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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と黒き都市
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⑧ それに挑む

 スーサ艦との空戦を始めて暫く。

 やはり暫くと表現出来る程度に艦としての無事を維持出来ているブラックテイルⅡであるが、一方で文字通り攻め手に欠ける状況であった。

「攻撃を避け、相手側のパターンを探る事は出来ているが、そこからだな。そこからどうするかだ」

 ディンスレイがメインブリッジの他の船員に聞こえる形で呟く。

 誰かしらから良い案が出てこないものかという、ものぐさによるものである。

 迫るスーサ艦の触手を回避。常に一本だけしかブラックテイルⅡを狙っていないため、その一本を見つけ出し、観測し、事前に回避する。

 それを続けていれば現状を維持できるのであるが、そこより先となると、なかなか踏み出す事が出来ないで居た。

 足場なんて無い空の上での話であるが。

「操舵士からの意見だけど、そろそろ不味いかも」

「……怪我の調子か」

 今の状態がずっと続くと思っていた状況であるが、さっそくそれは単なる希望的観測に過ぎない事が、ミニセル操舵士の言葉で分かってしまう。

「怪我はまだ……大丈夫だけど、どっちかと言えば疲労の方。思ったよりもあたし、消耗してるわ」

 空戦というのは集中力を使うものであるから、怪我を庇いながらとなると、ミニセル自らの想像以上に体力を消耗してしまうのだろう。

 悠長に、誰かの意見なんて待っていられなくなった。今ある材料で、挑むしかあるまい。

「確認するが、そろそろ不味いであって、今、不味くはなっていないな?」

「それはまあ……よっ……こんな感じだけど?」

 再び迫るスーサ艦の触手を、ある程度余裕を持ってブラックテイルⅡは避けて行く。

 それはミニセルの技術に寄るものに他ならない。

「まず確認だが、スーサ艦の経戦能力、つまり八本の触手だが、攻性光線で影響を与える事が出来ている」

「ただ、先端部にダメージがあったとしても、あれ、自動修復って言えば良いんですかね? 小さな構造材がまた形を作ってしまうっていうか、効果としては微々たるものですよ」

 主任観測士の言も正しい。こちらの攻撃に対して、触手はその形状と質量を維持したままだ。

 それさえあれば、やはり敵飛空艦に触手をぶつけるという攻撃方法は有効なのだろう。

「ふん? あのスーサ艦はまさに飛空艦として浮いている。再生している様に見えるが……ダメージを負った構造材が、どこからか補充されるという事も無いはずだ。あくまで形を保っているだけのはず」

「では、ここからやたらめったら攻撃を仕掛けるというのが手になりますか? 艦長らしくも無く、良い手には思えませんが」

「それだ副長。案の一つにはなっていたが、操舵士の消耗が激しい以上、時間を掛ける手段のそれは、現時点で悪い手になった。故に別の方法でスーサ艦の触手の修復力を断つ。早急に行えて、劇的な効果を期待出来る案が、やはり一つ、あるにはある」

「何となく予想出来てるから、あたしが言っても良い?」

「お先にどうぞ、ミニセル操舵士」

「今からスーサ艦の中心部に接近して、そこでブラックテイルⅡの尾部主砲で根っこから触手を断つ。構造材が補充されない以上、一度本体から切り落とされた触手が、再び生えてくるなんて事も無いから、それで戦力を奪える……そんなところ?」

「概略としては正しい。私が言える事が殆ど無くなった」

 ある意味、一か八かの特攻に近い作戦である。危険度はかなり高い故に、やるべきという判断は出来ずにいた。

「じゃああたしから一つ。今の状態だと、本当に一か八かの作戦になるわよ。それで良い?」

 万全なミニセルならブラックテイルⅡにそれを行わせる事が出来たろう。だが、今はかなり難しいとの判断が本人により成される。

 そんな状況で、ディンスレイが言える事は一つ。

「それでは駄目だな」

「以外ですね、艦長。何時もなら、やってみようと言うところですが」

 テグロアン副長からの辛辣な意見。そういう一か八かに挑んでしまう部分こそ、ディンスレイの性格だと思われているらしい。

 だが、今回は違う。

「何度も言うが、スーサからの挑戦だ。挑戦の先にこそ、我々にとっての次の戦いの場がある。それが今みたいな空戦か、それとも心が熱くなる冒険かは知らないが、何にせよ、今回の戦いに一か八かなどしていられるものか」

 確実にあのスーサ艦から戦力を奪い、再びブラックテイルⅡにスーサを迎え入れてみせる。

「意気込みは良いけど、さっき言った通り、あたしのこの腕だけじゃあ確実なんて無理よ。つまり……別の案がお有り?」

「別の案では無く、今の案の確度を高めるための策だな。副長、確か倉庫にあれがあったろう?」

「……もしやあの試験用の」

「そう、軍の兵器開発部に、機会があるなら使ってくれと押し付けられていたあれだ」

「ちょっとちょっと二人とも、何の話!? もしかしてとっても厄介な何かについて、話し合ってる!?」

 などとミニセル操舵士が驚いた様な声を上げるも、その点についてディンスレイとっては意外だった。

「ミニセル操舵士。今話している物については、君にも事前に説明しておいたはずだぞ」

「え? あらそう? じゃあ聞き流してたっぽい。聞く限り、物騒な火器類についてなんでしょうけど、そういうのあんまり興味無かったし」

 確かに、そこらの説明をドラゴンゲートへの旅を始める前に行った時、彼女は別の事に気を取られていた様子だった。

「まったく……おっと、主任観測士、君にはまだ話してないから、自分も知らないぞと焦らなくても良いぞ」

「そうですか。とりあえず安心しましたけど、じゃあいったいこれから何が出て来るんだと、別の不安が持ち上がってます」

 などというテリアン主任観測士の話を聞きながら、ディンスレイは次の確認を始めた。

「私の考えている手段と取るというなら、ミニセル操舵士、テリアン主任観測士、二人の技能が重要になってくる。その点、十分か?」

「作戦次第……かしらね。あたしの状況を加味してるってのなら、今からすぐにやるつもりなんでしょ? だったら説明を先にお願いしたいわね」

「主任観測士としても同感です。あ、僕の方はまだまだ体調は万全ですので、長時間掛けての安全策でも問題ありませんよ」

「あ、ちょっと、裏切り者!」

 二人の様子を見るに、今すぐに取り掛かれば、二人の状態については心配する必要は無いだろう。後の心配は、やはり作戦そのものの実現性。

 やるべき事について、副長については既に分かっている事だろうが……。

「ふむ……確かにあれを使うには良い機会かもしれませんね。特に……今回に限っては、賭けにならないという点が好印象です」

「だろう? やって失敗したとしても、挽回が出来る。その点、立案者たる私も成長しているかもしれんな」

「何時もは挽回も難しい一発勝負を行いがち……という自覚があるだけ、副長としてはまだマシと言っておきましょうか」

 溜息の一つでも吐きそうだった副長からの返答であるが、それでも、これからの作戦はやる価値があるとのものであった。

「では、メインブリッジ諸君。それに艦内の関係部署にも通信を繋げて、これよりの説明を開始するぞ。実行そのものは決定しているので、皆、良く聞いておくように」

「りょうかーい」

 ミニセル操舵士の気の無さそうな返事を聞きつつ、ディンスレイは頭を回転させる。

 と言っても、説明が終わった後は、自分の手を離れて、他の皆の力を借りる形になる、そういう作戦なのであるが……。




 そうして、ブラックテイルⅡが、触手をうねらせるスーサ艦の周囲を飛ぶ。

 上下左右と迫る触手を避ける動きで、端から見れば、ブラックテイルⅡが触手を先導している風にすら見えるのだろう。

 ただ、あくまで主の動きは触手側にある。対応しているのはブラックテイルⅡ側。触手の動きがひたすらにブラックテイルⅡに近づくという単純なもの。

 単純であるからこそ、ブラックテイルⅡの動き方次第で、ブラックテイルⅡが触手の動きを誘導する事が実際に可能だった。

 幾らか、その動きを観測し、十分と言えないが、触手の一本であれば、望む動きをさせられる。ブラックテイルⅡ側が至ったのはそういう状況。

 故にブラックテイルⅡは策を練った。

 そうして今、それを現実の行動とするのである。

 全体的な動きとして、ブラックテイルⅡはスーサ艦の周囲を旋回している形になるが、その動きをやや内側に、よりスーサ艦に近づく軌道を取る。それこそ文字通り、ブラックテイルⅡ側が踏み込む一歩目。

 この軌道は無論、危険と隣り合わせのものであった。

 触手がよりブラックテイルⅡに近くなる。触手はその長さをより、ブラックテイルⅡを追う動きに費やせる事になる。それを承知でブラックテイルⅡはスーサ艦に近づいていた。

 狙いはどこにあるか。それは既に述べられている。

 その触手の長さを、ブラックテイルⅡを追わせる事に使わせる事だ。

 まずは迫る触手の一本目。これに関して、ブラックテイルⅡは避ける事に専念する。先ほどまでより一層、危険な動きをブラックテイルⅡへ見せて来るも、やはりと言うべきか、鈍い動きにより、ブラックテイルⅡに避ける猶予を与えていた。

 問題となるのは二本目である。

 常に一本のみブラックテイルⅡを狙っている触手であるが、ブラックテイルⅡ側が近づいた結果、比較的素早く、二本目が動き始めた。

 一本目をブラックテイルⅡが避けるのと同時に、より近くなった二本目が動き始め、ブラックテイルⅡが距離を近くしたからこそ、その接近は先ほどまでより早い。

 これこそがブラックテイルⅡへと文字通り迫る危機であり、一方で、ブラックテイルⅡ側の狙いでもあるのだ。

 触手は伸び、まだ余裕のある段階で、ブラックテイルⅡ船体へと迫り……。

 そうして次の瞬間、ブラックテイルⅡ下部から玉の形をした何かが排出された。

 瞬間、玉は輝く。緑から黄、それから青色に、輝きの範囲を増す形で変わり、広がり、それは単調にブラックテイルⅡへと接近する触手すら巻き込み、削り取る。

 それだけでは無い、触手の動きはそれでも変わらなかったのだ。ただひたすら、ブラックテイルⅡを狙おうと、削り取られた分だけさらに触手を伸ばし、やはりその輝く玉、光球へと巻き込まれていく。

 光球の位置は変わらない。ブラックテイルⅡがそれを排出した空域に固定されたが如く、動かない。

 だからこそ、その空域へと誘導された形になる触手は、伸び続け、削られ続ける。

 スーサ艦が伸ばす触手のうちの一本が、ブラックテイルⅡが発生させた光球により、その大部分が削られる頃、ブラックテイルⅡは反撃を開始する。

 策はここに成る。ならば今こそ―――




「今こそ、スーサ艦へと最接近するぞ!」

 一本の触手を打ち砕いた。いや、新兵器により削り取った。結果、その部分のみ、スーサ艦には隙が発生する。

 故に、その隙を突くのである。

「上手く行ったみたいですね、例の兵器!」

「みたいじゃなくて行ったと言ってくれ、主任観測士!」

「はい! このままスーサ艦に接近可能な状況かと!」

「よし、大丈夫だ! ミニセル操舵士!」

「りょーかい!」

 テリアン主任観測士の返答を聞き、ディンスレイはミニセル操舵士に、スーサ艦への接近を正式に指示した。

 それにしても、確かにほぼ実験目的で詰め込まれた例の兵器、空雷は上手く働いてくれた。

 既に説明した通り、実験兵器【空雷】は、今回の任務に出るにあたって、半ば押し付けられる形でブラックテイルⅡに配備されたものだ。

 兵器の構造としては、実験だの新だの頭に付く割には単純なもの。

 非常に、コスト面で安価に作り出した飛空船に、それを浮かせる機関と、それを暴走、自爆させる装置を積み込んだものである。

 全体の輪郭は球体であり、大人一人分くらいの大きさのそれ。その球体を、ただブラックテイルⅡ下部より投下するだけで、空雷はその機能を発揮させられる。

 投下されてすぐの空域に自分を浮かせ、一方で自らはそこから動かない。というよりそこで浮く以外の機能が無い。

 そうして、その浮かせるための機関は暴走し、攻性光線と同質の力場を発しながら、自壊していく。それだけの兵器であった。

 兵器としての在り方は、空の浮かぶ球体周辺に、一定時間、破壊的な場を発生させる。技術的にはずっと以前から可能であったそれだ。

 オヌ帝国との戦いの中で得る事になった、空戦時、戦闘を行う飛空艦以外に、別の小型飛空船があれば、取れる戦術の幅が広がるという発想の方が新しかったのだと言える。

 実際に小型飛空船を積んだブラックテイルⅡであるが、他にも似た様な効果を発生させられないかと考え出されたのがこの空雷なのだ。

 戦闘を行う空域に、球体状で、破壊だけをもたらすものを一時的に固定させる。それだけでも、空戦における戦術の幅を増す事が出来るのではないかというだけの新しい発想。

 実際のところは、試してみなければ分からないという事でブラックテイルⅡに積まれていた。技術的には安定したものであったし、頼まれれば断る理由も無いなとディンスレイも積み込む許可を出していたが、結果としてはこれだ。

「副長、実験用の兵器は、なかなか有用かもしれないぞと、報告書に実際の運用方法と共に記録しておいてくれ!」

「想定された使い方とは少々違いますが」

 当たり前である。触手を伸ばす巨大で歪な飛空艦に対して、その触手一本の動きを誘導し、空雷の影響範囲に呼び込むなどという使い方、事前に想定なんて出来るものか。

 だが、今この瞬間に、使用の代表例が一つ出来るのだ。

 巨大な質量とそこから伸ばす触手に寄って攻撃を仕掛けてくる飛空艦に対して、その触手の一本を打ち砕き、道を切り開くという使用例が。

「良くやったミニセル操舵士!」

「触手一本分、がら空きの場所さえあればってね! 艦長!」

 見事、空雷により切り開いた道に、ミニセルはブラックテイルⅡを通し切った。

 今やスーサ艦の中心、黒い塊型のすぐ隣に、ブラックテイルⅡは存在している。お互いの速力も合わせた完璧な配置。

 ここまで来ればやる事など決まっていた。

「言われずとも無論だ! ブラックテイルⅡ、尾部主砲発射!」

 今回に限っては、心の中では言わせて貰う。

 作戦通り、賭けでは無く確実な勝利を拾った。

 既に準備万端、即座の発射を可能にしていたブラックテイルⅡ尾部主砲が、スーサ艦の触手の反応よりも早く、射出される。

 さらにブラックテイルⅡも並行して動き出した。

 球体状のスーサ艦周囲を回りながら、赤黒い攻性光線を発射し続け、尾部主砲の角度を、次々触手の根本へと向けていくのだ。

 想定通り、先端を破壊したとしても再生する触手を、根から本体より切り離していく。

 本体より切り離された触手は、まるでその力を失ったかの如く、下方の生物都市へと落下する触手達。それらは元の黒く四角い構造体へと戻り、再び生物都市の一部となっていくのだろう。

 そうして空に残るは、ブラックテイルⅡと触手を切り離されて、ただの黒い塊となったスーサ艦。

「触手、全本切り落とし完了です。再生する様な素振りも無し。変化は……スーサ艦から漏れ出てる光、恐らく浮遊石が絡む光だと思いますが……明滅してます。何かの意思表示か?」

 テリアン主任観測士からの報告に対して、ディンスレイは頷きで返す。

「多分あれは……そうだな。ついて来てくれ、という事なのだろうか」

「終わったばかりだというのに、随分と気が早いですね」

「彼女らしいだろう、副長。一つ済んだらすぐ次だ。なぁに、こちらがスーサの挑戦に打ち勝ったという事くらい、スーサ自身が分かっているさ。追うぞ、ミニセル操舵士。操舵の腕で負けて見失うなよ」

「冗談でしょ? 昨日今日、飛空船を飛ばせる様になった相手に負けないわよ、あたしは」

 戦いが終わり、弛緩していくメインブリッジ。

 そんな中でも、ディンスレイ自身は見せるスーサ艦を見つめ続けていた。

(今回は、こっちがじっと見る番だぞ、スーサ)

 これで漸く始まりだ。

 ディンスレイは心の中で、そんな事を呟いていた。

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