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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と脅威の罠
26/165

⑤ あなたの運勢は

「危ない!?」

 慌てて叫んだのはカーリアだった。

 きょろきょろと周囲を見渡し、危ない何かは無いかと警戒しているが、放っておけば、周囲がそもそも未知の文明の未知の技術に寄り作られた、危なく無い場所が無いという事を思い出すだろう。

 だが、その前に助言してやるのが艦長の役割である。

「落ち着きたまえカーリア君。今すぐどうこうという話では無いはずだ。今、実際、我々の身は無事であるからな? あくまでララリート君が聞き続けている音が、そういう意味の言葉であるというだけだ」

「そこが分かりません。どうしてその……艦長も聞こえていないのですよね? それがどうして……」

「わたし、わたしも聞きたいですっ。わたしの方も、艦長さんから聞いて、この音が危ないって意味なんだろうなって分かったんです。じゃあじゃあ、艦長さんの方は?」

 探索班員全員から視線を向けられる。単なる勘だと言ってやれば驚かれるだろうから、それも面白いなと考えたが、その後に自身への評価が下がってしまうと事だ。

 なので説明をする事にする。

「この施設、装置。それらは本来、定期的に操作や整備する前提で作られたものに見えるだろう? 道具も機械も本来そういうものだ。だが、残念ながらそれをする人物が今は居ない。それもかなりの年数その状況であったと予想できる」

「はい。それはここに来るまででも色々と推測出来ましたが……」

「なら、そんな施設はどうなる? ちなみに、前提としてしっかりとした技術に寄り作られた施設だというのがある。ブラックテイル号にも一応、その手の技術が盛り込まれているはずだ。緊急時に、ほら」

「アラームが鳴っている?」

「その通り。正解だカーリア君。ララリート君より早く正解に辿り着けたのは大人としての面目躍如と言ったところか」

 ディンスレイはそこに、もっとも早く気が付いたのだ。

 この規模の施設と技術であれば、緊急時にはアラームの一つでも鳴るものでは無いか? 今、無断で侵入する人間達だって居るのに。

「アラームの機能についても、もはや十全な状態では無いのだろう。人の耳には聞こえない程度となり、それでも施設中に響いている。それを察知したのが、ララリート君、きみだ。

「な、なるほどぉ。考えてみれば、アラームだって、最初からあぶなーいって知らせるための音なのですから、言葉と言えば言葉なのですねっ」

 というより、ララリートがそう感じるからそうなのだろうという部分が実際だ。まさかスペシャルトーカーがそこまで言語というものに敏感な才能だと言うのは、ディンスレイとて驚きの話なのだ。

(この話を持ち帰るだけでも、相応の発見になるだろうな。この旅は本当に驚くべき発見の連続だ。ああ、そうだとも。私は実に……運が良い)

 いい加減、こちらについても結論を出そう。

 自分の運勢は良いものだ。あれこれ悩んだところで、実際そうなのだから、未来が良い悪いなどとくよくよしたって始まらない。

「さて、我々を取り巻く現在の状況が分かって来たところで、漸く次に進もうか」

「次……また通路を進むだけ、ですか? それともアラートが聞こえる以上は引き返す?」

 探索班の方針を決めるためだろう、カーリアが尋ねて来る。だが、それらの選択は些か挑戦心に欠ける。

「今、この装置を作った者達の特性が一つ分かったのだぞ? 特定の音で意思を伝える。アラームもその一つ。その手の機能を装置に持たせる文化があるという事だ。せっかくだし、試してみないか? ここにはそれを手助けしてくれる、優秀な専門家もいる事だしな?」

 ディンスレイは壁にある幾つかの器具や機材と、その次にララリートの方を見た。

 調子が戻って来たとディンスレイは思う。未来の運が悪かろうが良かろうが知った事か。自分の意思と好奇心でもって事を進める。それがディンスレイのやり方だった。




「ううーん。何かその……押してはいけないっぽい音です。駄目って感じです!」

「む。そうか。ではこの光は、もう一度押したら消えるから、この状態が良いという事かな?」

「ですです。恐らくは……けど、どういう事になっているのかはいまいち……」

 ディンスレイにとっては静けさに包まれる薄暗い廊下。

 エラヴが設置した装置だと予想しているその施設の中で、ディンスレイは壁に幾つか存在している基盤を操作していた。

 エラヴの施設。少なくとも、ディンスレイが居る、今、この場所において、装置の操作は音により伝えられている部分が大きい様子。

 ボタン一つ押しても、何やら音が鳴る。その音の種類を、おかしな表現になるが、ララリートが翻訳しているのである。

 その音自体、施設の不調のせいでララリートの耳にしか届かないのであるが、それでもララリートだけを頼りにしているわけでは無かった。

「すんません艦長、こっち。これ、どうですかね?」

 探索班員の一人が、また別の場所の壁を指差す。彼が指差す方には、幾つかのレバーが並んでいる。

「確かに重要そうであるが、随分と重そうな見た目だろう? その手のは機能として一度動かせば取り返しの付かない結果になりそうだから、他の部分の操作を優先して行いたいところだ」

「なるほど……つまり操作し易そうで、尚且つそこまで見た目、重要じゃ無さそうなのを探すと」

「うむ。今、優先してララリート君の耳を借りるのは、その手の重要度の低い外観のものとしたい。慎重な考えかもしれんがね」

 ディンスレイや探索班が危険で無さそうなスイッチやレバーを見つけ、それを操作した時に出る音をララリートに翻訳させる。

 今、ひたすらにしているのはそれだ。謎の装置内部の、謎の操作基盤を、どうにかして操作しようとする試み。

 狙い通りと言えば良いのか、それとも期待外れと言えば良いのか。探索班とララリートの共同で、安全に操作してみるという試みは、幾つかボタンやレバーを操作したところで、特に大きな変化は無いという結果に至っていた。

「なんというか、確かに進展かもしれませんが、良い結果か悪い結果かも分からないというのは、なかなか焦れるものがありますね……」

 などとカーリアからの感想も漏れてくる。装置内部でやれる事はあったというのは進展であるが、それはそれとして次が無いというのはディンスレイも同様の意見だった。

「まずは比較的、安全な調査から。そんなつもりだったが、そろそろ、別の事もするべきか……見るからに複雑な装置だ。少しくらい操作を繰り返したところで、変化は―――

 あった。

 まず空気が流れる音が聞こえ始めたのだ。これも何かのサインか? そんな風にララリートの方を見るも、彼女は首を横に振った。

「これには、声みたいなの、無いと思います。艦長さん」

「む。だとしたら……ふん? 空調が動き出した音か? というより……ほら見ろカーリア君。焦れったくとも、やってみるものだろう?」

「良い結果だとはまだ言えませんよ、これ」

 二人、いや、探索班員全員が天井部分を見上げた。

 施設に照明が点いたのである。空気が流れる音も、ディンスレイの予想通り空調機でも動き出したのだと思われる。

 つまり、施設内部は、不調だった状態から復帰したと言える。

「あのあの、これ、ちゃんとここが動き出したって事ですか? それって良い事なのでは?」

 素朴な意見をララリートは言葉にするが、そうも言っていられない事情もある。

「そうですね、ララリートさん。私達もその様に考えられれば良いのですが、この施設はほら、ブラックテイル号を捕まえている施設ですので……」

「あっ! そうですね! ここがちゃんと動いちゃ、むしろ駄目なのかも……」

 そういう懸念も確かにあった。

 あからさまに設備に不調があったこの施設が、探索の結果として十分に動き出す様になったとしたら、ブラックテイル号の脱出はさらに困難になるだろう。

「だが、私はむしろこの変化は良い事だと捉える事にしたい」

「何か、その様に思える材料があるのですか?」

「起こった変化は良い事だと捉える方が前向きだろう?」

「はぁ……」

 納得しかねるという返答をカーリアがする。まあ、それはそれで仕方ないだろう。だからとりあえずの理由を付け足してみる事にする。

「何もしてない状況でも、ブラックテイル号は捕まえられたままなのだ。例え装置を復旧させたとして結果は変わらんさ。むしろ……よりこの施設を探索し易くなったと思えば、なかなかに悪い結果では無い」

 ララリートが聞く音と、内部構造の印象だけで装置を探るという行程から、さらに発展があったのだ。そちらの方を喜びたい。

(それに、次に何をするか。施設内部が動き出した事で、思い付く事はある)

 耳だけで無く、目に見える変化があったというなら、それはララリートだけでは無く、ディンスレイが活躍できる状況だ。

 ディンスレイは薄暗みのせいで奥まで見渡せなかった廊下が、今ではかなり向こうまで見える様になった事に気が付いた。

「廊下の奥、少し広がっている様に見えないか?」

「確かに……部屋がある?」

 カーリアも同じ印象を受けたらしい。

 現在はとりあえず、装置内部の操作について探りを入れていたが、探索というのなら、その手の部屋を調査するのも手ではあるだろう。

「行ってみましょう! 音を聞くだけだと、わたし、いまいちそのぅ……」

「自分が役に立っているとは思えないかな、ララリート君。もっと慎重にと忠告したいところだが、あの部屋らしき場所に向かいたいのは同感だ。今のところ、進展はあれどもブラックテイル号を解放する手段は分からないままだしな」

 そうして、施設内部が動き出したところで危険も無かった。いきなり施設を警備するための仕掛けが動き出すという様子も無い。

(良い事ではあるのだろうが、危険の中にこそ打開策があるなどと思えてしまうのは、私の悪い癖かもしれん)

 何か、切欠が必要である。そんな思いがディンスレイの心の中に浮かんでくる。

 廊下の奥にある部屋がそんな切欠になれば良いのだが。

 そんな事まで考えた後、ディンスレイは一人思った。

(まるで私が、厄介事を望んでるみたいだな。ええ?)

 運勢は良くなったかもしれないが、やってくる幸運は受け取る方の心持ち次第だ。そんな事をディンスレイは考えていた。




 艦長を含む探索班がブラックテイル号を出て行っている頃。

 トップの管理者がブラックテイル号から居なくなった現状を思えば、この艦を守っているのは自分である。

 と、ガニ・ゼインは自負している。

(別に、調子に乗った考えってわけじゃあ無いだろう? 事実として、オレがここで艦を整備し続けなきゃ、この艦は何かの力に縛られて無くても、飛び立つ事は出来ねぇんだから)

 機関室を見渡す。自分直下の部下である整備班員達が忙しく走り回り……はしていない。

 ブラックテイル号の心臓部であり精密機械が揃っているこの部屋は、慌てて転んだりしない様に、緊急時においても走るのは禁止だ。さらに言えば、艦は現在、自力では離陸出来ない状態であるから、普段の整備作業より随分と労働量は少なくなっていた。

 とは言っても、何もする事が無いわけでは無い。現在、ガニ含めて整備班は交代制で機関室内の機器チェックを行っている。

 いや、行い続けている。これは別に今だからやっているわけでは無く、未踏領域の旅が始まってからのルーチンワークと表現するのが近い。

(機械ってのは自然なものじゃあない。哲学的な話ってわけじゃあねぇ。自然に放って置くと壊れ続けるのが機械ってやつだ。適宜、手を加えてやらにゃあまともには動けなくなる。そういうもんだろう?)

 だから整備班には極論、休みは無い。整備班員は余裕を持って配置されているため、交代で休憩を取る事は出来るわけだが、整備班という総体は、この艦が現役である限りは機械を修理し続ける必要があるのだ。

「まーあ? それでも整備班の仕事だけなら、十分に回せるって言えるんだがね?」

 誰かに聞かせるわけでは無い。いや、聞かせたい相手がここに居ない。今頃探索班として艦を留守にしている艦長に対しての言葉だった。

 実を言えば、部下に機械のチェックをさせている傍ら、ガニの方は別の作業をしているのだ。つまり整備以外の仕事をしていた。

 恐らく、極端な表現をするのであれば、むしろ整備の邪魔になるとすら言える作業かもしれない。

(こいつを作れたとして、もしこいつを使うとなれば、必ずオレ達は忙しくなる。それはひたすらにだ)

 言いつつ、自分で用意した作業場の中心に置かれた金属のパーツの組み合わせを見つめる。

 形は歪であるが、機械に詳しい人間が見れば、どういう類のものかは分かるだろう。

 今、自分達がいる機関室。それを大人二人で抱えられる程度の大きさまで縮小したもの。

 今、まさにガニが作っているのはそういう装置だった。

(これがそのまま機関室として使えるってのなら画期的な装置なんだが、まあこれだけじゃあ形だけで実用性のあるもんじゃねぇ)

 それなりに機械屋として腕があるつもりだが、それにしたって、これ程に小型の機関室が、実際に飛空船の機関室として使える様になるくらいの精度となるには、あともう2、30年の技術発展が必要だろう。

 あくまで形だけ。そもそもこの大きさの機関室に嵌め込む出力。その元となる浮遊石は、この機関室に入れられる程度の大きさでは、十分な力を発揮出来ないのだ。

(あの光石を除いて……だがね)

 この小型の機関室には、心臓部が無い。いや、心臓部をあえて配置していなかった。

 何故なら光石というものが既に用意されているから。

 だが、それを使うつもりも無い。自分が作り上げたこの小型機関室は、本来のブラックテイル号のそれに接続する機能を持っており、その動きを補助するという仕掛けがある。

 その仕掛けと光石が合わさった時、補助する側とされる側が入れ替わりかねない。そんな予感すらしてくる未知なる物質を、ガニは使う気がまったく起こらなかった。

 想像するだけでそれは危険な行為だと分かる。ガニが経験豊富な整備士であるからこそ分かってしまう。

 それはもはや予感ですら無いのかもしれない。光石を研究しろと艦長はガニに命じたが、この危険が分かるからこそだと今なら理解出来る。

(生半可な気持ちで、ちょいと試してみるか。そんな風に思う人間には任せられない。そういう事なんだろうが……)

 脅威となる光石であるが、それがただ光る石という存在であり続ける限りは、まだ安全だろう。ガニが管理する限りはまだ、その安全が保たれる。

「あー、しっかし、やな予感は消えねぇな。オレは良いんだ。オレの方は」

 呟く。ここには居ない誰かへの嫌味。

 そうだ。ガニ自身が光石を管理している限りにおいては安全だ。だが、そのガニを越えて、何かを決定できる人間が一人、居るでは無いか。

 その人間こそ、ガニに光石の管理を命令したわけだが、その当人、艦長のディンスレイは、本当に光石を使わないままで居られるだろうか。

 整備班長、あれを使おう。

 そんな事を簡単に言ってのける迂闊さがあの人にはある。それくらいはガニにも分かってしまう。

「やめだやめだ。ちょっと気分転換でもするか」

 だが、何をしようか? この際、機関室内全体の整備点検でもしてみるか。いや、今、光石を納められる小さな機関室を作ったばかり。

 自分の職業を思えばとんだ舐めた言葉であろうが、今は機械をいじる気になれない。

 何か気晴らしでも無いかと思いその場を見渡すと、机の端に雑に置かれたカードが見えた。

 サクロクロードというカードでする占い。まさに気晴らしには十分だろう。

「艦長の方は苦手だったしな」

 ちょっとした厄払いだ。そんな気持ちで一つ、本来は対面する必要があるのを無視し、また艦長の運勢でも占ってみる事にした。

 カードをシャッフルし、机の上にカードを並べ、占いの結果であるカードを一枚特定の場所に伏せる。

 やはりこれも当人が捲らなければならないわけだが、気にせずガニ自身が捲る。

 果たしてその結果は……

「は? なんだこりゃ」

 カードの中に一枚、何も描かれていないエラーカードが混じっていた。

 このサクロクロードは部下が作ってくれたものだから、描き漏れがあってもおかしくは無いが……。

「何回かこれで占いをしてるんだぞ? 今まで出て来ないはずがあるか?」

 そうして、それが艦長を占った時に出て来るとは……。

 いったいあの艦長、今はどんな運勢をしているのか。そんな事を思い、ガニは溜め息を深く吐いていた。




 ディンスレイはその頃、灯りが点いた装置の廊下を進み続けていた。

 文明が作り出した道、そこに十分な灯りがあると、どうにも冒険をしているのでは無く、ただ慣れ親しんだ場所を歩いている様な、そんな気分になってくるのはどうしてだろうか。

 今なお、ここはどこに危険が潜んでいるか分からぬ未知の文明が残した装置の只中だというのに、親しみを抱いてしまうというのは危険な事だろうか。

(どちらかと言えば……私の好奇心がそう思わせてくるだけかもしれんがね。必要以上の恐怖は物事を停滞させるだけ。なら、目の前に起こる事に何であろうと安心感やら楽しさを覚えた方が……良い、とは断言できんか)

 何にせよ、今のディンスレイは危機感や恐怖と言ったものに支配されてはいなかった。

 廊下を進み、その奥にある部屋に辿り着いたところで、覚えた感情は中々に面白いじゃないかというものでしか無かった。いや、多少の感動はあったと付け加えておくか。

「うわぁ、ここ、ブラックテイル号のメインブリッジみたいですねっ」

 部屋へとやってきた者達の内、もっとも最初に発言したのはララリートであった。

 ディンスレイがしげしげと観察している間、他の探索班はこの部屋の様子に言葉が出なくなっている様子だったので、ララリートが第一声を放つしか無かったのだろう。

 彼女を寂しがらせるのも事なので、ディンスレイが合いの手を返す。

「恐らく、この装置を操作するための部屋なのだろうな、ここは。機能も規模も技術も違うだろうが、大きな何かを動かすための、主となる操作をする場所……という部分では共通している」

 幾つかの椅子と、操作用の机。それが全体として機能的に、統一的に並んでいるという部分が、恐らくメインブリッジに似ているという印象の原因だろう。

 さらに言えば、壁に巨大な窓が飾られていた。

「これ……大きな窓ですけど、向こうは壁ですよね? 何だろう?」

 何時までも呆気に取られていられないとばかりに、探索班も部屋の中を探り始めた。その中のカーリアの発言に対しても、ディンスレイは頷いた。

「椅子や机の配置からして、我々がメインブリッジの窓を見る様に、ここの利用者もその窓を見ていたと考えられる。つまりは、その向こうにあるのは単なる壁では無いという事だ」

「壁に……思えますが? けど、窓に映ってる様に黒くはありません」

 壁にぴったりと張り付いている窓と壁の間を、無理矢理見ようとしているカーリア。

 そこには確かに微かな隙間があるらしく、壁に掛けられた窓はその向こう側が見えているわけでも無いらしかった。

「ふぅむ。この黒はむしろ下地の色かもしれんな?」

 実際にディンスレイも窓に近づいて触れてみる。つやつやとしていて、枠がある。窓にしか見えないそれを見つめる。

「下地?」

「ああ。この黒い窓に何かを描く……とか?」

「描くなら白の方が良いのでは」

「確かに……いやしかし……」

 カーリアとの会話は弾んでいたが、弾む度に謎が増えている気がする。

 ならば進展はあるのか? こういう時には、もう少しで何か答えが出る。そんな頃合いだとディンスレイは予感していた。

 その予感を抱えながら、ディンスレイはその窓にまた触れる。

 ―――ブン

「あっ」

 音が二種類鳴った。一つは耳のすぐ近くで蠅でも現れたかの様な音。だが蠅などここには無い。それにどこか……生き物が発する様な音では無いとも感じる。

 もう一方は生々しい音だ。生き物が発した音であるし、というか声だ。

 やっちゃいました的な感情も込められたララリートの声。

「何か、したかね? ララリート君」

「えっと、机の上のボタンって、押しちゃ駄目な感じ……でした?」

 出来ればもうちょっと慎重に、仰々しく押して欲しかった。そう告げたかったものの、後の祭り。というか、さっきまで廊下の壁にあったスイッチなりレバーなりを操作していたので、その勢いがあってのララリートの迂闊さだ。

 だからそこまでは責めない。優先すべき事が別にあるわけだし。

『р᧷ѡҁѩ¤ÁΧØYèvøЊчϖӃ』

「声!? どこから!?」

 声が、それも今度は聞き覚えの無い、謎の言語の声が聞こえて来た。

 カーリアがその声に咄嗟に反応していたが、一方のディンスレイはただ一点を見つめている。

 さっきまで黒い色をした窓であったそこに、違う何かが映っていたのだ。

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