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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と脅威の罠
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② 悪い運勢にはラッキーアイテムを

「という事で、整備班長から言える事はですな。現状、着陸というか衝突と表現するべきなんでしょうが、その被害は驚くべき事に軽度で済みました……なーんて喜べれば良かったんですが」

 ブラックテイル号艦内会議室。船内幹部が顔を突き合わせる中、ガニ整備班長からの方向をディンスレイ達は聞いていた。

 そう、こうやって話が出来る以上、ブラックテイル号の落下の結果として、船員の命は無事であった。

 ディンスレイの判断通り、艦の落下のスピードは推進力を無くす事で減じ、推力となっていた浮遊石の力はそのまま重力への反発力となって、さらに落下の衝撃を和らげてくれたらしい。

 そんな報告をしてくれたガニ整備班長であったが、一方でその表情は明るいとは言えなかった。他の船員達も同様だ。

 全員、難しい顔をしているとも表現出来るだろうか。

「現状、推進機関は無事と考えて良いのだろうか?」

 誰もが口を開くのを億劫としていたから、ディンスレイ自身がガニ整備班長に尋ねた。

 返って来る答えについては、分かりきっていたが。

「推進機関は無事ですな。そりゃあ着陸の衝撃でダメージはありましたが、既に修繕は終えてる状況でして、だからこそ問題があります。無事なままのこの艦が、それでも離陸出来ないっていうね」

 ガニ整備班長の返答に、やれやれと溜め息を吐きたくなった。

 現状を頭の中で整理するならば、ブラックテイル号は地上より放たれた何がしかの力により捕えられたという事らしい。

 その力は強大であり、無事であるらしいブラックテイル号ですら、その力から逃れられないとの事。

 これでブラックテイル号の方に何らかの欠陥でもあれば脱出出来ない原因として追究出来るのであるが、そうで無い以上、違う策を考えなければならない。

 それを考える事こそ、今回の会議で、船内幹部達が顔を突き合わせている理由であるのだ。

「ち、地上に引っ張られた際……光の様な物が見えた……らしいですが。そ、それについては、どこまで判明しています……か?」

 船医のアンスィ・アロトナの問い掛けもまた、ある意味分りきったものであった。

「まったく。と言って良いだろうな。そもそも、観測士が見たという光は本当にあったんですかい?」

 今度はディンスレイの方にガニ整備班長の疑問が飛んできた。

「光はあった。観測士の他、私も含めてメインブリッジメンバー全員が見た。思い返してみれば、その時のその周辺の景色の色が……今とは違っていた様に見える」

 薄く、何とも言えないヴェールに包まれていたような、そんな色だったか。はっきりと表現出来ないが、まず間違いないだろう。

「そもそもよ? 見えても見えていなくても、実際に艦が捕まっているわけだから、力は艦を包んでいるって事でしょうよ」

 ミニセルの発言は、彼女だってそれを見たから故のものだろうが、実際、その通りでもあった。

 何の力も働いていなければ、何故、艦は大地に縛り付けられたままなのか。

「だー! じゃあどうしろってんだ。艦は確かに修繕してるんだよ整備班は! これ以上求められても、オレの方はどうしようも無い!」

「おっさんの弱音なんて聞きたくないわねぇ。だいたい、その手の言葉なんて、今、全員が吐きたくなってるんだから!」

 何時も通りと言えば良いのか、ミニセルとガニ整備班長の口喧嘩が始まる。余裕があるのであれば、そんな喧嘩をただ見守りたいところであるが、今は艦長としての仕事を優先させて貰う。

「良いかな? 整備班からの報告は受け入れた。これ以上の手が無いというのもな。となると、私から頼むのは、君たちには一時的にでも良いから、艦の出力を上げて貰いたいという物だ」

「つまり、推進力を上げろって事ですかい?」

「そうだ。結局、今の状況を根本的に打破するにはそれが必要だろう。他に手段が無ければ必然、そうなる」

「しっかし、艦の通常推力ってのは、それが艦にダメージを与えないからこそそれに設定しているわけでしてね」

「十分に知っている……が、無茶する時には無茶はするべきだ」

 長旅の中で艦にダメージが蓄積するのは極力避けるべきだろうが、避けられない事態もまたあるだろう。それが今だ。

「整備班長へは以上だ。船医殿は、折りを見て船員全員に健康チェックをしておいてくれないか」

「な、何か身体に悪影響が出て無いか……た、確かめろ……と?」

「その通り。正直、今の段階ではそれが一番怖い。例のドラゴンと接触した時もあったろう? 原因不明の頭痛が」

「あ、ありましたねぇ……あ、あれには一つ仮説があって、て、テレパシー能力はご存知ですか? 言ってみれば、ど、ドラゴンのそれは他人よりも、さ、囁く程でも強烈なものでぇ……」

「船医殿、興味深い話だが、出来ればそれは後にしよう。次にメインブリッジメンバーへの指示を行いたい。副長、良いかな?」

「わたくしとしては休養時間中に不測の事態という事で、少々気分を害している以外は、概ね、良いと思われますな」

「それだ、副長」

「それですか?」

 首を傾げて来る副長に対して、ディンスレイは右手の人差し指を上げながら指示を出す。

「どうせ、艦が発艦するまでメインブリッジメンバーの一部は何も出来ん。それこそ今後の不測の事態に備えて、休養を取らせたいと思うが、どうだろうか」

「ふぅむ。奇抜ではあれ、妙案かもしれませんな。役割と他の船員への示しの関係から、メインブリッジメンバーは休憩時間を取れない時がままありますし。この際、しっかりと疲労を回復させるのは手でしょう」

「だろう? 我ながら、これに関しては良い考えだと思っていて―――

「艦長などは特に」

「良し、じゃあ次の話だ」

 またもっと休めなどと小言を言われては堪らない。第一、そんな状況でも無いだろうに。

 この様な緊急事態に、休める艦長など居るものか。

「漸くあたしね? 言われるだろう事は分かってるわよ。周辺地域の確認をして、艦を縛る力の発生源を探る……それ、さっそく始めるんでしょう? まーかせて。必ず何か掴んでみせるから」

「悪いがミニセル君は艦で待機だ」

「なーんでよ!」

 抗議の声を発するミニセルに対して、ディンスレイは今度こそ溜息を我慢出来なかった。

「知ってるぞ。手の平の骨に罅が入ってるらしいな」

「えっ……いや、そーれーはー」

 ミニセルの視線はディンスレイを外れ、船医のアンスィへと向かう。

「す、すみませーん。黙っていてと言われましたが……か、艦長に何かあっただろうと詰め寄られまして……」

「船医殿が謝る必要は無い。日常生活に支障は無いとは言え、隠されて怪我を悪化させればそれこそ大事になる」

「お、恐らく、あ、あと一週間か二週間で良くはなる……かとぉ……」

 不幸中の幸いと言ったところだろう。確か先日、ドラゴンに関係する事柄で、湖の上でボートから身を投げ出し、別のボートに再び救い出されるという曲芸染みた事をしたという報告があったが、その際、ミニセルは怪我をしたのだろう。

「もー、痛みだってもうそれほどじゃあ無いのよ?」

「なら、猶更治りかけという奴だろう。操舵士としての仕事はして貰うが、探索に関しては駄目だ。君もメインブリッジのメンバーとして休養を命じる」

 多少の怪我であれば、未踏領域の旅に付き物と言ってしまえるが、彼女のそれは少し間違えれば、それを越える大事になっていた可能性もある。

 なので、今後の旅をする上で、今、探索役をするべきは彼女ではあるまい。

「という事で、探索班は私が―――

「ミニセル様。休養に入る前に、探索メンバーの選抜を行っておいてくださいませんか。艦長抜きで」

「りょうーかい、副長。悪いわね、艦長。上司からの命令は断れない」

「ぐっ……」

 副長からこうも睨まれては、反論も出来やしない。艦長が探索班になりたいというのは、明らかに個人的な我が侭ではあるからだ。

 何時かまた、隙を見つけて探索役になってやろうとは思うものの。

「残念でしたな、艦長。艦長だって、今は運勢が悪いでしょう? 探索なんてする身じゃあない」

「整備班長、占いなんぞに、私の判断は左右されないよ」

 しかし、今の状況は実に運が悪いと言える。そんな風に思えてしまうのは事実だった。

「しかし、これからの前途に関しては、良い運が巡ってくる事を祈りたいところでしょう」

 副長がそう続け、今回の幹部会議は締めとなった。




 意外と言えば意外と言えるのか、今回、危険な未踏領域の大地を探索する者の中に、船内幹部は存在しなかった。

(いやまあ、普通はそうなんでしょうね。未踏領域の探索そのものが普通じゃないけれども)

 ふと、そんな事を考えるミニセルは、片手を固定され、包帯を巻かれた姿で、その探索するべき大地に立っている。

 もっとも、大地に縛り付けられたブラックテイル号のすぐ近くであるが。

「今日も良い天気よね、諸君。けど、あたしの元気はそこまでじゃあない。なんでか分かるかしら?」

「自分は留守番だからでしょう? ミニセル操舵士」

 さっそく言葉を返して来たのは、今回の探索班の一人に選んだ船員の女性、カーリア・マインリアだった。

「そうなのよー。こうやって、怪我人認定されちゃってねー」

「大丈夫なのですか? その怪我は確か……」

 話をしているカーリアを助けた際に出来た傷である。そこについては隠し立てしない。無暗に相手に気を使わせるつもりも無いからだ。そもそもは船医以外に隠し続けるつもりだったわけであるが、それはそれだ。

「一応、大怪我の部類には入ってないわよ。けど、ここに怪我あるってバレちゃったから、今さらこうやって治療を受けてるの。怪我してるってバレた以上は、早めに治してしまうのが賢い方法でしょう?」

「それはそうですが……」

 半ば呆れた様にこちらを見て来るカーリアであるが、無駄な罪悪感は抱かないでくれて良かったと思おう。

「第一、あたしよりあなたが大丈夫かって聞きたいところだわね? まずあのドラゴンとであった湖で、大変だったのはあなたの方よ?」

 船医のアンスィから聞いた話であるが、ドラゴンと出会った湖で頭痛になった者は、ドラゴンと何かしらの交信を行った者なのだそうだ。

 ドラゴンの近くに居たミニセルもその一人ではあったものの、より強く、それを感じ取ったのはこのカーリアであった。さらに言えば、湖に落ちて溺れたりもした。

「確かに大変な経験でしたが、不思議な事に、終わってみれば、特に身体に支障も無く、まるで熟睡をした後みたいに気分も良かったですね。なんだったんでしょうか、あれは」

「実際、半ば気絶してたものね、あなた。溺れたって言っても一瞬だったし……何にせよ、あたしより無事なのは実際だから、今回もあなたを探索班に入れたの」

「なるほど。了解しました」

 経験値を積ませて、ゆくゆくは探索班の班長だって勤められるぐらいの技能は得て貰いたい……などとは口にしない。まだまだ彼女の技能は未確定な部分があるからだ。

 現段階で探索班に選んだのも、そこを探る理由があった。

「それじゃあみんな、これから大変だろうと思うけど、まずは状況確認から行くわね」

「はい!」

 カーリアだけでなく、探索班全員が一斉に声を返してくれるというのは、ちょっと気分が良い事であった。

 今回の探索班の人数は十名。かなり多い数であったが、人手が必要な仕事になるであろう事を見越してだ。

「分かっていると思うけれど、現在、ブラックテイル号は原因不明の不時着状態と言っても良いわ。けど、艦そのものには問題無し。けれどもすごく大変な問題がある。分かる?」

「艦がそもそも動かないからでしょうか?」

「正解。端的に答えてくれて助かるわよ、あなた」

 カーリア以外の船員も発言に積極的だ。何時の時点からか、ブラックテイル号内の船員全員が、相応の仲間意識を持って来ているとミニセルも感じていた。

 事実、船員皆は仲間なのだから、良い傾向でもあるだろう。

「けど、満点の答えじゃあないわね。答えは、艦が動かない上で、その原因もやっぱり不明だから。ここから見ても、どうして艦が飛べないのか、分かる人は居ないでしょう?」

 ミニセルにしてもそうだ。不時着しているブラックテイル号周辺には何も無いのだ。壁も、天井も、落下した時にミニセルが見たはずの光ですら、今は無かった。

 草地の少ない平原と、やや離れた場所にある岩山らしきものが幾つか。そんな土地の只中に、ブラックテイル号だけがある光景。

「あなた達がこれからするのは、原因がまったく分からない今の状況に対して、何でも良いから、状況を探る何かを見つける事。物質的な物じゃあ無くても良い。見た事、考えた事、ふと思いついた事。なんでも良いから、この周辺の土地を探り、何かを見つけて来て欲しい」

「まるでそれは……雲を掴む様な……」

「その通りよ、カーリアさん。雲を掴んで来てちょうだい。先入観だって持っては駄目。ただひたすらに探究するのがあなた達の役目。無茶言っているけど、今、ブラックテイル号を助けるのは、あなた達のそういう行動だって事を念頭に置いて」

 今回の冒険とはそういうものだ。出来ればミニセル自身も参加したかったが、今は多めに選んだこの十人で不足を補って欲しいと思う。

「分かった様な、分からない様な話ですが、とりあえずは周辺を歩き回れば良いと?」

「それも手だけれど、そうね、本当に何も無しじゃあ困るでしょうし、まずはあそこ、一番近い岩山を目指してみると良いんじゃないかしら。探るというよりは、歩いて周辺の光景を見て、感じる事で、次にこれをすれば良いと思い浮かんでくるはずよ。その直感を憶えておきなさい」

 恐らく、今後も探索班として仕事をするなら、そういう感覚も重要になってくるはずだ。

 それを伝えて、ミニセルは探索班の出発を促して行く事にする。そうして、出来れば、彼らには無事で帰って来て欲しいところだった。




「正直なところ、こういうのは苦手でね」

「に、苦手が多いですねぇ、艦長……」

 船内医務室にて、部屋の中央の椅子に船医のアンスィが座り、その対面にディンスレイもまた椅子に座っている。

 今の地点に艦が不時着し、その原因究明に探索班を出してからもう半日程。

 探索班は周辺を三日は探索して貰う予定であるため、まだ暫くはメインブリッジが暇になる期間。

 ディンスレイはアンスィに指示を出した手前、彼女からの健康チェックを受けていた。

「ちょ、ちょっと痛いから、我慢してくださいねぇ……」

「いや、痛いのが嫌だから、こういう検診は苦手と言うか、ああくそっ。本当に痛いな……」

 アンスィがディンスレイの腕に注射をして血液を採取してから、注射針を刺した部分を消毒してくる。

「ちゅ、注射というのは……痛いものですのでぇ……」

「まあ、船員全員にこれを行って貰うわけだからな。船医殿には注射の腕をもっと上げて欲しいなどと文句は言うまい」

「あ、暗に言ってますよねぇ?」

 言いたくもなるだろう。今回の一件もそうだが、こういう苦手な事だってしなきゃならないというのも、あの占いから始まっている気がする。

 不運が続いているから運命に愚痴をなどと言う程では無いが、そういう事を考えてしまいがちになるのが、占いの嫌なところだと思う。

「いろいろ思うところはあるのは確かだが……そういう時は、仕事の話に戻るに限る。気を紛らわせる事が出来るからな? 何か、船医殿の方で分かった事はあるかね?」

「今はまだ、断言は出来ませんが……血液の検査を進める中で、と、特異な反応がありましたぁ……」

「それは少々……というか、かなり厄介な話なのでは?」

 血液を採取された誰か、もしくは全員に、具体的な変化があったという事であり、それが健康に関わって来るなら事だろう。

「け、健康上に問題は無いのですが……そ、その、け、血中のF値が皆高くなっているんですよぉ……」

「ええっと?」

「あっ、こ、これは医療学上の、せ、専門用語でして、お、主に鉱山労働者に多いものなのですが、ふ、浮遊石、ありますよねぇ?」

「ああ。浮遊石については知っているが」

「す、すべての大地を支えているそれ……ですので、わ、私達の身体の一部にも、そ、それが含まれている……わけです」

「ああ。まあ、そういうものなのだろうな?」

 息を吸えば大気を身体に取り込む様に、当たり前に人間は浮遊石の元となる成分を取り込んでいる。良質の浮遊石は地下深くにあるという話があるが、結晶化していないレベルのそれは、それこそ世界のあらゆる場所に存在しているのだ。

「た、体内の成分における、そ、その値がF値でしてぇ……こ、鉱山労働者はそれを過剰に摂取してしまいがちなので、ちょっとした症状が出たり……し、します」

「ほほう。やっぱりそれは心配になってくるというか……」

「ひ、頻繁な眩暈……程度ですよぉ? さ、三半規管が誤作動すると言うか……そ、それにしたって、船員さん達の中で、そ、その手の症状が出る程のF値の方は居ません。あ、あくまで、へ、平均よりは高くなっているというだけで……」

「なるほどな。では差し迫った問題では無いのだな?」

「お、恐らくは」

 だとすれば、考えるべきは何が原因かであろう。

「一つ聞くが、自然に、その様な状態になったりはするのかな?」

「あ、あまり聞きませんねぇ……説明した通り、浮遊石の成分を……過剰に摂取しない限りは、多くなりませんからぁ……」

「我々にとってその切欠があったとすれば、やはりここに艦が囚われた事か」

「も、もしかしたら……だ、断言は出来ませんものの……」

 この話が重要な情報になるのは、もう少し、アンスィの健康チェックが進んでからになるだろう。

 ただ、とりあえず今の時点で指示を出す事は出来るだろう。

「採血した船員の通常時の配置について、その数値と一緒に列記しておいてくれないだろうか?」

「そ、それくらいなら可能ですが……何か?」

「艦の外側で働いている人間にF値が高い傾向があれば、それはやはり、外からの力に寄るもの……となるだろう? 現時点でもその力で艦が縛られているなら特に」

 仮説が確証になるというだけでも進展だろう。そういう切欠がここにあるはずだ。

「あ、ああ。なるほどぉ……し、資料が揃ったら、す、すぐに連絡すれば良いですか?」

「そうしてくれると助かる。暫くはメインブリッジと各部署を行ったり来たりする生活だから、見当たらなかったらメインブリッジの方に置いてくれ」

「こ、こういう事態でも、お忙しいんですねぇ……艦長はぁ」

 そんなアンスィの言葉には曖昧な笑みで返して置く。

 忙しいのでは無く、忙しくしていなければ、あれこれ考えて精神的に悪影響が出そうというだけだからだ。

 まったく、これにしたって、占いなんぞをしたからだろう。




 医務室の次にディンスレイが向かったのは、船内中央の機関室であった。

 別に呼び出されたわけでも、特段の用があったわけでも無いのであるが、ここが艦を浮かばせるキモであるから、ブラックテイル号が再び空へ飛び立つまでは、定期的に顔を出しておくつもりなのだ。

「それは良いですがね、艦長。仕事の邪魔にはならん様に願いますよ」

「分かっているさ整備班長。だからこうやって、機関室の端の方で、班長が一旦まとめた上で、もう誰も読まないからと捨て置かれ掛けていた数値のまとめを読んでいるのだろうに」

 言った通りの状況で、皺だらけになった紙と、そこに書かれた文字と数字の羅列を見つめているディンスレイ。

 そんなディンスレイの様子を訝しんで、ガニ整備班長の方から話し掛けて来た。

「分かるんですかい? その資料」

「医療関係の専門用語よりは分かるさ。これは整備班員達が機関部の状況把握について、それぞれズレが出ない様に班長が適宜まとめたものだろう? 数値を見るに、推力を上げる作業は上手く行っていないみたいだが……」

「驚いた、本当に理解してらっしゃる」

 奇妙な生き物を見る様な目を向けないで欲しい。占いなどより、余程、役に立つ技能だろうに。それにこの手のは苦手では無い。むしろ好きだ。

「しかし、やはり結果が伴わない資料を読んでいくというのは気分が滅入るな……」

「そりゃあ仕方ねぇでしょうが。艦に無茶させるって言っても、誰か死傷者が出る様な事まではさせられませんし、艦長だってお断りでしょう?」

「それはまあそうだが……私に無い名案みたいなものがあれば嬉しかったよ」

「残念ながら、オレだってそんな手段があればとっくに飛びついてますよ」

 そんな台詞を吐くガニ整備班長であったが、視線が少し、ブレたのをディンスレイは見て取った。

 気まずくて視線をズラしたのでは無い。何かを考えて、ふとその思考の対象に目が行ったのだ。

「光石の利用……かな?」

「頭の中を読む様な言葉ってのは、されてみると非常に不気味ですな」

「占いより余程、根拠のある言葉なのだがね」

 単純に艦の推力を上げるというのは、つまり、機関の中心にある推進器用の浮遊石の性能を向上させるという事だ。

 そうして、それを成せるかもしれない物がブラックテイル号内部にはあった。

「あれについての研究は引き続きやっていますし、単純な浮遊石としてすら魅力的に映っちまうのは否定しませんよ? だが、だからこそ危険だって考えるのは、単なるオレの直感だと思いますかい?」

「いいや、きっと整備班長としての経験則なのだろうさ。私はその手の能力を信頼して、あなたを艦の整備班長にしている」

「ご評価有難い話です。ですが、話題に出す時点で、やはり艦長はあれの利用を?」

 ガニ整備班長に尋ねられ、少し考える。

 確かに、話題に出した以上、自分は光石の使用について検討するべきだと考えているらしい。

 これは危険な兆候なのか? それとも……。

「前提としては、使わない方向で行こう。だが、手段としては持って置きたい。意味は分かるだろうか?」

「使わない前提で、あれを使える様な状況は作っておけと、そういう事ですかい?」

 話が早くて助かる。この艦の船員達は皆、ディンスレイの期待に答えてくれる存在だった。

「空から落ちる鳥は雲にすら乗ろうとする……だったか? 本当に、何もかもの手段が無くなった時、そんな馬鹿な事すら出来ないというのは、些かみっともないのでね」

「……まあ、実は、設計図は起こしてあります」

「ほう?」

 その話は意外だった。ガニ整備班長の性格として、その様な方向での挑戦は珍しいからだ。

「艦長のせいですよ? あれについて散々、研究を進めろって、何かにつけて言って来たでしょう? それで、単純な浮遊石として利用してみたらどうなんだって、試しにざっと書いてみましてね」

「それで実際のところ、それは実用出来そうなのか?」

「形としては作れます。それ以上は言えませんな。推力としては……今の観測した上での数値がそのまま出てくれるなら、ブラックテイル号が出せる出力は、五割は上がります」

「そこまでか」

 今のブラックテイル号ですら、シルフェニア国内では最新鋭の飛空船だ。その速度は文字通りトップクラス。そこからさらに五割も上げれば、中型飛空船としては前人未踏の速度とすら言えるだろう。

「夢みたいな話なので、夢だと思っておいてください。あれに関しては、その性能が出るかどうかより、それ以上の事態になったらどうしようってのが問題ですから」

「了解した。光石がまだまだ未知数であるというのは同意見だ。ただし、その試しに設計図を書いてみたいというそれ。枠だけは作っておいてくれるかな? さっきも言った――――

「雲に乗ってみるって奴でしょう? 了解しました。手の空いた時にでもやってみましょう」

 手をひらひらさせながら、仕事に戻って行くガニ整備班長。

 それを見送りながら、ディンスレイは呟く。

「さて、ここでの仕事もこれで一旦終わったし、次は……食堂にでも行くか」

 腹の具合が丁度良くなってきた。鳴ってくる前に、軽く昼食を取っておく頃合いだろう。

「あ、食堂に行くんですか? なら、一緒に行って、また占いでもどうです?」

 振り向いて尋ねて来るガニ整備班長の表情は、意地が悪いものであった。

「ごめんだね。今日は一人で食事を取りたい気分だ。また悪い結果が出ても困るのでな」

 冗談半分、本気半分で答えながら、ディンスレイは機関室を出て行く。

 未だブラックテイル号は、空へ飛び立つに困難な状況にあった。

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