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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
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⑦ 答えは既にそこにあった

 物を調べるという行為は、本質的には地道な作業である。

 ブラックテイルⅡで旅をしていると、次々の新たな発見が舞い込んできて、ひたすらにそれの整理と対処をする日々が続くので、勘違いしてしまいそうになる。

 しかし、知識を取集するという行為の本質は、地味で堅実な行為であるのだろう。

 現在、エラヴの基地へと入り、調査を続けているディンスレイ達は、その地道で堅実な行為を続けている最中であった。

 鉄の箱で作られた迷宮の中で、その箱に収まったエラヴの知識を解読し続けるのだ。

 兎角、根気の居る作業。欠片も派手や愉快さが無い、そういう場所。。

「……ミニセル君。君、こういうのは苦手に思っていたのだがな」

 箱に嵌められたガラス板に映る文字を眺めながら、ディンスレイは呟いた。

 エラヴの資料庫内部は今、文字を眺めるには丁度良い明るさになっているため、そこは苦では無い。ただ、それにしたって文字情報をひたすら見つめるという行為は疲れる作業だろう。

 その手の作業というのは、向き不向きがあるものだ。

「あら? あたしって、これでも本を読むのは好きなのよ? あなたに飛空艦の操舵士を任されてる時以外は、探検家してるのは知ってるでしょう? ああいう職業って、どれだけ頭に雑多な知識蓄えるかってのが重要になってくるのよね」

 隣で別の箱のガラスを眺めているミニセルが、作業を進めながらも言葉を返してくる。

 どの口がと言われるかもしれないが、彼女も大概器用で多才だった。

「初耳だな。というより、君が読書をしている姿を見た記憶が無い」

「あなたが目の前に居る状況で、本から情報を得ようとか思う様な女じゃないわよ、あたしって」

「本を読むより、私と話をしている方が好みだから……とかか?」

「面白そうだから、よ」

 まあ、悪くは無い扱いだ。つまらない男などと揶揄されるより余程上等ではあるまいか。

 何にせよ、悪い気分で仕事をしていない様で良かったと思っておこうか。

 他の船員は知らないが、ディンスレイ自身、この作業はなかなか好みに合致している。

 未だエラヴの言葉の翻訳には拙い部分があるものの、読み取れば読み取る程に、彼らの文化というのが知れて来る。

 それはこれからの役に立つか立たないかの話すら抜きにして、ディンスレイの心を楽しませてくれるものだった。

「それで、エラヴの資料を翻訳するのは良いけれど、あなたが探させている、光石についての情報はあったのかしら?」

 ミニセルにちくりと言葉の針を刺される。だからこそ、ディンスレイも建設的な答えを返す事にした。

「一応、あるにはあった」

「本当!? じゃあもっと喜びなさいよ!」

 顔を上げてこちらを見て来るミニセルだから、ディンスレイは苦笑を浮かべながら答えなければならない。

「光石に限らず、浮遊石というのには、それそのもに世界を浮かばせるエネルギーが含まれているだろう? 我々の文明はそれを利用しているし、そういう前提の元、技術や社会が構築されている」

「そりゃあそうだけど、何か違うの?」

「いいや、エラヴもまたそうだった。やはり彼らは我々と同じなんだよ。そうして、一歩か二歩進んでる」

「それも理解しているけど」

「だが、発想としてはそうなるかという驚きはある。つまり彼らは……光石を、よりエネルギーの高い浮遊石だと考えた。そのエネルギーの高さが……なんと表現するべきだろうな。そう、物だ。非常に高密度のエネルギーは、そこらにある物と変わらない扱いを出来るという、そんな発想を持ったそうだ」

「そりゃあ光石は鉱物なんだから、物でしょうに」

 何を当たり前の事を言っているのかという言葉が向けられる。

 確かに、表現としては正しく無かったかもしれない。しかしディンスレイとて、エラヴの言葉の翻訳は難しく、彼らの専門的な知識となれば、もっと理解が遠くなるのだ。

 もう少し、上手い表現が出来れば良いのだが……。

「石そのものというより……その石に含まれているエネルギー。いや、石自体がエネルギーなのか……いやいや、やはり……うーん」

「もうちょっと端的に……光石はどう扱うべきものってのが分かったの? それとも、そこは分からないまま?」

「思考だよ」

「思考?」

「そう、彼らは光石に、一種の、強い思考パターンを投射する事で、そのエネルギーに指向性を持たせていた。利便性のある道具として扱うためと、ある種のセーフティだな」

 光石自体は、街一つを簡単に滅ぼせそうな程の力を秘めている。

 それが勝手に暴発しない様に、その内側にあるエネルギー自体に指向性を持たせるという方法を取っていたらしい。

 この光石は、この方法でしか使えないし、力を発揮出来ない。そうして、その指向性は使用時に適宜変更できる……そうだ。

「いまいち分からないけれど……強く念じれば、光石はそれに答えてくれるってこと?」

「やり方に寄るし、そのための道具も必要だが、そうなるな」

「それってすごい事じゃない! 探してた答えの一つを、既に見つけたって事よ?」

 目的そのものは、ハルエラヴに繋がる情報の取得なのだから、そこまで言えるものでも無いだろう。が、ミニセルが驚くのも分かる。

 この部屋で、ただ調べものをしているだけで、確かな進展があったのだ。それは驚いたり喜んだりするべきものだろう。

 ディンスレイとて、それは分かっている……のだが。

「素直に喜んでないところを見るに……何か、その情報に難点があったのかしら?」

「いや、この情報については有益だ。今度、整備班長や船医殿に、いろいろと実験方法を考案して貰おうとも思ってる……あくまで、この情報についてはだ」

「じゃあ、複雑な気持ちになっているのは、別に見つけたものがあるってわけね。他の船員にも伝えた方が良いんじゃない?」

「いや……うん。そうしてくれると助かるが……話が早いな、君」

 なんだったら展開が早すぎる。ディンスレイが何に引っ掛かってるかすらも話していない。まずはその話を先に済ましたりしないのか?

「どうせ、みんなが集まってから悩みを相談した方が早いわよ。ちょっとした事でも、自分の中で整理してからじゃないと外に出さないっていうのは、艦長の悪い癖」

「かもな。おーい、みんな。資料探しを手伝ってくれているところ悪いが、一旦集まってくれ。相談したい事がある」

 何から何までミニセルに世話されているというも座りが悪い。仲間集めくらいは、艦長自らがしなければ。

 それに、他の船員達も作業に飽きが生まれ始めていたのか、集まりも良かった。気分転換になるとでも思ったのか。

「それで、今度はどの様な難題なのでしょうか」

「いつも私が難題ばかりを話題に上げると思ってるのか、カーリア船員。いや、実際、私自身悩んでいるところなのだが……」

 やや疲れをみせているカーリア船員であるが、舌鋒は丸まりを見せてくれない。まだまだ元気という事にして、難しい話を続けてやろう。

「諸君、資料を調べていて、うん? と思い始めた事は無いだろうか?」

「言葉が分かるのが艦長だけなんだから、分かるわけないでしょう?」

「それはそうだ。だが、この手の文章というのは、眺めているだけでも、少しずつ分かる部分が―――

「艦長だけの特殊能力だから、その前提はさて置きなさい」

 適宜話に修正を入れて来るミニセル。助かるのであるが、どうにも遠回しに、話を伝えるのが上手くないと言われている気がしてしまう。

「良し。操舵士より、艦長の話は複雑で突拍子も無いから、率直に話せと文句が入った。なので率直に伝える事にする。エラヴの文化は……かなりおかしい」

「先ほど、エラヴと我々は似ているという話をしていたのではないですか?」

 別の船員が尋ね返して来たから、ディンスレイは彼に頷きで返してから、さらに話を進めていく。

「その通り、似ている上で、そこから外れている……いや、外れ始めているという印象を、資料を調べているうちに受けた」

「俺達は艦長から光石に関係する資料を探せと言われて、探し続けていましたが、それは光石が関わる事柄が……という事でしょうか」

 また別の船員からの問い掛け。艦長相手でも物怖じしないこのやり取りは、かなりの心地よさを覚える。

「いや、どちらかと言えば、光石とは別の……資料を翻訳し続ける中で分かるニュアンスからの不安……だな、これは」

「物々しい雰囲気の文章だったという事でしょうかー」

 最後の船員も意見出しをしてくる。なんだかんだ皆、言いたい事が溜まって来ていたタイミングだったのだろう。

 だからというわけでも無いが、ディンスレイは彼らに頷きで返した。

「ここへ来る前に話していただろう? この基地には元の状態からして、人が少なかったのではないかと」

「それが間違っていたわけ?」

「いいや、正しいという印象を受けたよ、ミニセル操舵士。ただし……その理由がどうにも見えて来た」

「人口減などが原因……でしょうか?」

 カーリア船員からの言葉には首を横に振る。何らかの、種としての減退で悩まされていたという印象は、この資料庫からは見つかっていない。

 どちらかと言えば、反対だ。

「彼らが何を目指していたか、それが見えて来た。そうだな、我々はハルエラヴについて、何故彼らがそうなったか、仮説を立てていたし、オルグからも聞いていたな?」

 強烈なまでの他種族への優越主義に、排斥感。それがどこから来たのかについて、ディンスレイ達は、かつて遭遇した竜という強大な存在への恐怖があったのだと見た。

 だが、それはあくまでスタートラインに過ぎないのだろうとディンスレイは感じ始めている。

「彼らはそのために効率主義を取った」

「ある意味、健全なやり方じゃない? シルフェニアにだってあるでしょ。発展のために、最短の道を行こうだったり、無駄遣いはやめようだったり」

 そうだ。ミニセル操舵士の言う通り、シルフェニアにもある。だからこそ、やはりシルフェニアとエラヴは似ているし、エラヴは何歩も先を行っていたのだ。

「極まって行った……いや、この基地にあるのはそのあくまで過程だ。物の流通、消費量、人的資源の使い方や基地そのものの構造と言ったものへの、効率化への執念が見て取れる。この規模の基地に対して、基地の運用に必要な人間の数が、驚く程に少ないという印象を受けた」

 それこそ、ブラックテイルⅡの船員程度の人数でこの基地を……蜘蛛の巣みたいに広がるそのすべてを管理していたのではないか。そんな予想すら立てられる程に。

「一軍人としては、あまり悪い印象を受けませんが。人口が減っていなかったとしても、労力というものには、どうしたって限界がありますし」

 その手の人材不足については、軍という組織では良くある話であろう。カーリア船員などには、省力化というものに悪い印象が無いのかもしれない。

 何なら、シルフェニアでも必要と感じているか。

「良い部分は勿論ある。というより、エラヴにとっては、それは間違いなく良い事に映ったはずだ。だからこそ、実際にこの手の効率化を進めたのだろうさ。だが、まだ過程なんだよこれは。この基地にあるのはエラヴの過程だ。そうして我々はそれを未来から見ている。どうなったかの結論を知っているんだ」

 彼らはハルエラヴへと至った。どう至ったのか? ドラゴンという存在を見て、恐怖に突き動かされ、効率化という手段で、種族としての発展を目指したエラヴは……。

「彼らは……種の社会性そのものに手を入れ始めたのだと思う。ハルエラヴとは、その果てにあるのだろう」

 あの日、オルグの技術による改修を受けたブラックテイル号でハルエラヴと空戦を行った記憶。

 その時に見た、ハルエラヴの姿。

 酷く美しい。そういう言葉が似あう、そんな外見をしていた。

 ただ単純に綺麗だと言えない、何かの危うさすら感じる美しさ。作り物めいたそれ。

 その外見もやはり、効率化……そうして最適化の果てなのだろうと思う。

「エラヴは、効率化の中で正解を見つけようとした、そうして、実際に見つけてしまった。それがハルエラヴという種なのだとしたら、彼らは―――

「艦長!」

 ミニセルの叫びに言葉を止め、顔を上げる。いや、その前の段階で、既にそうしていた。

 今、基地が大きく揺れたのである。

 ミニセルも同様にその揺れを感じたからこそ、心配して声を掛けて来た。

 お互いに状況確認を……する前に、ディンスレイの頬に汗を伝わせる声が聞こえて来る。

『QԇԦNuwL、b2xԤԗԗnkԮԋ、ԠԢIXԑMLBbX』

 それは、基地そのものの声だった。

 以前に聞いたハルエラヴからの通信……いや、どちらかと言えば、あのエラヴの白い飛空船内部で聞いた、船そのものの声。それに似ていた。

 その言葉は……内容が簡潔であったため、未だエラヴの言葉に不得手なディンスレイでも、意味が分かってしまった。

 分かってしまうからこそ、ディンスレイは冷や汗を流す。

「ちょっと艦長、何? なんなの? この声」

「不味いぞ諸君」

 そんな事は分かっていると、ミニセル含めて、この場の船員達全員がディンスレイを見つめる。

 そんな彼らに、ディンスレイもまた、簡潔にそれを伝える必要があった。

「これから、この基地は消滅するらしい。ブラックテイルⅡに急いで戻るぞ!」

 緊急事態も緊急事態。

 資料を悠長に解明している場合では無くなった。

 ブラックテイルⅡの旅というのは、何時だってこんなものだ。



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