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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と再会の始まり
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② 迫る問題にどう対処するべきか?

 実験艦ブラックテイルⅡから得られたデータや技術に寄り作られたワープ艦は、ブラックテイルⅡに搭載されていた機能を発展させる形で導入されてもいる。

 その一つが通信装置である。艦内向けのそれも勿論であるが、遠距離用の、遥か離れた地点の通信装置同士を会話されるそれも、ブラックテイルⅡに搭載されていたものをさらに小型化させる事で実装されていた。

 シルフェニアの各所に設置された通信装置と、ワープ艦は直接会話出来る機能を持っているという事だ。

 それだけで無く、ワープ艦同士も、ほぼリアルタイムで会話する事が出来る。それはつまり、これまで以上に連携した動きを、ワープ艦同士にさせる事が出来るという事。

 新時代の艦隊運用。そんなものもまた、夢物語では無く、差し迫って考えられている。そういう話ではあるのだが……。

「この通信装置、ワープ艦自体の状況と同様に、まだ万全では無いと聞いているが……故障か何かの可能性は無いか?」

 ディンスレイの声が響く……事は無いが、それでも、今居る部屋の中では良く聞こえたはずだ。

 部屋というより、ワープ艦内にあるメインブリッジと言うべきかもしれないが、まだ空を飛んでいないし人員も揃っていないこの場所は、空き部屋と用途としての違いが無かった。

 もっとも、今、こうやって設置された通信装置が存在している以上は、ただの部屋では無いかもしれない。そんな部屋を特別にしている通信装置が原因不明の音を発生させているのも、さらに今の場所を単なる部屋で無くしている。

 大の男達が顔を突き合わせて、渋顔を浮かべている。そんな部屋なのである。

「さっきも言いましたが、十分に扱える人間が不足してるって話で、機器に関してはそこまで酷い問題は出てません。今までのところは」

 ガニ技術指導教官が腕を組み、自身の部下が通信機器を調整している様子を見守っている。真剣なその表情を見れば、彼の目からしても、原因はまだ不明の様子だった。

 それでも件の通信機器は、何か……耳を擽って来る様な、そんな微かな音を漏らし続けていた。

「事実として、音が聞こえている。今、この瞬間に問題は発生した事になるだろうさ。そうだな……何らかの不具合で、他の通信装置に繋がっている可能性は無いか? 通信装置はここのワープ艦の数だけある」

「さっき聞いたでしょう? その全部から音が聞こえてんですよ。音を聞かせてるんじゃなくね」

 同時多発的に通信装置が壊れた……という可能性も低いだろう。

 今のところ事実を並べるならば、すべての通信装置が原因不明の音を、どこからか拾ってきているという事になる。

「シルフェニア各地にも同種の機器が設置されているわけだし、都市間の通信なんかも既に行われているはずだ。それを偶然、このドックが拾ってしまったというのはどうだ?」

 まだまだ技術的に真新しい装置だ。同時使用に伴う不具合の様なものを、新たに発見する場合もあるだろう。

「通信装置が増えれば増える程、所謂、通信が混じる……混線とでも言うべきなんですかね? それが起こるって予想はありますよ。だから通信装置同士の感度を調整したりなんかも現状、してるわけですが……おい、大佐に説明してみろ。今起こってる事の不可解さを端的にだ」

 と、話の途中で、ガニ技術指導教官は通信装置の整備をしている部下の一人に指示を出して来た。

 ガニ技術指導教官とて、ここから話を続かせる事くらいは出来ただろうに、こんな場合でも、部下に経験を積ませる事への気を回しているらしい。

 そんな指示を出された部下の男は、どこかで見た青年の様に緊張しながら、ディンスレイに現在の問題点を伝えて来た。

「りょ、了解です! 大佐が仰られる様に、通信装置同士、時にそこからの音が混ざる様な事態は考えられていますが、勿論それは、混ざる程に通信装置より発信された意思に強度がある場合と、それを受け取る側にその強さの意思を受け取れる状態にのみ、起こるものです」

 意思の強弱というものを言葉にされると、些かそんなものが影響するのかと思ってしまうが、事実、この通信装置は話し手の意思というものが重要になってくる代物だ。それは良い。

 今この場で問題なのは、機械がどういう過程で効果を発揮しているかでは無く、どういう風に動いているかである。

「私が仮定する問題が発生するのは、周囲が大声を出している場合か、聞いてる側が聞き耳を立てている場合かに限るという話だな。それは理解したが……だからこそ、その状態が原因では無いか?」

「シルフェニア国内の通信装置は、指導教官が仰った様に、混線が極力起こらない様にお互いに調整を行っています。それでも、発生する様な強度を発信側がしてしまう可能性も無いわけでは無いですが……その場合、後はこちらの問題になります」

 固い説明であるが、だいたいの状況は理解出来て来た。起こる可能性はゼロでは無いが、それでも、とても低い可能性であるし、起こった場合も、今の様な状況にはならないと、ガニ指導教官の部下は説明しているのだ。

「我々側が聞き耳さえ立てなければ、やはり混線は起きない。つまり、今、私達の目の前にある通信装置は、どこかの通信装置から発信された意思を、受け取れる程の感度には無い……というわけだな」

「は、はい! その通りです! 何せその……問題を洗い出している最中なので」

 極力、問題が起こらない状態にする事で、問題の発生原因を探るという手法だ。原因を一つ一つ潰せば、いずれ問題は発生しなくなり、そのタイミングこそ、原因が判明する瞬間と言えるのだが……。

「今も聞こえているが……感度を低くする調整は、勿論、行っているわけか?」

「そ、そのはずです……」

 はずが、音は通信装置から、今なお聞こえて来ていた。

 本来、今の通信装置は、どこか別の通信装置に繋がるはずも無い程の感度にしているはず。装置の機能自体を落とすという事もしていないはず。それをすれば音は消えるはずだが、原因は不明のままになってしまうはず。

 なら、ここで出せる答えは一つはずだ。

「発信側が、低い感度でも聞こえる、強烈な発信をしているな。これは」

「そんな……シルフェニア国内でそんな無茶な通信をする取り決めは無いですよ!」

 そんなガニ技術指導教官の部下からの言葉に、注釈を加えて来るのはガニ技術指導教官自身だった。

「そんな機能の装置が無いと言え。大分意味が違ってくるだろうが、そこは」

 ここでガニ技術指導教官が話に入ってくるという事は、彼の部下の説明は減点対象になったという事だろう。なかなか厳しい男である。

 ただ、それを慰めるより前に、今はやるべき事がある。原因究明だ。

 ディンスレイ自身の言葉が当たっているとしたら、それは少々厄介な状況かもしれない。

「シルフェニア国内からの通信が、通信装置の性能自体の問題で無理だとすれば、その可能性は限りなくなんて枕詞を使わずとも、ゼロと言える。なら、シルフェニア国外からの通信が入っているんじゃあないか?」

「言っちゃあなんですがね、大佐。この通信装置は、整備する側の手際はまだ不足はあるが、それでもシルフェニアの最新技術だ。他に配備されているのもです。そんな装置でも不可能な強度の発信ってのなら―――

「候補はあるだろう? 技術指導教官。通信装置云々の話より前に、我々はまずそれを知ったはずだ。いや、彼らか」

 通信装置込みで、ワープ艦はブラックテイルⅡを元にして作られたものだ。ブラックテイルⅡは勿論、前身であるブラックテイル号を出来る限り技術的に再現しようとしたもの。

 ではブラックテイル号は? 勿論、彼らの改修に寄り、その力を得た。

 オルグ。未だシルフェニアにとって大きな壁になっている西方赤嵐の、さらに西方に存在する、シルフェニア以上の技術力と知識を抱えた種族。

 オルグの通信装置ならば、遥かに離れたシルフェニアの通信装置に、どんな状態であれ、言葉を届かせる事が出来るかもしれない。

「えっと……すみません。その件については私も話を聞いてはいるのですが、事実そうだとして……それを判断するならどうすれば……」

 そもそもオルグの存在すら、説明されたところで理解出来ないという様子で話してくるガニ技術指導教官の部下に対して、確かにこれは及第点も与えられないかと心の中で評価する。

 要素が大層なものになって来ただけで、確認方法は酷く単純だからだ。

「逆にこっち側の感度を上げろ。この音をもっと良く拾える形でだ。もし、誰かが何かを伝えようとして来ているなら、それでその内容が分かるはずだ」

「そ、そういえば! やってみます!」

 言われてからの行動が速いというのはまだマシか? いやいやこれくらいは、指示無くとも気付いて貰わないと。

 後方で眺めているだけにしては、随分と偉そうな事を考えている自分への苦笑を我慢しつつ、ディンスレイは耳に届いて来る音に集中した。

 受信する感度を高めていくに従って、聞こえて来る音も大きくなって行き……。

『FѤрҬЙЯtӮйѢѵѐѿКЛӍЩ! ѻѹ҂、Vљaҭ҅фrhЕӦЯҡvђңБөұг! ЭӗѻYҷөNӆӐйuҽӅьПOсӑҔIаeӁҗӰҨЁI҂ӖљѫfѤ!』

 声が聞こえた。シルフェニアの言語では無いが、それでも、これは言葉だ。口調、語感、何より相手に感情を伝えようとする意図がある。単なる動物の鳴き声などであればこうは行かない。

「大当たりですな、大佐。やはりオルグでしょうか?」

 ガニ技術指導教官の問い掛けに対して頷き……かけて、一旦考えを保留する。

 認めても良い気がしたが、何かが引っ掛かる。

 だから結論を出す前に、情報をさらに集める事にしよう。

「この声、一定のリズムがあるな。何かの言葉を繰り返している様だ」

「そうなんですかい? 確かに、言われてみればそんな気もしますが……」

「同じ意味の言葉を繰り返しているだけなら、翻訳出来るかもしれない。向こうの通信装置とこちらの通信装置は根が一緒だ。翻訳機にもなるし、同じ意味の発言を繰り返しているなら、さらに上手く意味を拾える」

 特に、ディンスレイ達自身の頭の方が。

 シルフェニアの人間、そうしてオルグ達もまた、通信装置の機能は、種族そのものの特性に依存している部分がある。

 ある種のテレパス。言葉を解せぬ意思同士を伝える力。それを増幅し、遠方に飛ばすわけだ。だからまったく違う言語であろうと、受信側の通信装置を調整さえ出来れば、自分達の言語として理解する機能もまた存在する。

 今、それをしてしまえば良い。

「あまり多用するべき機能じゃないってのは、オレ達の経験則を参考にマニュアル化してるところなんですが……」

「有事の際は別だ。そうして今は有事だろう」

「まーそうですが……」

「出来ると思います。やってみますか?」

「ああ頼む」

 やや躊躇しているガニ技術指導教官を飛ばして指示を出すのもどうかと思ったが、やはり有事だ。文句もあるまい。

 通信装置から聞こえて来る言葉もまた、今なお止まらず同じ言葉を繰り返してくれている。周囲への害無く、慎重に翻訳するには適した状況と言える。

『これが聞ЙЯtӮйѢѵѐѿКЛ良い! 我々、Vљaҭ҅фrhЕӦЯҡv勝利өұг! 遥かNӆӐйuҽӅьПOсӑҔIаeӁҗӰҨЁI҂Ӗљѫfたのだ!』

 通信装置の調整が進んで来たのか、もしくはディンスレイの頭の中の機能が働き始めたのか、恐らくその両方であろう理由の元、意味が分からぬ言語が徐々に、シルフェニアのものとして聞こえて来る。そういう錯覚をする。

『これが聞こえる者がいるならばѿКЛ良い! 我々、ハルфrhЕӦЯҡは勝利した! 遥か昔uҽ我々にIа続けたӰҨЁ駆逐したのだ!』

「艦長……こりゃあ」

「しっ……それと、今は艦長じゃあない」

 だから、静かにそれを受け止める。ブラックテイルⅡ艦長では無く、シルフェニア国軍大佐という地位にあるディンスレイ・オルド・クラレイスは、今はそれを、静かに受け止め、深く考える必要がある。

 軽挙妄動は許されない。

 言葉は次の瞬間に、すべての意味が理解出来るものとなったが、それにどう反応するべきか。

 艦長の時ほど、簡単に答えを出す事は出来ない。だから一旦、受け止める。

『これが聞こえる者がいるならば聞くが良い! 我々、ハルエラヴは遂に勝利した! 遥か昔より、我々に抗い続けたオルグ共を駆逐したのだ!』

 その通信は、聞く限り勝利宣言だった。

 脳裏に浮かぶのは、シルフェニアの人間を自分達の後継者に選び、ブラックテイル号を改修し、シルフェニアへとその技術を残す選択をしたオルグという種族の顔。

 そんなオルグ達は絶滅の危機に瀕していた。

 何故か? かつて、自分達より分かたれた別種族からの苛烈な攻撃にあっていたからだ。

 他の種族の存在許さない、しかしてシルフェニアより遥かに高度が技術力を持つ種族、ハルエラヴ。

 オルグはハルエラヴとの、種族としての哲学まで含めた戦いを続け、そうしてディンスレイ達と出会う頃には、敗北への道を進もうとしていた。

 だからこそ、シルフェニアはオルグの後継者として選ばれる事になった。ブラックテイル号はその証だ。

 今、ディンスレイが耳にしているのは、そんな自分達を後継者として選んでくれた先達の敗北と―――

「オルグが倒されたって事は……ハルエラヴが、来る?」

 ディンスレイは慎重に考えていたが、先んじてガニ技術指導教官がそれを言葉にしてしまう。だからそれも飲み込まなければならなくなった。

 オルグは残りの種族としての寿命を、ハルエラヴとの戦い、その時間稼ぎ費やそうとしていた。

 そのオルグ達にハルエラヴは勝ったのだと宣言しているのだ。

 それはつまり、ハルエラヴ達の枷が無くなったという事。

 枷の外れたハルエラヴは、次にどこへと手を伸ばす?

『我々は勝利した! 我々は勝利した! 我々は勝利し続けるだろう!』

 少なくとも、ハルエラヴは続けるつもりなのだ。

 他種族への勝利という戦いを、これからも。


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