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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と未知なる世界
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③ 最初の問題

 万能冒険艦『ブラックテイル号』。その黒い装甲とエイの様な輪郭を持つ艦の正式名称をそう呼ぶ。

 船では無く、軍艦に類するものなので艦だ。

 その名称の通り、黒い針の様なものが船体の後部から伸びているのが特徴の、黒い、冒険するために作られた軍艦。

 その初めての飛行は順調そのものであった。欠陥が早々に発見されるわけでも無ければ、大きな事件が起きたわけでも無い。無論、ブラックテイル号が墜落する事も無い。

 どこまでも続く青い空と浮かぶ白き雲。それらが流れて行く光景を目にしながら、ブラックテイル号は未踏領域へと突き進んでいく。

「という風に表現出来るのは、つまり、まだ未踏領域には辿り着けていないという事だが」

 ブラックテイル号がトークレイズの空港から離陸してから丸一日。広大な大陸と広大な空は、それでもまだ、既にそこに人類が足を踏み入れた事実を地図上に記している。

 今の技術においては、メインブリッジの壁に貼りつけられた頑丈な上質紙に印刷された大陸の地形がそれだ。

「空や地形の様子から、未踏領域まではあと半日と言ったところでしょうな」

 副長のコトーがディンスレイの呟きに言葉を返して来る。

 人間というのもまあすごいもので、国家の範囲を多少越えたところで、未だそこは自らの領域であるという足跡を結構残しているものだ。

 それでもやはり、人類よりもこの世界が勝っている証であるかの様に、未知な領域はそれ以上の範囲として広がっているのである。さっき見た地図で言えば、何も描かれず空白になっている部分と、さらにその地図の外側に。

「あと半日……じゃあ、それまでに休んで置こうかしら」

 操舵席に座ったままのミニセルも話に入って来る。離陸してから、一度の睡眠休憩を挟んでいる彼女であるが、それ以外の時間は船の操舵に掛かり切りだ。

 安定した空路である内に、船の操舵に慣れ親しんで置きたいかららしいが、さすがに疲労が見えて来ていた。

「そうだな。未踏領域に入れば、それこそ寝ていられる時間というのも無くなる可能性がある。今から突入少し前まで休んでおくのが吉だと私も思うよ」

 これまでにミニセルが見せている操舵士としての実力は十分なものだ。緊急時の機転というのはまだ見せて貰っていないが、順調な旅路の中でそこまで確認するのは酷な話だろう。

「了解。ちょっと自室をまた味わってくるわ。まだ結構新しいのよね、あのベッド」

「これから一年、付き合う事になるベッドだ。今のうちにその新しさを楽しんでおくと良い」

 ディンスレイの許可の元、ミニセルは手を振ってからブリッジを出て行った。

 ブラックテイル号の操舵は、今や多くの艦に搭載されている自動操縦機能がある。離発着時には操舵士の操縦が必須であるが、今の様に嵐も見えない空の上ならば、手を離したところでそのまま設定した通りの速度で、設定した通りの空路を進めるのだ。

 それに基本的な操舵ならディンスレイや副長のコトーも出来る。いざという時の代わりが居なくては、幾らミニセルでも酷というものだ。故にこの三人の内一人は、必ずメインブリッジに居る必要があるわけだが。

(出来れば、交代員としての操舵士をもう一人雇いたいところだったが……その人員まで集める余裕が無かったなぁ)

 今さらの後悔を、頭の中でしておく。未開領域に何が待っているかはディンスレイにとっても未知数だ。万全で完璧な船員を欲しており、その能力に関しては十分と言える者を集められたと言えるが、才能がある者はそう多く無いのが世の常だ。

「また、考えても仕方の無い事を考えていらっしゃる様ですな?」

「そんな風に見えたか?」

 隣に立つコトーとは長い付き合いもあってか、良く心を読まれる。というより、何を考えているかの予想が立てられていると表現するべきだろうか。

「言う通り、不安になってくるとそういう意味も無い事を頭に詰め込みたくなる性質でな」

「何も考えられなくなるよりは良い事かと」

「そう思っておく事にするよ。私も」

「でしたら、今のうちにどうでも良い報告も伝えておきましょうか」

「どうでも良い報告?」

「ええ。なんでもこの艦、出るそうです」

「出るとは?」

「ほら、霊とか悪魔とか、神様がいるとまでは言う者はまだ居ませんね」

「ほほう。確かになんとも馬鹿馬鹿しい。実際にそういうのが居たとしても、ここは新造艦だぞ?」

 そういうのは歴史深かったり過去に事件があったりした場所に現れるのは相場では無いか? いや、居るとか居ないとかの話がまず馬鹿馬鹿しい話だが……現代技術の粋を集めた艦の内部の話だと思うと可笑しさが先立つ。

「なるほど? 考え事をするにしても、気休めになりそうな話ではあるか」

「そう取っていただければ、報告を上げた甲斐があるというものですな」

 と、板に挟まれた紙一枚をコトーが渡して来る。マメな事に、複数の船員からの、その怪しげな報告をわざわざまとめてくれたらしい。

 こういう風にどうでも良い仕事も含めてあらゆる仕事が早いから、彼を副長として雇っている。彼の場合、身内を連れて来たという風に見られるかもしれないが、彼の働きぶりを見れば、誰しもがその印象を変えざるを得まい。

「まったく。何事かを考えるのを止められないのなら、こういう事でも考えておけと遠回しに伝えられるというのも中々手厳しくは無いかな?」

「それを受け入れられる艦長でしたら、副長としては大変助かりますので」

 そこまで言われれば仕方ない。ディンスレイは艦長席を立った。

 そう言えばもう随分長く座っているので、腰や足に違和感がある。それくらいは本番までにほぐしておけとの副長からのアドバイスがこの話なのだ。

「では、この報告をしてきた船員から直接話でもしてみるか。なかなか、面白い話が聞けそうだ」

「ははは。お手柔らかにしておいてあげてください。ここはわたくしが見ておきますので」

 気軽に言ってのけるコトーの言葉に頼もしさを覚えながら、ディンスレイもまたメインブリッジを出て行く。

 さて、この報告書に書かれた馬鹿馬鹿しい内容に関して、実際に馬鹿馬鹿しかったという評価を付けに行こうか。




 結果としては、馬鹿馬鹿しいなどと言っては居られなくなった。

「さっそく問題発生かぁ……」

 船内を歩きながら、ディンスレイは呟く。部屋と部屋を繋ぐ通路の大半が細く、人がすれ違えば独り言が聞かれる距離になるわけだが、幸運な事に他の船員は居なかった。

 だが、それが気休めにならない事はディンスレイ自身が承知している。

(これは……錯覚や幻ではないな?)

 報告書と、ディンスレイ自身が直接船員から聞いた内容を頭の中で整理し、ディンスレイは結論を出した。

(ふん? 起こった現象が具体的で、しかも共通性がある)

 例えば手で触れていないものが勝手に動いたという話では、報告をした船員は実際に動くところを見たわけでは無く、目を離した隙に、昼食を乗せていた皿の位置が変わっていたというものであったり、管理していた備品の一部が、誰も使用申請をしていないのに喪失していたりと言ったものだ。

 どちらも、超常現象の類だと騒いでいたが、起こった現象に関しては、理由付けさえ出来れば、現実に起こり得るものであろう。

(そうして極め付けが、霊を見たという報告だ)

 その船員は記憶力が良く、だからこそ断言していたのだが、船内に、船員では無い者が居たと言うのだ。

 だからこそ、霊か何かを見たのだと。

(私ならこう判断するがね。密航者が居ると)

 船員以外の誰かが船内に潜んでいて、食料や生活品を盗んでいるのだ。

 空を浮かぶ飛行船と言えども、空港を離発着する以上、密航者の存在とは無縁では居られない。

 空を飛ぶ船は、きっと今居る地上よりもっと良い世界へと連れて行ってくれると期待しがちな人種というものが世の中には結構居るのだ。

(私の主観からしてみれば、それで正解と言いたいところだが、客観的にはまったく逆だな。そこを訂正するためにもさっさと見つけて置きたいが……保安要員を集めるべきかどうか……)

 ブラックテイル号の船員数の関係から、船内の風紀や治安を守る常設の保安員というのは常備していない。ディンスレイ及び指示が及ぶ主要員だけで十分に船内の意思統一は行える人数だからだ。

 だが、何某かの侵入者がいる場合は、その侵入者対策の保安要員は必要になってくる。というより、船員の内から艦長が選ぶ事になっている。

(が、それをした時点で事態は大事になる。そんな大事を、未踏領域突入前に引き起こすべきか)

 悩むものの、この問題については選択肢がある様に見えて無い気がする。少なくとも、ディンスレイがするべきと思った事は一つだけ。

「まったく。これからこういう事が益々増えて行くというわけだ」

 呟き、走らぬ程度の速度で歩き出す。今度はすれ違った船員に独り言を聞かれたかもしれないし、艦長である自分がそんな速度で歩き去って行ったのだから驚きもされただろうが、今は仕方ない。

 身体を動かし、頭も動かす事が重要だ。まず報告書や船員に直接聞いた内容から、船内のどこでそれが発生したのかを、頭の中のボードに纏めて行く。

 そこにさらにブラックテイル号の船内マップを重ね合わせる。それぞれの報告された事案の発生時間もそこに追加だ。実際のボード上では描写する事が出来ないだろうが、ディンスレイの脳内ならそれが出来るし、平行して身体も向かわせる事が出来る。

 結果として導き出せた場所は、船内に幾つかある備品倉庫の一つ。それも船内の人員を少数に絞った結果発生した、使われていない倉庫の一つである。

「と言っても、タイミングが悪かったかな?」

 薄暗く、そこで暮らすにはかなり手狭に感じるそこには、シーツが何枚かと毛布が一枚。さらに破かれて中身の無い保存用食糧の包装紙も散らばっている。が、そこで寝泊まりしている不法者の姿は無かった。

(丁度、船内を物色中だったかな? 残された痕跡から見てもなかなか逞しい生活をしている風だが……)

 これは運が良いか悪いのか。判断か付きかねる。出来れば、自分一人で出会いたいところだったが、とりあえずその重要なタイミングは先延ばしになりそうだ。一方で、船内で他の船員が発見する可能性もあるだろうか。そうなれば、やはり事態は大事になりかねない。そうなるのはディンスレイにとっての望みではない。

(他にあるこれからの可能性だが、例えば―――

「て、手を上げて! 刃物を向けているわっ!」

 ディンスレイの背後から、脅しを掛けて来る可能性もあったか。

 それが脳裏に過ぎ去り、耳に危険極まりない言葉が届いたタイミングで、ディンスレイは溜め息を吐きたくなるのを我慢した。挑発的行為は禁物だ。

 どうにも自分は脅されているらしい。そう判断した瞬間に、ディンスレイは言われた通りに両手を上げてから、相手の言葉も待たずに振り返った。

「ちょ、ちょっと!」

「すまんね。振り返るなとは言われて無かったもので。ところでその……確かに刃物を向けられているな、私は」

「そ、そうよ! 分かってるなら大人しくしてっ」

 そう言ってディンスレイに刃物を向けて来る密航者……であるが、ディンスレイは別の表現がしたくなる。

 純朴そうな、まだ子どもとも言えるくらいの年齢の少女だ。そんな少女が似つかわしく無く……いや、似合っている程度の小振りな果物ナイフをこちらに向けて来ていた。

「ふん? 大人しくする事に異論は無いが、口くらい開かせて貰いたいものだ」

「いいえっ。黙っていてっ。あなたがここに居る事を黙ってさえくれれば、わたしは……」

「ここにずっと住めると?」

「ちょ、ちょっと間借りするだけだものっ」

 さて、長めの亜麻色でウェーブも掛かっている髪がディンスレイの目線のやや下側でゆっさゆっさ揺れているわけであるが、そんな彼女に脅威を感じるのはどうすれば良いだろうか? ましてや、脅しに屈して言う事を聞くのは至難の業では無かろうか。

「一つだけ、事実確認なのだが、ここがどこかは知っているだろうか」

「倉庫でしょ? 馬鹿にしないでっ。それくらい分かるんだから!」

「うーん。もうちょっと範囲を広く、飛行船の中だとの答えを期待していた。それも、絶賛空を飛んでいる最中のだ」

「それ! それだって勿論知っているわ!」

「じゃあ私をどうこうしたところで、逃げ場とかどこにも無い事も?」

「……」

 うーんと目の前で考え始めた少女。そこはすぐに考えが至って欲しかったところだ。まあ、それくらい至らない少女には見えたため、溜め息を吐かない。

 むしろ心配になってくる。

「そもそも、なんでこんなところで暮らして居たんだね、君は? この艦、ブラックテイル号と言うが、どこに向かっているか知っているか聞いておきたい」

「どこって、別の街でしょう?」

「……まさか家出でこの艦に密航したとでも言うつもりかな?」

「!」

 びっくり! なんで分かったの! という風に目を見開く少女。それを見てディンスレイはブラックテイル号が空へと飛び立ってから最大の難題にぶつかった事を理解した。

「……あのなぁ君。ここは……軍艦だ」

「軍……?」

「そう。私の服装だって軍服だろう?」

「けどけど、背丈だって小さいし」

 君よりはまだ大きいさ。年齢だって大人だ。そう言いたいが、背丈が平均より低く体格だって華奢な方なのは理解しているので反論はしない。

 だが、事実を認識はして貰う。

「他の船員は、体格が良い人間で、しかも軍人らしい人間も居ただろう?」

「た、確かに……変だなぁって思ってた……」

「そう。なら、これから話す事も理解してくれるだろうが……これから向かうのは街じゃなく、危険地帯だ。それも軍艦らしくとびっきりのな」

「……ええー!」

 ワンテンポ遅く、少女が叫び出した。

 叫びたいのはこっちである。ディンスレイはそう思ったが、今は頭痛を我慢するのに注力しよう。

 これから、ブラックテイル号内では初の、船内の幹部会議をしなければならなくなったのだから。




 しかし難題というのは多くなる一方だし重なるものだと感じる。

 今、船内にある唯一の会議室において、丸机を囲みながら、五人の人間と顔を合わせたディンスレイは猶更そんな風に思ってしまう。

 この五人というのは、つまり、先日にも顔合わせた船内の幹部。副長、操舵士、船医、整備班長の四人と、この艦への密航者一人の五人である。

「とりあえずこの彼女、ララリート・イシイ君と言うらしいが、ここに居る皆が顔を顰めている理由は、彼女にあると言う理解で良いだろうか。出来ればそうであって欲しいが」

「なに警戒してるのよ。当たり前でしょうが。密航者ですって? これから未開領域へ突入しようってそのタイミングで?」

 うむ。その通りであるとミニセルに向かって頷く。彼女に関してはある意味でディンスレイの期待通りの様子で安心させてくる。今、皆で考えなければならない課題は、ララリートという少女の事で―――

「艦長! いい加減、オレも言わせて貰いますがね! この艦はどうなってんですかい! 

素人ばっかりの船員に、文句の多い操舵士! さらにここに来て密航者の問題! こんなんじゃあ未踏領域に向かうなんて命取りになっちまう! 肝心の操舵士からして不安しかありゃあしない!」

「ちょっと! 今になってそういう事言うの、おっさん!」

 ああこれだ。やはり始まってしまった。問題を解決する前に、別の問題もまた吹き上がる。幹部同士での対立という問題だ。具体的にはミニセルと整備班長のガニとの喧嘩。

「だからそのおっさんってのは止めろや小娘! てめぇなんぞの若造は口の使い方までなってねぇな!」

「あーら、ごめんあそばせ? わたくしったら、ついつい、目の前の年長者を見習って、口をすごーく悪くしがちですの。でも仕方ないですわよねぇ。その年齢でまだ若造レベルに口が汚い方がいらっしゃるのだから」

「ああん? 嫌味も繰り替えしゃあいい加減―――

「いい加減にすべきかと」

 凛と、副長のコトーの声がミニセルとガニの喧嘩の間に挟まり、怒鳴っては居ないというのに、二人の言葉は止まった。

 そうして、これからはディンスレイの仕事だとばかりに、コトーはディンスレイに辞儀をしてきた。

 確かに、これ以降を副長に任せていたら艦長としての沽券に関わる。

「そうだな。口喧嘩をこれ以上続ける様なら、いい加減、会議室から叩き出す。今後何か要求があっても聞くつもりも無くなる。理由については、言う必要があるかな?」

「……」

 まあ、これで一旦は大人しくなるだろう。子どもみたいに喧嘩するのも、時と場合を考えろとまで言わなくても、彼らだって良い大人なら分かって居るはずだ。

「さて、ララリート君。我が艦のお恥ずかしい姿を見せてしまったところだが、君の問題を解決しなければならないという課題が本題でね。というか、君の意向をまず聞いて判断したいのだが……」

「わたし、帰りませんからね! 絶対絶対帰りません!」

 彼女から出て来た言葉が難題であった。出来ればもっと厳かに紙にまとめてお出しして欲しい意見ではあったが、出て来てしまったものは仕方ないし、ここに集まった面々と話し合う必要もあるだろう。

「率直に言って、どう思う?」

「問題を丸投げしてきたわね……」

 同じ釜の飯とやらを食べる者同士だろうに。こういう時に悩みを共有しないでどうする。別に怠けているつもりは無いぞ? 考え尽くして、一人で抱えるのは無理だなこれはと結論を出したまでだ。

「問題も何も、密航者の子ども一人、送り返すべきでしょうや!」

「そうは言うがな、整備班長。どうやって?」

「そりゃそのう……この艦をその……」

 引き返させるのか? 未踏領域寸前で? それがどれだけの労力を使い、どれ程の時間を無駄にするか分かった上で?

「え……ええっとぉ……船医からも一言……よ、よろしいでしょうかぁ」

 おどおどと、今まで会話に入れずに居た船医のアンスィが手を上げて発言してきた。ディンスレイは会話に参加するなら今の内だぞとばかりに頷いて続きを促す。

「どうしたってぇ……か、帰すべき……なのでは?」

「まったくだ。私もな。正直、そういう結論にしか至れなかった」

 馬鹿な話だと思うだろう。そんな善意は余計な手間だと言われるかもしれない。

 まあただ、それらに対して、だからどうしたのかと返すしかないディンスレイの矜持も存在する。

 子ども一人、危険に晒す前に安全な場所に返してやろうという考えがディンスレイにだってある。

 あるのだが……。

「何よ、複雑そうな顔して。まだ何かあるの?」

「あったからこんな顔をしていてな……さて、ララリート君。まだまだ年少の君をこの会議に参加させたのはな、ここからだ。ここから、君が我々を説得するべき場面になっている。口先なら私が出そう。君に関しては、君が君の事を話すかどうかだ」

「ええっと……」

 自分に話題がやってきたと密航者のララリートは困惑している様子だが、何を言うべきか分かったのだろう。

 ゆっくりと口を開いた。

「あなた、艦長だったんですねっ! びっくりです!」

「いや、それから口に出して来るのは想定外だったなぁ」

 なかなかにマイペースで太い精神の持ち主らしい。

 そうでなければ、密航なんて選ばないのだろうとも思う。それが、故郷から逃げ出すための事だとしても。

「私が、どうしてこの船に乗ったのかを説明すれば良いんですか? 孤児院で死にかけた話から初めて」

「待って。えっと……なんですって?」

 驚いているミニセルだが、ディンスレイはその気持ちが良く分かる。ディンスレイの予想では話の終わりの方で出て来る内容のそれがいきなり出て来たのだから、ディンスレイもびっくりだ。

「聞いての通りだ。我々が飛び立ったトークレイズという都市については多少なりともしっているな。まだまだ未開で荒々しい文化が目立つ街で、福祉施設も十分に行き届いていない。結果、取りこぼされる人間だっている」

「別に取りこぼされてません! ただちょっと、ご飯の量を減らされたり、何かにつけて手をぶつけられたりしていたので、そろそろこれ、ここに住んでいたら駄目だなって思ったので、こう……手っ取り早く保護してくれる街に向かいそうな飛空船にこっそり忍び込ませていただいたというか。それがまさか軍艦だったなんて驚きだったというか!」

 こちらに小さいナイフを突き付けて来た時とは大きく違うふてぶてしさである。これはもしや中々に大人物になるか、明日あたり転んで死んでしまうのではないかと思わせてくる少女である。

 そんな未知数過ぎる彼女への評価について、他の面々の意見を聞きたかった。

「要するに、彼女の事情を聞いた上で、我々はどうするべきか。艦長はそれで彼女の処遇を決定しようと、そういう話で集められたのですね?」

 副長コトーが話を纏めてくれた。話を纏める方向に持って行ってくれる人間がこの場に彼しかいない故に仕方あるまい。

「事情があって、その事情は一般的なそれでは無いと来ている。しかも、早急に結論を出さなければならない。何せもう、時間が無くってな」

 今、この瞬間もブラックテイル号は空を飛び進んでいる。旋回しているのでも無く、対空しているのでも無い。

 未踏領域へと刻一刻と近付いて行っているのだ。

「……この場で、すぐに決めろって言う、艦長命令なわけね?」

「出来れば命令したくも無いが、状況が状況だ。ここで結論を出さないというのは許さん」

 こうして、船内幹部に悩みを共有出来た形になった。

 あとはまあ、彼らの結論を聞いた後、艦長であるディンスレイが最終決定をするだけ。

「オレは反対だ。反対ですぜ。素人のガキ一匹を乗せたまま、この艦を危険な場所に向かわせるなんて間違ってる。が、艦長の結論ならどんなものでも従いやす。それがまあ、オレの意地でしてね」

 整備班長のガニは根っからの軍人である。だからこそ、上官の言う事にはどんな内容でも従う。そういう心を明かしてくる。結論としては在り来たりであり、むしろ安心できるそれ。そんなまず一つの結論が出て来た。

「わ、私はぁ……その……ここで引き返すのは……ちょーっと問題があるかなとぉ……」

 おずおず口に出して来た船医のアンスィの言葉は、ララリートの事を考えてのもの……というわけでも無く、きっと、今回の事業が失敗する事への懸念があるのだろう。

 ここでブラックテイル号が引き返せば、また準備をしてから出発まで期間が開く。その間、失敗の烙印を押される可能性だってあるし、そうなれば、船医として雇われた彼女は無職となるわけだ。

 そんな意見も、勿論理解出来た。なので結論の二つ目が揃う。

 残り二つであるが……。

「では残りは、ミニセル様のご意見ですね」

 と、わたくしは艦長に従うのみですとばかりに副長のコトーは自らの意見を飛ばした。これはこれで、一つの意見なのだろうか。

「ちょっと、ズルいわよ副長。けど……そうね。私の意見としては……うーん。難しいけれど、ララリートちゃんだっけ?」

「はい! そうですお姉さん!」

「あーら可愛い。気分的には、こういう娘が一人居ても良いと思うけれど、そういう話じゃあないわよねぇ……」

 と、ミニセルはじっとディンスレイを見つめて来た。あんたはいったい何を考えて居るのかしら?

 そんな風に聞かれた感触があった。もっとも、彼女の意思なんて読めないし、読みたいとも思わない。

 だから彼女の言葉をしっかり聞く事にしよう。

「あのね、ララリートちゃん。あなたは、ここに居たいと思う? 正直、これからこの艦、碌な事が待って無いと思うの。どれくらい碌でも無いかって言うと、私達ですら、何が待っているか分からないくらい」

「それはその……大変だと思いますけれど……はい! 大丈夫です! こうやって、わたしの言葉を聞いてくれるだけで、今までより大分マシです!」

 自信満々に、とても悲しい事を言うララリート。彼女の意思こそが、ミニセルにとって大事という事か? いや……。

「じゃあ次に聞くのは、ここで雁首揃えてる大人連中に尋ねるわね。ちゃんと覚悟はある?」

 ミニセルのその言葉を聞いて、ディンスレイは笑い出しそうになり、抑えるのに苦労した。

 なるほど。彼女の結論はこういう事か。

「覚悟って……命を賭けるくらいの覚悟はこっちにゃあ―――

「そういう事じゃあない。この艦で、ララリートちゃんを乗せたままにするって事は、彼女にきちんと、教育や世話をする覚悟があるかって聞いてんの」

「ええっ!? お姉さん! わたしわたし、ちゃんと自分の暮らしくらいは―――

「密航者は黙ってなさい。あなたは一人前より随分と足りない部分があるんだから、大人のあたし達には、あなたをきちんと成長させる義務があるの。勿論、大人のあんた達だって理解しているわよね?」

 じろりと、この場に集まった皆を見つめるミニセル。

 そりゃあそうだ。自分達の事情だけで密航者を帰すか帰さないかなんて決めるべきじゃあない。

 結局、これから長い時間を旅するというのなら、必ずこの様な話をする必要があるのだ。

 皆、しっかりと助け合えるか。相手の立場を考えて、適した行動が出来るかを。

 それが出来ぬと言うのなら、当人の意思がどんなものであろうと、共に旅する事は出来ない。

「あ、あのぉ……成長させる義務というのは……具体的にどのようなぁ……」

 船医アンスィの言葉に答えたのは、ミニセルでは無くディンスレイだった。

「なんでもだ。彼女はこの艦に乗る限り、子どもではあるが船員として扱う。無論、仕事は十分に出来ないだろうが、それでも育てて、使う。ララリート君は、それで構わないかな?」

「働き口って事ですか? はい! わたし、わたし頑張りますっ」

 どこまで想像出来ているか分かったものでは無いが、ララリートの側がこう言っているのだから、ディンスレイはそれ以上言えない。

 だって、これはディンスレイの望む事でもあったからだ。

「あら、じゃあ艦長ったら、もし艦長の代理をしたいってこの娘が言って来たら、艦長のお仕事を教えてあげるつもり?」

「無論、訓練をした上で適正を見させて貰うし、才能がある様なら、そっちの世話をする覚悟ならある。君が我々に聞きたいのは、そういう事だろう?」

「ま、だろうと思ってたわよ」

 こっちの考えを話す前に言ってやったとばかりに、ミニセルは笑っていた。今回ばかりは、彼女に一本取られたと認識して置こうか。彼女だってそれを望んでいるだろうし。

「おいおい、その場合、オレのところに来たら、こんな小娘に整備の仕事を———

「わたしわたし! ネジ回すの得意です!」

「不得意な奴なんて聞いた事ねぇよ! ったく。手は抜かれねぇからな。そっちこそ覚悟しとけ!」

 勢いに押されて、整備班長のガニはララリートがブラックテイル号に乗り続ける事を認めてしまった。

 船医のアンスィはあわあわして、やはり受け入れざるを得ない状況だろうし、ミニセルとコトーの判断は言わずもがなだ。

 だから今回の会議に関して、ディンスレイは気分良く艦長としての決定を行う事が出来た。

 問題がさっそく発生したブラックテイル号であるが、その結果はと言えば、満場一致の解決を見たという事で、その旅はまだ順調と言えるかもしれない。

 もっとも、こんな問題が、これから幾らでも置きそうなそんな気もしてくる。それを思うと、胃の痛みが感じられるより、どうしてか変な笑みが浮かんで来そうな、そんな気持ちがあった。これに関しては、ディンスレイのおかしな性質だと自ら思っている。

「さて。皆の結論が出たところで、これにて一旦解散……というわけには行かない。ララリート君。暇があるのなら私自ら船内を案内したかったが、悪いが暇が無い。一人船員を寄越すから、とりあえずは色々と船内の主要施設を回って、どこに何があるか憶えておいて欲しい」

「わ、わかりましたー! けどけど、艦長さん達は暇じゃなくなるって事ですよね? 何かするんですか?」

 そのララリートの疑問に、他の皆は表情で答えた。

 これからは楽しい話では無く、緊張して大変な話。ララリートの件で時間を取られた結果、もはや未踏領域突入までの時間が目前まで迫っているのだ。

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