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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地ともう一つ日
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閉幕 タイミー・マルファルドの一日 後編

 ディンスレイ艦長の大きな執務室。その端の応接スペースにタイミーが座り、暫く経ってから思う事は、確かにこの部屋の居心地というのは、あまり良く無いものだなというものだった。

「大きすぎるというのは問題だろう? 部屋の大きさというのは、結局使用する人間の数に合わせるべきだと私なんぞは思うよ。そこはデザインを考える人間の方にも理屈があると思うが……ふむ。とりあえず艦に乗っていた時と体調についてはそう変わりが無いで良いんだな?」

「私も、こういう場所が仕事場だって言われたら、絶対人を呼びたいって思っちゃいますけどー、それはそれで贅沢なんじゃないですか? それと、艦を降りてから怪我も病気もしてませんので、勿論、変わり映えしてませんよー。暴飲暴食もしてないので太っても居ません」

「看護士としては上等という話だな」

 と、この様な雑談と仕事上の話を混ぜた会話がさっきから続いていた。

 ディンスレイ艦長は何やら資料も作成中らしく、タイミーの回答を用紙に書き込んでいる。

 要するにタイミーが今後も仕事を十分に行えるか。もっと無機質な表現をするなら、性能に不足が無いかと言った内容がそこに並んでいるのだろう。

「私が次に配属されるのも、どこかの看護士としてって事ですか?」

「それ以外を望んでいるか? 新しい職に挑戦したいという話なら、その手の訓練コースが国軍内部にもあるから、推薦状は勿論書くがね」

「あっ、違います。そういう事じゃなくって、看護士の仕事も嫌ってわけじゃないですよ? ブラックテイルⅡでの仕事も、そこまで大変じゃなかったですしねー」

 実際、ドラゴンゲートで旅をした際は、看護士として限界を感じるなんて事は無かった。むしろ楽な部類にすら入ってしまうやもだ。

 ブラックテイルⅡそのものは無茶苦茶な状況が多い艦であった。一方、これも肌で感じた事であるが、看護士の手が足りないという事は無かったのだ。

 タイミーなりに工夫して、忙しさを減らす様に心掛けてはいたたものの、それ以上に、その減らした分を埋める様な仕事が少なかったと言える。

 巻き込まれる状況に対して、船員への被害が少ないというが一番の理由だろう。打ち身切り傷腹痛頭痛に至るまで、怪我人病人が来る事はあったし、医務室のベッドが埋まるという事態もあるにはあった。だが、頻度は少なかった。

 船員の大半が大怪我を負う事態も無ければ、原因不明の感染症に悩まされる事も無かった。つまり、看護士としてならば、想定の範囲内の仕事だったと言える。

 何なら、時折ドラゴンゲートの生態について興味を持ち、実験器具なんかを用意してはりきる、上司の船医の存在が一番厄介だった記憶がある。タイミーは良く良くそれを手伝わされたのだ。

「ふむ。聞く限りにおいて、肉体方面については支障無さそうではあるな」

「でしょー? 勿論、心の方だって―――

「内面については、少々問題がある状態だと、報告が上がって来ている」

「……誰からです?」

「君が今、仮配置になっている診療所からだ。別に、暇させるためにそこで雑用をさせてるわけじゃあないぞ?」

 長い旅を終えた船員の肉体や精神の予後を調べるためにも、落ち着いた場所で仕事をさせていると言いたいのだろうさ。

 そうして、タイミーに対しての診断が出ていたわけだ。

「ちなみに、どういう問題で?」

「仕事の最中、時折、物思いに耽る時があるとさ。普段、要領良く人間関係を構築し、会話だって達者な君だからこそ、そういう状況が目立ってしまうのだろうな」

「なんだか恥ずかしいですね、それ。上手い事周囲に馴染もうとしていた努力を、じっくり見られてたって事で」

「上司というやつは、基本、そのためにいる。君が悪いわけじゃあないさ。いや、仕事中の態度としては悪いか?」

 ディンスレイ艦長に尋ねられずとも、悪いは悪いだろう。仕事に身が入っていないという事なのだから。

 そうして、やはり聞かれずとも理由は分かる。タイミーとて、別にサボりたくてサボっているわけじゃあない。意図してそれをする時は、周囲にバレない様に出来る自信もある。

「変ですよねー。ブラックテイルⅡじゃあ私、新参者だったわけじゃあないですか? その新参者が、ブラックテイルⅡで出会ったばかりの相手と、旅先で別れる事になったってだけで、自分の想像以上にショックを受けてる」

 自覚がある。時折、思い出すのだ。スーサやついでにロブロの奴の事も。ここに来るちょっと前にも思い出していた。泣きそうにもなった。情緒不安定というやつだ。間違いなく。

「もし、それが事実であれば、今後の査定にも関わって来るが……」

「艦長は……えっと、これ、言っちゃっても良いかな……」

 出かけた言葉を一旦飲み込む。あまり吐き出したく無い言葉が、喉の奥から出そうになったから。

「君のそういう部分。人間関係に手を抜いて生きるための方法だと取る者もいるだろうがね。私は、君の他人に対する思いやりだと考えているよ。だが、別に私相手に気を使う必要は無い。話したい事を話せば良い」

「なら……悲しく無いんですか? 艦長は?」

「……」

 言ってしまった。答えなんて決まっている問い掛けを、わざわざ聞いてしまう。これじゃあ自分は重い女みたいじゃないか。

「悲しいよ、タイミー・マルファルド看護士。誰一人欠けずに、ブラックテイルⅡをシルフェニアまで帰還させて、皆でパーティの一つでも開きたかった。その光景に、勿論、スーサやロブロ整備班員の姿だってあって欲しかったさ」

 そうだろうとも。この艦長が薄情な人間で無い事くらい知っている。船員を無事に帰還させる事が出来なかった事を、重く考える人間であるくらい、尋ねずとも分かる事だ。

 けれど、言ってみろと言われたのだから仕方ないじゃないか。吐き出した言葉を飲み込めないから、その前に慎重に、器用になるのだ。もう手遅れなのだけれど。

「悲しいから、仕事が手に付かない。言ってみればそういう事だな、タイミー看護士」

「言葉にしちゃうと安易ですよねー。だからこの手の感情を言葉として吐き出すのって、嫌いです」

 自分にそのまま返って来そうな言葉だって吐いてしまう。ここはそういう場なのだろう。そういう場に艦長がしたと言うべきか。

「君にとって、ブラックテイルⅡの旅は、それなりに鮮烈だったみたいだな」

「本当に不思議ですよねー。艦内で私、深い話とかした事無いんですよ? 食堂で美味しいと不味いの中間あたりな料理を食べながら、昨日医務室であった事愚痴ったら、スーサなんかは興味津々でそれはどういう事? って聞いて来て、ロブロの方はお前が怠けてるからだろとか突っ込んできて、ただそれだけで……」

 言葉にしてしまうと、離れ離れになって泣きそうになる程の関係性ではない。そう思う。だからきっと、艦長の言う通りなのだろう。

 ただそれだけの関係が、心に刻まれる様な旅だったのだ。

「これは君の上司として尋ねなければならん事だ。だから尋ねるぞ? その思いを一旦忘れて、通常の仕事に戻る事は出来そうか?」

「……」

 返せない。言葉にしたく無い。してしまうと、今抱えている大切なものだって、そうでは無い、平凡なものに変わってしまいそうだから。

 艦長の視線は、そんなタイミーをじっと見るものだった。

 向こうがどういう評価を出したか。それに関しては分かる。今のタイミーは普通では無い。普通では無い看護士を、普通の場所に配属させるなんて事は出来ない。

 それを確認するために、タイミーはここに呼び出されたのだろうと思う。船員一人一人を見ているこの人だから。

「君が君の中の感情を、上手く処理出来ないというのならば、それは少々困る……が」

「艦長はどうしてるんですか? 一緒に旅をして、知って、話をした相手を失うって事、艦長だってそうでしょう? 目を逸らす事なんて―――

「出来ない。そうだな。忘れようと努力する事すら、これまで考えた事が無い。そういうものだ。だから……常に向き合わなきゃならん」

「そんな強さが、私にありそうですかねー」

「器用さが取り柄だったろう? 強くある必要は無い。酷な表現になるが……仕事を上手く行えるのなら、心に何を抱えていたって、文句を言う人間は居ないものだ」

 それはそれで悲しい。この内面を曝け出せる事なんて、今後は無いのだぞと言われている様な気がして。

 ただ、そこまで言われたら、思うところも生まれるものだ。

「要するに上手くやれって事ですよね。それ、私も常々考えてるところではあるんです。上手くやる。はい、分かってます。だからこそ、今後の配属については……」

「希望が?」

「飛空艦業務から離れた物を希望します。一旦、心への向き合い方って言うんですか? それ、してみる必要がありそうですので」

 起こった事に向き合うのなら、せめて前を向く。そういう器用さが、タイミーに求められているものだ。いや、タイミー自身が求めているものだ。

 だからせめて、泣きそうだから泣かないでやろう。これがタイミーなりの、前の向き方だ。

「それは困る」

「もっと泣いてみせろと?」

「いやいや、泣くのを我慢して、これに参加してみないかと提案していてな」

 と、ディンスレイ艦長は一旦ソファーより立ってから、執務机の方へ向かう。

 山と積まれた紙束の中から、苦戦しつつ一枚の紙きれを取り出す姿は、今をときめくシルフェニア国軍の花形。ブラックテイルⅡの艦長の姿とは思えない。

 持って来た紙切れの内容にしても、ブラックテイルⅡ艦長が持ってくるものとは思えなかった。

 いや、紙切れというかポスターなのだが、一応は煌びやかなものであった。軍関係のものなのに煌びやかなのである。もうその時点から嫌な予感がしてしまう。

「求む、新天地への扉を開くもの……竜の門を越えて……?」

「笑えるだろう。我々がドラゴンゲートなどと名付けたのが、そのまま通ったらしいが、もうちょっと表現に工夫が欲しいところだ」

 ポスターには厳つい顔をした士官服を着た男が何やらどこかを指差しており、脇に目の輝きのある若い男女(もしかして船員の表現なのか?)が配置されている。

 この手のポスターは趣味が悪いなと思う性質だが、何を意味にしているのかすぐに分かるのが利点であろう。

 つまり……ドラゴンゲートを旅する者を募集しているのだ。しかもこの様なポスターになっているという事は、軍関係者だけで無く、一般人に対しても募集を行っているという事だ。

「未踏領域探索事業をまた行うって事です……よね?」

「既に我々が足を運んだ以上は未踏領域では無いかもしれないがな。ただ、大地は広大だ。調べ切れなかった場所の方が多くあるのは事実だし、ブラックテイルⅡが帰還した以上、次も送るというのはある話だろう? ただ、人の集まりが悪くてな。国軍内部だけだと不足しそうなんだ。だが、仕事が出来る人間が居ないというはまだまだ不安もある。無い試しも無いがね」

「これに……私が参加しろって事ですか?」

「駄目だろうか? 君はまさに経験者の一人だ。一般人の参加も視野に入れるならば、怪我人病人、精神的に参った人間だって多く出るだろうし、面倒を見られる看護士が参加してくれるというのなら、一返事でオーケーしてくれるはずだ」

「ええっと、そうではなくてですねー」

「なら、やはり不安か? 自分がこの仕事を全う出来るかどうか」

「それもありますけど……」

 だが、自分自身に尋ねてみれば、主要因は別にある。

 やる意欲が無い。それに尽きるのだ。先の旅では良い事も辛い事もあった。後者の方が多かったなどとは言わない。楽しい思い出を思い出そうとすれば、幾らでも出て来る。

 だが、最後の思い出は辛い事だった。だから……またそれを経験するかと尋ねられて、頷く事なんて出来そうになかった。

「すみません……艦長にも考えがあるんでしょうけど、今の私には―――

「これにな。前回の旅で行方不明になった船員の捜索も目的の一つにねじ込んだ。大佐という階級はこういう場合、なかなか便利だ」

「……!?」

 何か喋ろうとしたのだが、喋るべき言葉が複数飛び出しそうになって、ぶつかって、お互い打ち消し合った結果、無言で驚く事になった。

 一旦、ディンスレイ艦長から飛び出した言葉を、頭の中で反芻するべきだろう。

 前回の旅で、行方不明になった、船員、スーサとロブロを……。

「二人を……助けに行くって事ですか!?」

「勿論。一旦はシルフェニアに帰還してしまったし、そこからさらに日数も経ってしまったが、まああの二人なら生きているだろう。ブラックテイルⅡ側が無事だったんだ。シルバーフィッシュとて無事の可能性も高い。だが、彼らの救出だけを目的とするというのもなかなか難しくてな」

 だろうとも。そうだろうとも。だいたい、ブラックテイルⅡでの未踏領域の旅路は博打の様な事業だったのだ。シルフェニア側は犠牲が出る算段もしていたはずだ。

 それをゼロにするための試みなど、なかなか意見として通るものでも無い。けど、この艦長は、今もまだそれを狙っているという事か。

「幾つか、妥協するべき部分もある。非常に残念な事に、私は居残りだ。そうしてこのポスターの通り、民間の労力とて使った、言わば投機的な事業にもなっている。向こうで街建設の適地を見つけたいなどという話もあったな。勿論、地図製作による価値の創造も目的に入っている……ロブロ整備班員やスーサの捜索だけに注力出来ん状況にもなるだろうさ」

 だから、呼ばれたのだろうか?

 自分が。この場所で。ちゃんと仕事が出来る状況なのかを判断しなければならなかったのか。

「状況が状況なので、出来れば、捜索を優先出来る人材を送り込みたい。だから君をここに呼んだ……が、適材適所かどうかは、今、ここで決めなければならん」

「冗談。冗談言わないでくださいよ艦長。その目的に、私ほどの適任者はいません。なんてったって私……」

 言うべき言葉。吐き出すべき言葉。それを今、見つけ出す。言いたい事は色々あるが、言うべきとなれば一つだけ。だから今度はちゃんと声に出した。

「あの二人とは、友達なんで」

「そうか。なら、君がやはり適任だな」

 当たり前だ。悲しんでなんかいられない。それよりまず、再会した時の文句の一つでも、今から考えなければなるまい。

 こっちに相談も無く、向こう側に置き去りになる事を覚悟した二人。今頃、ブラックテイルⅡとは違う、もう一つの日々を過ごしているだろう二人。あの二人との感動的な別れを、馬鹿みたいな再会で台無しにしてやるのだ。











 空の彼方。シルフェニアとどれ程離れているかは知れないが、どこかで繋がっている空の下、青年は声を発した。

「あー、駄目だ。騙し騙し飛んでたけど、替えのパーツを見つけなきゃ。これ以上は飛べないよ、これ」

 青年は目の前の、銀色の飛空船を見ながら、叫ぶ様に呟いた。

 独り言では無く、銀色の飛空船の操縦席からちょこんと顔を出した少女に向けてのものだ。

 少女は青年の言葉に対して首を傾げながら、やはり言葉を発する。

「本当に駄目? これ以上は無理?」

「うーん……出来れば取りたくない手段が一つだけあるけど……」

「当ててみる。さっき見た、街みたいな場所に向かってみる」

「知らない種族と、言葉だって通用するか分かんないのに、それは極力したく無かったけど……」

 青年は暫し考えた後、空と……続いて大地を見つめてから、漸く答えを出した。

「仕方ない。こんなところで立ち止まってもいられない」

「うん。早く帰らないと、みんな心配してる」

 だから青年と少女二人は、一旦銀色の飛空船を降りて、歩き出す。

 このどこまでも繋がっている、無限の大地を。




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