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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地ともう一つ日
158/166

⑩ 旅と出会いが終わる一日

 カラフルな塊が溢れ、流れ、圧し潰そうとする。

 その光景をただ、それだけの感情で受け止めている。

 これが、世界が壊れる……という事なのだろうか。

 ディンスレイは目に飛び込んで来るその景色に対して、ぼんやりと思考を続けていた。

(世界がいったい何で出来ていて、何で支えられているか。そういえば哲学の問題にしても、考えた事が無かったか)

 及びも付かないから、考える事も無い。もしかしたら自分より何倍も頭の良い学者が、相応の観測をし、理屈を付け続けているのかもしれないが、ディンスレイ自身、考える事が無かったのは事実だ。

『艦長』

 考えてみたところで、実際どうなのかなんて分かるはずも無い。この……きっと虹色では無いはずだが、虹色と感じてしまう事象は、その何か、世界の欠片みたいなものの一端を示している様な―――

『艦長!』

「聞こえてるよ、スーサ。反応するのに時間が掛かっただけでな」

 言い訳になっていない気もしたが、それでも強がってみる。

 今いる場所はブラックテイルⅡメインブリッジの艦長席である事は変わらず、そこにいるメンバーも変わらない。だというのに、誰もスーサの通信に反応出来なかったのは、見える景色に目を、心までもを奪われていたからだ。

 美しいというにはあまりにも禍々しい、その虹色の奔流に。

「おっと、また目を奪われそうになる。この景色は毒だな……」

『あまり艦長達が見て良いものじゃないのは確か。生物としてその準備が出来ていない』

「聞きたくなかったぞ、その手の情報は。もしくは、もっと早めに聞きたかった」

 今すぐにでも、船員達に外の景色を見るのを止めろと指示するべきかもしれない。

『短時間なら問題ない、はず』

「つまり、この事象は短時間で終わると?」

『終わる。世界が崩壊へと傾いた以上、膨れ上がった時と同じかそれ以上の速度で萎むはず。今起きてるのは、そういう現象』

 つまり、スーサにとっての目的は既に果たされたわけだ。

 ディンスレイ達にとっての、これまでの旅の目的もまた、この世界の崩壊に寄って終わるのだ。

 ならば、ここで感慨深い気持ちになるのも致し方無しか?

「一応繰り返し聞くが、本当に短時間で終わるのだな? 短時間であれば害は無いんだろうな?」

『多分』

「多分か……」

 不安は残る。残るものの、既にやる事を終えてしまったらしい状況だ。多少、気が緩んでも仕方ないのかもしれない。

 いやいや、艦長一人くらいは、最後の瞬間まで気を引き締めて置かないと。

『それと艦長には、言いたい事もある』

「なんだ急に畏まって」

『これまで、ありがとう』

「だから急に畏まってなんだ?」

 もう少しで事が終わると言うのだ。それも成功の形で。

 ならばこの手の祝いの言葉は、その後に取っておくべきだろう? 喜びというのは、然るべきタイミングでするからこそ、より一層、幸福な行為となるのだから。

『世界にはルールがある。この世界にも勿論あった。心が形になるっていうルール。その他に何も無いっていうルール。世界の中心に目が集まって、世界を作り出しているっているルール』

「我々が本来生きている無限の大地にも、その手のルールがあるのだろうな。だが、世界そのものが壊れた時、そのルールはどうなる?」

『世界そのものが壊れるんだから、ルールだって壊れる。けど、この世界外には無限の大地があるから……そっちのルールに戻る。だから安心して欲しい』

「まあ、それが自然だろうし、安心ではあるが……待て」

『艦長?』

「これは別れの挨拶のつもりか? スーサ?」

 漸く気が付く。スーサが改まっている意味や、語る事の意味。

 この後に話をする時間が無いから、今、この瞬間にしているのだ。

『やっぱり……艦長はすごい。隠せない』

「元の世界のルールに戻るというのなら、ブラックテイルⅡも今の状態から元の状態に戻るという事だろう? そうして君が乗っているのはシルバーフィッシュ側だ。だが―――

『今の世界が解消されれば、ブラックテイルⅡとシルバーフィッシュに戻って、わたし達はバラバラになる。そうしてきっと、バラバラの座標で、元の世界に戻る。どこかにかは分からないけど……お互いをすぐに見つけ出せる場所になる可能性の方が低いはず』

「そうなれば、私は君を探し出すぞ! ここで別れなどする気はさらさらない!」

『駄目、艦長は一度、シルフェニアに戻らなくちゃ。これまでの旅で、ブラックテイルⅡが無茶してるの知ってる。この世界でどれだけの影響を受けたかもしれない』

 そんな事は、言われずとも分かっている。

 この世界崩壊を終えれば、その後はシルフェニアへの帰還を目指すべきだと。

 けれど、そこで船員を置き去りになど出来るものか。何のためにここまで来たと思っている。今、こうやって話をしている彼女の頼みを聞くためにここまで来たのだぞ。

『大丈夫。わたしは強い。生きていける。シルバーフィッシュだって多分、ある。この飛空船。とても好きだから……』

「今すぐそこからブラックテイルⅡ側へと戻れば良い。シルバーフィッシュは失われるかもしれないが、我々とはまだ、同じ場所に居られるだろう!」

『それも駄目。世界が壊れ切るまで、今、ここでわたしが力を使い続けなければ、それを完遂出来ない』

「それは理屈かもしれない。だが単なる理屈だ! 私は―――

『艦長』

 通信先から、スーサ以外の声が聞こえて来た。シルバーフィッシュ部へ向かう様に指示していた、ロブロ・ライツ整備班員の声だ。

 くそっ、彼もまだそこにいるのか。

「ロブロ整備班員。聞いていただろう? 君も早くその場を離れろ! 出来ればスーサだって連れてだ。状況くらいは分かってるだろう!?」

『分かってます、艦長。このままずっとここに居たら、ブラックテイルⅡから離れて、スーサと一緒に、どこかへシルバーフィッシュごと飛ばされる事になる。ちゃんと聞いてました』

「分かっているなら!」

『ブラックテイルⅡに戻る前に、同じ状況になったんです、僕! それが酷く怖くて、何もかもで絶望しそうで……それで……スーサもそうでした』

「そんな目に船員をもう一度遭わせるわけにも行かんだろう!」

『次は、大分マシなはずです、艦長。何も無い世界じゃあない。無限の大地のどこかに飛び出して……そうして、向かう先だってある。バラバラになったって、シルフェニアに戻ろうと努力できる。そうしたら、何時か帰る事だって出来る。それに何より、前と同じ様に、一人じゃあない。なんとかなります』

「君は随分とこの旅で成長した様に見えるがな……その言葉は強がりでしか言えん事くらい、私にだって分かるぞ!」

 だが、生半可な気持ちで言っていない事だって分かってしまう。なんとかなるだと? 一際、臆病な性分だろうに。それを押し殺せる強さというのを、いったいどこで手に入れた?

『大丈夫。艦長。今度は艦長の力や、奇跡や祈りでも無く、わたし達の力で会いに行くから、その時は―――

「どんな時も、どんな場所だろうとも、私は君らを受け入れるぞ! 私は艦長で、君らは船員だ!」

 通信の先に居るだろう、ロブロ整備班員とスーサに告げる。やめてくれ。もう良い。そんな言葉を吐き出せなかった。今、この瞬間は、艦長よりもこの船員二人が、どうしてか強い気がしたから。

『ありがとう艦長』

 その言葉で、通信が切れた。いや、ブラックテイルⅡが揺れている。この揺れは、ブラックテイルⅡが船員達の祈りにより変わった時の振動と似ていた。多分、戻ろうとしているのだ。元のブラックテイルⅡと、シルバーフィッシュに。

「良かったの? 艦長? さっきまでの会話で」

 外の景色を見ていたはずのミニセル操舵士が尋ねて来る。良かったも何も無いだろう。

 ディンスレイの答えなんて決まっている。

「船員が必ず帰ると言っているんだ。帰りを待つのが艦長というものだ」

「そ。じゃあ、あたしも付き合ってあげる」

「長くなるかもしれないぞ」

「船員を信じなさいって」

 軽い言葉にも聞こえるが、その実、信頼の重さがある。正直なところ、今の気分としては寄り掛かりたい程だった。

 だが、今、それは出来ない。船員二人が自分達を犠牲にする様な方法で、事態を解決しようとしているのだ。

 助けるための手を伸ばせないというのなら、せめて事を見守る事が、艦長としての最低限の役目……いや矜持のはずだろう。

 だから見つめる。やはり虹色に感じるその景色を見つめながら、今度は心を奪われるのでは無く、むしろすべてを飲み込んでやるという気概だけは持ちながら。

 だから最後まで見る事が出来た。虹色に染まる世界から、徐々に世界の色が薄まっていくのを。

 揺れて、元の形を取り戻していくブラックテイルⅡの内部で、それでも世界を睨み続ける。

 もしかしたら、シルフェニアすら巻き込んでいたかもしれないその現象。その災害。かつて、何かになる事を目指し、何も出来ない世界へと至った人々を。

(だが、お前達の残したものは、お前達の尻拭いをしてのけたぞ……せめてそれを誇れ……!)

 聞こえるはずも無い言葉を頭の中で叫ぶ。

 その間にも、目に映っていた世界は薄くなり、消えて行き、それらが完全に見えなくなる頃、世界には見知った空と、無限の大地が広がっていた。

「主任観測士より報告……ここは……元のマグナスカブです。座標については、調べてみなければ分かりませんが、当初、あの薄黄色の世界に巻き込まれた場所から随分とズレてはいる様です……それと……」

「シルバーフィッシュはどうしている。ブラックテイルⅡ近くにあるか? それとも内部に戻って―――

「シルバーフィッシュの影は……今のところ見当たりません」

 覚悟していた報告であり、尚且つ恐怖を抱いてしまう言葉だった。

「副長からも報告です。確認出来る限りにおいて、艦内の形状は以前に戻っており、シルバーフィッシュと同一化した部分は既に存在しておらず、格納庫にも……」

「分かった。ああ。分かったとも」

 主任観測士と副長からの言葉を飲み込む。飲み込むと決めた。それが艦長だ。

 船員二名と、彼らが搭乗していたシルバーフィッシュは行方不明。現時点において、発見出来る見込みは薄い……。

「まず艦内の状況を詳しく確認だ。さすがに、艦として不具合の一つでも出ている頃だろうしな」

「艦長、その後は?」

「不具合を確認出来れば、あとはその応急処置だな。規模に寄っては、シルフェニアの帰還を考える必要もある。いや、そこは予定通りかもしれんが……」

「艦長」

「船員の健康とてチェックしなければならん。あのおかしな世界の中に居た影響は、もしかしたらこの後にこそ出て来る可能性も―――

「艦長!」

「分かっている!」

 ミニセル操舵士からの言葉に、怒鳴りで返してしまう。

 自身の甘さがここで出た。そう感じる。いや、それを促されたか? ミニセル操舵士はブラックテイルⅡに安定した航空をさせつつ、ディンスレイを見つめて来ていた。器用なものだ。今のディンスレイとは違う。

「分かっているさ……。一日だ。一日、シルバーフィッシュの捜索に費やす。どうせブラックテイルⅡが現状、シルフェニアからどれくらいの場所にいるか、観測しなければ戻る事も出来ん。だから……一日を周辺空域や地形の観測に費やす。その間に、シルバーフィッシュと船員達を確認出来れば、勿論救出する。それで良いな」

「……了解。艦長の指示に従うわ」

 ミニセルからの言葉は、暗に、それでディンスレイが納得出来るなら、という意図が込められている様に聞こえた。

 事実、何もせずに、この空域を離れる事などディンスレイ自身納得できるはずも無い。

 事は終わったのだ。この旅の大きな目標が漸く達成された。その結果が、船員二名の行方不明だと? それを簡単に受け入れろというのか。

 頭の中で、他の船員の安全とて確保し、シルフェニアに帰還しなければならないという打算的な自分がいる。その自分は打算的なだけで無く、正しく、艦長としてやるべき事が出来る自分だ。

 そんな自分に、いずれは従う必要があるのだろう。そんな事も、分かってはいる。分かってはいるが、自分自身に囁かずには居られない。

「足掻くだけ、足掻いてみるさ。さっきまでそうして来たんだ。今からだってそれをしたところで、問題はあるまい」

 ある種の意地と悪足掻き。幸運と言えば良いのか、船員達の反対も無いだろう。彼らとて、仲間の無事を確認したい。そういう思いがあるはずだ。

 しかし、これまで続いた幸運は、そこで尽きた。

 丸一日を掛けたブラックテイルⅡのシルバーフィッシュ捜索は無為に終わり、ただブラックテイルⅡ側の現在位置だけを判明させるだけに終わったのだ。

 また、これまでの旅路か、薄黄色の世界からの帰還が影響しているのか知らないが、ブラックテイルⅡ機関部に故障個所も発見された。

 今すぐにどうこうなるものでは無いが、長期間の航空には不安が残る。

 その様な評価を出したガニ整備班長の表情は、なんとも言えぬものであった。彼もまた、部下を失い、さらに取り戻す事も出来なかった立場なのだ。そんな表情を、ディンスレイは受け入れる必要があるのだろう。

 だからディンスレイは、シルフェニアへの帰還を選択した。シルバーフィッシュをドラゴンゲートに残したまま、現実的で、理想的な心の中の自分に従う事にしたのだ。

 それが、ディンスレイ達ブラックテイルⅡがドラゴンゲートを旅し、辿り着いた結果である。


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