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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と黒い砂の台地
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⑦ ここが再会のためのスタートライン

 勿論、異論反論はあった。

 中でももっとも多かったのは、だから艦長が真っ先に行くなというものである。

 だからはいったいどこに掛かっているのかは知らないが、向こうは代表者を望んでいるという判断を覆させるものでは無かった。

「代表者が来いと言っている側に対して、代表者を向かわせないまま、そこを上手く乗り切れる人材が居れば、勿論、私もそんな船員に未来を託すがね」

「非常に嬉しそうに語りますね、艦長」

 ディンスレイの隣で、冷やかな声を返してくる船員、カーリア・マインリア。

 さすがにディンスレイ一人をエラヴの飛空船へ向かわせるわけには行かないという判断で、同行する事になった相方だ。

 探索班から引き続き楽しげな任務に就く事になっているのだから、羨ましい限りである。

「それで、君の方はどう感じている? カーリア君。この飛空船を前にして、どういう感情を持っている」

 ディンスレイは視線を上げる。

 黒い砂地がかなり薄くなり、本来の土壌が見え始めた大地に立ちながら、視線の先にある白い、円盤状の飛空船を観察した。

 最初に遭遇した時と同じ形。同じ物。記憶力は良い方なので、そう言い切れる。

 言い切れるのであるが、カーリア船員がこの飛空船を発見した際には、白い船体は黒い砂の塊でしかなかったそうだ。

 彼女自身はどう思っているのか? 今の時点で既に気になってしまう。

「要警戒ですよ、艦長。私はずっとそうです。驚異的な景色や、不思議な現象に対して、面白さを感じる心は私にだってありますが、それはそれとして要警戒です。というか、艦長が直接向かうという事態に対しては、私はまだ反対の立場です」

 その答えを聞いて、ディンスレイは笑いたくなった。苦笑の類では無い。このカーリア・マインリアという船員も、ブラックテイル号で働いていた時は、随分な頭の固さを見せて居たのだ。

 自分の現在の立ち位置だって、いまいち決めかねている様な、そんな固い印象を持つ人間が、今や確固たる信念を持ちつつ、艦長に皮肉めいた事を言える様になっている。その事が何やら面白くて、笑いたくなっていた。

 勿論、それをすると頭がおかしくなったかと思われそうなのでしない。代わりに、今の彼女なら受け止められる冗談を言葉にしてみた。

「そんなに心配する必要も無いよ、カーリア君。あの船は変わらず無人だ。入った通信にしたところで、あれは誰かが話しているのでは無く、定型句の様なものだろうさ。特段、警戒する内容じゃあない」

「分かって……代表者が呼ばれているのだからという理由を通したのですか?」

「そこに気付いて、だから艦長がわざわざ行かなくても良いぞと事前に言える船員が居れば、やはり私はここに居ないかもな?」

 もっとも、気付いていたであろうテグロアン副長あたりは、まだ艦長の何時ものが始まったとばかりに、意見を出して来なかった。つまりはディンスレイの勝ちだ。

 結果、ディンスレイは船員の付き添いこそあれ、漸く自分の足で冒険が出来る。

 そんな冗談を、カーリア船員に向けてみた。

「私は船内幹部では無いので、もはやどうとも言いませんが」

「良いぞ、カーリア君。その呆れた様な物言いは、今後も君の能力を証明する事になる」

 能力と経験を積んで来た者にしか出来ない態度である。分かっている上司は優しく受け入れてくれるだろう。禄でも無い上司なのだろうが……。

「それでつまり……これから向かう場所は、安全な場所という事ですか?」

「安全かもしれない場所……だな。行ってみなければ分からん。そこは何時も通りだし、それでも向かうのが我々の仕事だ。何時だってな」

 ブラックテイルⅡという存在は、シルフェニアではそれなりに知られた名になって来ていると聞く。

 ただしそれは、弾かれたコインの裏表を当てる際に、比較的当たる可能性が高い連中という意味での名に過ぎない。少なくともディンスレイはそう受け止めている。

(だからこそ……私は賭けに挑むのを止められないのかもな)

 期待を背に受けてとは少し違う。背中を押されているわけでも無く、ただ、自分の足がそちらを趣向する。

 白いエラヴの飛空船。そこから大地へと降ろされた階段状のタラップを。

「これ、ちゃんと仮設された物なのだろうな?」

「さすがに、飛空船と大地を繋いでいる部分が、しっかりと土台のある階段では無いと思いますが……」

 だが、そうとしか見えない。

 ディンスレイが今登っているタラップは、階段としか思えないくらいにしっかりとした物となっている。そこから見る白い飛空船側なんて、まるでそこに建てられた豪奢な祠の様な威風を放っていた。さらにその先には、堂々と開かれた船内への扉があるのだろう。

(恐らく、黒い砂が構築したんだこれは。タラップにしたところで、我々側みたいに、簡単に収納出来たり運搬出来たりと言ったデザインに拘る必要が無い)

 作りたい時に作り、必要無くなれば分解すれば良い。恐らく、黒い砂にはそれが出来る。船体そのものを作り出してしまう、そういう機能を持っているのだから。

「さて……考えても考えても、エラヴの時点でこれか。目が参って来るな」

 タラップを登り切り、その先にある扉の向こうへ。

 中の構造を見れば、外観に見合った、明るく、そうして金と白の意匠を凝らした空間が広がっていた。

 そこがそのまま、この飛空船のメインブリッジなのだろう。飛空船全体の大きさの三分の一ほどが、この空間のためにあるだろう、そんな大きさ。

 円盤状の船体の内側の空間は当たり前に円盤型であり、外周部には丸い通路が。中心部へ繋がる通路もまた存在し、その中心部分が眩しく輝いていた。

 光石。昨日まで鈍く光る程度だったその鉱石が、今やその名の通りの輝きを放つに至っている。そんな景色が広がっていたのだ。

 ここに来るのは初めてでは無い。一度……来た。いや、船全体が黒い砂により修繕されたというのなら、やはり初めての空間になるのだろうか?

 その様な観測を始めたディンスレイに対して、聞こえて来る声が一つ。

『ようこそいらっしゃいました。当船の案内は正しく伝わっていますか? よろしければ、返事をお願いします』

「ふむ? やや認識に不足が発生しているところだが、そちらは我々を歓迎してくれていると取って良いのだろうか?」

「……艦長!?」

 やや遅れてカーリア船員からの困惑。恐らく、突然の声に対して、ディンスレイが当たり障り無い返答をした事に驚いているのだろう。

 誰が声を掛けて来たかと警戒し始めていた。

「落ち着け、カーリア船員。船に話し掛けられた以上、別の船とは言え、艦長がちゃんと返事をしないというのは失礼というものだろう?」

「船に話し掛けられ……船が!? 今の声、この飛空船そのものが喋ったとでも!?」

『質問への回答です。当アナウンスは現在、あなた方が搭乗している飛空船より流れているものです。また、当船の修理の手助けを行ってくれたあなた方に対しては、精一杯の感謝と歓迎の意を示します。ありがとうございました』

「だとさ、カーリア君」

 そんな船からの声を受け入れ、そのままカーリア船員へと流す。

 これが船の声だとすぐに判断出来たのは、船内のあらゆるところから響いている風に聞こえたからだ。さらに言えば、この船が無人である事も良く良く知っている。

「船そのものが、喋るものなのですね……」

「船自体に船を管理させるという試みは中々面白味があると思うし、そもそも黒い砂の在り方がまさにそういうものだろう? あれが出来る技術があるなら、それは勿論、喋らす事も出来るだろうさ」

「船に命を宿らせているという事ですか……?」

 言い得て妙ではある。自分で勝手に直って、自分で客を招待しているのだ。これは命の所作みたいなものだと言われたら、そうかもとすら思える。

 ただ、そんな便利では無いかもしれない。

「ふむ……試してみるか。ええっと、君……船の声に対してだが、我々はまず、君を何と呼べば良い?」

『ナビとお呼びください。他に聞きたい事があれば、多くの質問にお答えできます』

 相手からの肯定を貰ったので、さらに質問を続ける事にする。

 話し掛ける先についてはまだ迷っている最中なので、船の中心。そのやや上側を見つめながら話をする。そっちの方が、恰好が付きそうだからだ。

「ではナビ君。君の今の状態はどうだろうか? 無事修復は完了したかな?」

『最低限の修理は完了しています。当船の状態は未だ万全とは言い難い状態ですが、通常の飛行は可能となっております』

「こちらが提供した光石……我々はそう呼んでいるものだが、あれの返却については可能だろうか?」

『光石。了解しました。あなた方の光石の返却について、もう暫しお待ちいただけますか。現在、当船の予備エネルギー分の補給を行っています』

「もう少し、具体的な時間は示せるか」

『あと残り二時間三十二分五十秒です』

「なるほど……ああ、それくらいなら待てる。大丈夫だ」

『ありがとうございます』

 ナビからの礼を聞いて、顎に手を当てる。だいたいの状態は把握出来始めているが、一方で思うところはさらに生まれていた。それを質問し続けるべきかどうか。

「あの……違和感も覚えず、それも躊躇無く、良くそうやって話を続けられますね。何を考えているかも分からない相手ですよ……?」

「そこだ、カーリア君。ちょっと待ってくれ。その確認をしてみる」

 ディンスレイはナビへの質問を幾つか考えてから、とりあえず一つ目を向ける。

「ナビ。尋ねるが、私の自宅にある台所の隅に、どうしても取れない染みがあるんだ。どうしたら良いと思う?」

『申し訳ありません。私はその質問に回答する知識を持ちません』

 続いて二つ目。

「ではこれならどうだ? 空の彼方。遥かな上空を飛び回る一対の魚。これはなんだ?」

『申し訳ありません。私はその質問に回答する知識を持ちません』

 さらに三つ目。

「続いて……私という存在が生きる意味とはいったい?」

『申し訳ありません。私はその質問に回答する知識を持ちません』

「艦長……?」

 三つ目で、カーリア船員が疑問符を浮かべて来た。ディンスレイもそろそろだなと思ったところだ。

「つまりこういう事だ、カーリア船員。このナビは……一定知識があって喋る事も出来るが、それだけなんだ。人格というものが恐らく無い。そうだな……本に書かれた文字の様なものか。ある種、利便性の高い辞典とも言えるな」

『肯定します。当ナビは飛空船の保全及び船員やお客様のお手伝いをさせていただくための存在であり、主体となるのはあくまで皆さまである事をご了承ください』

 確かに手伝いの様に、ディンスレイの言葉を補足してくれた。

 恐らくは、そのための機構なのだ。補足や手伝いの域を出ない。だからこそ、必要以上の警戒だって要らない。

 だからこそ、ここで聞くだけで良い。なんなら、遠慮なくなんだって聞ける。

「ナビ、君からの光石の返却があり次第、我々はこの地を去るが、それで構わないか?」

『あなた方はお客様です。十分に助力もいただきました。その旅立ちを妨害する権限を私は持ちません』

「本当にそうか? 船の進行をこれまで邪魔した事などは無いだろうか?」

「艦長……!」

 余計な事は言わない方が良いのでは? そんな強い視線をカーリア船員から感じるが、確認出来るなら確認しといた方が良いだろう。

 以前、ブラックテイル号と遭遇した時は、どの様な状況だったのかを。

『その様な記録を当船は持ちません』

「うん?」

『当船が他の飛空船を妨害した記録が当船にはありません』

「……なるほど」

「ど、どういう事でしょう? 私達は確かに……」

「恐らくオルグだ」

「話がまた飛んだ気が……」

「いいやそうではないよ。つまりだな……前回は我々を試す様な動きをしていただろう? あの時点から、恐らく我々はオルグ達に試されていた。彼らの技術や意思を継ぐべき相手かどうかとな。だから……ふん? つまり、オルグ側も遠隔でこれを操作できる技術があるのか」

 遥かに離れた場所から状況を知り、何らかのアクションを掛ける技術というのを、以前出会ったオルグ達側は持っていた。同じ事を、このエラヴの飛空船に対しても行ったのだろう。この船の技術の延長線上にいるのがオルグなのだから、それが出来る。

 そうして、恐らくハルエラヴだって―――

「なあ、カーリア君」

「嫌ですよ」

「まだ何も言ってないじゃあないか」

「絶対禄でも無い事を思い付いた顔ですよ、それは」

 顔だけで、相手の考えなど分かるものか。いや、禄でも無さそうな思い付きは頭の中に生まれはしてるが、それが表情に出るってどんな顔だ。

「ナビ。君らについてをもっと知りたい。それは教えてくれるだろうか?」

『質問の範囲が広すぎます。具体的に提示してください』

「艦長? 私、一応止めましたからね?」

 分かっている。カーリア船員は何も心配する必要は無い。だって勝手に進めさせて貰うから。

「そうだな……君達の文化、歴史、これからの展望。我々は君達では無いから、君達がどういう存在かを知りたい。これは出会いだ。初めての遭遇だ。我々は君達の事を知りたい……その……友好的接触というやつだ。そういう知識はあるだろう?」

 あって然るべきだ。この飛空船を作り上げた者達に、まだ別種族と出会う事への希望が残っていたとしたら。

(これでハルエラヴ寄りの価値観となっていたなら……それはかなり危ない橋だろうがね)

 その時は、カーリア船員に謝ろう。ついでに訪れるかもしれない危機だって乗り越える覚悟もしよう。ここは敵地のど真ん中になるわけだが、それはそれだ。仕方ない。サイコロを投げれば駒は進むのみ。

『……』

 ナビは先ほどまでの回答とは違い、明確な待ちが発生していた。何かを考えている。船が? 言葉を喋れる以上、考えはするだろう。

 考えている以上、答えられないという返答では無いはずだ。

「一応、何時でも走る準備をしていてくださいね、艦長」

「勿論だとも、カーリア君」

 危機感は忘れない。ただ、それ以上の好奇心がここにある。ナビはいったい、何を答えてくれるのか?

『申し訳ありません。私にはその質問に答える権限がありません』

 権限が無いと来たか。

 つまり、知識はあるが教えてはならないという取り決めがあるという事。これをどう受け止めるべきか。

 いや、まだだ。

『もし、皆様の飛空船がそれを可能としているのであれば、こちらにお越しください。きっと、皆様を歓迎する事でしょう』

「っ……!」

 ディンスレイは驚く。

 ナビの質問に……では無い。

 この円盤型の部屋の中央。輝く光石が存在するその場所に、ある光景が映し出されたからだ。

 そう、映し出された……何にでは無く、中空に。

「何も無い空の場所にも、絵を投影する技術。それくらいは持っているのだろうが、これは……」

 四角く薄い箱。そんな印象も受ける絵がそこにある。そんな箱には勿論、絵が描かれていた。いや、絵では無く、地図だ。

「艦長には分かるのですか? これが?」

 カーリア船員の問い掛けは二つの意味があるのだろう。

 一つはいったいこの地図が何を意味しているのかというもの。もう一つは……この地図が示す場所がどこであるかというもの。

 そんな彼女に対して、ナビでは無いディンスレイは、それでも質問に答える。

「我々が既に知っている場所だよ、ここは」

 やはり、この旅は再会に至る旅であるらしい。

 ハルエラヴと再会する、そのための旅。


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