④ 赤い嵐
未踏領域は何が危険なのか?
それを説明するとなれば、この世界の構造から話して行く必要があるだろうか。
と言っても小難しい話ではない。この世界はひたすらに広い。ただそれだけ理解出来れば、そんなただひたすらに広い世界で、未だ人間が踏み入れた事の無い場所というのは、そもそも踏み入れる事が出来なかった場所と表現出来る。それこそが危険な理由だ。
「我々が踏み込む今回の未踏領域には端が無い。地図上でこの地図に描かれていない範囲が未踏領域だとすら言えない。地図の、我々にとっては世界端を超える様な場所こそが未踏領域。その危険性を示すために、このブリッジには我々の世界の地図が置かれている。それを踏み越える覚悟を示すための地図だ」
メインブリッジのその端に飾られた大きな地図をディンスレイは見つめた。未踏領域においてそれは当たり前に役に立たず、しかしただの飾りでは無い。あの地図に描かれていない場所こそが自分達が目指す場所。それを意識するために置かれたものなのだ。
「前人未踏という言葉は、名誉よりもまず、洗礼を与えて来る。お前達にその資格はあるのかと問い掛けて来る。あそこはそういう場所だ諸君。だから、気を引き締めろ」
宣言をしたディンスレイであったが、ブリッジメンバーの顔を見れば、覚悟は出来ている表情を浮かべていた。
なら、言葉にする意味は無かったのか。そうとも言えない。少なくともディンスレイは言わずには居られなかったからだ。
今、皆の覚悟を決めさせている光景。それがブリッジから見える外の光景にあるのだ。
赤い、赤い何かがそこにあった。大気にその赤い色が混じり、それが激しい風にかき混ぜられ、その色のせいで、より勢いを増して行っている様な、そんな光景が空の端から端まで広がり、赤い世界の壁がごとく世界を塞いでいた。
「既に皆、頭の中に叩き込んでいるだろうが、再度説明しておく。我々の地図が、何故その地図の範囲に留まっているかの理由の一つがあれだ。我々の先祖は自分達が進めるところまで進み、進めない場所で立ち止まった。その壁の一つがあれだ」
東方より先に広がり、未だその向こうが観測出来ていないジロフロンの大海。北方にてまさに天地を塞いでそそり立つナーガンラップ山脈。南方の森林地帯は、中型飛空船すら捕食対象にする大蛇が多数潜んでいるうえに、森が広がっていない場所には多数の国家群が存在している。
そうして西方。そのやや南側に存在している人類にとっての壁の一つこそ、大気を包む西方赤嵐である。
「金属を錆び付かせ、生体に触れれば侵食し、ボロボロにする。悪意しかない様なあの嵐は、ここよりさらに北にある同質の物質で出来た沼から、強烈で永年吹き続ける風に撒き散らされたものだと判明している。無論、その沼の上方を進むというのは、この赤嵐を抜けるよりもっと危険だ。故に、未踏領域へ向かうともなれば、今の技術において、ここがもっとも難度が低いと言えるだろう」
そんな風には思えない。ブリッジ担当の船員達全員がそんな表情を浮かべていた。きっとディンスレイ自身もそんな顔をしている。
「このブラックテイル号の黒い装甲は、あれへの対策が取られたものだ。装甲に直接触れればその部分が錆び付き、内部構造へも侵食して機能を喪失してしまうから、その装甲の上に術的なフィールド……船内における用語としては船体フィールドと呼ばれるものを膜の様に被せる事が出来る。専門家曰く、計算上、無事にこの嵐の向こう側へ辿り着けるという事だ」
「質問だけど、その専門家が、この嵐を過小評価していたり、船体フィールドを過大評価してたら……どうなるの?」
操舵士のミニセルが尋ねる。周囲を不安にさせる様な事を言ってくれるなという気持ちがあったが、彼女とて不安はあるのだろうし、そこはしっかり言っておく必要があるだろう。
「その片方だけが問題なら、我々の腕次第になるだろうな。その両方であった場合は……」
言わないで置く。だいたいみんな分かって居るだろう。運に見放されたという事になる。そうなれば自分達は終わりだ。故に心配したって仕方ない。
「我々にとって重要な事を言って置こうミニセル君。あの赤い物質については、準備するだけしたので、あとは挑むのみだ。だからな、我々にとって重要な事は、嵐の方だ」
赤嵐を発生させている風は、緩まるという事は無い。その嵐の只中をブラックテイル号は突っ切る必要があるのだ。
赤い物質を船体フィールドで防いでいる間に、航空困難な場所を艦はそれでも進まなければならない。
船員達はそれを行える様に全力を注ぐ必要がある。整備班は艦の全力を維持するべく各機関を監視、調整し続けなければならないし、嵐による振動で怪我人が出れば船医の仕事。
そうして、ここにおいてもっとも重要なのはブリッジの、そこに居る操舵士だ。
「手に汗握るって感じよね」
「出来ればそれで操縦桿が滑るなんて事はあって欲しく無いがね」
ミニセルの軽口に、ディンスレイは皮肉で返す。
今はまだ、こんな会話が出来ているが、いざ事が始まれば、ディンスレイは祈る他無くなるだろう。ミニセルの方も、言葉なんかに身体の機能を回している余裕が無くなるはずだ。
「予定されている作戦時間は三分だ。それまでにブラックテイル号はあの赤い嵐を突っ切れるはずだし、その分の安全は保障された機能を持っている」
「それ以上は保障出来ないって、ついでに言われてなかった?」
無論、言われている。実際のところの安全保障時間は四分。なんと一分も余裕がある計算だった。
「君ならやれるさ。月並みだが、そういう言葉を言わせて貰おう。なあ、副長」
「やって貰わなくては困るという話でもありますな、艦長」
「率直な意見ありがとう二人とも。ま、私だって明日の生活と自分の命が掛かってるんだから、手なんて抜かないわよ。みんな! 気合入れて行くわよ!」
操舵士から、ブリッジに居る船員全員に向けての言葉。それに全員が頷くのを確認してから、ミニセルは目の前の操縦桿を強く握った。
「さあてご搭乗の皆さま。これよりわたくし、ミニセル・マニアルが操縦するブラックテイル号の遊覧飛行が始まります。座席にお座りの皆さまは、シートベルトの着用をお願いします。座席に座っていない方々は、どうか壁にぶつかってお亡くなりならない様に、自分の将来を祈っておいてください。それではこれより、船体を加速して行きます。3・2・1」
船内への通信機能を作動させつつ、そこへ伝えるのは冗談みたいな言葉の数々。だが、そっちの方が危機感は先立つだろう。あの操舵士は何を仕出かすつもりかと。
その答えは待たずともすぐやってきた。ディンスレイの身体全体に掛かる加速による重圧。
船体が軋まないのが不思議な程に、ブリッジから見える外の景色もまた動きを早めていく。
「赤嵐に突っ込む前に、目一杯加速するつもりか!」
「最大船速で突っ込んだ方が、嵐から出るのも早くなるでしょ!」
それは理屈であるが、飛空船とは一般的に、加速すればするほどにその安定を欠いていくものだ。
ただでさえ艦が不安定になる嵐の中で、そんな危険速度で進めば、墜落する可能性だって十分にある……が。
(それでも、彼女を雇ったのは私だ)
だから、もはや止めない。ただ眼前の景色に集中する。加速していく艦はもはや止める暇も無く赤嵐へと突っ込んだ。
(さあ、制限時間までのカウントダウンが開始だ!)
赤嵐の中に突入した瞬間にブラックテイル号は激しく振動し始めた。艦長席に座って居なければ転んでいたかもしれない程の揺れ。こんな中でも整備班は艦内の機関の制御作業を続けなければならないので、ご愁傷様を言ってやりたい。主要機関がある場所には必ず手すりを付けているので、それで耐えてくれているだろうか。
他の船員にしたところで、この嵐の激しさには誰しもが舌を巻いている事だろう。転んで怪我をしたとしても、さっきのミニセルの通信を聞いていたはずだろうから、やはりご愁傷様と言って置く。とりあえずこの振動が収まるまでは、船医だってまともに働けまい。
(だが、それでも、これは随分マシだ。思ったより随分とマシだ)
何故なら、赤嵐の中をブラックテイル号は激しく揺れながらも突き進めていたからだ。
それは今も変わらない。船体のバランスが致命的に崩れるそのギリギリのラインを、見事に渡り切り、ブラックテイル号はその性能を十分に発揮出来ていたのだ。
それは艦の性能に寄るものか、働く船員達の頑張りに寄るものか。それらが理由ではあるだろう。だが、最大の理由は、やはり操舵士にこそあった。
(ミニセル・マニアル。期待通りどころか、予想外に拾い物じゃあないかこれは!)
赤嵐突入から一分経過。その段階で、ディンスレイはミニセルに最大限の評価を与える事にした。
操縦桿を握り、真っ直ぐ船の先を見つめる彼女の目は鋭く、そうして的確だった。
一点だけを見ていない。自分が把握出来る範囲すべてを把握し、嵐に色がある事をこれ幸いと、風の動きを的確に読んでいる。
最大船速に思えるブラックテイル号の速度も、実は極限の状態で微かな調整が常に加えられている。彼女の操作に寄ってだ。
彼女はこれまで、小型飛空船の操縦経験ばかり積んできた事だろう。中型船飛空船の操縦はブラックテイル号が初めてかもしれない。ならば今のこれは彼女の天性に寄るものか。
(二分経過。赤嵐の濃さが薄くなってきている……このままなら無事、嵐を抜けられる!)
前人未踏の旅を成し遂げようとしているブラックテイル号。それを実現出来る腕がミニセルにあるというのならば、それは才能や経験などというだけで済む力ではあるまい。もはや彼女の特性だ。彼女はブラックテイル号の操舵士として相応しい特性がある。ディンスレイはそう感じた。
だから彼女を信頼する。だが、彼女の表情を見れば、むしろそれは鬼気迫るものだった。嵐の中の操舵に集中力を全力で投入しているというのもあるのだろうが、一方で、そこに焦りの色があるとディンスレイは見た。
「どうしたミニセル君」
邪魔になるかと思えたが、それでも尋ねる。彼女の表情はこう訴えかけて来ていたからだ。
このままではヤバいと。
「この赤嵐……予想より分厚いわよ!」
悪い予想の一つが現実になってしまった。この目に見える空気の層の薄れ具合が、ディンスレイにとってはもう少しでそれを抜けられるという予想に繋がっていたが、ミニセルにとってはブラックテイル号でも抜けるのが困難な厚さという実感になっていたらしい。
だから彼女は焦っている。ギリギリかもしれないなどという焦りの顔では無い。このままでは駄目だという、そういう表情。
「……安心したまえ」
「何を!?」
あと少しで三分経過。確かに事前の予想より赤嵐は分厚く、作戦時間を超過する見込みだ。
そんな状況で、船員達が混乱すればそれこそ命取りだと、ディンスレイは言葉を発するが、ミニセルはそれ以上を望む言葉を口にした。
(ただ言ってみただけの言葉。実を言えば、それ以上をどう話せば良いか。私の中には無いが……それは今の段階の話だ)
数秒。ディンスレイは沈黙する。その数秒の間、ミニセルにも、他の船員にも緊張を味わって貰う事になり申し訳ないが、その数秒で十分だ。ディンスレイの頭の中には、この作戦を成功させるためのあらゆる知識が叩き込まれている。たかが数秒かもしれないが、その知識を頭の中で探り出し、繋ぎ合わせ、答えを導く。ディンスレイにはそれが出来る。
だからこそ、自ら未踏領域への冒険などという命知らずな事業を始めたのだ。
作戦開始から三分が経過。ここからはロスタイム。ブラックテイル号の性能が耐えられるのは、予想が合えばの残り一分。ここに関しては期待外れだった場合はもう無理だ。諦めるしかあるまい。
だが、艦長が自らの艦とその船員達を信じなくてどうする。
「進路をやや下方へ変更する事は出来るか?」
「出来るけど……下に大地がどうなってるか分かったものじゃあ―――
「やってくれ。説明は続いてする」
時間がもはやない。話をする暇すら無く、ミニセルは艦長の決定だからと不安を誤魔化すか吹き飛ばすかして、実際にディンスレイに従ってくれていた。
なら、あとは不安を無くしてやるのが艦長の仕事。
「赤嵐の特性として、物質と反応、侵食するというものがある。空気中に巻き散らかされたこの赤い色のそれは、無論、中空を進むブラックテイル号のみを侵食しようとするが、大地の付近は違う」
「その大地そのもの侵食するってわけよね? それで!?」
「反応した赤いそれは、反応した分は無害になる。でなければ、この赤嵐はもっと広範囲に広がっているはずだ。嵐の範囲にのみ、赤が広がっているのは、そうやって勢い良く巻き散らかされているからこそだ。その特性において、大地と良く反応した赤嵐はどうなる?」
「その分、大地付近ではむしろ薄くなってるってわけね!」
「こうやって、少しずつこの赤嵐の出口に向かっている間は特にだ!」
事実、赤い色により塞がっていた視界が開け、大地が見え始めた。
下降して大地が近くなったのもあるが、視界を塞ぐ赤の密度が薄くなっているのだ。
ただし、それを見て問題が一つ。
「あらやだ。すごい形」
ミニセルの感想はそんなものだが、ディンスレイが思い浮かべたのは地面にバラ撒かれた生クリームだ。
うねり、滑らかで、凸凹ではなく円形だった。そんな特異な形に赤嵐に侵食された大地。それはこうも表現できる。特異な障害物だらけの大地と。
「ここからは……やはり頼むぞ、ミニセル君!」
「ああもう! これ、私が思ってたより激務よ!」
特殊な形状の大地をスレスレで飛ぶ以上、特殊な飛び方をする必要があるだろう。そこについては、やはりミニセルに頼る他あるまい。
残り猶予時間は二十秒程か? もしかしたらとっくに過ぎているかもしれない。もはやと言うか、さっそくこれかと思えてくるが、かなり限界突破と言った様子だ。
だが、それでも笑えてくるのはディンスレイの救えなさかもしれない。
これだ。このギリギリがあると期待して、ディンスレイは未踏領域を踏み入れたのだ。その次も見たい。次も進みたい。その欲求が、ブラックテイル号を生かす事にも繋がるはず。
「ミニセル君!」
「分かってる……これで……抜けたぁ!」
赤の色が無くなる。大地を特異な形にしていた侵食もまた無くなっていく。
そこには、視界も障害物も開けた、広大な大地が広がっていた。
低い草原が続き、幾つかの岩山が遠目から見える。さらにこれは後でもっと慎重に調べる必要があるだろうが、気になる構造も見て取れた。
「艦内船員に伝える。我々は赤嵐を越えた。我々は前人未踏であったあの赤い嵐を越えた! 整備班! 艦内状況確認を進めてくれ! これよりブラックテイル号は周辺を空中偵察のうえで大地に着艦する。その後は外部からも点検をする。休む暇はもう少し後だぞ、諸君」
艦内すべてに伝えたその言葉に、ブリッジメンバーの中にも小さくガッツポーズをしている船員が居た。他の区画についてもそうだろう。もしかしたらディンスレイの目が無いから、もっと大きな喜びを身体で現わしているかもしれない。
今のところ、それを見過ごすくらいの器量がディンスレイにはあった。緊張が完全に抜けるより先に、残りの仕事を終らせよう気を張る船員達でもあるだろうから。
「艦長。ほら、見て、あそこ。着陸するなら第一候補じゃない?」
操舵士のミニセルからの報告にディンスレイはその光景を見た。
広がる草原の中、せり出した巨大岩がテーブルの様な平らさを保ちながら、しっかりと大地に根を降ろしていた。見晴らしも良く、着陸の難度も低そうだ。岩というより、もはや山と表現出来る大きさで、ブラックテイル号が着陸した程度で崩れるものでもあるまい。
(これは幸運……となれば良いかな。一難去った後にまた別の一難が待っているというのは避けたいものだ)
そんな言葉については実際に発しない事にする。船員の皆も今は、困難を乗り越えた喜びの中に浸っていたいだろうから。
周辺地域に危険生物の存在は確認出来ず。赤嵐が流れて来ない地域である事も観察出来たため、ブラックテイル号はミニセルが第一に見つけた場所。巨大岩がテーブル状になっている場所へと着陸する事となった。
ブラックテイル号の機能は、まだまだ飛行を続ける事が出来る性能があるが、それでも赤嵐越えの無茶に対して、どれくらいの影響を受けたのかを点検する必要が早急にあった。
「外装の一部が浸食を受けていたらしい。持ち込んでいる修理用備品で修繕は可能だが、あと秒単位の遅れですら船の航行に支障が出ていた可能性があったそうだぞ」
「なーるほど。つまりギリギリの奇跡を引き起こしたスーパー操舵士があたしって訳ね?」
着陸した艦を降りた平坦な岩の上。平坦も過ぎるので手頃に座れる場所も無く、ディンスレイは立ったまま隣に立っているミニセルと話していた。
赤嵐突入少し前から、突破後の周辺地域の危険確認まで、休む事無く働き続けた二人に訪れた漸くの休養時間なのであるが、二人して外の景色をとりあえず生で見たいと行動したのは、お互い、なんとも業が深いと思えてしまう。
「で、今後の話になるが、聞いてみたいかね?」
「初回の挑戦ですらギリギリだったんだから、ここで一旦撤退。なーんて顔はしてないわね、艦長」
「勿論だ。というか、撤退するにしても、その時も赤嵐を突破する事になるのだぞ? 一度目よりかは赤嵐がどうなっているかは知れた以上、少しはマシな挑戦になるだろうが、それにしたってまた命賭けだ」
「それをするなら、せっかくあの嵐を越えたんだから、その先を見て回りたいって、そんなところ?」
なんとも自分勝手な意見に思われるだろうか? そんな無謀で無茶な艦長に付いてくるなんて、そろそろ後悔されている頃かもしれない。
「あたしの方は、あの嵐、今度はもっと上手く、もっと素早く抜けられる自信があるわ。今度はギリギリじゃなく、余裕を持って超えさせてあげる」
「大した自信だ」
「当たり前でしょ。あなたが雇った操舵士よ? ま、だから何時でも、帰ろうと思えば帰れるとだけ思っておいてくれれば良いわ。安心して、嵐からこっち側の探索をしなさい。その旅を支える操舵士の腕を信じてね」
「……そうだな。しっかり言葉にしておこうか。君を雇えて良かった。今も素直にそう思ってる」
そう言葉を返して、二人して笑う。立ったまま外の景色を眺めているだけであるが、これで随分と気を休める事が出来た。そんな風にも思った。
「ああ、そう言えば、ちょっと艦長に聞きたい事があったのだけれど―――
「あー! すみませーん! 二人ともこんなところに居たー!」
と、ミニセルが口を開いて何かを言おうとして来たタイミングで、間に入る様に声が聞こえて来た。
元密航者の少女、ララリートの声だ。
とりあえず今は、離れた場所に居る船員同士の話を伝達する役をして貰っているのだが……。
「大変です大変です! 大事件なんですよ大事件!」
随分と慌てた様子で、かなり緊急事態らしいという印象を抱かせながらララリートが迫って来た。
事件と言われれば、ディンスレイも頭の中を休養モードから艦長としてのそれに切り替える必要がある。
「ララリート君。とりあえず落ち着き給え。深呼吸を一回の後、内容は正確にだ。さあ、やってみて」
「は、はい! すぅーはぁー」
随分と可愛らしい深呼吸をした後、ララリートは待ちに待ったとばかりに声を発した。
大事件だと言う、その内容を。
「あのですね! この、私達が着陸している平らな岩山なんですけど、その……岩じゃく、大きい植物なんだそうです!」