⑥ ようこそ
船内幹部会議は、当たり前に紛糾した。
ディンスレイとて言ってから思ったのだ。無茶苦茶を言っていると。
良く分からない山脈壁という地形に、その一部を覆う良く分からない黒い砂。その黒い砂を修復作業用の機械として用いている良く分からない飛空船があって、その良く分からない飛空船を作った良く分からない種族、エラヴの情報を知るために、良く分からない理由で機能を失った様に見える光石を、実際に渡してみようというのだ。
当たり前に、反対意見は続出した。
まず未知な部分が多すぎるという副長の意見。良く分からないだらけで、賭けにしても冒険主義過ぎやしないかというものだった。
その点に関しては操舵士と主任観測士からの反論があった。いろいろ言っていたが、結局はこうだ。冒険主義は上等であるというもの。
次に整備班長からも反対意見が出る。あの光石はまだ解析にしても殆ど進んでいない状態であり、整備班長自身が出した意見にしても、現時点の勘から来る印象でしか無いと。
やはりその部分に関しても反する意見が出て来た。船医からは何時もそんなものであるという投げやりな言葉と、副長からの、整備班長の勘とやらは、そこまで頼りないものなのか? というある種の挑発。
今回、会議室端でずっと話を聞いていたカーリア船員などは、何時もこんな風に綱渡りな話し合いをされているのですかといった言葉を吐き出して来た。
勿論、カーリア船員の質問に対する答えは、皆で口を揃える事になる。その通りであると。これに関しては反論が無かったわけだ。
何にせよ、会議の方向としては、やめるべきという意見を誰もが投げかけるのに、他の誰かが反論するという状況が続いた。
最後に方針を決めたのは何であったろうか?
ディンスレイが思い出してみると、結局は自分自身の発言にあったなと結論を出す。
「借りたものを返すというのは有りじゃないか? 自分で言っておいて何だが、言い得てるという気分になってる」
そんな気分の元、空を見つめる。青い空だ。こちらはひたすら忙しい日々だというのに、伸び伸びとしたそんな空。
隣を見れば、別に伸び伸びとしていない、どちらかと言えばここ最近は汲々としている整備班長の姿があった。
「後になって、冷静に考えてみると、別にこの光石はエラヴのものでも無いはずって思っちまったんですけど、これ、俺の間違いですかね?」
「間違いじゃないさ。だが、間違いに気付くのは会議の最中であるべきだったな。今、ブラックテイルⅡの外で、しかも光石を手に持った状態で気付くのは、後の祭りだ」
言ってから、ディンスレイは黒い砂に一度深く力を入れて踏み込む。
こちらの意図なんて伝わらないし、ただの砂と同様に、靴が深く食い込むだけであったが、ある種の挨拶のつもりだった。
これから、お前達にとっても大変な事を仕出かすぞという挨拶だ。
既にその予兆は感じているはずである。ディンスレイ達の周囲を、心なしか多くの砂が舞っているのだ。ゴーツ整備班長が持つ光石に反応しているのだろう。
なんなら、放っておいたって、この光石を持って行ってしまいそうだ。だからこそ、今になって引くというのは後の祭りというわけだ。
「俺自身の頭の回転、もうちょっと速くしておくべきかなぁ……」
「いいぞ。そうなれば、ブラックテイルⅡも助かる。だが、今では無いな。今はそう……恩を売るタイミングだ」
「この砂に、そんな恩を感じる感性なんてあるんでしょうか?」
「欠片も無いかもな。だが、それはそれで知るという事だ。違うか?」
「エラヴってのは恩知らずな連中。それもまた、ハルエラヴを知る旅になるわけですか。行動に得しか無くて、嬉しい限りっすよ」
なら、初めてみようじゃあないか。
ディンスレイが視線で促せば、ゴーツ整備班長は恐る恐ると言った様子で、光石を黒い砂地に埋めた。
変わらず鈍い緑光を放つその石は、砂地に頭半分だけ出す不格好な姿を晒していた。
「……」
数秒、そんな状態が続いた。
もうちょっとアプローチ方法を変えた方が良いか? そんな気持ちが出て来た、そんな瞬間―――
「むっ……!」
咄嗟に、腕で視界の半分くらいを塞いだ。突然に、あまりにも眩しい光が放たれたからだ。
それは……光石からの緑光だった。光石を光石と呼んだ所以。その通常の浮遊石とは違う輝かしさを、その瞬間、ディンスレイ達は感じた。
それだけでは無い。変化としては、その輝きはあくまで起点であった。
頭半分だけ出していた光石が、手も触れていないというのに、どんどん砂地へ埋没していったのが次の変化。そうしてさらに続く。
「不味い。整備班長! 艦内に戻るぞ!」
「え、ええ!」
砂が……これまで、主任観測士の努力の元で、漸く分かると言った速度だった黒い砂の動きが、見て、触れて、感じ取れる程のそれへと変わったのだ。
勢いはどんどん増して行く。このまま砂地に立っていれば、足を取られ、飲み込まれていく事だろう。
それが判断出来たから、ディンスレイとゴーツ整備班長は艦内へと戻っていく。
それでも、変化は止まらない。
ブラックテイルⅡもまた運ばれていくのだ。その向かう先は、探索班が見つけた、黒い砂の塊がある方向。
そこには恐らく、もっととんでもない変化が待ち受けているはずだった。
ブラックテイルⅡが強く押されている。
メインブリッジから見た際の、最初の印象はそういうものであった。
空を飛んでもいないというのに、メインブリッジから見える風景が、前へ前へと進んでいたからだ。
だが実際のところ、押されているわけでは無いらしい。
「滑ってるって表現が一番近いんでしょうね。こう……雪崩みたいな現象があるじゃないですか。そもそも地面側が崩れたり流れたりしていて、その上にブラックテイルⅡは位置しているだけだから、滑ってる」
「そんな事は分かっているがな、主任観測士。つまりそれは、我々側はまさに流されるまま、受動的な状況だという事だぞ?」
変わる景色を眺めながら、ディンスレイは呟く。
恐らく、ブラックテイルⅡを滑らせている黒い砂は、一斉にある地点……恐らく、探索班が発見した、黒い砂が塊になっている箇所……だと思われる。
(いや、もしかしたら既に、単なる塊でも無くなってるか? これは言ってみれば、一つの飛空船の、修復作業の只中だ)
その中心部に、ブラックテイルⅡは向かっている。いや、これも巻き込まれていると言うべきか。
「ミニセル操舵士。確認だが、この状況でブラックテイルⅡは飛び立てるか?」
「かなり難しいけど……やらなきゃいけない時はやるわよ。機関部は動いてるのよね?」
「勿論だ。整備班長は、こんな不安定な状態でと嫌がっていたがな」
「あらやだ。じゃああたしが口論しておくべきだったかしら?」
「今の関係性は良好だろう? 前みたいにいちいち対立しなくても良い。いや、前も良好は良好だったか」
「お二人とも、雑談で流したところで、現実は変わってくれませんよ」
副長のツッコミが入ったので、目の前の物事に集中する。現実は変わらない? 変わり続けているだろうに。
「どこかに大きな岩山などがあって、そこにぶつかるなどはしない様にしたいな。山脈壁にぶつかるにはまだ距離があるが……その前に、そろそろ見えて来る頃合いだ」
探索班が自らの足で辿り着ける場所だ。そう遠くは無い。すぐにそれはやってくる。そんな速度でブラックテイルⅡは動いているのだ。
動き、そうして次に減速を始めた。
「こっちでも確認出来ました……あれが黒い塊……いや、もう白いな」
主任観測士の報告と同時に、ディンスレイの肉眼にも見え始めていた。
確かに、最初は確かに白い点として、それはどんどん輪郭が鮮明になり、点では無く確かな形として、メインブリッジへと姿を見せつけて来る。
あれを見た事がある。そう感じる。この西方が未踏領域であった頃、この西方を未踏領域で無くした頃、あれを見た。
考えてみれば、あれを見た時から、自分にとっての旅も始まったのかもしれない。あれの中にあった、光石をどうしてか手にした瞬間から、向かう先が決まった。
「またの再会という事になるのだろうが……このままぶつかったりしないだろうな?」
「今の減速具合だと……半々ってところじゃないかしら? あの白い飛空船の近くに止まるか、丁度良くぶつかるか?」
「一応、やはり何時でも飛び立てる準備をしていてくれ、ミニセル操舵士」
「りょーかーい」
この最後の最後みたいなタイミングで、ブラックテイルⅡと白い飛空船がぶつかって終わるなどというのは喜劇極まりない。せめてそれだけは避ける必要があるだろう。
そんなディンスレイの心配を余所に、ブラックテイルⅡは何にもぶつからず止まる事になった。
本当に、おあつらえ向きの様に、メインブリッジの正面に白い飛空船がある。そんな位置に。
「ブラックテイルⅡから見ると、妙に小さいですね……」
主任観測士が目の前の景色の感想を、そのまま伝えて来る。
確かにあれは、シルフェニアの区分としては小型飛空船と言って良い程の大きさだ。もしくはギリギリ中型飛空船か。
「だが気を付けろよ? あれでこちらを越える出力を見せてくるのが、エラヴの飛空船だ」
「その出力元を渡したのはこちら側ですがね」
それは言いっこ無しだろう副長。船内幹部会議で決めたのだ。責任は船内幹部皆にある……という事にならないだろうか? やはり提案者たるディンスレイの責任か。
「今となっては、相手の出方待ちだ。ミニセル操舵士、何時でも飛び立てる準備は―――
「出来てるっつってるでしょ! 艦長らしく、どーんと構えてなさい!」
怒られてしまった。空気を少しでも和らげようというジョークだったのに。
少なくとも黙って見つめるだけでは、空気が張り詰めてしまう。
あの白い飛空船の方が先に飛び立ち、攻撃を仕掛けて来たらどうしよう? そういう考えが常にあるのだ。
ブラックテイルⅡ側とて相応の防御機能を備えているものの、一手行動が遅れればそれだけ被害は増してしまう。
それでも、その一手の遅れを飲み込んで、待たなければならない時がある。それが今だ。
さあ、エラヴの飛空船は次に、何をしてくるのか……。
「なんだ? 誰か何か言ったか?」
「いえ、誰も……しかし私も、何か聞こえました」
副長が言うのなら間違いあるまい。誰も声を発していないのに、何かの声が聞こえた気がする。
ノイズの様な、それでいて規則がある様な。
「……通信装置の感度を上げろ。シルフェニアとの通話用に用意してるやつだ」
新しい技術の使いどころ……というわけでは無いが、さらに小型化され、メインブリッジでの使用も可能になっている長距離通信装置が、ブラックテイルⅡにも積まれている。その使用をディンスレイは決定した。
というより、既に使用されていると見たのだ。こちら側では無く、あちら側。シルフェニアでは無く、エラヴの飛空船側から。
『……に…………の提供、……に……す。当船……現在……石……』
メインブリッジの通信士が通信装置を調整する中で、徐々にそれは聞こえ始める。ディンスレイの指示通りにそうなったという事は、目の前の白い飛空船から、それは聞こえているという事になるが……。
「僕の錯覚じゃなければ……シルフェニアの言葉に聞こえません?」
「主任観測士の目は良いが、耳はどうだろうな? 間違いなくそうだ。これはシルフェニアの言葉だろう」
通信装置越しで言語の翻訳がされているという事だろうとディンスレイは受け止める。遠距離での通信装置というのは、言語の翻訳が可能となる技術が含まれているというのは、既知の話であるからだ。
(問題としては、それにしたってこちら側に、翻訳用の調整が必要なわけで……我々側がそれをしていないという事は、あちら……エラヴ側が既に行っているという事だろうな)
ディンスレイ達にこの翻訳機能が通じると判断し、それを最初から行ってきている。つまり、事前にディンスレイ達がどういう存在であるかを向こうは判断出来ているという事だ。
いったい何時、何処で?
答えは複数ある。黒い砂は常にそこにあったのだから、その砂がディンスレイ達の情報を収集していたというものが一つ。
もう一つは、初めて遭遇し、撃墜したタイミングでの事。
(ああ、もしそっちなら、かなり厄介だな)
敵対的な連中だと思われているかもしれない。もしそうであった時の対処方法……というか頭を下げての言い訳を考えておくべきかもしれないが……
『緊急……エネルギー……ます。当船……光石……返却……す……人員が存在……』
「ふむ。良くなって来た。その調子だ。もう少しで……」
通信の感度が上がるに従い、理解出来る語彙も多くなって来た。その意味をまず知る事。そこからが始まりであり、いったい向こうはディンスレイ達をどう把握しているのかが分か―――
『緊急時におけるエネルギーの提供、誠にありがとうございます。当船で現在管理している光石の返却をこれより行いたいと思います。また、現在、当船を管理する人員が存在しておりません。お手数お掛けしますが、そちら側の代表者の来船をお待ちしております』
「……」
一旦、明瞭に聞こえたその通信内容を受け止める。普段ならそういう頭の回転も、それなりに早い自信があるのだが、今はそうでも無かった。
何秒か時間を要する。メインブリッジの他のメンバーとてそうだったろう。
結局、それでも一番早く受け止め切れたのはディンスレイだったらしく、通信を聞いての感想を真っ先に漏らす事になった。
「私が行った方が良いのか? これは?」




