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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と終わりへの旅路
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⑦ 辿り着く決着

「案の定ではあるが……寂しい部分があるな」

 ディンスレイの命は、まだそこにあった。

 いや、別の場所に身体ごと移動していた。

 視界は、眩しいくらいに芸術的であったハルエラヴのメインブリッジでは無く、元の、安心感すらある機能性優先なブラックテイル号のメインブリッジへと変わっていた。

「みんな、見なさい。本当に無事のまま帰って来たわよ、この艦長」

「いや、マジかって感じですよね。いったいどんな悪辣なやり取りしたら敵地から普通に帰って来るんでしょう。あの姿勢見てくださいよ。向こうのどっかで座ってましたよ」

「皆様、我らが艦長がこうやって、せっかく太々しいままに帰って来たのです。ここは素直にお疲れ様と言って差し上げるべきなのでは?」

「君らが私をどう思っているのはよーく分かった」

 本当に、懐かしさすら感じる出迎えの声が耳に入って来る。

 恐らく、あのハルエラヴの女艦長は、ディンスレイを自らの手で殺す事が出来なかったのだろう。

 ディンスレイが言った通り、目の前の他種族と、対等になる覚悟がまだ無かった。だからディンスレイがあのメインブリッジへやってくる前の状態に戻したのだ。

 既にディンスレイが彼女らを見聞きした以上、元に戻せるはずも無いのに。

「で、どうだったの? 良い経験、出来た?」

「ハルエラヴについて知る事が出来た。本来、ここで争う必要が無い相手だ。まあ、喧嘩はしておく必要はありそうだがね」

「なら、上手くは行ったけど気は抜けないってところかしらね!」

 ミニセルが操縦桿を握り直している。

 ああ、そうだとも。まだ気は抜けない。語り合う事は出来たが、今回は物別れに終わった。出会いというのも、最初から何もかも上手く行くという事もあるまい。

 時間と回数が必要だ。自分達にでは無く、あのハルエラヴ達には。

 そういう時、挑戦する側は、何とか耐えるに限るのだ。

「今の目的は果たした。後はこの情報をもって、ここにハルエラヴという種族が居てこういう考え方をしているぞと本国に伝えるだけなのだが……我々がここで潰されない様にしなければな」

 メインブリッジの窓から見える景色を見つめる。

 新たなブラックテイル号では、その窓に多くの情報が映り込み、見えないはずの場所も見る事が出来る。

 故に今、相対しているハルエラヴの飛空船の動きもすぐに分かった。

 再び、ブラックテイル号に空戦を挑むつもりなのだ。

「艦長、して、こちらはどうしますかな? 先ほどの様に圧倒して……殲滅する?」

「馬鹿を言うな。さっきまでのはこっちもハッタリだ。本気でやり合った時、どうなるか分かったものじゃあない。それに……」

 動き出したハルエラヴの飛空船を見つめる。

 その姿もまた、ハルエラヴ自身と同じ様に美しく、芸術的で、だからこそ歪だった。

 しかし、これがハルエラヴなのだろう。この様な形で、この無限の大地で生きている。それを打倒する? そんな勿体無い事をするべきじゃあないだろう。

「彼女らにだって生きて貰って欲しい。生きている限り、我々がどういう存在かが彼女らの中に語り継がれていく。それこそが第一歩だ。他の種族との交流というものさ」

「あー……じゃああたし達がこれからする事ってつまり……」

「逃げるぞ。全速で」

「ははは。賛成ですね、それ!」

 呆れるミニセルに、笑う観測士のテリアン。てんでバラバラな雰囲気のメインブリッジにおいて、それを心地良いと思うディンスレイ。

 世界とてこうあって欲しいという願いの元、敵も味方も生き残るべく、ディンスレイは闘争を判断した。

「珍しく、意見が同じになりましたな、艦長?」

「副長が賛成してくれるのならば安心だな。間違っていないと断言できる」

 時には間違いだって楽しいものの、今、こうやって逃げる事は正しいと思える。その事が大事だった。

 ハルエラヴの飛空船が攻性光線を放ってくる中、それを掻い潜り、反転し、距離を開けるコースを取る。

「ふぅむ。ワープで一気にばーっと行けないものなのかな、テリアン君」

 攻撃への回避行動を取りながらの飛行は、今のブラックテイル号と言えども、激しい揺れが伴うものだった。このままでは耐えられない。そういう予想は出来ていた。

「ばーっとってねぇ! どこに行くかはちゃんと指定しなきゃ、ワープってのは出来ないもんなんですよ!」

 観測士のテリアンがワープの調整をしている理由がそれであった。

 遥か遠く、離れた場所に移動出来るとして、その場所が山の中とか海の奥底で無いとも限らないのだ。

 有視界以外の場所へワープを行う場合、それらを予想、対処するために観測士が艦自体の力を借りて演算をする……というのがオルグよりもたらされたワープ装置であった。

 近くの飛空船のメインブリッジへの移動くらいなら少しの演算で出来るが、距離があればある程にワープの準備完了まで時間が掛かる。そういう考え方で良いらしいが……。

「なんとも……使える様になったらなったで、不便が見つかるものだな!」

「だからこそ、相手の船だってそこまで万能じゃあなくて助かってるんでしょうが。また揺れるわよ!」

 ミニセルの言葉と同時に、揺れるどころか天地がひっくり返った。

 機動性とて増しているブラックテイル号なので、回避行動の最中に反転するくらいわけ無いだろうが、船員の身体は改修されていないのだ。今の回転で何名か怪我人が出ている事だろう。死人が出るよりはマシと思いたいところであるが……。

「逃げ切るためにはワープが必要だ。少なくとも、ハルエラヴの船が追って来れない距離までワープするにはどれくらい時間が掛かる?」

「あと……そうですね。十分ってところです! ああくそっ、習熟にもう少し時間が欲しかったですよ!」

「それは誰しもの台詞だな。後悔を先に立たせるなら今すぐにでもするが、個人的には今がベストな状況だと思う」

「なら、十分を生き残るために何とかして、艦長!」

 無茶振りも最近は慣れて来た。

 ああ、そうだ。さっきまで成功するかどうか分かったものでは無い作戦をしていたのだ。あと十分耐えるくらい実現出来なくてどうする。

(相手はこちらが、本気で逃げていると思う頃合いだ。実際、本気で逃げているわけだからな。ならば……)

 考えを巡らせ、頭の中で作戦を構築していく。

 事前の準備は長い時間を掛けるべきだが、現場で有事ならば直感でそれを導き出すしか無い。だが、それをしてくれ艦長と頼まれればするのみだ。

「ワープするぞ」

「だからまだ出来ませんよ艦長!」

「相手艦の後方にだ。これはワープという物の存在を見てからずっと思っていた事だが、長距離の移動より、短距離での機動性を高める事が余程脅威では無いかと思うんだ」

 飛空船での空戦の基本は、戦闘開始時の初速とそれを利用した機動戦闘だ。初速は言ってみれば体力であり、複雑な軌道や攻撃をすればするほどに速度が落ちて行く。だからその体力が落ち切る前に相手の隙を突こうとするのが機動戦闘……であるが、ワープという概念がそこに入り込めばすべての土台が変わって来る。

「自らを好ましい位置へと持って行ける。これは短い、それこそ空戦を行う領域内であればより一層、驚異的な状況を作り出せる。それで観測士。すぐにやれるか? やれないか?」

「こっちで直接観測出来る場所なら、すぐにでも……ですがその後は!?」

「言って指示をする。なぁに。考え無しでは無いさ」

「了解! もう出来ますよ、操舵士!」

「こっちも了解。ここからはノンストップよみんな! 艦長は口動かす事に専念して置きなさい!」

 言われずともそうするつもりだ。

 ブラックテイル号はミニセルがワープの引き金を引くや、狙い通りにハルエラヴの飛空船後方へとワープする。

「攻性光線発射! ただし出力は緑のままにだ!」

 今のメインブリッジはディンスレイの指示通りに動く事を決めている。

 故にその指示の理由の意味が分からなくても、戸惑わず従ってくれた。

 そうして、実際攻性光線はハルエラヴの飛空船に直撃する。咄嗟に相手は回避行動を取るものの、確かに緑の光線がぶつかった事を皆は見ていた。

「随分あっさりと。これは……どういう手品ですかな? 艦長?」

「手品はここからだ、副長。ミニセル君……また逃げろ」

「これからってところなのに……? けど了解!」

 さきほどの攻撃を戦闘の合図とするより、ディンスレイの狙いに興味が湧いている。そういう様子のミニセルは、ブラックテイル号を回頭させ、ハルエラヴの飛空船と距離を置く動きを再び始めた。

 先ほどと同じ様に、こちらが逃げるだけの追っ駆けっこ。誰しもがそうなるだろうと予想しただろうが、ディンスレイだけは違った。

「敵船……追って来ません! なんだこれ? さっきの光線に何か仕込んだんですか!?」

 何故か、一方的に逃げられる状況になったブラックテイル号に、観測士当人が混乱を始めていた。

 まだ何も終わっていないのだから、とりあえず落ち着かせるために説明する事にしよう。

「攻性光線には何も仕込んでいないよ。だいたいそんな暇も無かったろう。あれは正真正銘、傷も付ける事も出来ない一発だ。だが、心の方に傷を付ける事が出来る」

「と、言いますと?」

 副長も続いて尋ねて来た。彼にしてみても、状況は読めないらしかった。

「さっき言ったろう? 短距離のワープとは空戦において常識を変える。どう変えるかと言えば……選択肢が増えるという事だ」

 あらゆる場所に存在出来るというのは、その後に続く行動も多岐に渡るという事。その一例が後方からの奇襲である。

「単純に、後方にワープをして攻撃というだけなら、それは予想出来る戦術ではあるだろう。だが、それより前に我らがブラックテイル号は逃げていた。逃げから一瞬で攻撃に転じる可能性。それを相手は想定出来なかったわけだ。だからまず、あの攻性光線が当たる」

「ふーむ。確かに先ほどまでこちらは本気で逃げていたわけですから、迫真の演技に騙された……とも表現出来ますが、それで今、動きが止まりますかな?」

「それだけでは無理だろう。だが、我々がこの様に、攻撃としては意味の無い攻性光線を当てたのは二度目だ。だから相手はこう考える。こちらがまた、自分達を試し始めた。さっきと同じ様に、また狙いがあるのでは無いかとな」

 実際のところ、そんなものは無い。当てられるから当てたし、撃墜するつもりも無いからその程度の威力の光線に留めたのだ。

 出力が低い分、発射に時間も掛からないというのもある。つまり当てやすいのだ、低威力の攻性光線は。

 だが、相手はそこまでを考えられない。深読みをする。その深読みを始めるタイミングで、さらにブラックテイル号は逃げる素振りを繰り返したのだ。

「また、何かを狙っている。相手の立場で考えるなら、そう思いますか。だからそれで……待ちを選ぶ」

「そうだ。今、ハルエラヴ達はこう考えている。来るなら来い。今度こそ、何時でも対応してみせる……とな」

 混乱に混乱を重ねさせた結果、向こうは慎重さを選んだのだ。

 ハルエラヴという種族の本質は恐怖である。他者への恐怖は、当たり前に警戒心を生み出し、その行動を鈍化させる。

「相変わらず性格悪いわねぇ、艦長。つまり今、向こうはまんまと罠に嵌まっちゃってるって事でしょう?」

「そう言うなミニセル君。おかげで、時間は稼げるだろう? 十分程な」

 相手が混乱とそこから来る慎重さから復帰するのには、それくらいが必要だろう。

 それくらいあれば、ブラックテイル号は、戦闘から離脱出来る距離のワープが可能だ。

「なるほど。じゃあこれで……漸く僕達の作戦は成功って事ですか、艦長!」

 緊張していた様子から、ほっとした様子へと変わる観測士テリアン。ディンスレイはそんな彼の行動を肯定するつもりだった。

「まだだ。油断するな」

 だが、実際に出て来た言葉はそれだ。

 自分は思いの外厳しい性質だったか? それとも、これで結構追い詰められて……いや。

「艦長?」

 副長が尋ねて来るが、その言葉に返事も出来ず、思考が逆に深まっていく。

(相手は動かない。恐怖から来る慎重さ。それは確かにあるはずだ。だから止まっている。止まって……それだけか?)

 相手を侮るな。これ程の技術を作り出した種族だ。戦い方だって、何かあるはずだ。こちらが想像していないだけの何かが。

「……逃げるぞ」

「えっと、だから艦長はそのための時間を稼いだのでは?」

「違う。船速を上げろ。ワープ出来るまで待ってる程、悠長していられんかもしれん」

 頭の中で、漸く危機感が湧き始めた。

「とりあえず指示には従いましょ。さっきまでも艦長の言う通りの展開だったし、すごく嫌だけど悪い方向だともっと当たりそう」

「私だって嫌だ。嫌だが……実際当たったか……」

 ディンスレイが言わずとも、メインブリッジにいる皆も気が付いたはずだ。

 眼前に、その光景が広がっていたから。

「正体不明の飛空船が複数……ワープにより出現しました! 数は二十! ブラックテイル号を取り囲んでいます!」

 テリアンは恐怖を誤魔化す様に叫び報告してくる。観測士としての報告である以上、その言葉は正確だろう。

 だが、正体不明という部分は間違いだと思う。

「ハルエラヴの増援だ。彼女らの根本が傲慢さでは無く恐怖であるという事をもっと良く考えておくべきだったな。追い詰められれば……仲間を呼ぶ」

 あの白銀の飛空船と同じ性能の飛空船が追加で二十。それは脅威以外の何者でもあるまい。

 先ほどまでと同じく、こちらの策にまんまと嵌まってくれたとしても、それでも簡単にこちらを押し切って来る数だった。

 そう結論を出した瞬間、ディンスレイもまた叫ぶ。

「ミニセル君! 逃げろと既に命じた! どんな手段を使ってでも逃げ切れ! ワープが可能になるまであともう少しだ!」

「もうやってるけど! 来るわよ! みんな、何かに掴まって!」

 ミニセルの言葉に反応して、椅子の手すりを掴むのと、激しい揺れが艦を襲うのはほぼ同時だった。

 少しばかり掴むのが遅かったせいで身体をぶつけたものの、ディンスレイの命は無事だった。

 だからやはり叫ぶ。

「飛空船からの攻撃か! 状況どうなってる!」

「観測士から再度報告! 複数の敵船からの攻性光線が確認出来ました! ブラックテイル号はまだ無事ですけど、船体フィールドが大分やられてます! いや、守ってくれたって事か、これ……」

 オルグの技術に感謝と言ったところだろう。先日の様に、敵の攻撃一撃で沈むなどという事は無かった。むしろその攻撃を文字通り何倍にもした攻撃にも耐えてくれたのだ。

 だが、次の一撃があれば? 前回よりも、もっと酷い状況が想像出来てしまう。

「逃走よりも回避行動を優先しろ。ハルエラヴの囲いを抜けようとは思うな。籠の中を移動し続けるんだ」

「了解! そうね。そっちの方がまだ……耐えられる!」

 ミニセルとの会話の間も、再び攻性光線が放たれていくのを見た。艦の動きを咄嗟に変えたおかげで、なんとか今度は避ける事が出来たが、半ば運頼みの様なものである。

(どうする……! ほんのあと少し、時間を稼ぐ手段が欲しい。一か八か……)

 一転して追い詰められた状況だが、もはや手が無いと諦めはしない。今度ばかりは言い訳が効かないからだ。

 ブラックテイル号は十分な性能を与えられた。そうして、次は自分からハルエラヴに会いに来た。その状況で、もう船員の命を失うわけには行かないのだ。

「通信を繋げ! 手も足も出ない状況なら、声程度は伝えてやる!」

「望みは薄いでしょうが、やれる事はするべきでしょうな」

 通信機器を操作する役目を副長が買って出て来た。最新機器の使用は不得手だろうに、それでも役目を担ってくれたのだと思う。

 誰しもが何かの役に立とうとしている。こんな状況だというのに、どこかディンスレイはそれを頼もしく思う。

 そういう気負った心境だったからこそ、繋がった通信から聞こえた声に呆気に取られた。『また、追い詰められているらしいな。ディンスレイ・オルド・クラレイス』

「……ウンドゥ氏か?」

『ああ、そうだ。悪いがこちらとの通信を優先させて貰ったよ。今、ハルエラヴ達と話をしても、聞く耳を持たんだろうからな』

「と言っても……話をしている暇も無いぞ、こっちには!」

 そもそもそんな話をする時間を稼ぐために通信を行っているのだ。オルグのウンドゥと通信が繋がっている以上、ハルエラヴ達が攻撃を止めてくれるはずも無かった。

『なら、端的に言っておく事にしよう。君ならこれで分かるはずだ。今回は我々オルグの勝ちだ』

「……なんだと?」

『ああ、それと……最後にもう一言。ま―――

 本当に、ウンドゥの言葉は端的だった。

 事はそれだけで終わったからだ。また、ブラックテイル号は光に包まれる。その光を以前、ディンスレイは確かに見た事があった。




 今度はその光に包まれ、気絶などはしなかった。

「地面に向かっているぞ! 艦首上げろ!」

「はっ……ちょっ、言うのがちょっと遅いかもしれないわよ!」

 それはワープに寄る光だった。

 あの日、ブラックテイル号が撃墜する寸前に、オルグにより助けられた時の光が、再びブラックテイル号を包んだのである。

 ではブラックテイル号は危機から脱したか? あの洞窟に戻ったか?

 どちらもノーだ。ブラックテイル号は大空の下、未だ危機的状況の中にあった。

 ブラックテイル号がさっきまでの速度を保ったまま、地面へと向かっていたからだ。

「艦長より伝達! 船員、全員何かを掴め!」

 艦長に出来る最後の仕事。それがただ、この言葉を叫ぶ事だった。

 後はもう時間切れ。操舵士のミニセルが必死に艦首を上げようと操縦桿を操作しつつ、ただ落着の瞬間を待つのみ。

 それくらい、もはや取り返しの付かない角度だった。

「ぐっ……おおおおおお!」

 世界が割れたとすら思える激震がメインブリッジを襲う。いや、ブラックテイル号全体を襲っているのだろう。

 メインブリッジから見える景色はなお動いていた。

 斜め下の角度で地面へと落ちたブラックテイル号は、オルグの技術に寄り強化された耐久性のおかげで、船体こそ崩れずに済んでいるが、無限の大地そのものと削り削られ、地面を滑り続けているのだ。

 艦の推進は既に切られている。後は艦の今の勢いが止まるまで、ブラックテイル号が耐える様に祈る他無かった。

(普段はお前のために全力を尽くしているが、今はお前に祈るぞ、ブラックテイル号!)

 舌を噛まない様に歯を食いしばりながら、どこか夢みたいな事を思うディンスレイ。

 ああそうだとも。ずっと夢を見ているみたいな気分だった。未踏領域の旅を始めてからずっと、夢を見ていた。

 良い夢の時もあった、意味が不明だった時もあった、酷く魘され、忘れる事の出来ない夢もそこにあった。

 だが、そのすべてを受け入れたいという思いが今はここにある。

 この思いを抱いたまま、まだ生き続けたいと思える程の夢を見ていた。

(だから……耐えてくれ、ブラックテイル号!)

 いまや空を飛ぶのでは無く地面を疾走していくブラックテイル号。そんなこれまで旅を共にしてきた飛空船に祈りが通じたのか。それとも、それは単なる必然だったのか。それは分からない。

 分からないけれど、言える事はあった。いや、この瞬間、ディンスレイの中に生まれた。

「ブラックテイル号。不時着成功……全員、自分が怪我をしていないか。次に他に怪我人がいないかを確認しろ。その後は……とりあえず、艦のチェックをしよう。駄目なところを探すより、無事なところを探すべきかもしれんがね……」

 通信だけはまだ生きていたので、ディンスレイは艦内すべてにその言葉を伝えた。

 メインブリッジからの景色は止まっている。

 長い空の旅を続けて来たブラックテイル号は、今漸く、大地に根を降ろしたのだ。


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