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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
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⑤ 転びながらも前には進む

 エラヴの基地の中、動く通路に誘導された先の部屋へと辿り着いたディンスレイ達であったが、その後、変化という変化が無く、顔を突き合わせる事になっていた。

「この状況、諸君はどう思う?」

「単純に、あたし達の存在が忘れられてるか……そもそも相手が出来る人間が居ないんだって考えるべきよね」

 ミニセルの意見に頷く。

 彼女は今、壁に飾られた絵を取り外そうと四苦八苦している最中であり、なかなか奇妙な姿勢であったが、その事についてはあえて何も言わない。

 彼女なりの調査活動であろうし、何より、これだけの事をしたって、誰もやって来ないという確認にもなっている。

「本来であれば、この部屋に我々が来たタイミングで、機械では無く誰か、それこそエラヴという種族の中で、来客への対応をする担当が来るはず……なのでしょうね」

 次にカーリア船員の発言。彼女の方はと言えば、動く通路を眺めていた。

 どういう理屈で動くのか調べているというより、動く通路が元の場所へも戻してくれるのかを心配しているのだと思われる。

 その後、続く様に、他の船員からも種々様々な意見が出て来る。

「エラヴの時間感覚が悠長である可能性もあるのでは?」

「歓迎するフリをしての監禁かもしれません」

「基地機能がそもそも不全な状態なのかもー」

 等々、どれも可能性を否定出来ぬ発言であった。

 それらを考慮に入れ、では次はどうするべきかを考えるのが、ディンスレイの役割である。

(それに……相手の反応が無い事への可能性としては、私としても一つ考えがあるしな)

 それは、向こうもこちらを観察中であるという可能性だ。

 エラヴはもはや居ない。それは確かだろうが、この基地はまだ生きている。

 主の居ない場所で、どれだけの機能が発揮できるか知れないが、それでも、ディンスレイ達がどういう存在なのか、判断する機能くらいはあるのでは無いか?

(我々がこの部屋の様子を見ながら、エラヴという存在を知ろうとしている様に、我々のこの部屋の行動を見ながら、向こうも評価している……そういう可能性とてあるわけだ)

 なら、もっと礼儀正しく、マナー溢れる態度を示すべきか? そうは思わない。

「向こうがこちらを評価してくれているのなら、尚更、我々がこういう場所でどういう態度を取るか。素のままを見せておくのが、双方にとって良い結果になる……はずだ」

「なんのこと?」

 壁の飾りを剥がすのを諦めたのか、ディンスレイの方へと寄って来るミニセル。

 ディンスレイ自身は部屋の中央で、全体を眺めていたところ。

 なので、彼女とはすぐに隣り合う形となった。

「いやな、ミニセル君……こうやって部屋の中央に立っていると……ほら、あれだ」

 ディンスレイは言いながら、入って来た動く通路……では無く、そのやや上側の壁にある黒く丸い飾りを指差した。

「あれ……なんでしょうね? 部屋の飾り付けだっていうのなら、いやに単純な形だし、目立っていないけれど」

「ああ。あれ……目に見えないか?」

「目? 部屋に……目があるって言ってる?」

「おかしいだろうか? 目の前の景色を、動く像として記録する技術ならエラヴは持って居ただろうし、シルフェニアでも使用は限定的だが開発済みだ。となると、それを行う目というのも、一般的に存在するはずだ」

 過去を記録として見るだけで無く、離れた場所にあるものを、その目を通して見るというのは出来そうに思える。

 観察対象を監視するのに、これほど相応しいものと位置関係は無いだろう。

「あ、確かに、他にも幾つかありますね。丁度部屋全体を見る際に、死角が生まれない様にしている配置です」

 こちらの話が聞こえていたのだろう。カーリア船員からも補足があった。

 目を機械として用意出来るのなら、一つだけという事も無いのだろう。

 他の場所へと繋がるそれぞれの通路の上側と、その死角を補う位置に幾つか。そんな場所にそれぞれ目があれば、とても便利である。

 では、そんな目に対して、ディンスレイ達がするべき事は? わざわざそれをすべて探すか? いや、こちらが見られている事を阻害する必要は無い。ディンスレイ達を見たいのであれば見れば良いのだ。そのためにこそ使節団としてここにやってきている。

 現段階もディンスレイ達が観察されているのだとしたら、むしろ好都合だと言えた。

「我々が今、心配するべきは、観察されていたとして、その観察に対する反応があるかどうかだ。ここは向こうが無人であるというのが痛手だな」

「何事かが分かったとしても、答え合わせをすぐにしてくれそうな相手が居ないって事だものねぇ。どうしたものかしら?」

 ミニセルも顔を顰めていた。ディンスレイとてそうであろう。ここにはディンスレイ達が欲している情報が溢れているが、その情報をどういう風に集めるべきか。

 悩む頭を持っているのはディンスレイ達だけで有る以上、今の状況で、自分達で答えを出すしか無い。

「……問題行動を起こそう」

「みんなー! 艦長がまた妙な結論に達したみたい! マニュアルB、要警戒よー!」

「待て待てミニセル君。まだ警戒には早い。話を聞いてからにしろ。というかやっぱり私に対する共通対応みたいなものが、船員達の中にあるな?」

 他の船員達を見ても覚悟をした表情で身構えている。ミニセルの言葉が良く良く伝わっていると思われる。

「で、次はあたし達、どんな危ない橋を渡れば良いの?」

「だから話を聞け。私達は今、この部屋の中をそれぞれの意図で探っていただろう? それをもうちょっと過激にすれば良いんだ。やる方向性は変わらない。それでシルフェニアがどういう存在かを伝えられるし、一方で、これはさすがに止めた方が良いだろうという行為にまでなれば、慌てて何某かが止めてくる」

 それでも反応が無い場合は、そもそもディンスレイ達を相手に出来る機能そのものが喪失したか、そもそも無いと判断出来る。何にせよ、発展性のある行動になるわけだ。

「動物の知識を見るために、檻の中へ幾つかの道具を放り込むと言った実験の話を聞いた事がありますが、中の動物だって悪だくみをするというのを、今、実感しているところです」

「貴重な見地を得たな、カーリア船員。悪だくみを試した場合、研究者側は何をしてくるかも、これで知れるぞ」

「しかし、具体的にどうするかの段になると、些か悩みますね」

 ディンスレイの案は、カーリア船員の中で通ったみたいだが、生真面目な彼女の性格からして、悪さをするという行為に慣れていない様子だった。

「皆が不慣れな以上、私が提案するしか無いな。ほら、さっきミニセル操舵士が取り外そうとしていた絵があるだろう」

「ああ。あれ、壁に掛かってるとかじゃなくて、額が壁と一体になってるみたい。あと絵が入ってるんじゃなくて、ガラスに絵が映ってるっぽいのよね。それで、それをどうするって?」

「皆で力を合わせ、無理矢理剥がしてみるというのはどうだ? ミニセル操舵士も、それを試みていたはずだ」

「だから……取り外せそうに無いから諦めたんだけども」

 じと目でこちらを睨むミニセル。彼女も彼女で、道徳心というやつがあるらしい。

 そんな道徳心を外す努力を今、ディンスレイはしているのだ。

「うん。常識的にはそうだが、それでもやってみようじゃないか。壁を破壊しかねないくらいの力でだ。悪さというのはまさに、そういう先の事を考えない……」

 ディンスレイは一旦、言葉を止めた。音が聞こえて来たからだ。

「ああ、エラヴの性格がまた一つ分かったぞ。子どもの悪ふざけを慌てて叱るタイプだ」

「まあ、あたし達より常識的って事よねー」

 話の最中に、別の場所へ繋がっているのだろう動く通路から音がしたのだ。

 まさに通路の床が動く音と言うべきか。さっきまで停止していたのを考えるに、そちらへ向かえという事なのだろう。

 ディンスレイ達の相談を聞いて、さっそく向こうも行動に出たわけだ。

「私達の悪だくみ自体が、向こうは悪さそのものだと感じたのですかね、この場合。艦長はもしかして、それを狙って?」

 カーリア船員のそんな問い掛けに対しては、ディンスレイは首を横に振った。彼女も甘い。

「私は実際に絵を剥がそうとは思っていたぞ。エラヴ側の判断が早かっただけだ」

「ぜんぜん不安が続くなー、この仕事……」

 是非とも胃の強い船員を目指して欲しい。大した事でも動じぬ様になった頃、彼女はきっと軍人として大成するはずだ。本人は欠片も望んでいないだろうけれど。

「不安と言えば、このまま動き出した通路に乗っても大丈夫なのかしらね。あたし達が無茶しようとした結果だと思えば、次に存在するとしたら……ほら、あれとかじゃない? 檻」

「まさに暴れる動物への対応というわけだが……うん。その場合はやはり抗議しようじゃないか。この数だ。結構な抗議活動になるぞ。自動的に判断するだけの機械に、どれだけの対応が出来るかな? 試してみるのも一興だ」

「機械の方が不憫に思えてくる事って、あるものねぇ」

 どうせ悲しんだり喜んだりしない相手だ。存分に困らせてやろうじゃあないか。

 そういう気持ちのままに、ディンスレイは次の通路へと進んだ。

 心なしか、動く通路から聞こえる音に、ノイズが混じった気がする。

 これは経年に寄るものか、ディンスレイの気のせいか。

 それとも、このエラヴの基地からの反発か。

 そこに答えを出すにもやはり、基地を進み続けるしか無さそうだった。




「思うのだけれど、あまりにも無人過ぎやしない?」

 動く通路に乗って、再びどこかへと進んでいる最中のディンスレイ達使節団。

 まだ移動先へと辿り着かぬ段階で、ミニセルがそんな事を言いだした。

「エラヴは滅んだ。そう結論を出している以上、当たり前の話だと思うがね。何か思うところがあるのか?」

 通路の先を見るのを止めて、後ろにいるミニセルの方を振り向き、尋ねてみる。

「危ないですよ、艦長」

「いやいや、多分、きっと、こうやって動いている最中でも話が出来る様、勝手に動いてくれていると思うのだよ、カーリア船員。で、ミニセル操舵士はどう思う?」

 注意してくるカーリア船員に、仮定の話を持ち出して言い訳をしつつ、ミニセルとの会話を続ける。

 彼女の言葉に、なかなかの面白味を覚えたからだ。

「あたしとしても、進行方向は前にしとかないと危ないと思うけど」

「そうではなくてだな」

「分かってる。無人って言葉に関してでしょ? 勿論あたしも、エラヴはこの基地に居ないと思ってる。でなければ今、あたし達がこんな風に、我が物顔で内部を探索できないもの」

 ディンスレイ達をただ観察し続けているという可能性を考えてみても、一切人間味を感じさせないこれまでの状況が、おかし過ぎる気がした。

 もし、観察に徹するならば、ブラックテイルⅡが着陸した際に歓迎の意が含まれていた事がおかしくなるのである。

 それがそのまま歓迎の場合でも、もしくはディンスレイ達を騙すためでも、その後の接触方法には、人間としての判断がどうしたって混じるはずだ。

 混じるはずが、それが無い。あの歓迎のための飾り付けや道は、なんとなく空振りに終わっている様な、そんな印象を受けていた。

 やはり、この基地の正常な機能としては、本来どこかで人間が介在するはずなのだ。効果的な応対としては、さっきまでディンスレイが居た部屋。

 暫くあそこで来客を待たせた後で、堂々と基地の主が現れる。基地の機能として、高性能な部分を散々に見せた後、諸君、ようこそ来てくれた。歓迎するよと、ゆっくり現れる。

 そんなところだろうか。勿論、ディンスレイ達の前に、そんな相手は現れていない。

「確かに、この基地は無人であるという話には納得だが、ミニセル操舵士の言葉には、別の意味が含まれているのだろう?」

 当たり前の事を当たり前に言わない女性だ、彼女は。

 何時だって、何か盛り上がる事を言いたがる。

「まあね。あたしが言いたいのは、要するに……人が居て、当たり前の場所に見える割に、それでも無人で回ってる事への奇妙さよ」

「ふむ。なるほどな」

 ミニセルの言葉を飲み込んで、考えてみる。

 どこかで人が現れて然るべきタイミングで現れていない。そういう印象を受けた上で、それでも今、ディンスレイ達は何をしているか?

 歓迎され、来客用の部屋に案内され、そこでの活動を監視され、次に進めと促されている。

 なるほど。これは確かに無人に過ぎる。無人で出来過ぎている。

「仮にこの基地に人がまだ居た時代を想像してみよう。我々シルフェニアと文化が近いという事は、一つの軍事基地に詰める人員も同じくらい……と仮定して……ここまで自動化する必要があるか? 人力ですれば良いだろうという部分はありそうだ」

 今、動いている通路を見ながら思う。

 今のところ、基地内部の通路すべてがこれだった。さっきの部屋も、人力が介在せずに稼働する各種機能が存在していた。

 ソファーの脇に勝手に飲み物が入ったコップが出て来るなど、かなりの怠惰さだなと思ったものであるが、その考え自体が、深く考察してみるとおかしい話かもしれない。

「あの、お二人の話を聞いていて思うのですが、エラヴが私達と考え方が似ているとして、そうして軍事基地としての性格がここにはあるのだとして……機械にあらゆる事をさせられるとしても、実際にさせる物ですかね?」

 カーリア船員が尋ねて来る。思考が軍人的な彼女だからこその気付きというやつだ。

 彼女はこう言っているのである。シルフェニアの軍事基地は、もっと厳しい性格を持っているぞと。

「あの手の軍事基地は、平時の活動の大半は訓練だからな。有事には楽出来る機能があったとして、使い方を教えつつ、平時は人間の技能向上ばかりをさせる。つまりは労力を掛けつづけて、楽をさせないわけで……確かに、ここも同じで無ければおかしいか。」

 軍人の大変さという奴であるが、人力で済ませられる事はそれで済まさせる事で、基地を回すというやり方がある。

 例えば基地の通路だ。シルフェニアの技術の延長線上にこの基地があったとして、この動く通路がシルフェニアの軍事基地に導入されていても、平時ならば歩けという方針が出来上がる。

 そもそも、こんなあちこちに動く通路を配置しない。利便性以上の効率性が無ければ、必要最低限の機能にするはずだ。

 そっちの方がコストは抑えられるし、足腰に弛みが発生しない。

 などと、シルフェニアの軍事基地なら考え始める。そういう性格がシルフェニアにはあるし、エラヴとて似た様なものだとしたら……似た様なものなのに、食い違っている。

「動く通路……そうか。これも考えてみれば妙だな」

「やっぱり便利過ぎるって艦長も思う?」

 ミニセルもカーリア船員の話に思考の取っ掛かりが生まれたらしく、考えを深めているらしい。移動の最中だが、会話も弾んで来た。

「いや、むしろ不便だ。もし、この通路の反対側から、別の人間がこっちに向かいたいと考えた場合、すれ違うにはどうしたら良い?」

「見た感じ、これ、一本道だし、別の通路を使うしか無いんじゃないの? そういうややこしさも、機械に判断させてる感じで……それって、なんだか効率的じゃあないわよね?」

「逆に軍事基地にはその手の非効率性は存在しない気がするがな」

「じゃあ、ここって軍事基地じゃないって事?」

「いや、前回、ブラックテイル号へ攻撃を仕掛けて来たのだから、その性格はあるだろう。考えられるのは……それでも効率的だという可能性だ」

 他者とすれ違う事も難しい様な通路を配置して、何が効率的か?

 そういう疑問符は、一つの答えを導き出してくれる。

 すれ違う様な相手が居ないか、少数であるという答えだ。

「この基地が……今みたいな無人になる前から、そもそも詰めている人間が少なかったって事かしら?」

「かもしれん。君が言う、無人過ぎないかという話は、そういう結論に達するのやもおおお!?」

 会話の最中で、ディンスレイは言葉が定まらず、叫んでしまっていた。

 何があったか? いや、何も無くなったからである。

 ディンスレイの言葉の最中に、通路が止まった。目的地に到着してしまったらしい。

 勢い余って転んでしまった。

「だから危ないと言ったのに……」

 呆れた様な目を向けて来るカーリア船員。そんな彼女の視線に傷つきながらも、ディンスレイは立ち上がり、そうして辿り着いた場所を見た。

「まあ……着いた先が、トゲだらけのトラップ部屋とかじゃあなくて、幸いと思おうじゃないか」

 そこにあったのは、さっきまで居た部屋と違い、一見するだけでも機能性の塊であった。何やらガラスと鉄の箱が並んだり積み重なったりする部屋。機能的過ぎて、どう扱うかさっぱりな、そんな光景。

 そんな部屋を見たディンスレイの感想は、明らかに自分達が知るものとは違うというのに、ある一つの印象を持ってしまっていた

 シルフェニアとしての感性。その感性がどうにも、この部屋は資料庫であると認識していた。


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