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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地ともう一つ日
153/165

⑤ 幸運はそこにある

 結局のところ、自身がどれ程のものだったとしても、肝心なところは運で決まる。

 明日は明日の危険が舞い込んで来るような旅を続けていると、そんなある種、諦めにも似た思想を持ちがちになる。そんな風な考えをディンスレイ・オルド・クラレイスとて持っていた。

「ただ、実際のところ、それはは諦めでも無い。要するに、運なんてものがどうしたって向こうから飛び込んで来るわけだから、そこを気にしたところでどうしようも無い。そんな状況においても、どうやって自分の意地を突き通すか。そこが肝心だな」

 などと偉そうに語るのは、この嫌になってくる薄黄色の空の下。しかも、さらに世界が広がり始めた、その内側での事。

 一応、独り言では無い。隣に、それを聞く相手が立っている。

「その……良く分かりません。すみません」

 そんな気弱そうな言葉を吐くのは、珍しい事に、普段、その様な言葉を発しない、むしろ周囲を舐め腐っている雰囲気すらある看護士、タイミー・マルファルドであった。

「今、私と君が話しているのだって、純粋な運の結果だ。私が仲間を集め終わり、さて、目立った動きをしている君含めた三人に合流しようとしたタイミングで、この世界がさらに拡大するという変化を見せた。もし、そのタイミングで無ければ、私の方もただ一人になっていたはずだよ」

 つまり運が良い。せっかくディンスレイの方が集めていた船員達もまた、世界の拡大に伴って、どこかへ飛ばされてしまった。何なら、こうやってタイミー看護士に合流出来る位置に飛ばされたのもまた運だ。

 確率を考えるなら、ある種の運命なんて言っても良いかもしれない。どういう類のものかは、ディンスレイにだって分かるはずも無いものの。

「運……悪すぎますよねー。つまりみんなが集まって、もう少しで何とかなるってタイミングで、全部が台無しになった。ロブロのやつも、スーサも、大地から離れてシルバーフィッシュに乗ってるタイミングでこんな事になるなんて……せめて、まだ大地に立っていたら……」

 なるほど。運云々の話では無く、タイミーは目の前の現実に気落ちしているらしい。それこそ、本人らしく無いくらいに。

 それほど、ロブロとスーサと離れ離れになった事は、彼女にとって重大な事故だったのだろう。

 彼らは今、どうしているのか。彼らが乗っていたというシルバーフィッシュはどうなったのか。

 やはり離れ離れになってしまった側のディンスレイにも、そこは分からない。彼女の今の感情は彼女のものだ。彼女がこれまで、ロブロとスーサと築き上げて来た何かがあるからこそ、今、らしくない落ち込みを彼女は抱えている。

「これからどうするか……運の良し悪しを考える場合、これは良い方じゃあないか? タイミー看護士」

「もしかして、離れ離れじゃなく、二人残った事はまだ幸運とか、そういう事言うつもりです? 今、そういう気分じゃないんですけど」

「こちらが言う事を先んじて察してくるのは、ますますらしく無いじゃあないか、タイミー看護士。だが、察しが良くなるなら、私の意味の雰囲気を見て取って貰いたいところだ」

「艦長の今の雰囲気って……その……無駄に空元気な感じを、ですか?」

 減らず口が出て来ている以上、調子が戻って来ている風ではある。まだ時間は掛かるだろうから、それを持つのも手ではあるが……いや、今は時間が惜しい。

 刻一刻と、この世界は広がっている。次にまた、大幅な広がりを見せた時、いったいその範囲はどこまで及ぶか。

 そうなる前に、ディンスレイにはやるべき事がある。そうだ。出来る事がある。

「私の今の空気が、空元気では無いと察するくらいはして欲しいと言っているんだ。私が言う幸運とはな、君と離れ離れにならなかったおかげで、君まで助ける対象にしなくて良くなった事を指している。助けるのはロブロ君とスーサの二人。シルバーフィッシュに同乗していたというのだから、同じ場所にいるかもしれない。だとしたら、探す対象は一つで済む。幸運だな」

「探す対象が一つって、他の船員の人達も同じ様に……違うんですか!?」

 落ち込んでいた様子のタイミーが、勢い良く迫って来る。

 それを手で押し留めつつ、ディンスレイは続きを話す。なんだ、やっぱり話を進めた方が、手っ取り早く元気づけられるじゃあないか。

「君たちがシルバーフィッシュを探している間、私の方は、ひたすら船員を集めていたわけだが……それだけでは駄目だなと感じたんだよ、私は」

「確かに、その後どこに行けばとかは、集めるだけじゃ駄目ですよねー」

「そもそも集まる事自体が危険な場所だったからな。君が気落ちしている状況で、私が躊躇無く話し掛けるというのも、まあ危険な行為ではあるんだぞ? お互い、まだある程度、思考に隙や余裕があるから、大事になってないだけでな」

 ディンスレイはそう言って、周囲を見やる。

 今、ディンスレイが立っているのは、タイミー側の大地だ。薄黄色の空を見れば、まだそこに、ディンスレイの大地が存在していた。

 ある程度、その大地の動かし方や変化の方法が分かった結果、お互い安全圏のままに、相手の大地へ移動するという方法を、ディンスレイは身に付けたのである。

 貴重な経験であるが、この世界でしか通用しない経験なので、そこが残念だ。

「この大地に、艦長の大地まで混ざったら大変じゃないですー? ただでさえ、スーサやロブロの奴のまで混ざって、変な形になってるんですからー」

「変な形……ねぇ」

 三人の思考が混ざり合った結果として、それはシルバーフィッシュを見つけ出すために必要な足と燃料、そうして目を身に付けた、そんな大地。ロブロやスーサが引き離された今もまだ、それは形を保っていた。となると、ロブロ達側には、球体の大地すら存在しないのかもしれない。

 これは幸運か? 不運か?

 いいや違う。これは選択肢だ。何をして、何を選ぶかという物がここにある。運不運の話をするならば、そういう選択肢を選びきった後だろう。

 ディンスレイ達はまだ、そんな選択をしていないはずだ。

「いいか、タイミー看護士。これから、我々は選ぶ必要がある」

「何と、何をです?」

「ぼんやりと空を眺めているか、全力で空に祈ってみるかをだ」

「どっちも同じだと思いますけどー……」

 そうでも無い。特に、この世界であればその二つは大きく違う。

「この世界では、文字通り波風立てない様にするなら、ぼんやりと空を眺めていた方が良い。特に今、こうやって考え方の違う二人が居る場合、それが正解の一つではある」

「他に正解もあるみたいな言い方」

「実際あったろう? この、今、我々が立つ大地がそうだ。君とロブロ君にスーサ。三人が別々の思考を混ぜ合った結果、奇妙なバランスが出来上がった。これも正解の形だし、何より、我々が立っている大地が何なのかを示している」

「確か私達の思考が形になったものーって話をロブロが説明してたような?」

「私も、当初はそれに納得していた。だが、他の船員達と接触していく中で、思うところが一つ……いや、二つ程生まれてな」

「ぼんやりと空を眺めているのが正解とかさっき言っていたのに? 二つも?」

「艦長だからな。ぼんやりとしているわけにもいかん。というのも、船員達がそれぞれに、やはりそれぞれの大地があるのを見て、おやと思ったのだよ」

「それぞれに思考があって、それが反映される世界だから、大地だってある……んじゃないです?」

 確かに、そういう見方も出来た。思考はそれぞれにある以上、思考が形を取った大地もまたあるのがこの世界だろうと。

 だが、思考が真に反映されているだけなら、もっとそれぞれ、差があって然るべきではないか? 事実として、それぞれの思考が、大地の形を容易く変えている光景がここにある。

 ならば、何故、最初はそうでは無く、一様だったのか。船員全員の思考が一旦、球体の大地をしているのか。そこが疑問点だった。

「思うに、我々の思考が反映される前から、球体の大地は既にあった……もしくは、我々の思考とは別に出来上がったのじゃあないだろうか? だから最初は皆、似通った形をしていた」

「しかもそれが私達の都合良く、立てる場所になった。確かに都合が良すぎるかも?」

「いいや、違うな。都合良く立てる場所になったんじゃあない。あったんだ。最初から。我々の足場となり、我々の大地となり、我々を守る家でもあったものが。この世界に入り込む前からずっと、我々と共にあった。姿が無くなったと思っていたが……むしろ変わらずずっと、それぞれの足元にあったんだ」

「あ……じゃあ……私達が立っている大地って!?」

 タイミーが空では無く、自分が立っている大地を見た。

 そうだ。薄黄色の空は、ディンスレイ達を飲み込むだけの、厄介な世界であるが、大地の方は違う。こんな何も無い世界で、それでも何かあって、自分達の足場になってくれている。

 そんな都合の良い存在が、これまでだってあったじゃあないか。

「ブラックテイルⅡだ。この世界に飲み込まれた後、我々船員はバラバラになり、ブラックテイルⅡはそれぞれの大地になって引き裂かれた。だが、それでも、今、ここにある」

 だから船員達皆もまた、生きている。ディンスレイの大地など他と比較して大きく、そうしてディンスレイがもっとも上手く動かせていたのも頷ける。

 ディンスレイが艦長だからだ。艦はどうなったところで、艦長の指示で動いてくれる。そういうものだ。

 もっとも、他のメンバーと揃って動かす方が、ディンスレイには余程好みである。

「ここがブラックテイルⅡ……ここも? そう思うと少し安心するっていうか……それでも、じゃあどうすれば良いのかっていうか……」

 気付きはあったが、さらに考えを進ませるのは不得手らしいタイミー看護士。彼女への助けとなるべく、ディンスレイは言葉を続けた。

「君が……いや、君らが既に実践済みだろう? 我々はな、球体の大地を動かすため四苦八苦する存在じゃあない。飛空艦に乗り、未知を旅する者達だ。なら、それに戻る事を目指すべきだ。この球体の大地を再び一つにし、ブラックテイルⅡを取り戻す」

「やれるものならって、艦長ならしちゃいそうな気がしてくるからすごいですねー。けどですよ? せっかく一つになろうとしてたのに、またバラバラになったのは今じゃないです? 語るだけ語って……ロブロもスーサも、ここには居ないままっていうか」

 その割には、さっきまで気落ちしていた状況が改善しているのではないか、タイミー看護士。

 彼女も嗅ぎ取ったのだろう。まだ、次の段階があるのだと。選べる選択肢はここにあるのだと。

「思うところが二つ生まれたと言っただろう? 一つ目は言った通り、この球体の大地はブラックテイルⅡの一部であり、一つになれば、元のブラックテイルⅡへ戻せるかもしれないという物だ」

「それで……もう一つは?」

「今まさに、我々が頭を抱えている状況が、起こり得るかもしれないという危機感だ。我々の準備が整う前に、この厄介な世界がさらに状況を進めてしまうかもしれない。まさに現状、それは当たった。世界はさらに広がり、我々をバラバラにしながら、さらに危険度を増している。だが、それは予想しておくべき危険だ。備えておくべき危険という事だ」

 事態は急速に進んでいる。それはブラックテイルⅡがこの世界に飲み込まれた時点から始まっていた。その後も続くかもしれないと、そういう考えに至ったのだ。勿論、ではどうすれば良いのかという思考にまで。

「あるんですね、艦長! その方法が、今!」

「ああそうだ。祈る事だ!」

「艦長?」

「そう馬鹿にしたものではないぞ、タイミー君」

 人間、最後の最後、やるべき事をすべてした後にも、出来る事が残されている。それが祈りだ。

 これから上手く行きますようにという祈りは、少なくともその時の自身に対する効能はあるはずだ。

 そうしてこの世界では、それだけで外界に影響を与える。

「けど、祈るだけでどうにかなるくらいに良い世界なら、私達も悩んでないっていうかー……」

「重要なのは指向性だ。それぞれ、独自の考えを持っているから、それぞれの形にしかならず、二人以上並べば、それらが混沌を生み出してしまう。だが、我々はそういう事態以外に、引き起こせるものがあるはずだ。違うか?」

「そういえば……ロブロも言ってたっけ、何時もやってる事だって」

「ああ、そうだとも。我々は何時もやっていた。皆でブラックテイルⅡを動かしていた。一人だけじゃあない。あの船は、一人で乗り回せる程従順じゃあないしな。だから皆でだ。こういう事態になった時、それぞれが離れ離れになった時、祈ろうと、出会った船員達に伝えて居た。空に、ブラックテイルⅡを思い浮かべながら、祈ってみようと」

「それは……どういう祈りなんです?」

「空の彼方へ、またブラックテイルⅡで旅をしよう。そういう祈りだ。それだけはきっと、すべての船員が共有出来る」

 ディンスレイの言葉の終わりに、タイミーが目を閉じた。ただ顔は空に向けたまま、目を閉じ、祈っているのだ。

 だからディンスレイもそうしよう。きっと、バラバラになった船員達もまた、同じ事をしているはずだ。

 この薄黄色の空に、ブラックテイルⅡが雄大に浮かぶ姿。ただそれに祈りを捧げる。それが今、出来るという選択肢があるのだから。

「……そうさ。我々には、それが出来る」

 目を開く。ただそれだけで、すべてが変わる。

 空を見渡せる窓がある。船員達が座る席がある。隣には副長が、観測士の席には主任観測士が。操舵席には操舵士が。他の席にもまた、船員が座り、そうして目を開き、次には艦長席の前に立つディンスレイを見ていた。

 ディンスレイが見つめる先は、ブラックテイルⅡが進む先。そこにはやはり、そうして幸運にも、シルバーフィッシュらしき影があった。

「なあ? 我々は結構、運が良いだろう?」


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