④ 旅には危険が待っています
「艦長さんと一緒の探索。なんだか緊張しますねっ。ねっ!」
そんな風にはしゃいでいるララリートを横に、ディンスレイは起伏の少ない荒野を歩く。
前方には先導役となった探索班のカーリアの姿があり、ディンスレイとララリートはそのすぐ後ろを歩いていた。さらに後方には残り探索班の姿もあり、今は確かにこの無限の大地を探索しているのだという実感を持って行く。
「確か、君とこういう風に冒険をするのは、ダァルフの遺跡以来だったかな?」
「はい! 憶えていらっしゃったんですねっ、艦長さんっ」
「当然だ。なかなかああいう経験も珍しいし、船員との冒険は、何よりも記憶に残るものだ」
ダァルフの遺跡の、たかが一つの建築物を調べるだけで終わったその探索であるが、その時、ララリートの才能とも巡り合えたし、それ抜きにしたって、あそこは未踏領域に入ってから始めて冒険した未知なる種族の建造物であった。
(きっと、これからも忘れられない事になるのだろうが……考えてみれば、我々はエラヴ以外に、ダァルフにもまだ直接出会えていないのか……)
出会った新しい種族と言えば、技術的にも文化的にも未発達のランドファーマーという種族くらい。
未踏領域の探索が始まり暫く経つが、その痕跡は発見出来るのに、肝心の当人に出会えないという状況が続いているのは偶然であるのか、それとも……。
「艦長。やはり、不安はありますか?」
と、前方を歩いているカーリアから視線を向けられ、さらには心配もされてしまう。
「ふむ。何か思うところはあったが、今の探索の心配では無いよ。その手の不安はまったく無いと言っても良い。君が気にするのも分かるがね」
「はぁ……そうなのですか?」
あまり視線を逸らして歩くのにも慣れていないのか、カーリアはまた前方に顔を向けた。
どちらかと言えば、彼女に心配されているというのが難題だなとディンスレイは思う。
その理由も理解出来るから、なおの事、それを解消させてやる事が出来ない。
(ララリート君を連れて行く事。さらにその保護者として、艦長の私が同行する。ミニセル君もまあおかしな発想をするものだが、そのおかしな発想に対する負担は、カーリア君が一身に背負う事になりそうだ)
無論、ディンスレイの方はミニセルの意図を分かっていた。
彼女はララリートが探索する中で危険な目に遭う可能性を減らせれば良いと言った。
その方法こそ、ディンスレイなのだろう。
(彼女の……ララリート君の才能と性格について、艦内で一番理解しているのは私だと判断したのだろうな。適切に、彼女の行動を見守れるのは私であり、保護者役をするというのなら、彼女が傷つく前に、私が守れる。もしくは代わりに傷つけると判断したわけだ)
肝心の艦長が倒れてしまっては元も子もない。そんな判断を、彼女は実に不遜な考えで切って捨てたのだろう。
子どもの一人くらい助けられる大人じゃなければ全滅でもしろと、そういう厳しさを操舵士殿は持っている様子。
「ララリート君。今回の任務は、何時もと同じ様に重要なものだが、何時もとは違う部分がある。それは理解しているかな?」
「危ない……って聞いてます。けどけど、頑張りますよ、わたしっ」
そうやってぎゅっと拳を握り込む彼女であるが、やはりまだ理解はしていない……いや、真剣ではあっても、まだ想像力に欠けていると見る。
こればかりは人生経験を積まなければ手に入れられない部分だろうから、無理に訂正する事も出来まい。なので、ディンスレイは言葉を変えて伝える事にした。
「そうだな、ララリート君。例えば、私が目の前で倒れたとする。私で無くても、ここに居る探索班の誰かが、何らかの害に遭遇し、そうなったとして、君が出来る最適な行動は何だろう?」
「えっとえっと……まずは助けなくちゃですね? その場から倒れた人を運ぶ? それとも応急手当を……」
「どちらも不正解。君がすべき事は、全力でその場を逃げ出す事だ」
「逃げ……そ、そんなのっていけない事では!?」
驚いた表情を浮かべてくるララリート。こういう表情をさせるのはまだ些か早いかと思えたが、ディンスレイが彼女の保護者として同行している以上、これを言う必要はあるのだろう。
「ララリート君。君は医療の技術は持っているかな?」
「ま、まだです。他の勉強が忙しくって……」
「そうだろう。身体もまだ小さくて大の大人を運ぶのも難しい。狂暴な獣が現れた時に戦う方法も知らない。そうなると、君に出来る君にとっての全力の事は、逃げる事だ」
「けど……けどけど」
酷な事を言っている。要するに他人を躊躇無く見捨てろとディンスレイは聞いているからだ。
それが出来ると断言出来ない方が自然であるが、それでも、今のララリートにはそれを納得させなければならない。
「君が無力と言うわけでは無い。むしろ君が必要だから、こうやって探索に同行して貰っているわけだが……だからこそ、それ以外の部分には不足がある。その不足を埋めるには、まだまだ、君の時間は足りないというわけさ。だからな、ララリート君」
「は、はい」
「いざという時に逃げ出すという行動だけは、出来る様に覚悟だけはしておいて欲しい。それが今、君が身に付けられる精一杯の事だ」
今はそれすら出来ないのだぞと言葉にする。こういう大人の理屈を子どもに向けるのは甚だ心苦しいし、彼女を同行させるのだって大人の理屈だ。けれど、目の前の少女だって、何時かは大人になる。そのための準備段階こそが今だと思う。
「その……な、納得? それは出来ませんけど……艦長さんの言葉は、大切な事なんだって思いますっ」
「そうか。そう言われるのは、嬉しい以上に幸せな事なのだろうな、私は」
占いではまだ不運な時期らしいが、やはり幸運はやってきている。そう思う。この少女は、大人の言葉を真剣に聞いてくれる少女だ。そういう幸運がここにはあるはずなのだ。
「なるほど……ミニセル操舵士があなたの動向が必須だと言った理由、分かる気がします」
ララリートとディンスレイの会話を聞いていたらしいカーリアが、背中を見せたまま呟いて来る。
どうにもララリート以上にディンスレイの言葉が通じたのが彼女らしかった。
「私は私の役目を理解しているし、真っ当しようとしているよ、カーリア君。だから君の方も、それを実行してくれれば、私から言う事は無い」
「勿論、そのつもりですよ、艦長。あなたが艦長で良かったです」
随分と大げさな評価である。それを言うのは、今回の任務が終わってからでも良いだろうに。
そんな事を思いながら、ディンスレイ達探索班は進む。目的地にしている、岩山に偽装していたエラヴの装置まであと少しまで来ていた。
機能性という意味では価値はあるが、作り手の思想に余裕は無かったのだろうな。
そこへと侵入したディンスレイが思ったのはそんな感想だった。
エラヴの装置は岩山に偽装されている。探索班のその報告はまさにその通りであり、山肌の一部に明確に浮いている場所があった。
色が違うと表現すれば良いのか、ぱっと見では分からないが、良く観察すれば、その部分だけが周囲の岩から全体的にズレている。そんな印象の扉があったのである。
恐らく、作られたばかりの時なら上手く偽装出来ていたのだろうが、経年により扉では無く周囲の岩山が劣化してしまった。そんなところだろう。
扉を開き、中に入れば、岩山とは違う質感の、整えられた廊下が続いていた。装置そのものは劣化していないのだ。
「年数経過に耐える建造物。そこはまさに、エラヴの物に思えるな……」
ぽつりと呟くディンスレイ。廊下は薄暗いものの、壁に薄い光源があるらしく、前方が完全に見えなくなるという事は無い。
もっとも、それでも薄暗い印象はあるので、魔法杖の光源で先行きを照らしている。
「装置そのものが機能したからこそ、ブラックテイル号はああなって居ますからね。けれど……」
やはり前方を歩いてくれているカーリアがディンスレイの呟きに反応する。前を向いたままだが、しっかり周囲の警戒と共に、ディンスレイの言葉という音にも気を配っているらしい。
彼女なりに、この装置についての考察も出来ている様にも見える。
「君も、この装置自体、完全に無事のままでは無いと考えているわけかな?」
「はい。この壁の光源も、非常用の光源に見えますし、そもそも、我々がここへ入れた事事態が妙だと思います」
「鍵に類する機能が喪失している。この装置……ある種の施設でもあるのだろうが、何らかの非常事態になっている様に見える。だから鍵も外された。中に居る人間が出られなくても困るだろうしな」
「となると、奥には非常事態を発生させた何がしかが?」
「単純に整備する人間が居ないせいで発生した不具合が原因かもしれんぞ? 何にせよ、この廊下は逃げ場が無くて危険かもしれんが……」
余裕の無い設計。歩くディンスレイはそう思う。壁も床も無機質極まりないもの。以前に見たエラヴの古い街の方がまだ人間味があった。一方でさらに前。エラヴが作り出したらしいワープ装置はこの施設の様な無機質な部分が目立ちつつも、デザイン性に富んでおり、今の施設はだいたい双方の中間くらいの文化や技術で作られている。
(という風な想像が当たっていれば、やはり私にとっては幸運か?)
エラヴの発展と共にブラックテイル号は空路を進んでいる。そうであればまさに狙い通りの状況であり、幸いでもあるだろう。
「あのぉ……か、艦長さん? わたし、わたしは何を話したら良いでしょうか!」
廊下が狭いため、ディンスレイの後ろ側に回ったララリートの声が聞こえて来る。
ここまで来る際、体力に劣る彼女のために休息なども何度か取ったため、彼女なりに気後れし始めたらしかった。
「今のところ、ララリート君には……いや、むしろ一旦聞いておくべきだったか。何か、君なりに感じた事は無いかな?」
「感じた事? 暗いです! あと狭い! な、なんですか? なんで笑われたのでしょう?」
さらに後方から、他の探索班から笑い声が聞こえて来た。ララリートの発言が些か素朴に過ぎたため、耐えられなかったのだろうが、レディ相手に失礼な言動であるため、後で軽く注意だけはして置こうと思う。
「現状、文字らしきものは無いですからね。幾らスペシャルトーカーと言えども、才能を発揮出来ないのでは?」
カーリアの言葉はもっともな発言だった。
ララリートの才能は稀有な物とは言え、限りがある。それはディンスレイも認めるところではある。
ただし、そこで思考を止めるならば、ディンスレイが今回、着いて来た理由が無くなる。
(私は彼女の保護者。彼女を守る……だけでは役割としてまだ不足だろう。彼女に成長や可能性があるのなら、それを見つけ出し、能力をさらに発揮させるのが保護者というものだろう?)
だから考える。言い方をだ。ララリートにもっと考えや視点の発展を促せる様な、そんな言葉を向ければ、結果は無駄に終わっても、ララリートは成長出来るだろう。
「ふん? ララリート君。気が付いた事の中で、こういうのは無いかな? どうして、我々はその事に言及していないのかと言った物だ」
「艦長?」
カーリアの方が質問の意図を掴めず尋ねて来る。急にとんちでも始めたのでは無いかと思われたか。
「カーリア君や他の探索班の皆も、同じ問い掛けをしてみようか? この問い掛けは実に重要だ。発見というものの中で、視点の違いからそれを見つけるというのは多々ある。一方で見逃す事もだ。何故そこにあるものを見逃すのか? 答えは実に簡単で、自分の視界に入った物を、人間というのは見る事が出来たのだから、そこにあって当たり前の物だと考えがちだからだ」
思考の盲点とも表現出来る。
自分の見る世界は正常な世界だと考えたい。目の前の危険から逃避したい。この手の本能から来る感情は、容易く人間の認知を曇らせてしまう。
しっかりと、危険と向き合う事が探検や探索という作業には必要……と言ってしまえば簡単だが、それは容易く身に付けられる覚悟とも言い難い。
なので他人の視点を利用するのだ。他人が言及しておらず、一方で自分は違和感として覚える事を思い浮かべてみるのである。
もしそれがあれば、それはまさしく、自分だけが気付いた新たなる発見かもしれない。
「艦長には無いのですか?」
「今のところ、あれこれ自分に問いかけてみても、有用な物は返って来ないな。やはり、まだ運勢が完全に上向きになっていないのかも―――
「そういえば、ずっと鳴ってますよね?」
「何?」
「えっと……鳴ってますよね? フィーンって音。フィーンフィーンって」
ディンスレイは耳を澄ます。次に他の探索班員達にも目配せをした。
何故か? ララリートが言うその音がディンスレイには聞こえなかったからだ。
そうしてディンスレイが目を向けた探索班員が次々、首を横に振った。
ララリート以外誰も聞こえていない。ではララリートの気のせいなのか? その結論は最後に取っておくべきだろう。
まず考えるべきは、実際にララリートにだけ聞こえる音だった場合についてだ。
「年少の人間と大人では可聴域が違うという話がありますよね? あれでは?」
「私もその話は聞いた事がある。確か高音が良く聞こえるという話だったな。ララリート君、聞こえている音は、キーンと言った高い音だろうか?」
「ううーん。高い……かもしれませんけど、音……音なのかな?」
「ふん? 単純な音では無い……のか? 音自体はどこから聞こえるだろうか?」
「道です。道の奥の方から!」
ララリートはディンスレイ達が進んでいる廊下のさらに先を指差した。嫌な予感と、何かあるぞという予感。
厄介な事に、では確認してみようかという好奇心がディンスレイに湧いてくる。他の班員の表情を見れば、同様の感情を抱いている事だろう。
今回は慎重第一という指針も無い。より深入りしても良い状況だ。問題になるのはララリートの存在であるが……。
「ララリート君。今聞こえる音に何か変化……例えば聞こえ無くなったり、より大きくなったり、音自体に変化があれば、すぐに伝えてくれるだろうか? 君もここまで来れば忙しくなってくるぞ?」
「は、はい! 漸くですねっ。わたし、頑張りますよー!」
彼女を元気づけるだけの意味では無く、実際に彼女が聞こえる音について、彼女自身に警戒して貰う事にする。
ララリートがいる事で、むしろ安全性が高まる。そういう状況であれば、納得して事を進められるというものだ。
(などと考えられれば健全だが……まあそこまで上手くは行くまい。ララリート君と現在の状況。両者共に気を向けなければな)
しなくても良い無理はしないに越した事は無いし、他の探索班員に役割を任せるのも上司の仕事。
それを分かった上で、それでもディンスレイは自身を働かせる事に決めた。艦長らしく、格好付けたかったとも表現出来るだろうか。
「良し。さらに進んでみようと思うが……カーリア君。とりあえずは君の同意も貰って置こうか」
「判断を仰ぐという意味なのでしょうが、同意を貰うと言ってしまってますよ、艦長」
「おっと。これは失礼」
端から言葉を間違ってしまう。
まあ、こんな日もあるだろうさ。なんと言っても運勢が悪い。
とりあえずカーリアの方も進む事には賛成してくれたらしく、この薄暗い廊下をさらに進んでいく。
狭いと感じる道が続いているが、変化もまた現れていた。無機質な壁に、ちらほら器具らしきものが目立ち始めたのだ。
「これは……ふん? なんとなくだが、この場所がどういう物か分かり始めたかもしれん」
「本当ですか? 艦長?」
私達はまださっぱりなのに? そんな感情が込められた言葉。それをカーリアが発した以上、ディンスレイの勘が鈍った分けでは無いらしい。
こういう未知の文化の、未知の技術の、さらに想像する事くらいしか出来ない機能や構造について、ディンスレイは思い巡らせる事に長けている。これに関しては探索班長を良くしてくれているミニセルすら上回る物だと自負していた。
それが役に立つかどうかは、今後の状況次第ではあるものの。
「恐らくは……我々が入ったのは、一般の人間が出入りする場所というより、この施設や装置を整備するための専用通路だ。この施設全体が一つの装置なのだから、その手の道しか無いのかもしれんが、壁に目立ち始めた器具は、装置そのものの、性能や機能を調整したり修繕したりするための部分だろう。雰囲気がブラックテイル号の機関室にも似ている」
「艦長さんは良く機関室に行きますもんねっ。そういうのお好きなのですか?」
「好きから嫌いかで言えば好きな方だが、そんなに良く行っているか? 私?」
ララリートやその他の皆に尋ねて見みるも、ララリートは元気よくはいと答え、探索班員達は微妙そうな表情を浮かべられる。
どうやら頻繁に機関室に顔を出しているというのは、船員共通の認識らしかった。
「一つの飛空船の艦長として、それを飛ばす機関室には、むしろ頻繁に顔を出す必要がある。艦の心臓部だからな。整備班員レベルとまでは行かんが、詳しくあらねばなるまい。うん」
という事にして置く。実際は、あそこにある光石に興味があったからでもある。
そんな言い訳はさて置いて、ここが整備用や作業用通路だとして、どうするかだ。
「ここが装置にとって機能を支える場所なのでしたら、ここで破壊工作をすれば、艦を救助出来るのでは?」
「なかなか過激だな、カーリア君。だが、下手に手を出して余計な機能が発揮されないとも限らない。むしろ、装置の操作方法を探ってみるのも手だろう?」
「その場合も、下手に手を出して余計な機能が動き出したりするのでは?」
「運が悪ければそうなるな?」
今の運勢は悪いため、破壊したり操作しようとしたりはしないで置く。
「あのあの、もしかしてですよ? これって、わたしの出番……だったりします?」
「かもしれんな、ララリート君。こういう場所の場合、整備員用の軽い説明みたいなものが壁に書かれて居たりするものだが……そういうのはあるだろうか?」
「使ってた人は賢いと思います! 説明とか無く整備出来たのでしょう!」
言う通り、文字らしきものは見当たらない。なので彼女のスペシャルトーカーの才能も発揮出来ないというわけだ。
「……そうか。スペシャルトーカーだからか」
「はい?」
「ララリート君。君の耳にしか音が聞こえない理由が分かったかもしれん。今、音はどう聞こえている?」
「ええっと、道を奥に進んでいますけど、いまいち大きくなりません……意外ですっ」
確かに、奥に行くに従って、ララリートが聞いている音は大きくなり、ディンスレイ達にも聞こえ出す……などと予想していた。それはララリートだけでは無い。
しかし実際は、未だ音はララリートにしか聞こえないままで、彼女が自ら警告して来ないという事は、音そのものにも変化が無いという事。
「幻聴の可能性があると?」
カーリアはそんな風に尋ねて来る。ララリートの表情も不安なそれに変わる。
だが、ディンスレイは首を横に振った。
「いや、やはりララリート君は我々に聞こえない音を聞いていると私は思うよ。そうして、音に変化が無いという事は、どこかで鳴っているというより、この通路全体で鳴り続けているのでは無いかな?」
「そういう音を聞ける力がわたしにあるっていう事ですか!? スペシャルトーカー以外にそんな物が……」
「いやいや。そこも否定しておくが……そう贅沢な物でも無いだろう。才能という奴はな」
だから世間では努力が美徳とされているのだ。そっちの方がお手頃だから。
「となると、彼女、ララリートさんの、スペシャルトーカーの才能が音を聞き分けているという事に?」
カーリアも答えには行き着いていないが、ディンスレイの言いたい事を何となく汲み取り始めたらしい。
ただ、別にクイズでもなぞなぞでも無いから、さっさと答えてやる事にする。
「その通り。皆、言語とはそもそもどういう物だろうか? こうやって意思を伝えるというのは、元来、生物がいったいどういう能力の元に獲得したのか。答えは簡単だ。それは叫びや悲鳴だ。動物の鳴き声という奴だよ。それは原始的な感情を外に発するため、喉を揺らす事を進化の中で獲得した。これは仮説だが……スペシャルトーカーの才能というのは、その手の物にも反応する……のではないかな?」
断言出来ないのがもどかしい。本当かよ。みたいな目線を探索班の何名かから向けられるも、厚顔無恥に話を続ける事にする。
ここから面白くなってくるのだから。
「私が言いたい事はだ。ララリート君は、その手の鳴き声にも、余人より過敏に反応するという事だ。そうだな。こうも表現出来るだろうか。感情が込められた叫びを、言語として認識している……とな」
そうして聴覚に届いた、本来は認識出来ない程度の叫びは、一般人が聞き逃しても、スペシャルトーカーは言葉として認識しているから、微かに認識出来る。
人間、単なる音より言葉の方に敏感に反応するものだ。
「しかし、ララリートさんが動物の鳴き声にも言語性を見出したとして、今、聞こえていると言っている音がその手のものなのですか?」
「それについては、今、当人が確認中と言ったところではないか?」
ちらりとララリートの方へ視線を向けてみれば、彼女は顎に手を置いて、何時になく真剣な表情で思考を始めている様子だ。
子どもらしからぬ。そんな表現すら出来るくらいに、ララリートは深く考えを巡らせている風だった。
いや、感覚を研ぎ澄ませていると言うべきなのか?
「あの……艦長さんに言われて、気付いたかもしれません。声……いえ、声や言葉じゃないんですけど、この音。なんていうのか……感情? みたいなものがある様な……」
「スペシャルトーカーとは、言葉から感情を読み取れるものなのですか?」
ララリートの言葉に疑問符を浮かべて来るカーリア。今のララリートの姿を見れば、神秘的な何かがあると感じてしまいがちなのかもしれない。
だが、ディンスレイはそう見ない。感情を読み取る云々はスペシャルトーカーとは関係無い、ララリートの対人能力に寄るものであり、彼女のそれはまさに年齢相応だ。
「彼女が言葉に感情を感じたとするならば、それは単に、言葉そのままの意味だと私は思うよ。そうだな、例えば、私は笑った。この言葉からは、素直に私の感情が読み取れるだろう? 私は喜んでいる」
「その言葉に裏が無ければ……」
「少なくとも、その裏を読み取ろうとはしていないよ。なあ、ララリート君」
「は、はいっ。なんですか!? なんでしたっけ?」
「おっと、集中しているところすまないが、そろそろ話を先に進めよう。音に込められた感情、私が当ててみせようか?」
「えっ!? そんな事が出来るんですか!? 艦長さんっ」
ここらで、尊敬できる艦長という演出でもして置こうかと考える。実際、キラキラとした目線をララリートから向けられるのは悪いものでは無い。
一方のカーリアや他の探索班員は訝しげだ。また艦長が妙な事を口走り始めた。そんな風に思われているのかもしれない。
「言っておくが、これは私の観察眼に寄る純然たる予想だぞ? 音はこういう感情が込められていないかな? 危ない。と」
「そうですっ。当たってます! わぁ、すごい。そうなんですよ、今、この音は、ずっと、危ないって言って来てるんです!」




