幕間③ ロブロ・ライツが目指した先で
ロブロの思考が形になった金属の部屋は、外観こそ天井が宝石みたいになっただけだが、内に入ってみると、形状が大きく変わっていた。
まず、飛空船の機関室を想起していたはずのその内側は、あらゆる物がシンプルな形状に変わり、何より火花が別の場所に移動したせいか、拓けたという印象が強いものになっている。
単純極まる立方体の空間。そういう風に表現出来るやもしれぬが、天井の宝石がある以上、そういう表現は適切ではあるまい。
何より、シンプルな内装でありながらも、やはり天井の宝石の存在が、部屋の内側を多彩なものへと変えているのだ。
どういう事かと言えば、宝石は透明度があり、だがその内側で光を屈折させている。
スーサの思考が形になったものであるから、そんな天井の宝石は、スーサの思考を反映する形で、外から光を取り込んでくれているのかもしれない。
部屋の内側へと入って来たそれらの光は、各所で強弱が出来、床に、壁に、そうして薄っすらと中空にすら絵を描いていた。
いや、少し違うか。それはあちこちに広がり、ある形状を示していたが、それは絵では無く、地図と言うべきか。
「この部屋の天井から見える景色。それを部屋全体に広げてるんだ。それも立体的にさ。だから……僕らにとって、非常に見やすいものになってる」
中空に投影された……と表現するべきなのか? そんな光の地図に手で触れてみる。
勿論、それは窓ガラスから射し込む屋外の光と同様に、なんの感触も無い。若干温かいか? それも錯覚かもしれないが。
ただ、何の意味も無いとは言えないだろう。触れた光は、恐らく、空に浮く別の球体を意味している。ここにある光の球体では無く、空の向こうにある、また違う誰かが作り出した、球体の大地をだ。
「単なる平面の地図ってより、立体的な位置取りみたいなのがこれで分かる感じ? え、もしかしてこれ、凄い便利じゃない?」
「凄いなんてもんじゃないよ! 離れた場所に居て、違う場所の、それもかなり広範囲をこの部屋の中だけで把握できる! まさに僕らが今、必要としてる物だろうし、これ、この技術を現実にも作り出せれば、世界が大きく変わる程のもので―――
「そこまで便利じゃない」
と、スーサが珍しく水を差して来た。
彼女の思考が形になったものが天井の宝石である以上、一家言でもあるのだろうか。
「これは、わたしの第三眼に対する思いが形になってるだけ。天井から目に情報が入って、頭の中でこういう形になっているって考えてくれれば良い」
「それはそれで便利なんじゃないかい?」
「この部屋の映る全部、ちゃんと把握しなきゃならない。大変」
「そ、それは確かに大変そうだ」
それに、頭の中が形になっているというのなら、本来の現実には反映出来ない現象という事にもなるだろう。
あくまで今、ロブロ達がいる世界にだけ通じるルールと言えば良いのか。
何にせよ、ただはしゃいでいられる物では無さそうだ。
「けどけど、あれじゃん? ここを利用すれば、シルバーフィッシュを見つけられそうじゃない?」
「すぐかどうかは分からないけど……各段にやりやすくなってる気はするかな? ええっと、この光が空に浮いている球体なわけだから、これより小さいものを見つける必要があるんだろうけど……あれ、この球体は変な動きしてるな?」
部屋の中に投影されている周辺の空域。そこにはブラックテイルⅡ船員達の心が形になったであろう球体が光球の様な形で表現されている。
その内の一つが別の球体に近づく動きをしており、さらにその周辺を回る様に別の球体が動いている。
「これ、多分、艦長」
「ああ。なるほど」
スーサの言葉を聞き、観察すれば、やっている事もなんとなく分かる。
この世界に散らばった船員達を集めつつ、お互いの思考が影響し合わない様に、一定距離を取り合っているのだ。
中心はディンスレイ艦長だろう。そうして自身の球体の周辺に、距離を開けながら位置取る様にと他の船員へ指示を出しつつ、また別の船員へと接触していく。
この調子であれば、空を直接見たって、特異な動きをしている集団として認知出来る事だろう。
「艦長の方は順調そうじゃん。これ、私達もうかうかしてられないんじゃない?」
「確かに。向こうが仲間を集め切ってもまだ、僕らがシルバーフィッシュを見つけられないとなると、なかなか赤っ恥かもしれない」
焦りを感じ、ロブロの周囲を見る目が忙しくなる。少なくとも、シルバーフィッシュを見つける努力を、今、この瞬間にもしなければ、合わせる顔が無い。
シルバーフィッシュは球体の大地より小さい以上、存在すれば、小さな光点として現れるはずである。今、ざっと見る限りにおいては、その様なものは見当たらない。存在しないという事か?
「天井の目とここの光景がわたしの目が反映されたものなら、もっと動き回った方が良い。ここに映っているのは、あくまでこの地点から見えるもの。どれだけ普段の視界より多くの状況を知れたとしても、見えないものは見えないまま」
「なるほど。観測するには、色んな場所、色んな視点が大事って事か。この球体で、僕の火花とタイミーのふわふわ燃料が一点に集中したのも、そうやって動き回るためだろうしね」
「私のがふわふわ燃料なんて呼び方されるのは不服なんだけど、それで、どうやって動かすっての?」
ふわふわ燃料はそれ以外の表現が出来ないのだから、そう言うしかあるまい。嫌なら自分でらしい名前を付けてみろ。
「あ、そうだ、ふわふわの名称さ、タイミニウムとかどー?」
本当に名付けて来た。
「君がそれで良いなら良いけどさ。君の方はその、タイミニウムをこう……補給というか、生み出し続けるとか、そっちの方面で頑張ってくれよ。火花は僕だから……動かすのは僕の役目なのか……」
「見るの私になるから、きっとそう。けど、出来る?」
スーサがそう尋ねて来るくらいに、自他ともに不安がある。だいたい、今の地点でタイミーと出会ってしまったのも、ロブロが球体の大地を動かすのが下手なせいだ。
「正直自信は無いけど……今、やれる事はあると思うんだ。ええっと……こんな感じ……かな?」
「あんたなにやってんの?」
「何やってる様に見える?」
「その場でしゃがんで、前転しようとしてる様に見える」
「近い……かな?」
「……」
そんな頭のおかしくなった人間を見る様な視線はやめてくれないか。
心が傷ついたら、目の前にその傷が現れる様な世界なのだぞ、ここは。
それに、唐突に前転を始めたのにも理由がある。というか、本来は前転なんてしたくない。
「ゆっくりとさ、大地を動かす事は出来てたんだよ。のろのろとだけど。そういう移動で、別の視点を得るっていうのも方法だけど、まずはその場で、回転してみるのが手っ取り早くないかって」
「この場で回転しようとしてるのはあんただけど?」
「仕方ないだろ! ここで大地を動かすっていうのなら、自分の身体を動かすのと同じって話なんだから、大地を動かそうとすると、自分の身体だって動かしちゃうんだよ!」
だから、ロブロの身体の方の動きは気にしないで欲しい。大地がちゃんと回転しているかどうか。今はそれが重要なはずだ。
「大丈夫。ちゃんと回転してる」
「よ、良かった。これで僕だけ回ってると、本格的に恥ずかしい話になる」
「回るってだけなら、前転じゃなくて、その場で横に回るだけで良かったんじゃないの?」
「本当だ。そうかもしれない」
前転を止める。部屋の中を見ると、光点の位置や量がさっきより増えていた。
視点を変えた結果、部屋に集まる情報の量が増えたのだろう。前転をやった甲斐があるというものだ。次からは横回転に済ましておく事を心に決めたものの。
「まー? 見られるものが増えたってところは評価しといてあげる」
「ありがとうふわふわ役」
「ここで喧嘩したいって?」
「売って来たのはそっちの気がするんだけどなー?」
「二人とも、ちゃんと観察して」
「はい」
スーサの言葉で、タイミーと二人して、周囲に視線を向け始める。
部屋の中は見渡せぬ程では無いが、それなりに広い。情報が増えたのなら、その増えたものへの精査も一苦労であった。
部屋の空間に投影された光を見ながら、その大きさを考える。球体の大地くらいの大きさのそれならば、シルバーフィッシュではないので無視するべきだろう。
見つけるべきは球体の大地よりずっと小さい光点である……が。
「これで、どこかの大地にシルバーフィッシュが落ちてたりしたら、見つけるのって大変じゃない?」
タイミーが嫌な事を尋ねて来た。
ここまでシルバーフィッシュが、他の球体の大地と同様に、空に浮いているという前提で部屋の中を探しているものの、どこかの大地に落ちていたとしたら、複数ある大地の光点を良く見て行かなければならない。それは多分、小さな光点を探すよりもっと労力が必要となるだろう。
ロブロやタイミーの不安。それに対して、スーサはあっさり答えて来た。
「それは大丈夫だと思う」
「その心は?」
「幾つもある球体の大地はきっと、艦長が集めてくれる。大地の方にあれば、それで艦長が見つけるから」
大した信頼である。だが、艦長はロブロ達と別行動で、船員を集めてみせると言ったのだ。それだけで解決できる事態だとしたら、ロブロ達が心配する必要は、確かに無い。
「出来れば、艦長だけで全部をしてくれれば、こっちは楽で助かるんだけどさ」
「それって、要するに私達がいらなくなるって事でしょ? それはそれで困るじゃん」
「まあ……そうかな」
タイミーに言われて考える。
艦長は当人曰く、能力的には技術屋としての興味が強いし偏りがあるらしい。良く良く、機関室に顔を出して来たり、作業状況に好奇心を持ったりしているから、事実そうなのだろう。
けれど、恐らく、機関室に対する知識とその整備技能に関しては、ロブロの方が上なのだ。別にこの話をして、ロブロの自信が過剰だなどと言われる事もあるまい。そんな当たり前の事を、どうして言い出したなどと流されるくらいの話題ですらある。
だから……艦長は何もかもが出来るなんて事は現実の話では無いのだ。当たり前に。
それでも、艦長なら全部してくれると思ってしまう時があるのが、あの艦長のすごいところであり、欠点であるのかもしれない。
艦長だけでどうにかなる現実というものはきっと無い。もし思ってしまったとしても、それは単なる錯覚だ。だから、ロブロだって何かをしなければ。
「ロブロ、ここ、まだちゃんと見れて無い感じがする。もうちょっと動ける?」
「また回転すれば良いんだろ、スーサ。うん。出来るよ」
上手く出来るかは不安。けど、それを言葉にしない事を決めた。
今、他人には出来ない事はせいぜいそれくらいだろう。だが、やはりロブロだけにしか出来ないから、きっとそれが誰かのためになる。
ブラックテイルⅡはここに無くても、ロブロはブラックテイルⅡの一員として、それをするべきだと考える様になった。
「まーた不器用そうに動いてるけど、いちいち文句言わずに率先してやる様になったじゃん。出来る男に一歩前進って感じ?」
「うるさいよ。君に対してだけは幾らでも文句を言ってやるからな」
タイミーの言葉は実際うるさいと感じるものだったが、聞けば聞く程、気が楽になる感じもあった。
日常や気安さを感じて、背負っているものが軽くでもなっているのだろうか。調子に乗るため、本人には絶対に言ってやらないが。
「ええっと、こんなもんかな?」
今度は前転では無く横回転。気持ちを軽くして動いたからか、大地の方も軽く動いてくれた……気がする。これで現空域から見られるものは全部見た形になるだろうか。
これで何も発見出来なかったら、それこそ大地そのものを大幅に動かす必要があるだろうが……。
「……これ。二人はどう見る?」
大部屋の中にある一点。それに近づき、指差しながら、スーサはロブロとタイミーに尋ねて来た。
他の光点より小さいそれ。スーサに示されなければ見逃していたかもしれないくらいに小さいが、一度見れば、確かにその光があった。
「特別小さい球体の大地とかじゃなければ……もしかして?」
ここで話をしたところで答えは出ないのだろうが、挑むべき問題がそこにある。それが重要だ。
「ロブロさー、これ、この点がある場所に行ける? ちゃんと移動できる?」
「問題はそこだよタイミー。この場で回転するだけじゃ駄目だよね」
「困った。そこがまだ解決出来てない」
タイミーとスーサ二人共に見つめられるものの、それで上手く事を運べれば苦労はしない。
恐らく、プレッシャーだけでは駄目なのだ。
「ええっと、今、動かしてみてるんだけど、どうだい?」
「駄目。この速度だと、辿り着くのに数日は掛かってしまう」
「そんな悠長な時間も無いよなー……どうしたもんか……どうした? タイミー?」
何時になく、真剣に悩む表情を浮かべているタイミー。そんな頭を悩ます様な頭の中身してただろうか、彼女。
「今、失礼な事考えてなかった? あのね、こっちは建設的な事を考えてんだから、邪魔するならサボり野郎はそっちだからね?」
「そこまで失礼な事考えてないよ。それで……建設的な事って?」
「ほら、推進装置? みたいな感じで、あんたの火花とこっちのダイミニウムがあったでしょ? 頭の中で前に進むだけじゃぜんぜん進まないっていうのなら、あれのイメージを利用して……っていうか、スムーズに進ませるために、あれが出来上がったんじゃないの?」
「タイミニウムみたいにふわっとした話ではあるけど、理解は出来るよ? この部屋含めて、僕ら三人の、目の前の問題を解決しようって思考から今の形になってる。だから、まさに大地を動かすために利用出来そうって言うんだろ? けど、具体的にはどうしたら……」
「具体的にしなくても良いじゃん」
「どういう事だよ」
「あれ見て、分かんない? 私とあんたが、同じ方向に向き合えば、より速く進めるって事が形になってるんでしょ? あれ」
「んん……?」
タイミーの言っている事が分からないからの疑問符……ではない。
むしろ、タイミーの言う通り、具体的では無いのにやるべき事が分かって来そうだから、おかしな引っかかりを覚えているのだ。
もう少しで納得出来そうな、そんな感覚。
「タイミニウムと火花。わたし達が最初に感じたみたいに、タイミニウムを燃料に火花で飛べる。事実そういう形になっているかもしれない」
スーサも想像を促してくる様に、思考を言葉にしてくれた。だからロブロもそれに乗る。
「あくまで形になったのは、僕らの思考であって、具体的な物じゃあない。けれど、むしろそっちが正しいんだ。思考なんて元来曖昧なものなんだから、あのおかしな光景が、僕らの思考にとってどういう意味を持っているかが分かれば……」
「なんだ。じゃあ簡単じゃん。私が燃料でそっちが方向性。つまり、それぞれこう考えれば良いって事でしょ? 速く進むためのエネルギーが私。エネルギーに方向性を持たせるのがそっち。スーサはここで、進む先をじっくり見る事」
「スーサの役割は分かりやすいけど、君の方はどうなんだよ。心の中のエネルギー役って、僕の方はまったく分かんない表現だ」
「だからこそ、私の役割って事。心にエネルギーがあって、それを時と場合に合わせて調整するなんて、むしろあったりまえの事だって私は思うけど……あんたはそうでも無いから、役割分担ってところ?」
「言われてみれば、思考に方向性を付けるっていうのは、確かに僕の方は分かるな。けど……そっちに関して君は?」
「私は分かんない。だから……今、ただ頭の中に考えるのエネルギーで一杯にしてんの。次はロブロ、あんたの番」
思考の役割分担。そんな事が出来るのだろうか? いや、既にここにいる三人がそれをしたからこそ、今、三人の大地が一つになっている。
そこには納得があった。理屈を抜きにした、ああ、そういう事かという納得だ。
だから、タイミーの言葉は確かなものなんて何も無いというのに、出来そうだなとロブロは思えてしまった。
これが良い。こう思えた事こそ、この世界は力になる。
ロブロはこの瞬間に、コツを掴んだ気がした。
「……動いてる。どんどん速くなってる」
スーサの目が、それを捉える。
ロブロはただ、その目に従って、大地を、見えている方へと進め続ける。
タイミーはただ、そんな二人を後押しするため、思考なんて形の無いものに、力を与え続けるのだ。
その三つが一つになって、ロブロ達の球体の大地が、まさに一点へと向かい始めた。
「目指すはシルバーフィッシュ。目的地に、それがあるって思おう」
そうすれば、それが叶う。ここはそういう世界だと了解した。




