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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と鮮やかな色
137/166

① 色に包まれたなら

 大地は広大である。学者曰く、無限に、どこまでも続いているそうだ。

 もの凄く早い飛空船があり、途中の障害物をすべて無視出来たとして、真っ直ぐ大地を進み続けると、元の場所に戻って来る……という風に見えて、それは元の場所にそっくりな、それでもまったく違う場所が待ち受けているのだと言う。

 それくらい果てが無く、またあらゆる姿と可能性に満ちていという事らしい。

 さて、そんな無限の大地、マグナスカブの可能性というのは、そのすべてが希望と夢に満ち溢れたもの……とは言えない。

 好奇心を疼かせて、その大地に両の足で立って歩きたい……と思わせる環境というのにも限度があるわけだ。もっと言えば、無限の大地はそんな限度すら簡単に越えて来る。

 端的に言うのであれば、人間がどう足掻いても暮らせない場所というのも、この無限の大地には有り触れていた。

 そういう類の大地の空を今、ブラックテイルⅡは進んでいる。

「吹雪が酷いな。操舵士、航空が難しいと感じたら、躊躇無く引き返せよ。無茶をする場面でも無い」

 メインブリッジの窓を雪が叩いて来る風景を見つめながら、艦長であるディンスレイ・オルド・クラレイスは指示を出した。

「外の気温も酷そうだものねぇ。うーん、けど、これ以上悪くならないって言うなら、あと一日は持ちそうじゃない?」

 と、実際に余裕のありそうな言葉が操舵士、ミニセル・マニアルから返って来た。

 彼女の片腕には以前あった、治療のための包帯と固定具は存在せず、無事のままのそれが見える。ミニセルは怪我を負った腕の治療を終えていた。それが彼女の余裕に繋がっているのだろう。

 だからこそという事になるのだが、もう少し他からの意見も欲しい。彼女の余裕が、彼女の浮かれ気味な部分から来ている可能性だってゼロではあるまい。

「主任観測士としては、操舵士に同感ですね。確かに吹雪で視界は不良ですが、これくらいで堪えるブラックテイルⅡじゃありませんし、いざとなればワープで安全圏まで逃げるって手段もあります」

 主任観測士、テリアン・ショウジからの意見も操舵士と同様のものであった。

 何時もの軽い口調であるが、目はやや鋭くなっているから、ブラックテイルⅡを取り巻いて居る気候については注視している様子。

 そんな目が、まだ行けるという判断をしている以上、ディンスレイはその意見を受け入れるしかあるまい。

「良し。まだ進むぞ。スーサの指定通りなら、この方向が最短距離だ。真っ直ぐ進める内は進むとしよう」

 今日何度目かになる決断をしながら、ディンスレイはブラックテイルⅡを変わらず進ませていく。

 現在、ブラックテイルⅡが進む空域は、大地に幾らでも見られる、過酷な環境が、その過酷さで安定した場所であった。

 ただただ寒い場所なのだ。

 ブラックテイルⅡ外の気温は一気に下がり、生身を乗り出せば途端に体温を奪われ、凍死していくだろうそういう環境である。

 メインブリッジから見える大地は凍り付き、それも続く吹雪により辛うじて見える、そんな景色。

 もし、シルフェニアが新たな都市を作るという計画を立てた場合、真っ先に排除される類の土地と環境が、今の大地と空には広がっていた。

「大地の環境に幾らか類型を作る場合、今みたいな気温の低い環境はどうして発生するか、諸君は知っているかな?」

 と、緊張を和らげるためというわけでも無いが、ディンスレイは雑談を振ってみる。

 危険な環境が外界にあり、尚且つブラックテイルⅡ内部も僅かずつであるが気温が下がり始めているそんな旅路の中、危機意識が高まり続けるよりは、まだ日常を維持すべきタイミングだと考えての事だった。

 そんなディンスレイの考えに乗って来たのは、この手の空気に敏感な方であろう、テリアン主任観測士である。

「多分、そういう気候の話でしたら、艦長よりも詳しい自信がありますよ、僕はね」

「そういえば、その手の技能も持っていたか、うちの主任観測士は」

「腕……いえ、目の良い観測士でしたら、気候判断の知識はあって然るべきですからね。気温が低い理由っていうのにも色々ありますが、現状のこの風景を見るに、寒いから吹雪いているというよりは、吹雪いているから寒いという可能性を考えるべきでしょう」

「大地を温める陽の光の位置と輝く時間は大凡一定だからな。もし、その光を阻害する環境が継続して続く場合、その地域の気温はどんどん低くなる……んだったか」

 ディンスレイとて、飛空艦の艦長として、それが飛ぶ空域の状態についての知見は持っているつもりだ。

 しかし原因論の話になると、専門性が増すため、些か知識への自信が無くなって行く。

 その点、主任観測士はそうでも無いらしい。

「山程度の遮蔽範囲なら、その周囲からの気流如何に寄っては気温がマシになる場合もあるんですけど、やっぱり雲ですかね。広範囲に常に雲が発生する環境であれば、その中心部程に気温が低くなるわけです。丁度今、僕らがいる環境ってのがそうですよ。最初……どれくらい最初かは分かりませんけど、それは雨で、気温が下がって吹雪になり、そうしてその環境で安定する」

 結果、この無限の大地のさらにその一部に、常に吹雪と氷で覆われた場所という環境が発生するというわけか。

 この様な環境は決して珍しくは無く、例えば赤い酸の嵐が発生する様な環境と比較すれば、有り触れているとすら言える。

「それでー? この場に副長もいれば、さらに話が盛り上がったかもしれないけど、あたしとしては、どういう結論になるか知りたいわよ」

「情緒に欠けるな、ミニセル操舵士。結論としてはだ、この吹雪と、さらに上空に存在する分厚い雲の層は、待ったところで晴れんものだし、さらに言えば、環境そのものに影響を与える程に広範囲という事でもある。要するに……丸一日掛けて、やっぱり引き返す必要というのが今後、発生するやもな」

「あらやだ。後ろ向き」

 だからせめて、専門的な話で盛り上がりたいところだった。

 操舵士から冷や水を掛けられてしまったが。

「スーサが示す方向がこちらだと言うのなら、未踏領域とシルフェニアを隔てる壁程には、難度の高い空域というわけでも無いのだろうが……寒さは人の体力と命を奪いがちだからな。そこは慎重に行かなければなるまい」

 この様な環境で飛空艦の艦長が気にするべきなのは、艦内の温度であろう。

 ブラックテイルⅡはシルフェニアが実験的とすら言える最新技術を導入しているし、おかげで現状、艦内の空気や温度管理は出来ているが、徐々に温度は落ちて来ている。

 飛空艦は外界からその内側の空間を、装甲という分厚く頑丈な殻で守っているものとは言え、過酷な環境に対し、何時までも耐えられる様には出来ていない。内側にいる人間に関しては装甲すらも無いためもっと弱い。

 なので、この手の状況においてはタイムリミットが存在しているし、悠長に船内幹部会議を開く事も出来ないため、艦長がそのタイムリミットが何時までで、どのラインで引くかという判断をしなければならない。

(そのタイムリミットこそ、さっき話をした一日が妥当だろう。無茶をする前提ならさらにもう一日と言えるが、やはり言った通り、その無茶をする理由も薄い)

 頭の中で判断を続けるディンスレイだが、判断と言っても、今の状況では単純過ぎてむしろ困る程だった。

(良くも悪くも、現状は判断材料が少ない。外は過酷で、命の危険がある寒空と言っても、その環境で安定してしまっている。ある種、明快だ)

 不真面目な言い方をするのであれば、ロマンに欠けると言ったところか。

 ただ死を与えて来る大地というのは、まさにただ死を与えて来る大地でしか無く、ディンスレイにとっても好みとは言えなかった。

 故に現状の判断というのは、ディンスレイの感情やら趣向やらが混じらない、酷く淡々としたものであると言える。

 外の景色と合わせて冷酷……などと頭の中で冗談を言ってみたところで、怖さすら感じない。やる事が決まっているという状況の、なんと退屈な事か。

(言葉にすれば、人格を疑われる類のものだから、言わんがね)

 自分は他とは違う。それくらいの事を、ディンスレイは弁えていた。

 この変わり者の能力を活かす手段というのを、ただ日々、探すだけである。今のこの空域には無さそうだが……。

「いや、存外、白一色の風景の中にもあるものだな」

「何? 綺麗で色とりどりの花園とかが?」

「いやー、ミニセル操舵士。あれはそういうんじゃないでしょうに」

 ディンスレイを含めた船内幹部三人共が見たという事は、錯覚ではあるまい。

 未だ吹雪の只中。その先に、何かが見えた。

 ブラックテイルⅡ進行方向に近いその大地。一部に白では無く緑や紫の色があったのだ。

 現地点から見るとはっきりしていないが、あくまでその地点のみの環境らしく、さらに遠方にはその色が見えない。

「あれは何か……植物的な何かだと仮説を立ててみるが、ここからだとそれも良く分からんな」

「吹雪が邪魔ですね。ちょっとでも止んでくれれば……いや、止まないんだったか」

 現状の環境は遥か昔から晴れぬ雲と嵐の中で作り出されたものであるというのが、さっきのテリアン観測士の意見であった。

 すぐにその意見を翻せるはずも無いだろう。目の前の環境はもっとだ。人間の意見など関係無く、変わらず吹雪を―――

「おい、待て。吹雪が止んで来てないか?」

 メインブリッジから見える景色が、僅かであるが変わった。

 景色の透明度が増したと言うべきか、心なしか遠方をより見やすくなったというか……。

「操舵士としても同意見。ちょーっとだけ、操舵し易くなった感覚がある」

「えっと……はい。主任観測士、同感です。っていうかあの、暑くないです?」

 それは、この吹雪は止む事が無いという意見が間違っていた事に対する、心理的なプレッシャーから来るものでは?

 そんな冗談を言ってやるべきかと思ったものの、実際ディンスレイも暑いと感じてしまった。いや、すぐにそうでも無くなったか? どうだろう。再び、吹雪の中の寒さが戻って来た気も……。

「ちょっとちょっとちょっと。これ何? さっきから気温がどんどん変化してる! この艦の空調が壊れちゃったんじゃないの!?」

「外の景色を見ろ、ミニセル操舵士。まだ勢いは無くなったが吹雪いている。空調が壊れたのなら、どんどん寒くなるはずだ。暑くなる事だけは……無いんだがな」

 頬を汗が伝う。冷や汗では無い。やはりまた、暑くなったのだ。

「あれ、見てください。絶対だなんて言えませんが、あれに近づいたのが原因……ではないですか?」

 テリアン観測士からの言葉で、あれとやらに意識を向ける。名指しされなくてもすぐに分かったのだ。

 メインブリッジから見える景色の中で、指定出来るものなんて一つしか無かったからだ。

 先ほど発見した、吹雪の中に見える彩り豊かな大地……。

「やっぱり、植物とかじゃないわよね、あれ。なんていうか……吹雪が収まって来て、距離も近づいて来たから、見やすくはなってるはずなんだけど……」

「色、そのものだな。あれは。何かの色じゃあなく、色だけがあそこにある」

 ディンスレイの目と感性からは、そうとしか言えなかった。

 吹雪が収まったとは言え、周囲は白い雪原。ただそれの周りだけは雪が積もっておらず、違う色が広がっているのだ。

 光……にも近いのだろうか。しかし、輝いているとは言えなかった。

 円形に、時に刺々しく膨らんだり縮んだりする原色の色。そうとしか言えない。赤に見える物、青に見えるもの、時に表現し難い色になる時もある色の塊。

 それが変化するのに合わせてである気がする。今、艦内部の気温が変化しているのは。

「特殊な自然現象。それもこれまでシルフェニアの人間が体験した事が無い……ってところですか、あれと今、この艦の状況は」

「それは何も分からないと言っているに等しいな主任観測士。が、そう言い表すしか出来ないというのも分かる。分からない存在である事が分かるというわけだ」

 だからディンスレイは見つめる。過酷でしか無い雪景色の只中に存在する、まさに異色の現象を。そうして―――

「あー、駄目ですからね、艦長。今回に関しては、主任観測士として僕反対しますから」

「おいおい。まだ何も言ってないだろう」

「操舵士としても、この現象に限っては反対。優先するべき事が別にあるって決めたところでしょ? それと、この気温の変化、短時間なら兎も角、長時間晒されるだけでも、艦や船員に悪影響ありそうだし」

「おい、ミニセル君まで。だから私は何も言ってないじゃないか。言うのはこれからだ。あの異色の現象、私達で探索―――

「だから反対ですって」

「分かってる。冗談だ。私の判断とて、今回に限っては止めて置くべきに傾いている」

「傾いてるだけだから怖いのよねー、この男」

 まあ? 現時点から考えられる危険度と、自分達が今抱えている課題や目的、そうして目の前の景色の異質さなども鑑みれば、撤退を即決したって間違いではあるまいと思うが……思いこそしているのだから、別の事を考えたって良いでは無いか。

「だが、そうだな。既に船内幹部二人の意見、それも艦長に味方してくれる率が高い二人から反対が来た以上、私もさっさと決めておくか。今回に限っては、あの現象を避け……」

 言葉が、止まる。

 目の前の光景が動いたからだ。

 色が……ブラックテイルⅡから見てもまだ距離があったはずの色が、何時の間にか膨らんでいた。

 大きく大きく膨らんで、それがどういう事かディンスレイが判断するよりも、もっと途轍もない速度で、メインブリッジを包んだのである。

 だからディンスレイが見る景色は、色一色になった。そうしてその後は―――



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