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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と黒い砂の台地
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④ 待てば空路の日和あり

 根本的な情報やその把握が足りない状況の場合、ただ耐えるだけが、それだけで光明に繋がる事があるものだ。

 時間というのは、基本的に現実というものを突き付けて来る。つまり、現実の情報を向こうから持って来てくれるわけだ。

 ブラックテイルⅡへと入って来る砂は、同時に、この砂がどの様なものかという情報としても入って来ている。そう表現する事も出来た。

「人体に害が無い。それは確からしいな。不思議な程だ。単なる砂粒だとしても、目に入れば痒さや痛さだって感じるだろうに」

 ディンスレイが呟く。変わらずブラックテイルⅡの会議室。艦長である自分は、この問題が解決するまで、ここを動くわけには行かなかった。

 勿論、隣には副長もいる。

「酷く特殊であるのは事実です。そうして、明確に動く。風に吹かれてでも無く、宙を漂っている様に見えて、一定方向へ動いているという報告が幾つも上がって来ています」

 ディンスレイの言葉や思考を促す様に、テグロアン副長が注釈を入れて来た。

 既に確認出来ている事……砂は自らが意思でも持っているかの様に、ある方向へ動いているという結論を出しているわけだが、それを踏み台にして、次に思考を進めろとの事であるらしい。

「清掃班に、清掃箇所の砂の量や観察報告を上げる様に頼んでおいた甲斐があったな。おかげで、班分けをして仕事をさせている間も、興味深い話が舞い込んで来る」

「議題が増えるという事でもありますが」

 しかも、その議題について頭を悩ますのはディンスレイと副長の二人きりだ。他の船員はそれぞれ割り当てた作業を行って貰っているし、何ならディンスレイ達側だって、指示や状況のまとめを平行して行いながらの話し合いだった。

「それでも頭を働かせるタイミングだ副長。でなければ他の船員からサボってるだの無駄口を叩いているだの言われかねん。おっと、君、ついでにこれを持って行け。備品管理役がそろそろ欲しがってるはずだ」

 と、会議室で指示を聞き、自分の作業担当場所まで向かおうとしていた船員を引き留め、各班に渡す清掃道具の種類や数を書いた指示書を渡す。確か彼はこれから、まさに班員のために備品を取りに行く予定なので丁度良い。

 辞儀をして指示書を受け取り、会議室を出ていく船員の背中を見送りながら、ディンスレイは呟く。

「でだ、砂の動きについてだが……」

「本当に、頭の働きだけは人一倍どころの話ではありませんね」

「君だって似た様な事をしているだろう」

 特異ではあるという自覚はあるものの、頭の中で二つも三つも並行で思考を進めるのは、何もディンスレイだけの能力ではあるまい。

 何なら、その手の事は副長の方が得手ではないか?

「まあ、この様な状況で手や頭が多いに越した事はありません。お互い美点を持っているという事にしませんか。それで、砂についてが何か?」

「自分の能力を卑下しても始まらんからな。そして砂の動きな、どうにも方向性がある。という事は、単に艦の中へ入るだけの物では無い。私はそう思うが、副長からはどうだ?」

「ふーむ……言われると……おや?」

 副長は机の上にある艦内構造図を見つめてから、何かに気付く。

 構造図には既に、幾つもの印や文字が書かれている。船員からの報告や気になる状況等をそれで記しているわけだ。考えを纏め、そうして何かに気付くには最適なものだ。

「分かるか?」

「ええ、二つ、確かに方向があります」

 艦を入った砂が溜まり、さらにその溜まった砂がある方向へ。そういう動きが、船員達の清掃作業を兼ねた状況報告のおかげで分かって来ていた。

「一方は恐らく、機関室を目指している。ブラックテイルⅡのまさに心臓部なわけだが、これはある種の敵意に思えるか?」

「これだけでは何とも。機関室に到達し、何をするかですが……まさか試してみようとは思いませんよね?」

「安心しろ……と言えば良いのか分からんが、さすがにそれはな。それで艦を破壊されでもすればそこで終わりだ。船員には機関室に砂が到達するより前に、清掃作業を完了させ続けろと指示を出してあるだろう?」

 現状、それは上手く出来ている。船員の疲労についても、蓄積はしているだろうが、今日明日にでも艦を撤退させなければというものでも無かった。

「試してみたいというのなら、むしろこちらの方だろう」

 そう言って、構造図のもう一点を指差す。

 砂の清掃箇所を示した印であるが、ある印は点々と機関室へ続いているのに対して、もう一方は別方向へ進み、そうして艦内通路の途中でその印は続かなくなった。

 そこが砂の目的地……というわけでも無いだろう。清掃頻度的に、それ以上奥へ進むのを防止出来ているのだ。

「この通路の班員に、あえて手を抜かせてみると?」

「そうすれば、この砂が何を目指しているか、分かるやもな?」

 そうして、方向的には艦内の心臓部では無い。試して、すぐにブラックテイルⅡが危険になる……という事も無いかもしれない。ただし、分からない以上は未知数だ。

「止めましょう。今はその時では無い」

「だな。やらなくても、得られるものがある状態だ。無理をするべきでは無いだろう」

 船員を働かせつつ、情報は収集出来ている。アンスィ船医の調査結果報告や、探索班の帰還なども今後、発生するだろう。一方で、砂の清掃作業を続ければ、その内、手抜かりだって発生するかもしれない。状況は進展している。悪い方向にも良い方向にもだ。

 わざわざ、いずれ分かる事に挑戦しなくても良い。ディンスレイとて素直にそう思った。

 それに、そろそろ特大の厄介事が転がり込んで来る頃合いに思える。経験則でしか無いというのに、経験則になるくらいの頻度でそれは起こっている。

 果たして、会議室へやや息を乱しつつやってきたアンスィ船医の顔を見て、ディンスレイは呟いた。

「思ったより速かったじゃないか、アンスィ船医。一番に苦労を背負い込むというのは、君にとっては珍しい事じゃあないか?」

「ど、どういう意味ですかぁ……!?」

 どうせ、この会議室へ急いで来たのも、自分一人で抱えきれない何かを見つけたからだろう。

 そうで無ければ、他の部下に伝言をさせるはずだ。

 こればっかりは、自分で艦長に伝えなければならない。そういう判断をアンスィ船医はしたという事でもある。それだけの何かがあったのだ。

「アンスィ船医、報告というのは件の砂についてでしょうか?」

 副長もまた、アンスィ船医が持って来た問題に興味を持っているらしい。というより、早く渡して貰って、自分で解決に向かいたいと言ったところだろう。

 仕事を溜めないタイプなので、うちの副長は。

「え、えっと……じゃ、じゃあこれ、前置き抜きで提出しますねぇ……」

 艦の構造図が広げられた机の上に、それと比較してあまりにも小さい、メモ用紙の様なものが置かれる。

 びっしりと文字と数字が書かれた用紙だ。それが数枚。明らかにアンスィ船医の知識がそこに書きこまれているものであった。というよりまとめられているか?

 そんなメモ用紙を見て一言。

「船医殿、字が小さいなぁ」

「書く文字には性格が現れると良く言いますが、これに関しては顕著ですね。気の小ささの他に、神経質さも見てとれます」

「ふ、二人して何ですかぁ!? こ、これ、そんなのだったら引き取りますからねぇ……!」

「おっと、悪かった悪かった」

 いい加減怒ってメモ用紙を仕舞いそうだったので、本題に入る事にする。

 それに、ちらりと見ただけでも、メモ用紙には面白そうな内容が書かれていた。

「単なる砂じゃない事は分かっていたが、その原因を見つけたな? 船医殿」

「わ、わたしのメモ……見ただけで分かるものですかぁ……?」

「やはり文字だよ、船医殿。それ、上から順番に書き綴ったものだろう? 後半のあるタイミングで、ペンに力が入っている。明確な発見があったんだ。あった上で、その後はその再確認をしていたと見た」

 そうして、それがどういう類で、どういう事が順番に書かれているか。これからアンスィ船医より直々に説明があるだろう。

「な、なんと言いますか、こ、この砂に、意思を見たんですよねぇ……」

「それは私も感じているところだが……それが発見かな?」

「そ、そのぉ……か、艦長が感じていらっしゃるのは、お、恐らく、ぜ、全体の動きと言いますかぁ……も、物事の流れとか、その手の類……ですよねぇ……?」

「そういうものか?」

「そういうものでしょう。私は分かりますよ、アンスィ船医」

「きょ、恐縮ですぅ……」

 どうにもディンスレイ本人には分からぬ共通認識の様なものがあるらしい。その点について詳しく話したい気分ではあるが、今は時間が惜しい状況だ。だから話の先を待つ。

「そ、それでですねぇ……わ、わたしが意思を感じたのは、砂に対してなんです」

「だから、砂全体の向う先とかそういうのだろう?」

「い、いいえぇ……す、砂単体に……ですぅ……」

「砂、単体?」

 そう言われて頭の中に思い浮かぶのは、小さな、指先と比較したってあまりにも小さいその一粒。集まればさらさらとした感触で、水の様にすら見える時があるそれの、たった一つ。

「こ、これ、見てくださいぃ……」

 と、普段は薬品でも入れているのだろう蓋つきの小瓶をアンスィ船医は取り出して来た。

 ポケットにすっぽり収まる程度の大きさのそれは、一見すれば空き瓶であるが、良く見れば三粒か四粒程の、黒い何かが入っていた。

 恐らく、艦内にも入り込んできている砂だろう。

「い、今なら幾らでも採取できるこれですがぁ……た、確かめるには、む、むしろ数が少ない方が、い、良いんですよねぇ……。こ、これをこうやって、う、動きを見てくださいぃ……」

 アンスィ船員が小瓶を軽く振ると、小瓶の中で砂が舞う。

 それくらいの重さしか無いだろうし、小瓶の中でも十分にちらちら動けるくらいに小さい。そんな砂の動きは、確かに数粒程度の量の方が分かりやすいが……。

「これが、どうかしたのか?」

「わ、わたしぃ……こ、これから動きますが、す、砂から目を離さずにお願いしますねぇ……ふ、普通、わ、わたしとこの小瓶は同じ慣性の中にいますからぁ、わ、わたしの動きに平行するはず……ですよねぇ……? そ、それでも、こう動くとぉ……」

 小瓶をディンスレイ達の方へ向けたまま、アンスィ船員自身は横移動を始めた。なかなか面白い恰好と動きであるが、今は何も言うまい。

 それに、小瓶の中の砂の方が、さらに面白い。

「砂が……君の動きに反して、一方向へ舞っているな……?」

 小瓶の中の砂は、小瓶を持つアンスィ船医側が動いたおかげで、おかしな動きをしているという事に漸く気付けた。

 アンスィ船医の動きに合わせるか、小瓶の中の空気だけに影響を受けるはずのその砂が、一見ただ舞っている様で、それでも一方向への動きが大きくなっている。

 人間、慣性上の動きというのは直感的に分かるものであるから、それに反するものを見た時、かなりの違和感を覚えるものである。今はその違和感が良い方向に働いていると言えるだろう。

「か、艦長はこれを……す、砂全体の動きと表現しますかぁ……?」

「その小瓶の中に限れば……そうか。つまり、意思の様なものは、砂一粒一粒にあるわけだ」

「非常に小さい砂に見えますが、そこに意思があると?」

 副長は疑問符を浮かべて来るが、一方でディンスレイやアンスィ船医にとっては、そこは当たり前の話として通っている。

「い、以前、か、艦内にオヌ帝国の方を乗せて、ち、治療した事があるじゃないですかぁ……?」

「ええ、勿論憶えています。あの時は、まさにアンスィ船医の力に寄り、上手く行きましたね?」

「げ、現地の方の協力と、それともう一つ。特殊な薬と言えば良いのか……特殊な物体を治療に用いましたぁ……そ、それは……ち、小さな黒い虫の集合体であり、それらの虫が……個々の判断で動き、ぜ、全体としては、身体の悪い部分を修復するというものでした。ぜ、全体の動きと……ご、極小の存在のそれぞれの意思。そ、それが組み合わさって、お、大きな事象になる……み、みたいな」

「なるほど。この砂からは、それと似た性質があると、アンスィ船医は考えているわけですね」

「と、というより、発見して、確認した……ですかねぇ?」

 想像では無く、現実としてそうだとアンスィ船医が言うのだ。後はディンスレイ達が、アンスィ船医の言を前提に、どういう判断を下すかだろう。

「それにしても……この砂もまた、虫なのですか?」

 アンスィ船医がまだ持っている小瓶の中の砂を、副長はしげしげと見つめていた。彼、もしや虫が好きか、もしくは苦手だったり?

「こ、これは虫であるとは思えませんねぇ……や、やはり砂というか……あ、あくまで機能的な話と言いますかぁ……」

「虫では無く砂なのに、意思があると?」

「ほら、副長。君も前に見ただろう。小さなパーツを重ねて組み合わせて、大きな街を作り出していた文明を。あれだよ。奇しくもあの街とて黒い色だったな」

「ああ。つまり、非常に小さな……機械の様なものという事ですか。この砂一つ一つが」

 副長が的を射た事を言う。これが虫の様な生き物では無く、あくまで砂の形をしつつ、個別に動き、総体として何らかの目的を持って動いているのだとすれば、これはある種の、機械の形態と言えるのかもしれ―――

(待て? となると、今の状態はどうなる? これが、それこそ今、ブラックテイルⅡが着陸した地形にある砂すべてがそれで、それはどう動き、何を目的としているか。つまり―――

「艦長、報告です!」

 ここ最近は、良く良く思考が中断されがちだ。それだけ忙しいという事でもあり、聞き逃す事が出来ない話を船員が持って来てくれているという事でもあった。

「今度は何だ?」

 会議室へ入って来た船員に対して、端的に尋ねる。

「探索班が今、帰還しました!」

「全員無事か?」

「はい! 全員揃ったまま、怪我人等もいない様です」

 だとしたら、彼らにしても思ったよりも帰還が早い。問題が発生していない場合は、まだ探索を続行するはずだ。

 そうならない場合を想定するとしたら……。

「どうにも、ここに来て材料は出揃って来たらしいな」

 探索班も重要な物を発見した。それをブラックテイルⅡへ伝えるために、ここに戻って来たのである。

 後はただ、揃った材料で何を考え、何をするべきか。

 それはこれからのディンスレイ達に掛かっていた。


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