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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
183/185

⑥ 夢に囲まれてもまだ途上

「資料庫って、紙っぽいものは何処にも無いじゃないの」

 並ぶ鉄箱を探っているだろうミニセルからの言葉が、どこからか聞こえる。

 ディンスレイ達が現在いる部屋は、障害物が妙に多く、それぞれが別々に行動していると、途端に視界から居なくなってしまう。そういう場所であった。

「だがまあ、雰囲気は似ているだろう? シルフェニアでも資料庫というのはこういう場所だ。整理されているが、詰まってもいる。兎角人間は動き辛い場所だ」

 正直、捨てられないけどもう使わないもの置き場みたいなものだとすら思っている部分もあり、エラヴ側も同じ文化なら、ディンスレイ達もそういう存在だと扱われたか。

(確かに、来客用の部屋の絵を、無理やり剥がそうとする集団への扱いとしては妥当か? だが、だとしたら無為でもあるまい)

 ある種の皮肉や嫌がらせにしても、そこにはそれをやる側にとって正当性がある……というのが、シルフェニア側の文化であり、エラヴ側の文化でもそうだろうと考える。

 例えばディンスレイ達は、エラヴを知ろうという努力をしていた。その行動は、相手が機械であろうと伝わるくらいに分かりやすいものであったはずだ。

 一方で、そのために無礼をしようとしていたわけである。

 そんなに知りたければ、そのための部屋に連れて行ってやる。ここで勝手に調べてみろ……という態度を取られてもおかしくは無い。何ならディンスレイだって応対側ならそう判断するやも。

「感覚の話であれば、このガラス板。これに資料を投影する形になるのではと思いますね。艦長はどう感じます?」

 生真面目にディンスレイが常に視界に入る様な立ち位置をキープしているカーリア船員が、それでも好奇心を止められず尋ねてくる。

 そんな彼女との会話は、勿論弾むのがディンスレイという人間だ。

「エラヴの技術はそういう類のものだからな。私もそう思うよ。紙よりも移り変わる映像や文章などで情報を整理したり伝えたりしている……存外、シルフェニアもそういう文化になっていくのかもしれんな。ただ……」

「ただ、なんです?」

「何か、情報を保管する媒体としては、紙に書かれた文章というのは残り続けるものではとも思っていたよ。この部屋が資料庫だと言うなら、ミニセル君の言う通り、紙束をファイリングしたものの一つや二つあるだろうとな」

「ぜんぜん無いわよー!」

「それは分かってるが、探索は続行しておいてくれ! 何か一つでも取っ掛かりを見つけたい!」

「りょうかーい!」

 並ぶ鉄の箱とガラス板の向こうから聞こえて来たミニセルの言葉にも返事をしておく。

 遠くは彼女と他の船員。近くはディンスレイとカーリア船員で情報を集めたり解釈していく。今はそれが必要なタイミングだった。

「エラヴは私達より進歩しているから、完全に紙の文化から脱却している……とかでしょうか?」

「それも有り得るが……そういうのは進歩というより必要に迫られた結果で起こるものじゃあないか? 例えば、紙での情報の整理が、もはや不可能な段階に来ていたとか」

「基地内部の人員がとても少なかった可能性……とかですかね」

「それだカーリア船員。やはり、紙での資料を製作し、まとめて資料庫へ運ぶという行為が難しいくらいに、人が少なかったのではないか?」

 エラヴの基地は、とても少ない人数に寄って運用されていた。そう考えるのがやはり正しい気がする。

 それは何故か? まだ答えは出せないものの、基地内部の人が少ないという前提の元、この資料庫に対して考察出来る部分があった。

「普通、人的資源の省力化を図ろうとする場合、こういう資料庫にある鉄の箱と、そこに嵌ったガラス板も、一つにまとめる様になるものだ」

「箱一つ一つが恐らく……単独の機械でしょうしね。わざわざ複数用意するより、より規模の大きいものになったとしても、一つで済ました方が、利用する人間が少ないのなら効率的な気もします」

 カーリア船員とも意見が合致した。この倉庫を迷宮みたいにしている鉄の箱の数は、さっきまで感じていた基地のイメージとは一致しない。

 では、どこかで考えに間違いがあるのか。

「矛盾が目の前に現れた場合、目の前の事象や自分の考えが間違っていると考えるより先に、本当はどれも正しく、見逃している部分があるのではと考えるべきだろうな」

「というと?」

「一つにするのが便利だとしても、こうやって分ける必要性や意味があった。そう……例えば……ここか?」

 箱の側面を撫でる。

 あくまでもしかしたら程度の行動であったが、当たりだった。

 ディンスレイが触れた部分が光を放ったのだ。

 放たれた光は箱の側面から線上に広がり、次に別の箱にも伝播しながら、一部は箱に留まり、特殊な紋様を描きだす。丁度、ディンスレイが触れた位置にだ。

「あらやだ。これ、何かしら? ちょっと艦長! そっちで何かしたー!」

 やはり箱の向こう側に居るミニセルが声を掛けて来た。彼女にしてみたら、突然、部屋全体に変化が発生した様に見えた事だろう。

「ああ、何かしたぞー! 一旦、皆、こっちに集まってくれ!」

 そこまで広い部屋では無い。呼べばすぐに船員達は揃ってくれた。

 そんな彼らに対して、ディンスレイは鉄の箱の側面に浮かび上がった紋様を指差しながら説明を始める。

「恐らく、この紋様がある種の、この部屋の機能を発揮させるスイッチであり、尚且つラベルの様なものだと考えられる」

「さっき急にそれに思い至ったってわけ? その理由から説明してよ」

 ミニセルからすらこう尋ねられた以上、他の船員達は、ディンスレイが何を言い出したのかも分かっていないだろう。実際、ピンと来ていない表情が並んでいた。

 少々話を飛ばし過ぎたか。

「うん。説明すると、やはりここが資料庫だという前提がある。雰囲気としてはそれっぽいだろう? そうして資料庫というのは、兎に角物や資料を詰めた上で、ラベリングしていくものだ。最低限のジャンル分けがされる」

「そりゃ倉庫っていうのはそういうものでしょうけれど……ああ、だから幾つも箱があるのね」

「その通りだミニセル操舵士。わざわざ箱を複数用意するというのは、シルフェニアが資料毎に別々の棚を用意する様なものだな。そうして、その棚にはこの種類のものをというラベルが貼られる。それも、出入口側から見分けられる形にだ」

 部屋が鉄の箱の迷宮みたいな状態になっていたとしても、やはり用途は迷宮では無く資料庫なのである。

 出入口側の視点から、確かに見える位置。そんな箱の側面に、その手のラベルが存在すると考えたのである。

 試しにそこに触れてみた結果が今だ。

 箱やガラスが輝き始めたその光景は、幻想的と言えるのだろうか?

 いや、これはどちらかと言えば、機能的と表現するべきだろう。

 単なる似た様な鉄箱が並ぶだけの部屋が、途端に利便性のある空間へと変わったのである。視覚からの情報というのは、これだから軽く見る事が出来ない。

「ふーん。確かに、便利そうな見た目にはなったわよね? けど、艦長の仕事としてはこれからじゃない?」

「私か? 私はずっと、これでも忙しくしているつもりだがね」

 なんならサボったり気を抜いたりする瞬間が苦痛になる時もある。なんとかしなければいけない趣向だとは思うが……。

「そうじゃなくて、エラヴの言葉が分かってるって、前から主張していたでしょう?」

「確かに。この紋様が、エラヴが箱の区別をするためのものなんでしたら、艦長がそれを判断するべきですね」

 と、ミニセルとカーリア船員から視線を向けられる。

 他の船員だってそうだ。

 なるほど? こんなところで、ディンスレイが自分自身で散々言って来た事の責任を取る場面がやってきたらしい。

 見ていろ。艦長はそんな程度の事でプレッシャーに潰れたりなんかしないぞ。

「一旦は待ってくれ、諸君。そうだな。冷静に見るならば……確かにこの箱に描かれ出した紋様は、見覚えがある物だ。確か……」

 じっとそれを見る。エラヴの文字……では無いのだ。ある種のマーク。一目見て、それが何であるかを判断出来る類のマーク。そういうものを複数種類用いて、道具や部屋の用途を示すという文化がエラヴにはある。

 シルフェニアにもままあるものだ。トイレの男女の区別とか、確か誰かが考えたマークがあったはず。

(ただ、その手の文化までは、ララリート君から教えて貰ったりはしていないんだがね……)

 だから分からないなどとは言えない空気だ。エラヴへの文化的な理解は他より進んでいるという自信だけはあったので、なんとかそれを取っ掛かりに、仮説なりなんなり語らねばなるまい。

 まずは一番近い位置にある箱の紋様からだ。

「これは……うん。恐らくは……建材を現わすマークだな。ここに入っている情報は、例えばこの基地にある構造材の備蓄だったり、構成している物だったりなのじゃあないかな?」

「ガラス板に文字らしきも映っています。実際、その様な内容でしょうか?」

 カーリア船員に促されて、箱に嵌められたガラス板を見つめる。背景が黒色で、文字は白。なかなかに見やすいものになっていて、その内容は……。

「ええっと、これは腸への……詰め物……? なんとかいうものを生身が残る程度に焼いた物……なかなかに生々しいな。後は……野菜炒め?」

「それって献立内容の情報じゃない?」

「あ、じゃあこの紋様、食事とか料理を現わすものなのでしょうか」

「……」

 まあ良い。あてが外れる事なんて幾らでもある。これからだってそうだ。艦長として、いちいちその事にめげてなんて居られない。ちょっと落ち込んだが、すぐに立て直した。

「その紋様が建材に見えてしまったのは、私の願望が入っていたからだ。それは認めよう。反省だってする」

 だからそう責めてくれるな。前を向いて生きて行こうじゃあないか。

 例えば……せっかく資料庫で調べものが出来る環境になったのだ。何から調べるべきかを考える……とか。

「ここでエラヴの言葉が分かるのって艦長だけだから、しっかりして欲しいんだけど……本当に読めるのよね?」

「勿論だ。そこに疑問符は持たないで欲しい。ただ、頭の中の知識というのは掘り起こさないと発揮出来ないものでな、時間が掛かる。調べるものは何からにするか、今から決めておくべきだろう」

 箱の紋様やガラス板に映る文字で玄妙に照らされた資料庫を眺めれば、膨大な量の情報がこの空間にあるだろう事が分かる。

 手あたり次第に調べていれば、冗談でも無く年単位の時間が過ぎそうな気すらしていた。

「艦長はさきほど、建材を調べたいという願望があったのですよね? それはどうしてでしょうか?」

「良い質問だ、カーリア船員。というのも、ここで光石の情報を得られれば、利も大きいだろうと考えていてな」

「確かに。あの役に立つか立たないか分かんない石についてをついでに知れたら、食後のケーキが二つセットで出て来るみたいでお得よねー」

 ミニセルの例えはいまいち分からぬが、エラヴの文化を知りつつ、他の有益な情報を収集出来そうな環境なのだ。それをしない手は無い。

 しかし食後のケーキが二つって、腹が膨れたら拷問の類では無いかそれは?

「それにしても……建材が光石と繋がるのですか?」

「おかしいだろうか? 我々にとっては特別な代物だが、エラヴにとっては、それこそ照明の一つにでもする類の技術や資材なのだと考えているのだがね」

 カーリア船員とディンスレイ。どちらの考えが正しいのかについても、ここで適切に情報を調べれば分かるかもしれない。

「それじゃあ一旦、みんなにも意見を聞きましょ? 艦長が言う通り、エラヴの建材について調べたい人ー!」

 勝手に話を進めて来るミニセルであったが、船員達全員が手を上げて来たため、ディンスレイの側が何か言えるものでも無かった。

「よし、全員がそう言うのなら、それで行こう。とりあえず皆、この言葉だ。あとは……これもだな。これらの言葉が目立って映っているガラス板を見つけたら言ってくれ。建材関係の情報のはずだ」

 ディンスレイはポケットから紙とペンを取り出し、エラヴの単語を二つ三つ書き出した。

 建物や工事と言った意味の言葉である。

 エラヴの言葉を翻訳出来るのは、今ここにおいてはディンスレイだけであろうが、単語を探すという行為は、教えれば皆で出来る。

 箱で光る紋様を見て、どういう情報が入っているか分かれば手っ取り早いのであるが、ディンスレイでもそれは出来ない事が、さっき判明したばかりだ。

 次善の策として、皆で頑張るしか無いだろう。

「しっかし、こういう場所に来てまで、やる事と言ったら地道な作業って、ちょっと夢が崩れそうよね」

「そう言うものでも無いさ、ミニセル君。存外、夢が溢れる情報というのは、これから見つかるかもしれんぞ?」

 そのためにこそ、エラヴの基地までやってきた。

 何か、とても特別な物を見つけるために。

 その特別なものが夢を見られるものなのか、もしかしたら悪夢の類を見せてくるのか。

 その様な事だって、調べてみなければ分からない。ディンスレイ達は未だ、道の途上にいる。




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