③ てんてこ舞い
勿論、それを確認したところで、ディンスレイが消えたりはしない。一方で、これは危険な兆候だと思われるものは、確かにそこにあった。
「確かに、動いているな……着陸した地点から」
そう呟いたディンスレイの視線の先には、ブラックテイルⅡの腹があった。
全体をエイみたいな輪郭だとして、頭を地面側に傾ける様な姿勢で、腹も地面に接地させている。それが今のブラックテイルⅡの着陸体勢である。
薄く砂地に埋もれる形だ。その姿勢での着陸がより安定するというミニセルの判断により、今みたいな状態になっているわけだが、そんな状態から、まるで這って進んだが如く、ブラックテイルⅡは前に進み、その痕跡を砂地に残していた。
これで進んでいる方向が真っ直ぐ前にだと言うのなら、ブラックテイルⅡの推進力が勢い余ったか? などと考える事も出来たのだろうが、痕跡としては斜め前に進んだそれ。主任観測士の報告通り、そちらに引っ張られている可能性が高いのだろう。
丁度、探索班が向かった方へと。
「整備班長、どう思う?」
「どうって、どのどうの事っすか、そのどうは」
ブラックテイルⅡが着陸状態であるため、まだ手に余裕がある整備班から、ディンスレイはゴーツ・オットン整備班長を連れて来ていた。
彼自身の意見を聞くためである。
「今発生している現象について……であるはずも無いな。整備班長はその点、不得手そうだ」
「悪かったですね、想像力に乏しくて」
「だから整備班長に期待している意見は、ブラックテイルⅡの状態についてだな」
「今の状態で飛べるかどうかなら、そりゃあ飛べますよ。ここに着陸する前は大過無く空を飛んでいたし、問題無く着陸も出来てる。離陸だって勿論大丈夫だ」
「では、この状態がより進んだ場合はどうだ?」
砂地をブラックテイルⅡは何かの力に寄って引っ張られている。
その状態が続いた場合の、船体への悪影響については、整備班長に意見を聞いた方が良いだろう。
「強い力で引っ張られてるっていうのは、良い影響では無いですね。ただ、今のところそれしか言えません。状況がこのまま変化しない……つまり同じ様な力で引っ張られ続けるだけなら、今日明日、ブラックテイルⅡの船体に悪影響が出る事は無いはずだ」
「例えばいざ離陸するとなった時、同じ力の中にある場合はどうだろうか」
「うーん。それにしてもやはり、悪影響はありますが、無視出来ない程でも無い……って意見になりますかね。ミニセル・マニアル操舵士の腕は信用出来るわけですし?」
「そこはな。今もいざという時のために英気を養ってもらっている」
つまり操舵士は休養中である。操舵士の体力や体調的には、問題の無い状態だと言えるだろう。
「しかし、となると、今の段階では様子見がベターか」
「整備班長の意見としてはそうなります……が、それに何かあるんっすか? どうにも不満げだ」
「不満があるというよりは……意図や意思を感じる。そこを読み取れないまま、今のままで良いとするのは問題がある気がする」
「はぁ……そういうものなんですかねぇ……」
いまいち理解し難いと言った様子のゴーツ整備班長。こういう思考の、筋の違い方みたいなのは、ガニ前整備班長の時も同様にあった気がする。
というより、ディンスレイ側が特異なのか。
「ブラックテイルⅡが引っ張られているとしたら、その方向は探索班にか? それともまた別の―――
「あー!」
「なんだ?」
ディンスレイが思考を深めようとしたタイミングで、整備班長の言葉がそれを邪魔をしてきた。
さすがに目を顰める事はしないが、いきなり声をだした意味くらいは聞いておきたい。
「いや、この砂。もしかしたら磁性でもあるんじゃないですかね?」
「磁性……? つまり、磁石みたいに特定の方向に引き付け合ってる状態だという事か?」
「いえ、そういう話じゃなく。あ、ブラックテイルⅡの動きの話じゃそもそもありません」
「じゃあなんなんだ」
「ほら、見てくださいよ、ブラックテイルⅡの方に黒い砂が張り付いちゃってる。参ったな。自然と振り落とせないと、班員総出で除去作業しなきゃいけない」
「なんだ、君らの仕事の話か……」
頭を抱えている整備班長を見て呟く。この地形の大半を占める砂に対して、整備班長としては悩みが増えたらしい。
「なんだは無いでしょうなんだは。俺達が普段から、そこをきっちり整備してるから、ブラックテイルⅡはちゃんと飛ぶ事が出来るんであってですね」
「悪かった悪かった。その通りだな。確かに艦に張り付いてくる砂地というのは、なかなかに厄介だ。これが艦の中にまで―――
「すみません整備班長! あ、艦長も! 大変です! せ、整備班から報告があります!」
今度は思考どころか、会話まで中断させられた。
だが、会話に入って来た整備班員の表情や声の調子を考えるに、無下にする事は出来ない。むしろ自分自身の考えは一旦中止して、確認を優先するべきと思えた。
そんな整備班員は慌てて艦内から外へ出るためのタラップを降りて来ており、降りきるのを待つ前に、ゴーツ整備班長が彼に尋ね返し始める。
「報告って、何があった?」
「砂ですよ砂! 艦内が砂だらけになり始めてます!」
言われて、ディンスレイとゴーツ整備班長は目を合わせる。
さっきの会話の続きが、現実のものとして現れて来た。そんな不気味な感触を、二人して感じてしまったのだ。
現段階のブラックテイルⅡの状態を整理しよう。
艦内が埃っぽい。もっと正確に言えば砂っぽい。そんな状態だ。
「砂の除去を整備班のみにさせても手が足りん。作業自体は単純なのだから、船員を各班に分けて、順繰りに作業させるぞ。間に休息時間を挟んでおくのも忘れずにな、副長」
「了解しましたが、程度の把握が先では? どの程度の人数を常に砂の除去に充てるべきかを判断出来なければ、班分けも出来ません」
「その通りだ……が、それでも一旦は整備班の一部には清掃作業を続けさせる。手遅れになってから、準備が整いましたなどと言っても意味が無い」
ブラックテイルⅡメインブリッジ……では無く、会議室に陣取って、ディンスレイはテグロアン副長と簡素な相談を行い、そのまま船員に指示を出して行くという作業を行っていた。
大きなテーブルの上には、艦内の構造図が広げられていて、その周囲を報告にやってきた各班の代表となる船員や、ディンスレイの指示を受けて各部署へと帰っていく船員が歩き回っている。
「一旦の清掃作業には三……いえ、四名が妥当でしょう。この状況では整備班の見地は貴重です。砂と艦の状況把握にも整備班員を参加させ……ああ、食糧庫は厳重に戸締りをしておくように。砂が入り込んで駄目となればそれも大事だ。よろしく頼む……で、結局のところ整備班員には無理をさせる事になるでしょうね」
「整備班には後で礼をしなければな。副長、人員の選抜は君に任せる」
間に他の船員への指示を挟みつつ、副長が案を伝えて来る。ディンスレイは頷きに寄ってそれを了承し、次にテーブルの上のブラックテイルⅡの構造図を睨んだ。
新たな情報と既存の艦の状態を整理して、艦内全体の問題と対応状況を把握するのだ。
有事の際に艦長があちらこちらへ行くわけにもいかないから、兎に角頭の中で出来る事をすべて行い、吐き出す。それが艦長として肝心だった。
ただしそこに時間を掛ける事も出来ない。だから端的に状況を把握しよう。
ブラックテイルⅡに砂が入り込み続けている。
ブラックテイルⅡが着陸した場所、その地面のどこにでも存在する黒い砂だ。
粘着……いや、船体に付着すると言った方が正確な性質を持っている事が、今のところ確認出来ている。
大量にでこそ無いが、空気が変わったと実感できるくらいに砂が舞っており、また各施設の隅などに溜まり始めているのだ。
やはりというべきか、この状況がもっとも進んでいるのは、艦と外を繋ぐ出入口や通気口であろう。通気口の方は一旦塞いでいるが、そうし続けていると艦内の空気がどんどん淀んで来るため、何時までもとは行かない。
故に今、砂を効率的に清掃する人員配置や体勢を作り出そうとしているわけだ。
尚且つ、砂の影響で、艦そのものの機能が減じない様な対策もしておく必要があるだろう。
そんな考えを数秒で纏めてから、ディンスレイは構造図から目を離し、再び副長に対して口を開く。
「船医殿の意見を聞きたい」
「アンスィ船医にですか? それはまたどうして。今頃、忙しくしているはずですが」
確かに副長の言う通り、ここへ着陸する前、艦は無茶な動きをし続けていたため、怪我人が医務室に多くなっていた。そんな状況に上乗せする形での砂だ。
ばたばたしていて、まだ医務室の状況は確認出来ていないが、それでも予想は出来てしまう。この砂っぽい空気を吸って、体調を崩す船員が大勢出ている頃で―――
「あ、あのぉ……そ、その件で、船医より報告がありまぁす……」
丁度良く船医殿の声が聞こえて来た。
いや、聞こえて来たら駄目だろう。
「船医殿! ここで何をしているんだ。今の状況だと、君は医務室で忙しくて目を回しているべきだろう」
「別に目を回す必要は無いかと」
まあ副長の言う通りなのであるが、それでも、この会議室にアンスィ船医の姿があるのは駄目では無いか? 船内幹部としての彼女が居るべき場所は、緊急時においては医務室……だと思うのだが。
「そ、それがその……い、忙しいは忙しいのですが、忙しさの原因は、あ、あくまで艦の揺れに伴う怪我人への対処だけでして……そ、それだけなら、じょ、助手さん達でも対処可能なのでぇ……」
助手さん達。医務室でアンスィ船医に宛がっている部下の船員をそう呼んでいるらしいが、つまり人員は増やしているので、怪我人が出た程度の状況であれば、船医が居なくても対応出来るのは実際であるらしい。
問題は、アンスィ船医直々に、それだけの状況だと報告に来た事だ。
「この砂の影響は……現状、医務室には無いと?」
「は、はいぃ……き、気分が悪くなった等はまだ聞いておらず……器具類への影響はもしかしたらこれからあるかもしれませんがぁ……や、やはりそちらも、現段階ではそこまでは無い……かなと。こ、これ、わ、わたしが直接報告した方が良いと思ったんですよねぇ……」
アンスィ船医から事情を聞けば、確かに納得してしまうものであった。
大きな謎を持って来られたとも言える。
普通、この様な空気感の場合、嬉しくは無いが、影響を受けて体調を崩す者が出て来るのが相場のはずだが……。
謎は深まり、その点をテグロアン副長も気にし始めたのか、彼も口を開く。
「身体に影響の少ない類の砂という事でしょうか。であれば、一定、安心は出来ますが」
「そ、そうですねぇ……軽く調べる限りは、一般的な粒子でしか無い感じですけど……そ、それでも、空気として感じ取れるくらいだと、普通は気分を悪くする人の一人や二人……出て来る頃合いだと思うのですがぁ……」
「砂を調べてみたのか? 船医殿」
「ま、まだあくまで、軽くですがぁ……」
「今、予想外に医務室の仕事量が上がっていないのなら、その軽い調査を、もっと重く詳しく出来んものか?」
「艦長?」
漸く、こちらが何かしら思い付いた事を、他二人の船内幹部も気付いたらしい。
それとも、何時ものやつが始まったと思われているか。
「ああいや、私にだって分かる物事は少ない。どうにもおかしい事が多発しているという事くらいしか分からん。しかも今は、何かを判明させるより、対処するしか出来無い状況でもあるしな」
探索班は予定通りでもまだ帰って来るタイミングでは無い。ブラックテイルⅡが探索班の方へ動いた理由もまだ不明。砂が艦内へ入って来る現象はまだ始まったばかり。
まだまだまだ。まだ、何も分からない。だからこそ、微かに見えて来そうな、まだ良く分からぬ何かに手を伸ばすのだ。
「そんな中で、意図を感じる。ずっとだ。ここに来てから、何かを感じている。それを探るために船医殿には、問題を引き起こしているこの砂をもっと調べて欲しい。恐らく、何かあるはずだ。何も無ければ無いで、一歩前進……かもな」
「な、なんとも、あやふやな指示ですねぇ……」
「すまん。今は艦長としてこういう指示しか出せんでな」
「と、となれば、せ、船内幹部は頑張りしかありませんねぇ……りょ、了解しましたぁ。あ、空いている手は、砂の研究を進めてみますねぇ」
ディンスレイは頷き、アンスィ船医の言葉を受け止めた。
アンスィ船医の方はそのまま、他の船員と同様に会議室を出て行き、自分の役目となる部署へと戻るのだ。
今ここに残り続けるのは、指揮系統の中心であるディンスレイと、そんなディンスレイと船員を繋ぐために概略を纏めつつ、伝え続けるテグロアン副長のみ。
「それで、我々の方はこれよりどうしますか?」
尋ねて来るテグロアン副長。今の状況でも、意思決定権はあくまで艦長であるディンスレイにあると、そう伝えて来ているのだろう。
だからディンスレイは、忙しい中で苦笑を浮かべ、さっさと自分達の結論だって出す事にする。
「兎に角耐えるのさ。まだ何も見えて来ないのなら、耐えて耐えて耐え続ける。それが我々のするべき事だ」
「相も変わらず忙しいそうです」
「だな。相も変わらず忙しい」
だが、前には進んでいる。そう思い込むのも、この忙しさの中における健全な思考方法をだろうさ。




