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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と立ち塞がる壁
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幕間 ララリート・イシイの船員日誌

【ブラックテイル号船員『ララリート・イシイ』船員日誌】朝。

 今日から、船員日誌というものを書くようにとの艦長さんからの指示がありました!

 船員の皆さんは毎日書いているのは知っていましたが、わたしも書けるようになるなんて感激です!

 なんでも私の……スペシャルトーカー! だったかな。言葉がその、わたしとしてはぜんぜん普通っていうか、どうしてみんな分かんないのかなって思う事なんですけど、とても早く学べる人らしくって。

 そのスペシャルなトーカーをもっとより良くしていく一貫で、日誌を始めてみたらどうだろうって艦長さんから言われたわけです。はい。

 日誌に書かれている事は、艦長さんや他の船内幹部さん達が見る権利があるから、ちゃんと見られるような内容だけ書くように言われているので、頑張ります。見てますか! 艦長! わたし、頑張ります!

 それでですね、さっそく何を書こうか私、悩んでます。今思ったり考えたりした事をそのまま書いてるのも、他に書く事が無いからなんです。

 こういう時、艦長さんの助言を漸く思い出します。書く事が思い付かないなら、今日あった印象的な事を最初から最後まで思い出しながら書けば、後ろめたい事が無い限り必ず埋まる。

 らしいです。今日はぜんぜん後ろめたい事が無かったはずなので、思い出してみる事にしました! そう、今日あった出来事で最初に印象的な事は……。




 早朝の食堂。本来、そこが開き始める時間帯から一時間程早い時間がミニセル・アニマルの心地良い時間である。

 特別朝が早いというわけでは無く夜通しのブラックテイル号操舵作業が終わり、次の任務までの休養時間の始まりがこの時間帯なのだ。

 長い航空の最中、船内幹部である操舵士のミニセルが艦を操舵しなければならない時間帯というのは、疲労が蓄積しない様に適宜入れ替えられているのであるが、頻度としては夜の操舵が多い。

 艦の操舵にもっとも腕と神経を必要とするのがその時間帯であり、他の者よりもミニセルが選ばれる事が多いのだ。

(結果、食堂でこういう至福の時間が待っているって見つけ出せたんだから、結構お得かもね)

 そんな事を思いつつ、食堂の端の席に一人座っている。

 キッチンの方では食器や料理器具を食堂班の船員達がちゃかちゃかと鳴らしているのを音楽に、夜の作業お疲れ様ですとのサービスで入れてくれた甘い砂糖をたっぷりいれた、温かみのあるコーハのジュースをゆっくり口に含む。

 この瞬間が最近はたまらなく好きだ。何か乙女ちっくな自分を見つけ出した様な気がしてくる。

 一所に落ち着けない性質のミニセルにとって、ほっと落ち着ける瞬間というのは中々に無い。というか、そういう瞬間にむしろどうしようも無い焦りを感じるのが彼女であった。

(けど、この艦に乗ってから、むしろ驚かされる事や事件がむしろ多いから……)

 普段感じていたはずの焦りが綺麗に消えて、この仕事終わりの時間に、本当にほっとできる様になったと思う。

 食堂の窓からは夜がもう八割方晴れた薄い青空がそこにある。

 こういう世界の色が移り変わる瞬間というのは、本当に世界全体が静寂に包み込まれた様な―――

「ああー! 居ました! ミニセルお姉さん! 夜働いた時の朝はいっつもここですもんね!」

 まあ……静寂じゃない時も偶にあったって文句は言うまい。静けさや平穏というものは貴重なものなんだぞと実感させてくれるわけだし。

「ララリートちゃんったら、今日も元気ねぇ。お姉さんの方は、今、元気を取り戻している最中」

「ええー? なんだか、今は元気無いんですか?」

 食堂の出入口付近に立ってこっちに叫び……話し掛けて来た少女、ララリートが、心配した様子でミニセルの席へと近寄ってくる。

「お仕事って、続けているとどうしても元気が無くなって行くものなの。けど安心して、仕事終わりには、その元気がすーぐ戻って来る物なんだから」

 と、何時だって元気が有り余っているタイプのララリートに話すのは、何だかおかしな話かもしれない。実際、彼女はいまいち分かっておらず、首を傾げていた。

「お仕事……わたし、お仕事が出来るの、何時も楽しいですよ?」

「それは良い事ね。楽しいのはあたしも同じ。けど、お互い、いっぱい仕事をしたら、眠くなったりするでしょう?」

「あっ、そうですね! わたし、本だったり、最近はしゅーしゅーひん?」

「収集品。ああ、その意匠を見る仕事も今は任されているんだったかしら?」

「はい! その収集品を沢山見てると、うつらうつらとして来て、そうしたらもう仕事はしちゃ駄目って言われてます!」

「そそ。それが元気が無くなっちゃうって事。ちゃーんと寝たり、こういう場所でくつろいだりするってわけ。うちの艦長みたいに、眠くなってもまあ我慢できるだろみたいな状況に慣れちゃ駄目よ?」

 あっちは見習ってはならないタイプの大人だ。その点、見習うべき、成長すべき女性であるところの自分は……いや、ララリートみたいな少女に見習われると心配になるので言わないで置こう。

「ところでララリートちゃん、今日は随分と起きるのが早いけど、昨日は早く寝ちゃったのかしら?」

 このブラックテイル号内においては、少女であるララリートにも仕事があるのであるが、それでも彼女は未成年も未成年。夜は寝るべきという話でもあり、ブラックテイル号内では逆に珍しい昼夜のバランスと睡眠時間が守られた仕事時間となっていた。今だって、この時間帯はララリートの自由時間か睡眠時間に当てられているはずだ。

「じ、実はぁ……ミニセルお姉さんに会えるかもって思って、すこーし早起きしちゃったんです!」

「あらやだ嬉しい。一緒に朝食したかった?」

 仕事終わりの緩い疲労感の中、静かに睡眠前のひと時を。というのも悪くは無いが、ララリートとの会話を行うのも悪くはあるまい。そういう思考に頭を切り替える。何事も楽しむのがミニセルの性分だ。

「一緒に食事は……します! はい! けどけど、そうじゃなくて、ご相談に乗って欲しい事があるんですっ」

「相談? あ、すみませーん。この娘用の目玉焼きか何か作ってあげてー?」

 少しばかり時間を取りそうなので、ララリートの朝食も並行して進めさせて貰おう。この年齢で食事を抜くのは将来に悪いはずだ。

 キッチンの奥から了承の声が返って来るのを確認してから、対面の席に座ったララリートに向き直る。

「それで? どんな内容?」

「そのぉ、わたしって、最近よーやくわかって来たんですけど……みなさんには苦労を掛けてますよね?」

「その点について、否定はしないけれど、安易に肯定もしてあげないわよ? 最初に言っていたと思うけれど、それを込みで、あなたをこの船に置いているし、仕事だってして貰ってるんだから」

 後ろめたさを感じるなら、それは今さらな話だぞと言ってあげたい。彼女がどういう立場だったとしても、今は未踏領域の只中。今、彼女のために頼んだ目玉焼きだって、本物では無く保存食を加工して作った代用品だ。

 味は悪く無いが余裕は無い。ララリートの手だって借りながら旅をしているのだから、申し訳なく思うのだって今さらの話だろう。

「そ、そうじゃなくってですね! ほ、ほら……せめて、お返ししたいなって思ったんです。特に艦長さんに!」

「ああ。なるほど。確かに、そういう考え方なら良いかもしれないわね」

 誰かに恩を貰ったのだからそれを返したい。そういう考え方は、むしろ健全だろう。というより、目の前の仕事に一生懸命だった頃より一歩が二歩、彼女の中で視野が広がったと考えるべきだ。

「で? どうやって返せば良いかって、あたしに相談しに来たわけだ」

「そうなんです! ミニセルお姉さんって、艦長さんと仲……良いですよね?」

「そう見えるかしら? これでも、船員のみんなと仲は良いつもりよ」

「整備班長さんとは喧嘩してます」

「ああ、あのおっさんは別よ。あのおっさんは船員じゃなくておっさんだから」

 子どもに説明するには難しいと勝手に考えて適当な表現をしておく。いや、これでも喧嘩は控えている方だと思うのだ。うん。

「けどけど、艦長さんと仲が良いのは本当ですよね? だったら何か……」

「そうねぇ……あいつが喜びそうなものか……」

 考えてみて、少し難題だと感じてしまう。

 ディンスレイ・オルド・クラレイス。中々に長ったらしい名前だというのに、どうしてか憶えてしまったその字面を頭に浮かべながらさらに考える。

(あいつの喜びそうな物。そりゃあ幾らかは思い浮かぶけれど……)

 例えば未知なる物への冒険。これまでの常識を外れる現象への期待。新しい世界そのもの。

 ざっと並び立てられたそれらは確かにディンスレイが喜びそうな代物ばかりだ。けれど、それをララリートがプレゼントしたりするのは難しいだろうし、何か違う気もする。

 重要なのはララリートがディンスレイに何をするかだろう。

(その場合、結構難しいわね。あたしの趣向に重なる部分があるとは言え……)

 ミニセルは個人的に、自分とディンスレイは似たところがあると考えている。

 一所に留まれないどうしようも無い宿業みたいな物を持っている自分。そんなミニセルと同じでは無いだろうが、ディンスレイも似たタイプの何かを抱えている。

 その何かをあの艦長は隠したままであったが、その発散として、今、この様な旅をする人間へ成長したのでは……そんな風にミニセルは睨んでいた。

 つまり彼にしたところで、欲しいものは既に手に入れるか手に入れようとしている最中だと言える。

 だから……何かを恩返しするのであれば、彼が望むというよりは、必要なものを与えてやるのが良いのではないか。

「一つ、思い付いたものがあるわ」

「本当ですか、ミニセルお姉さん!」

「ええ。プレゼントとしては丁度良い。けど、当人がどれ程喜ぶか分からないし、それを用意するのに必要なものが三つあるわ」

「三つも……が、頑張ります!」

「そうね。それが一つ。ミニセルちゃんの頑張り。さらにもう一つは場所。それと最後にさらに一つ必要になって来るわ」

「その最後の一つとは!?」

 良い反応を見せてくれるララリートに対して、ミニセルはニヤリと笑った。

「味方が一人ばかり必要よ。ミニセルちゃんがこれからしなきゃいけない事は二つ。ある場所を探す事と……その味方を一人、あたし達側に取り込む事。どう? 出来るかしら?」

 そんな風に問い掛けてみるが、些か大人の意地悪だったかもしれない。ララリートの輝く瞳を見れば、彼女がどんな答えを返して来るか、分かりきって居たから。




 【ブラックテイル号船員『ララリート・イシイ』船員日誌】昼。

 朝のうちはそんな話をミニセルお姉さんとしました。その後はわたしの仕事。辞書を読む仕事なんですけど、それを何時もより早く終わらせる必要があって大変でした。

 どうしてそんな急いでお仕事を終らせたかと言えば、ミニセルお姉さんと話をした場所を見つける必要があったからです。朝のうちに、それも見つけ出せたので、なんとかわたしの頑張りは上手く行っているのかなって思います。

 どんな場所か? 艦長さんには内緒です! 日誌は私的な記録? は残さなくても良いと言われたので、とても私的な内容だから残しません!

 けどけど、じゃあ何を書けば良いんだろう。また少し悩んでいるから、日誌がまたわたしの気持ちがいっぱいになってしまいます。

 あ、そうだ。お昼には、頼りになる味方を作ろうと頑張った事を思い出しました。

 さっそく、その事について書いてみますね!




 ブラックテイル号所属の副長、コトー・フィックスにとって、仕事とはほどほどにを心掛ける事が重要だった。

 メインブリッジを見渡し、船員達が自身の指示に従いつつ、仕事に支障が出ない範囲で手を抜くのを見逃してやる。そういう工夫もまた必要だと考えていた。

 見るものが見れば、もう少し真面目にするべきでは無いかと言われる事もあるだろう。しかしコトーはもうかなりの年齢だし、自分の体力と相談しながら仕事を続ける事が癖にすらなっている。

 それに、何も無い時はある程度手を抜くという行為が必要になる、ブラックテイル号特有の悩みもそこにはあった。

「ほう? 随分と珍しいですな、ララリート殿がわたくしと話に来るとは」

 ブラックテイル号メインブリッジ。艦長のディンスレイが不在の今の時間、ここの主は副長である自分、コトーが務める事になっている。

 席も副長席では無く艦長席。別に増長しているわけでは無く、代理である以上、確かに艦長として仕事を勤めなければならないという自負に寄るものだ。ディンスレイ艦長からも許可を貰っていた。

 そんな、今は艦長代理であるコトーに対して、おずおずと面談を申し込んで来たのが、今、艦長席の隣で立っている少女、ララリートであった。

「えっとえっと。確かに、副長さんとお話しするのって、あまりありませんでしたよね?」

「ええ。わたくしは副長ですからね。ララリート殿への直接的な指示も、艦長が直接しがちなのですよ」

 ブラックテイル号艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスは、船員との話は直接したがるタイプであった。

 多くの人間と出会いたい。信頼関係を結びたいと考えるのは、彼の善性なのだろうとコトーは考えているが、一方、コトーが人間関係を構築する機会を奪いがちなのは、一つの難点と呼べるだろう。

「もしかしたら、これも良い機会かもしれません。良いですよララリート殿。艦長代理として、あなたの話を聞く許可をここで出しましょう。メインブリッジの皆さんもそれでよろしいですかな?」

 コトーの言葉に、メインブリッジのメンバーたちはくすりとした笑いを浮かべながら了承してきた。艦長に比べて、コトーがメインブリッジで代理する間は、その空気を緩くする様に心掛けている。何事もメリハリが大事なのだ。

 少女のちょっとした悩みを聞くには丁度良いタイミングとも言えるだろう。

「あの、許可が出たという事なので、さっそくご相談しますね! 副長さんには、わたしの味方になって欲しいんです!」

「それは妙な相談だ。わたくし、この艦内の皆さんとは既に味方同士と考えて居るのですが……」

「それはそう……ですよね?」

 そう。船内の人間は皆味方だ。目の前の少女もまたそうだ。自分の主、ディンスレイの奇運と言えば良いのか、最初は面倒を見る前提で艦に置く事になった密航者の彼女であるが、今は艦内においても重要な役割を担ってくれている。

 そうで無くとも、彼女のやる気は買いたい。彼女は子どもらしく、今、貪欲に知識と技術を飲み込んでいる最中である。このまま成長してくれれば、末は素晴らしい人間になってくれるのでは無いか……などと考えるのは贔屓し過ぎだろうか。

「ふぅむ。話を聞く限り、あなたなりに何かのタメになろうとしている。そういう事ですかな?」

「す、すごいです副長さん! わたし、艦長さんのために、ある事をしたいって考えて居るんです! 今のところ、協力してくれているのはミニセルお姉さんだけで、そのお姉さんは、副長の協力も必要なんだって言ってて……わたしに、説得してみなさーいって!」

「なるほどなるほど? そういう?」

 まさか本当に無理難題があって、コトーの協力を引き出すために、説得役としてララリートが送り込まれたわけでもあるまい。

(ミニセル殿にも考えがある……はずでしょうからな)

 あのミニセルという女性についても、コトーは相応に評価している。能力があり、性格に難があり、趣向にはもっと難しい部分がある。

 大凡、艦長であるディンスレイと似た様な評価になる。なのでコトーとしては、信頼できる一人という事になるはずだ。

 主であるディンスレイにこれでも忠誠を誓っている。その主には不足が多いという事も含めて。

「あのあの……どうですかね? ご協力してくれますか?」

「内容に寄りますな。上手く説明していただければ、協力出来る可能性もありますが、そうでない場合もある」

「あるんですか!?」

「ええ。勿論あります。例えばですな、今、わたくしはここで艦長代理をしているわけですが、肝心の艦長はどこへ行っているか分かりますかな?」

 尋ねられて悩み始めるララリート。恐らく、こうやって悩ませたり考えさせたりするために、ミニセルはララリートを直接コトーの元へ寄越したのだろうから、それを促してやるつもりだった。

 彼女にとっては何事も勉強である。つまりはそういう事だろう。

「副長さんが代理をしているという事は……艦長さんはお休み中……ですか?」

「そう。それが正解……と言いたいところですが、正確には昼食中ですな。しかも休み中とも言い切れません」

「そ、その心は?」

「艦長席に座りながら、携帯食で済ませようとしましたので、せめて昼食時間くらいはゆっくりするものですと、わたくしがこのメインブリッジから追いやりました」

「まったく! 艦長さんは!」

 ララリートも現在のディンスレイの状況を理解してくれたらしい。

 彼の足りない部分であり、このブラックテイル号特有の問題とはまさにそこだ。仕事仕事仕事。もうこの未踏領域での仕事は余程、彼にとって楽しいらしく、手を抜く事を憶えてくれないし、あらゆる行為に全力を出してくる。

 それはある意味、このブラックテイル号の船員達にとって頼もしい姿ではあるのだが、一方、副長であるコトーくらいは、本人すら気付かない心労を察してやらねばならなかった。せめて自分が代理をしている間の空気くらいは、緩くしなければ、艦長の空気に当てられて過労で倒れる者まで出て来るかもしれない。

 頼りになるという事は、倒れられでもしたら困るという事を艦長だって理解しても良い頃だと思うのだが……。

「本当なら、昼食だけでは無く、一日に数時間はしっかり睡眠時間を取っていただきたいのですが、時折、それもしない時があるのは、皆さん、ご存知の通りでしょう?」

「艦に何かあると、艦長さんって、すぐにばたばたしますもんねぇ。あ、わたしわたし、さっきも君に新しい仕事があるって、わざわざ艦長さんが会いに来ましたよ!」

「ああ。昼食のついでにまた一仕事というつもりなのでしょうなぁ。ちなみに、どういう話でしたかな?」

「船員日誌を書いてみようって言われました! 文章を書くのがわたしにとって、重要な経験になってくるかもしれないからって言われて」

 ははぁと顎を擦る。確かに、スペシャルトーカーという才能を持つ彼女にとって、言語をしっかりと表現出来る様になるというのは、今後重要になってくる経験だろう。

 読み書き自体、学んで損にならない経験では無いのだし、彼女の将来を思うのであれば、勧めておくべき仕事ではあるのだろう。

(そこまで考えたうえで、自分でそれを直接伝えるというのは、艦長の良いところであり、悪いところでもありますなぁ)

 ララリートに対して健全な成長を促すには、自分自身がしっかりしないとと考えているのだろうし、それはある面で正解なのだろうが、それでも彼は艦長だ。

 この艦の全責任を担う彼であるからこそ、そのすべての仕事に個人で対処するというのは限界があるだろう。

「とりあえず、いろいろと忙しくしている艦長ですので、これ以上忙しくする方向の頼み事だと、わたくしめはあまり手を貸せないという事になりますかな?」

「あー……けどけど、なら、そうじゃない頼み事なら、聞いてくれますか?」

「ですので、とりあえず、話を聞いてみましょうか」

 ララリートを見つめながら、コトーは出来るだけゆっくりと笑みを浮かべた。

 そう、彼女の事にしたって艦長だけで背負う事はあるまい。

 彼女がどんな風に成長していくか。楽しみにしているのは彼だけでは無いのだから。




【ブラックテイル号船員『ララリート・イシイ』船員日誌】夜。

 なんだかんだで、今日の日誌については沢山書けた気がします。やっぱりあった事をそのまま書く事と、一日一日、色んな事を見るのが大切なのかなって思う様になりました!

 書けるような事が沢山あれば、日誌を書くのも簡単な気もします!

 というわけで、今日の日誌はこれでおしまいなんですが、艦長さんは今日一日どうでしたか? 忙しくしてらっしゃったって分かりますけど、副長さんが心配してたみたいに、ゆっくりする時間だって必要と思います。わたしだって思います! 

 なのでですね! 今日一日、わたしも頑張りました! ミニセルお姉さんに副長さんにも手伝って貰って、時間、作れたかなって思います。

 ミニセルお姉さんが言うんですよ? 無理矢理に、一息入れられる時間作ってやれば、あの無駄に働き詰めな艦長も、大人しくしているだろうって。

 なので、休める場所を見つけて、副長さんには艦長さんの仕事の一部を持って貰って、艦長さんには暇なお時間。十分程度でも、何もする事が無い時間を作りました!

 わたしも荷物を運んだり、こうやって日誌を早めに仕上げたりと頑張りましたから、艦長さんには是非、これからプレゼントする、暇なお時間を楽しんでくれればなって思います!

 艦長さんには是非、これからも、艦長さんとして頼りにしたいなって、そう思ってるんですから!




 と、そこまで日誌を読んでから、ディンスレイはそれを一旦閉じた。

 日誌の確認も仕事のうちだ。これ以上読み進めるというのも、この書き手を裏切る事になるだろう。

 そう考え、とりあえず日誌を脇に置きながら、部屋の中にある窓を見る。

 ブラックテイル号船内に幾つかある部屋の中で、夜空を見るには一番景色が良いとララリートが見つけ出した部屋だ。

 小さな窓であるが、そこから見える景色は、確かに美しい。

 星空と雲が夜の帳によって混然として、一枚絵みたいにその光景を窓のこちら側に見せてくれる。

 そんな景色が見える部屋へとララリートへと案内されたディンスレイは薄く笑った。

「船員から休憩時間をプレゼントだと? なら、それを受け取る以外無くなってしまうじゃないか」

 そう呟き、久方ぶりの、心からの休憩を行うディンスレイ。

 短い間かもしれないが、明日の英気を養えなければ、これをプレゼントしてくれた相手に面目が立たなくなってしまうだろうと考えて。



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