幕間② ロブロ・ライツが目指した先で
何か表現する言葉を一つ浮かべるなら、ふわふわである。
ぽわぽわとも表現出来るかもしれないが、ロブロなりの感性において、それはふわふわと表現出来るだろう。
それが沢山詰まっている。
何を言っているんだこいつと思われるかもしれないが、文句があるならこっちに来て、同じ様に頭を悩ませてみろと言いたい。
つまり、そういうふわふわにロブロは包まれていた。いや、言い過ぎか。移動できる隙間はあるから、囲まれている。
色は薄黄色。つまりこの世界の色である。ロブロや他の人間の思考を反映して、何らかの形を取って来るこの世界において、この色だけは共通の、唯一のルールなのだと思う。もしくは、この様な現象の場合、必ず薄黄色になると決まっているのか。
何にせよ、薄黄色のふわふわだ。
この場所を思考した船員は、ロブロと違って機関室の様な部屋の中を想起したのでは無く、まっさらな空の下、ふわふわが沢山ある花畑を頭の中に持っているのだろう。
ロブロの思考が形になった、火花立つ金属の部屋にあった扉をくぐった先が、そんな場所だったのだ。
薄黄色のふわふわの隙間に大地も見え、そこをロブロとスーサは進んでいるのであるが、その地面に、やはりこれも薄黄色なのであるが、デフォルメ化された花の様な輪郭があった。描かれているという質感が近いやもしれぬ。
この構造を作り出してしまった船員を思うと、それはもう随分ファンシーな思考をしているのだと思ってしまう。
失礼ではあるだろう。人間、頭の中ではどんな考え方だってして良いはずだ。
ロブロとて、自身の頭の中で火花を散らしているなど思われるのは恥ずかしい。
そういう、理性的かつ客観的な視点を持ちながら、あえて、そうあえて言葉にする事があるのならば……。
「一度会ってみたいよね、この世界を頭の中に抱えている相手にさ。多分あの、二割……いや、三割くらいの確率で笑ってしまうかもしれないけど、それはそれとして、ふわふわ花畑の船員ってレッテルを貼る形になるかもしれない」
「ロブロ。実際に会って判断しないと、失礼」
「分かってる。分かってるんだスーサ。そんな事は分かって……けど、思考が形になるのって、こういう部分でも禄でも無い状況で……うん。まさか。まさかだろ?」
ふわふわの中を歩き続けて、その人影を見つける。
それぞれが形に出来る思考は、そう大きい範囲では無いのだ。だから、歩き回ればすぐに人影が見つかるのだろう。
それは幸運。そうして、その人影が見知ったものであったの事も、もしかしたら幸運か?
「あ、ふわふわ花畑の船員」
「は? スーサ? え? スーサがなんでここに? っていうかふわふわ花畑の船員って私の事?」
「そこのロブロが言ってた」
「ロブロが? ちょっとあんたさ! ここで出会えて良かったーって言いたいところだけど、スーサに何教えてるわけ!?」
と、見つけた船員の人影、タイミー・マルファルドが叫んで来た。
再会を喜んで抱擁し合うとかそういう雰囲気にならなかった事は、幸運なのか不運なのか。
「って、別に変な事をスーサに教えたつもりは無いよこっちは! なんなら、君を助けに来た立場なんだから、感謝の言葉があって然るべきじゃあないか?」
「助けにって、私を……あんたが? 本当に?」
「うっ……それはその……半分くらいは事実の……はずだ」
訝しんで来る様なタイミーの視線がやや痛い。
実際のところ、意図して助けに来たわけでは無いのだ。巻き込まれたというか、今、ここでタイミーと再会する予定ではまったく無かったというか。
いやしかし、結果的には感動的な再会と相成ったわけだから、感動とかしてくれると、今後とも良い人間関係を築けるのでは無いか? 望みは薄いか?
「ふーん。まあ、半分くらいあれば十分って思っておくけどさー。それで、なんなのここ? 綺麗な景色だけど何も無いなーって暫くのびのびしてたら、なんか突然、球みたいなのが降って来て、危なーいって思ったらその球みたいなのは消えて、周囲の景色はこう……ふわふわしてる? そんなのになった上で、次にあんた達が現れたと」
「タイミー。説明すると長くなる。それでも聞きたい?」
ロブロが話をしていると、さらに話が長くなりそうに思ったのか、スーサが前に出て来た。そんなに話題の方向性に不安を感じたのか。
「長く……無理矢理にでも短めにってのは駄目?」
「今、ここはもう一つの日の中。この中では人の思考が形になって、わたし達が立っている場所はタイミーの思考が形になってる。わたし達はそんな場所でシルバーフィッシュを探してる」
「なるほどねー、だいたい分かった気がする」
「だいたい分かったのか!?」
「あれでしょ? ここはびっくりワールドで、この光景は私の恥ずかしい心の中で、そんな場所でシルバーフィッシュを探さないといけないと」
「ほ、本当にだいたい分かってる感じだ」
なんとなく悔しい。
ロブロの方は未だに理解から遠い場所にいるのに、それを上回れた気がする。ふわふわか? やはり頭の中にふわふわを抱えているのが重要なのか?
「まー本音を言うと? ぜーんぜん分かんないんだけどねー。ただ、目の前がこうなってるなら、そのまんまを受け入れた方が早いでしょー。後の事は、感覚的に行動していけば、それなりの仕事はしてる風に出来るってわけ」
「してる風じゃ困るんだよ、してる風じゃあさぁ。今は目先の問題も多くなってる状態だから、ちゃんとその問題の解決もして貰う必要もあるんだ。じゃないと、こうやって合流した意味が無い」
「そうなの? それで、その解決して欲しい問題って?」
ぜんぜん深刻そうな様子を見せないふわふわ女タイミーの様子に溜息を吐きたくなって来たが、ぐっと我慢する。ここでロブロまで脱線すれば、艦長からの指示にちゃんと答えられなくなってしまう。
「いろいろ言える問題が多くて手一杯なくらいだけど、そうだなー……直近の問題としては、僕と君。あとスーサと、三人がここに集まってる事がとりあえずの問題かな」
「なんで? これまでも三人で行動してた事あるじゃん。今もそうだってわけでしょ?」
「思考が現実になるって言ったろ? そこが厄介でさ。複数人がそれをすると、混ざりあって、結構大変な状況になるっぽい」
正確な事は分からない。類例としては、ロブロとディンスレイ艦長の二人の思考がそうなってしまったというだけだから。
今のところ、ロブロとタイミー二人の間においては、それぞれの思考は別々の事象として―――
「ロブロ、タイミー。あれ、大変かもしれない」
スーサが指差す方向。さっき、ロブロ達が歩いて来た場所をロブロも見た。
ロブロの考えが現実の形になったと思われる、火花立つ鉄の部屋と、その周囲に存在するふわふわ花畑なタイミーの思考。
それが混じり合っている光景だ。
つまりどういう光景かと言えば、タイミーのふわふわに、ロブロの火花がぶつかっていた。
どうやらロブロの思考が形になっているであろう金属の部屋の外側にも、火花が広がり……そうしてタイミーのふわふわにもその火花がぶつかり……いや、延焼していた。つまり、燃え広がっていた。
「うわああああ! た、大変じゃないか!? 何!? 何で!? いや、当たり前かこれ!?」
タイミーの思考が形になった薄黄色のふわふわは、明らかに燃えやすい形状をしていた。空気をたっぷり含んだ繊維質の塊に見えるのだから、想像するのは容易い。容易い以上は、やはり想像してしまい、それが形にもなってしまう。そういう状況でもあるらしい。
「ちょ、ちょっと! ヤバくないこれ!? あっちこっちにも火が広がってるじゃん!」
ヤバい。この上無くヤバい。だから注意するべきだったのだ。この世界で、複数人が集まり、顔を合わせるという事態は。
「とりあえず……どちらかが落ち着いて。そうすれば事態が収まるはず」
「だからさ! そんな器用な事は艦長以外出来ないんだよ! 一度こうなったら、都合良く冷静になるなんてのは無理っていうか!」
「私なんかあれじゃん! そもそも今、どういう事なのか分かんないんだけど! 説明とかしてくれるの!? この状況で!?」
出来るわけ無いだろう。そういう冷静さが無いから慌てているというのに。
そうこうするうちに、さらに炎は周囲を囲んで来た。本当に危険な状況だ、考えろ。今、この状態をどうやって切り抜ける? 一度冷静になって……というのは無理だからこそ、今の状況なので、慌てながらでも取れる手段を考えなければ。
「い、一か八か、思考を発展させるっていうのはどうだろう?」
「だから、何言ってるか分かんないって言ってんの!」
「つまりだ! 何時も僕達がやってる事だよ! ここに居る三人で話をしていると、話題が突拍子も無いところで飛んでいくけど、それはそれで、新しい発見や発想に繋がったりするだろ!?」
思考を抑えるのでは無く、新しい形へと発展させるのだ。普段やっている事を、この場でやるだけとも言える。もっとも、思考が現実化する様な状況でそれが行われた場合、いったいどういう事になるか……。
「結果はどうなるか分からない。けど、今はその方法しか無さそう」
スーサは何時だって端的だ。目の前の景色、今後、どういう状況になったとしても、今よりマシだという事を伝えて来る。
「でもでも、何時もやってる事って、ここだとどうするべきだっての!? あんたと喧嘩でも始めろって!?」
「シルバーフィッシュだ! シルバーフィッシュを僕達は見つける。その方法として、どうすれば良い!?」
一か八かの状態だから、普段の自分からは出て来るはずも無い出鱈目が飛び出した。
身体にも火が飛びそうな状態で、シルバーフィッシュを見つけようなんて、良く言えたものだな? だが、今はそれをするべきだと思う。結果はどうなるか分からないが、火に焼かれる未来が確定するよりは大分良い。
「シルバーフィッシュ!? シルバーフィッシュね!? どっかにあるってのなら、やっぱり空を見るのが良いんじゃない!?」
「空……空には、他のみんなの大地があるけど、シルバーフィッシュはもっと小さい。見つかり難い」
「だったら良い目が必要だ。そうしてそこに一気に迎える何か……こう……もっと良い感じに空を移動できるその……ああ、火が迫って……けど!」
こんな状況で答えなんて出るはずが無い。出たところでどうしようも無い。だが、それでも、これしか方法が無く、これをすると決めたから、ロブロは考える。
他の二人も多分、同じ考えを持っている。だから今もこうやって話を続け……迷うな、続けろ。そうすれば、現実はそういう形になる。どういう形なんて分からないが、きっと……変化する。こうやって話を続ける中で、ロブロ自身の考え方が変わって行く、そんな気がするから。
そうして……。
「うっそ。本当に火が引いて行く」
半信半疑だったろうタイミーの目からも、それは起こっているらしい。
今まさに、ロブロ達を包もうとしていた火が無くなる……いや、無くなっているわけでも無く、球体の大地の一点へと集中していった。それがロブロ達から離れた場所だったので、火が引いた様に見えたのだ。
火種になっているふわふわも一緒だ。球体の大地の一点へと集中し、ロブロ達の近くに残されたのは、ロブロの思考が形になったものである、金属の部屋。
その部屋も、さっきまでとは違い、火花を発していなかった。
代わりに、真四角だった天井部の輪郭が変わっている様に見える。
なんだろう。天井側に丸みが出来て、しかも透明感のある……そう、まるでスーサの額にある宝石状の器官、第三眼と似た様な、それでも部屋の天井になるくらいに、とても大きなものがそこに出来ている。
「目」
スーサの言葉。
端的で、しかしだからこそ良く通るその言葉で、やはり部屋の天井部を見る。
自らの額にある第三の目と似た様な外見で、しかし大きなそれを見て、スーサは目だと感じているらしい。
想像してみると、なかなか怖い光景だなとロブロは思った。金属の部屋の天井にドでかい目があるのだ。しかもその部屋が建つ大地は、球体で空に浮いていてふわふわで……いや、ふわふわは火花と共に一点に集まっている。なんだろうこれは。そのまま無くなるのかと思ったが、無くならないままだ。
「あれが目って言った? スーサ? あ、じゃあじゃあもしかしてこれって、そういう事?」
タイミーの方は今の状況に対して、何らかの理解を示したらしい。
こういう時、いっつも先に気付くのがタイミーという女だ。知的水準はロブロの方が高いと思うのだが、どうしてロブロだけが良く分かっていないなんて状況が多々あるのだろうか。
「ちょっとロブロ。あんたの方こそ分かんない? 絶対、あんたの発想が起点になってるでしょ、今の状況」
「僕の? 僕が何をどうしたら、こういう変な見た目の場所が出来上がるんだよ」
「あのねぇ……あの部屋。あそこが目でしょ? 周囲を良く見るための目で、そうして、あっちの方に見える火花っていうか、もう火柱になってるけど、あれって、何て言うんだっけ? ほら、こう、押すって感じの機械みたいなやつ」
「……もしかして、推進器の事を言いたいのか?」
「そうそうそれ! 推進器! この変な球を押してる様に見えない? っていうか、実際、景色がそう動き出してるし」
タイミーの言葉に反応して、空の景色を見る。
確かに、その景色は動いていた。ロブロ達が立つ大地自体が動いているのだろう。どういう仕組みで? それはまさに、タイミーが言った通りのそれだ。ロブロの思考が形になった火花が、タイミーの思考が形になったふわふわを燃料にして、火柱となり、球体の大地を押す推進機構として動いている。この世界ではそうなるらしい。いや……。
「そんな単純な話じゃあない。そうらしいと僕らが考えているから、こういう風になってるんだ。ああ、そうか。つまり僕達の思考は、この空を動いて、シルバーフィッシュを見つけたい。それに統一されたから、それっぽい見た目になった。そういう事なんだ!」
「だから、そう言ってるでしょ?」
そんな事に早々気付けてたまるか。感覚的にしか分からない。いや、感覚的に分かるのだってとんでも無いが、確かに今、ロブロ達が立つ大地は、ロブロ達三人の意向に添った形なっていた。もしかしたら、その機能に至るまで。
「これを上手く動かせれば、シルバーフィッシュを見つけられる?」
「スーサ……それはどうかな。なんとなく、そこまで上手く行かない気も―――
「なーにこうなってまで弱気になってんの? 次に出来る事が決まって、やる方法もここにあるってのなら、するしか無いでしょー。他にやる事ってある?」
タイミーからそう言われれば、他に無い気もしてくる。だが、本当にそうだろうか。
(例えばそう……何もしないっていう選択も……うーん。無いんだろうなぁ)
自分一人だけなら、何もしないを選ぶかもしれない。というか、この世界に来てしまった時はそうだった。
だが、スーサとタイミー、そうして自分と、どういう因果かまた揃ってしまった。
この三人が揃った時、何時だって状況は動くばかりであった事を思い出す。
今回だって、きっとそうなのかもしれない。
「とりあえず、色々出来る事を試してから結論を出してみようよ。まだ、おかしな形をした大地になっただけだ、ここは」
「一人冷静ぶっていて腹立つけど、それが正解かもねー。じゃあ、さっそく始めましょ、ロブロ」
「それより前に、タイミーはこの世界がどういうのか、説明が欲しかったりしない?」
「あ、スーサ。そりゃあ聞きたいけど、難しいのは駄目だからね。すっごーく簡単にして教えてねー」
「が、頑張る」
三人の、何時も通りの会話がまた始まった気がする。
この後にどうなるかは分からないものの、何時も通りだと言うのなら、ロブロにとっては悪く無い状況になるかもしれない。
(いやまあ、そんな風に考えられたら、世話も無いんだけどさ)
ただ、深刻には考えない様に努める。この世界においては、それがきっと正解なのだと思うから。




