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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地ともう一つ日
144/164

① 輝く終着点

 夜に空の彼方で輝く星々。それらの輝きすべてを薄れさせる日の光。

 一定の間隔で明滅を続けながら、空を彩っているその自然現象は、空に浮かぶ別の世界なのだという。

「我々が生きるマグナスカブは、下方へ落下し続ける通常物質と、上方へと向かう浮遊石の釣り合いにより成り立っているというのは既知のそれだが、その釣り合いが取れていない空間とはどうなっているのか。それには幾つも学説がある。その一つが、別の世界がまた広がっているというものだ」

 ブラックテイルⅡメインブリッジ。

 休養時間中に、急遽呼び出される形になった艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスは、シルフェニア国内の学者がしていた講義を思い出していた。

 軍学校の講習でも、その手の物があるのだ。人気は無く、良く顔を出していたのはディンスレイの様な奇特な人間ばかりだった気もするが。

「高度限界のさらに向こうに位置している上で、さらにその輝きのせいで、遠方からだと構造がどの様なものかが分からない。誰もが見えるのに、いったいそれが何であるかは分からない星々と日の輝きを、一つの世界が放つエネルギーだと考えるわけだ。そこにも、何らかの釣り合いが取れた世界があり、それは世界だけあって莫大なエネルギーがあるのだとな。そうすると、その輝きの属性や方向性に対して、矛盾の無い解釈が出来るらしい。信じられん話なのだが……」

 星は空の、本当の彼方にあり、それでもその輝きを無限の大地に届かせる。それは莫大なエネルギーである事だけはれっきとした事実であり、そのエネルギーへの解釈が、一つの世界などという遠大な仮説へと繋がっている。

 その中でも、もっと強大で、大地への影響も過大なのが大地に朝と夜の区別を作り出す日の光りだと言える。

「我々にとって、星々の輝きと瞬きをもっとも体感するのは、まさに日の活動だろう。ゆっくりとした明滅をする日が、さらにどの様な星々よりも輝くから、我々はその明滅の時間を一日としている。酷く大きく、酷く遠いから、大地を進み続けても、その日の影響下にあるわけだが……大地を遥か彼方へ進ませた場合、日は直上では無くどんどん傾いて行き、何時しか地平線の一部として、日の輝きの無い領域が現れるそうだ」

「それも仮説……ですかね?」

「今のところ、そうなるだろうな、主任観測士。日が見えなくなるより先に、もう一つ、日が空に現れたわけであるし……こんな学説は聞いた事が無い」

 メインブリッジから見える景色の観測を続けるテリアン・ショウジ主任観測士に釣られて、ディンスレイもまた外の景色を見つめた。

 正直、眩しくて仕方ないため、目を逸らしてしまいがちなのだ。

 まず上方。そこにはこれまでと変わらない、夜になるまで大地を照らす日が存在していた。焼ける

 白い雲と青い空。そこだけを見れば、航空に最適な順風満帆な空が広がっていると言えただろう。

 だが、視界をそこから降ろしてみれば、すぐに異常な光景が広がって来た。

 もう一つの日が、そこに存在するのだ。

 ブラックテイルⅡからの目視であれば、空の日より余程大きく見えるそれ。輝き、明滅を続ける円形のそれ。

 間違いなく、空の日と同質のものが、より近い場所にある。

「我々にとっては不明な現象でしょうが、分かる事が一つ。これ以上の接近は危険という事でしょう」

「そこも不思議だな、副長。現状、あれは我々の目に見えているが、その影響は眩しい以外のものが無く……一方で現空域から近づこうとすれば、一気に牙を剥いて来る」

 具体的には、エネルギーの塊に相応しく、異常な熱量でブラックテイルⅡ船体を焼いて来るのだ。

 その事に気付いてから、もう数刻でも同じ空域に居れば、ブラックテイルⅡは中の船員ごと黒焦げになっていた事だろう。

 船体の色がもっと黒くなっていたわけだ。冗談にもならない。

「本来であれば、今の空域ですら、影響が伝播しているはずのものでしたからね。どの様な種か知りたいと思うのは、艦長の影響でしょうか」

「いやいや、副長がそう思うくらいに、謎が突然現れたという事だろう。事実、突然だったのだろう?」

「ええ。主任観測士、操舵士。両者もそれを確認しています」

 休養時間、部屋で就寝していたディンスレイにとって、目が覚めたら既にそれがあった形だが、メインブリッジに居たメンバーにとって、もう一つの日は、突然現れた様に見えたらしい。

「ここから見える……一応、もう一つの日って言いますけど、あれ。空のそれより大きく見えるのは分かりますよね?」

 副長の言葉を補足する様に、テリアン主任観測士が続く。

 彼が指し示すもう一つの日であるが、言う通りに、単純比較すれば空の日より大きいと表現出来るかもしれない。

「だが、あれは単に、より近い場所にあるからというだけだろう。恐らく、もう一つの日はブラックテイルⅡで一日も掛からない距離にあるのではないか? 間にある熱量を無視すればの話だがね」

「主任観測士としても同感です。空の星や日と同質のものが、もっと近い場所にあるってわけです。それを思うと、むしろ実際のところの大きさは、どんな星よりも小さいと言えるかもしれません。けどですね、それでも膨大なエネルギーの輝きなんですよあれ。もっと離れた場所からでも観測出来なきゃおかしいってくらいに。それこそ、空に二つの日があるなんて表現出来る環境が、もっと広がってないとおかしいんです」

 だが、ついさっきまで日は一つであったはずだ。昨晩はちゃんと夜だってやってきていた。

「これって、印象的に、前の色と一緒じゃない? 確か……ええっと、なんだったかしらスーサちゃん」

「竜の卵」

 会話に参加してきた操舵士のミニセルは、すぐに次の相手へ言葉を向けた。

 既にメインブリッジに居たスーサに対して。

「竜の卵……内側に世界が広がるあれか。確かにその世界の内側にある環境を、外側に押し付けている部分もあったが……このもう一つの日もそれか?」

「違う」

「違うか」

「もっと厄介な現象。というより、竜の卵側が成功してて、こっちは失敗してる」

「ややもすれば不安になる言葉だ」

「っていうか、率直に不安になる話でしょうこれ」

 主任観測士はそう言うが、スーサの言葉をなんでも不安がっていると、彼女が可哀そうだろうに。不穏は不穏であるが、彼女のせいではあるまい。

「っていうか、竜の卵? それのせいで、結構大変な事態に巻き込まれてた気がするんだけれど、それで成功?」

「ミニセルは竜の卵の方を見て、どんな感じだった?」

「周辺環境を暑くしたり寒くしたり、艦長を攫ったり、最後には吹雪いてる状況を晴れに変えたり、まあ、はた迷惑な現象だったわね」

 色々注釈を加えられそうなミニセルの言葉であるが、実際、迷惑に感じたのは事実だった。一番被害を受けたディンスレイが思うのだから仕様がない。

「けどそれは全部、竜の卵の中の意思が決定した事。その力があったからそうした」

「ふん? その力自体が脅威という話ではあるが……今、見えている日の光が失敗側という事は、竜の卵程の出力は無いという事かな?」

「ううん。その何倍何十倍もあると思う。竜の卵は個人が成ったもので、これは集団がなったものだから……何千何万の場合もある」

「成ったというのは……」

「生物都市。艦長達がそう呼ぶ都市に住んでいた人達の成れの果て。こっちは失敗側だから、そう呼ぶべき」

 スーサの言葉を聞いて、眩しいがもう一つの日を見つめる。

 失敗側。あまりにも強大なエネルギーの塊である事が、それだけで分かるもの。

 これほど強大な存在に人が成ったというのは信じがたい。

 だが、生物都市で見た住民達の歴史において、最後に円……一つの世界になるという思想は、目の前の光景を示しているものとも思えた。

 だが、それで失敗なのか?

「エネルギーの多寡は極論、成否の話とは関係無いわけだな、スーサ?」

「うん。失敗しているのは……みんなでこうなってしまった事。強大な……竜になるという目標を目指す中で、参加する人は多ければ多い程良い……そんな風に考えてしまったけど、それは失敗だった。個人が成った、竜の卵の方は余程意義のあるもので、こっちは……違う」

「……自分の意思が無くなったか?」

「艦長は……分かる?」

 分かってしまった。

 話の展開からしてそうなるだろう。

 圧倒的な存在として、竜の卵を体感したからというのもある。

 あれはあれで、随分と大変な状況であると感じたが、それでもあれが成功だと言うのなら、いったいこの輝きの何が失敗なのか。

 スーサはむしろ、それをずっと語っていた気がする。

「竜の卵は、自らの意思ですべてをしていて、あのもう一つの日にはそれが無い。集団がそのまま成ったものという事だろう? そうして、集団そのものに意思が生まれなかったから、あれだけの現象になってしまった。違うか?」

 ただ空の星々と同様に、エネルギーを放ち続けるだけの存在。竜の卵と比較すれば、確かにそれだけの存在に感じてしまう。

 例えばそう、竜の卵は、近寄るだけでも暑いやら寒いやら、周囲の環境を吹雪から晴れに変えてしまうなど、変化に多様性があった。

 ディンスレイがその内側に誘われた時など、そこで一つの世界を作り出している程だ。

 その風景は確かに、ある種の成功があったのだと言えるだろう。

 だが、もう一つの日に関しては、それが無い。意思の様なものを感じ取れない。只々、周囲にエネルギーを放出するだけ。

「艦長だって突然攫われたりしてないものねー」

「いや、私が攫われる事を基準にするのはどうだろうかミニセル操舵士。ただ……攫ってくる様な感情は見せて来ていない事は事実か」

 言ってみれば、竜の卵の出鱈目さは生物的で、ここにあるもう一つの日は現象的だ。同じ生物都市の住民から端を発しているとしたら、強大さは据え置きで、別々の存在に成り果てたと言うべきなのか。

「竜の卵は……成功したけど、足りなかった。だから竜にまでは至らない力で、ただそこにあって、試行錯誤していた。こっちの方は、力は足りていたけれど、本当にただ、ここにあるだけになっている。試行錯誤も無い」

 それはある意味、そこで終焉したという事では無いか?

 あの様な都市を築き、竜という存在に憧れ、独自の文化の元に成長を続けた集団の終わりがこれなのか。

 華やかな最後と言えるかもしれないが、それでもこれが墓標と思えば、どれだけ眩しくても、悲しくなってくるじゃないか。

「話を聞いていると、理解には遠いですが、どういう存在かを把握出来ました。そこで、副長からは一つ疑問が」

「答えられる類の疑問かな? 副長」

 神妙な顔なには何時もと変わらないが、きっと口から出て来る言葉もまた、何時もと変わらず難題なのだろう。

 そんなテグロアン副長を見つめていると、彼はその難題を伝えて来た。

「我々がここに居る意味は何です?」

 哲学にしてもかなり根源的なそれでは無いか?

 人が存在する意味など、それこそ一生涯掛けて見つけ出せるかどうかという話であり……違うか。

「あれが単なる現象に成り果てた存在だとするなら、現象は現象として放置しておけば済むと、そういう話だな、副長?」

「ええまあ。そういう意味以外の何が?」

「いや、そうだな。そういう意味の話だ。それで……なんだ。あれを見て、大変な現象だなで終わるわけが無い……そうだろう? スーサ」

「……ただの現象なら失敗と呼べない。けど、あれは失敗している。大変な失敗」

 肯定の言葉が返って来た事に胸を撫で降ろせば良いのか、剣呑な雰囲気になった事に慌てれば良いのか。

 悩む答えだったが、今はその先を聞きたい。それではディンスレイの意思だけで無く、ミニセルも同様だったらしい。

「具体的に、大変な失敗と単なる失敗には、どういう差があるのかしら?」

「失敗は本人に害がある。大変な失敗は周囲にも害がある」

「ああそう。周囲にも害があるのねぇ……」

 答えを聞いたミニセルは、疲れた様子でもう一つの日を見つめた。

 まだ具体的な害があるわけでは無い、それでも、スーサの言を信じるならば、あれは今の状態より、もっと酷い状況を作り出す。そういう可能性があるらしい。

「いっそ率直に聞くか。スーサ。あのもう一つの日こそ……君が我々に助けを求めたかったものなのか?」

「……うん。わたしだけではどうしようも無くって、艦長や、ブラックテイルⅡのみんなの力を借りて、なんとかしたい物」

 つまり、ディンスレイ達は辿り着いたわけだ。

 今回の旅の、ある種の終着点を。

「ではさっそく聞かせて貰おうか。あのもう一つの日は何が問題で、我々はいったい、どの様な行動を期待されているのか」

 その内容を踏まえて、船内幹部会議も開く必要があるだろう。ここからが大詰めなのだ。準備出来るものは準備しておきたい。

「それは……」

 それは? 答えがもうそこにあるというのに、言葉は中断する。

 準備? そんな悠長な事が出来る旅だったか、これまでが?

 そんな風に神が嘲笑うが如く、ブラックテイルⅡメインブリッジは光に包まれた。

 もう一つの日が膨張し、ブラックテイルⅡ全体を包み込んだのである。


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