③ 出合いという名の新たな事件
酷く忙しい日々というのは、むしろ将来への不安を忘れさせてくれる。
ディンスレイはつくづくそう思う。
一応勝利したとは言え、損傷したダイアングラー号をフラミニーズ艦長と共に指揮し、近くの空港まで運び、その後は国境線沿いで何があったのかを至急、情報としてまとめて国軍へ報告した。
その後、国軍の上層部から聞き取り役がやってきて、さらに詳しい内容を船員含めて伝える事にもなった。
向こうも随分と慌てた様子だったので、恐らく、ディンスレイ達が遭遇した敵艦だけの問題では無いのだろう。
もっと大きな事が起きている。そんな事を感じ取りつつ、次にはダイアングラー号が長期の修理に入るため、その間の船員達の仕事を決める必要があった。
艦が修理中は休養を取らせるのは勿論だが、行き過ぎれば怠慢に繋がるため、適度な訓練や役割を与える必要があるのだ。
それらの計画を取りまとめ、ふと、自分自身に暇な時間がやってきたタイミングで、ディンスレイは呼び出される事になる。
自分の上司であるフラミニーズ艦長にだ。
「良く来てくれた。そこに座って欲しい」
各都市にある国軍用の庁舎。その一室を与えられたフラミニーズ艦長は、ディンスレイと同じく忙しい日々を送っていたはずだ。
謎の敵艦の国境侵入から暫く。ダイアングラー号をディンスレイはどう指示したのか。その概説と意図について彼には伝えていたが、行為の結果についてはお互い、深く言及しない状況が続いていた。
が、それも今日までという事だろう。
「君の処分が決まったよ、ディンスレイ副長」
フラミニーズ艦長は、椅子に座ったディンスレイにそう告げて来た。
向こうは机に肘を突き、こちらは部屋の中に置かれた椅子に座って姿勢を正す。
まるで国軍の採用面接だなと思うところであるが、意味合いとしては逆になりそうだ。
(確かに、あの指揮はやりすぎの感があった)
艦そのものを危険に晒しながら、正体も分からぬ相手と航空戦を繰り広げた。
ダイアングラー号の性能が劣ると理解しながら、薄氷の上を渡る様な、賭けみたいな戦術を選び続けた。
どれをとっても、あの飛空艦においてはやってはならぬ事に区分される。そういう手段を自覚しながら、一時の熱に浮かされる様に、ディンスレイは指示を出し続けたのだ。
後になれば、勿論、その点で追及を受ける。そんな事だって理解しながら。
「その処分。大人しく受け入れますよ、艦長。それが礼儀でしょうし、ケジメだ。ダイアングラー号はあなたの艦であるのに、私が危険に晒した。それについても、謝罪したいと思っていました」
ディンスレイは素直にそう告げた。事態が事態だった。他に手段は無かった。言える事は幾らでもあるのだろうが、ディンスレイの矜持がそれを許さなかったのだ。
あくまで自分は副長だ。ダイアングラー号の艦長では無かった。それを否定する事だけはディンスレイには出来ないのである。
「……後悔は、あるかね?」
「申し訳ありません。それだけは……どうにも無いのです。ですので、謝る他無い」
そう。その時々の判断で、自分は間違えなかった。それだけを断言するために、ディンスレイは不義理をした事を受け止めるのだ。
多分、この拗れた矜持こそ、自分を奮い立たせる物の一つでもあるのだろう。
そんなディンスレイの姿に、フラミニーズ艦長は溜息で答えて来た。
「思えば、ダイアングラー号に赴任して来た頃から、君は馴染めないでいたな。馴染もうという努力もしていたが、それがどうしても出来なかったらしい」
「艦長が悪いわけでは無いと思います。私がどうにもこう……分かっていただけると思いますが」
「ああ、そうだな。十分に理解させられたよ。君はダイアングラー号に相応しくない。部下にこの様な事を言うの甚だ不本意だし、言った事も始めてだが、君は私の艦に向いていない」
お互い、直接的に、ずっと言えなかった言葉。それをフラミニーズ艦長から言わせたというのは心苦しいし、それでも、副長の自分からでは無く、艦長から言うべき事であったから、この場で聞けて良かったと思う。
「私という人間は、そういう人種なのでしょうね。荒場の方に魅力を感じてしまう性質です。ご理解は既にしていただけてると思いますが……」
「うむ。散々に理解させられた。確か、最初に赴任して来た時も、艦内の船員全員の能力や適性について、資料として纏めようとし始めたな?」
「あー……あれはその。個人的に、張り切りが過ぎていたかと」
実質的に、ブラックテイル号の艦長職から、副長職への異動だったのだ。その事にくよくよしていられない。副長らしく、艦長の助けになる様な事をしなければと、嫌われがちな査定役を買って出たのであるが、行き過ぎて艦内の空気を悪くしてしまった。
「あの新しく来た副長は、何人かのクビを切るつもりじゃないかと、こっそり船員から相談されたよ」
「やはり、そういう船員も出ていましたか」
「気付いているというのなら、それで良い。自覚してやる行為がすべて良い事とは言わんが、自分のした結果について、受け止める以上に、素早く気が付けるのが艦長としての才能だと私は思っているよ。短い間だったが、唯一伝えられる先達からの助言と受け取って欲しい」
「肝に銘じて置きます……確かにそういう適正は……先達から助言?」
流しそうになったが、聞き捨てならない言葉がフラミニーズ艦長から出て来た気がする。
「なんだ。こっちについては気が付いて居なかったのか? 私の艦には相応しく無いと言っただろう。君には君に相応しい、器というものがある。私はそう評価しているのだがね」
フラミニーズ艦長はそう言って、机の向こうで椅子から立ち上がり、一枚の紙を持って、ディンスレイの側へとやってきた。
「ディンスレイ・オルド・クラレイス少佐。本日付けて、君の中佐への昇任を決定する。以後、君はダイアングラー号を離れ、次の赴任先が決まるまで空軍本部へ出向する様にとの事だ」
「え……は、はぁ?」
その決定は想定外だった。なのでディンスレイは言葉に詰まる。こういうのも久しぶりだと思いながら。
「自分で言っただろう。君は荒場向きの人材だ。そうして、例の敵艦の事を思えば、シルフェニア国軍はその荒場の只中に入ると言える。であれば……適材適所に人員を配置する。これは君の好みの決定だと思わんかな?」
「しかし……私が、ここで昇進ですか?」
「処分を受け入れるとも言ったな。であれば、この異動通知を持ってどこへでも行くと良い。あ、どこへでもと言ったが、国軍の指示は仰いでくれたまえよ? そこはほら、方便という奴でな」
雰囲気が少し変わったかと思ったフラミニーズ艦長であるが、すぐに何時もの調子に戻ってしまった。
ほら見ろ。この人だって艦長だ。無能な人間では無いし、ディンスレイ一人など、簡単に驚かせてくるのだ。
「ええ。分かってます。これからも、この組織の中に居れば、面白い光景を見られそうだと今、思っているところですから。早々に勝手はしませんよ」
「そうか。なら、早く仕事に戻ると良い。今日まで忙しかったろうが、これからも忙しくなる。あと、月並みな表現ではあるが、言わせてくれ。君の、艦長としての栄達を期待しているよ」
「まだ、飛空艦の艦長になると決まったわけじゃあありませんよ」
「どうかな? 存外、君はそれになる運命かもしれん。私から見たら、そう見えるよ」
さて、その慧眼はどこまでのものか。
ディンスレイとて未来は分からない。ただ、これから先、このフラミニーズ艦長がやはり先も見据えられる男であった事を、ディンスレイは証明してやろうと思う。
フラミニーズ艦長の執務室を出て、一息を吐く。
これでも、相応に緊張していたのだ。もっとも、その緊張の甲斐はあったと思う。
(というより、喜ぶべきなのだろうな。ああ、そうだとも。また、艦長が出来る)
シルフェニア国軍において中佐という階級は、正真正銘、艦長としての階級だ。勿論、別に相応しい職務というのもあるのだが、ディンスレイが望むのは勿論、飛空艦の艦長なのである。
強く望めば、それが叶う。そういう立場になれたのだろうと思う。
ならば、軽く拳を握り込んで喜んで置こうか。
実際にそういう仕草をしようとしたタイミングで気が付いた。
すぐ傍に人影が居た。
「っと!? いや、なんだ。し、失礼?」
もしや向こうの進路を邪魔していたかと思うくらいにすぐ近くに居たので驚き、さらにはつい謝ってしまった。
相手は長身の、ぬぼっとした表情の男であった。年齢はディンスレイより少し上くらいか? 服装からして、国軍の士官に見えるが。
「失礼はしていませんね。ここでずっとあなたをお待ちしていましたので」
と、男は表情を変えず口だけ動かして言ってきた。
そんな男の風貌や仕草を見て、ディンスレイは気が付いた。
「確か君は……中央から敵艦の情報を受け取りに来た者の一人に居たか?」
「はい。憶えていてくれたのならば話が早い。私、テグロアン・ムイーズ大尉です。今後、長くお付き合いする事になると思いますので、お見知りおきを」
名乗るテグロアン大尉は、のそっとその長身を曲げて、ぎりぎり辞儀に見えなくもない辞儀をした。
なんともまあ、独特な男だなという印象が強い。
「……長くお付き合いだと?」
「はい。ディンスレイ中佐には、この後、ご案内したい場所があります」
「案内役がすぐに居る……もしやさっきまでの話も、予定通りという事か。これは」
「フラミニーズ艦長はご存知ありません。そうしてあなたの昇進も嘘では無い。国軍上層部はあなたのこれまでの功績を評価していますので。さらにここに来て、性能の劣る艦であの敵国最新鋭艦を追い払ったという。何時までも老朽艦の副長をさせていられなくなったのです」
一応、評価されているのだろう。その手の言葉が並んでいる事は理解出来る。相手に悪意も無いのも分かった。
が、どうしてかこのテグロアン大尉の言葉を聞いていると、何か裏だったり別の感情がありそうに思えてくるから厄介だ。
「で、評価されて次の私の経歴はどうなる? 持ち上げるだけ持ち上げて、最後に落とす事になるのかな?」
「それはあなた次第……という事になります。数日、旅をしていただく事になりますが、着いて来ていただければ有難い。着いて来られますよね?」
「一応確認しておくが、それは国軍からの指示という事で良いのかな?」
「そう取って貰って構いません」
「なら従おう。というか、まずそれを先に言って欲しいのだがね」
実は何の関係も無く、どこぞへ連れて行かれようしているのではという懸念があった。テグロアン大尉の、何を考えているか分からぬぬぼっとした顔のせいである。
「これは失礼しました。それでは道中、説明もさせていただきますので」
「そもそも、これからどこに行くつもりなのかな、テグロアン大尉」
「それも……先に言うべきでしたか。これより向かう先は、我らがシルフェニア国が有する大型飛空船の一つ、エイトホール号。勿論、ご存知ですよね?」
知らぬわけも無いその名前と共に、ディンスレイはその様相を思い浮かべて行く。
大型飛空船。シルフェニアにおいても数隻しか存在しないその一つが、ディンスレイの次の仕事場であるらしかった。
エイトホール号は、その名の通り、その船体に八つの穴が見える。
船体を上から見て四方の側面。さらに上下にそれぞれ二つずつ。全体としては長方形に見える船体に開いたその穴は、すべて船体内部へと続いており、そこは飛空船のドックとなっていた。
つまり飛空船そのものが飛空船の基地であり造船所でもある。そんな規模が桁違いの飛空船だからこそ、大型飛空船というものであった。
大型飛空船とは、空飛ぶ都市であるとは誰が言った言葉であったか。
その威容を見れば、その言葉が決して誇張の類で無い事が分かる。
「国軍所有の中でもっとも重要な艦の一つ。その言葉だけでも言い表せないくらいに、あの外観には浪漫を覚えるな」
ディンスレイは、エイトホール号へと近付いて行く小型飛空船の客席に乗りながら、その窓より見える景色と、徐々に近づいて行くエイトホール号の姿を見て呟く。
ディンスレイ達が乗る小型飛空船は随分と豪華なもので、客席はたったの四つしか存在しておらず、広々としていた。
軍用のものではあろうが、それでも本来は相当に階級の高いものを乗せるものなのではと思わせて来る。
そんな飛空船に乗っている自分は、相応しい立場なのだろうか。なかなかそうは思えないし、隣の席に座るもう一人の顔を見れば、やはりそうは見えない。
テグロアン大尉。彼はやはり何を考えているか分からぬ表情を浮かべながら、ただ正面を向いて客席に座っている。
「なあ、テグロアン大尉。君はあの船についてどう思う? 何度か足を運んだ事もあるのだろう?」
「ええ、ここ最近は特に。良い船ですよ。頑丈に出来ている」
もう少し、感情がある返答を期待したいところだが、彼と共にこのエイトホール号を目指して数日。ずっとこんな調子なので慣れて来た頃合いだった。
「事実、あれは国軍にとって移動基地の様なものだ。相応に頑丈だし、空戦にも機動力では中型飛空艦に敵わぬだろうが、それそのものは出来る性能があると聞くな。もっとも、あれが前線に赴くという状況はあまり歓迎出来ん」
「その様な予定はありませんよ」
「国が非常事態だぞ? そう悠長にも言ってられん」
数日の間、ディンスレイはテグロアン大尉より今のシルフェニアの現状を聞いていた。
ディンスレイ達が遭遇した敵艦。あれは一隻だけでは無いらしい。
「現在、確認出来る地点で十か所。中佐が目撃した艦と外観上の共通点がある不明艦の侵入を確認しています。そのどれもがシルフェニア国軍が所有する飛空艦の平均を上回る性能をしているとの事です。中でも中佐の報告はとても貴重でした。何せ唯一、遭遇し、撃退したという報告でしたから」
「喜べん話だな。つまり残り九か所の国境は突破されたという事だろう。国軍の統制はいったいどうなっているんだ」
「長らくこの国は平和だったのです。致し方ない事かと」
本当にそう思っているのか? テグロアン大尉の表情からはその感情を伺い知れぬが、文字通り仕方ないと思う性質なのかは怪しいところだ。
(今、この事態において、忙しく働いている人間だろう? 君は?)
だが、今は知れぬ相手のままだ。数日で彼の人格を理解するのはまだ出来ないらしい。
「敵艦……いや、もはやその規模だと敵軍だな。今なお、シルフェニア国内に侵攻中なのか?」
「行ったり来たりを繰り返しています。本格的な侵略目的であれば、もっと多くの飛空艦が必要でしょう。恐らく、現段階は様子見をしていると思われます。中佐が一隻を追い返したのが効いているのでは?」
「この事態で世辞は喜べんと言ったぞ。そもそも、エイトホール号へ向かう事は聞いているが、そこで何をするかはまだ教えて貰っていない。場所が場所だけに、考えはあるだろうと納得しているが、そろそろ教えてくれても良いのではないか?」
現在のディンスレイは軍事基地の一つに向かうという話だけを聞かされた様な状況であった。
この様に秘密主義的なやり口に不快感が無いわけでは無いが、それでも口外出来ない事、出来ないタイミングというものがある事くらい、組織に属する者としてディンスレイも理解している。
理解はしているが、気分は良く無いので嫌味は言うわけだ。
「……あなたの旅」
「うん?」
昨日の時点であれば、まだ明かせませんとだけ返って来た質問であったが、今日は違うらしかった。
「あなたが旅をした未踏領域での旅。今回、それが関わっている案件です。これ以上は現地で説明します」
「……それを知っているのが君という事か」
「……」
ここで沈黙するというのは相当な事だろう。
現地で聞かなければ危ない。四人乗りの小型船に操舵士を含めて三人乗りの状況で、他人の耳が気になるものだろうか。
(いや、実際に気になるのだろう。少なくとも、この大尉はその慎重さを持ち、評価され、働いているタイプと見た)
未だ何を目指しているのか要領を得ない状況であったが、テグロアン大尉という人間の人となりの、その一端を掴めた気がする。今の時点では、その成果で満足するべきなのだろう。
どうせ、着くべき現地はもうすぐ傍だった。
「私にとって、ここに来る機会というのはそう多く無いのだが、だからこそ、この飛空艦の穴に飛空船で入って行くというのは、慣れないものだな」
「安心してください。私はもう何度も来ていますが、慣れないのは同様です」
ユーモアくらいはあるらしい。テグロアン大尉の返答を耳に入れつつ、ディンスレイは大型飛空艦、エイトホール号の穴が近づく景色を見つめ続けていた。
大きな穴が八つ、船体に空いていたとしても、それ以外の部分も十分に広く大きく、居住面積だけを見ても、文字通り都市程にある。そうして、この飛空船そのものが飛空艦として設計されたものである以上、そのほぼすべてが軍事関係の施設。
エイトホール号のその威圧感は、見た目以上に、情報としてそれを知った場合の、心理的な物もあった。
などとディンスレイは考えているが、余人はどうか知らない。
「少なくとも、通常の飛空艦以上にここで暮らす軍人が居るんだ。もう少し、内装には気を使うべきではと思わなくも無いな」
艦の多くの場所において、壁面は灰色の金属と石で出来ている。
艦そのものが金属と石の塊とも表現出来るだろうか。こんなものが宙に浮くのも、その内部に大量の浮遊石が推進器に繋がれているからに他ならない。
理論上、浮遊石は無限の大地を浮かばせている力であるから、浮かせられるものに際限は無いとの見地から作られたのが大型飛空船だ。
事実、これは常に宙に浮いている。飛空艦として成り立っている。そんな脅威の産物なのだから、もう少し、見た目を工夫してはどうだろうとディンスレイは思うのだ。
無味乾燥した艦内の廊下を歩く時は特に。
「要望は多数ありますよ。その際の答えをここで言っても?」
「いいや。予算が足りんのだろう。知っている」
「それならば話が早いですね。無駄も無くなる」
ならば、また沈黙の中で歩けと言うのか?
艦が大きいだけあって、その廊下も広く、複数名が横に並んで歩いても塞げないくらいのその廊下であるが、殺風景が広くなっただけであり、話をしなければ寂しさが先に来てしまう。
「私はな、テグロアン大尉。人の口は喋るためであり、耳は話を聞くためにあると思ってる。暇があれば雑談などするべきだ。思いも寄らぬ発見があったりするぞ?」
「私の方はまだ、中佐にあれこれと知られたくない立場にありますので」
「だが、話し掛ければ言葉が返って来る。良い関係になれると思うのだがね」
本当に、この良く分からぬ男と仲良くしたいのか? ディンスレイは自分で言って自分でそれを疑うわけであるが、それでも、彼との会話そのものには面白味を見出していた。
そうでもしなければ、この男と数日も過ごせるものか。
「私の中佐への評価としましては、あなたがブラックテイル号で直接指揮を取った部下達の反応に合点がいったところです。なるほど。だからか。と言った事を思っているわけですね」
「待て……なんと言った?」
立ち止まる。聞き捨てならない言葉を聞いたからだ。
「ふむ? もはや隠し立てはしません。あなたが艦長をしていたブラックテイル号。その乗組員のうち何名かと私は接触しています。直接的な形もありますし、間接的に、監視に留めている方もいますね」
「いったい狙いは何だ。船員達は無事なのだろうな」
かつて、未踏領域を旅した仲間達。今は互いに離れているが、それでも彼らはディンスレイにとって家族の様なものだ。
この身を国軍に捧げているのも、彼らを守るためでもある。それが裏切られたというのなら、ディンスレイは全存在を掛けて報復を行うだろう。
「落ち着いてください。危害は勿論、加えて居ませんとも。むしろ逆です」
「逆だと?」
「現地に着いたら説明をすると言っていましたね。丁度、そこに着いたところですので説明をしましょう。もっとも、まず見ていただく事から始めましょうか」
テグロアン大尉の背後には扉があった。
廊下では無く、艦内の施設へと入る扉だ。
テグロアン大尉はその扉を開き、向こうの景色を見せて来た。
その扉は、エイトホール号に八つある大型ドックの一つに繋がっているものであったらしい。
扉の向こう側には、開けた空間と中型飛空船が出入りして余裕のある外部への穴。そうして、そこで世話しなく働く作業員達の姿があった。
内側から見ても、この景色は独特な物があったが、今のディンスレイは別の物に意識を向けていた。
いや、他が見えなくなる程に驚いていたと表現するべきか。
扉の向こう側の景色に、ディンスレイの心は奪われてしまっていたのだ。
「これは……ブラックテイル号……?」
扉の向こうにある飛空船用のドック。
その主であるかの様に鎮座する飛空艦のシルエットは、ディンスレイが忘れるはずも無い物。ブラックテイル号の物であったのだ。




