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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地ともう一つ日
148/164

幕間① ロブロ・ライツが目指した先で

 何やら、重要な役割を艦長から任された気がする。

 それくらいの自覚はあるロブロ・ライツだが、だからと言って、冷静に受け入れられるかと言えば、そうとも言えなかった。

「別行動をするって事はだ。僕は艦長と同じレベルの重責を担う形になったわけだろ? それって名誉ではあるんだろうけど、それ以上に焦るし、そもそも過大な気がする。っていうか、無理なんじゃないか? 無理な気がしてきた」

「ロブロ。また大地から火花が出てる」

「うっ……いけないいけない」

 スーサから言われて、視線を前に向ける。

 ディンスレイ艦長からシルバーフィッシュ捜索の任を受けてからこっち、ロブロはなんとか、自分の心を反映しているらしい火花散る機械の壁というものを、自分が立つ球体の大地へと戻せていた。

 スーサから心を冷静に保つコツの様なものを教えられた結果であるが、油断すればまた、自分が立つ球体の大地は火花を放ち始める。目の前の事柄を不安に思う事だって許されないというのは、こうも生きづらいものなのか。

 ロブロはさっそく、今居る世界を嫌いになりつつあった。

「もしかして……変な事考えてる?」

「ぜんぜん考えてない。まったくそんな事は無いよスーサ」

 自分の球体の大地から、妙な形の壁が生えて来たのを見つつ、ロブロはスーサからの質問を否定する。

 本当に、内心なんて現実になるべきではない。

「漸く前に進める様になったのだから、そっちに集中して欲しい」

「僕的には、そうしてるつもりなんだけど……上手く行かないなぁ」

 スーサにやや睨まれながら、ロブロは自らの大地と言えるそれを動かすべく、奮闘する。

 艦長の球体の大地と比較して、どうしてか小さいロブロの大地は、むしろ動かしやすく思うのであるが、艦長が大地を動かしていた時と比較して、遅々としている様に思えた。

「前に進もうとする意思が重要。それと、身体全体という感覚に、大地まで含まれているという実感を混じらせるのも、上手く動かすために必要かもしれない」

「言ってる事は分かるよ? 正直なところ分かんないんだけど、分かろうとはしている。けど、それはそれとして、その説明を理解してた艦長が変だと思う」

 スーサからこの世界で移動する手段を手に入れるための訓練を受けろと艦長から指示を受けて、今、それをしている最中である。が、今の段階では、徒歩くらいの速度しか出ていない。

 そうこうしていると、大地の方では無くロブロ自身の足が前に進んでしまいそうだ。身体の一部として大地を動かそうとしても、実際の身体が反応してしまう。

 同じ様な内容、同じような時間で、艦長はロブロを探し出せるまでになったというのだから、やはり異常なのは向こうな気がする。ロブロの方は、常人離れした思考をしているつもりなど無い。

「もう艦長は行ってしまったし、わたし達はやると決めた。だから火花を出すのは止めて、ちゃんとして欲しい」

「そんな風に困った表情浮かべられると、罪悪感がすごいんだけど……うん。もうちょっと頑張ってみるけど……おっ、ちょっと速くなったんじゃあないか?」

 心の中に芽生え続ける罪悪感を紛らわすために、感情を前に進めさせるイメージをしたところ、周囲の風景の流れが、多少、速くなった気がする。集中するというより、感情の力を、大地の動きとして誤魔化すというのが重要なのだろうか?

「その調子。とても集中出来てる。出来てる?」

「うんうん。出来てる出来てる」

 スーサの言葉を聞きつつ、ロブロは気付き始める。彼女の言葉がすべて正解では無いという事に。

(そりゃ当たり前か。いくらスーサだって、この世界に適応出来てる存在じゃあない。聞く限り……この世界は僕だけじゃなく、他の誰からだって、生き辛い場所なんだろうし)

 だから、スーサの意見を参考にしつつ、ロブロ自身の感覚だって総動員するのが重要なのだろう。

 感情を集中させるのでは無く、強さそのままに切り替えた方が有効という部分は、ロブロだけの気付きであるはずだ。

 そこまで考えて、そりゃあディンスレイ艦長なら上手くやれるはずだと実感する。

(艦長なら、そういう他人の意見と自分の意見を擦り合わせつつ、新しい発想に繋げるのが得意そうだ。案外、一番この世界に適応しているのが艦長なのかもしれない)

 そんな艦長の方針こそ、この世界を破壊するという物であり、今、その破壊する方法を探しているのがロブロ達という事になる。なんとも皮肉だ。

「最終的にシルフェニアまで巻き込む規模になるかもってのは危機感あるけど、そんなに駄目な世界なのかな、ここは。こういう光景も……あっても良いじゃないかって……」

「駄目。ここは壊す。それが絶対。終わらせないといけない」

 スーサにとっては、絶対に変えられない部分がそこらしい。彼女は破壊的な性格で無い以上、この世界の破壊は、彼女の、何らかの矜持に関わるものなのかもしれない。

 少し気になるものの、それを聞いても良いかどうか。ロブロの及び腰な性格は、スーサの心の中へと踏み入れるのに躊躇する。

 そういう躊躇もまた、心の動きだったせいか、目に映る景色が変わる。さっきまでちらちら見えていた火花が落ち着く形でだ。

「上手い。ちゃんと制御出来てる」

「これってそういう事になるんだろうか。もうちょっとこう……違う現象である気がする。まあ、上手く行っているなら良いんだけど」

 さっきのスーサの言葉には、あまり踏み込まない方が良い。そういう事ではあるのかもしれない。

 自身の心に、そういう結論を出そうとしていたロブロ。

 それが中断されたには、やはりまた起こった変化に寄るものだ。

「あれ、もしかしてスピードが出て来たかこれ。景色に動きが出て来た」

 自分が立つ球体の大地では無く、それを包む、薄黄色の空の印象が変わって行く。

 薄黄色の空は、良く見ればぽつぽつと、他の球体の大地が浮かんでいる。その浮かぶ大地複数が流れる様に動き出した……様に見えるという事は、こちらの移動速度が速くなっているという事ではあるのだろう。

「ううん。違う」

「えっ、もしかして向こうの方が動き出してるとか? みんな一斉で?」

「それも違う」

 なら、スーサは今の状況をどう捉えているのだろうか。その答えを尋ねるより早く、彼女の言葉により示される。

「今、落ちてる」

 どういう事だ?

 やはりそれを尋ねるより先に、答えがやってきた。スーサの言葉では無く、目の前の光景として。

「っていうかこれ……引っ張られてるんじゃないか!?」

 景色が変わったのは、ロブロが立つ球体の大地が、一方向に進み始めているからだ。しかも前方にでは無い。やや斜め下……と表現するのが適切かどうか分からないが、ロブロの視点からはそういう動きをし始めた。

 ロブロがそちらに近づこうとしているわけでは無い以上、やはり引っ張られているという表現が正しい気がする。

 いったい何に? ぐらつく視界。ロブロの球体の大地が傾き、そちらへと向くに従って、何に引っ張られているのかはすぐに分かった。

 もう一つの、空に浮いている球体の大地にだ。大きさとしては、まだ距離があるため正確には分からないが、ロブロのそれと同程度に見えた。

「大きい方に引き寄せられてるとか、そういうのでも無いのか!? ま、まさかこっちが気弱になったから、その分だけ他に寄り掛かってしまうみたいな、そういう法則!?」

「ロブロ、今は混乱してる時じゃあない」

 確かにその通りだった。このままもう一つの球体の大地に引き寄せられれば、その先の未来なんて決まっている。

 お互いがぶつかって、お互いが壊れるだけだ。そこに居るだろう船員もである。

(けど、どうすれば良いんだ!? 止めようたって、既にこっちは止まってるから、引っ張られてるわけだろ!? 違うのか!? っていうか、向こうはどうなんだ!? 逃げたり出来ない!?)

 頭の中の混乱が広がっていく。広がって広がって、収拾が出来なくなって行くのを感じてしまう。

 ロブロはこうだ。常に冷静になんて居られない。まだそんな人間として上等では無いのだ。

 けれど―――

「ロブロ!」

 スーサが見ていた。スーサの側から、今より出来る事は無いのだろう。だから……感情を抑え気味なスーサの表情であるが、それでも、そこに必死さがあった。

 やるしかない。スーサに恰好を付けるというより、もう他に出来る事が無いから、覚悟が決まる。

 覚悟が決まったとして、何が出来る? もう時間が無い。こんな何も分からない世界で、ロブロが出来る事など残っているのだろうか。いいや、ロブロには残されていない。

(だとしたら……艦長なら、どうする? 艦長だったらどうしていた!?)

 自分で無く、他の誰かなら。

 他者の行動を経験に出来るというのも、チームワークの一種だろう。自分はブラックテイルⅡ船員として、そういう判断や行動が出来る立場だ。そう思う。そう覚悟する。

 だから……次にするのは一か八かだ。

「混乱するなら……混乱し切ってしまえ!」

 ロブロの混乱は、即ち周囲の景色に影響を与える。ここはそういう世界であり、ディンスレイ艦長はまさに、それを利用していた。

 そうしてロブロと再会する事が出来たのだ。

 球体の大地同士なら、近寄ればぶつかるだけ。だが、思考を拡大させ、それを大地に反映させれば、別の形へ落とし込める。

 ディンスレイ艦長の場合は大地を迷宮にして、その道を進むという形で、出会いを穏便にする事が出来たのである。ロブロはその真似をした。

 球体の大地では無く、ロブロの思考が混乱した時に現れる、火花を放つ機械の壁……いいや、ブラックテイルⅡの機関室にも似た、機械に囲まれた空間。

 ロブロの心の中の混乱は、その様な現実の景色となって、球体の大地同士のぶつかり合いという未来とは、違う結果を呼び込む事だろう。

 ただし、そこからどうなるかはやはり賭け。

「成った! 僕の心の中の風景! ただ……この後どうなる!?」

 分からない。頭をあえて混乱させているのだ。その後の事など予想出来るはずが無かった。

 ただ、やはり目の前にあるのは、ロブロの心情が反映された、火花と機械だらけの空間。その空間が大きく揺れて……しかし、揺れるだけで、壊れる事は無かった。

「と、とりあえず、最悪の事態にはならなかった……のか?」

「多分、二人は生きてる」

 スーサの言葉で、確かにロブロとスーサ。二人の命はここにある事が分かる。

 だが、ロブロ達を引き付けた形になる、ぶつかった大地側はどうだ? それを作り出している船員は? 

 周囲の景色を見る。火花を放つ金属壁という風景。ついでに床。火花はとりあえず落ち着いて来ているが、触れれば十分に熱量がありそうな、そういう見た目をしていた。触って確かめてみるというのも危ないのでしたくない。

 そんな危なっかしい空間が、そう広く無い範囲で存在している。

 大部屋……と表現するべきなのだろうか? 歩いて端から端まで数分程度はあるだろう。だが、せいぜい数分程度だ。果ての無い世界というわけでも無い。

 それが、ロブロが想起出来る世界の大半であり、その大半を火花で満たしている。なんとも情けない世界な気がした。

 スーサの世界はどうだろうか? 彼女はこういう……世界の形を出して来ていない。多分、それが正しい。

 ロブロとスーサの二人が居て、二人ともに頭の中の世界を形にしてしまうと、状況が混沌化して危険である。

 それがディンスレイ艦長の出した結論であり、ロブロとスーサにとっても同感であった。だからスーサの方は、自らの能力を用い、思考の具体化を防いでいる。それがどういう方法かさっぱりだが、スーサなら出来そうという印象は強い。それが良い。

「問題は、もう一人の命だ。それが生きてるか死んでるか。そこが重要で、死んでたら大問題だけど、生きてても問題は問題だ。そうだろう?」

 問い掛けに、スーサも頷いた。

 相手が死んでしまってる場合、ブラックテイルⅡ船員が一人、ロブロとの事故(事故のはずだ。偶発的なんだから。意図的では無い。絶対だ)により、亡くなったという事になるだろう。

 軍の任務中の死亡なのだから、特例での出世と、直系の親族がいれば、その親族への年金支給が行われる事になる。

 まあ、それは別に良いか。問題は、事故であろうとロブロの責任が問われてしまう事。罰則としてはどれほどの物になるか。

(いや、まあ、それも別に良いか)

 酷なわけでは無い。今、それに悩んだって、目の前の火花を増やすだけだし、無価値であると思ったのだ。

 今の状況で、何より価値がある事は、相手が生きているのを確認する事。

「ああ、そうだとも。死んでたらどうしようと怖がる前に、相手が生きてたら、そっちの大問題はすぐに解決する」

「けど、あれ、問題じゃない?」

「……うん。スーサ。大問題は解決して、もう一方の問題が発生しているね」

 スーサが指差した方。そこには、扉があった。いや、ドアもドアノブも無く、ロブロの思考が形になったであろう金属壁が、長方形にくり抜かれていた。

 それでも扉だと思ったのは、丁度人一人、通り抜けられる大きさであった事だ。

 ロブロの思考に、あの様なドアはあるだろうか? 恐らくは無い。ロブロの思考は恐らく、この金属の部屋と火花で完結している。それ以外の構造があるという事は、もう一人の船員の世界がそれなのだと思う。

「とりあえず……相手も死んで無さそうって事で安心しよう。安心できるタイミングでほっと一息吐くのは、とても大切な事だって僕は思う」

「それで次に、目の前の問題に挑戦する?」

「もう二息くらい吐きたいけど、我慢しよう。その通りだと思う。二つの世界がここにぶつかってて、艦長が言っていた混沌とそれに伴う危険性が、あの扉という事になるんだろう」

「今のところは、ここよりは安全そう」

 火花が放たれる金属の部屋よりかは、確かにそうかもしれないが、言ってしまわれるとショックだから止めて欲しかった。

「……スーサ。とりあえず尋ねるけど―――

「行った方が良いと思う。こっちから」

「だね。そうだね。その通りさ。ええい!」

 あそこに扉があって、この世界の仕組みの幾らかをロブロは知っている。相手の船員はそうでも無いだろう。だから、もしかしたら今の状況で、向こうの方がもっと混乱しているかも。

 となれば、ロブロの方が動くしかないのだ。緊急時の動きってそういうものだと船員としての訓練で教わった気がする。

「僕が覚悟する時間も惜しいって顔してるね、スーサ」

「行こう、ロブロ」

「こういう場合、君の言う事が正しい。何時だって正しい気がする。その通りだ」

 だから、火花立つ場所を避けつつ、ロブロは扉の方へ足を進めた。

 心なしか、火花が前に進むのを妨害して来ている気もしたが、進めない程度で無かった事は、自分の胆力を褒めてやれる状況だったかもしれない。



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