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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と竜の道
17/164

① 死の湖

「それでな、ララリート君は竜を見たというんだ。夕暮れ近く、赤くなった空の向こう。雲の間にだ」

 ブラックテイル号メインブリッジ。その中央に位置する艦長席から、ディンスレイ・オルド・クラレイスは隣に立つ副長のコトー・フィックス……は現在休憩時間中なので、操舵席で桿を握る赤毛の女、ミニセル・マニアルと話をしていた。

「それで? 話のオチとしてはどうなの? 良く聞いてみればワイバーンやワイアームだった。みたいな話になるんでしょ?」

 ミニセルからの予想出来た返答が来て、ディンスレイは笑った。

 時間帯は、今、話題にしているララリートから聞いた話と同じ、夕暮れ時。

 太陽が天頂で陰り始める時間帯。学者曰く、空の星々と月と太陽は天に開いた穴であるそうだ。

 あの輝きの向こうには別の法則が支配する別の世界への穴が開いており、この世界にその法則がやってくる時に、無限の大地たるこちら側の世界の存在量に負けて、光となって大地を照らすだけに終わるのだと。

 故にその輝きは一定では無く、常に変化をしており、我々が知るもっとも大きな光が太陽や月の輝きとなって、朝や夜を彩っているとの事。

 今は丁度、その太陽と月がせめぎ合う、そんな時間帯であった。

「ワイバーンやワイアームは竜では無い。それは知っているだろう?」

「そりゃあ勿論。けど、竜って言ったら、だいたいその手の空飛ぶトカゲだわよ」

 別にお互い、頓智を話し合っているわけでは無い。

 ミニセルの話通り、世の中における竜とは彼女が言う、手が翼になったトカゲ、ワイバーンに、足が翼になったワイアーム。そうして、手足も無い蛇が大きいだけの存在、ワームなどを指す場合が多い。

 しかしそれは誤用である事もまた知られており、それらは本来の竜と見間違われただけの爬虫類でもあるのだ。

 だから、竜を見たと言う話があれば、そのは大半がワイバーンやワイアームどちらかだったというオチが付く。

 ただし、今、ディンスレイが話している内容はそれに含まれない。

「それが……ララリート君が見た時、それには確かに手足もあったそうだぞ」

「ふぅん。で、翼だって生えてたわけね?」

「なんだ。それだけの反応か?」

「まあびっくり! それって本物のドラゴンじゃない! って、反応しておけば良かった?」

「ララリート君の話をしている時はな。私相手でなかったら、幼気な少女の心に傷を付けるところだぞ?」

「分かってるわよ。けどねぇ、艦長。操舵士から質問なんだけど、観測士のテリアンさーん、最近、ドラゴンって観測されたかしら?」

「いやぁ、申し訳ありませんが、見逃してしまっていますね」

 と、観測士からも苦笑混じりに返答される。

「君らも、ドラゴンというのは架空の生き物と思う性質かね?」

「これでも、空を飛びまくってる我が身だもの。仕方ないでしょ?」

 竜……ドラゴンとは幻の生き物である。

 それは鋼の如き鱗と、帯電する角、灼熱の息吹を口から発しながら、鋭い爪の生えた両手足で雲を掴み、巨大な翼で天を飛翔する。

 そう語り継がれ……やはり語られるだけの実在しない生き物とされている。

 見間違いだとされているワイバーン等の実在の生き物こそ、本当の竜であり、それが噂の中で変質し、より強大な存在として語られる様になったという説もある。

 無限の大地マグナスカブと双肩する無限の空の支配者。それを空想し、その畏怖を背負う存在として空想された、そんな存在こそが竜、ドラゴンなのだと。

「私はな、子どもの頃見た事がある」

「本当? 艦長」

「冗談みたいな話が継続中と思うかな? けれど、あれはドラゴンだった。私はそう信じているよ。少なくともワイバーンなんかの見間違いじゃなかった。そうだな……あれは……あれはなんだ?」

「聞かれても困るわよ」

「いいや違う。見ろ、大地の方だ」

 夕日により赤々と染まる大地。ブラックテイル号が空より見下ろすその大地の輪郭に、おかしな部分を見掛けたのだ。

 幾つかの低い山や丘と、森林地帯。赤焼けに染まって色が曖昧になった花畑も見えるその光景。それらはなだらかな坂となって、ブラックテイル号が進む先に底を見せていた。

 その底、また違う世界の風景。大地と表現出来る世界はそこで姿を変え、水を深く、広く溜めた光景を広げている。

「かなり大きいですが……海では無く、恐らく湖ですね。対岸が見える」

 観測士のテリアンがブリッジから各種観測器を用いてその大きな水溜まり、湖を観測している。

 だとしたら、彼とてすぐに気が付くだろう。ディンスレイが湖を見て反応したわけでは無い事に。

「なんだ? あれ……?」

 ブラックテイル号前方の湖。その中心から少しだけズレた場所に、湖から突き出た何かが見えた。

 一見すればそれは岩に見える。個性的な形をした岩が湖から突き出て、独特な光景をそこに作り出している様に見える事だろう。

 だが、じっくりと観察すれば、さらにそれが異質な物に映り始めるだろう。

 それは湖から突き出た岩の群れでは無いと気が付くからだ。

 それは経年劣化により輪郭が崩れ始めていたが、明らかに人工物。人か、それとももっと別の存在によって作り出された、家。そんな風に見えた。

「湖面に浮かぶ村落……と言ったところかな? ここから見る限り、浮いてもいない。本当に家々の上層部が突き出ている様に見えるが……観測士はどうかな?」

「同様の印象を受けます……が、断定するにはまだ距離がありますね」

「了解だ。操舵士。さらに近づく事は出来るか?」

「もうちょっと下降する事は可能だけど、あんまり下がり過ぎるのは危険ね。この艦、着水機能は無いもの」

「ふぅむ」

 判断は出揃った。好奇心をくすぐられる物も見つかった。そうして、艦長たる自分に決断するべきタイミングが回って来た。

「対岸が見えるなら、とりあえず湖の全景を把握しよう。もしかしたらどこかで端が無い可能性もあるし、存外、狭いかもしれない。少なくとも、あの構造物の近くに丁度良い陸があれば嬉しいのだがね」

「となると、着水じゃなくて着陸を目的とするって事ね」

「ああ、勿論だ。君の言う通り、この艦に着水能力は無い。ちゃんと陸地を見つけて降りる必要があるだろう?」

 その言葉はつまり、未踏領域における新たな謎と出会った事を意味する。

 その謎を、勿論調査するという意味もあった。

 もっとも、メインブリッジのメンバーどころか、他の船員だって、ディンスレイがそう決断する事などお見通しだったかもしれない。

「好奇心には逆らえないわよね、私達って」

「まったくだ。雑談で竜の話をしている最中に、現実でも不思議な物を追っている。救えない性質だろうな」

 だが、そうでなければ今、ここに居ない。そんな不思議な一体感が、ブラックテイル号には生まれつつあった。




「えー、それでは今回の探索班が集まってくれたところで、艦長から直々にこの度の作戦の概要を説明させて貰う。私が聞く側にならないというのが甚だに不本意な状況だからして、諸君らの方には是非、頑張って貰いたい」

「女々しいわよー、艦長ー」

 ブラックテイル号が着陸した地点。上空から発見した湖の縁。湖畔と表現出来るであろうその場所で、ディンスレイは椅子を並べ、その椅子が向かう先に立っていた。

 椅子の数は五つ。それが探索班の人数であり、椅子に座る人間は埋まっている。

 そこにディンスレイは座って居なかった。むしろ彼らの視線を集めながら立っている。

「ミニセル君。君は必ず探索班に参加しているな。ちょっとしたズルじゃあないか?」

「艦長が決めたんでしょうが。私を冒険者としても雇う事を!」

 まったくもってその通りであるが、それでも椅子に堂々と座っているミニセルの姿を羨ましげに見るくらいの権利は艦長として持っているはずだ。そう思う事にする。

 ついでに、今回のミーティングをわざわざブラックテイル号の外にしたのも、艦長としての決定に寄らせて貰っている。

 せっかく着陸したのだ。この空気を、大地を味わっておきたい。

「まあ、私は参加しないわけだが? 見ての通り、今回は湖の上を移動して、君たちは今回の目的地、湖中の建造物を発見して貰う手筈になっている」

 幹部会議でも決まった事柄をミニセルが選んだ探索班員達に伝えていく。特徴的かつ謎の多そうな場所を見つければ、探らないという選択肢は無い。それがブラックテイル号一同である……というのは、もはや皆が理解している事だから、いちいち説明しない。

 説明していくのは、細かい目的と情報を整理だった。

「建造物は丁度、湖の中央近く、そこからややズレた位置にある。簡略化した地図は既に持っているな? 全員への配布だぞ。無い物が居たら責めないから正直に言う様に」

「さすがにそこに手抜かりは無いわよー」

「ミニセル君。いちいちツッコまないで欲しい」

 艦長としての沽券に関わるでは無いか。もっとも、こういう風景も日常茶飯事になりつつあるか。

「我々は出来ればブラックテイル号を、その建造物から直線状、に直近の湖畔に着陸させたかったが、いかんせん上手く着陸出来る場所が無くて、建造物からやや離れた場所が我々の位置となるだろう。無論、近づくためには湖の上を進む事になる」

 言いつつ、二、三歩ほど身体を動かす。湖畔近くの砂地で足元からさくさくと音が聞こえて心地良い。天気も良さそうであるし、海では無く広さが有限な湖だから、激しい天候の変化も少ないだろう。

「質問です。湖畔上を進む船についてはどれ程の準備がされていますか?」

 手を挙げて、探索班員の一人が声を発する。ミニセルが選んだ女性船員であり、確か飛空船では無い方の、水の上を動く船の操舵経験がある女性だったはずだ。

「冒険用に持ち込んでいた推進器付きのボートだ。一人で手漕ぎも出来る程度軽いものでな。これを二つ、現地改修を行って貰っている。片方だけでも手狭になるだろうが五人は乗れるだろう。片方に何かあった場合は、もう片方で上手くやってくれ」

 やや離れた場所から、工具が木材や金属を叩く音が聞こえて来る。整備班はこういう時、道具の作成班ともなる。

「じゃああたしも質問」

「他には何か無いかー?」

「しーつーもーんー」

 手を挙げなくても聞こえてるし分かって居る。しかしあえて無視しているのだという事くらい、ミニセルの方も分かって居るだろう。

「はぁ……なにかなミニセル君。出来れば、建設的な話をこちらはしたいのだが」

「もう出発しても良い?」

「駄目だ。建設的な話じゃないのでな」

 ぶーぶーと文句を言い始めるミニセルだが、一方でディンスレイの方は真剣な表情を浮かべた。

「今回に関しては、慎重に行かせて貰う。前回の事もあるだろう」

「そーれを言われると、痛いところよねぇ」

 前回、やはり不可思議な環境や地形の調査を行った際、探索班は一度遭難してしまった。

 その際もミニセルが班長であり、今は無事ではあれ、未踏領域の探索そのものが中止となる可能性もある、そういう危機があったのだ。

「君らの能力を疑うわけでも、不足があるとも思わんが、前回の反省という形で、今回は危険を感じた場合はすぐに撤退する。という方針を取る。これも決定事項だ。それでどれだけの事が出来るかというのも、試して置きたいところだからな」

 未踏領域の探索事業などというのは、シルフェニア国全体でもそれほど試行回数が多いものでは無い。

 なので現場で試行錯誤もしていく。危険に対してむしろ臆病になっている。そういう試みとてしておくべきタイミングだとディンスレイは考えた。

「ここからボートで例の調査対象に接近するまで、だいたい一時間半ってところかしら? 手近に逃げ場があるっていうのは、確かに逃げられる時に逃げておくべきかも?」

「同意してくれて助かるよミニセル君。ブラックテイル号も安全地帯とは断言出来ないが、君らの逃げ場として確かにあるという事を念頭に置いて欲しい。だから、出発の際も、きっちり準備が出来てから……だな」

「あの……もし、それで上手く行かない場合はどうなるのでしょう?」

 最初に質問してきた女性船員……名前はカーリア・マインリア。普段は船内の肉体労働全般をしてくれている彼女であるが、今はやや不安げな表情を浮かべていた。

「上手く行かない場合は……そうだな。次の挑戦の際は、やはり大胆にやるさ」

 挑戦しないという選択肢は無い。艦長としてはそう断言する。カーリアの不安げな表情は晴れる事が無いだろうけれど。

「ま、どうせそこに危険があるなら、仕事に集中するのも良いし、いっそ楽しんでしまうが吉よ。冒険ってそういうものだもの」

 前回、命の危機まであったミニセルが言うのだから大したものだと思う。彼女に関して言えば、やはりお前はもっと慎重になれと言ってやりたいところだが。

(いや、私が言うのも何だな。そこは)

 同じく、ディンスレイもその時、危機に陥った。しかも自分の選択に寄ってだ。

 その事をわざわざこの場で説明出来ないから、ディンスレイは苦笑いを浮かべて、ミーティングを再開する事にした。




 推進器というのは、ワープ程では無いが、人類の夢を現実にしたものだなと彼女、ミニセル・マニアルは思うのだ。

 その推進器、ボートの後方に設置されている金属の箱を見つめながら、ミニセルは海上をボートによって進んでいた。

 機構は飛空船を飛ばすものと変わらない、浮遊石の浮遊力を偏向させるもので、その力に寄りボートを押すのだ。

 風の無い水の上でも自由に動ける様になるこの発明は、飛空船程では無いが人類の足跡を世界に広げてくれた……と思う。

「何か、心配でもありますか?」

 今回の探索班の一人であり、女性船員のカーリアが話しかけて来た。二人して同じボートに乗っているのだ。何かあればそりゃあ会話が始まる。

「どーにも、この手のボートの推進器って、小型の飛空船と比べても小さいじゃない? 箱だって金属だけど押せば凹みそうな耐久性で、ずっと見てると不安になってくるのよね」

 言いながら、微振動を続ける推進器に直接触れる。別に熱を持ったり触れる者を破壊したりはしないので、軽い仕草のそれだ。

「早々壊れるものでは無いでしょう? 今回はさらにボートが二隻。我々二人が乗る方と、あちらには、三人が乗り込んでいる。片方が駄目になってもと艦長からの話ですが、確かにかなり慎重で綿密な計画だと思っているのですが」

「分かってる分かってる。いきなり何も出来なくなってどうしようも無い。なんて状況には今回はならないわよ。けどね、こういう冒険を続けていると、自分の足元が随分とぐらつく崖みたいな場所にあるんだなって、色んな状況で思ったりしちゃうの」

「ぐらついた崖みたいな……?」

「いまいち分からない? 固いのねカーリアさんだったら」

「いえ……それは……いや……」

 何かしら不服がありそうな言葉を発しながら、それでもカーリアの方はそれを飲み込んでしまった。

(あんまり良い反応じゃないわよね、これ。カーリアさんが固いんじゃなく、あたしの方が柔くて軽いんだ。みたいな事を言いたいのかも)

 年齢的に、確かミニセルの方が若い。だというのに船内における立場も重要性もミニセルの方が上。ちなみに同性でもある。

 考えてみれば、二人きりだと空気が悪くなるセットになっているなと思う。

(あっちの三人乗りのうちの一人になっておくべきだったかしら?)

 ボートの組み分けは、単純に男女で分かれている。一方、分かれたと言っても、お互いはそれ程に離れず、平行になるスピードで湖面を進んでいた。

 だからと言う程でも無いが、三人乗りの方を見れば、向こうの方がまだ空気は良く見えた。他人の庭は綺麗に見えるとかその手の話かもしれないが。

「こう考えましょう。大地はこんなにも広いのに、色んな顔を見せて来る。それにあたし達はまだ対応出来ない。こんな、小さい箱の事すら心配しちゃう、そんな人間のままなのよ」

「かなり……壮大な話になりましたか?」

「身近な話よ。今ここで、あなたと話をするのだって、あたしにとってはそこそこ緊張しちゃう。もっと気楽に話せれば良いのだけれど……」

「そうだったのですか?」

「そうだったの。これでも、空気を読めない性質じゃないのよ? 勇気を持って無視してるだけ」

 相手の緊張をほぐすための会話であったが、あながち嘘でも無かった。

 自身はどちらかと言えば変わり者。そういう自覚がある以上、そうでない相手との会話は、致命的にズレたりしないかと心配してしまうのは何時もの事。

「けど安心して、カーリアさん。あたし、むしろあなたに仲間意識を抱いてる方だから」

「わ、私にですか!?」

「そんなに意外? あなたっていうか、あなた達。ブラックテイル号のみんなは仲間なのよね。あたしにとっては。それも結構貴重な方の」

 昔から、どこか他人とは違うと考える性質があったミニセルであったが、ブラックテイル号に乗ってからはそれが無い。みんな同じみたいに考える事が多くあった。

 だから……簡単に失いたく無くって、少し心配になっているのかもしれない。自分で話していて、自分の感情に納得出来る理由を見つけた気がする。

 これだから会話は結構好きなのだ。相手の事も、自分の事だって知れる。

「あの……恐縮な話なのですが、それで実際、推進器は壊れそうですか?」

「今のところは……そうでも無いわね。行きについては、むしろ順調。見て、そろそろ着きそうだわよ」

 湖面を走るボートは無事、ミニセル達を一時間半掛けてそこへ辿り着かせてくれた。

 湖面に浮かぶ石作りの構造物。遠くからはそう見えたそれは、近づく事でその正体を現してくる。

 もっとも、その現れた姿は、未だ謎の形をしていた。

「街……よね? とりあえず?」

「同じ印象を受けています。多分、断言出来ない部分についても」

 ミニセルがそれを街だと言ったのは、それには窓らしきものがあった。統一された規格の様な物が見えた。単なる構造物というよりは、そこで活動する事を前提にした機能性の様な物が見て取れた。それらをひっくるめた建築物が、同じ様な見た目で、一方で良く見ればそれぞれに個性がある色や大きさで、幾つも並んでいたからだ。

 それは一つの街。そうと表現するのが一番正しいのだとミニセルは思う。

 なら、カーリアが断言出来ないと言ったのは何故か? 同じ気持ちをミニセルが持ったのは?

 それは……その街に見えるそれらが、その殆どの部分を湖面に沈ませていたからだ。

「思ったより深い湖だったと思えば良いのか……そんな湖に、なんでこんな街が沈んでいるのかと驚けば良いのか。迷うところね」

 それを街と認めたくない。そう思ったのは、相当に高い建造物が並んでいたであろう、技術も規模もあった街が、湖面に沈んでいるという異常な光景を認めたくなったからだ。

 だが、そこにむしろ足を踏み入れるのだ。ミニセル達は。幾ら不安を抱えて慎重になったって、成り過ぎる事はあるまい。

 そう思わせる異質さにまた、ミニセルは出会っていた。




 風が吹いているわけでも無く、波音だって聞こえないのだが、どこか清涼感のある風景。

 湖の傍というのは、なんとも気分の良い場所かもしれない。

 そんな事を思いながら、ディンスレイは水に足が触れない程度の縁を歩いていた。

「そうか。そっちは目新しい発見は無いか」

 と、風景の感想の一つでも言葉にすべきタイミングで、ディンスレイは仕事の話をする。

 無論、仕事の話をする相手がそこに居た。彼、整備班長のガニ・ゼインはディンスレイより湖から離れた場所で、ディンスレイと並行して歩き、言葉も返して来る。

「あの箱の中身に関しては、言ってみればそういう状況ですなぁ」

光石(こうせき)だろう」

「おっと」

 話題は活性山脈で手に入れた輝く浮遊石について。相談の上、無難に光石という表現をする事に落ち着いたが、名前が付いただけで、何か進展があるわけでも無い。

「色々と、試してくれている事は知っているが、それも手詰まりという事で良いかな?」

「ええ。まあ、次にどうするかって頭を悩ましています。いっそ、艦の推進器にぶちこんでしまうかと思ってしまいますよ」

「さすがに、それは私だって遠慮して欲しいと思ってしまうな」

「そうですかい? 確かに、こっちにしてもそれは冗談でさぁ」

 そんなガニからの報告を聞き、ディンスレイは一旦立ち止まる。ブラックテイル号からそう離れるわけにも行かない。

 ある程度離れた場所に見えるブラックテイル号を見つめながら、ディンスレイは隣のガニの方へと向き、話を続けた。

「頭の中を整理し直す上でも、外に出て散歩でもと誘ったつもりだが、あまり効果は無い……か」

「申し訳ない話ですがね。ありゃあオレの手に余ります。もっとこう……自分で言うにゃあ恥ですが、頭の柔らかい奴に任せてみるのも手だと思いますがね」

「そう弱気な事を言ってくれるな。今だって、光石を扱うには整備班長が最適だと私は思っているんだ。頭が柔いだけでは駄目だ。発見の中から、ある種の法則を見つけ出す必要がある。光石に関してはそれが必要だ」

「そういう勘がしているわけでしょう?」

「ああ、勘だとも」

 それを、ガニも持つべきだと艦長としては思う。それくらいで無ければ、もはや光石から新たな見地を得る事は出来ない……かもしれない。

「かなり、無茶を言われてるんですかね? 今のこの会話は」

「かもな。だが、今のところは深く考える必要もあるまい。報告は受けたが、暫くは進展無しでも構わんさ。他にやるべき事があるし、その間、整備班はむしろ休憩しておいてくれ」

「艦が浮いている時は推進器の管理に、着陸したら整備とボートの改修と、確かに疲れは溜まってますが……」

「そりゃ大変だ。十分な休養は大切だぞ?」

「艦長がそれを言いますかねぇ? いっそ、湖に連中を泳がせてやるとかどうですか? 気分も良くなりそうだ」

「名案だが、それに関してはもう少し待ってくれ」

 湖自体に、何かしらの毒だの危険生物だのが居るかもしれない。そんな危険性を判断するため、船医のアンスィ・アロトナが軽く調査を行ってくれている。出来れば水辺の危険性くらいは幾らか判明させてくれれば有難いが……。

「艦長さん! 艦長さーん!」

 と、離れた場所から元気が有り余っていそうな声が聞こえて来た。この声については聞き覚えがあるどころか、聞き過ぎると耳に響いて夢に出て来そうになるタイプの声。

 ララリート・イシイという少女の声はそういうものだ。

「もう少し待ってくれってのは、この仕事が来る事が分かってからですかい?」

「そうでも無い。だが、何かあったな。この声色からすると」

 なんだか知らないけど急ぎの伝言を頼まれたから早く伝えないと。ララリートの声は、そういう時の声だった。

 整備班長と二人、それを察する事が出来るくらいに、ララリートの事も、ブラックテイル号が巻き込まれる難題についても、慣れ親しんでいる。

「ララリート君。伝言の時は素早くあれど慌てずに、声量を抑え気味にだ。教えて居ただろー!」

「はーい! そうでしたそうでしたー!」

 と言いつつ、勢いを殺さないまま、ララリートはディンスレイ達の元へとやってくる。

 そのまま転ぶか突進してくるのでは無いかと警戒したものの、良く止まれたものだとばかりにララリートはディンスレイの前で勢い良く止まった。

「で、どうしたい嬢ちゃん。また何かあったのか?」

「はいはい整備班長さんも! あったんです! けどけど、伝言を頼まれたわたしは、なんだか良く分からなくって。そんなに急ぎ伝えなきゃな内容なのかなぁ? ってなってます!」

 首を傾げているララリートを見て、どうやら少しばかり複雑な話題らしいと察する。つまり、さっさと聞いて、ディンスレイ達の方が悩んでやらないといけない。

「とりあえず、伝言を頼んだ人間の名前と、伝えてくれと言われた内容を、極力そのままに伝えてくれないだろうか」

「了解です、艦長! 伝言を頼まれたのはアンスィせんせーで、伝言の内容は……ええっとぉ……ら、ララリートちゃん。ちょ、ちょっと良い?」

「ああ、船医殿のどもりと、話題の前段階については省略して貰って構わないぞ、ララリート君」

「そうですか? わたしもそうした方が良いと思います! それでですね、アンスィせんせーはこう言ってました。この湖、どうにも生き物が居ないみたいだから、艦長さんに相談したいって」

「ほう。なるほど……つまりこの湖は……」

 ちらりと、平穏一色に染まり、風も波も無いその水溜まりを見つめ、呟く。

「死の湖。と言ったところかな?」

 また不吉な言葉を呟きやがったなこいつ。そんな視線をガニ整備班長から向けられている気がしたが、背中が痛いだけで我慢しておく事にした。


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