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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と残される世界
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② 袖すり合うも消えていく

 ブラックテイル号尾部にあるその部屋、端的に作図室と呼ばれるそこは、文字通りの風景とは少し違った光景が広がっている。

 一応、方眼紙に地図を描く上での必要な器具が揃ってはいる。だが、それらの配置は部屋の隅の方であり、作図用の塗料や筆が並ぶ棚のすぐ近くという機能性はあれど作業をするなら狭苦しい印象がある。

 だが、部屋そのものはその狭苦しさからは正反対だ。

 何せそこには多くの窓が嵌め込まれている。メインブリッジ程では無いが、部屋の多くの場所から外の景色を広く見る事が出来るのだ。

 しかもその窓は壁だけでは無く、床の一部にも嵌め込まれていた。さすがに足場には出来ないため立ち入り禁止の柵が配置されているが、部屋の中に柵があるというのも奇態な光景に見える事だろう。

 そんな部屋の中に、探索士数名が動き回ったり、部屋の隅の方で真剣な顔をしながら地図を描いたり、床に倒れたまま動かないで居たりする。

「ふむ。何時も通りの光景で、むしろ安心感があるな」

「無いですよ艦長さんっ! ひとっ、人が倒れてますっ」

 慌てた様子のララリートを見て、ディンスレイは中々に新鮮な反応だなと感心する。暫く、この様に慌てている彼女を見ていたい気もするが、部屋の主とも言えるカインナッツからさっそく注釈が入った。

「あれは徹夜の眠気に耐えられずに、その場で倒れて寝息を立てているだけさ」

「それっ、一般的に人が倒れてるって表現するんですよ!」

 中々に鋭いツッコミである。こういう光景を見ると、やはり年齢が近いだけあって、この二人の相性は良いのかもしれない。

 ただ、今回は仕事の一環としてここに来ているため、さっさと話を進める事にした。

「この艦で雇っている探索士は、些か個性を重視していてね。作業に没頭して睡眠を忘れるタイプの者も居たりするんだ」

「な、何故その様な奇妙な雇われ方を……?」

 疑問符を浮かべられるのももっともだが、いろいろと事情がある。已むに已まれぬという奴でもあり、一番分かりやすい例がカインナッツという事になるだろうか。

「カインナッツ君を見てみたまえ。ララリート君に対して言うのもあれだが、彼女は若いだろう? 採用基準として、経験よりも才覚の方を重視した結果と言える。探索士の大半がそういう基準で選んだ結果、仕事をしている光景に難が生まれたという事だな」

「なるほどー……なるほど?」

 一瞬納得しかけて、やはり分からないぞという表情を浮かべるララリート。

「ふんっ。ここでの地図作成はじっくりゆっくりと出来ない事が多くてね。この艦は一所に留まらずにあっちこっちに行くせいで、地図には正確性よりもざっくりとした印象を重視する形になるのさ」

「正確性も、あれば私は嬉しいが?」

「なら、もう少し旅のペースを落としてみては?」

「悪いがそれは無理なんだカインナッツ君。今回の仕事が終われば、もうちょっとその手の事が出来る仕事に推薦してあげよう」

 ブラックテイル号は未踏領域を活発に移動し続ける。結果として、地図を作図する探索士達は十分な観察が出来ない状況に陥ってしまう。そういう難題が発生する事は、旅に出る前から予想出来ていた。

 故にディンスレイが探索士として選考基準にしたのは、正確な地図が描ける能力ではなく、一度見た光景を分かりやすく、さらに印象を合致させた形で地図に落とし込めるかというある種の芸術性の部分だった。

 結果として、探索士は芸術家肌の個性的な面々が集まり、カインナッツの様に、そういう部分の才能が豊富なら、若年であっても雇う事になったというわけだ。

 この作図室のデザインにしたところで、短い時間でどれだけ外の景色を目に収められるかという部分を重視したものである。部屋の窓をあちこちに取り付けないとならないため、それが出来る艦の後方に位置する事となった。

「まったく。働き始めてからつくづく思った事ですが、ボクなんかより余程変人が艦長じゃないですか」

「そうだろうか。私は変人かな? ララリート君?」

「艦長さんは立派ですよっ。とっても格好良いですっ」

「だそうだ、カインナッツ君」

 カインナッツに対抗心を抱いているララリートに聞けば、良い感じの反論をしてくれると信じていた。

 なので期待通りの回答をしてくれたララリートであったが、カインナッツからのじと目は無くならない。

「良いお味方を見つけたらしいですが……で、結局、ここには何の用なんです? メインブリッジの地図の件については、一通り所見を伝えていますが」

 カインナッツの方もいい加減本題に入りたい様子だった。ララリートには暫く部屋内の見学をさせておき、ディンスレイはカインナッツと仕事の話を始める事にする。

「地図に残された跡について、どうにもブラックテイル号の現在地とそこからの道筋が示されている様に見える。これは君からの印象でもそうだったな?」

「ええまあ、そう見えはしましたよ。誰かがあの地図に描き込んだんだなと思ったくらいで。だけど、経緯を聞けば疑いますよ。確か急に光って? 跡が出来たと?」

「ま、事実関係の判断は私がするよ。君に聞きたいのは、先入観の無い印象だ。君を雇っているのもそういう部分を頼りにしているから……というのは分かっているだろう?」

 若くやや性格に難のあるカインナッツを探索士としてディンスレイが選んだのは、物事を直感的に見る才覚に優れていたからだ。

 時間を掛けての地図作成が出来ない中で、それでも頭の中に広がる光景を地図として落とし込める才能と言えば良いのか、探索士で無ければ風景画家も出来るくらいの才能が彼女にはあった。

 そんな彼女の探索士としての経験と才能による見地。メインブリッジの地図に残された跡をまるでブラックテイル号を導く道の様に見えたというのが、今回の船内幹部会議でも重要視されていた。

「道には見えました。むしろ単なる……例えばコーハのジュースの染みとかだとは思えませんでしたね。しっかりと知識のある人間がいたずらで描き込んだ様な、そんな印象です。あくまで最初に持ったものですが」

「ふん? やはりそうなるか……いや、何、私がここに来たのは、その意見をもっと聞いておきたくてな。芸術関連の感想だの情動などには少しくらいは理解あるつもりだが、専門家の意見の方が重要だろう? あの地図の跡を見て、カインナッツ君は描き手の意思みたいなものを感じたりはしないだろうか?」

「描き手の意思……ですか? そんなのはちょっと……」

「分からんか。いや、ほら、さっきからあちこち見ているララリート君なんぞは、スペシャルトーカーの才能があってな。言葉の感情みたいなものを読み取れる訓練もしていたりしてる。なあ、ララリート君」

「え? はーい! そうですねー、なんとなーく、ほら、この塗料ですかー? ここに描かれている文字から、使ってる人はこの塗料を使う時、とっても慎重に使ってる感じ? そんな意味が伝わってくる様な……」

「馬鹿な。その塗料は最後の仕上げに使うものだから、確かに使う側は神経質になっているが、そんなものがスペシャルトーカーの才能で分かるものじゃあ無いだろう」

 まったくもってその通り。あくまでこれは、未知の文字が他人より分かるというララリートの才能を元に、ララリート自身が学び、培おうとしている技能の一種だ。

 人間には物に込められた感情を読み取る能力がある。そんな仮説の元、他人より文字や言語に関する観察眼に優れるララリートが、さらに一歩踏み込んでそれらを見た結果でもある。

 相手をじっくり観察すれば、何を考えているかうっすらと分かる気がしてくる、その手の技能なのである。

「いや、ララリート君が出来るのなら、君も地図の方面でも分かったりするのではないかと思ったが、それは無茶な事だったか。すまない。さっきの印象を聞けただけでも上等と思っておく事にしよう」

「安い挑発ですね、艦長。要するに、以前に伝えた以外の事柄で、何か気が付いた物が無いかと聞きたいんでしょう?」

「おや、そんな風に聞こえたか。いや、そう取って貰えると、確かに有難くはあるが」

 初対面のララリートに、意外なくらいに突っ掛かったカインナッツを見て、対抗心を刺激してやろうと思った事は内緒である。

 やや唯我独尊な部分があるカインナッツが、他人から刺激を受けるというのはこれで中々良い影響があると思うのだが……。

「確かに、それ以外に少し違和感を覚えた事がありました。けど、あの地図に直接関わるものじゃあ無かったから伝えていなかっただけで……」

「そこだ。そこだよ。私が今、参考として欲しているのはそういう部分だ。で、どういう違和感があったのかね?」

「あの地図の跡が、現在地と同じ場所を示しているのか、それを調べる中で、どうにもズレがあったんです」

「ズレ……? つまり、跡は正確なものでは無かったと?」

「いえ、跡の方は正確でした。むしろズレたのはこっちで……というのも、既存の地図と自分達の位置の測定の際、計算違いをしていたかの様に、ズレた結果を出していたんです。なので結論を出す際に、そのズレを補正して伝えていました」

「む。それはつまり、ミスがあったと?」

 それはそれで重要な話ではないか。実際、カインナッツを見れば少々バツの悪そうな表情をしていた。

「ミスをミスしたまま伝えたわけじゃあ無いでしょう? 補正すれば正しい結果が出たんです。むしろ大事になる前のチェックで気付けたって話ですよこれは。それに……」

「それに……何かな?」

「あの……全員が間違えたんです。だから最後のチェックでしか分からなかったというか……偶然そういう事があったら、それこそ間違いに気付かないままなのも仕方ないというか……」

「偶然、探索士の全員が間違えるなどという事も無いだろう? 別に原因があるのではないか?」

 偶然というのにもそういう事もあるという類のものと、検証する必要のある類のものがあるはずだ。

 今回に限っては後者だろうとディンスレイは考える。

「けど、単なるミスじゃないって事なら、それこそ妙だ。どういう種類の間違いだったか、艦長には分かりますか?」

「そりゃあ聞いてみなければ分からんだろう」

「じゃあ言いますけど、あの地図の跡と現在地の予測を比べた際、どこかで全員、縮尺を間違えたんですよ。地図の方を小さく見積もってしまって、結果として全員ほぼ同じ間違いで現在地とのズレが生じてしまった。けど、そこはボクの機転ってところで、妙だって気が付いたから修正して、無事、正確な艦の位置を地図上に落とし込めたってわけです」

「つまり、その手の間違いがあったという事は、あの地図が不正確だと言う事か?」

「それも無いでしょう。あの地図は主にシルフェニア国内を描いてますし、相応にしっかりとした業者が作ったものですか、早々ミスがあるわけ無い。あれにミスがあるというなら、むしろ世界の方が地図に対して大きくなったって方が有り得ますよ」

「もしくは、私達が小さくなってるかか」

「ですね。なのでまあ、有り得ない事ですので、偶然のミスって事にするべきですよ」

 カインナッツの言は正しい様でいて、そう理解するのが常識的だからそう思うべきだ。という言葉にディンスレイは思えた。

(彼女の話は聞いておいて、意見については私自身で考えておく必要があるな、これは。無視しておける内容では無い……という気にもなっている)

 ただ、謎は謎であるから、すぐに出せる答えも無いだろう。要検討というコメントを頭の中の思考に書き込みつつ、話を変える事にした。

「とりあえず、そのミス云々は置いて、他に何か、気付いた事は無いだろうか? 実を言えば船内幹部全員が、色々と悩んでいる最中でな。何がしか、取っ掛かりが欲しい状況なのだ」

「そう言われても……さっき言われた、あの地図の跡に意思云々を、本当に感じろって言うんですか?」

「あー! もしかして、出来ないんですかー? カインナッツさん?」

 部屋の中をきょろきょろと見て回ったり、他の探索士に迷惑そうな顔をされながら話を聞いていたララリートが、何時の間にかカインナッツの隣に立って、彼女に対して挑発的な言葉を向けていた。

 何時に無いララリートのその様子に、余程相性が良いのだなこの二人はとディンスレイは思う事にした。相性が悪いとは思わない。だって良いと思った方が面白そうではないか。

「ふんっ。君みたいに直感だけで何もかもを判断する様な単純な人間では無いのでね。芸術とは感性に寄るものと思われがちだが、その実、先人が培った経験の中から、より適したものを選ぶものだ。つまり、非常に理論立てられた―――

「はー、つまり、とっても常識的なので、変わった事を聞かれても困っちゃう人なんですねー」

「そんな事は無いさ! ボクはあの跡を見てこう思ったね! これを描いた人間が居るとしたら、そりゃあ性格が悪いと!」

「……性格?」

「あ……いや、失敬。別にその、いちいち地図に描かれたものに対して、こいつは単純だな。馬鹿だな。理屈っぽい奴だな。みたいな事を考えているわけじゃあ無い。本当ですよ?」

 それは言い訳のつもりで言っているのだろうか。なら、もう少し落ち着くべきだと思うのであるが……。

「……まあまあ、カインナッツ君。人間、色々な趣向があるものだ。私だってほら……うん。空の雲を見て、あれは中々良い形だと思う事はあるさ」

「なんですかそのフォローになっていないフォローは。違いますからね。ボクはもっとその……世界を鋭い目線で見る人間ででしてね!」

「はー。ただの地図の跡を見て、性格を言い当てる鋭さがある人だとー」

「君のせいだろう! 君が余計な事を言うから!」

 すっかり、カインナッツとララリートの口論になり始めた会話を見つめつつ、ディンスレイは内心で思う事があった。

(あの地図の跡は性格の悪い人間が描いた……か。案外、こっちの方が重要な話なのではないか?)

 そんな風に思うものの、言葉にすれば今の空気を悪くしそうなので、ディンスレイは思考だけして黙ったまま、暫く二人の喧嘩を見守る事にした。




「良い判断材料を得たとは言い難いが、気分転換にはなった」

「そう。そりゃあ良かったけど、なんであたしに報告にしに来るの」

 何時ものメインブリッジ……だと味気無いため、ブラックテイル号を降りて外の空気を吸いながら、ディンスレイはミニセルと並び、夜の風景を眺めていた。

「重要な事だとは思わないかな? この手の話で息抜きをするというのは」

「確かに、今後どうしようかしら……なーんて思ってたところだけどね」

 ミニセルは空に向かって音のしない溜息を吐きながら、その頭を搔き始めた。

「意外だな。会議での君は、危険が待ち受けているとしても、先に進もうとする意見だったはずだが」

「誘われているってだけなら、乗ってやれば良いじゃないって思うけど、艦長の言っていた事がどうにも引っ掛かっちゃったのよ。ほら、エラヴだって、戦争をしていたっていう」

「争いの概念が無い生物というのも珍しいだろうさ。それに、戦争にしたところで規模がどんなものだったかは分からない。案外、理性的な、技術比べ染みた争いをしていたかもしれんぞ?」

「結果、ここら一帯の技術を持っていたはずの種族が居なくなるくらいに理性的な戦争って事?」

「ああ。空を浮かんでいる飛空船を躊躇無く落とすくらいに技術的な戦争さ。それでか……夢が無くなったと思ったんだな? 君は」

「まあ……ね。追っているものは、夢見がちな話でしか無いとしても、キラキラしているものに見えた方が良いって思わない?」

 未踏領域への旅。何故、ディンスレイ達はそこに好奇心を疼かせ、命の危険すら受け入れて旅を続けているのか。

 理由は色々あるだろうが、結局のところ、そこに夢があるからだ。

 まだ見ぬ何かがそこに待っている……だけでは些か足りない。そのまだ見ぬ何かが自分にとって良い結果をもたらしてくれるかもとどこかで思っているから、無茶だって出来るのだ。

「艦長はどうなの? がっかりしてたりしない?」

「私は……そうだな。戦争なんぞをして、互いを滅ぼし合った種族を追っているなどという事態は、多少なりとも避けたいかもしれないな」

「多少なの?」

 聞かれて考える。それは絶望的な状況か。未踏領域の旅を途中で止めたいと思う程の事か。

 星空を眺め、問い掛け、空は答えなんて返してくれないから、自分なりに答えを出す事にする。

「多少だな。別に、旅を止めたいとは思わん。それでも先に進みたいと思う」

「強いのね、艦長。それとも、何か個人的な思いみたいなものがあったり?」

「そうだな。思うところはある。そういう思いがあるから、先に待っているものが例え願いが叶うもので無くても、挑みたいという欲求が消えないわけだ」

「欲求ねぇ」

 理解して貰おうとは思わない。というより、あまり話したくも無い事なのだ。

 これに関しては、ディンスレイにとってのトラウマに近い話で、今の自分は、そのトラウマに突き動かされていると言って良い。

「ねぇ?」

「なんだ? ミニセル君」

「その話ってさ、ここで聞いても……ちょっと艦長?」

 ミニセルの方を見られなくなる。話題が嫌な方向に進んだからでは無い。少し気まずくなって視線を逸らした先に映ったブラックテイル号に違和感を覚えたのだ。

「あの艦、少し小さくなってないか?」

「何言ってるのよ。んな訳無いでしょうが。それとも、やっぱり艦長にとっても少しはショックを受けてたって事?」

「そんな事は無いと思うが……内心の変化が、そんな効果を及ぼすものか?」

「するんじゃあない? 嫌な気持ちになったら、これまで自分が乗っていた艦が頼りなく見えるかも。だいたい、ほら、今日の昼頃だって、艦長ったらふらふらやる事も無くブラついていたって話でしょう?」

「おいおい、ブラついてるというのは酷いだろう。これでも、この先の事だって考えながら、私は……」

「私は? ほーらみなさい。ララリートちゃんから聞いたわよ? 今日は艦長さんに誘われたけど、ただ目的も無く艦内をぶらついて話をするだけだったんでしょう?」

 そんなミニセルの言葉に、ディンスレイは背中に怖気が走り始めた。

「……馬鹿な」

「馬鹿なって……そりゃあ話をするだけでも仕事でしょうし、何か考える事だって―――

「違う。そうじゃあない。そんな……ララリート君を誘うのは分かる。だが、その後に話をするだけだと?」

 おかしかった。妙なのだ。それだけのはずじゃあない。ララリートという少女と接する時、ディンスレイは極力、彼女に学びを与えるための行動をセットにしている。

 そう努めているのだ。まだ子どもである彼女の、その才覚を利用する側であるからこそ、こちらからも何か彼女の得になるものを提供しようというディンスレイなりの意地であった。

 なのに、ディンスレイ側から一方的に誘って、話をするだけで終わるだと? そんな行為に時間を割いたというのか?

「ララリートちゃんが嘘吐いてるっていうの? そんな意味の無い嘘を吐く娘じゃあ無いって艦長が知ってると思うけれど」

「ああそうだ。彼女は嘘を吐いていない。私の記憶の中でも、実際に、今日は彼女と艦内を歩き、話をするだけで終わったという記憶がある。なんだこれは。こんな記憶が残るはずが無いのに……」

 記憶を巡らせる。記憶力には自信があるのだ。人間関係が関わる記憶ならば特に。

 だから今日、最初にララリートへ話し掛けた時の事を思い出す。その時の、自分の感情さえ脳内で再現しながら。

「私は……そうだ。私は用があった」

「だから……ララリートちゃんにでしょう?」

「いいや違う。用のついでに、ララリート君を誘ったんだ。彼女に、良い刺激になるだろうと。それで私は……」

 何をした? 話をするだけで終わった。そんな事があり得るのか? 自分の記憶が不安になるのでは無い。

 自分の記憶が確かだからこそ恐ろしくなる。いったい、何が用だったのか? それを忘れて、ただ少女と話をするだけで終わっただと?

「艦長、あなた、すごい顔よ? もしかして疲れてるんじゃあ……」

「いいや、疲れからならこんな顔はしない。むしろ働く必要が出て来たぞミニセル君。君の方は、ここ最近で、妙な違和感を覚えなかったか?」

 今、自分が抱いている焦りは自分だけのものなのか。今はそれを確認したかった。いや、安心を得たかったのかもしれない。だが……。

「違和感って、急に言われても、ここ最近は空を飛んでないから窮屈って事くらいよ?」

「そうか……今のところは私だけ……か」

 気落ちはした。だが、立ち止まる事は出来なさそうだ。

 今、確かに厄介な事が起きている。気のせいで流す事も出来ない。ならばこの状況で、動けるのはディンスレイ一人だけという事だ。

「些か早いが、再度、船内幹部会議を始めるぞ、ミニセル君」

「集めるって、どこによ」

「決まっているだろう。何時も(、、、)通り(、、)食堂(、、)に(、)だ(、)」


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