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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と黒き都市
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⑨ それと再び向き合って

 スーサ艦の移動はゆっくりだったが、目的地までの距離はそう遠くでも無かったらしく、空戦の終わりからすぐに、ブラックテイルⅡはそこへと辿り着いた。

 スーサとはまだ話をしていない。スーサ艦からそこがそうだと示されたわけでも無い。

 だが、それが見えた瞬間、目的地とはそこだとディンスレイには分かったのだ。

「これ、空戦前にあったかしら?」

 ミニセル操舵士の声に、ディンスレイは今、メインブリッジから見える光景の、その前の段階についてを思い出し、答えを返した。

「あれば、嫌でも目に付いているはずだ。ここは最初に訪れた時、黒い都市が他と変わらずあったはずだな」

「副長からも同じ意見を出させていただきましょうか。私の記憶にもありません」

「副長が言うと、なんだか怪しい発言になってしまう言葉ですね、それ。ちなみに主任観測士の目から見ても、これは初めて見た光景です」

 怪しかろうと、あまり信用出来ない発言であろうと、メインブリッジにいる船内幹部からの意見は、すべて同一であった。

 この光景、黒々とした生物都市の只中に広がる、剥き出しの地面。それも中心から何かで抉れた様な、半球状のそれ。

 規模もブラックテイルⅡがすっぽり嵌ったとして、まだ何十倍も広さがあるくらいの、何等かの破壊跡。

 それが恐らく、スーサ艦が現れたすぐ後か前に、突然に現れたという事だ。

「これはあくまで私の予測だが、スーサ艦。あれは生物都市の構造材を用いて作り出されたものである以上、生物都市の方ではその構造材分の喪失があったはずだ。それがつまり……ここになるわけかもな?」

「街の下にこういう光景が隠されてたって感じしますね。傷に対する瘡蓋みたいに?」

 テリアン主任観測士の言う通り、隠されていたという表現が正しいかもしれない。

 中心部分がもっとも深く、外縁部は他の生物都市と同じ程度の高さになっているから、生物都市で覆われていた時は、わざわざその外縁部とも高さを揃えられていたはず。都市全体の構造に、その様なアンバランスさを作り出していた程度には隠したものなのだろう。なんなら、生物都市の他の部分にも、この様な痕跡が隠されている可能性だってある。

「……私がスーサとロブロ・ライツ整備士二人と共に生物都市の探索を行っていた時、そういえば地下深くに降りて行った気がするな」

「なら、地下まで生物都市が広がってたって事よね? それを取っ払うと、やっぱりこんな光景になったりするんじゃないの?」

「都市を移動していた時よりぞっとする話だな、それは」

 ミニセルは何気無く言った事だろうが、実際、何やら怖さを感じてしまう。

 スーサ艦と空戦を行っていた時よりももっと怖い。そんな気持ちが心の中に生まれたのだ。

(挑戦に打ち勝ったという事は、何らかの資格を得たという事だろう。その資格のある者が見る光景がこれか)

 この後、何が待ち受けているのか。

 それは広大な破壊跡の中心に着陸した、スーサ艦の中にいるであろう少女に聞けば分かるかもしれない。




 円形の跡地、生物都市に隠されない剥き出しの大地、その中心へと降りたスーサ艦を追う様に、ブラックテイルⅡもまたそのスーサ艦近くへと着陸した。

「やや斜めだったけど、余計な障害物が無いだけ、ここに来るのは楽だったわね」

「そうかな、ミニセル君。ドラゴンゲートから入ってからこっち、継続して波乱が繰り返されている気がするが」

 ミニセルと並びながら、ディンスレイはそんな話を続けつつ、足を進める。

 ブラックテイルⅡから降り、黒くは無い地肌を踏みしめ、再びスーサ艦という黒々とした構造材の中へと。

 今回に限って言えば、止める者は居なかった。ディンスレイが行くべきだ。それは言外に決まっていた様子だ。

 同行するのは、自分も付き添わせろと言って聞かないミニセル操舵士と、さらにもう一人。

「お二人とも、こういう場所でもそんな風に軽口を叩き合うものなんですか?」

 ロブロ・ライツ整備士が、やや遅れながら後を追って来ていた。

 自分は場違いな場所に居るのでは無いかと不安になってそうな雰囲気は、生物都市を共に探索した時と同じである。

「まあ、こんな感じだよ。君か、タイミー看護士か、どちらを同行させるかは迷ったが、ロブロ君の方に決めたのは、この手の軽口が苦手そうだったからだな」

「本当ですか!?」

「冗談だ。ちゃんと理由がある。だからしっかりしたまえ」

 正確には、どちらか決める前に、タイミー看護士の方から辞退して来たのだ。

 スーサと会うのは、ブラックテイルⅡ艦内部で、何時も通りが望ましいとの事である。

「そんなおどおどした様子で、普段はスーサちゃんとどんな話をしてるの? あ、嫌味じゃなくて純粋な興味ね」

「ええっと、そうですね。スーサとは……なんでしょう。最初はぎくしゃくしてた気もするんですが、なんかいつの間にか遠慮なく話せる様になりました。なんというか彼女、あれで聞き上手なんですよね。好奇心だって旺盛で。僕の方が助かる時もあるというか」

「ふぅん。じゃあ、間違いなく良い関係だったわけだ」

 ミニセルは過去形で話す。

 ディンスレイはそれに対して違和感を覚えなかった。

(もしかしたら、次に会う時は変わってしまっているかもしれないな。特に、ロブロ君への対応は……)

 そうなった時、このロブロという青年や、タイミー看護士などはスーサにどう感じ、どう関係性を築いて行くのか。

 そこが未知数であったので、ディンスレイはロブロを連れて来た。

 最悪な物になる様なら、ディンスレイ自身が何とかしなければならない。そんな思いを、心の奥の方に置きながら。

「この先、友人が待っていると良いな、ロブロ君」

「待ってますよ」

「あら、言い切るじゃない」

 ミニセルが意外そうに言った様に、ディンスレイもまたロブロの反応は意外だった。

 幾らか改善の兆しはあるとは言え、自信無さそうという印象を持つロブロが、スーサに関しては断言して来たのだから。

「仰々しく飛空艦を着陸させてるっていうのに、僕達が進む道は一本だけ、狭くは無いですが、飛空艦の大きさに比べて、あくまで僕らが歩くスペースだけが用意されてる。スーサらしい準備じゃないですか」

「ははぁ、なるほどなぁ」

 何とも整備士らしい意見であり、尚且つロブロらしい意見でもある。

 艦内の構造で作り手側の性格などを見るのは技術的な知見を持つからであろうし、それ以上に、知っている相手には純朴にそうだと言える。気弱ではあるが、擦れてはいない。そんなロブロだからこそ、この様な意見を持つのだろう。

「あたし達の目線って、もしかしてひねくれてた?」

「かもな、ミニセル君」

「えっと、船内幹部のお二人に対して、思うところがあったわけではありませんからね? そこはその、勘違いしないでいただけると、僕の評価に対する不安もかなりの部分が無くなると言いますか―――

「はいはい。分かった、了解だ、ロブロ君。だから君はさっきまでの、友人がこの先に待っているだろうという期待を胸に抱いていてくれ」

 多分、それこそ、ロブロを連れて来た甲斐になるだろうから。

 そんな風に思いつつ、天井も壁も床もすべてが黒い道を歩く。生物都市を探索している時は、随分と機能的だなと思ったものであるが、些か面白味の無いそれであると感じる様になった。

(うん。技術についてはシルフェニアを上回るのだろうが、文化的には存外、こちらが上だったのかもしれないな)

 スーサからの挑戦を突破した事で、生物都市を作った集団に対して、太々しさでも出て来たか。

 ただ、見方が変わったところで、それを向けられる当事者が居ない事に変わりない。

「ああいや、考え直す必要があるか。この街の住民がこれから、我々を待っている。見知った友人に出会うというより、ファーストコンタクトを今からするという認識で良いのやも」

「考えすぎじゃない艦長? 向こうがこれまでの事忘れたわけでも無いんだし」

「むしろ知ってる事が増えてるって話ですよね。どんな事を思い出したんだろう、スーサ……」

 二人からのツッコミに対しても、幾らか考えを巡らす。

 スーサ艦が空に浮かぶより前、まだ話せない事があると彼女は語っていた。今のディンスレイ達に対して、話すべき事があるという事でもある。

 それがいったい何であるか、これから分かると思われるが……。

「これから、スーサがどの様に待っているか予想してみるか?」

「スーサちゃんの事だから、殺風景なところでぽつんと待っていたりするんじゃない?」

「酷いですよミニセル操舵士。スーサはあれでも、他人に気を使うくらいなら出来るはずっていうか、だから……テーブルの上に食事くらいは用意して待ってくれているのではないかと……」

「それはないな」

 ロブロの言葉を即時否定する。彼には申し訳ないが、そこまで気が回るタイプになれているとは思えなかった。

 ただ、何もこちらの事を考えていないというわけでは無く、彼女なりに―――

「うん。スーサがするとなれば、こういう気の回し方だ」

 ディンスレイ達は立ち止まる。

 一本道が続いたスーサ艦内部の道が、そこで終わったからだ。

 代わりに、そこには開けた空間があった。

 その空間の中央には、見知った物。生物都市に置き去りになっていたはずのシルバーフィッシュがあり……そのすぐ前には、やはり見知った顔、スーサの姿があった。

「……これ、忘れていたから、持って来ておいた」

「そうか。それは助かるな、スーサ」

 感動の再会……というわけには行かなかった。

 ただ、スーサが相手だから仕方ないなどと流すのは癪である。多少なりとも感慨深くありたいと考えるディンスレイは、次の言葉を選ぶ事にした。

「君の試験に、合格してみせたぞ、こちらは」

「うん。ずっと見ていた。ディンスレイ……艦長達は、わたしが知っている事を、知っても構わない人達になった」

「えっと、知っても構わないってどういう事だい? なんだかルールみたいなのがあるみたいな……っていうか、スーサは無事かい!?」

 ロブロが慌てた様に前に出て来る。やや緊張が走る瞬間であるが、スーサの方はきょとんとした表情を浮かべた後、頷いた。

「わたしが乗っていた場所には攻撃を受けてない。だから大丈夫なのは当たり前だと思う」

「あ、えー、あ、うん。そうだね。普通に考えればそりゃそうだけど……うん。大丈夫そうなのは分かったし、分かりたかったんだよこっちは」

 どうしたって何時も通り。そんな光景がそこにはあった。一瞬走った緊張は、次の瞬間には瓦解した形だ。

 笑い出したくなる気分であるものの、先に笑ったのはミニセルの方だった。

「無事かどうかって言うなら、小型飛空船に乗れる様になったばかりなのに、ブラックテイルⅡより大きい飛空艦を動かせる様になって、むしろ前以上に元気よね、スーサちゃん」

「ミニセル。うん。動かせる様になった。あ、ううん。これだけは、わたしが動かせる様に設計されている。シルバーフィッシュと一緒」

 と、スーサは後ろ側に配置されているシルバーフィッシュを見た。

 シルバーフィッシュも、なんともとんでも無い飛空艦と比べられたものである。スーサの言葉をそのまま受け止めるならば、この大きなスーサ艦もまた、スーサの能力に最適化されたもの。シルバーフィッシュがその様に改造された様に、スーサが艦の動きを感覚的にでは無く数値的に把握出来るもの……になっているのかもしれない。

 その数値をどういう計器で示していたか、今、ディンスレイ達がいる空間では分からないが、スーサ一人で動かせるだけのメインブリッジみたいなものが、この艦の中にはあるのかもしれない。

 そこがどの様なものか、少々気になるディンスレイであるが、今は先に聞いておきたい事があった。

「スーサ、今だから聞けるのだろうが、我々が君について知っても良いと許可を出したのも、君が動かしたこの大きな飛空艦を設計したのも……もしや君では無いのか?」

「……艦長。うん。話せる。艦長達なら話せる様になれた。艦長の言う通り、ブラックテイルⅡがこの艦と戦わなければいけなかったのも、この艦が生物都市を構成する材料を使って作り出せる様にしていたのも、この艦に勝った時、今、この場所にある傷跡が見える様にしていたのも、わたしじゃなく、別の人達」

「それは……この街に元々住んでいた者達の事か。確か名は、君も知らないのだったか」

「そう。わたしが目を覚ました時、もうその人達はいなかったから。けど、こうは言える。わたしを作った人達」

「……」

 既に、それは聞かされていた。だから驚かない……というわけには行かなかった。やはり断言されると、実感より先に驚きが来る。

 スーサが人の技術に寄り作られた存在であり、さらにスーサはドラゴンであるという事実は。

「君がドラゴンであるという事も……詳しく聞いてみたいところだな。気を使うのは何なので手っ取り早く言うと、君が怪物であった場合、今後の対応にも恐れが混じるというのが一般的な状況だ」

「ちょ、ちょっと艦長!」

「良い、ロブロ。艦長の言う事は、たぶん正しいと思う。わたしとの関係をはっきりさせないと、この後いろいろ揉めるって、艦長が言うならきっとそうなる」

 人間関係に拙かったスーサが、こうも言えるというのもまた成長だろう。

 だからこそ、今のうちの道を切り開いておきたいというのがディンスレイの考えだった。

 相手は異質であり恐怖の対象である。他者に対して人間がそう思うのはもはや仕方ないから、相互理解へ進むため、真正面から向き合える状況を作り出すのだ。

 これもまた、ディンスレイ自身の傲慢さからくる考えかもしれないが、ここではディンスレイがシルフェニアの代表者なのだから、傲慢に進めさせて貰う。

「まあまあ、距離の取り合いはもう良いじゃないの。それにしても、説明って何から聞けば良いのかしら? スーサちゃんがドラゴンだって事の詳しい説明から聞けば、全部分かりやすく分かるって艦長は思ってる?」

「うーむ。ミニセル君の方は、それで分かるか?」

「いきなり聞かされても、寝ちゃうかも」

 となると難題かもしれない。聞きたい事が多く、それに答えられる人間……いや、ドラゴンなのか? 兎に角その手の空いてが居たとしても、知識の問題というのは厄介だ。

「……奥に来て、地下で見た都市の絵を……もっと深く説明できる場所がある」

 スーサはディンスレイ達の困惑を見て取ったのか、さらに奥への案内してきた。

 シルバーフィッシュはここにまた置き去りだろうか? そんな事を思いながら、ディンスレイ達は再び足を進めて行く。

 恐らく、そこが今回のゴール地点だ。

 次のスタート地点でもあるのだろうけれど……。

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