⑧ 予想しないなら未来とは文字通り未知である
ディンスレイの号令と共にブラックテイル号が揺れる。
まだ空は遠く、大地はブラックテイル号を離してはくれない。
(謎の力……光石かエラヴの装置か。どちらにしても、その力による縛りがこれだ。今はそれが拮抗している。いや、これはまだ、通常の推進力の範疇だ。ブラックテイル号の方が負けて居る。これを抜け出さない限りは、空を飛ぶ資格が無いという事だろう?)
本番はこれからだ。揺れが激しくなっていく。このままではブラックテイル号が瓦解するのでは? そんな予感すらさせてくるし、メインブリッジメンバーとてそれは同感だろう。
「……」
しかし弱音は聞こえて来なかった。彼らもまた分かって居るからだ。
ここからが本番であると。
「そろそろですかな……?」
副長の言葉にディンスレイは頷いた。そうだ。そろそろだ。
『こちら機関室。今から光石の力をエンジンに回します。ここから先は……本当に未知だ!』
光石を推進力に変える装置は既に接続していたが、その力を推進器に流すのはまだだった。
ガニ整備班長曰く、十分に通常の推進器が温まらない限り、光石の力はブラックテイル号にとって膨大過ぎるとの事。
人間で言えば準備運動をする様に、通常の発進をしてから、さらに光石による推力を発揮する形。もっとも、ガニ整備班長が言う様に、上手く行けばそうなるだけの未知の状況と言えた。
だが既に意思は決定している。
「整備班長、あなたが思うタイミングで良い。こちらで合わせる」
『なら……今だ!』
一瞬、さらに揺れが激しくなった気がした。
だが、それは本当に一瞬だった。
今は揺れていない。むしろしんとした静けさがあった。
(いきなり失敗して、天国にでもやってきたか?)
そんな風にも思えたが、ブラックテイル号のメインブリッジの形をした天国というのもなかなか無いだろう。
景色は変わらず、ディンスレイは艦長席に座ったまま。ブリッジメンバーもまた全員が生存している様子。
いや、変わっているものはある。
「ミニセル君! 操舵だ! 我々は飛行しているぞ! 途轍も無いスピードで!」
「分かってる! もうやってるけど……慣れるまで待って!」
揺れは無くなった。それこそ通常の推進よりもさらに静かで揺れも少ない状況で、メインブリッジの窓から見える景色だけが、猛烈に変化し続けていたのだ。
飛行のために斜め上方へと進む角度だったブラックテイル号の眼前には、もはや空しか映っていない。
さっきまでの天候は雨でも降り出しそうな曇り空だったはずだが、今はそれすら映らぬ青空がそこにある。
(高度が既に、相当に上がっているのか!? 雨雲よりも上に!? 計器は……もうこんな高さまで!?)
飛空船には航空に安定する高度というものがあるが、大半は地形の起伏に影響されない程の高さである。
普通の飛空船はその高さに至るまでがスタートラインで、ゆっくり上がって行き、そこからスピードを出して行くものだが、既にそんな高度を越えて、雲すらも突っ切って、さらなる高さへと至っていた。
「待って、待ってください! この高さ! 飛空船にとっての上昇限界まであと数秒ですよこんなの!? うわっ!」
テリアン観測士の泣き言が、さらなる悲鳴にかき消される。
ブラックテイル号がほぼ真横に傾いたのである。
身体が揺れるどころか違う方へ落下しかけた感覚であったが、再び水平に戻る。
「ミニセル君! 無茶な軌道を取る場合なら、事前に言ってくれないか!?」
「ごめんなさいって! 怪我人が出たらさらにごめん! けど、さすがに今、上昇限界をさらに越えたらどうなるかなんて実験はしたく無いでしょう!?」
どうやら、ブラックテイル号の軌道が大きく変わったのは、ミニセルが操舵に寄って、彼女なりに安定した軌道を取らせるためであったらしい。
(確かに、慣れる努力を彼女はしているな……!)
静かで、なだらかで、しかし激しい。
印象としてはそんな矛盾を感じてしまう光石による飛行。それにミニセルは順応しようとしていた。
変わらず窓の向こうの景色は猛烈なスピードの移動を示していたが、やはり眼下には黒々とした雨雲が存在していた。そんな雨雲が景色となって、ブラックテイル号の速度を実感させてくる。
スピードはそのままに、軌道がまっすぐに安定しているから、雲の動きを読みやすくなっていた。
高度も多少落としたのか、雨雲にやや掛かるくらいの高さであるから、その薄い雲が明確な目印となってくれている。
「どう? 動物的な本能って奴を見せつけてるわよ、あたし!」
「十分だ。見事だとも、ミニセル君。あとはこのスピードを―――
「ええ、分かってる。もう大分距離を離したし、これで十分でしょう?」
光石による飛行は驚異的で想像以上のものであった。それを理解した時点で、エラヴの装置から解放されたと判断出来た。
判断出来たが……。
(いや……待て……)
嫌な予感がした。これは何から来るものだろうか。ミニセルと同じく動物的な本能か。それとも人間としての経験値がはじき出した感覚か。
どちらにせよ、今の異常と言える状況に対して、ディンスレイもまた対応する必要がありそうだ。
「ミニセル君! まだスピードを落とすな! 少し、少しで良い、軌道をズラせ! 今すぐにだ!」
「すぐにって……ええい!」
指示と行動は今のブラックテイル号に匹敵するくらいに速かった。
だからこそ助かったと言える。ブラックテイル号の軌道がズレ、その一瞬後に本来の軌道にあった雲が割れたのである。
不可視の攻撃が後方から迫り、通り過ぎて行ったという事。
「エラヴの装置からの攻撃だ! やつめ、まだこっちを狙っていたか!」
「このスピードですよ!? もうどれだけの距離があると思っているんです!?」
「テリアン君。君も常識を今に慣れさせたまえ! こっちの速度がエラヴの力が生み出したものなら、この攻撃とてそうだ! この速度で行き交う飛空船を叩き落とすのが、あの装置の役割だろう? その攻撃範囲とて広いだろうさ!」
「無茶苦茶だ! じゃあどれだけ距離を離せば……っていうか、次もあるって事じゃあ……」
「なら、対応するまでよ!」
ミニセルの言葉は頼もしい。だが、それに頼っているだけでは駄目だろう。
ディンスレイもまた、この混沌とした状況の中で適応し、その能力を示す必要があるのだ。それが生きるための道だし、事実さっき出来たではないか。
(頭で考えると遅くなる。感覚だ。今までの自分の経験則を信じろ。経験則なんぞ現実に裏切られる……などとくよくよ悩むのは、時間のある時にする事だ)
ミニセルなら、今の高速のブラックテイル号を、それでもある程度扱えるはずだ。あとの適切な判断はディンスレイがする。
「こちらの軌道がズレた時に攻撃が通り過ぎたのは偶然ではあるまい。あちらの攻撃のスピードにも限度があるのだ。重要なのはスピードとこちらの軌道の二つだ」
「つまり、スピードを落とさず敵の攻撃を追い付かせないか、複雑な軌道をして避けろって話でしょ!」
「好みとしては複雑な軌道の方だ。攻撃の種類を探れる」
「遊んでる場合じゃないと思うんだけどっ」
遊びでは無い。この手の好みこそ、ディンスレイが最適だと思える選択肢なのだ。
それに、逃げるよりは攻略する方が、今後の弾みにだってなるだろう。
「それで、実際、どれだけ今のブラックテイル号は曲がれる?」
「そうね。それはここで……試しましょう!」
飛行速度は光石の力が直接影響し、常識外れの結果を出せるのは分かった。
だが、飛空船としての機動力はどうだろうか? 単純な推進力だけの話では無いはずだが……。
「うっそ、随分と敏感になってるわこの子……っとぉ!」
ミニセルの言葉と共に、また窓に映る景色が変わり、艦も傾いた。
瞬時にその場で、ブラックテイル号は上下を入れ替えずに百八十度回転したらしい。
結果として、むしろその場で咄嗟に軌道をズラさなかったら、二射目の攻撃にぶつかるところだった。
「今の見た?」
「ああ。回頭速度も、推力の方向を変える敏感さも申し分無い」
「それだけじゃないですよ、お二人とも! 今の攻撃、見ましたか? 見えましたよ!」
ミニセルとの会話に、テリアン観測士が口を挟んできた。
確かに、無色の攻撃であったがその攻撃が見えた。
空気が歪んでいたのだ。
(何らかの手段で大気を操作しているのか? それを圧縮するかしてぶつけて来ている? ブラックテイル号を抑えていたのもその手の力か?)
その力を、光石の方も発揮し、拮抗させる形で、ただブラックテイル号が空を飛べない状況を作り出していた……のかもしれない。
だが、今その考察は一度捨てよう。テリアン観測士が興奮しながら話を始めた事であるし。
「見えたんです! 攻撃が! なら、僕だって観測を続けられます!」
「それはつまり……攻撃を予想出来るという事か?」
「艦長の言われた通り、僕だって適応してみますっ。次、恐らく3秒後!」
「良く言ったわね、テリアン観測士!」
お褒めの言葉はミニセルが代わりに言ってくれた。既に彼女はテリアンの言葉に合わせてやはり艦の軌道を変えさせた。
テリアンの観測に寄り、攻撃が届く数秒先にそれを予想、回避出来る事が実証されたわけだ。
遠くに見える大気の歪みを、良くもまあ見つけられるものであるが、それが出来るのが彼の才能と、ディンスレイと同じ経験則という奴なのだろう。
揃ったと感じる。今の、混乱ばかりがある状況の中で、必要なものが揃ったとディンスレイは感じてしまった。
ちらりとディンスレイは副長の方を見た。
彼はただ、ディンスレイの視線に気付き、一度だけ頷いて来た。これが彼の今の役目なのだろう。
艦長にお任せしますとの意思表示。
こういう状況での、ディンスレイの選択は間違いでは無いという保障を彼は与えてくれる。
なら、あとは実行するだけだ。
「全員、攻撃されっぱなしは癪に障ると思わないか?」
「……やる気なの? 艦長」
「ああ、そうだミニセル君。空を飛んでいただけのこちらを捕まえ、脱出したと思ったら攻撃を仕掛けて来るあのエラヴの施設。エラヴの罠。それを……こちらから攻撃するぞ! ブラックテイル号、このまま前進だ! テリアン君! 観測に寄り攻撃の予想を頼む!」
「了解! 続けて五秒後!」
「はいさ!」
もはや言葉でのやり取りでは無く単語のみのテレパシーだ。ブラックテイル号メインブリッジは、未踏領域での過酷な経験に寄り、一個の生命が如くそれぞれの思考をブラックテイル号の動きに直結させる事が出来るらしい。
否、メインブリッジだけではあるまい。ブラックテイル号内部のすべての船員が、今の異常な力を発揮するブラックテイル号を、それでも自分達の飛空船として動かしてくれているはずだ。
これこそなんたる幸運か。それぞれの船員がそういう能力を持っている事がでは無い。どの様な経緯であれ、この未踏領域の冒険の中で、今ここで、それが出来る船員で居てくれた事が、ディンスレイにとっての幸運なのだ。
だからディンスレイは意識を引き絞る。今、この瞬間、艦が何をするべきなのかの指示は出した。
なら次に艦長がするべきは、その瞬間を見逃さない事だ。
船員達は有能だ。ブラックテイル号は続くエラヴの装置の攻撃を、見事に避け、猛烈なスピードでそこへと辿り着くだろう。
だからそこへ辿り着いた瞬間に、引き金を引くのだ。
「エラヴの装置、視認! 主砲発射!」
叫ぶ瞬間には、既に引き金は引かせて貰った。
目に映るは岩山……に偽装されているエラヴの装置。ブラックテイル号の主砲より放たれるは赤き攻性光線。
さすがに攻性光線までは強化されていない様子だが、シルフェニアの自力とて相応のもののはずだ。
武器の火力向上という技術的探求は誰しもが真剣で、故に大地の、頑強なエラヴの装置にだって突き刺さる。
どこまで抉れたか知れたものでは無いし、実際は偽装としての岩山部分しか削れていないかもしれない。
だが……。
「敵の攻撃……止みました! 僕達の勝利ですよ!」
エラヴの装置とその周辺の大地に攻性光線をぶつけた結果、砂塵が舞い散り、その破壊の痕跡を見せつけてくる。
(だが、それは視界だけでは破壊の状況を正確に測る事が出来ないという事だ)
攻撃が止んだという事は、攻撃を仕掛けられない状況には出来たという事ではあるだろう。何かの策略を企める人間はあそこには居ないのだから。
(問題としては、直接のダメージは無く、ただ舞い散る砂塵により攻撃が阻害されているだけ……と言った場合だろう)
攻撃による一時の混乱。不測の事態を是正する人間が居ないからこそ、その混乱が多少続いているだけというのも考えられる。
なのでディンスレイは一言、艦長としての指示を出す。
「良し、これにて撤退だ」
「ええー!? 艦長! ここまでって事ですか!?」
意外な事に、テリアン観測士が不満を漏らして来た。
きっと彼は、ブラックテイル号の性能と、その性能を扱えている自分に興奮しているのだろう。
そういう無鉄砲さはディンスレイにとっては好ましいものに映ったものの、だからこそ撤退を選ぶ。
「ここまでで、一矢報いたさ。一発殴り返してやったの方がらしいかな? 何にせよ、借り物の力で、良く分からない敵からの攻撃を防いだ。それが事実なのだから、まあ、上手く行っているタイミングで撤退するのさ」
今はせいぜいこの程度。そういう考えは失わない様にしたかった。
それに、エラヴの装置周辺の砂塵がそろそろ晴れてくる頃だろう。一時、こちらを見失ってくれている状況から、また狙いを定めて来るかも。そんな危機感はいまなおここにある。
やはり、ここらが潮時だ。
「考えてみれば……そもそも艦がこんな風に動ける様になったのが、驚きでしかありませんものね」
「その通りだテリアン君。今、我々が優先すべきは、この力がいったいどういう類のものか調べる事さ。なので、今はこのエラヴの罠とさらなる戦いを演じるという選択は後に取って置こうじゃあないか」
「そろそろ、頭から水をぶっかけなくちゃ、艦長自身が何かやらかしそうって事でしょう?」
「いやいやミニセル君。私はただ……隣の副長が怖いだけさ」
「わたくしは別に、何かを言うつもりはありませんでしたが……」
嘘を言うな副長。エラヴの罠に一撃を加えたその後は、外の景色よりこちらの様子を伺っていた癖に。
と、内心だけで考えておく。外面については、ただ言葉を告げるのみだ。
「それでは、全速でこの空域から移動するぞ! 快適な速度でそれが出来るだろうが、事は慎重に、安全な地帯を見つけたら、早々に着陸だ。全員、良いな」
「りょーかい、艦長。それじゃあブラックテイル号、戦闘機動から通常の航空に移るわね!」
そう言ってミニセルはブラックテイル号をエラヴの罠とは反対方向へ進ませていく。
こうして、ディンスレイ達はエラヴが残したものに再び遭遇し、そうして別れる事になった。
もっとも、まだ完全に抜け出したわけではなく、これからもっと深入りしていく事になるのであるが……。
エラヴの罠から強化されたブラックテイル号の船速にて三十分くらいの地点。
再び不可視の力に捕らえられる事も攻撃が届く事も無い状況を確認してからそこへ……複数の巨大な岩山で構成された岩場に着陸したブラックテイル号は、漸く、久方ぶりの安心を得る事が出来ていた。
「ともかく、今後は地上の警戒もしなければ空を進めない……という事になってしまうが、事実出来そうかな?」
「それは無理なんじゃないですかね。あの装置にしたって偽装されていたわけで、発見するには探索班を逐一出して漸くでしょう?」
ブラックテイル号メインブリッジは、着陸時飛行時問わず、時々、会議の場となる事もある。
今は艦長であるディンスレイが、観測士のテリアンとの会議の最中であった。
とりあえず腰を下ろせる場所を見つけたが、その次はどうするべきかで、喧々諤々の意見が飛び交っている。もっとも、名案はさっぱり浮かんで来ない。
「もし、次も同じ様な事があったら、今度こそ、あたしがブラックテイル号でばしゅーんって避けてあげるわよー。それじゃダメ?」
「駄目だな、ミニセル君。そもそも、光石による艦推進力の増強は一時間程度しか保たん事も判明したわけだから、肝心のばしゅーんが出来なくなる」
着陸中で暇しているミニセルが会議に入って来たわけであるが、やはり建設的な意見とは言えなかった。
ブラックテイル号が光石の力に寄り、驚くべき性能を発揮した事が判明したのが、今からせいぜい一日程度前であるが、それがそこまで便利なものでは無い事も同じくらい前に分かってしまった。
今、この地点に着陸して、真っ先にしたのが、光石が接続されている機関室のチェックだった。その時点で、光石を接続させる装置に損耗が発生している事が判明したのである。
「整備班長の言を借りれば、使用の度に修繕する必要があるから連続での使用は無理だし、装置が耐えられる時間もさっき言った通り。もし今後、使う事があっても、本当にいざという時の機能となるだろう」
「そもそも、また使うのも心配ですよね。また同じ現象が起きるかどうかも分からないですし。というか、何が起こるかすら分かんないですよね、あれ」
テリアンの言葉ももっともだった。
再現性のある現象かどうか実験するにしても、また船内幹部会議で決めなければならないくらいに重要事項であるし、さらに一度の使用だけでも、船員達の消耗が激しかった。
何かエネルギーを吸われたわけでは無いが、あれ程の性能を発揮する艦を制御するというのは、それだけ集中力が必要なのである。
現在もメインブリッジメンバーのうち、副長を含む半数が休養中だ。あれほど、エラヴの罠に捕らえられた時に休んでいたというのに、もう疲労困憊の様子であった。
だからこそ、碌な仕事を行えない残りのメンバーで、こうやってこの先の事について話し合っているのであるが……。
「あのねー。先の事心配するなんて今さらよー? この先に危険なんて、待っているに決まっているでしょう? あたし達が居るのは未踏領域。明日の心配は今後の準備のためにしたとしても、足を止める事は無い。違う?」
「違わないが……何かしら、同じ罠があった場合に、対策を考えておく事に越した事は……なんだあれは?」
話をしている最中にもまた、異変が発生した。
未踏領域の常とは言え、こう繰り返されては堪らない。だが、起こった事は注視する必要があった。
メインブリッジの一部が、突然に輝き始めたのだ。
「なになに!? 今度はいったい何よ!?」
ミニセルもまた慌て始める。今のブラックテイル号はすぐに動く事が出来ない状況だ。しかも船内に異変など起これば、飛び立って逃げる事すら出来ない。
「この光、見た事ありますよ! ほら、艦がエラヴの罠に捕まった時の光!」
エラヴの罠に寄る攻撃は無色透明なものであった。だが、確かにディンスレイもまた、その時の光を見ていた。
「あの光は……エラヴの罠によるものでは無かった以上、光石の方から発生したもの……と仮定していたが、これもまたそうなのか……?」
光は、メインブリッジの端。大きな地図が飾られている場所に発生していた。
中心部がシルフェニア国内の地図であり、その外側に、ほぼ何も描かれていない空白の地図が大きく広がるそれ。その空白部分が、淡く輝いているのである。いや、輝いていた。
「消えた……?」
この状況で、何をするべきか? その答えを出す前に、光は消え去った。
そうして地図の上には、まるで光の跡であるかの様に、空白の地図に線が追加されていた。
「……言ったでしょう? 何が起こるか分からないって」
テリアンの言葉に、ディンスレイは頷かざるを得なかった。
「けど、見なさいよこの地図に線が出来た場所。これって、あたしの目算でしか無いけど、未踏領域の、今、あたし達が居る地点にその端が無い?」
ミニセルの問い掛けにも、やはりディンスレイは頷いた。ディンスレイの目にもそう映ったからだ。
目の前の地図の線は、まるで自分達が居る場所と、さらにその先の、進むべき道を示している様な、そんな痕跡となって居たからだ。
「なんだこれは……これもまた、エラヴの罠なのか?」
ディンスレイは身の内の疑問を言葉にしてみるも、船内の誰もが答えを返せないまま、沈黙を続ける事になったのである。




