
まだ先は長いかもしれないが……。
「では、始めようか諸君。艦内全員に通達! これよりワープを開始する! 機関室ワープ機関始動しろ!」
『こちら機関室! 機関始動!』
「観測士の諸君! ワープ地点への観測完了を再度確認!」
「補佐観測士、確認完了ですっ」
「主任観測士、最終観測完了。予定通り行けます」
手順はブラックテイル号の時より随分多いが、今はこれが精一杯。
それにもう、最後の指示を終えるところだ。
「操舵士、ワープ開始! 引き金を引け!」
「了解艦長! ブラックテイルⅡ! ワープ開始!」
ミニセルのその言葉と共に、視界が変わっていく。
かつて、一年前に見た、ワープによる変化が今、ブラックテイルⅡを包み始めた。
ディンスレイのさらなる旅もまた、この瞬間、漸く一歩目を踏み出したのである。




