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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と鮮やかな色
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② 色々と話をする

 部屋の窓から外を眺めている。

 昔、それこそ小僧と言える年齢だった頃は、そんな行為ばかりしていた気がする。

 家庭の事情で、家の中ではしゃいだり、外の公園ではしゃいだりというのが、あまり出来なかったというのが理由の一つだ。良くも見られなかった。

 ただ、それだけでは無かったという記憶もある。あまり良い思い出が多く無い子どもの頃において、それでも良い光景だったと言える記憶。それがあったから、良く、窓の外の、青い空と白い雲を眺めていた。

「自室というのが、家を含めて無駄に豪勢だったから……この窓は少し小さいのでは? と思うがね」

 ディンスレイは呟く。

 場所はブラックテイルⅡのメインブリッジでは無い。メインブリッジにだって窓はあるが、今、ディンスレイがしている様に、上半身を乗り出しながら外を眺める事は出来ない。メインブリッジでそんな事をするのは危ないだろう。

「いや、小さい窓からだろうと、窓から身を乗り出すのは危ないと教わった気もするが……まあ良い。今はそれを言ってくる人間も居ないしな」

 呟きつつも、ディンスレイは一旦、身体を窓から離した。

 そうして部屋の中へと振り返る。

 小部屋だ。頭に、さらに小さいと付けたくなる程の小部屋。さすがに身体を伸ばしたり横になったり出来ないという程では無いが、タンス一つでも置けばそうなってしまいそうな小部屋。

 壁の材質は石の表面を土で固めたもの……だろうか。それを木材で囲い、柱にもして、部屋としている。

 部屋の内装は……タンス一つも無い。ベッドも勿論無いので、疲れて眠くなれば、床に直接寝る必要がありそうだ。

 木床では無く、カーペットが敷かれている事が幸いか。いいや、そんな事は言えない。

「さっきまで、メインブリッジに居たはずだが、気が付いたらこんな部屋に閉じ込められた。酷く不運の類だろうさ、これはな」

 ここには、その言葉を聞く相手すら居ない。そんな事は小さい部屋を見渡せば分かってしまうものの、それでもディンスレイは独り言を続ける。

 言葉と同じく頭の回転も止めない。今の状態を、ただ混乱という形で受け止める事は出来なかったから。

「閉じ込められている……という認識で良いのだろうか? 部屋が殺風景だとさっきから感じているが、一番の原因はあれだな……扉が無い。それが問題だ」

 部屋というには、そこに出入りするための扉がどこにも無い。それが奇妙な印象を与えて来ていた。

 出入りする場所が無いというのなら、ディンスレイは突然、この小部屋に現れたという事になる。運び込まれたのでは無く、それこそワープするが如くだ。

「いや……出入りだけなら、この窓からも出来なくは……無いか?」

 やはりまた、窓から上半身を乗り出してみる。

 部屋が小さく、見るべきものも無いため、外の景色を見るしかないのだ。

 だが、見たところでどうなるものでも無い。

「……どうなってるんだ? 部屋は確かにここにあるというのに、地面が無いというのはこう……間違っているだろう」

 窓から空を眺めると、そこには白い雲と青空がある。それは良い。

 だが、地面を見てもやはり、白い雲と青空があるというのはどういう事だろう。

「案その一だ。酷く高い場所にこの部屋があり、部屋の床側中心くらいに小屋を支える柱が存在する事で、部屋全体を支えているから、窓から見ると上も下も青空しか見えない」

 無論、この案は間違いだろう。足で床を強く踏んでも、軋む様な事も無い。随分安定している部屋だ。歪な建築だとは思えなかった。

 何より、どれだけ高くとも、地面くらいは見えるはずだ。無限の大地はどこまでも広がっているのだから。

「案その二。単なる幻覚」

 可能性はある。否定は出来ない。手の甲に爪を食い込ませてみたら、勿論痛かったが、痛さを感じる幻覚や夢だって無いとは限らない。

 ただしこの案は、どんな場合だって当て嵌まってしまうし、何ならブラックテイルⅡで艦長をしている時だって、もしかしたらどこかの誰かが夢を見ているだけでは無いかという考えは無くならない。

 テリアン主任観測士辺りが、暇で哲学の話を振って来た時、その手の話が出た記憶がどこかにある。

(あの時は何と答えたかな……良い夢を見ているんだから不満は無いとか、そういう事を言ったか私は)

 今回の夢に関しては、夢なら悪い夢だろう。いや、やはりそうでも無いか。

「否定は出来ないが……この景色は、私の頭から出て来たものでは無いな。狭くて嫌だが、悪夢の類なら、もっと嫌らしい景色になっている。例えば部屋自体は豪奢だが、どう足掻いても外に出る事が出来ない……とかになる。きっとな」

 ここはどうだろう。

 窓の外は上も下も空なので、出てしまうと落下してしまいそうであるが、出られないという事は無さそうだ。危なさそうなので勿論しないが、ディンスレイの行動を阻害しているという事にはなっていない。それが今の状況だった。

 頭だって回る。夢や幻覚だというのなら、もっと何かがあやふやだったり、出来る事が出来なかったり、逆に出来ない事が出来る様になっているものでは無いか?

 今、それが無い。

 ディンスレイは何時ものディンスレイのまま、ただ立っている部屋やその外側がおかしい。もっと言うなら……。

「案その三。そもそもここは、何時もの世界では無い」

 その言葉のすぐ後だ。

 部屋の中から音が聞こえた。

 何か、椅子やら机やらが軋む音が聞こえたのだ。

 それはおかしい。だって部屋の中には家具なんて一つも無い。

「……ふむ。良し、じゃあこう言ってみるか? 私はこれからもう一度部屋を振り返ってみる。その時、椅子の一つでもあれば、足を休める事が出来てありがたい」

 言いながら、実際に振り返ってみる。

 部屋の中に、無かったはずの椅子が一つ現れていた。

 まるでさっきの軋みの音が、この椅子が現れる音であったかの様に。

「それでは、有難く」

 椅子に、躊躇無くディンスレイは座った。出来る事が他に無かった。慎重になるタイミングでも無かった。

 出来る事が無いのなら、他に出来ることを探すのがディンスレイという人間の性格だ。

 それをまず、伝える必要があるだろう。独り言を繰り返していたのも、ディンスレイという人間についてを伝えるため。

「酷く落ち着いているなと……思われているかもしれないな?」

 やはり呟く。見つめる先はやや斜め上。小部屋の天井……というわけでも無いが、兎に角視点はやや高め。

 もし、こちらを見るとしたら、そういう角度で見ているのではと思ったのだ。

「以前、同じ状況というわけでも無いが、似た環境に置かれた事がある。いや、前回の方が酷かったか? 暗闇の中で、たった一人置かれて、私という存在を試された」

 試して来た側も必死だったので、致し方ないと今は流しているが、ちょっとトラウマになっているところはある。

 あれと比較すれば、今はマシだ。

 周囲の人間が一人一人と消え去り、消え去った人間を忘れていくなんて事も無いのだから。

「ふん? 物は試しというのなら……さっき、家鳴りの様な音がしたな? あれを自由に起こせるというのなら、一度音を鳴らしてくれないものか?」

 ギッ。

「すぐに鳴ったな……」

 だが、これで確信が持てた。

 今のディンスレイの状況を、誰かが見ている。何者かの意図か影響の結果、今の状況があるのだ。

 しかも、素直に意思疎通をしてくれたというのも重要だろう。

「良し。じゃあこれから、肯定ならこの家鳴りを一回鳴らして、否定ならば二回鳴らす……という形で意思疎通してみるのはどうだろう? 出来るだろうか?」

 ギッ。

 一回。肯定だ。

 相手には意思が確実にあって、しかもディンスレイとの対話に否定的では無い。

 その事を受け入れてみると、ディンスレイは自分の中に、ある種の感情が湧いて来ている事を自覚する。

 この状況、もしかしたら面白いと思っていないか? 自分は。

「とりあえず、これから意思疎通の手段として質問をしてみるつもりなのだが、最初にこれをしておくべきか? この意思疎通以外で、もっと良い手段はあるだろうか?」

 ギッギッ。

 少なくとも、質問を向けている相手は、他に良い意思疎通手段が思い付かないらしい。こちらの言葉は通じているだろうに、いったいどういう事か。

「ならばとりあえず、この方法で質問を続けて行こう。これも最初に聞いておきたいな。そちらに悪意なり、私へ害なりを与える気はあるか?」

 ギッギッ。

 まあ、恐らくはそうだろう。今の状況に、ディンスレイは少々困っているものの、これだけの事が出来るのだ。やろうと思えばもっと意地の悪いやり方なりが出来るだろうと思う。だが、そうでは無い。

「では次なんだが……私をすぐに、元の場所に戻す事は可能か?」

 ギッギッ。

 なんて事だろう。無理らしい。

 相手が悪意無い存在だというのに、今の状況を解決出来ないとしたら……悪い予感が頭に浮かんで来る。

「繰り返す様な質問になって申し訳ないが、少々意味合いが違う事を考慮して欲しい。私をすぐに……元の場所に戻せる方法を知っているか?」

 ギッギッ。

「否定が多いな。そればかり聞いている気がする……」

 ギッ。

 そこは肯定しなくても良い。そう返したかったものの、冗談なり嫌味なりが通じる相手かどうかもまだ分からないから、言葉は選ぶ事にする。

 兎に角、今のディンスレイの状況は徐々に理解出来て来た。

(これは事故だ。互いにとって不本意な状況になった事故……なのだろう)

 だからこそ厄介だ。誰かの企みなら、その企みを打破なり攻略なりするという目標を立てられるのであるが、偶発的な事故なら、お互い申し訳なさそうな顔をしながら、次に困ったなぁどうしようかなぁなどと思う事しか出来ない。

 そのタイミングが今なので、じゃあ次にどうするべきかであるが……。

「良し、お互いに不幸があった。そういう事に一旦しようじゃあないか。では次にするべきは、事態の解決だ。どうすれば良いか、お互いに分からないわけではあるが、なら、これからは協力していく事が肝心だ。どうだ?」

 ギッ。

 これに関して、返って来たのが肯定という事に安心する。一歩も前進していないかもしれないが、それにしたって足場は固い。そう感じる事が出来たから。

(もっとも、窓の外は足場の一つも無いから、次の一歩をどうするかだな)

 前途は多難。そう思う頭については、一旦、止めておく事にする。




 ブラックテイルⅡの会議室。汚れてはいないが、ここ最近は使い込まれた感が見られる様になってきたそんな場所。

 最近ではパーティなんて開く場になったりする事もあって、使用頻度が高いのである。

 仰々しい机だって、使う人間が多くなれば、角が丸くなってくる事もあるだろう。

 壁だって、どれだけマメに清掃したとしても、新品の、目が痛くなる様な綺麗さからは離れていく。そういうものだ。

 むしろ、その手の綺麗さが無くなる事こそ、飛空艦という場所にとっての誉れになるかもしれない。

 などと、会議室の椅子に座りながら、柄にもなくミニセル・マニアルは考えていた。

 集まっているのは何時もの面々……というには、欠けているメンバーもいるが、船内幹部達だ。あと、代わりにもう一人。

 兎に角、何度も開かれた船内幹部会議が今も開かれている。そういう状況だ。

 この会議が何度も開かれているからこそ、ブラックテイルⅡの会議室は使い込まれた感がある。

 ただ、今回の会議については、これまで何度も開かれた船内幹部会議とは違う状況になっていた。

 欠けたメンバーのうち一人が、艦長なのである。

「それで? じゃああれか? 暑いか寒いかも分からないクソみたいな今の空域で、メインブリッジにいる艦長が、突然消えたって事を、オレ達は話し合うってのか?」

 ガニ整備班長及びおっさんが、ある意味、何時も通りの声を上げて来た。

 かなりの非常事態なのだから、今日くらいは何時も通りを収めて欲しいところであるが、これで意図してやってそうなのだから厄介だ。

「あのね、整備班長。その通り、非常事態よ。本来は艦の操舵を維持しとかなきゃならないあたしが、副長に任せて会議に参加しなきゃいけないくらいの非常事態。副長かあたしなら、今回はあたしの方が適任って言われたからここにいるわけ。だから、今回は喧嘩は無し。わかる?」

「その割には喧嘩腰じゃねぇか。艦長が居ない以上……抑え気味にはするけどよ」

 まあ、今回はそれで良い。ミニセルだって溜飲を下げておく。だってやはり、艦長がいないのだ。

 メインブリッジからあの吹雪の只中にある異常な色。あれを観察していたある瞬間に、突然、ディンスレイ・オルド・クラレイスは消え去ったのである。

「あ、あのあの……こ、これ、わ、私が臆病なだけかもしれませんがぁ……た、大変な状況……なのでは?」

「その通りよ船医さん。とっても大変なの。大変で大変で、もうどうして良いか分かんないってのがあたしの立場」

「わ、私の立場でもあります……ねぇ」

 とりあえず、船内幹部のうち二人が、既にお手上げ状態と言う事がさっそく分かった。会議は進んでいる。良い方向では無いが。

「立場は分かったが、じゃあどうするってんだよ。何時も会議の進行やらまとめやらしてるのは艦長や副長だろうが。ここでみんなして、困ったねとだけ言って終われる立場でもねぇぞ、オレ達はよ」

 ガニの口は汚いままだが、言っている事はもっともだった。

 船内幹部会議を開くというのは、今後、ブラックテイルⅡは何をするのかを決めるという事であり、何もしない事を選ぶという事は無いのである。

 そもそも何もしないなら会議を開く必要がない。

 ガニにはそこらをまとめようとしている意思でもあるのだろう。艦長も副長も居ないとなれば、自分がまとめ役をする必要があるとでも察したか。

「そこの話っていうか、困ったねで終わらせないために、今ここで集まったわけなんですよ。艦長がいれば、じゃあこうしようってすぐ決定してたんでしょうけどね」

 主任観測士も漸く口を開いて来た。雰囲気の軽さこそ損なわれていないが、それでも何時もより真剣さが増している。彼も彼で、事態の深刻さに胃でも痛めているのかもしれない。

 だからそろそろ、ミニセルが会議を進める必要がある。悪いか良いかは兎も角、建設的な方向へ。

「うちの主任観測士が言う通り、メインブリッジメンバーだけじゃあどう決定するべきかって迷ってる状態があるの。こう言う方が適切かしら。手が無いわけじゃないけど、それについて検証したい。みんなでね」

 そう、異質な環境に包まれた状態かつ、艦長が突然いなくなった状況で、それでも、ミニセル達には取れる手段が残されていたのだ。

 それは一応、幸運とか不幸中の幸いの類なのだろうが、やはり一存で決められない程度に、頭を悩ませるものだった。

「だ、だからこそ……か、彼女……す、スーサさんが、こ、今回参加されている……と?」

「その通り、船医さん。眼鏡を掛けてるだけあって、目が鋭い」

「め、眼鏡は関係ないかと……そ、それで……あの……か、彼女は今回の件で、どう関係あるのでしょう……?」

 アンスィ船医に合わせる様に、ミニセルを含めた船内幹部四名の視線が彼女、黙って椅子に座り、こちらをじっと見ているスーサへと向かう。

 最近、翻訳機無しでも話せる様になったわけだが、漸く打ち解けて来たかなという雰囲気の段階であり、あまり接点の無い船内幹部もいるだろう。

(多分、艦長を除いたらあたしが一番親しいから、副長は自分じゃなくてあたしの方をここに参加させたんでしょうけど……)

 ただ、上手く会議をまとめられるかどうかは分からない。今この場で、会議の方針を決める情報を知っているのは、スーサの方だから。

「じゃあさっそく、スーサ。メインブリッジで聞かせて貰った内容について、もう一度ここで説明をお願い出来る?」

「うん。まず、伝えたい事。艦長は多分、無事。けど、連れ去られた」

 まさに、真っ先に聞きたい事がスーサより伝えられる。非常事態である現状、それでも辛うじてミニセルが冷静で居られるのは、スーサからのこの情報があったからだ。

 彼女はメインブリッジで艦長が居なくなったすぐ後にやってきて、これを伝えて来たのである。

 艦長は消え去ったのでは無く、連れ去られたのだと。

「連れ去られたって……いったい何にだ、嬢ちゃん。いや、この嬢ちゃんってのは操舵士の方じゃあなく、スーサ、あんたの事だがね」

「いちいち言うくらいなら、他人の事を嬢ちゃんなんて言わないでちょうだい。それにこの状況で、連れ去った側なんて、ある意味で決まってるでしょう?」

 ミニセルは呟く様に意見してから、やや天井側を見つめる。

 暑くて寒い。そのどちらでも無い気温と言ったでたらめな状況は続いている。その状況を発生させているだろう何かを見ようとして、見られないから、視線を上にしたのだ。

「うん。メインブリッジからも見えた、あの色の塊。あれに艦長は、攫われた」

 だからこの船内幹部会議でまず決定するべきは一つだ。

 艦長を救出するべきかどうか? それが議題だった。

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