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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と脅威の罠
27/165

⑥ 知ったことか

「なんだ? 印……紋章か何かか?」

 窓に映ったとしか思えないその模様。謎の施設の奥にある謎の部屋の謎の窓。そこに映った光景にディンスレイは首を傾げた。

「映ってますこれ。窓じゃなくて、絵を写す装置ですよこれ!」

 窓に一番近かったカーリアが叫ぶ。

 確かに窓は絵が仕込まれているわけでも、窓の向こう側を見せているわけでは無く、窓に直接紋章らしきものを映し出していた。

(……例えばだ。我々は他人との意思疎通をより効率化しようとして文字を生み出し、それを書く媒体を進化させ、今は手紙や本、報告書の形でそれを行っている。その方が離れた場所にいる相手に、言葉を劣化させずに伝えられるからだ)

 そうして、それをさらに発展させれば? それは例えば、凄まじい速度で絵を描けるようになれば、そういう絵でも自分達の意思を伝えられるだろう。

 今、大きな窓に映っているのがそれだ。その可能性が高い。

(紋章が第一に出て来たというのは……そうだな。これは自分達の立場を伝える様な物では無いか? 例えば国同士は公式な外交の際、その国の象徴となる旗を何らかの形で見せ合うものだが、この紋章もその類か?)

 これを作り出した誰かか。それともこの装置を運用していた者達の物か。何にせよその紋章。菱形が六個程組み合わせた様なそれが窓に映し出され、そうして次の絵が映る。

(うん。次は文字か。そうだな、やはり情報伝達の王道はやはり文字だ。それは彼らも変わらない)

 紋様が消えて、窓の上端の方から文字が映されていく。

 一度にすべてでは無く流れる様に。それはもしかしたら、彼らなりの美意識なのかもしれない。

 この様な技術である以上、文章すべてを窓に映し出す事くらいは可能のはずだ。

 だが、順番でそれを写す事で、順番で読み進める事が出来る。まるで今、この瞬間に文字を綴っており、それをリアルタイムで見せられている様に。

「ララリート君。あの文字……というか、最初の声。意味が分かったかな?」

「最初の声は……おはよう? こんにちは? そんな意味だったと思います!」

 すぐにララリートから答えが帰って来た。

 スペシャルトーカーと言えども、始めての言葉は理解に時間が掛かるはず。けれどすぐに返して来たという事は、その声に彼女は聞き覚えがあるという事。

(やはり、ここはエラヴが作ったものだろうな。予想はしていたが、これで確定と言って良い)

 直接、ララリートにそうではないかと聞きたい欲求もあったが、今は彼女に伝える言葉は必要最低限にしておく。

 彼女はじっと、窓に映る文字を見つめていたからだ。

 ディンスレイも、カーリアも、他の探索班員達もそうだ。

 皆が窓に意識を向けていた。夢中になっていた。

 この絵や文字を映し出す窓という技術の目新しさもそうであるが、何より部屋の構造がそうなっている。

 部屋に入って来た者は、意識を自然に窓に向ける。そういう構造になっているから、ディンスレイ達もそれに従ってしまう。

(やはり、何らかの操作室であり、机に配置されているボタンやスイッチ、キーなどはそのためのもの。ならば窓に映るのは、そういう操作を補助するための何等かのデータか)

 考えられる可能性は幾つもあった。窓に流れる文字は一旦停止している。そろそろ頃合いだろうとディンスレイはララリートに尋ねる。

「あの文字、意味は理解出来るかな?」

「あっ……か、艦長さんっ。それが分からないんですっ」

「ふーむ。もしかしてエラヴとは別の文化圏の文字が流れているとか?」

「違いますっ。っていうか、良く分かりましたね、エラヴの言葉だって! もしかして艦長さんもスペシャルトーカーに!?」

「さすがに私だっていきなりそんな才能には目覚めないよ。これはあくまで私に観察眼に寄るもの……あとは、文字の形が、以前の街で見かけた物に似ているやもという直感だな」

「正解です! あれ、エラヴの文字ですっ」

 なら、謎は深まってしまう。エラヴの文字なら、ララリートであれば幾らか分かるはずだ。ディンスレイがその謎を考えるより前に、ララリートは率直に答えを言って来た。

「エラヴの文字で、言葉一つ一つなら分かるんだけど、とっても難しい事を言ってるみたいで、ぜんぜん分からないんですよねぇ……」

「なるほど。予想がある意味当たったが、困った問題でもあるな……」

 この部屋は何かの、恐らくこの施設を装置として動かすための操作室であり、窓はそこに操作を補助する情報を映し出す。そういう予想は当たっていると思われる。

 思われるが、それをララリートに解読させようとすると、彼女の理解の範疇を超えるのだ。

(幾ら言葉が分かったって、専門用語は分からんものだ。今、ララリート君がぶつかっているのはそこだろう)

 せめて、ディンスレイが文字を読めたならば、幾らか理解出来たかもしれない。これでも難しいタイプの言葉は結構頭に入りやすい方だ。

 だが、ディンスレイとララリートはお互いに足りない才能があるらしい。神様というのが居たら、それはもう随分と意地が悪く人間の才能のバランス調整をしているのだろう。

 今、その事に対して神に恨みをぶつけるのは無為な事だろうけれど。

「単語単語、一つずつの意味でも何とか読み取れないものか? 複雑な意味の言葉でも、その一つ一つは一般的言語から成り立っているはずだ」

 今ある材料から何かを得て行くしかない。そう結論を出し、何かヒントをとララリートに助言する。

 結局彼女頼りというのは情けない話だが……。

「そうですねぇ……起きる……目覚める? 考え中……準備しています?」

「ふむ……」

 顎に手をやる。窓に映る文字、周囲の景色、自分達を取り囲む高度な技術。どれもが興奮やら恐怖やらを与えて来るが、それらをディンスレイはさて置く。

 今、自分を支配しているのは深い思考だ。目で、耳で受け取った情報を、自分の中に深く深く取り込み、底が見えなくなりそうなタイミングで無理矢理引きずり出す。

「これ、もしや次があるな?」

「次……?」

「君の言葉だよ、ララリート君。まず第一に起きるという言葉は、この窓が機能を発揮する事。次の考え中というのは、この機能し始めた窓が、現在の状況を把握しているという事かもしれない」

「誰がですか?」

「ここの装置自体がだ」

 勝手に、装置そのものが自己判断などするものだろうか?

 ディンスレイはそれを肯定出来る。シルフェニアの飛空船技術とて、その飛行にはある程度の自動操縦機能がある。

 曲がったり上昇したり下降したりと言った機能はまだ無いが、現在の高度を維持しながら前に進むというバランサーがその機能に存在するのだ。

 まさに、機械が勝手に動く状況。その手の技術が発展すれば、装置が自らの診断するくらいは出来るのでは無いか。

(そうして、診断する以上は、今のこの装置の状況だって理解するはずだ。その結果……準備をした後は―――

 思考が甲高い音により中断する。

 この音の質。大きさ。響き方。

 ララリートの翻訳を通さなくてもそれがどういう意味か分かってしまう。

「艦長! この音、危険なんじゃあ……」

 やはりララリートでは無くカーリアが反応した。他の探索班員もだ。こうなればやはり、音の意味が分かってしまう。

(危険を告げる音。警笛だ。その音は、聞く者の大半が直感でそういう意味である事が分かる)

 もはや施設中に鳴り響いているのではないかというその音。しかし、耳は痛いが鼓膜が破れそうという程では無い。

 それは危険を察知させるために聞かせ続けるための音だろうから。

「……落ち着け、皆。恐らく、これは音だけのものだ。この施設の異常を告げるだけの物だろうさ」

「異常ですか? それはそれで危険なのでは?」

 カーリアの疑問に対して、ディンスレイは率直に返した。

「我々の事だぞ? ああ、なら危険かもしれんな?」

 ディンスレイ達の立場は施設の不法侵入者だ。勝手に内部をいじって、機能も分からずそれを動かしてしまった。

 どう考えても、施設の側は異常事態だと判断し始める。

(それに、そもそもこの施設は正常に機能していない。その部分に関しても、この手の音が鳴り始める事だろうさ)

 なのでこの後、さらに危険な事は起こらない。そういう予想をディンスレイはしていた。

「あのあの? この場所を守るために、がおーっていう感じの怪物が現れたりする可能性はありますか? 艦長さん?」

「そうなった時は逃げよう。それほど戦闘力に秀でては居ないからな、我々は」

 どうせ単なる侵入者。警察相手に戦うのでは無く、尻尾を巻いて走り出すのがらしい在り方だ。

 だが、そんな怪物など、この機械だらけの施設に存在するものだろうか?

『΅ΌØНҶôΡϯϣ!』

『Аã᧱RΏυіӻξ᧻!』

 怪物は現れないが、声がまた響いた。鳴り続ける警笛の中でもはっきり聞こえる声。

 だが、部屋に入って来た時よりは語気が強めだ。この声の意味についてもまた、ララリートに頼る他無いが……。

「な、なんだが、艦長さんの仰る通り、入っちゃいけない人が入っちゃってるみたいです……」

「ははっ。それは随分と買い被られているな。我々は単に、半ば壊れた場所を探っているだけだというのに」

 だが、施設の側だってディンスレイを追い返す事は出来まい。本来居るべき人々がここにはいないのだから。

 この施設が操作するべき人間を必要としている以上、幾ら高性能な機械であり、自らで判断出来る部分があるのだとしても、その機能すべてを発揮する事は出来ない。

 ブラックテイル号を捕えている機能だって、万全では無いはずだ。だからそこに付け入る隙があるはず。

『ҏοΪê͵Г¡ϚҘӡ』

「え?」

『ŠϾͱϑĜ֊ĎԶvպ!』

「ええ!?」

 いざこれからだというタイミングで、聞こえて来る謎の声と、それに反応するララリートの声が不安を感じさせてくる。

「ララリート君? この声は……いったい何を言って?」

「その……えっと、なんだか分からないんですけど艦長さん」

「うん」

「わたし達、今からすぐに武装して、戦わなきゃならないみたいです。とっても強大な物と」

 なるほど。武装と来たか。

 けど、どこにそんな物がある? そうして、それを必要とする事態である、強大な相手とは何なのか。

 ディンスレイはまったく分からなくなってしまった現状に対して、とりあえず言われた通り、手にもった武装である魔法杖を強く握り込んでいた。




 艦長を含めた探索班が再度、謎の装置を調査しに向かってから既に二日程が経過している。

 これが長いかどうかと問われれば、ミニセル・マニアルはまだ答えが出るタイミングでは無いが、焦れはする時期だと答えるだろう。

(行って帰って来る。そうして向こうで何か事件や発見があって、調査を続ける期間も足せば、二日くらいは掛かるでしょうよ。だから、彼らが帰って来る可能性はそろそろ出る頃合いだし、帰って来なかったとしても別におかしくはないタイミング。けど、もしかしたら、何か危険が事でもあったのかも……なーんて思ったりもしちゃう)

 メインブリッジ、自らの席である操舵席に座りながら、目の前の机に突っ伏したくなる気持ちが強まっている。

 メインブリッジの大窓には、分厚い雲が目立ち始めた景色が向こう側に見え始めていた。

(そろそろ、雨でも降って来る頃合いかしらね)

 これが空を飛行中であれば一大事である。降り注ぐ雨は船体のバランスを崩して来るし、風も荒くなる可能性も高まる。雷雨ともなればそれはもはやブラックテイル号への攻撃であり、直撃しても耐える船体フィールドを持つとは言え、ダメージが蓄積すれば艦が撃沈する事だってあるだろう。

 が、今はそうでは無い。

(メインブリッジメンバーは、今は通常時の半分。艦長が出て行ってるから、あたしと副長が交代で管理者をしているけれど、艦が動かなければここに居たって意味があんまり無い)

 着陸している状況で落雷が直撃でもすればそれなりに大事かもしれないが、それにしたって飛行中よりは大変な事態では無い。なんだったら外装に多少傷が入る程度で終わるやも。

 だからこそ、艦長はメインブリッジメンバーの休養時間として今の状況を利用している。体力的な意味としては、確かにミニセルも万全だった。手の怪我にしたところで、随分と良くなっている。痛みももはや感じなくなっていた。動きがぎこちない部分はあれど、そこはリハビリ次第と船医からのお墨付き。

 問題があるとすれば、心の方であろうか。

(あたし含め、メインブリッジメンバーの中で緊張感が無くなって来ている。休みが続けばそうなっちゃうし、それがメインブリッジ以外にも伝染してるっぽいわね……)

 何か暇潰しでも無いものかと機関室に顔を出した時など、あのガニ整備班長がカード占いをしていたのを見た。

 いや、その手の趣味に最近嵌まり出したというのは知っているが、確か彼を含む整備班メンバーは、艦が捕らえられている状況に対して、いざとなれば機関部に無理をさせてまでブラックテイル号を飛び立たせる事を艦長から指示されていたはずだ。

(この状況でも、あそこは忙しくしてなきゃ駄目じゃないかしら? なのに、とりあえずの改修はしてるっぽいけど、そこで終わってる。考えを巡らせて必死にならなきゃいけないタイミングなのに)

 それはつまり、艦全体に倦怠が広がっているという事では無いのか? そういえば未踏領域での旅ももう随分と期間が経っていた。

 一年間の旅。その一年間は気の抜けないものとなるというのは皆共通の意見だろうが、それにしたって何か切欠があれば、抜ける気だってあるだろう。

(完全にダレ切ったら、それこそ艦の危機だろうし、ちょっと発破でも入れて来ようかしら? そういうのも船内幹部の役目よね? それとも、整備班の気が抜けているのは……)

 既に、何かしらの、いざという時の手段を用意したからか? そんな期待だってしてみるものの、したところで艦の状況が大きく変わるわけが無い。

 自分はこれからどう行動するのが適切か。ここから変化が無ければこれからどうなるか。そういう危機感の元、ミニセルは席から立ち上がり……その勢いのまま、メインブリッジ中に叫んだ。

「みんな! 艦長達が帰って来たわよ!」

 なるほど。あの艦長、やはり持っているらしい。

 艦の雰囲気が弛緩しそうなタイミングで、丁度良く、それを引き締める空気を持ち帰って来たというわけだ。

 窓から見える景色の向こうで探索班員の様子を確認するミニセル。

「人数確認! 全員無事っぽいですね、ミニセル操舵士!」

 観測士のテリアンからの声に対して、ミニセルはこの場の管理者として指示で返す。

「顔はどう?」

「顔……ですか?」

「そう。みんなどんな表情をしている?」

 その表情如何に寄っては、今後の展開も予想出来るだろう。気落ちしていたら成果無し、喜ばしい表情であれば艦を脱出させられる何かを見つけた。

 それ以外なら―――

「全員、深刻そうな表情をしてますね。真面目な感じの……」

「なるほどねぇ。それがどういう意味なのか……」

 なんとなく予想出来そうだったが、ミニセルはそれをしなかった。

 嫌な予感がする。少なくとも、彼らの表情はその類だったろうから。




 ブラックテイル号へと帰還したディンスレイは、探索班員達をまず労った。

 良くやってくれた。確かに得るものはあった。無駄には終わらなかった。後は自分達の仕事だと告げたのであるが、全員が全員、それなら良かったという様子では無かった。

 全員、ディンスレイの様子を伺っているというか、何をするつもりだという意思を隠しもしていなかったのだ。

 だが、彼らに詳しい説明をディンスレイはあえてしていない。

 まずはやるべき事、船内幹部を集めて、艦の方針を決定する必要があったからだ。

「皆、体力の方はどうかな? 艦が飛行出来ない間、十分に身体を休める事が出来ただろうか? 私の方は……体力はやや消耗しているが、気概はこの会議で一番あるやもしれんぞ」

 会議の始まりの挨拶としては順当な喋り出しだったのでは無いかと思うのだが、全員が全員、良い表情とは言えない様子。

 誰かは嫌な予感がするなみたいな顔をしているし、誰かは退屈そうな表情を隠さないし、誰かなどはこの男は探索から帰って来て早々に会議を開くのか。みたいな視線を向けて来る。

 誰がどの表情かは本人のプライバシーもあるため秘匿しておくが、とりあえず、何故この男は休まず会議など開き始めたのかという視線を向けている副長に言い訳をしなければなるまい。

「副長、他の探索班員に休息を命じて置きながら、私がこうやって会議に参加しているのにも、相応の理由がある。そこをこれから明らかにして行こうじゃあないか」

「そうなってくれれば、こちらが無用に心配を続ける価値があるというものですな」

 そう嫌味を言ってくれるな。休んでいられない事情というのもあるだろうし、これでも少しくらいは一日の休憩時間を意識して増やしているのだ。ほんの少しだけではあるが……。

「前口上も何だ。とりあえず探索に寄って得られた情報を共有しておきたい。まだ探索班員も資料の作成を出来ていないだろうしな。まずは第一に、やはり我々はエラヴの罠に引っ掛かってしまったらしい」

「となると、探索に向かった先の、例の発見物は、エラヴの何らかの装置だったわけね?」

 自分も探索班員になりたかったであろうミニセルが漸くやる気を出して来る。怪我の具合も良好そうで、今後、似た様な事態になれば、再び彼女が活躍してくれる事だろう。

 もっとも、今回に限ってはずっと聞き手側だ。

「エラヴの用意したものであるのは間違いあるまい。あの装置の中で遭遇した……こう表現するのが一番適切なのだが、彼らの言語や文化。それはララリート君の翻訳により、それは証明された形だな」

 彼女も現在、他の探索班員と同じく休養中だ。今頃、自室で眠っている頃だろうと思われる。

 彼女が無事に帰って来られた。それ自体が、一つの成果と言えるかもしれない。危なっかしいところはあれど、確かに彼女が居てくれて出来た発見もある。

「それはそれで確かに発見ですがね、艦長。今、オレが聞きたいのは、ここから艦を脱出させる方法でしてね」

「話が早いな、ガニ整備班長。もう少し、今回の探索に関わる大冒険を伝えたいところだが、まあ船内幹部の皆はそれよりも具体的な話をしたいらしい。だからまずその答えを言っておくが、あの装置……もはや施設と言える規模のそれだったが、内部で艦を脱出させるための方法とやらは見当たらなかった。さらに探索を続ければ別かもしれんが……」

 そのディンスレイの答えを聞いて、会議では落胆する者と、顔を顰める者に分かれた。前者と後者はほぼ同じ表情かもしれないが、後者の方が実は勘が鋭い。

 この後、もっと厄介な話が出て来る。それを察してだろうから。

「で、では、もう少し……ブラックテイル号はこのまま……なのですか?」

「船医殿のその問いに関して、答えはすぐに返せん。というより、この会議で決定される今後の方針に寄って、答えの種類が変わってしまう」

 さあ来たぞのとばかりに、今度は全員がディンスレイの言葉に身構えた。

 そうだ。別にディンスレイが自分の冒険譚を聞かせたくて船内幹部を集めたわけでは無い。

 今回の探索の結果を聞いて、それぞれの意見を出して貰いたいのだ。それくらい、今後の決定は重要となる。

「ブラックテイル号を捕えている施設だが、その施設内を探っている中で、我々はとある発見をした。この周辺の地図だ」

「ほう? それは持ち帰る事が出来ない類のものだったのですかな?」

 もし、それが手元にあれば、随分と有用な道具となっただろうと副長は感じたらしい。ディンスレイも同様の気持ちだったが、それでも出来なかったのには理由がある。

「詳しく説明すると長くなってしまうので端的に言うが、巨大な窓みたいなのが施設の中にあってな。これはこれで未知の技術で出来ているのだが、それよりも地図がそこに映り始めたのが問題でね」

「未知なる技術は……危険と感じましたかな?」

 副長のその質問には残念ながら首を横に振ってやる。危険だから捨て置くなんて事が出来る人間に見えるか?

「危険かどうかより、相応に大きな窓であった事が難題だった」

「持ち帰るのも一苦労する代物だったと……」

「まあ、そう受け止めてくれれば正しい」

 そもそも、装置から外した例の窓に、引き続き地図が映るかどうかという問題もある。

 その地図は、謎のメッセージを映し出した窓が、その次に見せて来た情報だったからだ。

 つまり、その映っている状況自体が、あの施設で無ければ発生しない事象と言える。

「で、地図には四点の印があった。うち一つは我々が探索した施設で、配置としてはブラックテイル号を囲む様な形でさらに三つがある。それ以上の情報は読み取れなかったが、その意味くらいは諸君も分かるだろう?」

「似た装置が残り三つ。四つ共に破壊工作なんてしれれば、労力が幾らあっても足りないって事ね?」

「その通りだミニセル君。ただでさえエラヴが作り出した物というのは頑丈だ。一つの施設だって、その機能を喪失出来るか怪しい」

「だが、その施設を破壊しちまうってのは手でしょう?」

「もっともな話だよ整備班長。だからとりあえずはこれが一案だ。施設を、時間を掛けて破壊する。まあ安牌ではあるだろうな。破壊を仕掛けて、何か厄介な防衛機構等が機能しない事は前提として」

 そんな機構は無いだろうとは誰も言えまい。エラヴにはまだまだ謎が多い。だが、彼らが作った装置が、装置そのものを守る様な動きをする事実をディンスレイ達は知っているからだ。

 空飛ぶ部屋。その機能が劣化した上で、さらにこちらが虚を突かなければ倒しきれなかった脅威の機構が、ここに無いとも限らない。

「き、危険ですね……」

「ああ、そうだ。安牌と言ったが、もしかしたらそれにだって危険が待っているかも―――

「い、いえ、そうでは無く、それが安全策と言うことは、べ、別に、も、もっと危い考えがあるんでしょう……?」

 船医のアンスィは目敏くそれを感じ取ったらしい。

 そう。その通りだ。もうちょっと過激な作戦がディンスレイにはあり、それをこの場で判断させるつもりだった。

 だから笑う。

「言う通り危険な策だが、一つある。結局、謎の力に寄り捕えられているというのは違い無いんだ。つまり艦を捕えている力以上の力をブラックテイル号の推進力として発揮出来れば、脱出する事が可能だ。エラヴの設備を破壊するより手早く済む」

「そ、それは理屈と言うより……き、机上の空論……では?」

「……」

 アンスィの言葉に、ガニ整備班長あたりが反応するかと思ったが、彼は何か考える様な仕草をするのみだ。

 おかげで会議室が沈黙に包まれてしまった。

 このままこの沈黙を続けるのも良いが、ディンスレイの方はこの沈黙を自主的に破らせて貰う。

「確かに、実際にその推進力を用意出来なければ、単なる空想になるだろうな。実際のところ、整備班長には艦の出力アップを頼んでいたところだが、進捗はどうかな?」

「基本的には、リミッターを外すだけの作業ですからな。そう難しいものじゃあ無いし、当たり前に艦の安定性を欠く事になる。そういう類の改修なら既にしてはありますが……」

 何か、今も引っ掛かりがある様子のガニ整備班長。彼の考えすべては分かるはずも無いが、何となく、彼の思いがどの方を向いているかくらいは、ディンスレイは分かり始めていた。

「現在の改修状況では……ブラックテイル号の脱出は難しい。そう判断しているのかな?」

「そもそも艦を捕えている力が謎ですから、何とも言い難いものです。ですがその……艦の性能を体感している一人として、難しいと言わざるを得ませんな」

 なら、やはりエラヴの装置を破壊するしか無い。そんな空気に会議はなって行くか?

 いいや、まだディンスレイが考えている案は出ていない。

 これまでが前段階であり、これからが本番だ。漸く本題に移れるとも言えるだろう。

 不安げな皆の表情が、もっと大変な物へと変わる。そういう予感はしつつ、ディンスレイは口を開いた。

「光石を使う。あれの力で、ブラックテイル号を脱出させるのはどうだろうか?」



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