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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
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④ 理解はすれども夢想せず

 地に足を付ける。正確には、大地に敷かれたその道路の感触を、靴越しに感じる。

 次に、さっきまで無かったはずのその道路をじっくり見て、その後に周囲の景色。やはり無かったはずのオブジェや建造物らしきものを眺めながら、ディンスレイは呟いた。

「驚いたな。この道路は本物だぞ。景色についてはどうだ?」

 ディンスレイの靴越しに感じる道路には、確かな凹凸があった。平坦な道では無く、正確に並べられた石畳といった感触で、隙間と隙間に、移動の邪魔にならない程度の繋ぎ目があるのだ。

 エラヴの基地。そこからブラックテイルⅡへと伸びるその道路は、瞬時に作られた。そう考えるべきなのだろう。

 そんな道路を今、ディンスレイ達は進もうとしているのである。

 勿論、一人では無い。

「んー……これ、ある種のテクニックって考えれば良いのかしら? 道路は確かに本物だけど、そこから外れた場所にある像とか飾りとか植物もね。偽物よ」

 ディンスレイの質問に対して答えを返して来たのは、ミニセルであった。

 今回は彼女とディンスレイが、探索役……いや、使節団としてエラヴの基地へと向かう事になる。

 勿論、他に同行する船員はいる。エラヴの飛空船でも共にしたカーリア・マインリアもその一人であった。

「二人とも、真っ先に周辺環境を調べ始めるのはどうかと思いますよ。船内幹部は我々船員の後ろに位置しておくべきでは?」

「酷い事を言うわねカーリアさんったら。楽しみは自分達だけのものって事?」

「ミニセル操舵士まで、艦長みたいな事を言わないでください」

「私はそんな事を言いだす輩と思われているのか?」

 ジョークみたいなやり取りをする三人であるが、他にも数名、船員が同行する事になっている。

 というより、今、一歩目を踏み出したばかりだった。

 エラヴの基地へと続く道の、まだブラックテイルⅡがすぐ近くにある地点。そこで突然に変わったこの景色は、いったい何なのだろうと探りを入れている最中だった。

「私が諸君らにどう思われているかはとりあえず置いて……偽物と言ったな、ミニセル操舵士。植物は兎も角、道の脇に配置する飾り付けに、本物も偽物も無いだろう」

 それはただ派手に立っているだけだ。動物やら何かの物語がモチーフだったりするかもしれないが、端から偽物である。石像の様な芸術品などはそういうものであろう。

「そうじゃなくて……多分、あたし達が歩いてる道路だけが本当にここにあるのよ。それ以外は多分……幻覚って言えば良いのかしら? ほら、空に絵を映し出す技術。そういうのもエラヴって持ってるのよね?」

 ディンスレイは頷く。ガラス状の物体に動く像を映し出す技術については。シルフェニアも手に入れつつある。

 そこからさらに一歩進んで、空気中にそれを行える技術というものを、エラヴ達は遥か昔に手に入れ、活用だって出来るのだ。

 今、ここにあるのは、そんな技術という事である。しかも、ミニセルの言葉通りなら、こなれてもいるらしい。

(一方で、やはり重要なのは道路だ。その道路を瞬時に作り上げる技術というのも我々は既に知っている。極小の機械の大群が、それぞれの意思でもって、構造物の素材を生産し、また組み合わせる事で、すさまじい速度で物を作り上げる。時に機械そのものが構造材になる時もあるだろう。いざとなれば、今、我々の目に映っているものすべてを作り出せるはずだ)

 が、それをしていない。あくまでブラックテイルⅡとエラヴの基地を繋ぐ道のみ。何故か? 恐らくは物資やエネルギーの問題だ。

 極小の機械による建造物の構築は、速度こそ脅威であるが、物を消耗するし相応のエネルギーが必要である事に変わり無い。

 出来なくは無いが、勿体無いだろう。飾り付けはまさに飾りであれば良い。そういう判断がここにある。

 技術があり、それに対する熟成と言えば良いのか……生活感というものがあるのだ。

「思ったよりこれは……エラヴについて知る事が出来るかもしれんぞ。あれだな、ララリート君を連れて来たかった」

「あら? 元気に勉強してる学生さんを、こんなシルフェニア国外にある未踏の地まで連れて来る気?」

「だからだ。勉強になるだろうし、彼女の感性や能力から得られる情報というのも貴重になるはず……だが、そこはむしろ、君達にも備わっていると期待したいところだな」

 頭の中に浮かぶ……もう少女と呼んで良いのかも分からぬ成長をしている相手の姿を、次には目の前の船員達へ変える。

 能力や感性の話なら、種類こそ違えど、彼らにもあるはずだ。そのためにこそ使節団として選んだのだから。

「期待されているところ申し訳ないのですが……我々にはエラヴの文字を見ただけで翻訳出来る能力はありません……」

 カーリア船員含めて、他の面々の正直な言葉が向けられる。なので、ディンスレイの方も頬を掻いた。

「そこは……一応私の仕事だからな。そのためにここに立っている。それが出来なければ、ほら、私はメインブリッジへ帰る事になってしまうしな」

 そうである方が理想的なのでは? そんな目線は無視しよう。ここにララリート・イシイという少女がいないのは、れっきとした事実なのであるし。




 さて、道を足で踏みしめたという事は、次に歩みを進め、目的の場所へと辿り着くという事だろう。

 周囲の飾り付けが幻だというのなら、本当に存在する道をただ歩き、そうして、やはり存在するエラヴの基地へと真っ直ぐ進むのみであった。

 時間はそう掛からない。

 最初は警戒心を抱いていたディンスレイ達使節団であったが、その足取りも徐々に軽くなっていく。

 歩いているのがただの道であり、横から予測不能の事態が襲い掛かって来るという事が無いからである。

 そこで警戒してしまいそうになる旅を続けている手前、むしろこの足取りの軽さに居心地の悪さすら感じてしまう。

「ダァルフの施設に行った時は、森で野生化した獣が居たものだが、ここにはそれも無いな。前回、ここへ不時着した時も、地上を進む人間に対する攻撃は無かったから、予想通りではあるのだが」

「っていうか、前回はむしろ、基地そのものはこっちを撃墜して来たくらいの警戒心だったわけで、それでも生身の人間に対しては番犬の襲撃とかが無かった以上、今は一層緩みがちよねぇ」

「お二人とも、雑談は後にしませんんか。扉が開きます」

 カーリア船員に言われた通り、ミニセルとの雑談を一旦中断する。

 代わりにディンスレイは開くと言われた扉。エラヴの基地へと入る扉を見上げた。

「開け閉めする人間が居ない以上、自動扉なわけだな。エラヴの技術はこればっかりだ」

 徐々に開き始めたその扉。見上げられるくらいに大きく重そうなそれが、スムーズに開いて行くのを見つめながら、ディンスレイは呟いた。

「楽で良いんじゃないの? それともうちの艦長って、何事も人力で解決したい教の人?」

「なんだその教というのは。そういう派閥でもあるのか? いや、ありそうではあるが、私としてはだな、そういう無用な労力を欲しているわけでは無く、自分で何かをしたという実感があった方が、何事も楽しいと」

「お二人とも」

 やや語気の強いカーリアの言葉。一旦中断すると決めた雑談を中断しなかった事を怒られてしまったらしい。

 君のせいだぞとミニセルを睨んでみるも、向こうも似た様な目線を向けて来た。お互い様という事だろう。

 建設的な事をするべきなら、開いた扉の先を見つめてみるか。

(外からは、まさにエラヴが建てたと表現出来る、白く、滑らか壁を組み合わせた見た目だが、内側はそうでは無いらしい)

 恐らく、美意識としての外観と、機能性を意識した内装と言ったところなのだろう。開ききった扉の向こうは、白とは言えるが、外壁の華美な白さでは無く、少し灰色がかっていた。

 目には優しい。

 そんな、白と灰色の中間くらいの色合いの通路が、大きな扉よりさらに広く続いていた。彩りは一色では無く、床部分には紺色の線が引かれている。恐らく、通路の輪郭をはっきり映すためだろう。

 壁側にもそんな紺色の線が存在していたが、それは単なる色では無い。

「手摺りかな、これは」

 通路側に近づき、まだ扉の先へ入るのを警戒しているカーリア船員の後ろから呟く。

 見える通路の壁には、丁度良い位置に手を置ける、丸い棒の様なものが配置されていた。

 ディンスレイがわざわざ言葉にせずとも、皆も手摺りを思い浮かべた事だろう。通路に段差や急こう配があるわけでも無いというのにだ。

「エラヴって、足腰が弱い種族という事なのかしら?」

「可能性としては否定出来ないところだな。扉の向こうで、誰かしら待ち構えてくれていれば、それも分かったのだろうが、やはり無人か」

 ミニセルの言葉に頷きつつ、ディンスレイは一歩踏み出す。

 人が居ない以上は、建築物へ興味を向かわせるしか無いからである。

 何時までも警戒していたって進まない。止まっていたカーリア船員よりも一歩先へ、ディンスレイ自身が向かう形になった。

 すぐにカーリア船員からの注意の言葉が、背中へ届く事になるだろう。

 それは仕方ない。文句の一つでも受け止めつつ、やはり前に進もうとディンスレイは考えていた。

 そんな甘い考えの報いは、すぐに受ける事になる。

「ん!?」

 予想に反し、背中にカーリア船員の注意は届かなかった。何せ、彼女の声はディンスレイから遠ざかって行ったから。

 いいや違う。ディンスレイの側が遠ざかっているのだ。

「な、なるほど。手摺りは……このためのものか!」

 ディンスレイが踏み出した通路の床が、動いていた。ディンスレイの身体ごと、通路の先へと運んで来たのだ。

 速度はそこまで速くは無いが、手摺りが無ければ転んでしまわないか不安になってくる。

 出迎えが居ない代わりに、この床が基地内を案内してくれるのだろうが……。

「皆! すまんが止め方も分からん! 先に言ってるぞ!」

「艦長!?」

 お互いどんどん離れていくため、叫び合いながら、ディンスレイだけはどんどん通路の奥へ。

 途中、幾つか別の通路とも交差していたが、進む場所は決まっているらしく、ディンスレイ側が悩む間も無く、通り過ぎて行った。

(通路自体は、どうにも手摺りや床の色で、どこへ繋がるものか分けている……のだろうな。さっき通り過ぎた別の通路はまた違う色だった)

 大きくデザインの違いは無いものの、細かい意匠の違いが、多くの情報を伝えて来てくれる。そう感じる。

「いや、なんだろうな、これは。もう少し、違う受け止め方もある様な気がする。喉の奥まで出かかっている気分だが……一旦は止めるか」

 動く床が動かなくなったため、そう判断する。

 辿り着いたのは大きな空間……客を待機させる応接間の様なものか? それともラウンジか。

 動く通路がある種、殺風景であったのに対して、その広い部屋には幾つかの飾り……いや、恐らく何らかの設備や器具類。他に座るのに丁度良さそうな、ソファーに見えるものもそこにあった。

「ふーむ。暫しここで待てという事なのか、もしくはここが案内先なのか。迷うところではあるが……まずは試しだな」

 ディンスレイはそのまま部屋を見渡し、目に付いたソファーみたいな物へと近づき……そのまま座った。

「なるほど。座った感触としてはやはりソファーか。ちゃんと背もたれもあって、くつろげるものだろうし、歓迎はされていると見るべきか? それにしても無人の場所だというのに、埃っぽく無いのは謎だな。自動で掃除をする機能もあると考えるべきか……」

 ソファー一つ取っても、考えられる事は多い。

 そうだ。今、ここはエラヴの基地の只中なのだ。そこに居るというだけで、情報はどんどん入って来る。

 前回にしてもそうだったが、今回はエラヴというのがどういう種族かの前提知識を持って居るのだから、尚更理解が進んでいく。

 特に今、ディンスレイが感じた事と言えば―――

「む。漸く来たか」

「漸く来たとは何よ。こっちは少し心配してたってのに、何でソファーに座ってくつろいでるの」

 動く通路から、続く様にミニセルや他の船員達も追って来た。

 タイミング的には、ディンスレイが通路に入ってから一旦話し合いでもしていたのだろう。ある程度の時間が空いていた。

 勝手をしてどこかへ行った艦長をすぐ追うより、現状の危険確認を優先させたという、なかなか頼もしい船員達の姿がここにある。

「それだ、ミニセル君。他の諸君も」

「何がそれなのですか」

 今度はカーリア船員が声を発してくる。そこに怒りを混じらせるのはやめてくれ。素直に怖い。

 しかしディンスレイはめげずに話を続けた。

「これだよ、カーリア君。ミニセル君も、これはソファーに見えたか?」

「そりゃあそうでしょうよ。今、艦長が実際に座ってるじゃないの」

 言いつつ、ミニセル達もディンスレイの方へ近づいて来た。きょろきょろ周囲を伺う……というか好奇心の目を向けている者もいるが、今はそれが正しい。ここでは、より多くの物を見るべきだ。

 見て、感じるだけで、分かるものがある。

「これを素直にソファーだと感じたという事だろう? 私もそうだ。一目見て、これはソファーに見えた。そうだな……次にほら、あれ。壁に設置されているらしきガラス板。向こうには花の絵か? それが嵌っているが……あれは何のためにあると思う」

「何って……あそこってただ平面な壁があるだけだから、それだけだと殺風景で、絵を飾ってるんでしょう?」

「私も、そう見えました。他に意味があるのですか?」

 既に近くまで来ているミニセルとカーリア船員の返答を聞いて、ディンスレイは笑った。

 まだ可能性の話だった部分に、確証が持てる返答だったからだ。

「私もな、君らの同意見だ。あれは一目見て、部屋のインテリアの類だと判断した。ここはエラヴの基地内なのにだぞ?」

「ああ……そうね。それは確かに」

 ミニセルの方は気付いたらしい。一旦、ディンスレイと同じ様に部屋の周囲を見渡し、そうして合点がいった様子。

「ええっと……?」

 カーリア船員の方はまだ困惑が勝っているようだ。それでもいずれ、彼女だって気付くだろう。

 今回はそれを待っても良いとディンスレイは思えたが、ミニセルの方は違っていた。

 彼女はディンスレイがくつろぐソファー……では無く、その脇にある机の様な物へと手を向け、その上を探る仕草をした後、人差し指で机の上の何かを押した。

 目立たない形で、スイッチがあったらしい。

「それはさすがに迂闊じゃないか、ミニセル操舵士」

「迂闊さじゃ艦長に負けるわ。それにほら、結果はもっと素直に現れてくれるし」

 まるでディンスレイのやる事成す事が素直じゃないみたいじゃないか。

 それはそれとして、確かにそれは分かりやすい結果になった。

 机の一部が一瞬割れて、その内側からガラスのコップが現れたのだ。水の様に透明度の高い液体入りで。

「どう? これ、飲んでみる?」

「さすがにそれは迂闊過ぎるな。ただ……スイッチを押したら飲み物が出て来た。そういう装置である事は分かった。ある種の進展だと受け止めて置こう」

 現れたガラスコップを手に持って、ディンスレイに向けてくるミニセルに対して、手で制しておく。

 例えその内側に入っている物が飲料用の何かだったとしても、シルフェニアの人間にとっては毒である可能性もあるのだし。

 一方、部屋の機能やインテリアについては、可能性では無く、とある断言をしても良い事が分かった。

 カーリア船員の方も、漸く気付いたらしく、口を開いて来た。

「エラヴは……文化面においても、シルフェニアに似ているという事ですか?」

「その通りだ、カーリア船員。この部屋にある大半の調度品に対して、我々は直感的にそれがどういうものか分かる。何ならシルフェニアに存在しない機能を持った家具も、なんとなくそれはそういう物であると受け入れる事が出来る。それくらい、我々とエラヴは近い種族なんだ」

 ここにエラヴが居たら、仲良く出来るかは分からぬものの、理解し合う事はきっと出来ただろう。

 相手が何を望んでいるか、何を嫌っているか、それが何となく分かる関係性。そういうものから、互いの種族は接近出来たはずだ。

 今となっては、ただの夢想に過ぎぬ話であろうが。

「けれど……ハルエラヴとはそれが出来ていません……よね?」

「それもそうだな、カーリア船員。エラヴの残滓から伝わって来る親近感が、ハルエラヴからは感じ取れん。まさにそこが……ある種の鍵になると思っている。私はハルエラヴと我々の違いを、世界に対する恐怖心だと前回は答えを出したが……」

 もっと大きな変化を、ハルエラヴは果たしたのでは無いか?

 その変化を見つけ出す事が、今回の旅の目的になるのかもしれない。

 そう思いながら、ディンスレイは部屋の天井を見つめた。

 ソファーから見上げた天井には、柔らかな照明が配置されていた。つい眠ってしまいそうな心地よさがそこにあるが、ディンスレイは立ち上がる。

 この安心感だってきっと、エラヴと共に失われたものであろうから。





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